大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

京都

昨日の京都 大原宝泉院

本日の写真です。

 昨日訪れていた京都大原の宝泉院から、本日御札と福豆が同封された手紙が届き、昨日は住職と顔をあわせていなかったため、お礼の電話を入れました。

 毎年節分の直後に届けられる手紙ですが、住職のご厚意に甘えて何のお礼もしないまま年月が経過し、いつ頃から御札と福豆が届けられているかは不明で、私の過去のヤフーブログには平成20年に初めて写真を添付していました。

 朝日旅行友の会の日帰りバス旅行を昭和63年に開始し、平成3年に初めて京都大文字送り火を企画してから20年以上にわたって送り火へのバス旅行を企画しており、宝泉院へは平成6年の8月16日の送り火の日に初めてバスで訪れています。

 議員になった平成11年から5年ほど前までは、家族や知人と12月の大晦日に必ず京都を訪れており、宝泉院を訪れてから知恩院や百万遍で除夜の鐘を撞いてきましたが、節分の手紙がいつから届いているのかは住職に聞かないと判りません。

 まったく横着で無礼な性格ですね(笑)

朝日旅行友の会の行き先リスト

 さて、ここからの写真は昨日の雪の宝泉院です。過去の書き込みを見ても不思議なことに雪の宝泉院の写真はありませんでした。

宝泉院参道入口

山門

拝観受付所

境内

法然上人 衣掛けの石

五葉松

玄関への参道

玄関横の庭

手水石

額縁の間から見る五葉松

額縁の間から見る竹林

多くの観光客

ここでは自然と正座したくなります

ここで抹茶をいただきます

抹茶とお菓子

宝泉院のために作られたお菓子

竹林横の日本庭園

水琴窟

竹林と大原の借景

西方の鞍馬山方面

囲炉裏の間

北の庭


 宝泉院と言っても判らない人もあると思いますが、有名な三千院の奥にある勝林院の塔頭となるお寺で、JR東海が「そうだ京都へ行こう」のキャッチフレーズで初めて紹介されたお寺となり、女性が何度も訪れる人気のあるお寺です。

 厳冬期の大原で、しかも四方が開けっ放しの本堂ですが、ここに座っていると時間の経過を忘れてしまう居心地の良いお寺です。


隣の勝林院

三千院前


 久しぶりと思っていましたが、昨年9月にも訪れており歳のせいか3ヶ月の経過でも随分と昔のように勘違いしてしまいます。

2022-09-25 

2020-11-01 20 令和2年

滋賀県から京都大原まで | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)


2008年02月06日 平成20年

大鹿一八「本日の一言」 : 目的と結果の大きな違いを自覚して (livedoor.blog)

 初めて宝泉院の御札と福豆の写真を添付した平成20年の写真です。


2010年08月16日 平成22年

大鹿一八「本日の一言」 : 大文字送り火に走り (livedoor.blog)

 送り火と宝泉院の書き込みです。


2012年02月06日 平成24年

大鹿一八「本日の一言」 : 京都より届けられた福豆に (livedoor.blog)

2019年02月06日 平成31年

大鹿一八「本日の一言」 : 京都から節分会の福豆が届いて (livedoor.blog)


 宝泉院の住職とは高校時代の同級生で、私の出生地である愛知県祖父江町の出身であることや、住職と親戚となる親しい知人が存在するため、京都でも数少ない居場所のように感じてしまうお寺です。


 さて、過去の書き込みを読み直すと、大徳寺門前の山国屋細見酒店には宝泉院よりも多く訪れており、先代店主が鬼籍に入っておられることから明日まとめて添付したいと思っています。


京都大原から東山の安井天満宮まで

京都大原に残る民家

大原は雪化粧

茅葺(かやぶき)の家

三千院への参道

魚山橋

道標

大原温泉湯元 芹生


京都大原三千院前に佇む、お料理と庭園が自慢の宿。露天風呂付客室もあり、山並みを一望しながら静寂さに心癒される寛ぎのひとときを。地野菜や旬野菜をつかった懐石が人気。 ホームページ:https://www.seryo.co.jp/index.html

