大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

交通事故

血液検査の結果が良くなっており

名古屋市中村区稲葉地町付近 鳥居西通

処方箋

「血液検査の結果が良くなっているね(笑)」

   「えっ、そうですか」

「これなら上高地も大丈夫だよ(笑)」

   「身体も随分と回復してきました」


 6月に膠原病(関節リウマチ)と診断され、投薬によって身体の痛みは減ったものの、先月の診察では血液検査の結果は改善しておらず、身体の動きは軽快になっても体内の血液や免疫細胞は思うように改善せず、本日の診察でやっと改善を実感することができました。


「前回も身体は良くなっていたからね」

   「前回の数値は何故悪かったのでしょうかね」

「心配していたけど良かったね」

   「心配されていたんですか…」


 身体の痛みは減り、確実に快方に向かっているのに血液検査の結果は改善しない怪現象に主治医も首をかしげますが、心配していたとの言葉に、毎月薬の処方を代えながら思うように改善しなかった医師の苦悩を理解していませんでした。


 本日の検査でやっと数値の改善が見られ、処方されているステロイドを少しづつ減らしていくことになりましたが、毎月増えていた薬の量が今回の診察で初めて減ったことは嬉しい半面で、減らされて1か月後は大丈夫か心配にもなってきます。


今年6月の血液検査で関節リウマチの根拠とされた3種類の異常を示す数値

6月から12月までの推移


CRP(基準値 0.00ー0.14) 体内の炎症や組織の一部の損壊の有無を診断する検査

(6月)4.85→ (8月)2.32→  (9月)2.89→  (10月)3.78→  (11月)3.69→   (12月)0.50


MMP-3(基準値 35.2ー123.8) 関節リウマチ患者の関節には大量にMMP-3 が含まれており、関節破壊の指標とする検査

(6月)162.4→  (8月)212.3→  (9月)213.3→   (10月)231.9→   (11月)201.7→  (12月)153.0


RF(基準値 20未満) 血液中のRF(リウマトイド因子)という物質の量を調べる検査 

(6月)24.5→   (8月)26.7→   (9月)45.1→  (10月)67.8→  (11月)63.6→  (12月)36.8


 3種類とも正常な基準値の範囲内にまでは入っていませんが、本日の血液検査で先月や先々月よりかなり改善された事がはっきりと判ります。


本日の写真です。

 3月末に追突事故で頚椎を痛め、6月から膠原病に罹患して一時は起き上がることもできず、やっと先月から体調が戻ってきたものの、血液検査の結果が伴わないため体内で膠原病が進行していく心配もありましたが、本日の検査結果と医師の「心配していた」との過去形の言葉から明るい兆しを感ずる一日となりました。

四国遍路から帰って2日目となり

名鉄電車

本日の写真です。

本日は朝から福祉有償運送のボランティアで、患者さんを市外の医療機関まで送迎するとこれだけでお昼になってしまい、昼食後に家内は名古屋市の病院まで搬送した患者さんを迎えに走り、私は理髪店経由で家内と合流して珈琲店に行くと夕方になりました。

何か仕事をしたという感覚はなく、出費するために外出しているような生活ですが、年金暮らしのボランティア生活のためこんなものでも普通なのでしょうか。


添付した「へんろ」は四国八十八か所霊場会が監修する情報誌で、毎月1日付で発行されて発送されているため、今月は四国遍路から帰宅した翌日5日に取り出しましたが、四国から日常生活に入ろうとする気持ちが四国へ戻っていってしまいました。

今年は3月に逆打ちで香川県からスタートし、4月から毎月上高地と四国遍路に行くことを目標にしていたものの、3月末に交差点で追突事故に遭って首を痛め、その後6月に膠原病に罹患して6月と7月はドクターストップがかかりました。

8月から上高地行きが解禁になり、四国遍路は9月から再開して10月と先週末にやっと訪れることができました。しかし、上高地の滞在時間を半分として松本市や安曇野市に点在する真言宗の古刹巡りや京都の三弘法などへ行ったことで、違った角度から密教のすばらしさを体験できまる機会ともなりました。

