大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

愛媛県

2日間の四国遍路で伊藤萬蔵さんを偲んで

第56番泰山寺前の寺標

駐車場から見える参道

参道


伊藤萬蔵寄進の道標


四国霊場の寺院では至る所で「伊藤萬蔵」さんの名前を見かけますが、本堂や大師堂前の香炉など参拝前に必ず目にする場所と違い、お寺へ急ぐ参道や道路に残された寺標や道標に残された「伊藤萬蔵」さんの石は見落としてしまい、泰山寺前の寺標は今回初めて目にしました。

今回のお遍路は2日間だけでしたが、2日目は昼まで巡拝してから愛知県へ帰る余裕の行程だったこともあり、本堂と大師堂だけでなく薬師堂や不動明王へも参拝し、樹木や草花などを眺めていると午前中に終わるはずだった巡拝は午後3時までかかってしまいました。

泰山寺前参道の石垣に生える植物

多肉植物 ツメレンゲ

鐘楼

本堂

弘法大師像(手前) 役行者 不動明王 

大師堂

納経所

客殿前の彫刻

今では完全なる老夫婦です(笑)


伊藤萬蔵さんは愛知県一宮市で生まれ、名古屋へ奉公に出て米や相場で財をなした実業家で、それらを原資として多くの寺社に石造物を寄進、現在関東以西約400余ヶ所が確認されており、四国八十八か所のお寺の香炉などに「名古屋市塩町」の住まいも刻まれています。


伊藤 萬蔵(いとう まんぞう、1833年天保4年) - 1927年昭和2年)1月28日)は、尾張国出身の実業家篤志家。  出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


「石の語り部」として全国各地の寺社に香炉や道標など石の寄進を繰り返したことで知られる。寄進した石には「名古屋市塩町」と「伊藤萬蔵」の印が入っている。今回は第56番泰山寺前だけでなく第71番弥谷寺と第60番横峰寺でも寄進された香炉を見かけました。

さて、昭和2年に亡くなっておられる伊藤萬蔵さんの偉業についてはさておき、何よりも名古屋から遠く離れた四国各地へ寄進した石を見るため、萬蔵さんが現地まで来られた旅程を考えると鉄道や道路が整備された現代社会とは全く違う白黒の景色が思い浮かんできます。

第71番弥谷寺の香炉

参道

弥谷寺の摩崖仏と石仏群

第60番横峰寺の香炉

横峰寺全景

本堂


私が過去のアメーバブログ(2019年以降)に記した伊藤萬蔵さんの記事一覧

     【伊藤萬蔵】のブログ記事検索結果|Ameba検索


四国各地においても、私の生まれた愛知県の大先輩たちの名前を見つけると、歩くしか無かった四国遍路の厳しさと同時に、名古屋から四国へ行くこと自体が大変だったお遍路の先輩たちの苦労も偲ばれ、私のジェット巡拝も笑えてしまいます。


四国遍路の旅立ち前のボランティアへ

名鉄電車


ホトケノザ



本日の写真です。

全国を寒波が襲来すると予想される天候の中を、今年最後となる四国遍路に行きたいため、体調不良という言葉は封印して移送ボランティアに励む一日となりました。

毎週1回だけ金曜日の朝と晩に膠原病の免疫抑制剤を処方されていますが、薬効が切れてくる木曜日と金曜日は体調不良になり、週末から週明けにかけて体調が回復する生活になっています。

「体調が悪い」と言うのは嘘ではありませんが、膠原病の影響で罹患前のようなスッキリとは言えないものの、「本当に悪かったら上高地なんか行かないもんね」と主治医が言うように、外出意欲は満々で、外出するために体調を整えて行きます。

医師から十分な睡眠をとり、身体を休めるように言われていますが、横になって休めてばかりいると身体が重くなり余計に身体が強張っていきます。


 さて、今回の遍路は愛媛県今治市の54番寺から香川県三豊市の71番寺までを目標として、一泊二日のお遍路となります。

我が家から愛媛県の第60番横峰寺までの距離は425キロあり、車で約6時間かかり、前日である今晩深夜の旅立ちとなりますが、多少の仮眠は必要なため香川県三豊市の第71番弥谷寺を明日一番の目標として走ります。

