大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

岐阜県

アプリ城めぐり 輪中サミット

甲冑劇 


関ヶ原合戦の前哨戦を、「ぎふ輪之内武将隊」と殺陣サークル眞、古戦場おもてなし武将隊関ヶ原組によって見事に演じられました。
 

 丸毛サミットのポスター

輪之内プラネットプラザ

会場入口

二階へ

有名らしい!? キャラクター

長蛇の列です

輪投げ

 私もヨイショっと!!

輪之内文化会館大ホール



 武将隊の演舞



 終演の挨拶


岐阜のお城マップ

城めぐりグッズの即売

2階から1階へ 

人だかりのできた一階ホール

丸毛戦記作者 渡辺浩行先生のサイン会

ゆるキャラと記念撮影

輪之内町文化会館


城めぐりのアプリ


輪中の城完全制覇


10のお城を巡りました

日曜日の写真です。

 城めぐりのアプリがどんなものかも知らないまま、孫の家族に勧められるままにスタートした城のスタンプ集めでした。

 輪之内町周辺の地域限定の城めぐりでしたが、ノルマとされる城のスタンプを獲得してから、サミットの会場となっている輪之内町文化会館を訪れました。

びっくりさせられたのは、城のスタンプを獲得するために多くのファンと遭遇したことで、地元だけでなく遠方から訪れた車のナンバーに驚かされました。

一部マニアの城めぐりと思っていましたが、城のスタンプを獲得するために地域を走り回る姿は、まるで戦国時代の武将や足軽のような気分にさせられました。

とりあえず一日だけの体験でしたが、城の名前がそれぞれの地名からつけられており、若い人たちが地名を覚えるだけでなく、地域の歴史や成り立ちを知る良い機会になると思いました。

毎日ノルマとした歩数を歩くとスタンプが獲得でき、スタンプがたまるとコカコーラのドリンクがもらえるCoke ON と同じく、スマホを利用して外出機会となる城めぐりも仕事に疲れた現代人にとって有効な手段と思われます。

さて、身体に堪える寒波が襲来していますが、半病人の私もボランティアに借り出されており、体調を整え週末には自分自身の次なる外出を考えていきたいと考えています。

お千代保稲荷へ初詣

お千代保稲荷 岐阜県海津市


本日は岐阜県海津市のお千代保稲荷へ初詣に訪れました。

大渋滞からの参拝です

参道

やっと鳥居まで

境内入り口

まだまだ入り口

人、人、人

ろうそくの燈明場

境内も人、人、人

やっと拝殿へ

参拝

足止めに効果抜群?の礼拝所

精霊殿

出口の鳥居


人気店前の行列

お千代保稲荷の東側


弘法大師堂 美濃第31番札所 稲荷の西方にあります

南無大師遍照金剛 真言宗のお堂です


お千代稲荷の北にある社


車に戻ります

岐阜県から愛知県へ

本日の写真です。

子供の頃は父親の車に乗せられてお千代保さんへ参拝し、結婚直後は参道近くの駐車場が家内の伯母さんの嫁ぎ先のため無料で停めてもらい、その後は仲間と参道の居酒屋で飲み歩いて、最近では子供が独立して家内と二人で参拝するようになりましたが、私は神社の西方にある弘法大師堂と併せて参拝に訪れています。

お千代保稲荷は商売繁盛の神様ですが、最近の私は引退して年金生活者となっており、個人的な身体や困りごとは「お大師様」にお願いすることにしているため、「今年はお金に困窮しませんように」と全く地味なお願いをしてきましが…。

暦の中で「一粒万倍日」と「天赦日」に、私の運勢や吉方位占いが共通して縁起の良い日が近々あり、縁起の良い結果が出ることに期待することにします。

スロープカーで行く岐阜県博物館

岐阜県博物館

岐阜県関市小屋名1989(岐阜県百年公園内)

マイミュージアムギャラリー | 岐阜県博物館ウェブサイト (gifu-kenpaku.jp)


岐阜県百年公園正面

博物館まで300メートル

博物館入口

スロープカー乗り場

らくらく号

車内


無人で登っていきます

博物館が見えてきました

到着です

博物館に到着です

玄関

展示ホール入口









岐阜城です

昨日の写真です。

 当初の予定では、岐阜県博物館のある関市から各務原市へ移動して、うぬまの森から桐谷坂トレッキングで、明王山見晴台から各務原自然遺産の森まで歩こうとしていましたが、激しい雨と肩から腕の痛みにより博物館だけになりました。

