大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

御嶽山

ゴールデンウィークの車中泊 上高地と木曽路へ

沢渡足湯公園 第ニ駐車場
連休中はまだ桜が咲いていました。

さわんど温泉 梓湖畔の湯

4月28日夜から5月2日までの4日間は、上高地のパークボランティアのため沢渡足湯公園駐車場に停めた愛車と上高地をバスで往復し、夕方さわんど温泉梓湖畔の湯に通う生活でした。3日から5日は家族と合流して上高地から木曽路へ移動しました。

ちなみに、足湯公園駐車場の料金は1日700円、梓湖畔の湯の入湯料は730円で、今年から足湯公園にはフリーwi-fiが整備されており、無料の足湯は24時間開放されています。

アクティブブラザ「アルプスの郷」

5月2日の車中泊場所

3日朝 松本電鉄新島々駅


5月3日は愛知県から JR と松本電鉄を乗り継いでくる 家族と合流するため、車を新島々駅のパーク&ライド駐車場へ車を駐車し、新島々駅からバスで上高地へ入り ボランティア 終了後に戻って家族と合流しました。

3日はグレンパークさわんどで車中泊


家族で上高地へ

4日 新装された大正池公共トイレ

大正池です
河童橋と穂高連峰

上高地バスターミナル駐車場


過去にバスターミナル駐車場で車中泊をしたこともありましたが、上高地は標高1500メートル付近にあるため、下界より約10度ほど気温が低く、雪の残る連休中の車中泊は冬の装備が必要となります。もっとも、上高地 へはマイカーが入れないため、タクシーを愛車とする私だけの体験となります。

ちなみに、沢渡の標高は約500メートル低く(標高1010メートルと)なります。

4日 オートレスト木曽路 塩尻市

オートレスト建物正面に駐車しました

電気の充電スタンド

隣のラーメン屋 萬年家

隣のコンビニ ローソン

マッサージ器

コインランドリーとシャワー

自販機 コークオンも

ラーメン屋への通路

コンビニへの通路

オープンスペース

4日の朝食タイム

まさに建物に横付けです

ドライバーへの案内

広大な駐車場です

ゴールデンウイークの写真です。

 サービスエリアや道の駅の駐車場で車中泊をすることの是非がネット上でも話題になりますが、松本市から愛知県までの木曽路では唯一仮眠だけでなく 車中泊 大歓迎の施設がオートレスト木曽路です。

建物内は深夜でも明々としており、コインランドリーとシャワーだけでなく、マッサージ器や自販機も置いてあり、明るいロビーで夕食や朝食が食べられるばかりか、外に出なくても通路のあるコンビニで冷えたビールを買ってくることもできます。

こもれびの滝

霊峰 御嶽山

 私の連休最後となる5日は、御嶽山へ参拝するだけでなく 5ヶ所の滝巡りを家族で楽しんできました。

先週金曜日と土曜日に訪れた木曽路の車中泊です

道の駅きそむら 3月10日

木曽路で一番Wi-Fi境環境の良い道の駅です

これで十分眠れました

道の駅賤母

道の駅大桑 午後6時08分 

オートレスト木曽路 

午後7時51分に到着です

ラーメン萬年家 

 夜10時まで営業 月曜日定休日

 ここで車中泊です

駐車中の大型トラック 

 24時間営業のコンビニ

休憩所のマッサージ機 

コインランドリー とシャワー室

 コンビニへの通用口

24時間解放されるロビー


翌日11日(土曜日)

 朝の駐車場

 ここで車中泊しました

7時23分出発です 

国宝松本城 

太鼓門  午後3時09分


 中山道洗馬宿 午後5時1分

JR中央本線洗馬駅 

中山道と善光寺道の分岐点

旧中山道 

道の駅きそむら 

 午後5時55分到着です

 朝の駐車場


道の駅日義木曽駒高原

木曽町三岳 午後9時01分

 霊峰御嶽山

道の駅三岳 午前11時43分 

中山道上松宿 

寝覚の床入口 

道の駅大桑  米っ子大桑

道の駅大桑 みちくさ 

 道の駅大桑 午前12時48分
先週末の写真です。

先週金曜日の夜は(中山道)国道19号線塩尻市にあるオートレスト木曽路を車中泊の場所としました。

ここは24時間営業のコンビニローソンと深夜まで営業しているラーメン店が併設されており、24時間解放されたロビーにはコインランドリーやコインシャワーが存在し、ロビーにはゲーム機やマッサージ機まで設置されています。

木曽路に存在する道の駅は、木祖村にある道の駅きそむら以外は wi-fi 環境が非常に悪く、車中からネット発信するためには大きなストレスとなりますが、オートレスト木曽路はロビーが24時間開放されているため明るい室内で発信が可能となります。

