大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

和歌山県

高野山奥之院と金剛峯寺へ

慈尊院 弘法大師とゴンの石碑

読経中

多くの闘病祈願

土曜日の写真です。

 2022年12月22日の一言


コロナ禍で2年ぶりとなる志賀弘法会の高野山でしたが、車イスが2台必要となり奥之院の駐車場から参道を押していくことが困難になったため、宿泊場所となる総持院さんのご配慮によって、奥之院納経所横に車を停めることができました。


奥之院 許可車両専用駐車場

ここから入ります

ここに出られます

水行場

水掛地蔵

奥之院御廟橋 ここからは撮影禁止です


 2021年11月22日の一言


「ここは撮影禁止なんですよ」と言っても、無視して御廟橋の奥でカメラを構える観光客と、注意もしない旅行社の先導役に、世界文化遺産になりコロナが沈静化して参拝客は増えたものの、燈籠堂奥の大師御廟前にも参拝しない物見遊山の観光客が増え、読経中の参拝客の横で遠くから神社のように投げられる賽銭が音を立てます。


志賀弘法会では数十年前から御廟前で豆を持って7回往復して参拝してきましたが、観光客の多さから高齢のメンバーでは危険なため今年は断念しました。ましてや、参拝目的でない団体の観光客と遭遇すると車イスは御廟前に行くことも困難となります。


宗努所へ


高野山のありがたいことは、駐車場が満杯の場合は車イスのために金剛峯寺横の宗務所に停めてくださいと寛大で、外から入ってくる車イスの車輪を拭くことなく自由に本堂や別殿まで入れてくださります。

金剛峯寺

拝観入口

車イスの昇降機

車イスで参拝できます

納経所と拝観受付

大広間から見る鐘楼

表門

別殿への通路

高野山大学の書道展の案内

記帳

別殿

般若心経




新別殿へ

車イスのまま入れます

法話中

蟠龍庭

車イスを押します

記念写真

奥殿への渡り廊下


高野山は土曜日と日曜日に参拝を続けましたが、奈良県内で京奈和道路の整備が進捗したため、愛知県から大幅に時間短縮ができたことと、今回は奥之院の奥まで入れたことで参拝にかかる時間も大幅に短縮されました。

高齢のメンバーで、2台の車イスと同行する高野山ですが、納経所の温かい対応や案内によって日曜日は1250年を記念する法会の僧侶の行列も見物でき、総持院のスタッフの協力によって観光客では判らない名所まで足を延ばすことができました。

昨日の様子は明日に貼付します。

夕陽に輝く串本の橋杭岩へ

この景色が見たくて和歌山へ

私のスマホ待ち受け画面です


2019年12月8日に和歌山の串本を訪れた際に眺めた橋杭岩が印象に残り、翌年5月に天国へ召された相棒リマの写真を合成してスマホの壁紙にしました。


以来、毎日眺めてきた橋杭岩の景色ですが、ここへ夕日が沈む風景を見るため土曜日に訪れました。


 安濃サービスエリア 伊勢自動車道

 獅子岩

三重県熊野市井戸町

 道の駅パーク七里ヶ浜

 三重県南牟婁郡御浜町阿田和

 七里ヶ浜

 那智の滝

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町

 那智大社

 春の息吹を感じます

 道の駅たいじ

 串本橋杭岩と紀伊大島

和歌山県東牟婁郡串本町

橋杭岩

別世界です 

橋杭港

夕暮れの漁船


 紀伊水道に沈む前の夕陽が、輝くように橋杭岩を照らす風景は最高で、日が沈んでいく一刻、一刻に橋杭岩と天空、そして海の色が刻々と変わっていきました。

西国観音巡礼の合間に訪れた串本町ですが、夕日の沈む橋杭岩の光景を眺められただけで十分なる和歌山行きとなりました。

 道の駅くちくまの 休憩

和歌山県西牟婁郡上富田町


道の駅四季の郷公園

和歌山県和歌山市明王寺 

土曜日の車中泊場所 

 道の駅のキャラクター


和歌山市で初めての道の駅となる四季の里公園は別名をフードハンターパークと呼ばれています。


今回は車中泊の場所として選びましたが、駐車場とトイレの距離が遠いだけでなく、夜間の移動は向いていないと思われ、日中のバーベキューやレストランなど食事をテーマに選んだ方が良さそうですね。


