大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

四国遍路

四国遍路は人と人とをつなぎます

愛知県社会福祉会館

名古屋市中区白壁一丁目50番地


目的地は四階愛知県社会福祉協議会総務部です

見事な玄関屋根

ジャン・アンリ―・デュナン像

国際赤十字社のルーツ


「すっかりと忘れていました」
    「今年はお見かけしないと思っていました」
「済ませたと勘違いしており…」

本日は膠原病の診察日のため名古屋市の中村日赤を訪れましたが、昨日になって「赤十字」つながりで今年のボランティア保険の申請を済ませていないことが判り、東区にある愛知県白壁庁舎を訪れることになりました。

ただし、本日は津島市の民生児童委員協議会の総会が開催されており、月曜日に四国遍路から帰り慌ただしさの中で欠席の連絡を入れ忘れており、朝一番で連絡する予定も完全に忘れており、白壁庁舎の看板に愛知県民生児童委員連盟の名前を見つけて忘れていたことが判ったのは午前11時を廻っていました。完全なる無断欠席です。


本日の写真です


さて、昨日の一言に善通寺の四国フォト広瀬さんから手紙が届いていたことを記しましたが、本日は善通寺の前法主樫原禅澄さんから手紙が届き、帰ったばかりですが四国が恋しく感じられるとともに、四国が身近に感じられる一日ともなりました。

多くの人と出会う中でも、お二人とは随分と気が合うと言うのか、利害関係の無い人と人とのつながりは出会いの第一印象やイメージが重要で、偶然とは思えない神がかり的な大きな出会いの設定ルールに合致しないとすれ違っていきます。


3日前に薬王寺の納経所で出会った、電動バイク旅の出川さんや森三中の村上さんとの出会いについても、多くのお遍路がいる中で、あと10秒遅ければ出会うこともなく、1分早くても先に朱印を済ませて立ち去っており、会う運命にあったとしか思えません。

そうやって考えていくと、四国で多くのお遍路と行き交う中で、ほとんどの人とは挨拶程度で声をかけることもなく、話し込むだけでなくその後も行き来が続く人間関係には偶然とは言っても、相性と言うか何か因縁めいた気がしてきます。

昨年から出会ってから交流が続くようになった知人も複数存在しますが、先月のお遍路で出会った今治市の英語教師ピーターさんについても、焼山寺で偶然の接触が3度続き、二度と会うこともないと思って別れてから四度目の遭遇がありました。


英語ができない私との会話も、車のジェット巡拝中の私にピーターさんの自転車が追いつくはずもなく、3時間後にピーターさんが3ヶ寺を後回しにして4ヶ寺先のお寺を直接目的にして走っていたことから奇跡の再会となりました。

3月に愛媛県第39番延光寺で出会ったFさん

四日市市のFさん


四日市市一心寺の法螺貝の修験者


Fさんから戴いた法螺貝


同じく先月出会った三重県四日市市のFさんについても、年齢も親子ほど離れており、何故に会話が始まったか判りませんが、5ヶ寺だけの同行の中で、偶然にも我家から近い四日市市の方であったことや、私が10年以上前に法螺貝に興味があったことから地元での再会を約束しました。

四国から帰って再会した四日市市の一心寺では、「音が出なかったから諦めた」と語っていた私に、高価となる本格的な法螺貝まで頂くことになり、私が身勝手に訪れたお寺のご住職から御礼まで言われると絶対に大切にしたい人間関係となりました。

こんなお遍路を通した人間関係が、身体にガタが出てきた年寄りにも大きな力になることは間違いがなく、「年寄りになってからどうしてそんなに親しい友達ができるの」と周りから言われますが、四国に限らず上高地でも親しい出会いが続いています。

「先生の転勤はありませんか?」
    「2年位は無いと思うけど、どうして?」
「居なくなると心が折れそうだから…」
    「ありがとう、そう言ってくれて…」

本日の中村日赤の主治医との会話ですが、膠原病に罹患した年寄りにとっては、「身体の不調時は何でも僕に電話してきて」と言ってくれた医師は仏様か神様のような存在であり、こんな信頼関係が一年でも永く続いて欲しいと思っています。

法螺貝の音がやっと鳴りました

日曜日に戴いた法螺貝

立派な法螺貝です

本日の写真です。

日曜日に訪れた四日市市の一心寺で、3月20日に四国遍路で出会ったFさんから法螺貝を戴くことになり、昨日から練習を始めて思い通りではないものの、やっと音が出るようになりました。

今から10年程前に法螺貝を購入するため遠方のお店を訪ねたこともありましたが、試験的に吹いてみたものの音が出ず、練習する機会や場所もないことと、上高地のボランティアに参加するようになったため自分とは無縁の物と思っていました。

3月に出会ったFさんの法螺貝を吹く姿を撮影させてもらい、四国遍路やお寺について雑談に花を咲かせていると、Fさんは我家から近い三重県四日市市の人物と判り、5ヶ寺ほど同行して参拝するなかで、「法螺貝をあげますよ」と言われました。

自分の69歳という年齢や、昨年罹患した膠原病と共有する身体を考えて固辞したものの、「やりたかったならやった方が良い」と言われ、練習には付き合ってもらう心づもりはあったものの、早速持参して手渡されるとは思ってもいませんでした。

そんな展開から、少しでも早く吹けるようにと昨日から練習を開始したものの、「うるさい」とか「気味が悪い」と家族からは悪評ですが、息子の仕事が休診となる午後に事務所で練習することにしました。現実には15分も吹き続けると汗が出て限界になります。しばらくは一日30分程度の練習を続けていきます。

四日市市の一心寺で吹かれた法螺貝  4月2日

Fさんはサラリーマンですが、一心寺で得度を受け四国遍路や大峯山の山岳修行を行う修験者で、とても足元にも及びませんが、何とか3年後には四国遍路で法螺貝を奏でられることを目標にして、少しでも早く法螺貝を持参する巡礼を体感したいと考えています。

3月の四国遍路では、Fさんや今治市の英語教師ピーターさんと偶然とは思えない出会いを体験し、私自身が人と出会うことで何らかのお役に立てる精進を心掛けたいと思っています。

お遍路生活から日常の現実生活へ

本日の夕暮れ  午後6時18分

散歩中の果樹

何の花かは判りません

新しい先達経典(右)


三日前に四国遍路から帰りましたが、本日は久しぶりに日常生活へ戻り、朝から患者さんを病院へ移送し、午後は家内とマックまでウォーキングに出かけました。わずか七日間家を留守にしただけですが、我が家のサクランボとアンズは完全に花が落ちて周りは春の新芽が地域の色彩を変えていました。

さて、 先週の四国遍路中に四国八十八カ所霊場会事務局で新しい先達経典(令和4年12月1日発行)を頂いてきました。

私が先達になった時に平成18年発行の先達経典を頂きましたが、経典そのものはお遍路に関する内容だけに基本的には変化がないものの、先達の総数や現況が全く分からないため新しい経典を入手しました。

先達の総数
令和4年8月  17.492名  平成18年2月  11.546名

現在の先達数
令和4年8月  8.591名   平成18年  8.381名

50回以上巡拝された先達数
令和4年8月 380名   平成18年 267名

「先達さんは何人ぐらいいるの?」と問われることがあっても現況がわからず、事務局まで電話で問い合わせたこともありましたが、自分の年齢と残されたお遍路人生を考えて新しい経典を所望しました。

先達手帳が新しくなっただけでなく、初めて先達に補任された当時の気持ちでこれからの遍路に臨みたいと思います。

7日間の四国遍路満願 車中泊の記録

3月18日(土)  第一日目

第21番太龍寺雨のロープウェイから見える山麓

第22番平等寺の階段に置かれた賽銭

室戸岬の青年大師像

第26番金剛頂寺から見える 土佐 の海
 前日17日夕方に愛知県の自宅を出発し、淡路島の淡路島南パーキングエリアで仮眠後の翌朝7時からお遍路をスタートさせました。

第18番恩山寺から第27番神峯寺まで巡拝 午前中は雨
入浴 高知黒潮ホテル天然温泉龍馬の湯 高知県香南市野市町
車中泊の場所 道の駅やす 高知県香南市夜須町

3月19日(日) 第二日目

第32番禅師峰寺から見える高知の海

第38番 金剛福寺
足摺岬の白山洞門

足摺岬灯台

第28番大日寺から第38番金剛福寺まで巡拝
入浴 宿毛 リゾート 椰子の湯 高知県宿毛市大島
車中泊  道の駅 すくも 高知県宿毛市坂ノ下
 現在休業中で駐車場に入れず、入口前の道路駐車スペースにて車中泊

3月20日(月)  第三日目

第39番延光寺

第42番仏木寺

第45番岩屋寺の参道

国民宿舎古岩屋荘 古岩屋温泉


第39番延光寺から第48番西林寺まで巡拝

第39番延光寺で法螺貝を吹く青年と出会い、第43番明石寺まで一緒でしたが、偶然にも我が家と近い三重県四日市の人物と分かり、四日市のお寺で再会する約束をしました。新鮮な出会い でもありました。