さて、明日は膠原病の主治医の診察を受けるため名古屋市の中村日赤へ通院となりますが、生活する上での体調は随分と回復しているため、診察前に受ける血液検査や尿検査の結果も前回より改善していることを願うばかりの診察となります。

6月から手首や指の痛みからブログの発信もスマホの「音声入力」としていましたが、パソコンで打ち込んでも苦痛にならないため本日はパソコンで打ち込みました。

体調の回復によって、昨年の目標だった「毎月遍路」も開始できると幸いですね(笑)

歩くことができず苦痛の毎日へ

コークオンのドリンククーポン

本日スタンプが揃いました

最近は1日1000歩ほどしか歩けません

ウォーキングで最後に獲得したスタンプです
本日の写真です。

 Coke ON のウォーキングは、一週間に35000歩、一日五千歩をノルマにして、これまでスタンプを貯めてきましたが、一か月ほど前からは1日1000歩程度しか歩けなくなりました。

 事故直後は指のしびれだけでしたが、ゴールデンウィークの頃には両手と両肩に激痛が走るようになり、両手が使えないことで起き上がる時や立ち上がる時に両膝の負担が増え、最近は右膝に痛みを伴うようになってきました。

明日は中村日赤で MRI 検査を受けることになっていますが、大量に投与された治療薬の影響と思われる両手のむくみに悩まされています。

さて、明日の朝の体調はどうなっているのでしょうか。

家内が頼りの水田の管理

我が家の水田です。

苗よりも雑草が大きくなっています
本日の写真です。

昨晩は手首の痛みで満足に眠られず睡眠不足の一日となりました。

ボランティアの福祉有償運送はもちろんのこと、田植えが終わったばかりの水田が雑草まみれになっていると聞かされても両手の不調のため役に立ちません。

体の不調はブログの話題も暗くなるので、本日は上高地の明るい話題を添付しました。 ご覧ください。


ここをクリックしてご覧ください。


手の平のシビレと肩の痛みから四国遍路を断念し

本日の夕暮れ 雨天の一日に夕陽が射しました


 右手だけだった手のひらのシビレと痛みが、2日前に突然左肩も動かせないほど痛み出し、本日から出発を予定していた四国遍路を中止し、何とか連休最後の3日間だけでも四国へ行こうと静養してリハビリに専念しています。


 3月末の交通事故によって、当初は指のシビレだけで簡単に治まると思っていたものの、時間の経過とともにシビレが治まると手のひらが痛み出し、肩や腕を動かしてもシビレは解消できなくなり、パソコンのマウスや食事の箸を持ってもシビレ、セカンドライフとしている患者搬送にもハンドルを握るとシビレるため家内の出動が増え、最近はシビレだけでなくシビレが治まると右手全部の指が痛みだし、朝の起床時には重度のシビレが残るため夜間の不眠にも悩まされるようになりました。

 3日前の診察で、「処方した薬の効果が神経にいきわたるのには時間がかかり、長期戦になるのを覚悟して」と医師に言われたため、これまで1ヵ月間の体調変化を思い出して記録しておきたいと思います。
 

3月26日(土) 午後6時稲沢市の交差点で追突事故に遭う。左肩と背中に鈍痛。

   28日(日) 右手の親指と人差し指と中指にピリピリとシビレが発生

3月28日(月) 彦坂外科を受診 レントゲン検査で首の頸椎に挫傷の痕。

          三種類の薬と湿布の処方

3月29日(火) 後藤整形外科医院でMRI検査

          MRI検査のデータを持って彦坂外科で診察 

  3月30日(水) この日から薬指と小指にもシビレが発生

4月 2日(水) 彦坂外科

  この頃から、息子の接骨院と彦坂外科のリハビリをうけるようになる

  4月10日頃には、親指から3本は常時シビレ、小指と薬指はシビレの繰り返しに

4月14日(木) 彦坂外科

4月20日(金) 名古屋赤十字病院で診察 CT検査を受ける

   偶然か、翌日の半日ほどシビレが治まる その後は元通りにシビレの繰り返しになった。

   この頃までは両肩を動かすとシビレが治まることがあったが、シビレが治まると手の指が痛むようになり、指も曲げられなくなる。

  4月26日(水) 朝から夜まで右手がシビレたままになり、夜も寝られなくなった

4月27日(木) 彦坂外科 新たな薬の処方とリハビリ

  4月27日の夜に左肩が突然の痛みで動かせなくなった。当初鈍痛が軽減していたため治療は受けていなかったものの、事故後から左肩に違和感が残っており、左の中指が痛んで曲げられなかったのが、肩の痛みが出た後になって解消したことから、中指の痛みも事故後の肩の後遺症であったと思います。