私の個人的な感想となりますが、名古屋から松本まで移動する中で、明るく安心して車中泊できる場所ではここが一番の環境ではないかと思われます。難点は大型トラックが一晩中出すエンジン音で駐車する場所の工夫が必要です。

帰路となる翌日土曜日は、wi-fi 環境の良い道の駅きそむらを車中泊の場所としました。

今時とは思いますが、 wi-fi そのものが存在しない道の駅もあり、電波の感度が低い道の駅では発信中に wi-fi が切れて、スマホ本体のアプリのデータ使用が増大しているケースが度々あります。

これからは気候的にも温かくなるため、車中泊の環境にはありがたいシーズンとなります。

雪と氷に閉ざされた御嶽山の滝めぐりへ

 三岳黒沢口から見る御嶽山

 日の出滝旅館と御嶽山

 日の出滝入口

 日の出滝

 田中旅館

大祓滝霊神場

鳥居の上に滝が見えます

 滝の入口

案内の石碑

大祓の滝

 修行者たちの滝行

田中旅館の隣にある弘法堂には毎月訪れているものの、そもそもが霊神場へ参拝する信者すらほとんど出会わない静寂な場所に、大きく響く甲高い声に導かれて声のする方向へ行くと、鳥居の奥にある大祓の滝に4人の行者が入れ替わり滝行を行っていました。

しばらく立ち止まって手を合わせていましたが、行者の発する般若心経の声に圧倒され、同じ般若心経でも仏式とは違う神教の迫力と、周りに残る残雪と水も凍りそうな極寒から響く甲高い大声に冷やかしではおれない雰囲気から滝を後にしました。

 4合目付近から見える御嶽山

松尾滝の鳥居 

 滝入り口の案内板

急な石段を登ります 

 さらに登ります

 行く手を阻む巨岩の落石

 そのむこうには凍った滝が

 氷瀑(ひょうばく)

 百間滝入口駐車場

 冬季はここで通行止めになっています。

 凍結した雪道をひたすら登っていきます

 周りは雪だらけ

 やっと到着です

 こもれびの滝

 ちょっと一服

 案内板

道標 

 百間滝は断念です

行く気満々で登ってきましたが、百間滝まで歩いて4,2キロ2時間30分とありますが、ここまで凍結した雪道を登ってきたことすら限界にあり、ましてや7,2キロあるロープウェイまでは歩けないため、150メートル先にある不易の滝を目指しました。

 百間滝やロープウェイへの道

魅力あるせせらぎ 

 不易の滝入口

 やっと到着です

 迫力ある滝です

 岩から染み出しています

 ここにも休憩所がありました

帰り道です 

 凍結した行き道は歩けません

 そして落石です


数年前から上高地の帰り道に毎月訪れている御嶽山ですが、観光目的ではなく霊神場と弘法堂への参拝に訪れており、これまでも観光目的で訪れたことはありませんが、日の出滝と大祓の滝、松尾の滝も霊神の石碑と鳥居の奥に存在することから、偶然でも行者の滝行に出くわすことになりました。


そんな感覚で中で訪れたこもれびの滝と不易の滝は、完全なる自然環境下にあり、休憩できるベンチや道標も設置されており、雪のない冬季以外ならそのまま歩いて百間滝まで散策できる魅力ある登山道になっていました。


ちなみに、私は子供の頃から祖父が先達だたため、御嶽山での石や植物を持ち帰ったり、虫すら捕獲することを厳しく禁止されており、参拝以外の御嶽山登山は考えたこともありませんが、信者の夏山登山だけでなく、観光客も激減しているものの心の静養のための登山は効果的な環境が整っていると思います。


一方で、霊神場の霊神碑や石柱が地震によって倒れたり傾いたままになっており、このまま放置しておくと益々参拝者が減り、霊峰とか霊山と呼ばれた御嶽山のイメージを低下させてしまうことは心配です。


毎月訪れている田中旅館に隣接する弘法堂にしても、屋根が朽ち欠けており、雨水によって堂内もカビや汚れが激しく、堂内に入るのも怖い環境にあり、その連絡先すら記されておらず、四国遍路のようにお遍路やボランティアによって遍路道や参拝する環境が維持されている気配すら感じられません。


こんな怖くなるような現状を、見事な自然環境にある滝めぐりなどを宣伝し、信者だけでなく観光客も手を合わせて参拝できる参拝環境へ改善していきたいものです。


雪に閉ざされた御嶽山の滝を廻って

霊峰 御嶽山

道の駅きそむら 木祖町

木曽駒ケ岳 道の駅日義木曽駒高原

御嶽神社里宮 

三合目付近から見る御嶽山

日の出滝

日の出滝旅館と御嶽山

田中旅館

大祓滝

滝行中

田中石材店から見える御嶽山

松尾滝 四合目

氷瀑(ひょうばく)