勝林院への参道

三千院前の土井志ば漬本舗

明治34年(1901年)に創業をした土井志ば漬本舗


三千院山門

天台宗 京都大原三千院 (sanzenin.or.jp)

本堂へ

三千院山門から見えるお店

三千院から勝林院へ

末明橋 律川

  さらに歩きます

勝林院

 魚山大原寺勝林院は長和2年(1013)に寂源によって声明による念仏修行の道場として創建されました。約90年のちに来迎院が創建されると、二つの本堂を中心として僧坊が建立され、多くの僧侶が声明の研究研鑽をする拠点となりました。こうして勝林院と来迎院を中心とした大原東部の寺院群は、魚山大原寺と総称されるようになります。
 勝林院は火災や水害のたびに再建されてきました。現在のお堂は安永7年(1778)に再建されたもの。幅七間・奥行六間の総欅造りで屋根は木の板を重ねて葺いた杮葺です。欄間や蛙股などに彫り込まれた立体的な彫刻は当時の木彫技術の素晴らしさを今に伝えています。


ここは私の京都の立寄り場所

魚山 宝泉院

京都府京都市左京区大原勝林院町187

京都三大五葉(松)

額縁庭園

宝泉院は本日一番目の目的地で、本日の宝泉院については後日添付します。


参道を戻ります

法華堂 本尊は普賢菩薩

勝林院参道

魚山 実行院


後鳥羽天皇・順徳天皇 大原


三千院前

正面はかつて老舗料理旅館魚山園のあった場所

念仏寺

境内

出世稲荷神社入り口

参道

出世稲荷神社の標柱(しめばしら)

鳥居

出世稲荷神社

三石大神 勝負の神様

左が(禄石)打出し石 中央が(壽石)勝石 右(福石)取り石

その昔は、博徒や相場師に信仰され、現代も勝負の神様として強運を祈願されています。

向拝新築の鳥居

社務所


大原から大徳寺のある北区紫野へ

ここも京都の立寄り所 左の山国屋細見酒店


「先生(せんせ)ですね」
   「お久しぶりです」
「両親の所(仏間)までどうぞ」
   「…本当に…お久しぶりです…」

 今から20年ほど前の話となりますが、平成3年から平成17年まで毎年8月16日に、朝日旅行友の会のバス旅行で京都の大文字送り火を鑑賞に出かけ、私自身が船岡山が好きだったことから毎年大徳寺の駐車場に観光バスを停めていました。

 登山が趣味で北アルプスから帰った直後だった細見酒店の先代店主と店先で出会い、山の話から意気投合して、8月と12月の大晦日は必ず立寄っていたお店ですが、8年前からお盆は上高地に滞在しており、5年ほど前から大晦日も出かけなくなりました。

 「せんせ」は、先代に呼ばれていた呼称で、個人的に知人と訪れた送り火でも3階の屋上に招待されたこともある間柄でしたが、先代は7年前、翌年には奥様が他界され、親からの慣習で私にお奨めのお酒を差し出される若い息子さんの姿に、申し訳ないので足が遠のいていました。

 二十年以上前の親の代からお付き合いのあるお店で、商売(利益)にもならない私の来店を喜んでくださる姿に、案内された仏間でご両親と生前中とおなじように会話ができたことから、これからも忘れず訪れる約束をしてお店を後にしました。

安井金比羅宮 京都市東山区下弁天町70

縁切り縁結び碑(石)


京都で強いパワースポットとして注目される天満宮です。怖いくらい凄い縁切り神社として有名な安井天満宮についても後日添付します。


安井天満宮前の人力車「えびす屋」のお姉さん

「維新の道」高台寺方面でも出会いました

がんばってね


京都から帰ります

草津パーキング入り口

本日の写真です。

 リタイヤしたセカンドライフとして、上高地と四国遍路を挙げているものの、議員になる前から京都へ出かけ、知遇を得た多くの人たちと温めてきた交友関係が未だに存在することから、京都を上高地と四国遍路のように私の居場所にし続けたいと実感させられました。