 追突事故により右手手のひらのシビレと指の痛みのため、文字制限しています。写真をお楽しみください。
                              5月2日の一言

よしこおばあちゃんの五平餅 岐阜県揖斐川町

五平餅とみたらし団子 さんさん谷汲

道の駅 さんさん谷汲

駐車場

散りゆく桜

谷汲緑地公園

売店

売店の店先に

よしこばあちゃんの五平餅

メニュー

抹茶のソフトクリーム 300円

日曜日の写真です。           本当に美味しい

 昨年8月から五平餅を名物とする愛知県の東三河地域の道の駅と、岐阜県から木曽路方面の名のある五平餅を食べ歩いており、西濃地区で五平餅を食べようとは考えていませんでしたが、さんさん谷汲の「よしこおばあちゃん」の屋号にひかれて口にしていました。

 五平餅とみたらし団子は私の大好物のため、屋号に関係なく旅先で見かければ必ず食べてきましたが、五平餅を注文を受けてから真剣に1本1本焼いているお店は美味しく、大量に作り置きされた団子や五平餅はお薦めができませんね。

 さんさん谷汲のお薦めは、抹茶味のソフトクリームで、お茶の産地である揖斐地方だけに口にした瞬間お茶の香りと味に魅了されます。

昨年の8月からの五平餅と団子関連記事

 昨年8月から五平餅を食べ歩き、それぞれの評価も身勝手にしてきましたが、上に添付したブログ記事をよんでいただければ幸いです。
 そして何よりも団子の味だけでなく、食べるための環境も重要で、さんさん谷汲の「よしこおばあちゃん」の店先にはゆっくり座って食べられるベンチが置かれていました。 

                            4月12日の一言

池田町にある女流歌人伊勢大輔の歌碑

伊勢大輔の石碑

 

道の駅池田温泉

昨日の写真です

昨日の車中ランチ

 

    寝覚めの里  風の音に 

 おどろかされて 我妹子か

   ねざめの里 夜うつらん     伊勢大輔

 

 寝覚の里は遠く平安の昔から京の都人に知られ、伊勢大輔、冷泉為尹など歌人のお歌も多い。十四世紀後光厳天皇はこの地に鳳輦を駐めて、鶯の音に耳を傾けられたといわれている。             平成二十四年八月 高野川左岸より移す

 

後光厳天皇 (ごこうごんてんのう) (1338―1374)
南北朝時代の天皇(在位1352~71)。北朝第4代天皇
 
冷泉 為尹(れいぜい ためまさ) (1361-1417) 
南北朝時代から室町時代の公卿(くぎょう)歌人。
 
伊勢大輔(いせのたいふ。990年~1070年頃)
  祖父は49番・大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)、父は正三位神祇伯・大中臣輔親(おおなかとみのすけちか)で、代々歌詠みの家系として知られていました。父が伊勢神宮の祭主、神祇大副(じんぎのたいふ:大輔)の職にあったところから伊勢大輔と呼ばれました。美貌の人で、上東門院彰子が中宮として敦成親王を生んだ50日目の祝宴には、選びぬかれた若女房の一人として配膳に奉仕しています。
57番・紫式部とともに、2年後に出仕した56番・和泉式部とも親しい間柄でした。名高い歌人として認め合っていた2人は、初対面の夜、寝ずに語り明かしたと伝えられています。彰子が開いた「上東門院菊合(じょうとうもんいんきくあわせ)」など、多くの歌合で高い評価を得ました。自分で歌合を主催したこともあり、多くの歌人と交友しています。

勅撰集に51首も選ばれ、中古三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人です。

後年は、白河天皇の育児の任にあたったようです。夫は中宮定子のいとこ・高階成順(たかしなのなりのぶ)で、2男3女に恵まれました。「古本説話集」によると、成順は「いみじうやさしかりける人」だと記されています。誠実で人々からの信頼も深かった夫と、幸せな結婚生活を送りつつ、出産後も仕事を続けました。康資王母(やすすけおうのはは)など3人の娘はいずれもが勅撰歌人となっています。やがて夫が出家し、大輔自身も夫の一周忌の頃(1060年以後)に出家して山里に移り住みました。老いてもその才気は衰えず、70歳(または80歳)という高齢で亡くなったようです