四合目駐車場 冬季閉鎖中


こもれびの滝

せせらぎ

百間滝への道標

不易の滝への道標

不易の滝

下山中

下山中

落石

御嶽ロープウェイと開田高原への分岐点

木曽駒ケ岳

乗鞍岳

道の駅三岳

王滝川

木曽駒ケ岳

上松宿 昼食

道の駅大桑

大桑から見える木曽駒ケ岳


本日は道の駅きそむらで目覚めましたが、御嶽山の霊神場へ参拝後に馬篭宿か妻籠宿の五平餅を食べてから自宅へ帰ろうかと考えていました。


御嶽山の霊神場は毎月の行事にしており、道の駅日義木曽駒高原から御嶽神社の里宮から霊神場に参拝し、最後の弘法堂に参拝して車に戻ろうとしていると、遠方から大声の叫び声が聞こえ、辺りを見渡すと大祓の滝からの発声と思われたためため訪れました。


御岳教の信者が激減している中にあっても、参拝する信者は真剣な先達や行者が多く、雪が残り凍りつく御嶽山の極寒の滝に4人の行者が大祓の滝に入り、大声で般若心経を唱えて止むことなく読経は続きます。


そんな訳で、黒沢口にある滝巡りとしましたが…


ガッ、コーン カタカタカタ…


落石です。人間の頭くらいの石が落ちたようですが、これまで経験したことの無い迫力に、まるで大砲が打ち込まれたようなどうすることもできない自然の脅威を実感されられた中を、積雪と凍結した登山道を登って「こもれびの滝」と「不易の滝」までたどり着いたものの、下山は滑って降りられないため、四つんばいとなって足から後ろへ下ってきました。雪の装備も無く登る危険を実感させられました。


その滝めぐりの顛末は後日に添付します。


まだまだ現役の杖コレクション

本日午後6時12分 我家まで200メートル


四国遍路と御嶽山(右2本)の金剛杖

左が別格二十霊場 右が四国八十八か所の杖

右が愛用の金剛杖です

御嶽山の金剛杖

私の初登頂時の杖 昭和36年8歳の時

本日訪れた一宮市の知人が、「杖が無いと歩けなくなった」との一言だけでなく、肩を貸そうかと口にでるようなぎこちない歩きに、数年後の自分を見るような気持ちにさせられ、実際に年長者の車に乗せてもらっていた姿にびっくりさせられました。

今にして思うと、昨年罹患した膠原病の関節リウマチを予感していたかのように、我家には多くの杖を集めており、帰宅後に置かれていた杖を集めてみました。

もっとも、歩行が困難となった時を想定して集めた杖ではなく、四国八十八ヶ所霊場会と別格二十霊場会から頂いた杖は、公認先達になった際に授けられた金剛杖で、御嶽山の金剛杖も参拝のため御嶽山山頂に登頂した時のものです。

御嶽山の金剛杖に押された焼印によれば、私が初めて御嶽山山頂に登頂したのは昭和36年の8歳の時で、新しい金剛杖は昭和52年8月の焼印が押されており、家内が初めて御嶽山へ登頂した時の杖でした。

一年に一度の御嶽山登頂ですが、小学校2年生の時から中学校3年生まで8年間使っていた金剛杖は、新しい杖よりも3センチほど短くなっており、並べてみると随分と見た目も違います。3本目の御嶽山の焼印は、平成14年に押されており、家族だけでなく知人も一緒だった登山で、杖は木曽川の川原で拾ってきた流木です。

さて、アカザという草でできた杖は、名古屋の叔父が私と家内に持参した杖ですが、草とは思えない硬さで、しかも超軽量のため、同じく軽い奈良井の宿で購入した檜の杖と、我家のアキニレの杖とともに10年後に利用したいと思います。

とにかく、現在はまだまだ元気なため、四国遍路や御嶽山にどんどん活用して、コレクションと言われないように使用していきたいと思います。

父親の遺品 特注のピッケル

父親が鍛冶屋さんに特注したピッケルです


今でも使えますが…


大鹿の大が刻んであります




富士山と御嶽山の焼印が残ります

かなり錆びついています


錆を削りました



私の父親が若い時に鍛冶屋さんに依頼して作ったピッケルですが、父親が他界した平成5年過ぎに綺麗に磨いて真っ白のペンキを塗ったものの、その後倉庫に放置していたため、本日手に取ると錆びだらけになっていました。

父親は私が生まれる前に富士山へ登頂するため作った物で、義父(母親の父)が御嶽山の先達だったことから毎年持参していた思い出のピッケルとなり、私も父親が他界後に御嶽山の山頂まで持って行ったことがありましたが、雷が鳴り響く荒天のためピッケルを投げながら下山した懐かしい思い出があります。