 本日は次男の車に乗せてもらった京都行きとなりました。

三弘法神光院と仁和寺の朱印を比べて


神光院 山門

京都市北区西賀茂神光院町120

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

東寺(教王護国寺)、仁和寺と並ぶ京都三大弘法として有名であり、地元では「西賀茂の弘法さん」の愛称で親しまれる。空海が42歳の時に、当院で九十日間の修行を行ったとされる。修行を終えて寺を去る際に、境内の池に映る自らの姿を見て木像を彫り、厄除を祈願したといわれている。この木像は本堂に安置されている。同時に彼が眼病治癒の祈祷をしていたことから、眼病に利益のある寺としても広く知られるようになった


木札

手水舎

空海が自分の姿を写して木造を彫った池

本堂

中興堂

弘法大師像

納経所 庫裡

三弘法の案内

鎮守社

神光院の朱印帳
日曜日の写真です。

 三弘法といえば京都の東寺と仁和寺は有名ですが、神光院についてはあまり知られてはおらず、私自身は初めての参拝となりました。

しかしながら、世界文化遺産として大きな境内を半日がかりで巡る東寺や仁和寺とは違い、心安らぐ静かな環境は、42歳の空海が神光院で90日間修業したとの伝承や、上賀茂神社の懇望で藍染明王や自像を刻んで安置したとの伝承が妙に説得力を持ってきます。


手にした朱印帳は私のこだわりのある朱印帳で、一緒に添付した四国遍路の納経帳と比べれば大きさの違いが分かりますが、普通の小さな朱印帳よりもさらに小さい胸ポケットに入る朱印帳です。


さて、神光院の朱印の右側は三弘法仁和寺の朱印ですが、2ページにまたがって朱印が押されました。

「こんな小さな朱印帳には書けない」と、2ページにまたがるだけでなく、仁和寺では500円の朱印代を請求されました。

「朱印が重なるけどお許しくださいね」と言われた神光院の納経所の女性の心遣いを実感するとともに、「小さいからかけない」の一言で2ページとなった仁和寺の納経所との心遣いの大きな違いも実感させられました。

京の三弘法 仁和寺


 仁和寺 仁王門

 駐車場

寺標 

山門から見える境内

本坊表門

本堂境内 

御殿 

しん殿 

 勅使門

案内図 

中門までの参道 

 中門

 五重塔

 壮大な五重塔

金堂 

 本殿前

水掛 不動尊

水をかけます 

 御影堂入口

 御影堂

 鐘楼

 大黒堂

 成就山八十八ヶ所


御室八十八ヶ所霊場は、文政10年(1827)当時、四国八十八ヶ所への巡拝が困難であったため、時の仁和寺29世門跡済仁法親王の御本願により四国八十八ヶ所霊場のお砂を持ち帰り、仁和寺の裏山である成就山山道に埋め、その上に諸堂を建て霊場を整備したのが始まりです。成就山(236.0m)



 観音堂

金剛華菩薩像

御室会館 

 仁和寺東門
昨日の写真です。

仁和寺は仁和4年(888)に創建された真言宗御室派の総本山ですが、規模が大きいだけではなく参拝できる環境が整っており、成就山には四国八十八カ所のそれぞれのお堂を建てた本格的な八十八ヶ所が存在します。

全国各地のお寺にミニ八十八ヶ所が存在しますが、境内や裏山に石仏が置かれただけの霊場が多く、仁和寺のような大掛かりな八十八ヶ所は初めて目にしました。

2時間ほどで回れる霊場との案内ですが、それぞれの札所のお堂で真言を上げると半日がかりになるため、今回は後日への先送りとして、改めて巡拝に訪れたいと思います。

参考にしてください。
仁和寺 成就山八十八ヶ所ウォーク 護摩祈祷会
・10月2日(日)・11月6日(日)・12月4日(日)