4月29日(金) 左肩の痛みは改善し、今度は左手の薬指に違和感が出たものの、昨日には全く動かせなかった右腕が動かせるようになり、本日は動かしても問題が無さそうなため積極的に動かして痛みと強張りを取りたいと思います。


 右手の手のひらについては、シビレと痛みによって握力も日赤で検査した20キロより確実に低下しており、シビレが治まると痛みが襲ってくることから神頼みの状態です。


 何よりも横になって身体を休めたり寝ることで右手がシビレるため何ともならず、これからの四国遍路や上高地のボランティアだけでなく、毎日の患者搬送にも支障が出ており、平成16年から毎日発信してきたブログについても、スマホのタッチペンが握れず、パソコンのマウスを持つとシビレるため、何とか続けていきたいもののこれこそ神頼みとなってきました。


                            4月29日の一言

車の修理のように人間の身体は治りません






本日の名鉄電車


ポピー


津島市へ到着です


車が戻ってきました

ナンバーは22日に取替です

ここまで本日の写真です


先月27日 事故の翌日です

ナンバーもクシャクシャです

29日に修理に行きました


 先月末の追突事故により修理に出してあった息子の車が本日戻ってきました。ナンバーだけは来週22日以後新しいものに替えてもらえますが、事故から三週間が経過したものの、私の身体は思うように回復せず、右手のシビレは深刻になってきました。

 事故翌日は親指と人差し指と中指だけだったシビレが、翌日に薬指と小指がシビレだし、先週は手の平全体がシビレ、スマホやパソコンのマウスを持つとシビレ、車のハンドルを握ってもシビレるようになり、本日は起床時から午後まで手の平がシビレて痛みも感ずる状態になっています。

 起床時に手の平がシビレているのは不快で、寝る体位まで考えていると寝不足となり、本日は出かけた珈琲店で腕を曲げてソファーの背中に置くと偶然シビレが無くなりましたが、事故後に手のシビレが治らなかった人も存在するため何とかしたいと試行錯誤の毎日となります。
手前は西洋タンポポ
         奥3本はニホンタンポポ

 さて、本日のウォーキング中に、在来種のタンポポの近くに西洋タンポポとの合の子(あいのこ)のようなタンポポを見つけ、植物に詳しい上高地パークボランティアのSさんに連絡し、我々の地域にはトウカイタンポポも存在することを聞きました。

 上高地にも侵入して増殖する西洋タンポポを意識して、愛知県に帰ってもタンポポの裏側の外総苞片を見る癖になっていますが、在来種と外来種の二者択一しか念頭になかったため、タンポポについて改めて勉強しなおしたいと思います。

                              4月15日の一言

リハビリと休養の一日となりました

我家の君子ランです

全部で6鉢になりました


 我家の君子ランは6鉢になりましたが、平成16年12月に亡くなられた水野静江さんにいただいた1本を基にして増やし、すべての鉢が花を咲かせますが、水野さんが存命中は管理が悪く、立派な君子ランをもらっても翌年には花が咲かず、毎年立派な花をいただいていました。

2018年04月12日

 亡くなられて18年の歳月が経過しましたが、唯一の遺品と思って大切にしてきたためどんどんと増え、花から結実した実から発芽した子供も数本存在することから、そろそろ水野さんのお宅へ里帰りさせるか、故人を知る知人へ差し上げて後世へ残したいと思います。

 それにしても月日の経過は早く、亡くなられて18年も経過していますが、私が大学時代に御主人とともに海外から帰国され、直後から私の仕事を手伝ってもらうようになり、学生結婚の家内にとってもお姉さんのように頼れる存在でした。