入浴   古岩屋荘の温泉 愛媛県上浮穴郡久万高原町

車中泊  天空の郷 さんさん 愛媛県上浮穴郡久万高原町


3月21日(火)  第四日目

松山市内の路面電車

第58番仙遊寺

第60番横峰寺

最後の第65番三角寺


第49番から65番まで

入浴 湯あそびひろば 三島乃湯 愛媛県四国中央市三島中央一丁目

車中泊   道の駅とよはま 香川県観音寺市豊浜


3月22日(水)  第五日目

第66番雲辺寺から見える雲海

第70番本山寺の五重塔

第75番善通寺の五重塔

第81番白峯寺から見える瀬戸中央大橋


第66番から第81番まで
入浴  スーパー銭湯あかね温泉 香川県高松市茜町
車中泊  マック香西店奥にある駐車場 香川県高松市郷東町

3月23日(木)   第六日目

高松北警察香西派出所 午前6時03分

前日マックへジャンパーを忘れており、早朝から警察派出所へ受け取りに走りました。


第86番志度寺の五重塔

第88番大窪寺

第1番霊山寺の六角菱灯籠


第82番から第88番、第10番から第1番まで逆打ち
やすらぎの郷  あせび温泉 徳島県板野郡板野町
車中泊  第6番安楽寺前の駐車場

3月24日(金) 第七日目

第12番焼山寺までの道中の桜

焼山寺で出会った今治市の英語教師ピーターさん

最近宿泊していない名西旅館へも陣中見舞いに立寄りました

観音寺でも奇跡的に再会しました

第17番井戸寺で満願 午後1時53分


 第11番藤井寺から第17番井戸寺まで巡拝で結願(満願)


 道の駅くるくるなるとで土産物(買い物)午後4時08分

四国鳴門市から大鳴門橋を渡り、一般道で淡路島を走った後、東浦インターチェンジから高速道路へ入り淡路サービスエリアで夕食休憩。そのまま明石海峡大橋を渡り、山陽道から新名神、西名阪を利用して愛知県の自宅へ午前0時30分到着しました。


今回のお遍路は軽自動車を利用して、毎日必ず入浴することと、必ず三食の食事を摂る車中泊でしたが、日頃車中泊に利用するキャラバンと違い、座席に寝たままで総ての物に手が届き、高速代金や燃料費は半額程度に抑えられたため、自炊は一日だけでコンビニと弁当や外食となり、睡眠時間が十分に取れました。


ブログやフェースブックの発信は、ワイファイ環境の悪い道の駅ではなく、郊外ではコンビニのローソン前の駐車場と、市街地ではマクドナルドの店内を利用しました。ワイファイ通信が途中で途切れてスマホのデータ使用量が増大した道の駅は利用しませんでした。


今回のお遍路中に、徳島市のイベントで宿が何処にも取れず、通しの歩き遍路を断念して途中からスタートしたお遍路さんと遭遇しましたが、明るくなれば自然と目覚め、次のお寺の近くに駐車することで車中泊に勝る効率の良い四国遍路はないことを確信した次第です。


私にとっては当り前の車中泊ですが、宿代が不用なため金銭的な余裕があり、これまで入浴代金や駐車料金などを全く記録していないため、今後のためにも記録しておきたいと思った次第です。何と言っても、今回もびっくりさせられる素敵な出会いに恵まれる四国遍路となりました。


四国遍路へ今晩は夜行で走ります

白衣と山谷袋 遍路必需品を積み込みました

軽自動車で出発します

狭い車内に食料と飲料水

バナナとヨーグルトに生野菜は発泡スチロールへ

しばらくの居場所へ

帰った時には散っていると思うと…


昨年12月に十四巡目の遍路から帰り、18日に雪の高野山へお礼参りの参拝をして以来となる15巡目の四国遍路へ今晩9時に出発します。


「予定はずっと」


体調が許せば満願を果たしてから帰ってきますが、昨年発症した膠原病の身体だけに家族は心配しており、最近は随分と体調が戻ってきているものの、起床時間は午前8時過ぎに設定して体調が整うまで外出しておらず、午前7時から参拝して午後5時まで廻れるかは未定です。


さて、満願までと記しましたが、四国各地の知人とら再会も遍路と同じように重要で、満願にこだわらず四国各地を楽しんできたいと思います。


まだまだ現役の杖コレクション

本日午後6時12分 我家まで200メートル


四国遍路と御嶽山(右2本)の金剛杖

左が別格二十霊場 右が四国八十八か所の杖

右が愛用の金剛杖です

御嶽山の金剛杖

私の初登頂時の杖 昭和36年8歳の時

本日訪れた一宮市の知人が、「杖が無いと歩けなくなった」との一言だけでなく、肩を貸そうかと口にでるようなぎこちない歩きに、数年後の自分を見るような気持ちにさせられ、実際に年長者の車に乗せてもらっていた姿にびっくりさせられました。

今にして思うと、昨年罹患した膠原病の関節リウマチを予感していたかのように、我家には多くの杖を集めており、帰宅後に置かれていた杖を集めてみました。

もっとも、歩行が困難となった時を想定して集めた杖ではなく、四国八十八ヶ所霊場会と別格二十霊場会から頂いた杖は、公認先達になった際に授けられた金剛杖で、御嶽山の金剛杖も参拝のため御嶽山山頂に登頂した時のものです。

御嶽山の金剛杖に押された焼印によれば、私が初めて御嶽山山頂に登頂したのは昭和36年の8歳の時で、新しい金剛杖は昭和52年8月の焼印が押されており、家内が初めて御嶽山へ登頂した時の杖でした。

一年に一度の御嶽山登頂ですが、小学校2年生の時から中学校3年生まで8年間使っていた金剛杖は、新しい杖よりも3センチほど短くなっており、並べてみると随分と見た目も違います。3本目の御嶽山の焼印は、平成14年に押されており、家族だけでなく知人も一緒だった登山で、杖は木曽川の川原で拾ってきた流木です。

さて、アカザという草でできた杖は、名古屋の叔父が私と家内に持参した杖ですが、草とは思えない硬さで、しかも超軽量のため、同じく軽い奈良井の宿で購入した檜の杖と、我家のアキニレの杖とともに10年後に利用したいと思います。

とにかく、現在はまだまだ元気なため、四国遍路や御嶽山にどんどん活用して、コレクションと言われないように使用していきたいと思います。

雪にもめげずにウオーキングへ

全国各地の積雪とは違い多い所でこんな状態です

小筆から筆ペンへ

くれ竹筆 中字毛筆22号


弘法筆を選ばずと言いますが、硯と小筆にこだわって下手くそな字を書き続けてきたものの、お寺の写経に筆ペンが使われており、その使い勝手がひじょうに悪かったため、自分で良さそうな筆ペンを購入してきました。

かつて購入した筆ペンはサインペンの延長でしかありませんでしたが、最近の筆ペンは小筆の毛筆と遜色なく、むしろ墨の付け足しが必要なく、墨液の量が一定のため写経には向いていると思われ、とりあえず四国遍路の納め札は筆ペンを使うことにしました。

平成13年に初めて遍路を始めた時は、納め札どころか般若心経も唱えられないまま、人を追い越して納経帳へ朱印を受けるだけで良しとしていましたが、現在では徳島県の第23番薬王寺で販売されている納め札にこだわって使用しており、これからはボールペンではなく筆ペンで書き込むことにしました。

雪の中を無理して外出せず、「こんな時は家の中でやれることをやれ」との弘法大師の教えかも知れませんね。


自宅前は雪がありません

  少し歩くと雪が残っています

地域にはほとんど雪はありません

本日は長靴でウオーキングです

靴底が生ゴムのため長距離の歩行が可能です

本日の写真です。

「こんな雪で音をあげては何もできんぞ」の声も弘法大師の声で、四国の僻地にある岩窟や人も入らぬ山中で修行されたお大師様を考えると、あえて小雪(雨)の舞う中を長靴を履いて外出することにしました。

使用した長靴は、上高地のボランティアで使用している長靴で、上高地では一日中歩くと2万歩以上になるため、昨年はリハビリ中のため使用を控えていたものの、今年の上高地はすべて長靴姿で何でもできるボランティアとしてカムバックしたいと考えています。

問題は添付した長靴が私の生活圏のホームセンターや靴屋には見当たらず、ハイカラな見た目の良い長靴はあっても、靴底が生ゴムでできた添付したような長靴でないと、一日中履き続けると足腰が悲鳴をあげてしまいます。

本日の歩数は8千歩ですが、上高地が開山する4月までに、長靴で2万歩以上歩いても苦痛にならない身体に回復させていきます。

雪のため事務所に山積したままの写真を整理して

プランターのダイコン 本日の写真です


本日は10年に一度の寒波により全国的に大雪となっており、私のすむ愛知県も早朝には道路も真っ白になっていましたが、午前10時頃には道路の雪は消え、午後3時頃には雪そのものも無くなりました。このままで終わって欲しいものです。

そんな中でも家内は移送ボランティアに出動し、私は約束のあった訪問者を待つだけの一日となりましたが、身体を持て余してやることも無いため、棚に山積み状態になっていた過去の写真を整理していると、昭和60年頃から撮りだめた学校のPTAや同窓会の写真から、主催していた朝日旅行友の会のバス旅行や、上高地と四国遍路の大量の写真があり、眺めているとあっという間に夜になってしまいました。

