四万十川の夕暮れ
第3日目
車中泊場所 うみてらすほりえ 松山市
第53番円明寺から第39番延光寺まで巡拝
入浴場所 四万十のいやしの湯 高知県四万十市
3月9日(土)↓
平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。
四万十川の夕暮れ
第3日目
車中泊場所 うみてらすほりえ 松山市
第53番円明寺から第39番延光寺まで巡拝
入浴場所 四万十のいやしの湯 高知県四万十市
3月9日(土)↓
我家のヒマワリ
明神館前の道標
明神岳
明神館のメニュー
明神館
岩魚
ソフトクリーム
明神橋
明神岳
梓川と明神橋
奥穂高神社
嘉門次小屋
最近のクマ目撃情報
小梨平キャンプ場へ
水の美しい梓川 河童橋と穂高連邦
小梨平を流れる中川
明神館近くの水
一年を通じて約6度の水温
そして、上高地の帝国ホテルや各施設の飲料水は清水川の水が利用されており、六百山から湧き出してわずか300メートルで梓川と合流するため、清水橋で飲む水は安全と言われており、私も過去から現在まで何度も口にしてきました。
「清水川の水は安全ですね」
「飲んではいけないよ」
「えっ、飲んでも大丈夫でしょ?」
「良いとは思うけど、もっと綺麗な水があるよ」
これは日曜日にボランティアの先輩との会話です。
現在地は河童橋の近く
新宿行きの高速バス 停留所
奈良井大橋
ダイナミックです
大橋東側
奈良井川 上流木曽方面
先月上高地の帰り道に訪れた奈良井宿ですが、昨日は展示保存されているSLを国道19号線から道の駅奈良井木曽の大橋から奈良井川を渡って訪れました。
観光地である奈良井宿は中仙道を行き来した江戸時代までタイムスリップしたような感覚に浸れる宿場ですが、 その裏側でごく普通に生活する 地元の人たちの生活を垣間見ることもできました。
奈良井宿に展示 保存されている 蒸気機関車の横を走るJR中央本線を、長野行きのワイドビューしなのや、中津川行き普通列車が音を立てて走っていくことにも時代を感じさせられます。
個人的には 奈良井宿と薮原の宿場をつなぐ 鳥居峠へ行きたいものの、車の通行が禁止されており歩いて行くことはできても時間の余裕がない 生活が残念です。
28日(日)午前6時30分
車載の食料と調味料など一式
朝はヨーグルトにバナナと調理パン
夕食前の赤ワインも積んできました
グレンパークさわんど
午前7時13分
大正池
バスターミナルへ
29日(月)午前10時のFacebook
しかし、通行止めが解除となった直後に、今度は雨量が多く午後4時30分から再び通行止めが決まり、バスやタクシーも4時からは運休となりました。
午後1時18分のFacebook
そんな散々な天候となった月曜日でしたが、翌日の本日早朝には快晴の上高地の写真が発信されてきました。
本日(30日)朝のFacebook
ただし、午後には昨日の降雨により焼岳小屋近くの登山道が土砂崩れによって通行ができないことと、復旧の見通しが立っていないと発信されてきました。ネット社会になっても上高地の電波状況は悪く、時間に遅れると上高地から出ることもできず、土砂崩れの現場より上にいる登山客は上高地へ戻ってくることもできません。
環境省のボランティアMさんと
ビジターセンター前で一服です
今年の渡辺画伯は4月22日に千葉県旭市の自宅から上高地へ入っていました。
4月30日(日)
ここだけは 時間が停まっています
イギリスの親子と
学生時代に英語をまったく勉強しなかったため、外国人には声も掛けられませんが、画伯は日本人でも判らない千葉なまりが強いものの、外国人観光客とも気軽に(勝手に)話しかけられる神経と言葉が通じなくても相手が喜んている現実は見習いたいものです(笑)
5月3日(水)
はい、チーズ
4日 オートレスト木曽路 塩尻市
明神館前から見える明神岳
環境省のパークボランティアとして、本日上高地で活動している「流山のおっさん」が発信した穂高連邦とニリンソウの写真です。
雲ひとつない青空の上高地は珍しく、昨日は暖かかったと の話に行っておればよかったと思っても後の祭りです。
今年は3月に続いて 今月にも四国遍路へ出かけており、外出が続いたことで、上高地はゴールデンウィークまで お預けと決めていましたが、何よりも私の身体が寒い冬用に戻ることができません。
さて、写真にあるようにニリンソウの花が開花しており、そのことからも 今年は一気に 春がやってきたことを実感させられます。