ちなみに、我が家から弥谷寺までの距離は341 キロあり、 約5時間かかります。

車中泊の四国遍路 三連休の記録


豊浜SA 香川県観音寺市

豊浜SAから見える瀬戸内海

 10月7日
    23時津島発……東名阪……新名神……
第一日目
 10月8日
   新名神……宝塚北SA(給油)……山陽自動車道……瀬戸中央大橋……豊浜SA(仮眠)…

高知市内

第31番竹林寺の五台山ミニ八十八ヶ所

第32番禅師峰寺駐車場 猫の親子

第33番雪蹊寺境内の出店

第35番青龍寺の石段

ペギー葉山さんの寄進

トゥクトゥク

一日目最後の第39番延光寺


一日目の入浴場所 宿毛リゾート椰子の湯  車中泊場所 足摺岬金剛福寺前の駐車場

第二日目のスタート 

足摺岬散策道入り口

一日目の車中泊 足摺岬駐車場


第38番金剛福寺

道の駅大月 高知県幡多郡大月町

観光案内所

公共スペース

地産品売り場

ヘンロ小屋大月



宇和島の海岸

宇和島きさいやロード

2日目の最後 第45番岩屋寺駐車場


 高知県第38番金剛福寺から愛媛県第45番岩屋寺まで巡拝
   途中で道の駅大月と宇和島市の宮本宅へ寄り道


2日目の入浴場所古岩屋荘  車中泊場所 久万高原 道の駅りんりん


第三日目 10月10日

第52番太山寺の石段

太山寺 本堂


俳句ポスト

松山市内

松山城駐車場

愛媛美術館

豊浜SA

瀬戸中央大橋

瀬戸内海の夕暮れ

与島PA


  第46番浄瑠璃寺……第53番円光寺……愛媛美術館……松山IC……豊浜SA…
    …与島PA(土産買物)……三木SA(夕食)……新名神……名神……東名阪

 三連休の四国遍路は、前夜11時に自宅を出発し、瀬戸中央大橋を渡り香川県観音寺の豊浜サービスエリアで仮眠しました。

一日目は31番寺から39番寺まで巡拝し、宿毛市で夕食と日帰り入浴をすませてから38番寺のある足摺岬まで移動しました。

38番寺金剛福寺前の駐車場を車中泊の場所としましたが、ここには公衆トイレはあるもののウォシュレットもなく快適とは言えませんでした。

二日目は38番寺からスタートし、道の駅大月や宇和島市の知人宅を訪れた後45番岩屋寺まで参拝しました。

参拝後に古岩屋荘で日帰り入浴を済ませ久万高原道の駅りんりんがこの日の車中泊場所です。

ここは昨年にも車中泊の場所としましたが、夜でも明るくトイレも綺麗で、ベンチやテーブルが設置されているため食材と簡易ガスコンロを持ち出して夕食としました。

三日目は第46番寺から第53番寺まで巡拝し午前中でお遍路を打ち止めとし、愛媛美術館で開催されていた金剛峯寺展を鑑賞後に松山インターから自宅を目指しました。

三連休は人と出会いのお遍路となり


 お遍路中に出会った東海市の堤さんと私

3日前のFacebook コメント欄です。


 翌日の Facebook です。


これが、2日前実際に出会ってしまったんですね。


堤さんとは数年前に知多四国八十八カ所を巡拝中に出会っていましたが、最近になり Facebook で連絡が取れるようになっていました。

まさか今回の遍路中に出会えるとは思ってもいませんでしたが、びっくりの再会となりました。

2022-03-23 

四国遍路の出会いと再会の三日間 2日目 | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)


今回のお遍路では、今年3月に香川県で出会った宇和島市の宮本さんのお宅を訪ねました。



身勝手に訪れることを決めていましたが、宮本さんからのコメントに答える形で立ち寄ることを書き記しました 。


こんな無礼で横着な訪問客を迎え入れてくださった宮本さんご夫婦には感謝しかありません。

2日前の Facebook です。


今年3月の Facebook のコメント欄のやりとりです。

はじめまして!

ひょっとしたら、21日朝横峰上がりませんでしたか?