そんな中でも…

平成11年4月の写真 まだ片目も入っていません

今は亡き海部元総理にも応援をいただきました

私です

こんなに多くの運動員に支えられていました

雨の中多くの人に集まってもらいました

人、人、人

雨の中も自転車です


平成11年に初めて立候補した時の写真ですが、地域や組織の応援を求めず、5回の選挙を自分個人だけで戦ってきたと思っていたものの、初めての選挙は海部俊樹元首相に応援をいただき、今にして思うと多くの人たちに集まってもらっていたことにびっくりさせられました。

そして、ご支援いただいていた人の多くが鬼籍に入ってしまわれた現実も実感し、過去に撮り溜めた写真を年代順に整理して、朝日旅行友の会や四国遍路など一緒に同行した人や、ご遺族の方に届けられないかを考えたいと思います。

手渡す予定でプリントした大量の写真ですが、手渡す相手の多くが亡くなっておられる現実と、整理しても自分が懐かしく見るだけになってしまう現状の中で、少しでも多くの人々に届けるか見てもらいたいと思います。

3年前の写真がスマホに表れて



本日のスマホにフェースブックの3年前の記事が現れ、3年前と変わらぬ生活を送っているように思っていましたが、添付していた志賀弘法会もコロナ禍で巡拝の中止が続き、代表者の体調の悪化も重なり昨年は知多半島だけでなく高野山にも訪れていない現実を再確認させられました。

雨の中を巡拝していました


満願の御礼参り 名古屋八事興正寺




高齢化が行動するうえで大きな障壁となりますが、新型コロナの感染拡大によって高野山の宿坊へキャンセルを続け、四国や高野山への足が遠のいただけでなく、メンバーの家族や親族の訃報や、メンバー自身の体調不良も加わって次を見通せない状況です。

2016年11月03日

大鹿一八「本日の一言」 : 遍路の難所 車イス利用者と岩屋寺へ巡拝 (livedoor.blog)

2017年10月31日

大鹿一八「本日の一言」 : 志賀弘法会 四国遍路満願の一日 (livedoor.blog)


5年前には車いすに座る弘法会代表を、四国八十八か所総ての大師堂前まで腕を担いで参拝した私自身も、昨年罹患した膠原病によってメンバーに心配されるような体調に陥っており、自分のお遍路だけで精一杯になっているのも現実です。


さて、三年前のブログを読み直してみると、1月には叔父が他界しており、新型コロナが蔓延する前のため当時開館していた横井庄一記念館にも足を運んでおり、本日は昭和47年に横井庄一さんが発見された日に当たるものの、記念館は館され横井さんを語れる人も存在しなくなったのも寂しい現実です。


明けましておめでとうございます


昨年は私自身の暦の運勢が悪いだけでなく、春に追突事故に遭遇して頚椎挫傷で指がシビレ、その後は両手が腫れあがり両肩には激痛が走りだし、6月になって完治が極めて難しい膠原病と診断されました。

今年は幸いにして私の暦(二黒土星)による運勢は真っ白の発展運となり、「今まで何かうまくいかなかった事も一気に開花できる吉運年に入ります」と記され、六星占術も私の天王星人の(-)は「安定」となっており、「心身ともに充実した一年を過ごせるでしょう」と予想されています。

年齢(六十九歳)を重ねた老化による体力低下や、膠原病と共存する人生に変わりはありませんが、不調時ゆえに、私の最後の責務となるボランティア(福祉有償運送)と、セカンドライフとする四国遍路と上高地行きを、運勢の良さを信じて悔いの無い一年にしたいと思っています。

このブログを訪問される皆さんや、ずいぶんと長いお付き合いになったブロ友の発信は、病による体調不良等には随分と参考になり、生活体験は新たな楽しみを見出す指南役ともなっており、身勝手な発信を続けておりますが、私への苦言も苦痛とは思いませんから今年も遠慮なくコメントしていただければ幸いです。

本年も宜しくお願い致します。 

一年間の旅程をふりかえって

本日も一日が終わりました

本日の写真です。

今年は膠原病のため6月と7月の上高地にドクターストップがかかり、コロナ禍の中で外出が出来なかったと思っていましたが、上高地は4月から11月までに13日訪れており、四国遍路も3月、9月に2回と10月、12月に訪れていました。

そして、上高地と四国遍路しかないセカンドライフの中で、8年ぶりにご開帳となった善光寺と諏訪大社や、桑名では人生初体験となった火渡り神事も体験し、安曇野や京都の真言密教の古刹も訪れていました。

膠原病と共存していることで、出かけられる時に積極的に出かけるようにしており、結果的に2ヵ月のドクターストップはあったものの、コロナ禍で外出ができなかった昨年よりも多くの場所に出かけていたことになります。

本日は一年間の外出を読み直してみました。

2022-12-03
2022-11-15 
2022-11-01
2022-10-26
2022-10-10 
2022-09-18
2022-08-14
2022-07-02
2022-06-12
2022-05-21
2022-05-15
2022-04-23
2022-03-20
2022-02-13 
2022-01-23

来年はもっと外出したいと思っています。

孫の学習発表会から相棒リマを回顧して

津島市文化会館前

大ホール

発表中

園長先生の挨拶

本日の写真です。

 孫の幼稚園の生活発表会が開催され、家内とともに鑑賞に訪れましたが、私には4人の子供がありながら一度も発表会を訪れたことがなく、孫のためなら何でも参加するリタイヤ後の現在と現役時代を対比させてしまいました。

今年 令和4年12月4日の写真です

第56番仙遊寺境内

本堂

参道の紅葉
4日前の駐車場

こちらは三年前の写真です

2019年7月14日の写真です

相棒リマです


 この時は我家の相棒も元気で、私たちと一緒に四国を一緒に廻りました。


今は…

写真と一緒です

リマのウエアとリマの遊んだ人形が同行です

4日前の遠景


 相棒が逝って2年半が経過しましたが、四国遍路の巡拝中には至るところで相棒リマの元気だった姿を回顧してしまいます。

こちらは7年前の写真です

2015年9月20日

第13番大日寺の近くを散歩中

2019年7月15日

第71番弥谷寺の駐車場

令和1年10月13日

第73番出釈迦寺・捨身ヶ嶽禅定

2019年10月12日

第75番善通寺駐車場で四国フォト広瀬さん撮影

2018年5月5日

西国巡礼 石山寺駐車場


2年前に記した一言

 私にとっては子供でもあった相棒リマが居なくなり、殺伐とした大人ばかりの生活を余儀なくされており、そんな中では私と同じ日に生まれてきた孫は、孫と言うよりは私の分身のような感覚で眺めてしまいます。その孫と私の誕生日が迫ってきました。


四国遍路から帰って2日目となり

名鉄電車

本日の写真です。

本日は朝から福祉有償運送のボランティアで、患者さんを市外の医療機関まで送迎するとこれだけでお昼になってしまい、昼食後に家内は名古屋市の病院まで搬送した患者さんを迎えに走り、私は理髪店経由で家内と合流して珈琲店に行くと夕方になりました。

何か仕事をしたという感覚はなく、出費するために外出しているような生活ですが、年金暮らしのボランティア生活のためこんなものでも普通なのでしょうか。


添付した「へんろ」は四国八十八か所霊場会が監修する情報誌で、毎月1日付で発行されて発送されているため、今月は四国遍路から帰宅した翌日5日に取り出しましたが、四国から日常生活に入ろうとする気持ちが四国へ戻っていってしまいました。

今年は3月に逆打ちで香川県からスタートし、4月から毎月上高地と四国遍路に行くことを目標にしていたものの、3月末に交差点で追突事故に遭って首を痛め、その後6月に膠原病に罹患して6月と7月はドクターストップがかかりました。

8月から上高地行きが解禁になり、四国遍路は9月から再開して10月と先週末にやっと訪れることができました。しかし、上高地の滞在時間を半分として松本市や安曇野市に点在する真言宗の古刹巡りや京都の三弘法などへ行ったことで、違った角度から密教のすばらしさを体験できまる機会ともなりました。

さて、明日は膠原病の主治医の診察を受けるため名古屋市の中村日赤へ通院となりますが、生活する上での体調は随分と回復しているため、診察前に受ける血液検査や尿検査の結果も前回より改善していることを願うばかりの診察となります。

6月から手首や指の痛みからブログの発信もスマホの「音声入力」としていましたが、パソコンで打ち込んでも苦痛にならないため本日はパソコンで打ち込みました。

体調の回復によって、昨年の目標だった「毎月遍路」も開始できると幸いですね(笑)

2日間の四国遍路で伊藤萬蔵さんを偲んで

第56番泰山寺前の寺標

駐車場から見える参道

参道


伊藤萬蔵寄進の道標


四国霊場の寺院では至る所で「伊藤萬蔵」さんの名前を見かけますが、本堂や大師堂前の香炉など参拝前に必ず目にする場所と違い、お寺へ急ぐ参道や道路に残された寺標や道標に残された「伊藤萬蔵」さんの石は見落としてしまい、泰山寺前の寺標は今回初めて目にしました。