錆びているだけでなく、見た目も良いとは言えませんが、現代社会のように登山用品が簡単に入手できる時代のピッケルとは違い、近所の鍛冶屋さんに依頼して作ってもらった父親の遺品で、戦後間もない頃では自慢のピッケルだったと思います。

そして、何よりも錆びついても現役で使用できることに、戦後間もない頃の農機具を作る鍛冶屋さんの物づくりの職人の腕にも驚かされます。

私自身が歳を重ねてピッケルを必要とする登山とは無縁となっており、せっかくなので近所のウォーキングにでも使用しようかと考えていたところ、家族から「そんな物を持って歩いたら警察に捕まる」と心配するものの、これぐらいの物を持って歩かないと危険な世の中になっている現代社会を実感です。

御嶽山の霊神の降霊神事に参加して

本日訪れた中村日赤

本日の一枚です。

ここからは日曜日の写真です。

御嶽山 午前6時46分 木曽町三岳

雪と凍結した道路

霊神場前に到着です

日の出滝旅館 長野県木曽町三岳屋敷野

祖父の石碑(手前)です

濃い霧のため弘法堂が見えません


御嶽山黒沢口(4合目)にある日の出の滝横にある明栄講(御嶽本教明栄分詞殿)霊神場に奉られている、御嶽山を開山した覚明霊神と講祖覚礼霊神に参拝した後、私の祖父の石碑や知人の碑に参拝してから隣にある「明栄講ろ組」の霊神場を訪れて、我家の分家や知人の石碑に参拝して、更に場所を移動して、真言密教の弘法堂に手を合わせるのを毎月の行事としてきました。

となりの「ろ組」の霊神場を訪れると…

護摩祈願へお誘いを受けました

組み上げられた護摩木に火が入ります

祈願の護摩木と木札が焚き上げられていきます

煙が立ち上ります

祝詞が唱えられます

次々と先達さんたちが祈願します


護摩祈願に参加した後、私は田中旅館の横に建つ「弘法堂」に移動し、真言宗の開祖弘法大師像に読経し、安置されている不動明王像や延命地蔵へ真言を唱えるのも御嶽山の日課にしています。この時の時間は午前8時42分。

田中旅館看板横にある弘法堂

田中旅館から見える御嶽山山頂


毎月御嶽山に参拝する習慣は、上高地のボランティアから帰る帰路に立ち寄り、今年5才になった孫の誕生を祈願して願が叶った御礼に毎月訪れるようになりましたが、上高地を午後に離れて沢渡から薮原経由で到着するのは夕方か薄暗くなります。

朝7時から訪れる御嶽山は新鮮でした。

そして、再び「ろ組」の霊神場へ…

明栄講ろ組 霊神場入り口

神事の準備中

神事が始まります

講祖像の前に教会長が座ります

2人が対座しています

降霊が行われています

講祖の霊が降りてきました

ここから先の様子は写真には撮れません。


私の祖父は昭和46年に亡くなりましたが、亡くなるまで毎月御嶽教の先達や信者が祖父宅の神前に集まり、その中では亡くなった霊神の霊を降ろす前座と、霊が憑依して降りてくる中座(憑座)の2人により亡くなった霊神の霊を降ろして教えを聞いたり、助言を受けたりしていました。

当時高校生になっていた私はこの降霊術が信じられず、非科学的なインチキとしか思えませんでしたが、50年ぶりに目の前で行われた降霊術に、今でこそ祖父を知らない先達さんによって祖父の霊を降ろしてもらい声を聞きたいと思います。

明栄講霊神場 午前10時01分

講祖の銅像前

陽がまぶしい快晴に

祖父の石碑です

明栄講の新しい霊場


毎月訪れている御嶽山の霊神場ですが、となりの「ろ組」の先達さん達とは過去に2回ほど出会って挨拶していたことから、護摩祈願と講祖前の神事へお誘いを受けて参加させていただけましたが、詳細をブログに添付したいものの、霊を降ろす神事(降霊術)や神事を写真に収めるのはさすがに無礼と言うより罰当たりと思いながらのギリギリの添付です。

日曜日に立ち寄った御嶽山黒沢口の里宮

本日午後5時26分の写真です。

日曜日午前6時46分の御嶽山
西野川

ほんしゃ橋

日野製薬里宮店 長野県木曽町三岳

御岳神社 社務所 木曽町三岳3793

鳥居

石段

本殿

本殿横の御嶽古道入り口 2合目付近

本殿境内から見る石段

降りてきました

元の道路と橋の遺構

その橋の右側の石段

平和観音

木曽御嶽本教の建物

太陽の丘公園 お祭り広場

日曜日午前10時21分の御嶽山


2日前の日曜日の話となりますが、御嶽山黒沢口4合目の日の出滝に隣接する明栄講霊神場へ午前7時に手を合わせたいと車を走らせると、目的地を目前にして道路は完全なる凍結状態で、まだ薄暗い道路を確認しようと車を降りると靴が滑って一歩も歩けない状態でした。