私達は下りで 緑ナンバーの良く似た車と離合したのを覚えてます。


3月にこんなやり取りをした佐藤さんからお遍路中にコメントがあり、同じような場所を巡拝中とは分かったもののまさか本当に会えるとは思ってもいませんでした。


3月22日のFacebook です。


3月の Facebook のやり取りをすっかり忘れていましたが、偶然にも巡拝中の佐藤さんから連絡がありお会いすることができました。


 Facebook の中には悪意を持った接触もありますが、こんなびっくりする出会いも実現します。

私自身は平成16年から毎日発信するブログも実名で記しており、多くの友人や知人との交流もできましたが、突然の出会いも可能となる Facebook の魅力には驚かされています。

愛媛県から自転車先進地の発信が…

 愛媛県で、「自転車の安全な利用の促進に関する条例」案が県議会に提案され、罰則規定はない条例ですが、多発する自転車や歩行者の事故防止には有効と思われるだけに、条例施行後の効果に注目したい話題でもあります。
 
目指せ自転車先進県 愛媛県が「左側通行」明記の条例案
記事の続き…
条例案では、自転車に乗る人の責務として「歩道や路側帯を通る時は車道の左側を通行する」と明記。すれ違いや車との対面による事故を減らす狙いがある。「励行することで安全利用に努める」と抑えた表現だが、既に施行されている京都府と埼玉県の条例にはない項目だ。歩行者が頻繁に通る歩道では押して歩くことも盛り込んだ。
 背景にあるのは、自転車が特に歩行者にとって脅威になっている実態だ。昨年、県内で自転車が関係した交通事故は約1200件。事故全体の推移に合わせて年々減っているのに、自転車同士の事故は10年前の3・8倍、対歩行者では8倍と急増している=グラフ。自転車は車との事故では被害者の立場がほとんどだが、乗り方一つで「交通強者」になり得ることを示している。
 県がしまなみ海道を「サイクリストの聖地」として全国や海外に売り出そうと力を入れていることを踏まえ、条例案ではスポーツ車や2人乗り車を貸す時にヘルメットの着用を助言するよう求めるなど、レンタサイクル業者についても規定した。また自転車のそばを通る時に安全な間隔を保ったり徐行したりすることをドライバーの責務とした。欧米で先行している、道路を車と自転車、歩行者で分け合う「シェア・ザ・ロード」の考え方を「県民の責務」として採り入れたのも特徴の一つという。
 「罰則がなくても県民の意識づけになる。マナーでも日本一をめざす」と県消防防災安全課の担当者。条例案が可決されれば7月施行の見込みだ。条例制定の意義について、自転車旅の企画やガイドをしている今治市のNPO「シクロツーリズムしまなみ」の山本優子代表は「自転車を楽しみに県外から訪れる客に対し、愛媛県が安全をきちんと考えているという意思表示になる」と評価する。
■26サイクリングコース整備へ
 自転車を生かした観光や文化の振興を模索する県は新年度から、5年かけてサイクリング26コース約1300キロを整備する。「ブルーライン」と呼ぶ見えやすい案内を道路に表示するなど、自転車がより安全で快適に走れるコースを提案する。
 「愛媛マルゴト自転車道」と名付けた事業。サイクリストが試走するなどした、62~165キロの中・上級者向け11コース計1073キロと、4~26キロのファミリー向け15コース計198・5キロを選んだ。いずれも専用道の新設などはせず、今ある車道にコースの案内板や距離表示、注意喚起の標識などを設置。休憩所を兼ねた駐輪施設やパンク修理サービスも提供する考えだ。
 2013年度は「松山・今治サイクリングコース」(62キロ)と伊予市~伊方町間の「メロディーライン・夕やけこやけラインコース」(78キロ)を手がける。
 
 先月末の朝日新聞に、2人乗りのタンデム自転車で、約10年間北米から南米、中国から東南アジアを走り回った宇都宮さん御夫婦が、実家のある愛媛県にもどり、しまなみ海道のサイクリング振興に取り組むNPO「シクロツーリズムしまなみ」の職員になったという記事が、「ニッポン人脈記」に報じ(下記に添付)られていました。
 