今回のお遍路は2日間だけでしたが、2日目は昼まで巡拝してから愛知県へ帰る余裕の行程だったこともあり、本堂と大師堂だけでなく薬師堂や不動明王へも参拝し、樹木や草花などを眺めていると午前中に終わるはずだった巡拝は午後3時までかかってしまいました。

泰山寺前参道の石垣に生える植物

多肉植物 ツメレンゲ

鐘楼

本堂

弘法大師像(手前) 役行者 不動明王 

大師堂

納経所

客殿前の彫刻

今では完全なる老夫婦です(笑)


伊藤萬蔵さんは愛知県一宮市で生まれ、名古屋へ奉公に出て米や相場で財をなした実業家で、それらを原資として多くの寺社に石造物を寄進、現在関東以西約400余ヶ所が確認されており、四国八十八か所のお寺の香炉などに「名古屋市塩町」の住まいも刻まれています。


伊藤 萬蔵(いとう まんぞう、1833年天保4年) - 1927年昭和2年)1月28日)は、尾張国出身の実業家篤志家。  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


「石の語り部」として全国各地の寺社に香炉や道標など石の寄進を繰り返したことで知られる。寄進した石には「名古屋市塩町」と「伊藤萬蔵」の印が入っている。今回は第56番泰山寺前だけでなく第71番弥谷寺と第60番横峰寺でも寄進された香炉を見かけました。

さて、昭和2年に亡くなっておられる伊藤萬蔵さんの偉業についてはさておき、何よりも名古屋から遠く離れた四国各地へ寄進した石を見るため、萬蔵さんが現地まで来られた旅程を考えると鉄道や道路が整備された現代社会とは全く違う白黒の景色が思い浮かんできます。

第71番弥谷寺の香炉

参道

弥谷寺の摩崖仏と石仏群

第60番横峰寺の香炉

横峰寺全景

本堂


私が過去のアメーバブログ(2019年以降)に記した伊藤萬蔵さんの記事一覧

     【伊藤萬蔵】のブログ記事検索結果|Ameba検索


四国各地においても、私の生まれた愛知県の大先輩たちの名前を見つけると、歩くしか無かった四国遍路の厳しさと同時に、名古屋から四国へ行くこと自体が大変だったお遍路の先輩たちの苦労も偲ばれ、私のジェット巡拝も笑えてしまいます。


四国遍路 2日目

第61番香園寺


第62番宝寿寺

第63番吉祥寺

第64番前神寺

第58番仙遊寺


第57番栄福寺

映画ボクは坊さん

鐘楼堂

映画に使われた黄色いバイク

第54番延命寺





しまなみ海道

尾道


 本日は愛媛県西条市の第64番前神寺から逆打ちで今治市の第54番延命寺まで巡拝しました。


昨日は第73番出釈迦寺から第60番横峰寺まで十ヶ寺巡拝しており、2日間で21ケ寺参拝しました。


本日は午後2時に参拝を終え、遅れた昼食を取った後、今治からしまなみ海道を通り、広島県尾道市から山陽高速道、新名神、名神から東名阪を経由し御在所サービスエリアで夕食をとり愛知県へ戻りました。


車中泊の四国遍路 三連休の記録


豊浜SA 香川県観音寺市

豊浜SAから見える瀬戸内海

 10月7日
    23時津島発……東名阪……新名神……
第一日目
 10月8日
   新名神……宝塚北SA(給油)……山陽自動車道……瀬戸中央大橋……豊浜SA(仮眠)…

高知市内

第31番竹林寺の五台山ミニ八十八ヶ所

第32番禅師峰寺駐車場 猫の親子

第33番雪蹊寺境内の出店

第35番青龍寺の石段

ペギー葉山さんの寄進

トゥクトゥク

一日目最後の第39番延光寺


一日目の入浴場所 宿毛リゾート椰子の湯  車中泊場所 足摺岬金剛福寺前の駐車場

第二日目のスタート 

足摺岬散策道入り口

一日目の車中泊 足摺岬駐車場


第38番金剛福寺

道の駅大月 高知県幡多郡大月町

観光案内所

公共スペース

地産品売り場

ヘンロ小屋大月



宇和島の海岸

宇和島きさいやロード

2日目の最後 第45番岩屋寺駐車場


 高知県第38番金剛福寺から愛媛県第45番岩屋寺まで巡拝
   途中で道の駅大月と宇和島市の宮本宅へ寄り道


2日目の入浴場所古岩屋荘  車中泊場所 久万高原 道の駅りんりん


第三日目 10月10日

第52番太山寺の石段

太山寺 本堂


俳句ポスト

松山市内

松山城駐車場

愛媛美術館

豊浜SA

瀬戸中央大橋

瀬戸内海の夕暮れ

与島PA


  第46番浄瑠璃寺……第53番円光寺……愛媛美術館……松山IC……豊浜SA…
    …与島PA(土産買物)……三木SA(夕食)……新名神……名神……東名阪

 三連休の四国遍路は、前夜11時に自宅を出発し、瀬戸中央大橋を渡り香川県観音寺の豊浜サービスエリアで仮眠しました。

一日目は31番寺から39番寺まで巡拝し、宿毛市で夕食と日帰り入浴をすませてから38番寺のある足摺岬まで移動しました。

38番寺金剛福寺前の駐車場を車中泊の場所としましたが、ここには公衆トイレはあるもののウォシュレットもなく快適とは言えませんでした。

二日目は38番寺からスタートし、道の駅大月や宇和島市の知人宅を訪れた後45番岩屋寺まで参拝しました。

参拝後に古岩屋荘で日帰り入浴を済ませ久万高原道の駅りんりんがこの日の車中泊場所です。

ここは昨年にも車中泊の場所としましたが、夜でも明るくトイレも綺麗で、ベンチやテーブルが設置されているため食材と簡易ガスコンロを持ち出して夕食としました。

三日目は第46番寺から第53番寺まで巡拝し午前中でお遍路を打ち止めとし、愛媛美術館で開催されていた金剛峯寺展を鑑賞後に松山インターから自宅を目指しました。

三連休は人と出会いのお遍路となり


 お遍路中に出会った東海市の堤さんと私

3日前のFacebook コメント欄です。


 翌日の Facebook です。


これが、2日前実際に出会ってしまったんですね。


堤さんとは数年前に知多四国八十八カ所を巡拝中に出会っていましたが、最近になり Facebook で連絡が取れるようになっていました。

まさか今回の遍路中に出会えるとは思ってもいませんでしたが、びっくりの再会となりました。

2022-03-23 

四国遍路の出会いと再会の三日間 2日目 | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)


今回のお遍路では、今年3月に香川県で出会った宇和島市の宮本さんのお宅を訪ねました。



身勝手に訪れることを決めていましたが、宮本さんからのコメントに答える形で立ち寄ることを書き記しました 。


こんな無礼で横着な訪問客を迎え入れてくださった宮本さんご夫婦には感謝しかありません。

2日前の Facebook です。


今年3月の Facebook のコメント欄のやりとりです。

はじめまして!

ひょっとしたら、21日朝横峰上がりませんでしたか?

私達は下りで 緑ナンバーの良く似た車と離合したのを覚えてます。


3月にこんなやり取りをした佐藤さんからお遍路中にコメントがあり、同じような場所を巡拝中とは分かったもののまさか本当に会えるとは思ってもいませんでした。


3月22日のFacebook です。


3月の Facebook のやり取りをすっかり忘れていましたが、偶然にも巡拝中の佐藤さんから連絡がありお会いすることができました。


 Facebook の中には悪意を持った接触もありますが、こんなびっくりする出会いも実現します。

私自身は平成16年から毎日発信するブログも実名で記しており、多くの友人や知人との交流もできましたが、突然の出会いも可能となる Facebook の魅力には驚かされています。

冬支度の上高地から四国遍路へ


昨日6日午後5時の上高地

6日午後5時の穂高連峰

本日7日午前6時の槍ヶ岳山荘


5日午後5時25分の焼岳

10月2日の涸沢

10月2日の涸沢


涸沢の紅葉から上高地の紅葉へと、一年で最高の三連休を迎える上高地ですが、例年よりニ週間早い穂高連峰の初冠雪が現地から発信されてきました。

2020-10-18


2年前には10月18日に穂高に初雪が降りましたが、これからの上高地は一気に冬支度を始めて行きます。


膠原病に罹患したばかりで投薬による治療中の私にとっては寒さは大敵で、本日の名古屋の気温低下にも身体が悲鳴を上げている現状で、目的地を四国に変えた明日からのお遍路も無理は禁物です。


そんな時に、「来週末は上高地へ行くから」との私の一言に家族はびっくりですが、四国遍路から帰ってから診察を受け、結果がよければ防寒対策をしたうえ公共交通機関で上高地を目指したいと考えています。


