「徳洲会」グループから5千万円を受け取った問題が発覚していた、東京都の猪瀬直樹知事(67)が辞職を表明した。
5千万円の借金についての説明が不足していると言うよりも、選挙に臨む立場の前に、副知事の立場で医療法人や国会議員から5千万円もの大金を受け取ったこと自体が問題で、「政治知らぬアマチュアだった」の発言も、一般市民やアマチュアであれば考えない行為と判っていないことに驚かされる。
猪瀬氏「俺が俺がの人」 知人ら嘆き節「昔と別人」
記事の続き…
ともに五輪招致活動にあたったスポーツライターの玉木正之さん(61)は、昨年の知事選時に選挙カーで応援演説した。「五輪招致を後押ししたかったが、猪瀬氏個人を応援したようになってしまい、後悔している。都民に謝りたい」 「色々政策ができる人」と思っていた。しかし、いよいよ本格的に五輪の準備に入るという段階で、自ら不祥事を招き、大きな障害になっている。「知事に当選した後の尊大な態度と、冷や汗を流す今の姿は不思議に落差を感じない。むしろ、人間が小さいという点で重なる」
信州大卒の同窓生、佐藤綾子・日大教授(パフォーマンス学)は、ベストセラー「ミカドの肖像」の出版前で、無名だった頃の猪瀬氏を覚えている。真面目な努力家という印象だった。「副知事になって以降、自信過剰だ。最近の姿は駆け出し作家の頃とは百八十度、まるで別人。今が本当の彼なら、昔の姿は演じていただけだったのかもしれない」と話す。
今の姿を「演技をしてうそをついているようには見えないが、怒りを通り越して、不思議ですらある」と話す。「自ら辞めるか、辞めさせられるか。選択肢は二つだけ。どちらがいいかは子どもでも分かる」
日本道路公団が4社に分割民営化された以前には、厳しい論客として体制批判を繰り返していたが、都議会で5千万円の出所を問われた姿にその面影はなく、権力を追求する立場から権力の座に座って人格が一変したとは思えず、元々が「張子の虎」だったのでしょう。
俺は猪瀬にやられたの一言 2009年6月の一言
私の同級生に、「猪瀬にやられた」と公団民営化を訴えた猪瀬氏を心から恨んでいる人物があり、東京都の副知事になった際も、都知事になった際にも「あんな奴が」と、恨み節を聞かされてきました。
彼は高校卒業後に道路公団の関連会社に就職し、若い時は次々と転勤を繰り返し、自宅から遠く離れた勤務地で母親の訃報を聞き、気がついた時には父親も他界し、両親の眠る先祖代々の墓と仏壇を守るため希望を出して愛知県に戻ってきました。
道路公団の分割民営化は、猪瀬氏らの厳しい公団批判によって実現し、知人はこの時に遠隔地への転勤を命じられ、自宅と先祖の仏壇を守るため拒否し、リストラ要員のリストに入れられ早期退職を選択しました。
失業保険で一年間を食いつなぎ、割増された退職金を切り崩しながら8年間が経過し、今年6月に還暦を迎え、来年から支給される年金を心待ちにしながら、小遣い程度しかならないボランティア生活を送っています。
猪瀬氏は信念に基づいて発言していたと思いますが、その発言によってリストラされた人々の痛みが理解されていたとは思えず、企業や組織の存続も大切ですが、それ以上にその企業や組織に関係する人間が一番重要であり、猪瀬氏の発言や主張で多くの社員や家族が泣いていた現実も自覚すべきと思われます。
知人にとっては「自業自得」の結果であり、私は「明日は我が身」の心境ともなりますが、猪瀬氏には人に対する思いやりが不足していたとも思われ、「お・も・て・な・し」の心が存在したのかも気になるところです、
12月19日の一言









