大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

伝統芸能

落語家 浪漫亭砂九さんとの記録を再録して

 浪漫亭砂九さんこと纐纈彰良さんは、平成18年11月24日に交通事故によって49才の若さで他界していますが、ホームページも閉鎖されていたものの、本日過去の記録を読み直していると、未だに記録が復活していることが判り、私と関連する記録だけでも転載するとともに、改めて「落語家浪漫亭砂九」を偲んでみたいと記載しました。

浪漫亭砂九出現!! http://sunamaru.zashiki.com/index.html 

 心無い政治関係者に利用され、政治不信に陥っていた砂九さんと出会い、意気投合して私の事務所でも砂九さんの落語会を開催するようになり、亡くなるまで4年間に36回の落語勉強会「出前寄席」を開き、私は砂九さんから「私設マネージャー」に指名され、勉強会は「大鹿寄席」に格上げされていました。

まちかど座談会(出前寄席) http://www1.clovernet.ne.jp/oshika18/newpage14.htm

 50近い中高年になってから心を割って付き合える仲間となり、私の座談会の前座役として落語を披露してくれた砂九さんが他界してから、悲しみが蘇るため座談会も止めてしまいましたが、車を運転して来てくれた落語の御礼は一切受け取らず、1月3日の新年交換会に日本酒1本だけを手渡す、落語の世界のようなお付き合いが続きました。

浪漫亭砂九と永遠の別れ 2006/11/26(日) 私の記した一言

イメージ 1《浪漫亭砂九プロフィール》

1957年3月27日午前5時21分  名古屋市中村区中村日赤にて生まれる。

噺家(江戸落語・芸名不祥)を祖父に持つらしい...。 (後年、母より知らされる。)
18才夏に柳家小さん師匠「二人旅」をテレビで鑑賞。その瞬間「落語」に目覚める!!

「落語」を習うためだけに「関西大学」に入学。 入学式5日前に落研「落語大学」入部。
初舞台は大阪のとある「D」スーパーの特設会場。
基本ネタ「つる」を絶句。途中で舞台を降ろされる。

幹部・3年、念願の部長(15代学長)になる。「プロになれそう、なりたい!」そんなこともあった・・
現実は卒業と同時に親父の跡継ぎ(魚屋さん)。

1987年、「第一回桂三蔵独演会」開催。 その後、名を変えつつ、16年間継続。(2003年多くを学び、無事卒業。)
1995年10月「楽語の会」入会。 活動機会が、飛躍的に多くなる。
2002年6月「砂九勉強会」開催。 年間落語100席を超える。
2005年、年間の高座数150を越す。

今後は・・・      さて??
                                        平成18年11月24日没

私と関係する砂九さんの足跡への書き込み 平成15年から18年
      ↓   ↓  ↓   ↓ 
平成18年11月11日 勉強会   
久しぶりの勉強会「大鹿寄席」。
私の勉強会の定義・・
「お客様より、自分の為に落語をさせて頂く」
最近はスケジュール等で、中々出来なかった。
「原点は大事」だと再確認。

平成18年2月18日 親父倒れる! 
御歳83。  健康優良老人、バリバリの現役肉体労働者。
この1週間ほど、少し様子がおかしいとは思っていたが・・
道で倒れ、気を失っていたらしい。(丸1日行方不明だった)
初めての「親への心配」に自分をも見失いかけていた。
即、津島の市会議員Oさんと、介護の専門家Kさんに相談。
お二人とも、誠に親身になってくれた。
ありがたい。涙が出るほど・・ありがたかった。
「皆様の御蔭様」
本当に、感謝しきれない!
(後日談;我父は、有難い事で、復活(?)しそうです。)