(ニッポン人脈記)自転車でいこうよ
記事の続き…
アメリカ・テキサスでは、食料を買った店でアルバイトをしていた3人の少女が、「カンパよ」と1ドル札を2、3枚ずつ渡してくれた。一期一会の日々で、こんな出会いがたまらなくうれしい。
 ほわっと穏やか、天然系のトモ子だが、一成は「旅に向いている」と感じていた。「さっきの谷と今の谷じゃ、女の子の帽子の様子が違う」。ことさら注意して見ているわけではないのに、観察力がすぐれ、旅を豊かにしてくれた。危険もいちはやく感じて、それがたいてい当たっている。新たな面を発見するたび、またパートナーがいとおしくなっていった。
 「豊かさって、なんだろう」。自転車をこぎながら、2人は何度も自問した。マイホームにマイカー? モノや肩書? これまで、本当は無くていいものをずいぶん持たされてなかったか。どう転んでも自分は自分。まわりと比べず、自分の尺度で生きていけたら――。
 空路をはさんで中国から東南アジアへ。そして2人は、台湾で諸国漫遊に区切りをつけた。
 沖縄、九州を経て、愛媛県の南にある西予市宇和町の一成の実家に戻ったのは2007年11月11日。アラスカからスタートして10年5カ月と10日、一成は39歳、トモ子は40歳になっていた。
 出版社から話があって、3年後に旅行記を出した。タイトルは「世界でいちばん長いハネムーン」。終わりに一成はこう書いた。「僕の夢に付き合ってくれたトモ子さん、ありがとう」
 
 一成とトモ子はいま、瀬戸内の街、愛媛県今治市に住んでいる。しまなみ海道のサイクリング振興に取り組むNPO「シクロツーリズムしまなみ」の職員だ。
 スカウトしたのは、活動の中心メンバーの山本優子(やまもとゆうこ、39)。知人に紹介してもらい、「出会うべくして出会った」と思った。
 99年に開業したしまなみ海道は、今治と広島県尾道市の間の六つの島を10本の橋で結ぶ。本州と四国を結ぶ三つの架橋のうち、ただ一つ自転車で行き来でき、地元はサイクリングを通じた町おこし、島おこしを目指す。
 一成が真っ先にとりかかったのは案内マップづくりだった。野宿しながら自転車で島々をくまなく回り、道の高低差、区間距離、立ち寄ってほしいスポットを詳しく記した地図を作り上げた。
 空港がある県都の松山市から自転車をそのまま列車で運べる「サイクルトレイン」。独身の男女にタンデムで交流をはかってもらう「恋活」イベント。アイデアは次から次に湧いてくる。開業当初の7万台から一時は半分以下に落ち込んでいたレンタサイクルの貸し出しは、昨年度、6万1千台まで持ち直した。
 
 車やバイクで流れていく景色だけではわからないことがたくさんある。自然と一体になって、空気も太陽も肌で感じて。難しいことは言えないが、それが自転車の最高の魅力だと思う。
 一成とトモ子は、あの旅の途中、アメリカとメキシコの国境近くで出会った高校教師の夫妻のことをいまも思い出す。「若いうちに行かなくちゃね」。還暦を過ぎた夫と妻は、そう言い残してタンデムで出発していった。
 いくつになっても、だれの前にも道は広がっている。
 この瀬戸内で、自転車がもつ可能性を探りたい。そしていつか、またタンデムで果てない旅へ。2人は、そう思っている。(但見暢)
 
 広島県と愛媛県の瀬戸内海の島々を橋で結ぶ「しまなみ海道」では、過去にも自転車で道路を走るイベントが行なわれて、自転車による町おこしが図られているだけに、自転車は歩道も路側帯も車道の左側を通行すると明記された条例によって、自転車の対面事故や歩行者を巻き込んだ事故防止になれば幸いと思います。
 
 「ニッポン人脈記」を読んで、世界を自転車で走破した最終章として、夫婦で故郷に戻って自転車だけで仕事に辿り着いたことと、「車やバイクで流れていく景色だけではわからないことがたくさんある。自然と一体になって、空気も太陽も肌で感じて。難しいことは言えないが、それが自転車の最高の魅力だと思う。」との記事が、私が車でスピード巡拝を続けてきた四国遍路でも、歩くことでしか聞こえない景色の音と香りの魅力に取り付かれていることと共通しました。
 
 愛媛県では、タンデム自転車で2人乗り通行でき、自転車をそのまま列車で運べる「サイクルトレイン」など、自転車に対する地域の応用に感心していましたが、事故防止の条例と観光もあわせて自転車先進地となりそうな予感がします。
 
 「いくつになっても、だれの前にも道は広がっている。 この瀬戸内で、自転車がもつ可能性を探りたい。そしていつか、またタンデムで果てない旅へ」との2人の一言に、我町では言えない一言だけにうらやましく思うとともに、議員になってから封印されていた自動二輪の復活で体感したいと思います。
 
                                    3月8日の一言
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