 毎年立派な花を咲かせることで必ず故人を思い出すことから、私も残された家族に喜んでもらえる花を見つけて残したいと思います。4年前のブログを読み直すと、本日と同じことを記していました(笑)

かかりつけ医 彦坂外科

昔ながらの田んぼ道です

タンポポが咲き誇っています

残念ながら外来の西洋タンポポです

草の上で眠りたくなりそうでした

善太川の支流です

水面には大きな亀

右手遠方には津島市民病院

回り道したものの外科の近くです

昔ながらのヨシが茂っています

本日の写真です。

 本日は歯科医院経由でかかりつけ医に到着し、交通事故後に受けている首の温めとけん引のリハビリを受けた後に、田んぼ道を歩きながら家内の車と合流しましたが、本日は何もしないままに昼をむかえました。

 追突された軽自動車は修理のため代車が届いていますが乗りなれない車であり、私の愛車キャラバンは本日エアコンの修理に出しているため、ボランティアの合間に家内が私を歯科医院と彦坂外科に送迎してしれましたが、自家用車が無いと生活できない高齢者の生活を実体験する一日ともなりました。

 ただし、日頃は車で通り過ぎていく場所ですが、人の歩かない田んぼ道を久しぶりに歩き、健康目的とは違う歩く目的本来の目的地までの移動は新鮮で、小学校への通学路の道草を思い出しました。明日もこんな生活となります。
                                 4月6日の一言

追突事故から一週間後の手のシビレに

本日の夕暮れです

中村日赤の整形外科への紹介状

歯科医院の治療

本日の写真です。

 一週間前の3月26日に稲沢市の交差点で追突事故に遭遇し、月曜日に地元の外科医院で診察後に頚部挫傷の診断を受け、翌日火曜日に市内の整形外科医でMRI検査で精密な頚椎の画像を入手して投薬と治療を受け、水曜日からは三男の接骨院でも施術を受けるようになりました。

 事故の翌日になって左の首と背中付近に痛みがあり、右手の親指と人差し指、中指にシビレが発生しました。月曜日に受けた診察後になって右手の小指と薬指もシビレるようになり、スマホのタッチペンや車のハンドルを握ると小指と薬指がシビレるようになりました。

 医師によると、小指と薬指は右腕の関節付近の神経が原因のようで、水曜日になると食事の箸を持ってもシビレ、本日は良かったものの木曜日と金曜日の起床時には指だけでなく、右手の手の平と手首もシビレていました。

 事故後3日目となる月曜日には痛みが軽減した左側の首や背中が、今になって辛い鈍痛が残り、最初の親指から3本指はシビレの感覚は変わったものの常時シビレており、右手を使うと小指と薬指がシビレて、最近は右腕や右肩まで違和感を覚えるようになりました。

 こんな時に限って差し歯が取れてしまい、休日であるはずの土曜日は外科と歯科医院のハシゴとなり、外科では大きな病院で頚椎の精密検査を受ける紹介状をもらったことから、同じような右手のシビレから手術に至った2年前に亡くなった叔父の顔が浮かんできました。

 さて、今から15年ほど前の話となりますが、私にホームページの開設を熱心に薦め、自分のパソコンまで私に持ってくるだけでなく、自分自身もホームページでお寺の歴史や廃ってしまった地元の巡礼を調べて発信していた叔父が、手がシビレてパソコンができなくなりました。

 パソコンは代わっているものの、今週からパソコンのマウスを握ると右手がシビレる現実に、平成16年から一日も休まず発信してきた一言を継続するためにもこの際徹底的に検査して元通りに改善を目指したいと思います。
                                  4月1日の一言

事故後の検査へかかりつけ医を訪れると

かかりつけの外科医院

来月からの案内


 土曜日の夜に知人宅を訪れた帰り道に、稲沢市の交差点で車に追突され、相手の損害保険会社からの連絡を待って本日私のかかりつけ医としている外科医院を訪れ左肩と首の痛みを訴え、右手の親指と人差し指、中指のシビレを検査するためレントゲンが撮られました。