そうなると 例年より早い花の開花が見られそうで期待が高まりますが、上高地のシーズンオフに出かけていた四国遍路にも熱が入っており、身体は一つしかないことから 贅沢な選択に悩まされる一年となりそうです。
本日の釜トンネル
新型コロナの感染拡大によって3年間中止されていた開山祭が今年は実施されます。
山の日が制定されて初めての信州四方山祭りが開催されました。女湯の小林綾子さんが気軽にカメラへ応じてくれました。
今年は毎月訪れることを目標にしていますが、年々低下する体力と体調を考えると天候に恵まれることを祈るしかありません。
3年前から新型コロナウイルス感染拡大によって中止されていた上高地開山式が今年は例年通りに開催されることになり、ぜひとも一緒に連れて行って欲しいとの連絡をいただきましたが、翌日が日赤の通院日となっているばかりか、当日にも早々の予定が入っており残念ながら行くことができません。
2019年4月27日の一言
この日は雪の開山式となり、午後には吹雪の上高地となりました。
小筆から筆ペンへ
平成11年4月の写真 まだ片目も入っていません
国宝松本城
松本市役所大手事務所
環境省上高地パークボランティアの勉強会
新聞販売店 信毎松本専売所
1922年創業の小松パン店
松本市で100年続く老舗のパン屋さんです。ボランティアの先輩女性から、「美味しいから食べてみて」と差し出された「アンパン」の味に魅了され、案内していただいたパン屋さんですが、目的としたアンパンは売切れており、自宅へのお土産に各種の手作りパンを買ってきました。
松本市で絶対に行くべきパン屋さんの中に入っており、ガイドブックには「小松パンと言えば牛乳パン」と紹介されており、地元民が口をそろえて牛乳パンを挙げるというパン屋さんの老舗ですが、店頭に目立った看板もなく案内がないと探すのが大変です。
星3つの名店です。
現在は魅力あるナワテ通りも、終戦直後は大陸から引き揚げてきた人や、都会から疎開していた人たちがテントを立て、闇市や祭礼に屋台を出すテキヤと言われる人たちが商いを始めたそうですが、汚水で汚れた女鳥羽川の清掃をすすめてテントからプレハブの店舗に変わっていったようです。
シンボルとなっているカエルについても、清流にしか生息しないカジカが再び生息されることを目標として、昭和47年に「カエル大明神」をお祭して、毎年1月2日と6月に開催される「松本かえる祭り」には神主による神事も行われています。
汚れたとは言っても、元々が美しい川であったことと、ボランティアの人々による清掃によって最近はカジカが戻ってきたとの話も聞きましたが、今では市町村合併によって松本市になった上高地のボランティアと共通するものも感じさせられます。
私の住む愛知県では、テレビ放送が東海3県を対象としているため、木曽路や松本市のある信州についてはあまり放送されませんが、木曽路から松本市には魅力ある自然環境と景観が多く、松本周辺の安曇野には愛知県より古い真言密教の古刹も多く存在します。
次の松本行きは3月に開催される上高地PVの定例会となりますが、私の大好きな上高地と併せて松本市や安曇野市なども廻ってみたいと思います。
本日午前6時46分の御嶽山
道の駅日義木曽駒高原 午前5時43分
今日のスタート
道の駅三岳 6時28分
完全なる道路の凍結です
どんどん進みますが…
黒い部分はツルツルの完全凍結です
午前6時51分 ここから引き返します
7時09分 ふもとの御岳神社まで戻ってきました
御嶽神社 社務所
太陽の丘公園 7時40分
途中で山頂が頭を出しました
日の出滝前 日の出旅館 8時05分
よく頑張りました
霧に包まれた霊神場


帰路
上高地ビジターセンターで販売されている竹フエ
河童のタケリナと言います
竹フエの解説書
音を変える空気穴
私が上高地で初めて作った竹フエ(鳩笛)
早朝 ↓
↓
21年11月25日 一年前の一言です
閉山式が終わったといっても、釜トンネルの入り口までバスは走っており、釜トンネルを歩いて行けば上高地へ入ることは可能で、ライブカメラにも河童橋を通過する登山者や仕事で入ってくる車の姿が眺められます。
昨日のライブカメラ 人が居ます
さて、体調不良もあって身体を休めていると余計に身体が重くなり、不調であっても外出する目的を作らないと身体が鈍ってしまうことが自分でも実感させられます。
もっとも、有償とは言え低額のボランティアしか仕事が無い年金受給者ゆえに、外出すればするだけ出費が増えるため、動いたら動いただけ年金が減っていくことになってしまいます。
セカンドライフは上高地と四国遍路としているため、しばらく上高地は行かないものの、体調維持と健康のためとは言えお金のかからない外出も考えてみたいと思います。