平成18年1月3日 新年会三連続 
正月の舞台は、新年会の「嵐」。
お酒の入ったお客様の前での舞台が多くなる。
今年は、ハッキリ言って、エゲツなかった!
全部がお酒付。そして・・全部が、私の「独演会」。
たとえ、1人でも・・私の落語を聴いていただけるなら、手は抜けない。
納得して頂け無くては・・。がっかりさせる訳にはいかない。
この状況をクリアする為に、感性を集中!
お客様のお一人、お一人に「気」を走らす。
「寝てる人」「酔ってる人」「期待してる人」「楽しんでる人」・・
目の前のお客様にお答えする「ギリギリ」を選択する。
自分の「全て」は表現出来ない。
いかに、「ゆとり」を持つかがカギ。
この「実力テスト」は私を高めて頂ける  ・・ハズ!?。

平成17年10月19日 リハビリ 津島
次回の舞台は「大須演芸場顔見世大会・中トリ」。
舞台感覚無くしては、出来ない。
緊急に「舞台感覚」を身に着けなくてはならない。
今日しか出来ない、緊急処置を試してみる。
掛け持ち「勉強会」その1で、舞台感覚を身に着ける。
その2で、「大須・・」でのイメージ・トレーニング。
決して、お客様をないがしろにせず、「リハビリ」させて頂いたつもりです。

平成17年10月9日 「佐藤由美」ピアノコンサート 茜屋
4回目を迎える、クラシック・ピアニスト由美ちゃんのコンサート。
今回も、スタッフ兼お客として参加させて頂いた。
何時もながらの素晴らしい演奏。
しかし、残念ながら、客数は今一。(本物を間近で見れるのに~!)
何故、チケットが売れないのか?
知名度?クラシックピアノのファンの数?販売力不足?
何よりも、お客様への「期待感演出不足」と見る。
「期待感演出」は、見るまでの絶対条件。
奏者の「オーラ作り」、お客様の「ワクワク感作り」の第一歩。
どんな素晴らしい「芸」も、観客が有って成立する。

平成17年5月8日 さすがに無理。
勉強会は本当に勉強になる。
大鹿寄席も27回目。色々な事があった。
今回のハプニングにはさすがに驚いた。
多数の小学生+犬の乱入!
落語会場は公園と化した。和室を走り回る、運動会状態。
丁重にご退場願い、やっとの思いで、再開。
気持ちが・・・落語出来ないよ~!

平成17年4月9日 オジン企画
CD「浪漫亭砂九勉強会」の出来がGood!
録音状態の悪い自前のMDがCDとして生まれ変わった。
「出囃子」を入れ、雑音を消し、コンパクトにまとめられた。
マネージャー・大鹿さんの伯父さんが中心で立ち上がった「オジン企画」作成。
ここまでの技術を持っているとは・・・正直恐れ入りました。
販売開始から2週ほど、30枚が即売。
感謝・感謝!
伯父さん・・これからも宜しくお願いいたします。

平成17年1月29日 CD作成プロジェクト
砂九で遊んでいただく。
「勉強会」が生む、思いもよらない効果は楽しい。
人と人が繋がっていき、輪が大きくなり、個々に遊びだす。
見る落語が、参加する落語に少しずつ変わってきた。
 「砂九落語CDを作ろう。」パソコン好きの初老の方々が話し出した。
目が活き活き。楽しそうに計画を練る。
製作・販売・経営・・・にまで夢物語が広がっていく。

平成17年1月4日 お正月
正月休み(5日間)が終わった。
12月30日午後6時仕事終了。帰宅後、爆睡。
31日伊勢おかげ横丁「大晦日寄席」観覧後、文我師・三象師他と打ち上げ。
~1日午前4時打ち上げ終了(何時までしてるのん?)
7時帰宅。爆睡。午後年始周り。泥酔。
2日犬山で余興「落語」+初詣。
3日津島「勉強会」+東区「ぱんとまいむ寄席」
4日上社「年始落語会」
 落語7席・自宅で意識が有った時間10時間のみ。