京都三弘法仁和寺と神光院へ


仁和寺 

 山門から中門までの参道

 五重塔



蓮華寺 


神光院

京都三弘法まいり

 大原 宝泉院



 宝泉院内の三地蔵 


大原女の小径

法然上人の腰掛石

本日の写真です。

先週訪れた京都の東寺に続いて、本日は三弘法の仁和寺と神光院を参拝し、同級生が住職を務める大原宝泉院を訪れて最近の近況報告に花を咲かせてきました。

本日は家内と妹に加えて、三男夫婦と孫の6人で京都を訪れ、亀岡のトロッコ列車を楽しみたい孫達とは別行動で参拝を続けました。

三連休の京都は観光客の列が繋がり、京都駅に近い京都水族館を待ち合わせ場所にしたため、合流に手間取るとともに、高速道路の渋滞し名古屋への到着は一時間ほど遅れましたが、久しぶりに孫と夕食を共にすることもできました。

三弘法と大原宝泉院については後日紹介したいと思います。

不調(笑)の患者が患者を運ぶボランティア


日の入りの瞬間
本日の写真です。

2週間前の週末は上高地に出かけ、先週末は四国と京都へ出かけましたが、上高地では1日一万歩歩き、四国遍路では手すりに頼ることなく石段や山道を歩けました。

もっとも、帰宅した翌日の月曜日は身体中に疲れが残り、昨日は好調だったものの、本日は絶不調に陥りました。

 台風が通り過ぎたことで本日は気温がいっきに低下しており、睡眠中に身体が温まらなかったのが原因かもしれませんが、本日は午前中だけでなく午後まで身体の不調が続きました。

膠原病と診断され7月から薬を処方されていますが、症状は少しずつ改善しているものの、その日の朝に起床してみないことその日の体調がわかりません。

何よりも体調の良い日と悪い日の格差が大きく、上高地や四国で元気に動く姿を見た家族は勝手に仕事の予定を入れるようになり、本日は絶不調ながら二人の患者さんを病院へ搬送しました。

明日も私を希望する患者さんがあり、絶不調の早朝からボランティアが始まるため、午前6時に起床して身体中のストレッチが、必要となります。

台風のため四国遍路から京都の東寺へ


明石海峡大橋 

 淡路サービスエリア 上り

動画


 昨晩は神戸淡路鳴門自動車道淡路サービスエリア上り線側を車中泊の場所としました。


過去最大級といわれる台風14号のため、三日間の四国遍路を一日のみとし、強風により明石海峡大橋が通行止めになる可能性を考え、1日目に本州へ戻る予定でしたが、台風のスピードが遅くほとんど影響がなかったため車中泊に一番良いと思われる淡路サービスエリアにとどまりました。 


サービスエリアの中には夜間無人となる施設が多い中で、淡路サービスエリアは上下線とも24時間営業のため夜間でも明るく駐車場も広いため安心な施設と思えます。


神戸ポートアイランド 

 みなと異人館

 動画


 私の四国遍路は帰り道に高野山以外どこにも立ち寄ったことがありませんが、今回は病気療養中のため車の運転など家内の負担が多いため、神戸ポートランドに立ち寄りました。


こんな旅程を考えればこれからの四国遍路も楽しくなりそうです。


東寺 駐車場 

 動画

東寺 南門と五重塔
東門
動画

 食堂(じきどう)

大師堂 

 動画

五重塔 

 本日の写真です。

本日の京都行きは東寺だけでなく、ご縁のあるお寺やお店にも立ち寄る予定でしたが、弘法大師が残した真言密教の修業の場所であることと、これまで駆け足の参拝ばかりだったためここだけの参拝にしました。

詳細は後日に添付します。

池田町にある女流歌人伊勢大輔の歌碑

伊勢大輔の石碑

 