一瞬にして御嶽山は観光地ではなく多くの霊神の碑が居並ぶ霊山であることと、自分の都合だけでまだ陽も昇らぬ凍結した道路を進む私自身への神様と祖父(道成霊神)の戒めかもしれないと閃き、御嶽山の入り口となる里宮にも参拝していない無礼な自分への警鐘と頭に閃光が突き刺さったように感じました。

そんな訳で一度通った道路を戻って里宮の御嶽神社の社務所前に車を停めました。

そしてこれで今日の御嶽山も終わりかもしれないと思い、これまで急ぎ足で参拝を終えていた神社周辺を眺めると、社務所の裏側に石段があり観音像があるのを見つけましたが、観音像や祠に気がつく人は居ないと思われます。

西野川にかかる大社橋を渡ると、かつては現在の道路の北側に橋があった遺稿が残っていることが判り、私が初めて御嶽山へ訪れた際には通っていたことと、神社の本殿横から進む御嶽古道をかつては先達について歩いていたことも偲ばれてきました。

さて、御嶽山の頂上にある奥社は宝亀5年(774)に勅命を受けた信濃国司によって山頂に祈願したのが始まりと言われていますが、里宮となるこの御嶽神社も奥社と里社若宮とともに三社を以って御嶽神社と称されており、古い歴史を考えるとあまりにも疎かにしていたことが判ります。

かつては、御嶽山に参拝する人は限定され、しかも登拝する祭には「百日間精進潔斎」という厳しい修業をしていたことを考えると、観光やスキーで訪れる車と一緒になって自由に参拝できる現代社会の甘さも実感させられます。

私の祖父が大祭を前にして真冬に百日間も冷たい水を被って修業していた御嶽山の先達の厳しさを、何の修業もしないまま数回巡拝すれば先達となる四国や西国巡礼の甘さも、同じ先達という言葉は一緒でも全く次元の違う信仰の奥深さも思い知らされます。

そんな想いをめぐらせていると、鉛色で包まれていた御嶽山の霧が晴れて、わずかでも山頂の姿が拝めるようになり、輝くような陽射しによって立つことも出来なかった道路の凍結が溶け出し、神様の登拝の許しが出てきたように(身勝手に)悟り、再度霊神場を目指しました。

そして、到着後は濃い霧に包まれていた霊神場にも陽が射し、講祖覚明霊神や諸霊神に参拝していると、祖父の霊神場の隣にある「明栄講ろ組」の霊神場で、寒山登山の神事を準備中の教会長や先達さんから一緒に護摩行や神事に参加しないかとお誘いを受けました。

昭和46年に他界した祖父が生前中に行っていたお勤めや修業の回顧となる参拝となりました。護摩の焚き上げや神事は明日書き記します。

凍結した御嶽山を行ったり来たりの一日に

本日午前6時46分の御嶽山

道の駅日義木曽駒高原 午前5時43分

今日のスタート

道の駅三岳 6時28分

完全なる道路の凍結です

どんどん進みますが…

黒い部分はツルツルの完全凍結です


四国遍路は納経所の朱印が朝7時に始まるため、お遍路の感覚として7時には参拝しようと道の駅日義木曽駒高原を5時45分に出発し、6時半に道の駅三岳でトイレや洗顔を済ませて日の出の滝にある御嶽山明栄講の霊神場を目指しましたが、道路は完全に凍結しており、車を降りると滑って一歩も歩けない状態です。

「出直せ」の言葉が一瞬脳裏に浮かびました。参拝にこだわって車が道から落ちたり、転んでケガでもしたら罰当たり者です。

午前6時51分 ここから引き返します

7時09分 ふもとの御岳神社まで戻ってきました

御嶽神社 里宮

御嶽神社 社務所

太陽の丘公園 7時40分


里宮で御嶽神社に参拝し、道路の反対側にある平和観音や祠に手を合わせてから、最後の御嶽山との別れを惜しんでいると、山頂方面のガスが晴れて青空が見えてきました。

今にして思うと、危険と隣り合わせの道路を進んだことと、里宮に参拝しないまま霊神場に進むことを神様と霊神(祖父)によって戒められたのかも知れず、厳冬期の御嶽山参拝は太陽が昇ってから登ることは先人の教えかもしれません。