 岐阜県池田町の道の駅「池田温泉」の駐車場にある石碑ですが、伊勢大輔の名前から男性と思っていると女性歌人で、寝覚めの里や高野川と記されているため、当地に関係する人物かと思ってしまいますが、京都や愛知県など記された環境が良く判りません。
 
 一般的に寝覚めの里と言うと、長野県上松宿にある「寝覚ノ床」が有名なため、長野県のように思われてしまいますが、日本武尊が干潟に打ち寄せてくる波音で寝覚めたという伝承で、愛知県の熱田神宮やその周辺が候補地になっています。
 
江戸時代の旅行案内書『東海道名所図会』には、寝覚めの里については熱田の宮駅、浜の鳥居の東と記される一方で、美濃地方との説もあると記されています。
 
 伊勢大輔の歌では波の音ではなく、風の音が歌われており、いかにも岐阜県池田町のような感じもしますが、歌碑が京都の高野川にあったのか、歌を記した石が高野川にあったものか由来が理解できませんが、せっかくの歌碑だけに解りやすい説明が欲しいですね。
 
 さて、道の駅池田温泉については、日本中を旅して2年前に池田温泉で一緒に車中泊した上高地のボランティア仲間の「流山のおっさん」から、泉質は日本一と言われたことがあり、その後何度も訪れていますが、大垣市から池田町にかけては魅力ある観光資源が複数眠っています。
 
令和1年12月15日、16日
 
2021-05-30 
 
                            4月11日の一言

岐阜県池田町で霞間ヶ渓の芝桜を鑑賞して

霞間ケ渓の芝桜 岐阜県池田町


道の駅 池田温泉


霞渓寺の鐘楼


霞渓寺

岐阜方面の遠景

霞間ケ渓花畑

岐阜方面

芝桜


小寺展望台の桜

いび茶の茶畑

道標

禅蔵寺

石段

本堂



道の駅 さんさん谷汲

 

谷汲緑地公園

抹茶味のソフトクリームは最高です

道の駅 織部の里もとす

地元産のお茶

本日の写真です。             アフタヌーン珈琲

 午前中に自宅を出発しましたが、岐阜県池田町にある霞間ケ渓の芝桜を鑑賞後に池田温泉で入浴した後の冷えたビールを目標にしていたものの、揖斐川沿いの山々にはまだ桜の花が残されており、谷汲方面まで車を走らせました。

 芝桜の開花はこれからでしたが、眩しい光に新緑が輝き、開花を終えた桜の新芽の緑と一部に残る桜のピンク色が混ざり、山腹に残る桜を眺めていると時間の経過も忘れてしまいました。

 道の駅池田温泉でカセットガス沸かした湯で昼食と珈琲をとり、霞間ケ渓の芝桜を鑑賞後に道の駅さんさん谷汲へ移動し、五平餅とみたらし団子にソフトクリームを食し、最後の道の駅織部の里もとすで買い物後に自分で入れた珈琲を飲んでから自宅へ戻りました。

                               4月10日の一言

半年ぶりの高山市へ

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そろそろ紅葉の気配が

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柏木工の守護樹「柏」

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文化会館に貼られていたポスター

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美濃白川 道の駅温泉

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日帰り入浴ができます
美濃白川道の駅温泉 http://1126onsen.info/onsen/242

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新聞紙で放送された日本酒

 私の住む津島市に、かつては柏木工の営業所があり、現在も家具を製造して保管していた倉庫が残っているため、高齢になって運転ができなくなった管理者を乗せて、本社のある高山市まで走ることが定例になってきました。

 かつては上高地へ高山市経由で入っていましたが、最近は木曽路経由で松本側から入っているため、高山市そのものを訪れる機会も減っていることから、雨で何もできないので親しくしていた知人を訪ねたもののお2人とも不在でした。

 残念ですが、電話で年内の再会を約束して高山市を後にしました。

 
 本日の収穫は、国道41号沿いにある道の駅で新聞紙でつつまれた「蔵元の隠し酒」を手に入れたことです。

 美濃白川にある道の駅ピアチェーレには、日帰り入浴のてきる温泉施設があり、高速道路では通過してしまう地域の魅力と、添付した日本酒など、飛騨地方から美濃地方の特産品を見ながら走ってきたことは久々の発見もありました。

                                     9月20日の一言

 