悲鳴を上げる身体と相談しながら上高地を訪れ、結果がよければ11月の3連休に宿を確保して再度訪れることを目標にして体調を回復させたいと思います。


今回の四国遍路は、今晩から夜行で四国を目指します。


天候不順から三連休の行き先変更へ


 自宅前の夕暮れ 午後5時37分

 帰宅途中

本日の写真です。

 1年前の一言です。

上高地 


入院と手術 


 昨年10月は膀胱結石と前立腺肥大症の手術を名古屋の中村日赤で受けて入院していました。


入院直前に上高地を訪れ、手術から一ヶ月にもならない11月には再度上高地へ足を運んでいました。


そんなわけで10月の三連休は当然上高地と思っていましたが、皮肉にも天気予報はよくありません。



 今週三連休の天気予報

 さて、添付した予報は上高地と高知県の天気予報ですが、ともに同じような予報が出ています。

ただし、日曜日の高知県の最低気温は16度であるのに対して、上高地は3度しかなく、最高気温も16度しかありません。

昨年は手術直後にもっと寒い上高地へ訪れていますが、今年は7月から投薬治療を受けている膠原病に罹患しており、連日不安定な体調が続いているため、山に積雪の予報も出ている上高地に耐えられる自信がありません。

そんなわけで、今週末の三連休は上高地から四国遍路へ変更しようかと迷う一晩となりそうです。

不調(笑)の患者が患者を運ぶボランティア


日の入りの瞬間
本日の写真です。

2週間前の週末は上高地に出かけ、先週末は四国と京都へ出かけましたが、上高地では1日一万歩歩き、四国遍路では手すりに頼ることなく石段や山道を歩けました。

もっとも、帰宅した翌日の月曜日は身体中に疲れが残り、昨日は好調だったものの、本日は絶不調に陥りました。

 台風が通り過ぎたことで本日は気温がいっきに低下しており、睡眠中に身体が温まらなかったのが原因かもしれませんが、本日は午前中だけでなく午後まで身体の不調が続きました。

膠原病と診断され7月から薬を処方されていますが、症状は少しずつ改善しているものの、その日の朝に起床してみないことその日の体調がわかりません。

何よりも体調の良い日と悪い日の格差が大きく、上高地や四国で元気に動く姿を見た家族は勝手に仕事の予定を入れるようになり、本日は絶不調ながら二人の患者さんを病院へ搬送しました。

明日も私を希望する患者さんがあり、絶不調の早朝からボランティアが始まるため、午前6時に起床して身体中のストレッチが、必要となります。

台風のため四国遍路から京都の東寺へ


明石海峡大橋 

 淡路サービスエリア 上り

動画


 昨晩は神戸淡路鳴門自動車道淡路サービスエリア上り線側を車中泊の場所としました。


過去最大級といわれる台風14号のため、三日間の四国遍路を一日のみとし、強風により明石海峡大橋が通行止めになる可能性を考え、1日目に本州へ戻る予定でしたが、台風のスピードが遅くほとんど影響がなかったため車中泊に一番良いと思われる淡路サービスエリアにとどまりました。 


サービスエリアの中には夜間無人となる施設が多い中で、淡路サービスエリアは上下線とも24時間営業のため夜間でも明るく駐車場も広いため安心な施設と思えます。


神戸ポートアイランド 

 みなと異人館

 動画


 私の四国遍路は帰り道に高野山以外どこにも立ち寄ったことがありませんが、今回は病気療養中のため車の運転など家内の負担が多いため、神戸ポートランドに立ち寄りました。


こんな旅程を考えればこれからの四国遍路も楽しくなりそうです。


東寺 駐車場 

 動画

東寺 南門と五重塔
東門
動画

 食堂(じきどう)

大師堂 

 動画

五重塔 

 本日の写真です。

本日の京都行きは東寺だけでなく、ご縁のあるお寺やお店にも立ち寄る予定でしたが、弘法大師が残した真言密教の修業の場所であることと、これまで駆け足の参拝ばかりだったためここだけの参拝にしました。

詳細は後日に添付します。

台風へ向かって四国遍路へ

 本日の夕暮れ

コメダ前 

自宅前 

13日のキノコ

14日のキノコ

本日のキノコ

本日の写真です。


 大型台風が日本に近づいており、3連休の外出は見直すようにテレビから繰り返し放送されていますが、とりあえず安全な一日だけでも四国遍路へ出かけます。


7月に膠原病と診断され、病気療養が優先されますが、医師からこれまでの日常生活を続けるように言われており、身体が重いため休んでいるとますます身体が重くなるため、あえて外出するように心掛けています。


身体の不調を考えると、台風に向かって外出するよりも自宅で休養していた方が楽ではありますが、病気や休養ばかり考えていると外出する意欲が失せてしまうため、病に打ち勝つためにも鞭打って今晩深夜に四国へ向かって外出します。


さて、添付した写真でお分かりのように我が家のキノコが大きく成長しました。

このキノコはヤナギマツタケと言い、食べると美味しいと記されていますが、今回はこのまま食べずに残し、キノコ菌が周辺へ拡大することに期待しています。


歩き遍路友の会東海の総会が開催され

ささしまライブ

笹島セントラル病院前

総会資料

 本日は歩き遍路友の会東海の総会が名古屋市内で開催され、熱気溢れる意見が交換され、コロナ禍でメンバーと久しく顔を合わせていないこともあり、午後5時の総会閉会後もメンバーの一人と午後9時近くまで雑談に花を咲かせてきました。

メンバーの高齢化により会員数は減少し、コロナ禍で四国遍路そのものへ行く機会も減っている中で、メンバーの一人は八十歳を超えてもご夫婦で四国を歩いておられる姿には感化されます。

広い四国の道中で突然メンバーと顔を合わせた時の感動と、一緒に歩いた時の仲間意識が懐かしく思い起こされました。

Coke ON のスタンプ


本日の写真です。

さて、帰宅が夜9時半を回りましたが、今週からノルマとしている一日5千歩のウォーキングを達成するため家内に同行してもらい、暗い夜道を歩き Coke ON のスタンプも獲得しました。

病気療養中とは思えない元気回復です。

藤圭子さんの遍路歌


藤圭子さんの歌う四国遍路の歌を見つけました。


平成13年に四国遍路をはじめ、平成19年に四国八十八ヶ所霊場会の公認先達に補認された頃には八十八ヶ所のお寺の名前を全て暗記していました。


ところが最近では物忘れが激しく、お寺の名前が出てこないことも多く、また暗記するのも苦痛だと思っていたところに簡単に暗記できそうな歌を見つけました。


第一番札所から順に、

(1)霊山寺、(2)極楽寺、(3)金泉寺、(4)大日寺、(5)地蔵寺、(6)安楽寺、(7)十楽寺、(8)熊谷寺、(9)法輪寺、(10)切幡寺、(11)藤井寺、(12)焼山寺、(13)大日寺、(14)常楽寺、(15)国分寺、(16)観音寺、(17)井戸寺、(18)恩山寺、(19)立江寺、(20)鶴林寺、(21)太竜寺、(22)平等寺、(23)薬王寺、(24)最御崎寺、(25)津照寺、(26)金剛頂寺、(27)神峰寺、(28)大日寺、(29)国分寺、(30)善楽寺と安楽寺、(31)竹林寺、(32)禅師峰寺、(33)雪蹊寺、(34)種間寺、(35)清滝寺、(36)青竜寺、(37)岩本寺、(38)金剛福寺、(39)延光寺、(40)観自在寺、(41)竜光寺、(42)仏木寺、(43)明石寺、(44)大宝寺、(45)岩屋寺、(46)浄瑠璃寺、(47)八坂寺、(48)西林寺、(49)浄土寺、(50)繁多寺、(51)石手寺、(52)太山寺、(53)円明寺、(54)延命寺、(55)南光坊、(56)泰山寺、(57)栄福寺、(58)仙遊寺、(59)国分寺、(60)横峰寺、(61)香園寺、(62)宝寿寺、(63)吉祥寺、(64)前神寺、(65)三角寺、(66)雲辺寺、(67)大興寺、(68)神恵院、(69)観音寺、(70)本山寺、(71)弥谷寺、(72)曼荼羅寺、(73)出釈迦寺、(74)甲山寺、(75)善通寺、(76)金倉寺、(77)道隆寺、(78)郷照寺、(79)高照院、(80)国分寺、(81)白峰寺、(82)根香寺、(83)一宮寺、(84)屋島寺、(85)八栗寺、(86)志度寺、(87)長尾寺、(88)大窪寺


 藤圭子さんの歌に合わせて一番寺から順に見ていくと簡単に覚えられそうです。

  

ついでに四国遍路に関係する歌も見つけて添付しました。



一年前の四国遍路を読み直して

2021年7月22日~25日 

車中泊による四国遍路 | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)


1年前には四日間に渡り四国遍路を巡拝していました。


これからは自分の体調と相談しながら肉体的ストレスを感じないゆっくりした巡拝に心がけていかないとならなくなりました。


四国遍路で出会った人たちを回顧して


7月5日 18:20  

【情報求ム】77番手前の親父さん

道隆寺手前で小さなお地蔵様の焼物をお接待しておられた親父さんですが、今年通ったお遍路さん複数名から「今回は親父さんが出て来なかった」との情報が入っています。

何かあったのでしょうか?それとも単にお遍路さんが減ってお接待を止めてしまったのでしょうか?何かご存知のことはございませんか?