途中で山頂が頭を出しました

日の出滝前 日の出旅館 8時05分

よく頑張りました

一番手前が道成霊神(祖父)の碑

霧に包まれた霊神場

田中旅館と弘法堂 8時52分

道路の先に御嶽山が見えます

田中旅館から見る御嶽山山頂

太陽に照らされた霊神場

太陽が射し霧も晴れました

午前10時25分の御嶽山
山頂の噴煙も見えます

さて、霊神場で明栄講の講祖覚明霊神から祖父や恩人の石碑に般若心経を唱え、となりの「明栄講ろ組」にある我家の分家や知人の霊神碑へ参拝に訪れると、ろ組の教会長や先達さんが寒山登山の神事を始める準備をしておられ、護摩の焚き上げとお勤めに誘われました。



明栄講ろ組の開祖「徳開霊神」は私の住む津島市のとなりにある七宝町の先達で、本日出会った方々は七宝町の霊神ゆかりの人たちで、昨年にも出会って挨拶していたこともあり、一緒に護摩の焚き上げに参加させてもらい、弘法堂参拝後に再度訪れて神事に参加させていただきました。

こんな出会いを考えると、早朝の引き返した参拝は御嶽様のお導きとしか思えず、毎月訪れている御嶽山と郷里の人々とのご縁に感謝する参拝ともなりました。

感激の詳細は明日以降の後日書き記します。

帰路

木曽駒ケ岳

三岳村から見る乗鞍岳

寝覚ノ床 上松宿

食事の中村 午前10時57分

店頭

店内

今日はかけ蕎麦を

木曽路で一番の五平餅

本日は自宅へお土産に

上松から見える木曽駒ケ岳

本日の写真です。

昨年と一昨年に愛知県と岐阜県や木曽路の五平餅を食べ歩き、その中で一番の味と評価している上松宿の中村さんですが、毎月上高地の行き帰りに通っているものの、行きは夜か早朝で、帰りは閉店後の夕方か夜のため、久しぶりの来店となりました。ご店主と世間話をしながらゆっくりできる居場所は味とともに貴重な存在です。

昨日から松本まで往復の走行距離450キロをガソリン22リットルの給油は驚きで、愛車キャラバンでは50リットル以上給油していることを考えると、軽自動車を利用すれば上高地も昨年の2倍は行ける勘定となり、車中泊の予定は無かったものの、幸いにして暖かかったこともあり、通常に積んでいる寝袋だけで温かい車中泊となりました。

昨日の一言です
上高地パークボランティアの定例会へ | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)


上高地から松本の古刹と御嶽山へ

 昨日の河童橋

 昨日の明神橋と明神岳

 上高地バスターミナル

 さわんど梓湖畔の湯と愛車

昨日は上高地から沢渡で入浴後に松本市の道の駅今井恵みの里へ移動し車中泊の場所としました。

 道の駅今井恵みの里

 特産品売り場

りんご売り場

 そば打ち風景

出店の 準備中

えがしら堂 

愛知県のナベちゃん の店

和菓子と餅の商品 


 「何時から始めるの」

   「開店は8時からです」

「そおー、それじゃあ」

   「あれー!! アッ、アッー!!」


名古屋市の団子屋さん「えがしら堂」のナベちゃんは、一年前に今井の里で出会い、今年3月に愛知県あま市のビアゴに出店している時に訪ねました。


半年ぶりの再会にナベちゃんは目をまん丸にして大声を出して驚いてくれました。


2022-03-05 

大治ピアゴ店に出店中のえがしら堂へ | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)


私の団子好きもありますが、同じ愛知県の同郷人が長野県で頑張っている姿は嬉しいものです。


 駐車場 
 これからも真面目な団子屋ナベちゃんを追っかけていきます。
ここで今井恵みの里から移動です。

牛伏寺入口 

山門と大銀杏

 本堂

 連岳橋駐車場

 重要文化財 牛伏川階段工

牛伏寺砂防ダム

道の駅三岳 

 カップ麺のランチ


木曽町にある道の駅三岳で売られているお弁当は美味しいのでここのお弁当で昼食と考えていましたが全てが売り切れていました。

そんなわけでカップ麺のランチとなりました。

 御嶽山霊神場

 日の出旅館と愛車

 霊神場のせせらぎ

 弘法堂

毎月訪れる御嶽山の霊神場ですが、本日は多くの御嶽教信者の人達とお会いすることができました。

木曽路の紅葉 

 道の駅賤母

風情のある道の駅です 

お手水 

 山野草売り場

 売店

 行列ができています

 五平餅 一本110円

東山魁夷の作品

 心の旅路館

 よく走りました
本日の写真です。

当初は上高地で二日間滞在する予定でしたが、宿泊できる宿が満杯の為、本日は昨晩に車中泊の場所とした松本市の今井恵みの里から松本市の古刹へ参拝し、木曽路から御嶽山へ参拝後に愛知県へ帰りました。

