大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

愛犬

天国の相棒リマへ手紙が届いて

ホームセンターが大好きだったリマ


本日、私の相棒だったリマへ予防接種の手紙が届きました。残念ながらリマは2年前に天国へ召されており、生年月日まで記された手紙が届いたことでリマの存在が公的に残っていた喜びの半面で、我が子を亡くしたような当時の悲しみがよみがえり涙がとまりません。

リマの生年月日2008(平成20年)年7月11日
リマの没年 令和2年5月25日

2011年04月12日
予防接種に訪れたリマとモモ

わが家では私が生まれた時から愛犬が飼われており、愛犬と共に生活するのは当たり前の環境でしたが、リマの登場から寝食を共にするような生活をしており、私の大好きな上高地や四国遍路も一緒に同行させていました。

 
小梨平キャンプ場の相棒リマ
2020-05-27

私の少年時代には犬は屋外につながれるのが当たり前でしたが、リマの先代となるモモがやってきた平成14年からは台所で生活させるようになり、リマは寝る時にはケージに入れましたが私と3メートル離れた場所で眠り、家の中で全く我々と同じように生活させていました。

そんな訳で、リマは現在でも庭のお墓でそのまま眠っていると思うようにしており、上高地や四国遍路に行く車の助手席にはリマのウエアをかけ、後部座席にはケージとリマが我が家へ一緒に持って来たストレス解消に振り回していた人形を同行させています。


我家にとってリマの存在は大きく、家の中だけでなく車の中で家内と口論になると自分のケージに入ってしまうため、リマが存在することで大声による口論も自制していました。

その反動は大きいですね。自分の父親が亡くなった時でも感じなかった悲しみがずいぶんと続き、私と家内はリマの後継となる愛犬は一生飼わないことにしており、リマが居ないことで家庭内の和やかな環境はずいぶんと減ってしましました。

リマの先代 モモ

2011年04月28日

こんな心境になったのは、リマの先代となるモモが人一倍人恋しく、雷が鳴っても悲鳴をあげ、私たちが上高地や四国遍路に行って不在の時は食事を一切口にせず、一晩中ヒーヒーと鳴いていたことから、小さなリマは完全に我が子のように生活させた反動と思います。


久しぶりに過去の懐かしい生活環境を懐古する一日ともなりました。


過去のブログから愛犬を思い出して


 一年前のブログを読み直すと東三河の五平餅を食べ歩いてきた記録が添付してありました。


今の私に一年前のパワーはありませんね。


 本日は平成6年から毎週火曜日の夜に開催してきた書道会が開催され、般若心経の写経を書き上げました。


5年前  2017年08月23日

大鹿一八「本日の一言」 : 我家の相棒の笑顔に癒されて (livedoor.blog)


10年前  2012年08月24日

大鹿一八「本日の一言」 : 相棒と上高地へ (livedoor.blog)


5年前と10年前の本日の一言を読み直すと私の相棒リマの姿が残されていました。


ペットの持ち込みが禁止されている上高地へ、家族とはいえ環境省まで連絡して堂々と愛犬を連れて行ったパワーは懐かしい思い出となりました。


上高地の小梨平や大正池で相棒が一緒にいた姿を思い出すと一抹の寂しさが募ってきます。


15年前  2007年08月23日

大鹿一八「本日の一言」 : 「一緒に行くかい」とは言えず… (livedoor.blog)


 そして15年前には、同じ家族とはいえ愛犬モモを自宅に置いたまま上高地へ出かけていく一言も記されていました。


愛犬モモも自宅に置いていかれる事を察して、ヒイヒイと泣いてついてこようとしていたことも昨日のように思い出されてきます。


愛犬モモと相棒リマがいなくなった今となっては懐かしいというよりも悲しい思い出になりました。


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