大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

ヤフーブログ

昨日の書き込みを読み直して

本日の日の入り


昨日あま市の蜂須賀城と蓮華寺について発信しましたが、他の人の発信を見ていると自分の知っていることばかりで、ネットで発信された記事を添付して簡単に発信したものの、自分の過去の一言を読み直すと昨日の記事がいかに手抜きであるかを実感させられました。

そんな訳で、書き直すのではなく、再度掲載(添付)することにしました。

 2021年2月8日


かつてのヤフーブログには、「愛知限定歴史レポ」なるブログが存在したものの、運営者の牧さんが鬼籍に入られ、その後もyahoo!ブログから記事を見ることができましたが、2019年12月15日をもってyahoo!ブログそのものが全て閉鎖されたため、このブログも消えてしまいました。

   2021年2月4日 私の残した記事



寂しい現実ですが、ネット社会と言われる中で、現地を実際に訪れ史実を調査して記された記事が最近は少なくなりました。

Google 検索で出た記事




 これも私の記事です。

 2016年4月22日の一言

 2016年4月22日の一言


最近はブログだけではなく Facebook や Instagram など多種多様なネット配信が存在しますが、過去のブログに発信されたような時間をかけた研究論文のような発信が減ってきました。



 ここからは愛西市の勝幡城です。

 アプリ城🏯めぐり

 2019年11月12日の一言


最近になり NHK の大河ドラマでは、織田信長の出生地を那古野城として放送されましたが、織田信長の出生地については、愛西市と稲沢市にまたがる勝幡城というのが定説となっています。


最近のネット発信を見ると、稲沢市の城跡を示す石碑たけが勝幡城の城跡のように添付されていますか、正確にはそこだけが城跡ではなく、愛西市にも石碑が残されています。そして、推測される城の中心地には現在入れません。


勝幡城についても過去の一言を読み直し、改めて愛西市と稲沢市にまたがる城址を訪れてみたいと思います。

愛知県は終日雨の一日となり

 本日の愛知県は終日雨の一日となりました。

10日前にスマホのバッテリーを交換に出し、現在代替え機として家内のスマホを代用しているものの、スマホのホーム画面に存在したアプリが消えており、気づかないままに疎遠になっている他サイトのブログやニュースから遠ざかっていることすら気づきません。

 学生時代の昭和52年に朝日新聞販売店を起業したため、それ以来、毎日目にしてきた朝日新聞についても、最近は91歳となった母親の独占状態となり、私はデジタル新聞と紙面ビューアーから視聴していましたが、スマホからアプリが消えているためニュースからも遠ざかってしまいます。

 今にして思うとスマホの朝日新聞とともに、連日視聴していた Yahoo ニュースも見ないため世の中の出来事や事件にうとくなっています。


そして、何よりもかつての Yahoo ブログ時代からのお気に入りブログについても、アメーバ以外のブログがつなげにくくなっています。

 このブログは更新されるたびに LINE リーダーへ情報が入るため視聴できますが、他サイトのブログはその存在すら忘れてしまいます。


 矢島さんのブログは、現在 Goo BLOG から発信されていますが、私より一回り年長に当たる元フジテレビの記者だった経験から毎日発信されています。


私のスマホにはこのようなお気に入りブログが直接検索できるようになっていましたが、私のスマホが戻ってくるまではしばらくのお預けとなります。


さて、こんなことがあってお気に入りブログを探すうちに、随分と発信が滞ってしまっているブログや、ご本人が亡くなられたため更新が止まってしまったブログや Facebook が存在します。


特に自分自身の闘病生活や治療体験を発信されていたブロ友が新たな記事を更新されない寂しさとともに、Yahoo ブログのサービス停止にって全てが消えてしまったブログは読み直すこともできません。


 明日は楽しみな外出が待っています。 何か分かりますか?

鬼籍に入ったブロ友のコメントを探して

一年前 1月20日の写真


 生まれた年は1年違うものの、私と同じ津島市で生まれ育ち、私の三男が高校時代に自転車競技を通じてお世話になっており、平成20年(2008年)夏に鈴鹿サーキットで開催されたロードレースで顔をあわせて以来のお付き合いでしたが、我家の前をロードバイクで大手予備校まで通勤されており、ブログが同じヤフーだったことからブロ友として交信してきました。

 その知人が鬼籍に入って一年が経過し、家族の発信されたフェースブックを見て、知人が最後となる闘病生活送っている一年前の年末となる私の誕生日にお祝いのメッセージを寄せてくれていたことを再確認しました。