コセンダングサ
コセンダングサは、キク科センダングサ属の一年草。道端や空き地などに生える雑草。 和名は、センダングサより小さいという意味だが、実際はセンダングサより小型ではない。
21年6月28日の一言
上高地と思って近所を歩いて | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)
上高地のパークボランティアの仕事の一つとして外来植物の調査があり、私は田代橋から河童橋まで梓川両岸と小梨平までのセンダングサの関係植物を担当しています。
センダングサは全国各地の空き地や道路に群生し、花が終わると種子が衣類やズボンにくっついて取れない厄介な外来植物です。我が家の周辺にも多くのセンダングサが群生しています。
もっとも、昨年から私が担当する上高地では一度も目撃しておらず、担当地域には生えていないものと思います。私としては上高地にセンダングサが侵入するのを阻止する任務でもあります。
梓川左岸
梓川右岸
小梨平で巡視中の私
現役をリタイアするまで私自身は植物や草花には全く無関心でありましたが、上高地の外来植物を除去したり調査する活動により、愛知県に帰ってからも雑草の名前やセンダングサが我が身のように感ずるようになりました。
上高地が閉山となってからまだ二日目にもかかわらず、随分と時間が経過したような錯覚と同時に、まだ閉山になっていないような気持ちで自宅周辺の植物を眺めてしまいます。
まさに上高地病ですね。
本日は高校時代の友人と共に一宮市に住まわれる恩師を訪れて懐かしい昔話に花を咲かせてきました。
地元に帰り自分のやるべきボランティアに専念し、上高地のシーズンオフの間にセカンドライフとする四国遍路や、懐かしい知人を訪れるなど上高地を忘れて日常生活に戻して生活したいと思う一日ともなりました。
田代湿原
昨日の写真ですが、上高地の定例会に参加する前の早朝に、新島々駅から波田駅まで松本電鉄の列車に乗って波田地区の文化祭に行ってきました。
昨日にも記しましたが、その中の昔の写真展を鑑賞した際に昔の新島々駅の様子や、波田駅から就職のため旅立つ生徒の姿に感動させられ、とりわけ大正時代の葬式の様子から、地域全体で葬列を作って送った日本の原点のような写真を添付するため昨日を補完する書き込みとなりました。
コロナ禍により町内どころか近所の訃報にも無関心な世の中になりましたが、大正時代には村の住民総出で葬列を組んだ写真は日本人の忘れてはならない風景だと思います。
まるで極寒のように感じた冬の上高地から愛知県へ帰り、環境省や多くの仲間たちの顔を思い浮かべると虚脱感すら感じられる一日となりました。
4月に開山した上高地も、来週15日には閉山となりますが、美しい上高地の風景に慣れすぎて最近は雑に発信している感があります。
上高地の素晴らしさを、下記に添付した私の発信した今年の過去ログからご覧いただければ幸いです。
3日から5日まで訪れていた安曇野の真言密教の古刹と、上高地の様子を明日からも添付します。
今週の3日から5日まで上高地でのボランティア申請をしましたが、病気療養中につき8月から家内の運転で四国遍路や上高地を訪れていたものの、今回からは自分一人の旅程となります。
そんなわけで、本日のボランティアから一人で患者さんを送迎することになりました。
もっとも、膠原病に罹患しており、体調も不安定なため上高地の活動も午前中のボランティアを避けて、比較的体調が落ち着いている午後のみの活動を申請しました。しかも、自分のペースで歩ける巡視としましたが当面は半人前しか間に合いません。
問題は上高地の寒さで、上高地から発信されてくる美しい紅葉が最近は白い霜や雪景色に変化しており、膠原病患者の私にとっては寒い冬は初体験となるため、着ていく衣類も心配となってきます。
さて、明日に搬送予定だった糖尿病の患者さんが通院する開業医が新型コロナに感染したため、10日間医院が閉鎖されるとの話が飛び込んできました。
ただし、毎日の飲んでいる薬が3日分しかないため、明日は以前通院していた市民病院の診察を受けることになりました。
この開業医は今年市民病院から独立したばかりで、自分の診ていた患者をほとんど連れて開業していたものの、コロナで医院を閉鎖しても他の病院への手配とか薬の処方は全くしないため、患者はその間の治療や投薬を自分で確保しなければならないと言う可笑しな話です。
こんなところから医師の良し悪しと良心が判ります。