四国八十八カ所を巡拝するFacebook の発信の中に、かつての歩き遍路で出会った懐かしい人の安否を心配する記事を見つけました。




2011年11月02日

大鹿一八「本日の一言」 : 讃岐・七ケ寺まいり (livedoor.blog)

かつて77番道隆寺を目指して歩いていた私の背後から「お遍路さん」と大きな声が聞こえ、私を追いかけてくる親子の姿がありました。


「息子の焼いたお地蔵様をもらってください」と走って私に追いつかれ、後ろから息子さんが追いつかれたときには涙を堪えるのに必死でした。


それが松井さんとの初めての出会いでした。


2013年11月23日

 その後歩き遍路友の会東海のメンバーと歩いている時にも出会い、仲間と一緒に記念写真に納まりました。


その後10年ほど歳月が経過しており、Facebook の発信を読んでいつでも会えると思っていた自分自身が、最近の体調不良で何時でも四国に行けるわけではなくなったいる現実からも、時間の経過を実感させられました。


四国遍路で出会った人たちがそれぞれお元気でおられることを祈るばかりです。


さて、本日は中村日赤の医師から電話があり、検査結果とともに病名が確定したことから明日から新しく処方されていた薬を飲むことになりました。


私にとっては天国からの電話ともなりました。

四国から届いた心温まる手紙が届いて

四国から届いた手紙日めくり

樫原禅澄さんからの手紙でした

同封された手紙


ここまで本日の写真です。

善通寺の日めくりカレンダー

禅澄さんを代表する色紙

甘露法雨

色紙の解説

壽楽

色紙の解説

遍照 事務所に飾ってある額です

平成17年の記念写真

平成24年の写真

 四国遍路を始めた平成13年頃には善通寺の宗務総長であった樫原禅澄さんですが、当時から親切にしてもらい、後に管長になられてからも変わらず親切にしていただきました。

 引退され自坊に戻られてからも変わらぬお姿に元気を頂いてきました。 そんな方からのお手紙は本当に温かく、引退後も善通寺や四国遍路の行く末を心配されている内容から、心強く感じさせられ早く手を治して四国へ行きたいと実感させられました。

 懐かしい禅澄さんとの過去の写真や色紙を眺める一日となりました。

出会いと再会の三連休 四国遍路の3日目

21日に出会ったキャンピングカー 65番三角寺

前日車中泊の道の駅小松オアシスから一緒でした。

61番香園寺

62番宝寿寺

63番吉祥寺

横峰寺駐車場の小鳥

60番横峰寺

64番

優雅なお遍路です

金沢市のKさんご夫婦

ここでお別れです

別格13番仙龍寺がこの日最後の参拝です

四国とも暫しお別れです

3月21日の一言

 三連休の四国遍路について、当初は愛媛県の60番から88番まで巡拝する予定でしたが、偶然目にしたフェースブックで宇和島市のMさんが65番から結願を目指しておられることが判り、「途中でお会いするかも知れませんねェ」の返信に、88番大窪寺から逆打ちなら会えるかも知れないと香川県からお遍路をスタートさせました。

 そして、途中コメント欄で交信しながら1日目の夕方に78番郷照寺で出会い、近くの道の駅うたづ臨海公園で共に車中泊とし、翌朝に記念写真を撮ってからお別れしましたが、2日目も白衣を着た愛犬とともに巡拝するご夫婦と遭遇するなど、新たな出会いと親しい知人と再会するお遍路になりました。

 そして、最終日の3日目には…

 61番に近い道の駅小松オアシス駐車場の車中泊から目覚め、隣を見ると豪華なキャンピングカーで大きなテレビ画面を見ながらコーヒーを飲む優雅なご夫婦があり、我々はお遍路だからと早々に車を走らせて61番香園寺の参拝を済ませるとその豪華なキャンピングカーが入ってきました。

 そして、62番でも顔をあわせ軽く会釈をし、次の63番では「おはようございます」と挨拶して、私たちは60番の横峰寺の参拝を残していたため、その後に逢うことは無いと思い、60番から64番前神寺を参拝して次の65番の三角寺の参拝を終えて石段を下っていくとその豪華なキャンピングカーが入っており、ご夫婦が石段を登ってこられました。

 私たちはこの後で別格13番仙龍寺へ参拝してから愛知県へ戻るため、このご夫婦とこれから会うことはないなと思って挨拶すると、昨晩から同じように行動していたためかアウンの呼吸で、お遍路や過去の身の上話など「納め札」を交換して長話に花を咲かせることになりました。

 今回のお遍路は家内と妹の家族3人のお遍路で、人を案内して結願を目指すお遍路と違って時間の余裕があり、めぐり合った人々との会話や、旧知の人たちと旧交を温める出会いと再会のお遍路となりました。

 今にして思うと、先達になる以前の十数年前には一人で弘法大師が修行した旧跡にたたずんでいたことがあり、当時は多くのお遍路や四国の人たちとの出会いがあったことが懐かしく思われ、その当時知り合った人たちとの交流が現在も続いていることを考えると、次の札所だけを目標にしたお遍路の反省も必要ですね。

 さて、次の遍路は4月のゴールデンウィークまでお預けとなり、4月は上高地のボランティアと27日の開山祭に参加後に一人で四国を目指したいと考えています。

                                3月24日の一言

三連休の記録 四国第2日

道の駅 うたづ臨海公園

前日出会ったМさんご夫婦と朝の記念撮影


 平成16年から一言を記してきましたが、ブログを通じて連絡を取り合って沖縄で対面したメンバーも存在しますが、フェースブックは個人名を公開して発信しており、今回の四国遍路ではМさんのコメント欄で交信しながら出会うことができました。

 フェースブックの使い方も利用方法も知りませんでしたが、Мさんとメッセンジャーを利用して情報交換できるようになり、お互いの名刺交換もしたため、私が四国八十八か所を巡拝する間は立ち寄れる居場所が宇和島市に増えました。

 さて、四国2日目(20日)は、7時前にМさんと別れて朝マック後に第76番から逆打ちで愛媛県を目指しました。

本日最初のお寺 第76番金倉寺

善通寺 五重塔

四国フォト 善通寺の広瀬さんと再会


 善通寺の専属写真館主広瀬さんとは、平成13年に20人の仲間とマイクロバスで訪れて以来のお付き合いとなりましたが、昨年末のお遍路でお会いできず、娘さんから奥様が闘病中と聞いていたので立ち寄りました。

 この日も不在で娘さんからお母さんが亡くなられた話を聞きましたが、娘さんが連絡されたと思われ、駐車場の車に戻ってくる私を待っておられ、家族と一緒に写真を撮ってくださる話となり、奥様の昔話や現在の食生活など雑談に花を咲かせることになりました。

 お客さんを乗せた運転手役の場合は雑談もしておれませんが、家内と妹の気まま遍路のため旧交を温める時間がとれました。元気で再会したい私の立ち寄り場所にもなっていますが、お遍路の道中に立ち寄れる居場所は貴重な存在です。

第74番甲山寺

出釈迦寺から見る捨身ヶ嶽禅定


 2年前のお遍路では、奥の院の捨身ヶ嶽禅定までピストン輸送されていたお寺の車に相棒リマも乗せてもらった思い出ある場所で、この上に相棒が居るような錯覚すら覚えてしまうのが出釈迦寺でもあります。

ワンちゃんのお遍路さん

白衣と輪袈裟姿です


 第70番本山寺の境内で、白衣と輪袈裟をはめた2匹の愛犬お遍路と遭遇し、2年前に旅立った相棒リマにも白衣用の布が購入してあったものの、完成せぬままになっていたことを家内が話し、我々の相棒との思い出話をうなづいて聞いていただいたご夫婦に感謝の一言となりました。元気で長生きしてもらいたいものです。

第70番本山寺 五重塔

名古屋の伊藤萬蔵さん寄進の花台

お雛様を公開中でした


工事中の67番大興寺本堂

66番雲辺寺からの遠景

別格14番椿堂


 四国2日目の最終のお寺は別格20霊場の椿堂です。ここも避けて通れないお寺です。

2013年11月07日の一言

 今から12年前にご接待でいただいた椿の木が見事な花を咲かせたものの翌年に枯らしてしまい、その後に再度いただいた椿の木の1本は自宅に植えたものの、また枯らしてしまう可能性からもう1本の椿は町内の真言宗の弘盛寺へ持参したところ、境内を整備して椿堂のツバキとして立派に保存されてきました。

 ご住職は信者の方々への読経中でしたが、椿をいただいた奥様に御礼と椿の現況を伝えてお寺を後にしました。

3月20日の一言

 さて、この日は四国中央市の天然温泉三島乃湯に立ち寄り、西条市の道の駅「小松オアシス」を車中泊の場所と決め、車中でカセットガスコンロを使用して夕食を摂り、今回の車中泊では初めてとなる持参した赤ワインで乾杯としました。

 ここの車中泊でも翌日に新しい出会いが実現しました。

                                 3月23日の一言

三連休の記録 四国第1日目

道の駅みろく 香川県さぬき市

 18日夜10時半に愛知県の自宅を出発し、翌日午前3時過ぎに道の駅に到着し、目的地の大窪寺まで30分ほどかかるため、6時に目覚ましをセットし、それぞれの座席で足元から寝袋をかぶって仮眠のみの車中泊となりました。
 運転席での仮眠は初めてでしたが、暖かくて朝まで熟睡できました。

