
本日我家の光景です 午前9時24分

昨日の自販機

利用できなくしてあります

前に出して…

クレーンで吊り上げます

寂しいものの、見通しが良くなりました 午後4時44分
左の写
真は今月10日の写真です。
真は今月10日の写真です。 この自動販売機は三男が設置していたもので、冬は飲料水を温めるために電気料金が高くなり、この自販機だけのために電気を引いているため基本料金も必要になり、利益にもならないので撤去すると言っていましたが、利用する人もあるため接骨院を経営する三男が引き継いでそのまま残しても良いと話していたものの、本日ついに撤去する業者がやってきました。
我家に自販機がやってきた 2010/5/14
この自販機が設置されたのは8年前の話となり、当時は三男も接骨院を始めておらず、現在となりの貸店舗に入っている塾の前に違う業者が入っており、設置した次男は自分が飲むために設置したと言い、利益は二の次でしたが、物珍しさにで私も毎日のように買っていました。
もっとも、その後道路の向えにコンビニができ、次に貸店舗に入ったのが塾で、子供を乗せてくる母親の運転する車が自販機を傷つけたり、自販機以外の空き缶や家庭ゴミが捨てられることもあり、駐車場に出入りする車にとって道路が見にくいなど、家内まで無い方が良いと言っており、私自身も4年前から管理栄養士さんに止められて炭酸飲料を買わなくなっていたことも原因です。
昨日まで存在した自販機が無くなったのは寂しいものの、自販機の前にバス停があり、道路の見晴らしが良くなったことで駐車場の出入りも安全になっており、8年前に記した当時とは随分と生活環境が変わっていたことも実感する一日ともなりました。
12月26日の一言









不具合は窓の電動ウインドウの接触不良で、週末に窓が開いたままとなり、開けたままでは寒いため四苦八苦し、偶然にも何とか閉まったものの、閉めたままでは不都合なために訪れたものの、現在では交換する部品が存在しておらず、応急修理でごまかすしかありません。




「どうやって落ちたのか判らない」

町内には500メートル先にも同じコンビニがあり、30メートル先に銀行、50メートル先にガソリンスタンドと理髪店があり、300メートル先に薬のドラッグストアー、その近くに宅配便のクロネコヤマトや自転車屋さんもありますから、日々の生活には困りません。









こんな展開で、待ち合わせた家内とモスバーガーで別れて自宅に到着する頃には、満腹となった孫だけでなく、3時間前には孫を威嚇していた相棒までが一緒になって眠ってしまう姿に、本当に子供が二人いるように思えて笑いが堪えられませんね。






さて、午後には、明日に開かれるお寺の本堂落慶式に供える供え物をお寺に届けることと、我家のお墓の掃除と花を供えるために浄土宗の旦那寺を訪れました。
もっとも、私はタネのある果物が嫌いで、ビワやウメボシと同じようにサクランボも口にしませんから、大量に実を付けても鳥を追い払うだけで、売れるわけでもなく、収穫してもすぐに傷んでしまう事から、ほとんどが鳥の食用となってしまい、我家では鳥に食べられて残骸となったサクランボのタネを片付けるのが仕事になるだけとなります。
もっとも、在所は同じ愛知県でも木曽川をはさんで岐阜県と接しており、昼食会場も木曽川を渡り、養老山脈の山々の木々が見えそうな田舎で、入り口の梅が満開となっており、畑の土手にはもう「ツクシ」が生えていたことから、本日が3月議会の合間である事や、まだまだ伊吹山に雪が残されている事も忘れ、春の息吹を感ずる一日となりました。
こんな背景もあって昨晩の夕食中突然に、「今から映画に行こうか?」と言ったものの、慌てて上映時間を調べるとともに、着替えと到着する時間を考えると夕食もそこそこにする出発となりましたが、ここでも私の車の車高が高い(2m26cm)ために、家内の車を家内の運転となり、私の運転手役のような展開での映画鑑賞となりました。

本日は車検に出してあった愛車「ライトエース」を引き取りに、稲沢市(旧祖父江町)森上まで一年ぶりとなる自転車で走りました。
「代車に乗って行ってください」との店主の言葉を断り、久しぶりに森上駅に立ちましたが、駅前の食堂『のんき屋』はシャッターが下りており、駅周辺の風景も随分と変わっています。

には勝幡城の復元図が残されていますが、ここも土地が宅地化されて住宅が建ち並んでおり、かつての面影はまったくありませんが、織田信長はこの地から尾張を統一して全国へ出ていったわけで、当時の様子を思い浮かべながら旧道を歩くのも車では考えられません。