8月オープンの御嶽山ビジターセンターへ

イメージ 2 クリックしてご覧ください

釜トンネルから松本方面へ 


昨日午後から上高地釜トンネルを抜けて、奈良井ダムから藪原経由で木曽路へ入り、国道19号の木曽町木曽福島から道の駅三岳へ立ち寄りました。


木曽町 道の駅三岳 

みたけグルメ工房 

御嶽山 ビジターセンター


8月にオープンしたばかりの御嶽山信仰の歴史と、平成27年に噴火した火山の歴史など御嶽山の歴史を展示した新しい施設です。


 さとテラス三岳入口

 展示ホールへの入り口

名古屋大学の看板 

展示ホール 

御嶽山信者の白衣姿 

 覚明行者

普寛行者 

 信仰の歴史


 かつては、白衣姿の御嶽山信仰の行者や信者で山頂まで登山の列が続いた参拝風景は今や見る影もありません。

四国遍路や西国巡礼だけでなく、熊野古道や修験道など信者の姿が絶えない現状と比較すると、何故に御嶽山から白衣姿の信者が消えてしまったのか真剣に考えてみたいものですね。

太古の 御嶽山

 視聴覚ホール

 平成 令和の噴火
平成26年9月 噴火直前の頂上

 噴火直後

 噴火直後

噴火直後の山頂社務所 

 噴火鎮静後の社務所石段

 現在の防災状況

 くつろぎのスペース

 施設裏 王滝川にかかる赤い橋

昨日の写真です。

 昭和50年代にも大きな噴火がありましたが、平成26年の噴火によって多くの人々が犠牲になり、山頂に立ち寄れなかったことから御嶽教の信者だけでなく、観光客が姿を消したため御嶽山の観光施設や宿泊施設は壊滅的なダメージを残しました。

さらに2年前からのコロナ禍により、御嶽山周辺の観光施設は更なる苦境にあり、今年度中におんたけロープウェーやスキー場の指定管理者が撤退を決めており、益々大変になっていきそうです。

私の祖父は御嶽教の先達で亡くなる直前まで極寒の冬にも水をかぶるなど厳しい修行を続けていました。

同じ先達とはいえ四国遍路の先達である私とは全く修行の厳しさが違いますが、御嶽教を信仰する信者が激減した大きな原因には先達の誤った振る舞いにもあります。

科学万能の現代社会の中においては非科学的な信仰には限界があり、科学的に説明ができる教えに転換していく必要は急務です。

さて、とは言っても四国遍路や真言密教の中心となる弘法大師(空海)が若かりし頃に、四国の山や岩穴で厳しい修行を重ねていたことと、御嶽山信仰には共通するものでもあり参考にしたいものでもあります。

今回道の駅三岳の隣にオープンした御嶽山ビジターセンターによって、観光客だけでなく安全な参拝登山と信者に信頼される御嶽教に変わるきっかけにしてもらいたいものです。

昨日はビジターセンター見学後に、御嶽山明栄講霊神場と弘法堂に参拝してから愛知県へ帰りました。

上高地から開田高原経由で御嶽山へ

昨日の入浴 せせらぎの四季
長野県木曽郡木曽町新開3968-2

開田高原大見沢駐車場
開田高原末川

ここで車中泊です

ゆったりとした駐車場

池ノ沢ポケットパーク
開田高原西野

柳又ビューポイント 御嶽山展望台から

蕎麦畑

そばの花

とうもろこし畑

 防虫ネットもカラフルです

ホテル木曽温泉 こがねの湯
長野県木曽郡木曽町三岳瀬戸ノ原9-57

 正面玄関

グランピングオンタケ

 新しい施設です

道の駅三岳

朝採れ野菜です

こんな T シャツも販売されていました

色とりどりの野菜

本日の買い物
道の駅のバッグをいただきました

私の大好物 あんころ餅

お弁当
本日の写真です。

昨日は午後に上高地から松本市の道の駅今井恵みの里に行き、国道19号線から道の駅やぶはらと日義木曽駒高原に立ち寄りました。

木曽福島に入ってからガソリンを給油し、開田高原の入り口にある日帰り天然温泉せせらぎの四季へ到着です。

昨日は小雨が降る天候だったため、夕食は途中のコンビニで購入してから開田高原を目指しました。

昨日の車中泊の場所は木曽路と高山市を結ぶ国道361号沿いにある開田高原大見沢駐車場にしましたが、車の行き来が少ないため私以外の車中泊は4台だけで静かな環境でした。