 知人の発信していたフェースブックを残された家族が定期的に更新されていることに、私は大きな力を感じて感謝していますが…

 厳しい闘病生活のなかで、「これからも大鹿さんらしい活動応援していますよ」とか、「もしもの時は病院までの送迎」を依頼されていたことが、私の一年前のブログに記されており、当時はそのコメントの交信が簡単に確認出ましたが、本日になって知人の残したコメントはフェースブック上だったことから探しても見つかりませんでした。


知人の残したブログ

晩年の書き込み

 歳を重ねると悲しい思い出がどんどん増えていきますが、同世代の知人との別離が当たり前のように起こっており、過去のブログを読み直していると、「あの時は叔父も元気だった」とか、相棒リマも生きていたことを実感させられますが、1年とか2年の過ぎ去った期間があいまいになっていきます。

2021-01-19

 知人のブログとフェースブックが残されていることは、生き残っている私には大きな生きる原動力になっていますが、多くのブログ(ブロ友)は遺族によって削除されたり、私の場合はヤフーブログのサービス停止によって消え去ってしまいました。

 

 我が身となって考えると、私のホームページについては有線テレビ局のネット配信であり、私の名前をもじって使っている電話「24-0018」津島は18や、愛車のナンバー18についても、私が亡くなれば家族に負担しか残さないため消えていく運命となります。


 一年の中でも厳しい寒波に見舞われる時期だけに、周りの訃報や苦境が伝わるとつい同じような心境にさせられてしまいますが、知人が鉄人のように逞しく思えたロード姿を思い出して乗り切りたいと思います。

                                1月20日の一言

過去の書き込みにびっくりの千枚通し

千枚通しです


 過去に記していたヤフーブログを読み直すと、書いた自分自身でもびっくりとする書き込みが残っており、記されていない知人の名前と顔を思い浮かべて、当時のやり取りを必死に回想することになりました。

「医者は何とも無いと言うんだけど…」
      「じゃー、大丈夫なんじゃないの」
「それでも何かを食べると吐いてしまい、何も食べられないから」
      「そんなら、千枚通ししかないかなぁ」
「えっ、千枚通しって (怖いー) 

 大学病院の検査をはじめ、知り合いの医者を訪ね歩いても、「異常なし」と言われたものの、食事も一切口に入らないとの知人の話を聞き、「そりゃー、千枚通ししかない」との私の一言に、知人はびっくりした顔をしました。

 知人は「千枚通し」を、先の尖った穴を開ける「千枚通し」と思い、この「千枚通し」で身体に穴でも開けると思ってびっくりとしたようですが、私の紹介した「千枚通し」は紙と言ってもオブラートのように薄いものです。

2010年07月12日

 今から12年前のブログ記事ですが、ヤフーブログからライブドアブログに過去の記録として引っ越し、保存してあった記事が人気記事にランクされており、当時の何事もなく当たり前に記した記事も、読み直してみるとびっくりさせられる書き込みになりました。


四国遍路で入手した千枚通しです

四国別格12番延命寺の千枚通護摩符

四国八十八か所霊場78番郷照寺の千枚通し

四国64番前神時の千枚通し


 千枚通しについては、一般的には事務用の千枚通しを連想しますが、四国遍路や高野山を参拝する人たちには目にする機会も多く、小さなオブラートのような護摩符が千枚入っており、朝晩水と一緒に飲めば、病苦を除き妊婦さんも安産になると言われています。

 千枚通しの遠起を読むと、現在の別格12番延命寺において、松の木の辺りに一人のイザリが居るのを見た空海(弘法大師)が、何とかしてやろうと千枚通し霊符の1枚を授けたところ、微妙な霊験によって全快したことが現在に継承されてきました。

 過去に病院では何ともならないと言われる人たちに差し上げてきましたが、科学万能の現代社会においては効能は定かではなく、私自身も病苦に陥った際に飲もうと置いてあったものの、昨年10月に手術を受けた際にも眼中にありませんでした。体調不良が続く今こそすがりたいと持ち出した次第です。

 さて、四国遍路や真言密教を信奉する人たちには当たり前となる「三蜜」についても、最近ではコロナ禍の中で忌み嫌われる言葉ですが、弘法大師の教えでは身(体)、口(言葉)、意(心)がバラバラでなく、調和がとれているものを三蜜と言い、信心の目標にもされてきました。

 過去に私自身が記した一言ですが、プライバシーに配慮して記名が無いため、今にして思うと思い出せない記載も多くなってきたことを実感させられました。

                                1月5日の一言
                                                                       本日の体重 71,4キロ  徒歩数 4,563歩
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