廃線された名鉄谷汲駅を訪れて

                      昨日の写真です
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平成13年9月で廃線となった名鉄谷汲駅と展示されている電車

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7年前に廃止されたとは思えない駅舎

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今にも動きそうな電車

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懐かしい車輌です

 何度も訪れている谷汲ですが、西国巡礼が目的のため駅舎や鉄道車両の存在も昨日まで知らず、家路を急ぐ家内を制して車を停め、自由に出入りできるようになっていたため駅のホームから車輌を眺めました。

 私の父親は若い頃に名鉄電車の運転手をしており、管理職になってからは名鉄産業に勤務しドライブインやガソリンスタンドの所長から本社に勤務していましたが、退職する頃には名鉄沿線の西部地区の鉄道車輛の清掃や遊園地の駐車場などの責任者になっており、岐阜や犬山方面には日常的に出向いていました。

 父親が親しくしていた運転手仲間が初めて駅長になったのが谷汲駅に近い黒野駅で、父親の最後の勤務地も岐阜駅に近かったため、私には生前の父親たちが現役で働いていた当時の電車に会えたような懐かしい感覚を覚えました。

廃止が迫った頃の谷汲線 1 http://tsushima-keibendo.a.la9.jp/tanigumi/tanigumi-F1.html
         津島軽便堂写真館さんのアドレスを添付しました。ご覧ください。

 駅のホームと電車を見る限り、現役としか思えないものの、駅舎から離れるとレールは片づけられており、自力では戻っていけない車輛から哀愁を感ずるとともに、平成13年10月から当地域の人々の足が無くなった現実の厳しさも実感させられます。

 我が家には昭和20年代の名鉄車両や駅舎から、パノラマカーが誕生する頃まで運転手をしていた父親の残した写真が多く残されていましたが、無関心であったため母親が処分してしまったようで、添付した谷汲駅のホームページからも懐かしい名鉄電車を見て若かりし頃の父親を思い出す1日ともなりました。

 本日は午前中は市役所に出向いていましたが、明日から2日間は上高地のボランティアに参加し、日曜日は名鉄須ケ口駅から津島市の津島神社まで仲間と歩くことになっています。

                                     5月24日の一言


道の駅明宝と善兵衛桜


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満開の善兵衛桜(エドヒガン)  岐阜県郡上市明宝

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麿墨の里公園   道の駅 明宝

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名馬 麿墨(スルスミ)の像

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花桃も咲きかけました

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最高の気分に 撮影をお願いしました

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道の駅から歩いて5分
                       別世界に来たような感覚になりました

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見事な善兵衛桜へは10分

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山里が桜色に染まります

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見上げればまだまだ力強い樹形

 快晴に恵まれた本日の郡上市も、昨日と一昨日は雪が降ったとの話で、午前中は日差しがあっても肌寒く、午後になってもジャンバーが恋しい一日となりました。

「これ今日の朝に撮ったんだけど」
     「ウォーすごい、これは何ですか」
「善兵衛桜が満開になっているので行ってみたら」
     「どうやって行くんですか」

 道の駅明宝から歩いて10分の距離にあるのが善兵衛桜で、私がお気に入りとしている道の駅の団子屋さんのご主人のスマホに納められた桜に感動です。

「画像を送ってもらえませんか」
     「残念だけどやれないからやってくれる」
「私はスマホどころかこれ(携帯電話)ですから」
     「歩いてもスグだけど」

 車なら尚早いとハンドルを切りましたが、駐車場が無く道も狭いため歩いた方が魅力があり、あまりにも見事な桜の樹形と山里に時間を忘れていました。

 これまで上高地の通過点でしかなかった郡上市ですが、桜だけでなくこれから花桃が開花し、対岸に絨毯のような芝桜が彩る環境は、時間を忘れてのんびりとしたい場所であることを再認識です。愛知県から高速利用で1時間半、一般道でも2時間半で楽々到着する余裕のドライブとなります。

 ここの五平餅やみたらし団子は私のお薦めです。家族の土産用に焼いてもらったみたらし団子は、5時間後の夜になってもモチモチでした。
 今から30年前に、セカンドハウスとして、この辺りの空き家や廃校を知人たちを誘って訪れていたことも懐かしい思い出となります。