道の駅池田温泉

昨日の写真です

昨日の車中ランチ

 

    寝覚めの里  風の音に 

 おどろかされて 我妹子か

   ねざめの里 夜うつらん     伊勢大輔

 

 寝覚の里は遠く平安の昔から京の都人に知られ、伊勢大輔、冷泉為尹など歌人のお歌も多い。十四世紀後光厳天皇はこの地に鳳輦を駐めて、鶯の音に耳を傾けられたといわれている。             平成二十四年八月 高野川左岸より移す

 

後光厳天皇 (ごこうごんてんのう) (1338―1374)
南北朝時代の天皇(在位1352~71)。北朝第4代天皇
 
冷泉 為尹(れいぜい ためまさ) (1361-1417) 
南北朝時代から室町時代の公卿(くぎょう)歌人。
 
伊勢大輔(いせのたいふ。990年~1070年頃)
  祖父は49番・大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)、父は正三位神祇伯・大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)で、代々歌詠みの家系として知られていました。父が伊勢神宮の祭主、神祇大副(じんぎのたいふ:大輔)の職にあったところから伊勢大輔と呼ばれました。美貌の人で、上東門院彰子が中宮として敦成親王を生んだ50日目の祝宴には、選びぬかれた若女房の一人として配膳に奉仕しています。
57番・紫式部とともに、2年後に出仕した56番・和泉式部とも親しい間柄でした。名高い歌人として認め合っていた2人は、初対面の夜、寝ずに語り明かしたと伝えられています。彰子が開いた「上東門院菊合(じょうとうもんいんきくあわせ)」など、多くの歌合で高い評価を得ました。自分で歌合を主催したこともあり、多くの歌人と交友しています。

勅撰集に51首も選ばれ、中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。

後年は、白河天皇の育児の任にあたったようです。夫は中宮定子のいとこ・高階成順(たかしなのなりのぶ)で、2男3女に恵まれました。「古本説話集」によると、成順は「いみじうやさしかりける人」だと記されています。誠実で人々からの信頼も深かった夫と、幸せな結婚生活を送りつつ、出産後も仕事を続けました。康資王母(やすすけおうのはは)など3人の娘はいずれもが勅撰歌人となっています。やがて夫が出家し、大輔自身も夫の一周忌の頃(1060年以後)に出家して山里に移り住みました。老いてもその才気は衰えず、70歳(または80歳)という高齢で亡くなったようです


 岐阜県池田町の道の駅「池田温泉」の駐車場にある石碑ですが、伊勢大輔の名前から男性と思っていると女性歌人で、寝覚めの里や高野川と記されているため、当地に関係する人物かと思ってしまいますが、京都や愛知県など記された環境が良く判りません。
 
 一般的に寝覚めの里と言うと、長野県上松宿にある「寝覚ノ床」が有名なため、長野県のように思われてしまいますが、日本武尊が干潟に打ち寄せてくる波音で寝覚めたという伝承で、愛知県の熱田神宮やその周辺が候補地になっています。
 
江戸時代の旅行案内書『東海道名所図会』には、寝覚めの里については熱田の宮駅、浜の鳥居の東と記される一方で、美濃地方との説もあると記されています。
 
 伊勢大輔の歌では波の音ではなく、風の音が歌われており、いかにも岐阜県池田町のような感じもしますが、歌碑が京都の高野川にあったのか、歌を記した石が高野川にあったものか由来が理解できませんが、せっかくの歌碑だけに解りやすい説明が欲しいですね。
 
 さて、道の駅池田温泉については、日本中を旅して2年前に池田温泉で一緒に車中泊した上高地のボランティア仲間の「流山のおっさん」から、泉質は日本一と言われたことがあり、その後何度も訪れていますが、大垣市から池田町にかけては魅力ある観光資源が複数眠っています。
 
令和1年12月15日、16日
 
2021-05-30 
 
                            4月11日の一言
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