城
蜂須賀小六の生誕の城
木曽川の川並衆であった蜂須賀氏の城で、蜂須賀小六(正勝)の生誕地と云わります。
小六は、織田信長や豊臣秀吉に仕え、最後は阿波徳島藩の藩祖になっています。
本日は蜂須賀子六の居城だったあま市の蜂須賀の郷を訪れました。3日前の日曜日に娘の家族に誘われてニッポン城めぐりのアプリを入れましたが、近くのお城や城址くらいは訪れてみたいと足を運びました。
蜂須賀村由来記によると弘法大師が菅安の地で白山大権現に会ったことにより白山社を祀ったのが始まり。昭和29年に現在地に遷り、菅安社と改名され今に至る。村社。
池鈴山蓮華寺 真言宗智山派
愛知県あま市蜂須賀大寺1352
新たな堂が造営中
蜂須賀家の菩提寺である蓮華寺
弘仁年間(810年 - 824年)空海の開山により創建されたと伝えられる[1]。この地から出たとされ、阿波国徳島藩主となった蜂須賀氏の帰依を受け、尾張徳川家からも寺領が安堵されている。蜂須賀小六の菩提寺であり、蜂須賀小六・家政親子の位牌が安置されている[1]。仁王門は家政の寄進と伝わる。南西には、蜂須賀小六の旧宅や1ヘクタールに及ぶ蜂須賀城があったと伝わっている。
地元の伝承では、弘仁9年に弘法大師が熱田神宮の神託により創建したと伝えられているが、弘仁9年(818年)は弘法大師が45歳にあたり、その2年前に高野山開創の勅許が出たばかりで、勅許後始めて高野山に登って翌年に伽藍建立に着手していることから、まったく史実とは違う伝承ではあるものの、弘法大師の弟子となる高僧の影響を受けて建立されたものと思われます。伝承とは言えこんなに古い歴史があることから、実際の高僧の名前や記録が残っていないことは残念です。
ミニ四国八十八ヶ所霊場
甲冑劇
日曜日の写真です。
城めぐりのアプリがどんなものかも知らないまま、孫の家族に勧められるままにスタートした城のスタンプ集めでした。
輪之内町周辺の地域限定の城めぐりでしたが、ノルマとされる城のスタンプを獲得してから、サミットの会場となっている輪之内町文化会館を訪れました。
びっくりさせられたのは、城のスタンプを獲得するために多くのファンと遭遇したことで、地元だけでなく遠方から訪れた車のナンバーに驚かされました。
一部マニアの城めぐりと思っていましたが、城のスタンプを獲得するために地域を走り回る姿は、まるで戦国時代の武将や足軽のような気分にさせられました。
とりあえず一日だけの体験でしたが、城の名前がそれぞれの地名からつけられており、若い人たちが地名を覚えるだけでなく、地域の歴史や成り立ちを知る良い機会になると思いました。
毎日ノルマとした歩数を歩くとスタンプが獲得でき、スタンプがたまるとコカコーラのドリンクがもらえるCoke ON と同じく、スマホを利用して外出機会となる城めぐりも仕事に疲れた現代人にとって有効な手段と思われます。
さて、身体に堪える寒波が襲来していますが、半病人の私もボランティアに借り出されており、体調を整え週末には自分自身の次なる外出を考えていきたいと考えています。
真宗大谷派 福束山福満寺 安八郡輪之内町福束926
スマホのアプリにある城めぐりに熱中する人たちを無関心に眺めていましたが、本日は岐阜県輪之内町で開催された城巡りのサミットと周辺の城めぐりへ孫の家族とともに出かけました。
日頃から車で通り過ぎていた地域ですが、城の名前からその地区の地名がわかり、カーナビのない時代に地名の記された看板を頼りに走った懐かしい思い出が思い浮かびました。
整備された道路を高速で走り過ぎてしまう地域を、城の名前を目標にして走って行くことで、昔ながらの街の景色が浮かんできます。
車を走らせ城のスタンプを獲得するくらいなら、一つでも多くの四国のお寺を巡拝した方がありがたいと思っていましたが、家族が一丸となって目的地へ走っていく姿から、今まで思ってもいなかった感覚を体験させてもらいました。
さて、城めぐりの途中で立ち寄った羽島市の歴史民俗資料館で、昔懐かしい映画のポスターを展示する映画資料館では、現在でも過去の名作を上映されていました。
城めぐりによって、今から500年前に我が家から近い勝幡城で誕生した織田信長が、京の都に向かって進軍していた姿を想像する一日ともなりました。
輪之内町のサミットと羽島市の歴史民俗資料館の詳細については後日添付します。
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