                                    4月10日の一言

知人が送ってくれた花の便り


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木曽三川公園のチューリップ 岐阜県海津市

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4月15日まで開催

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チューリップと言えばオランダのイメージが

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多くの露店が出ていますね

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見事なチューリップです

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提供者です

 連日の緊急要請により、家内が名古屋の中村日赤まで会員さんを移送していったため、私も家内の代役のボランティアの朝となり、市役所の福祉課に提出する書類を提出して帰宅すると昼になっていました。

 午後1時に横井庄一記念館で新聞社の取材を受けるため名古屋市中川区にある記念館に走り、昨日に引き続いて夫人と在りし日の横井さんについて語り、記念館を長期にわたって継承するための展開を話す一日ともなりました。

 それにしてもわずかとは言え、血縁がつながって継続することは不思議で、娘と孫が横井家を継承することになるとは思ってもおらず、生前の横井さんも私の子供たちが可哀想だからと養子の話には否定的でした。

 私には4人も子供がありながら、未だに2人しか孫が居ない現実と、その貴重な1人の孫に我家の将来がかかっており、最後まで見届けることのできない世代交代の現実にも横井記念館の継承と重ね合わせる一日ともなりました。

                   本日の体重 72、3キロ
                                      4月5日の一言

知人が送ってくれた花便り


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岐阜県の養老公園から

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見事な桜です

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久しく行っていない場所です

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キャンプ場もあるようです

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由来書き

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導き地蔵前の知人

 本日は津島市立看護学校の入学式が行われましたが、年度が代わるだけでなく、小中学校や高校大学は新入生を迎え、満開の桜のようにフレッシュになる反面で、還暦を過ぎると年々老化が進んでいくためか年度代わりはため息が漏れていきます。

 余裕のないまま一日を消化してしまった私には有難い知人からのメールです。

 知人のメールには、「四国八十八ヶ所の巡礼修行祈念碑」とありましたが、私自身の認識不足によって詳しくは判りませんが、建立者と思われる「松永修岳」氏が庚申こうしん)昭和55年に四国八十八ヶ所を巡拝していた時に、地蔵菩薩が降臨され、養老の地に我が姿を建立せよと「導き地蔵」建立を教示されたようなことが石碑に記されています。

 私自身は平成13年から四国遍路を巡拝するようになりましたが、地蔵菩薩どころか一緒に同行されているはずの弘法大師の声どころか、夢の中でも一度も姿すら見えてこない現実に、松永氏の巡拝は興味が尽きません。

 外出する機会が多ければ多いほど健康長寿と言われていますが、毎日外出している知人はさぞ長生きできるのでしょうね。
 私も知人とも今年から年金受給者になりますが、仕事3割、ボランティア3割、残りを自由な時間にあてられたら理想で、四国と上高地と津島を3等分する生活が私の理想ですから、先行する知人の生活は羨ましくてなりません。

 さて、明日と明後日は横井庄一記念館の所用で記念館の一日となります。

               本日の体重 72、4キロ 徒歩数 2396歩
                                    4月3日の一言

美濃市で一番古い臨済宗の古刹で四国遍路を聞く

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洞雲山長蔵寺 美濃市上野961

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 臨済宗妙心寺派の寺で、今から660年前の1355年(正平10年)に創建された禅寺で、美濃市に現存する寺院では一番古いと紹介されています。

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大師堂

 日曜日に訪れた臨済宗妙心寺派の長蔵寺は、美濃市で一番古いと言われる寺院と言われていますが、禅宗でありながら真言宗のお寺よりも立派な大師堂が建立されており、2回目の訪問でしたが今回は堂内にあげていただいて参拝してきました。

 大師堂の前に建立された石柱に、愛知県一宮市の信者さんの名前が刻まれていましたが、ご住職の奥様の話では、一宮市の熱心な信者さんによって、四国遍路では伝説の信者となっている特任大先達水谷繁治さんを紹介され、交流する中でこのお寺からも多くのお遍路が四国を訪れるようになったとの話でした。

 水谷さんは、旧尾西市の人物で、病気で歩けない夫人の代参で何度も四国に参拝し、初めて夫人とともに参拝した神峯寺で参拝後の坂道を滑り落ちたものの、奇跡的に立ち上がれるようになったという伝説の先達さんです。

 水谷さんの存在から愛知県で「山水会」が組織され、毎年自宅で四国八十八ヶ所霊場の「お砂踏み法会」を行い、参拝者は数千人にもなったと記録されており、この流れが現在の愛知先達会に発展したと言われています。