紀三井寺 

 和歌山県和歌山市紀三井寺

 和歌山市街と紀伊水道

和歌山市の古い町並み 


 根来寺の六地蔵
和歌山県岩出市根来

根来寺 大塔

 施福寺参道

大阪府和泉市槙尾山町

 境内からの変形

 花の楽園です

 西国で1番厳しい参道

椿の花のお見送り 


 藤井寺

 大阪府藤井寺市藤井寺一丁目

 道標

 藤井寺山門

 藤井寺近くの樹木

 まるで巌窟王です
土曜日と日曜日の写真です。

さて、 西国巡礼については私の巡礼の主題ではなく、あくまで四国八十八カ所霊場の合間に巡拝する程度ですが、とにかく拝観料や駐車料金が高いことは覚悟していたものの、コロナ禍によって更に高額になっていました。

四国遍路で訪れるお寺は基本的に拝観料が無料で、高野山に至っては駐車場の料金も無料ですが、四年ぶりの西国巡礼は予想以上に出費が増えていきました。

そんな中で西国第4番藤井寺だけは拝観料も入山料も取られなかったことで、さすがは真言宗のお寺とホッとさせられました。

やっぱり自分には体質的に四国遍路が似合っていると実感する西国順礼ともなりました。

ちょっとした発想の工夫で


イメージ 1
障害者と身障者の違いに 害を使うのと使わない違いに

イメージ 2
慈尊院 九度山町

イメージ 3
弘法大師像とゴンの碑

イメージ 4
17回忌の塔婆がありました

イメージ 5
乳がんの治癒を願う女性たちの絵馬

イメージ 6
大師堂

イメージ 7
仲間が支えあっての参拝です

イメージ 8
こんな場所まで車イスで

 本日から3日間は議会の一般質問が開催され、私自身は市役所の本会議場に座る日々となりますが、一般市民の中には病気に苦しみ、病院に足を運ぶことが最重要となり、本日も家内は津島市内からあま市と名古屋市を往復していました。

 さて、添付した写真は、昨日訪れた和歌山県のものですが、道の駅に表示された「身障者」の言葉に、未だに「障害者」として「害」を使用している駐車場がある中で、誰にも差し障りのない表現にうならせられました。

 もっとも、駐車場の身障者スペースに車を停める場合に、身体障害者手帳の提示を求める係員もあり、車イスを載せていても停められない場合もありますが、善意のスペースを悪用する存在が、本当に必要な人まで利用できなくしてしまいます。

 慈尊院は女人禁制の高野山に入れない弘法大師のお母さんが住んでおられたお寺ですが、最近は乳がんの治癒を願う女性の絵馬が多く残されており、1200年以上経過したにもかかわらず女性の信仰が続き、女性の拠り所になっていることを実感させられます。

 そして、この慈尊院から約20キロ程度ある高野山まで、歩いて参拝する人たちを案内していた犬のゴンは絵本にもなりましたが、最近になって17回忌の法要が行われた塔婆が立てかけられており、ゴンの供養だけでなく、ペット全般の冥福を祈る人々が参拝するようになりました。
 もう、17回忌にもなっていたんですね。