平成16年11月21日 佐藤由美ピアノコンサート 茜屋
津島「茜屋」マスターのお気に入り。
佐藤由美ちゃんのピアノコンサートも3回目になった。
いや~驚いた。数段、いや、格段腕を上げている!
上級のプロの風格さえ感じて、暫し酔いしれてしまった。
終演後、素に戻った「由美ちゃん」とお話会。少し、憧れを感じるのだった。
改めて、「茜屋」マスターの見る目に感服した。

平成16年2月22日 【本物】の力 茜屋
第2回佐藤由美(ちゃん)ピアノリサイタルを楽しんだ。
舞台数は少ないが、『力量』は桁外れ。
 圧倒的な技量は70名ほどのお客さんの心を魅了するには余りあるほどだ。
 私、本当のこと言って、クラシックは好きやけど、肩苦しく思っている。
お客さんに対するサービスの質が合わない。
演奏者の「完成度」へのこだわりが好きになれない。
お客さんの楽しみ方にも違和感がある。
でも・・・、それすら忘れれる様な、すん~ごいパワーだった。
これぞ【本物】なのかな~?。
終了後、由美ちゃん・チャーリーさん・マスターとの舞台談義に花咲いた。

平成15年9月20日 「サイン下さい!」 津島・勉強会
私、サイン求められるん慣れてないんです。
お客さんが楽屋の前でモジモジしてる。
「サイン下さい。」思いもよらぬ一言に一瞬固まった。
嬉しいけど、本間? 手には買ったばかりであろう色紙1枚。
手を震えさせながら、気持ちを込めて、サインさせていただいた。
ニコニコ記念写真を撮りながら、その方の一言。「なんて読むの?」
「・・・・・・。(;¬_¬)。」

平成15年8月27日 定席
日本料理屋の二階で「砂九の会」を定期公演しよう。
私の私設マネージャーの一人、一八さんが言い出した。
浪漫亭砂九をきっかけに皆が楽しむ空間を作ろう!
流石、津島市会議員。言うことが途方も無い。
でも、おもろい!乗った!
このプロジェクトが出来るかどうかは解れへんけど、とりあえず始動決定。
来年の今頃、何処かの料理屋の二階で楽しい一時が出来る・・かな?

平成15年7月19日 TV取材Ⅱ
今日の勉強会にテレビ愛知が取材に来た。
我家~打ち上げまで、カメラが追いかけてくる。
邪魔くさいけどチョット芸能人気分で心地よい。
改めて、私の「出たがり屋」を実感した。

浪漫亭砂九さんの命日です

イメージ 1
 
 本日は「浪漫亭砂九(ろまんていすなっく)」こと、 纐纈(こうけつ)彰良さんの命日で、飲酒運転の車にぶつけられ、亡くなってから6年が経過してしまいました。
 
 砂九さんは、落語家に憧れて関西大学に進学し、桂三枝さんが初代学長を務めた落語大学(落研)の学長を務めたものの、親の家業を引き継ぐために名古屋に帰り、アマチュアの社会人落語として当地方で活躍し、津島市でも多くの落語会に参加しました。現在の津島市での社会人落語の礎を彼は作りました。
 
 私と出逢った日時は不明ですが、我家で平成16年2月に初めて落語会を開いており、私の主催した「まちかど座談会」では36回出演し、「ギャラは一切受け取らない」との約束で、一年に一度だけ正月に京都の日本酒「雪紫」を1本渡していました。
 
 自身のホームページの中に、私を「私設マネージャー」と記し、「津島市会議員だって。ちょっとかための真面目人間」と紹介してくれていましたが、しばらくは残されていたホームページも中身がなくなっており、当時の記録がないと記憶も薄れていきます。
  
平成18年11月26日の一言
 浪漫亭砂九と永遠の別れ http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/7408415.html
 
 砂九さんとは、「仕事に区切りをつけてプロになる」との話から、かばん持ちで付いていく話もしており、事故にさえ遭遇しなければ、私と一緒に落語会に走り、プロになる話も現実問題になっていたのかもしれません。
 
 
 