 四国遍路や高野山など、真言宗は参拝する人々の宗派を問わず信者を受け入れていますが、美濃市で一番古い臨済宗の古刹が、多くの信者と共に四国八十八ヶ所を巡拝し、本堂内に多くの写真を掲示しておられることに感動する一日ともなりました。
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梅村茂一のアートな団扇100展

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美濃和紙の里会館

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 さて、美濃市を訪れた目的は、岐阜市のデザイナー梅村茂一さんの主宰された「梅村茂一のアートな団扇100展」を鑑賞するため、美濃和紙の里会館を訪れたものであり、日曜日に知人と3人で美濃市を訪れていました。

 もっとも、この日は、道の駅で手乗りインコ2羽と訪れていた仙人と出会い、このブログにも添付しており、一言には2日遅れとなってしまいました。

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 本日日本列島を通過した台風3号によって、私の住む愛知県西部も時折激しい雨に見舞われましたが、私の行く手を最近では珍しくなった霊柩車が走り続け、途中から私のジャンボタクシーが黒色であることから、まるで火葬場に向う遺族を乗せているような気分にさせられました。

 幸いにも台風は愛知県から逸れ、太平洋上を東に進んだため、被害は少なかったものの、激しい雨によって市内各地で道路が冠水する一日ともなりました。

               本日の体重  徒歩数 3556歩 間食あり
                                      7月4日の一言

佐藤由美 ピアノコンサート 岐阜県川辺町

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演奏前の会場風景とグランドピアノ

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えっ? ここが会場ですか…

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今度は蕎麦を食べに来たいものです

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休憩中のスナップ撮影

本日は岐阜県川辺町のそば処山法師で開催された「佐藤由美」ピアノコンサートに出かけました。

そば屋さんとピアノの組み合わせは意外な気がしますが、店主とともに各地を同行したグランドピアノで、偶然お客として立ち寄った由美さんと出会い、演奏させてもらったのが縁となり、コンサートを開催する話に盛り上がり本日の演奏会に至ったとの話です。


佐藤由美さんはピアノがあれば何処でも出かけて演奏する意欲を持っており、東日本大震災の被害にあった東北地方で演奏することもライブワークにしています。

街角のピアノコンサートは、音楽音痴の私でも参加ができます。


                                                     本日の体重 71、1キロ 徒歩数 635歩 間食あり
                                                  7月9日の一言

岐阜県の平田名物「くさもち」が届けられ

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 平田名物「くさもち」です。木曽川と長良川を渡って、岐阜県にある「お千代保稲荷」の近くで販売されている「くさもち」は天然よもぎ入りで、わざわざ愛知県から買いに走る人も多く、本日は家内が親族から貰ってきました。

 この「くさもち」は「お千代保稲荷」の近くにある海津市平田町の「かわしまや」で販売されており、添付した「くさもち」や饅頭、「みたらし団子」だけでなく、季節限定の銘菓も多く、4月上旬までの販売されている「さくら餅」や、5月の「ちまき」や「かしわ餅」も楽しみになります。

かわしまや   岐阜県海津市平田町三郷612 TEL.0584-66-2011

 この「くさもち」は1個ずつビニールに小分けされており、大量に購入して冷蔵庫で冷凍保存して、食べたい時に自然解凍して食べられ、私自身は「くさもち」以外は不勉強でしたが、添付したホームページで季節限定のお菓子を見ると、我々の住む尾張地方と同じく季節ごとに作られる饅頭が伝統そのままに販売されています。

 初夏限定の「いばら餅」は、田植えの頃から販売される小麦でできた野上り饅頭で、彼岸の入りから彼岸当日までの販売される「お彼岸団子」など、かつては私の住む地域でも当たり前に販売されていたお菓子が、いまでも変わらず販売されていることに驚きと感動です。
 津島市では新たな名物となるスィーツを全国公募していましたが、お彼岸や農作業など、季節にあわせて食していた伝統的なお菓子が忘れられているとしたら寂しい気持にさせられます。

 さて、明日から議会の代表質問から一般質問が続き、常任委員会開催の合い間に松本市に走り、叔父のお寺の永代経や地元で約束してある日程をこなしていくと4月半ばの四国遍路になっているのかもしれません。

             本日の体重 71、8キロ 徒歩数 2119歩 間食あり
                                      3月6日の一言

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