四国八十八ヶ所 第88番大窪寺

    巡拝を終えたお遍路さんが置いていった金剛杖です

     常楽寺 第86番志度寺の前です

 第75番善通寺前管長の樫原禅澄さんのお寺自性院常楽寺を立ち寄りましたが、この日は治療のため外出しておられて不在なため、ご家族に挨拶後に近況をお聞きして持参したお土産を渡して退散しました。



 傘みくじの木

 今回の四国遍路は第60番横峰寺から結願寺となる第88番大窪寺を巡拝する予定で、先週18日の夜から愛媛県西条市まで移動する予定でしたが、フェースブックの道の駅de車中泊のメンバーが第65番から巡拝する書き込みを発見し、同じような場所を巡拝するものの、追いつけないため88番大窪寺から逆打ちして何処かで出会えることを目指しました。

 「私も明日から3日間で満願を目指します。60番からスタートし、香川県の2か所で車中泊の予定です」とコメント欄に発信すると、「僕らは2日間で残りの24カ寺をお参りするつもりなので途中でお会いするかも知れませんねェ」と返信があり、出会うためには逆打ちしかないため香川県道の駅みろくで3時間仮眠後に大窪寺から巡拝を始めました。


 途中でそれぞれの現在地をフェースブックのコメント欄から報告しながら巡拝すると、午後4時頃に「今78番に向かっています!」の書き込みがあり、「78番で待っています」と返信して、家族を参拝に送り出して駐車場で待っていると、背後から「もしかして、大鹿さんですか」と声がかかりました。


宇和島市のMさんと出会いました


 フェースブック「道の駅de車中泊」のメンバーであるMさんの記事を見るだけでなく、どうせなら出会いたいと思い、絶対会うためにはMさんと必ず遭遇するはずの逆打ちを選択したものの、車で移動中にすれ違えば遭うことはなく、「今78番に向かっています!」の発信を見た時は午後4時過ぎになっていました。
3月19日の一言
車中泊の四国遍路で奇跡的な出会いへ | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)  
           1日目の遍路は添付した上の記事をご覧ください。     

 78番郷照寺でしばし談笑後に記念写真を撮り、我家は次の77番道隆寺に参拝し、四国健康村で入浴を済ませて、この日の車中泊の地「道の駅うたづ海浜公園」へ到着すると、駐車場が半分以上閉鎖されており、車を停めるスペースを探す余裕もなく満杯の車中泊となりました。

                                 3月22日の一言

邊地から邊路・遍路への移り変わり

本日の夕暮れ

鎮守の杜

本日の写真です。

 昨日の一言に、四国遍路について、「四国辺路道」から、「辺地修行」、「辺路」から「徧礼(へんろ)」、「遍路」に変わったことを紹介する新聞記事を転載しましたが、徧礼(へんろ)」が弘法大師聖跡の巡礼を表す言葉であることから、弘法大師の聖跡である四国霊場以外は遍路とは言わないことが判ります。

 四国八十八ヶ所霊場会の先達教典では下記のように案内しています。
 邊地・邊路・遍路として、日本古来の「常世の国」をめざす信仰は、やがて仏教と習合し海の邊(ほとり)を廻る道を踏む仏教修行者の行場として歴史に登場する。「今昔物語集」には「邊地」、「梁塵秘抄」には「邊道(へち)」、俊便房重源は「逿(へち)」という文字を用いている。

 それから後は「邊路(へじ)」という文字が江戸時代の宥辯真念まで用いらられる。真念はさらに「遍路」「邊路」「徧礼(禮)などを用い、「へんろ」と読ませるが、文字は一定していない。
 「遍路」が一般的に用いられるようになるのは江戸時代後期のことである。真念が「へんろ」とそれぞれの文字を読ませたとされているのは真念の道しるべ石に「遍ん路みち」と書かれていることによると思われる。

 そして、遍路道とは、大師巡礼するための遍路道。その中でも特に歩いて巡礼するための道を指す場合が多いが、本来は国道なども含めて遍路が歩くすべての道をいうと案内されています。とにかく四国遍路は四国四県の弘法大師ゆかりの寺院を巡拝する行為です。

 さて、四国には八十八ヶ所のお寺以外にも大師ゆかりのお寺は多く、別格二十霊場だけでなく奥之院や神社も存在します。

 ここに添付したのは、第73番出釈迦寺の奥之院となる「捨身ヶ嶽禅定」の朱印です。

3回分の重ね印


 捨身ヶ嶽禅定は、弘法大師が「真魚」と呼ばれた7歳の頃に標高481メートルの我拝師山に登り、「我れ、仏門に入りて一切の衆生を救わんと欲す。我が願い成就するものなら、釈迦如来よ、現れ給え。もし願い叶わぬなら、一命を捨ててこの身を諸仏に供養し奉る」と唱えて谷底に身を投じたと伝わります。

 この時に蓮華に座した釈迦如来が天女とともに舞い降りて、飛び降りた真魚を抱きとめたと言われる伝説の場所で、青年となった弘法大師が我拝師山の山頂で「虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)」像を刻んで安置し、ここで虚空蔵求聞持法を修法されたのが捨身ヶ嶽禅定です。

 出釈迦寺は弘法大師が開基したお寺で、捨身ヶ嶽禅定は出釈迦寺から約1時間ほど登った山頂にありますが、行場は奥之院からは鎖をたよりに岩場を100メートルほどよじ登った山頂近くにあり、出釈迦寺から奥之院までは車も利用できます。

2019年 10月13日

 2年前に訪れた時は相棒リマも同行させており、奥之院までは一緒に車へ乗せてもらいましたが、今となっては相棒との懐かしい思い出の場所になってしまいました。



 添付したのは四国八十八ヶ所霊場の奥之院の朱印の一覧です。今年は奥之院も巡拝していく予定を立てています。
                                  2月24日の一言

朝日新聞から四国遍路の記事を見つけて

本日の写真です。

 私の住む愛知県には、知多新四国八十八ヶ所霊場が存在するため、私の四国遍路についても四国まで行かなくとも知多のお遍路でも信心は一緒ではないかと知人から言われます。

「知多でも一緒なんだから知多にしたら」
       「お遍路は四国だけなんだけど…」
「知多でもお遍路だろう」
       「四国以外はお遍路とは言わないし…」
「テレビで知多もお遍路で歩いているぞ」
       「知多は弘法大師の聖跡ではないし…」
「知多にも弘法大師は来ているぞ」

 挙句には「あんたも愛知県の人間だから知多を廻ったら」とまで言われる始末で、弘法大師が知多半島や愛知県に来たという事実が何もないのに、最近はテレビでも知多半島に弘法大師が来ていたような報道まで存在します。

 四国遍路と西国巡礼、伊勢参り、金比羅参りと記された朝日新聞の記事に、四国遍路についての判りやすい報道があり、ネット上に公開されているものの、時間が経過すると検索できなくため、自分自身の記録のためにも転載しました。著作権なんて言わないで下さいね(笑)

ここからは朝日新聞デジタルからの転載記事です。

「四国遍礼道指南増補大成」

しこく遍路考

 江戸時代は、旅の時代です。「徳川の平和」「泰平(たいへい)の世」と呼ばれる時代に、街道が整備され、参勤交代を行う武士だけでなく、許可を得て多くの庶民が旅に出ました。藩が国であった時代、旅に出る時はパスポートである往来手形が必要でした。庄屋や檀那寺(だんなでら)が身元を保証し、全国の関所や村役人に向けて、関所の通行要請や死亡した場合の取り扱いなどを書きました。

 旅の隆盛とともに、西国巡礼や伊勢参り、金毘羅参りなど様々な案内記が発行され、人々を誘いました。四国遍路初めての案内記は、貞享4年(1687)の真念『四国辺路道指南』です。重版を重ね、書名の漢字も僧侶の修行であった「辺地修行」につながる「辺路」から、弘法大師聖跡の巡礼を表す「徧礼(へんろ)」「遍路」に変わっていきます。大坂の荒野聖・真念は、出版動機を「弘法大師850年忌にあたり老若男女の初心者も四国遍路できるように」と記し、歩きやすい道を選んで紹介しました。自身も200基以上の道標を建て、遍路宿を整備して、四国遍路興隆に寄与しました。

 その後元禄2年(1689)、高野山の学僧・寂本の『四国徧礼霊場記』、同3年の真念『四国徧礼功徳記』が刊行され、同4年には歌舞伎『四国辺路』が京都で上演されており、畿内で四国遍路ブームが興っていました。

 四国遍路に来た人々の日記も残っています。現在確認されている江戸時代の遍路日記は51点で、多くは地名・距離・難所が記された単調なものですが、筆者が福岡県立図書館で発見した佐治家の「四国日記」は、最も記述内容が豊かな日記です。

 津屋崎村(福岡県福津市)の豪商佐治家一行は、7人連れで弘化2年(1845)2月22日に出発。小倉や萩、岩国の城下町、宮島を見物しながら、船で三津浜に上陸します。太山寺を打ち初めに四国を北上、55日で一周します。四国に入ると初日から登場するのが接待です。