 びっくりです。一時的な痛みとシビレで、何事もないと思って受けた検査でしたが、レントゲンに写った首の頚椎の下部に圧迫されている部分が存在し、MRI検査の出来る病院で再度検査を受けることになり、明日紹介状を持って検査へ出直すことになりました。


 朝一番にかかった損保会社との電話で、「何事も無かったら物損事故にします」と伝えていたものの、医師からまさかの「治療が必要だよ」との深刻な説明に、追突してきた運転手の穏便な処分なんて考えておられる余裕もなく、午後に診断書を持って遠く離れた稲沢署を訪れました。


 こんな事になるとは思ってはおらず、帰宅後に訪れると約束してあった知人宅と、会計役になっていた地域の交通安全協会の帳簿の確認と押印のため小学校を訪れると夕陽が沈みかけており、明日の福祉有償運送で搬送予定の患者さんもMRI検査で行けないため仲間に代役の出動を依頼するなど、私の予定だけでなく周りにも影響が出てきました。


明日整形外科医院へ持参する紹介状

本日の写真です。

 事故直後には左肩と背中に違和感があり、翌日となる昨日には鈍痛があったものの、本日は痛みが和らいでおり、指のシビレは一時的なものと考えていましたが、医師の発行した診断書は2週間でしたが、薬を処方された薬剤師さんから「長期戦になるよ」と言われました。

 明日のMRI検査の結果待ちとなりますが、頚椎の骨そのものは変化しないため、医師から処方された薬や治療とともに、首のストレッチと筋肉強化で指のシビレを一日も早く改善するしかありませんが、指が気になっていたら右腕の関節付近にも痛みを自覚するようになってきました。

 昨年10月に手術を受けた前立腺肥大症は、長距離(長時間)歩く上高地や四国遍路のために受けており、こんなことで四月からの上高地での活動や、ゴールデンウィークに予定する四国遍路を諦めるような性格ではありませんが、これからは寝具や枕にも気をつける必要が出てきました。

 明日は朝一番で追突された車を引き取りにくる担当者へ託し、一人の患者さんを搬送してから自分の検査を受け、検査結果を収めた電子資料をかかりつけ医へ届けることになっており、夜はコロナ禍で休止していた書道会が2ヵ月ぶりに再開されるものの、忙しい中にも明るい希望を感ずる一日となりそうです。
                              3月29日の一言

近くの桜並木を訪れました

稲沢市須ヶ谷川桜つつみ


愛知県稲沢市 旧平和町







 本日は日帰りで遠出する予定でしたが、昨日信号待ちの交差点で追突事故に遭遇し、私自身は被害者であり事故の責任はありませんが、月曜日にかかりつけの外科医院を受診することになっており、検査前に外出して再度事故に遭遇する心配から、自宅待機の一日となったものの、家内が近場の桜の名所まで連れていってくれました。


 稲沢市の桜ネックレスと名付けられた桜並木は、日光川と須ヶ谷川に植えられた桜の名所となっており、駐車場は満杯になっていたものの、桜は3分咲きの状態で今週半ばに満開を迎えそうで、1週間先でも桜は鑑賞できそうです。


愛西市相ノ川桜並木


本日の写真です。

 愛西市の相ノ川の桜並木は咲きかけた状態で、ほとんどが開花前のツボミの状態になっており、こちらも来週末まで桜が鑑賞できそうです。

 私自身は、今から30年ほど前に、町内を流れる大きな用水の護岸に桜を植える提案をしたことがありましたが、「桜に付く虫が人を刺したら」とか、「消毒にかかる費用はどうするのか」など町内では全く受け入れられず、私の提案を耳にした隣町の用水に植えられた桜が見事な花を咲かせる度に残念な気持ちにさせられます。

昨晩追突された息子の軽自動車です。




 昨日の現場検証では月曜日に病院へ行くと警察と相手に伝えましたが、身体が何とかなりそうなら物損事故で終わらせたいと考えていたものの、事故の相手がかけていた損保会社からの電話で、月曜日に担当する担当者が決まるまで、車の修理には持ち込まないで欲しいと言われただけでなく、病院への診察も支払いが確定していないため建て替え払いになる旨の説明がありました。