車中泊の魅力は朝明るくなると自然に目が覚め.本日も午前5時には駐車場の周辺を散策していました。

本日の目的地は三岳村にある御嶽山霊神場と里宮で、午後3時に開催されるお寺の施餓鬼供養まで国道19号沿いの木曽路の名所を巡りながら愛知県へ戻りました。

今回の上高地の三日間は、ケビンに宿泊して食事は外食にしたことと、個人的にはカセットガスを搭載しており、夕食を作ることも楽しみでしたが、車中泊の食料も購入したため行動できる自由時間が大幅に増えました。手間のかかる食事を割愛することは家族に好評でした。

6月から病人のような療養生活を送っていましたが、大好きな上高地で普通にボランティアとして活動できたことと、御嶽山の急な階段を昇り降りしたことで随分と元気になれたような気がします。

私を待っていてくれる上高地の知人達の存在は非常に大きいことを実感させられました。

昨日訪れた木曽路と御嶽山です

道の駅 御岳

JR中央本線 普通列車

JR 中央本線 特急列車

地元産のあんず

500円

道の駅の対岸

御嶽教 御嶽山木曽本宮

開田三岳福島線

王滝川

おんたけ交通のバス

完成間際の木曽町御嶽山ビジターセンター

みたけグルメ工房

道の駅三岳の案内板
日の出の滝旅館
霊神場に咲く花

上松宿の夕暮れ

土産の五平餅です
昨日の写真です。

 祖父が御嶽教の先達だったため、小学校2年生の冬から御嶽山を訪れるようになり、最近は毎月麓の黒沢にある明栄講の霊神場を訪れることにしています。

そんなことから木曽路や御嶽山は懐かしい場所であり、過去を振り返る機会にもなります。

もっとも、山頂へ最後に登頂してから20年以上が経過しており、随分と年齢を重ねたことから、体調を整えで再度登頂したいと強く思うようになりました。

御嶽山は山頂付近の噴火や地震が繰り返し起こったため、観光客が大幅に減少し、御嶽教の先達もなり手がなく減少の一途をたどっていることから人と遭遇することはほとんどなくなりました。

自分の行動するフィールドまで自分の運転で行けなくなっている現状が寂しいものの、2ヶ月ぶりの木曽路や御嶽山から元気をもらって帰宅しました。

2ヵ月ぶりの御嶽山霊神場へ

中央道

恵那峡サービスエリア

国道19号線

上松宿 中村屋の五平餅

道の駅 御岳

JR中央本線

木曽福島 元橋

御嶽神社里宮


本殿までの石段

御嶽本教社務所

明栄講 霊神場

祖父の石碑

明栄講 ろ組霊神場

夕暮れの御嶽山
本日の写真です。

本日は家内の運転で御嶽山霊神場を訪れて、講祖諸霊神や祖父の霊神碑に手を合わせてきました。

ここ数年上高地の帰り道に必ず立ち寄る場所ですが、両手の不調により4月以降訪れておらず2ヶ月ぶりの参拝となりました。

さて、5月に上高地を訪れた際に、知人と一緒に行動していたこともありましたが、それよりも両手の不調により身体全体にストレスを溜めていたため御嶽山に立ち寄らず、へ「毎月来る」ことを怠ったことも現状の体調不良につながっているかもしれず、何も言わない私を心配する家族からプレゼントの参拝ともなりました。

日頃、木曽路は深夜に通行することが多く、本日は午後からの出発だったものの、私自身が木曽路で一番の評価をつけた上松宿「中村」の女将さんと五平餅の雑談に花を咲かせることができ、目の前で真空パックにつめた五平餅をお土産に持ち帰ることができました。

各務原市の明王山見晴台までトレッキングへ

明王山見晴台から見える御嶽山

愛岐大橋

木曽川

迫間不動尊前 農産物直売所

明王山への入口

迫間不動尊との分岐点

遊歩道入口

道標

登山道

遠景

遠景

ふどうの展望台

金比羅山との分岐点

金比羅山山頂 標高383メートル

満開の山つつじ

ちょっと一服

金比羅神社

急勾配です

案内板

アマドコロ(ナルコゆり)

明王山への案内

伊吹山も見られます

名古屋駅のビル郡や犬山城も見られます

遠方に御嶽山と乗鞍岳

御嶽山


動画です

名古屋方面

名古屋駅のビル郡や犬山城が見られます

マップ

本日の写真です。

 本日は朝から両肩と両手の手のひらに強い痛みがあり、家内の運転で岐阜県各務原市の迫間不動尊を目指しましたが、足腰が悪いわけではないため、各務原アルプスのトレッキングコースの一部ではありますが、金比羅山や明王山見晴台を歩いてきました。

 低山ですが、トレッキングとは違う登山道は足腰に堪え、南アルプスや御岳、乗鞍、北アルプスが眺められ、霞んでいたものの白山や伊吹山が見られたことで登山の達成感も少し味わえました。

 本日訪れた迫間不動尊については明日以降に紹介したいと思います。

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