医師の病気は致し方ないとしても、患者にとっては主治医の不在が命に関わってくるため、一時的とは言えこんな無責任な医院閉鎖は許されません。
膠原病の私でも患者さんを搬送しなければならない現実と、万が一搬送が滞ると患者さんの生命に関わる責任を実感させられる一日ともなりました。
10月22日の渡辺画伯
9月11日
9月11日
誰とでも談笑します
明神方面(右)との分岐点
上高地ビジターセンターと六百山
梓川左岸堤とカラマツ
梓川と焼岳
小梨平キャンプ場
22日(土)のテントです
小梨平から見える穂高連峰
まだ雪はありません
小梨平の中川
清水川の源流付近です
道の駅今井恵みの里
特産品売り場
そば打ち風景
出店の 準備中
えがしら堂
愛知県のナベちゃん の店
和菓子と餅の商品
「何時から始めるの」
「開店は8時からです」
「そおー、それじゃあ」
「あれー!! アッ、アッー!!」
名古屋市の団子屋さん「えがしら堂」のナベちゃんは、一年前に今井の里で出会い、今年3月に愛知県あま市のビアゴに出店している時に訪ねました。
半年ぶりの再会にナベちゃんは目をまん丸にして大声を出して驚いてくれました。
2022-03-05
大治ピアゴ店に出店中のえがしら堂へ | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)
私の団子好きもありますが、同じ愛知県の同郷人が長野県で頑張っている姿は嬉しいものです。
牛伏寺入口
午後6時01分
今週は朝だけでなく午後も体調が不良で、静養して身体を休めていると夕方になってしまいます。
10日前の3連休には、朝から夕方まで元気に四国の石段を上り下りしていたことと比較すると完全に病人になっています。
週末の上高地行きを控えて、こんなことではだめだと身体を奮い立たせてウォーキングに出ました。
渡辺画伯です
上高地河童橋の朝
五千尺ホテルの河童橋ライブカメラの映像です
上高地が紅葉の最盛期を迎えています。残念ながら現地に行くことができず、五千尺ホテルのライブカメラを眺め、毎日更新されている上高地インフォメーションセンターの発信を心待ちにする毎日となりました。

昨日6日午後5時の上高地
2年前には10月18日に穂高に初雪が降りましたが、これからの上高地は一気に冬支度を始めて行きます。
膠原病に罹患したばかりで投薬による治療中の私にとっては寒さは大敵で、本日の名古屋の気温低下にも身体が悲鳴を上げている現状で、目的地を四国に変えた明日からのお遍路も無理は禁物です。
そんな時に、「来週末は上高地へ行くから」との私の一言に家族はびっくりですが、四国遍路から帰ってから診察を受け、結果がよければ防寒対策をしたうえ公共交通機関で上高地を目指したいと考えています。
悲鳴を上げる身体と相談しながら上高地を訪れ、結果がよければ11月の3連休に宿を確保して再度訪れることを目標にして体調を回復させたいと思います。
今回の四国遍路は、今晩から夜行で四国を目指します。
上高地
入院と手術
昨年10月は膀胱結石と前立腺肥大症の手術を名古屋の中村日赤で受けて入院していました。
入院直前に上高地を訪れ、手術から一ヶ月にもならない11月には再度上高地へ足を運んでいました。
そんなわけで10月の三連休は当然上高地と思っていましたが、皮肉にも天気予報はよくありません。
一年前のブログを読み直すと東三河の五平餅を食べ歩いてきた記録が添付してありました。
今の私に一年前のパワーはありませんね。
5年前 2017年08月23日
大鹿一八「本日の一言」 : 我家の相棒の笑顔に癒されて (livedoor.blog)
10年前 2012年08月24日
大鹿一八「本日の一言」 : 相棒と上高地へ (livedoor.blog)
5年前と10年前の本日の一言を読み直すと私の相棒リマの姿が残されていました。
ペットの持ち込みが禁止されている上高地へ、家族とはいえ環境省まで連絡して堂々と愛犬を連れて行ったパワーは懐かしい思い出となりました。
上高地の小梨平や大正池で相棒が一緒にいた姿を思い出すと一抹の寂しさが募ってきます。
15年前 2007年08月23日
大鹿一八「本日の一言」 : 「一緒に行くかい」とは言えず… (livedoor.blog)
そして15年前には、同じ家族とはいえ愛犬モモを自宅に置いたまま上高地へ出かけていく一言も記されていました。
愛犬モモも自宅に置いていかれる事を察して、ヒイヒイと泣いてついてこようとしていたことも昨日のように思い出されてきます。
愛犬モモと相棒リマがいなくなった今となっては懐かしいというよりも悲しい思い出になりました。