 こんな馬鹿なぁ

 赤信号で追突され、100パーセントの被害者が自賠責保険から出る治療費をたて替えるのは理不尽で、ネットや電話で契約できる安い損害保険会社のため、夜や休日は受付が電話を受付けるだけの応対のようで、相手や損保会社から身体の状態を問い合わせる連絡も皆無では被害者は堪りません。

 私のフェースブックを目にしたトヨタの社員から連絡が入り、身体の心配と車についても後部ドアが開かず警告灯が点滅し続けていることを伝えると、バッテリー切れになる可能性が高いためバッテリーを外すなど指示があったものの、修理期間中は代車を手配してくれますが、代車での事故も考えると大きな行動制限に陥ります。

 事故そのものは重大事故ではありませんが、軽自動車のため身体にもダメージは残り、朝目覚めると左肩と首に鈍痛が残り、右手の指に張りとシビレを感ずることから、明日一番で相手の損保会社に連絡して病院と車の修理の手配が必要になってきました。

 「それでも入院するケガも無かったから良かったと思わないと」と家内には言われて納得ですが、「これからしばらく外出は自粛したら…」との苦言も出るため、暫し慎重な行動に努めることになりそうです。
                                 3月27日の一言

交差点で追突されました 相手の保険会社に怒り心頭です

我が家のアンズ 満開です

当選しました

 3連休の四国遍路で思い出に残る出会いを体験し、帰宅後はサクランボとアンズの花が満開となっており、四国への連絡や余韻に浸っていましたが、良いことばかりは続きません。

 最近になって一宮市へ引っ越した知人からパソコンが反応しないと連絡が入り、パソコンに詳しくない私が四苦八苦した結果ですが、何とかネット環境が整い一宮市から自宅へ戻る交差点で…

 「ドガーン」、頭もガーン。車に積んだ荷物が車内に飛び散って一瞬何が起こったか判りません。赤信号で停まっているところに後ろから追突されており、薄暗くなった土砂降りの雨の中でパトカーを待ち続けますが、前の事故処理によって遅れに遅れて事故処理が終わるまで2時間経過しました。

 さて、事故は不可抗力で仕方ありませんが、損害保険会社の対応には問題ありです。

 赤信号の追突事故のため私の保険会社は利用しませんが、待ち時間が長いため私のかけている日新火災へ連絡すると担当者が必要な事項を確認して指示をくれましたが、相手の損害保険会社は連絡をしても指示待ちで、事故処理が終わっても連絡が入ってきません。

 午後6時5分の事故発生から事故処理が終わり、事故を心配して駆けつけてくれた知人と休憩していると午後8時51分になってやっと連絡が入り、週明けの月曜日にならないと事故の担当者が決まらないため車の修理はその後にしてくれとの対応です。

 テレビ画面で24時間事故対応と宣伝しているソニー損保だけに腹立たしく、事故によってメーターの警告灯が点滅し続けていると訴えると、修理工場に持ち込んでも当方が見積もりを確認するまで修理は依頼しないでくれとの応対です。

 警察には月曜日に病院へ行くと説明しましたが、この診察の医療費についても保険会社から明確な指示がなく、保険適応になるかどうか判らないとの話に、赤信号で停まっていた車に追突されても車の修理を待たされ、病院の診察代金も被害者の立て替えの可能性を言われると怒りしか沸いてきません。

 知人から「修理中の代車の話は無いの」と言われ、連絡のあった電話番号へ連絡すると、担当者へ問い合わせて同種の車種を借りてくれと対応はあったものの、100パーセント加害者持ちの追突事故の処理のため、車の修理はさておき、身体の診察や治療は最優先であるべきで、知人から「診察代の立て替えなんで可笑しい」と言われても、当事者の私は「お願いします」としか言えません。

 本当にソニー損保の対応は悪い。契約者にはそれでも良いのかもしれないが、契約者が賠償すべき被害者の存在は全く無視した対応に、電話やネットだけの契約の脆弱さを実感で、相手に配慮して月曜日まで体調を見ると伝えたものの、鈍痛をかかえたまま我慢する気持ちも失せてきました。

 明日の体調を様子見の日曜日となりました。
                                 3月26日の一言
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