 私より3才若い砂九さんの事故死は、私にとっては大きなショックとなり、落語と一緒に政治報告会で地域を廻っていたことから、いつかは座談会を再開しようと思いながらも未だに開催する気持ちが湧いてきません。
 
 今にして思えば、私は彼の「私設マネージャー」と記されていたものの、私にとっては良き理解者として「応援団長」のような存在だったのかもしれません。私自身にリタイヤする年齢が近づき、本音で語れるはずの人間がいない現実と、亡くなって6年もの歳月が経過している現実とが交差します。
 
 本日は過去に記した一言を読み直し、失われていく「浪漫亭砂九」の記憶をよみがえらせたいと思います。
 
                                      11月24日の一言

またもや歌舞伎界の非常識が

 歌舞伎俳優の市川海老蔵さんへの暴力事件で、傷害罪に問われた解体業・伊藤リオン被告(27)の保釈が東京地裁により認められた。
 
伊藤リオン被告を保釈 海老蔵さん事件で東京地裁
               http://www.asahi.com/national/update/0221/TKY201102210282.html
 
 この保釈と被告側の事件当夜の裁判所への証言に関して、海老蔵の父団十郎は示談していることを理由として、息子海老蔵が記者会見で説明したことと違う内容の証言に、顔を強張らせて怒りの発言が続いたが、そもそも一方的な被害者面した息子や警察に通報した自分達の身勝手は自覚していないのか。
 
 さて、その暴行事件で舞台降板した海老蔵の代役を務め、全国区の人気者になった片岡愛之助に隠し子疑惑が浮上し、本人の口から「おおむね事実」として認めた事が報じられている。
  
〈速報〉隠し子…愛之助認めた「おおむね事実」
                http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK201102170132.html
 愛之助“隠し子”認めた!認知せず
 
 さて、私は以前の一言でも歌舞伎役者の薄汚れた私生活について記した事がありますが、今回の隠し子騒動に対する記者会見で愛之助の口から出た言葉から、改まらない梨園の非常識さを実感させられました。
 
・養育費は支払っているといい、今後についても「必要なことはフォローしていく」
・公にしなかったことには、「(相手の女性と)2人で話し合って決めた。わざわざ世間さまに報告することではない」
・結婚に踏み切れなかった理由については、「当時は修業中だと思っていたので…。2人で考えて、それぞれの人生を歩もうと決めた」
・父親かどうか「知っているかは分からない」
・将来については、「父親が歌舞伎役者がいいのか、一般の方がいいのか、彼女と2人で考えて…、子どもが大きくなって、本人の意見も聞いて決められたらいい。必要なことはフォローしていく」
・「彼女とはもう何年も会っていない。会いたい気持ちもあるが、忙しくて時間が取れない」
・梨園の“浮世離れ”ぶりが目立つが、愛之助は「世間一般でもあること。職業柄、それが大きく取り上げられるだけでは」
 
 歌舞伎界の隠し子としては、97年に市川染五郎(38歳)に当時5歳の女児、03年には海老蔵に当時1歳の女児がいることが発覚しているが、それぞれの弁明を聞く限り反省は皆無で、お金で済ませてあるから問題なしと思っている可能性も高い。
 
 私は最後の「世間一般でもあること」との発言を聞いて、一般社会ではあり得ない非常識な行為との認識も皆無な言葉に、父親としての責任と自覚も放棄した無責任な行為と、女性を虐げたような行為は社会から断罪すべきと思っています。
 
 酒に溺れて暴力事件の罪人を作り、異性不純行為により父親のいない子供をつくり、この他にも中村福助の不倫騒動など、醜聞が続々と報じられる歌舞伎界だが、こんな輩は舞台の表舞台から抹殺するくらいの改善が必要です。
                                2月21日の一言
追伸
本日は高速道路の無料化公約無視ついて記そうと思っていましたが、テレビから流れる団十郎の親ばか発言を聞いて歌舞伎界への怒りが溢れてきました。
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