 人々が集う場所には共通するものがあります。

                                     6月11日の一言

人間のレベルの違いを実感させられて

イメージ 1

東愛宕住宅内にある津島市の広報板です。

市内には多くの広報板がありますが、何も掲示されていない掲示板も存在する中でも、ここの掲示板は見事に管理されています。

せっかくの行事が広報板に掲示されない町内では、市民は情報不足から参加できない可能性も出てきます。
 
和歌山)名将歩む「修行」の道 高野山に恋して
記事の続き…
 きっかけは、2008年に部員への体罰問題で受けた謹慎処分だった。練習試合で、個人プレーに走ったせいでチームが負けたにもかかわらず反省の様子がない部員に対し、「仲間の気持ちを考えろ」と、思わず蹴りが出てしまったという。「一生懸命教えてるのになんで出来へんのや、この野郎、という気持ちをぶつけてしまった。自分の指導力の無さが原因だったのに」と振り返る。
 3カ月の謹慎の間、忍耐力を身につけようと四国八十八カ所を巡礼。仕上げとして高野山の奥の院にお礼参りした際に町石道の存在を知った。「短すぎず長すぎず……。自分を鍛えるのに最高の道やと思った」
 以来、週に2回ほど高野山に通い始めた。練習に支障をきたさないように、出発するのはまだ闇に包まれている午前4時。イノシシや鹿にも遭遇する。冬も、雪道に足跡をつけながら登る。そして午前8時半のケーブルカーで下山し、その日の練習に向かう。
 町石道は一般的に所要6時間とされているが、高嶋監督は4時間ほどで登り切ってしまう。頭に去来するのは、やはり野球のこと。「あいつ最近調子悪いよな、どうしようか」「あいつはたるんでるから、今日は少ししごいたろ」。自分との問答の時間だ。
 本当は無心で登らねばと思っているのに、どうしても野球が頭に浮かぶ。ただ、次第にそれでもいいと思えるようになった。「生徒たちと向き合える大切な時間ですから」
 2年に1度ほどは、野球部員たちも連れて登る。無理強いはせず、「どうする? 登るか?」と問うだけ。子どもたちが自ら「登りたい」と言うのを待つ。自主的に歩き、そしてしんどさを知ってもらいたい。
 「上ったり下ったりの町石道は、まさに人生そのものだ。苦労して登り切った時の達成感を、僕は生徒にも味わってほしい」
 すでに登った回数は計353回。目標は、煩悩の数を表す108回を10倍した1080回だ。「初めは過去、現在、未来の意味を込めて3倍を目指していた。でも、それくらいなら誰にでもできる。人と同じことしてたらあかんですから」
 年を取るにつれ、体がきつい時ももちろんある。それでも自ら決めた目標を達成するまでは、黙って足を動かす。高野山には、グラウンドを離れても闘い続ける名将がいた。
 
 弘法大師空海によって高野山の開創直後に設けられた「町石道」は、標高約800メートルの高野山まで約20キロの山道で、普通は6時間程度の時間を要しますが、昨年10月に訪れた際には7時間かかってやっと到着しました。
 
 最近の新聞記事によると、甲子園で活躍している智弁学園和歌山高校野球部の高嶋仁監督(68)が、練習の合間を縫って週に2回ほど九度山町の慈尊院に向かい、ここから始まる町石道を黙々と歩き出す。その回数は年に70~80回に及ぶと紹介されています。
 
 平成20年に指導中の部員への体罰から3ヵ月の謹慎生活があり、この機会に四国八十八ヶ所を巡礼するとともに、高野山「町石道」の存在を知り、「自分を鍛えるのに最高の道」として登るようになったと記されています。
 
 高嶋監督はここを4時間程度で登りきると紹介されていますが、私は7時間かけても足腰の限界を感じており、7才も年長者でありながら、さすがに高校野球の指導者として体力の差を感じてしまうとともに、「二度と登りたくない」と思ったことに恥ずかしく思いました。
 
 午前4時から出発し、午前8時30分のケーブルカーで下山するという行程にしても、「町石道」にはイノシシの足跡や餌を探した痕跡が残されており、冬は雪があり暗いことを考えると、記事を見て感化されたとしてもよほどの覚悟が必要です。高嶋監督には遠く及ばないことも記事から実感です。
 
           本日の体重 71、1キロ 徒歩数 1万1003歩
                                    1月8日の一言
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