 集計すると、最も多いのは、香物(漬物)21件と赤飯18件です。続いて、髪結い7件、銭5件、唐豆類5件、煮しめ4件、餅2件、わらじ2件があり、白飯・焼米・ひきわり飯・弁当・はったい粉・トウキビ・薬・茶・豆腐・吸い物が各1件記されています。旅に必要な、自分にできる接待を行っていることが分かります。

 接待主の名前も記されており、他村や他国からも接待に来ていることが分かります。伊予で13件、讃岐で25件(うち備中9件、備前1件)、阿波で11件ある一方で、土佐は0件となっています。藩から接待禁止令が出ていたためです。

 遍路日記は、その時代の巡礼や社会の姿を伝えてくれます。江戸時代から続く接待は、重要な四国の文化なのです。(愛媛大学「四国遍路・世界の巡礼研究センター」センター長・胡光)

                                             朝日新聞の転載です。


 さて、新型コロナの感染拡大がなければ、1月と2月のお遍路で13回目の満願になっていましたが、来月と4月の巡拝で結願を目指すことになります。
 私自身は納経帖の朱印や巡拝回数を増やすことよりも、弘法大師(空海)が今から1200年前に修行した聖跡で、弘法大師と同じ真言を唱えることによる霊響に期待しており、自分の背後から弘法大師の声が共鳴することは非科学的ですがそんな意識で読経しています。

                                 2月23日の一言

フェースブックから元気をもらって

本日は車中で夕暮れを迎えました

病院駐車場で待機です



 フェースブックから2年前にシェアした過去のブログを振り返る発信があり、昨年の出来事と思っていると2年も経過していることに驚きですが、コロナ禍の外出自粛のせいばかりではなく、自分自身の気力不足で行動力が鈍っていることを自覚せられます。

2020-02-09

 我家から30分も走れば適度な登山もでき、県内でも足を延ばしていない場所が存在し、最近メンバーに入った車中泊と道の駅のフェースブックから魅力ある発信を眺め、冬でも四国遍路や西国巡礼を続ける人々の吐息まで聞こえそうな発信が続々と届いてきます。


 もっとも、コロナの蔓延防止措置が出されていなければ、明日から3日間は四国遍路を予定して13回目の満願を終えていたはずですが、外出自粛が当り前となり、明日から三連休であったことも完全に忘れていました。

谷汲山華厳寺

こんな雪でも巡礼者が存在します

岡山県の菜の花


 そんな訳で、週末は何事もなければ菜の花と海に沈む夕陽と、太平洋から昇る日の出を見に行こうと感化されました。目的地は何所か判りますか…
                               2月10日の一言

フェースブックの発信から旅の魅力を体感して

最近参加するようになりました


マキノ高原メタセコイヤ並木道

Kei Takahashiさんのフェースブック参照

白銀の世界です

あこがれの世界です


 最近参加するようになったフェースブック「道の駅de車中泊」から、自分が体験しているような臨場感のある写真が発信されており、自分が過去に訪れた場所に立っているような錯覚と、相棒リマとともに訪れた車中泊が昨日のように思い出されてきます。


昨年7月の車中泊 7月22日から25日

2012年07月14日
 相棒リマと一緒に四国遍路へ行くようになり、当初は相棒と一緒に寝るための車中泊になったものが、車中泊の方が朝7時の拝観時間前にお寺に到着して納経を済ませ、宿への移動時間を考えず午後5時過ぎまで巡拝できることと、赤ワインや食事の食材を自分で選択できるため旅行太りとは無縁となります。

 一方で、この頃からペット厳禁となっている上高地へ相棒リマも一緒に連れて行くようになり、相棒の存在が自然と車中泊の旅行となり、相棒と共に仙台や岩手県まで車を走らせテント生活や車中泊となる中で、天候に左右されない車中泊が当り前のスタイルとなりました。


2012年08月24日

 相棒と一緒に上高地や四国遍路に行くためスタートした車中泊が、2年前に相棒が旅立ったあとも相棒リマのケージとウエアを車に積んで旅に出る生活が当り前となり、居なくなった相棒を忘れないためには車中泊を続けていことと思っています。


昨年11月の車中泊

2019-12-16

 コロナ禍で人との接触が問題となる中で、車中泊の四国遍路はほとんど観光客と出会うこともなく、上高地や木曽路など山や大自然を相手にする旅行は新型コロナに感染するリスクもほとんどありません。

 フェースブックから各地の車中泊の様子が次々と届けられ、厳冬期で外出をしぶっていた自分にとって、久々に旅先の魅力を感じさせられるようになってきました。

                                  2月8日の一言

過去の書き込みにびっくりの千枚通し

千枚通しです


 過去に記していたヤフーブログを読み直すと、書いた自分自身でもびっくりとする書き込みが残っており、記されていない知人の名前と顔を思い浮かべて、当時のやり取りを必死に回想することになりました。

「医者は何とも無いと言うんだけど…」
      「じゃー、大丈夫なんじゃないの」
「それでも何かを食べると吐いてしまい、何も食べられないから」
      「そんなら、千枚通ししかないかなぁ」
「えっ、千枚通しって (怖いー) 

 大学病院の検査をはじめ、知り合いの医者を訪ね歩いても、「異常なし」と言われたものの、食事も一切口に入らないとの知人の話を聞き、「そりゃー、千枚通ししかない」との私の一言に、知人はびっくりした顔をしました。

 知人は「千枚通し」を、先の尖った穴を開ける「千枚通し」と思い、この「千枚通し」で身体に穴でも開けると思ってびっくりとしたようですが、私の紹介した「千枚通し」は紙と言ってもオブラートのように薄いものです。

2010年07月12日

 今から12年前のブログ記事ですが、ヤフーブログからライブドアブログに過去の記録として引っ越し、保存してあった記事が人気記事にランクされており、当時の何事もなく当たり前に記した記事も、読み直してみるとびっくりさせられる書き込みになりました。


四国遍路で入手した千枚通しです

四国別格12番延命寺の千枚通護摩符

四国八十八か所霊場78番郷照寺の千枚通し

四国64番前神時の千枚通し


 千枚通しについては、一般的には事務用の千枚通しを連想しますが、四国遍路や高野山を参拝する人たちには目にする機会も多く、小さなオブラートのような護摩符が千枚入っており、朝晩水と一緒に飲めば、病苦を除き妊婦さんも安産になると言われています。

 千枚通しの遠起を読むと、現在の別格12番延命寺において、松の木の辺りに一人のイザリが居るのを見た空海(弘法大師)が、何とかしてやろうと千枚通し霊符の1枚を授けたところ、微妙な霊験によって全快したことが現在に継承されてきました。

 過去に病院では何ともならないと言われる人たちに差し上げてきましたが、科学万能の現代社会においては効能は定かではなく、私自身も病苦に陥った際に飲もうと置いてあったものの、昨年10月に手術を受けた際にも眼中にありませんでした。体調不良が続く今こそすがりたいと持ち出した次第です。

 さて、四国遍路や真言密教を信奉する人たちには当たり前となる「三蜜」についても、最近ではコロナ禍の中で忌み嫌われる言葉ですが、弘法大師の教えでは身(体)、口(言葉)、意(心)がバラバラでなく、調和がとれているものを三蜜と言い、信心の目標にもされてきました。

 過去に私自身が記した一言ですが、プライバシーに配慮して記名が無いため、今にして思うと思い出せない記載も多くなってきたことを実感させられました。

                                1月5日の一言
                                                                       本日の体重 71,4キロ  徒歩数 4,563歩

四国から珍しいお土産が届いて

おいり

昔から西讃岐にだけ伝わる伝統の嫁入り菓子です。

かなり繊細な宅配便です

厳重な包装です

讃岐のみとよ・マルシェ

おいり 香川県丸亀市の和菓子 

御菓子司 寳月堂(ほうげつどう) 

         香川県丸亀市米屋町16 TEL:(0877)23-0300 

 
 香川県三豊市の知人から、当地方にしか流通していない珍しいお菓子「おいり」を送っていただきました。口に入れるとフワッととけてしまう餅菓子で、何でも目にする世の中にあっても、まだまだ知らないお菓子が存在することを実感させられました。
 
 ありがとうございました。

本日獲得したスタンプ

 

一週間のノルマ達成です

 

15個のスタンプが貯まりました

 

飲料水の無料券

本日の写真です。
 
 一日5千歩のウォーキングは誰でも達成できる無理のない歩数ですが、週の初めには何時でも歩けると思っていると週末が迫り、天候に左右されることから、寒風が吹き雪が舞う昨日と今日で2万歩以上歩いて今週のノルマを達成しました。
 
 スタンプを15個貯めるとコーラの製品が1本もらえますが、自販機で飲料水を購入してもスタンプがもらえるため、どうせ買うならコーラの製品を買うことになります
 
 明日は大雪の天気予報ですが、朝から病院へ通う患者さんの予約が入っており、何とか小雪でおさまることを祈るばかりとなります。
                                          12月26日の一言
ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • 令和6年 上高地開山式の様子です
  • 三重県桑名市大福田寺の聖天祭へ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
アーカイブ
  • ライブドアブログ