大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

日々の出来事

無責任なヤフーブログの対応について

いくら年内でサービスを終了するとしても、最近では文章の修正ができなかったり、コメントの投稿ができなかったり、ヤフーブログの無責任な対応はショッピングやヤフーそのものの信頼を損ねるのではないか。

本日もメールで投稿した画像が画面に表示されず、投稿した内容が反映されるまで待つことにストレスを感じています。

企業の社会的責任として、最後までサービスを維持してもらわないと書き込みの気力も低下し、最後までヤフーブログと心中しようと考えるファンの心境は限界となっていきます。

一方的に終了を決めた企業には「馬の耳にも念仏」なのでしょうか?

本日の一言は、ムシトリナデシコの花をメール投稿して待機中です。

沖縄から届けられた本物のお菓子に


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これ、何だか解りますか?

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沖縄から2日で到着しました

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箱を開けると

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沖縄のお菓子が入っていました

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そして、主役のサーターアンダギーが

 月曜日に沖縄から発送された小包が、本日午前中に我が家へ到着しました。飛行機で運ばれたとは言え、月曜日に発送された小包が2日後に愛知県まで到着する郵便局の配達体制にびっくりさせられます。


サーターアンダギー  2018/12/3(月)

 「沖縄特産でも こんな大きなものは少ない」と記されていましたが、先月に訪れた際に購入したものや、1週間前にスーパー内の沖縄の出店で買ったものの3倍から4倍はあり、箱を開けた瞬間に美味しそうな香りが漂いました。

 何よりも我が家だけでは食べきれない位の大きさで、かつて沖縄まで魚釣りに出かけていた知人(不良時代からの同級生)にも持って行って見せたいと思います。

 送り主の〇城さんとはブログを通して知り合った同年生まれの同級生ですが、初対面で沖縄を案内してもらい、こうして沖縄名産のお菓子を送ってもらい、ブログで見たお菓子を実際に自分の手で持つ感覚に不思議なご縁を感じてしまいます。

 私の大好きな鶴田浩二さんが、昭和57年9月15日に大阪フェスティバルホールで開催された「歌手生活30周年記念コンサート」の最後の挨拶の中で、ファンの観客に対して、「人間というものはなんと素晴らしいんでしょう。旧い人とは、もう、うん十年です。ご縁というものが無ければ、縁というものが無ければ、なれないものはなれません。それが、こうして…」と涙まじりで語ったセリフがよみがえってきました。

 同じ昭和28年に生まれ、同じ時代を同じように駆け抜けた人生が、ブログを通して共感し、これから残された人生を一緒に生きていく同志として、遠く離れていても大きな力になっていきます。

 本日は市議会の一般質問が開催され、私と最後の議員の質問が終わり、明日の休会日をはさんで明後日から常任委員会が開催されます。

                                   12月5日の一言


市議会一般質問二日目


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 本日は昨日から開会した市議会一般質問の2日目で、午前9時から午後5時まで市役所の一日となり、帰宅後は毎週火曜日の夜に開催されている書道会に参加し、自宅の居間に座った時には9時を廻っていました。

 議会は明日も開会され、9時から私自身の一般質問で登壇します。

 一年の経過は早く、あっという間に師走に入り、添付した広告のように「終い弘法」と来年1月の「初弘法」の案内がお寺の境内に張り出されており、今年もいよいよ終いが近づいたと実感せざるをえません。

 議員になってから毎年年末に京都を訪れ、八坂神社の「をけら参り」と、百万遍の除夜の鐘を撞いてから新年を向かえ、建勲神社に参拝後に愛知県に帰ることを慣例としていましたが、昨年は年末に孫が生まれ神社に入れないため行きませんでした。

 そんなことが原因とは思えませんが、今年は私自身も政治関係者から警察署長に3年前のブログ記事について通報があり、森林法違反の疑いで書類送検され、検察庁は事件として取り上げませんでしたが、全国に実名で報道されたことで、人を信じられなくなるダメージを負い、息子も生命に関わる大病に冒されました。

 縁起担ぎではありませんが、毎年行ってきたゲン担ぎを止めて悪いことが起きると後悔することから、今年の年末は間違いなく京都の大晦日と新年を迎えることになりそうです。

 ただし、しばらくは議会日程が続きます。

                                     12月4日の一言


上高地パークボランティア2日目


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本日午前8時9分の上高地バスターミナル

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沢渡足湯公園 午前7時20分

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上高地行きシャトルバス 沢渡バスターミナル午前7時40分

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車窓から見える焼岳

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車窓から見える穂高 大正池

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車窓から見える帝国ホテル

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梓川左岸の清掃

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中の瀬園地までの作業

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活動の報告 バスターミナル前のインフォメーション

 ボランティア2日目となりました。本日の上高地は雲一つない晴天で、こんな日は一年の中でも何度と体験できないカメラ日和ですが、ボランティアが目的のため、そんな気持を封印していると、今年から新たにメンバーになった人たちの真剣な会話に、気持も引き締まりました。

 こんな時に携帯電話のカメラしか持ち合わせていないものの、そんなカメラでも綺麗に写ってしまうのが上高地の魅力で、ボランティアの前と後に撮影した写真は明日にでも添付したいと思います。

 本日は午前中にパークボランティアに参加し、午後は帰路に御嶽山の霊神場に立ち寄りましたが、奈川や木祖村の桜と、晴天ゆえに北アルプスだけでなく、乗鞍岳と木曽駒ケ岳、御嶽山の見事な雪化粧を眺めながら、デジカメを購入したいと思う一日ともなりました。

 明日は町内の川の清掃に参加です。

                        本日の体重 71、5キロ 徒歩数 9236歩
                                     4月21日の一言

半年ぶりの上高地へ


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本日の上高地河童橋と穂高連峰

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同じく上高地河童橋と焼岳

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本日は観光ではなくボランティアです

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清水川 清水橋から

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小梨平野営場

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中川のせせらぎ 小梨橋

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明神への散策路 左岸には雪が残っていました。

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私の大好きな場所

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小梨平と明神岳

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明神岳とけしょう柳

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アルプス観光の建物

 昨年11月15日以来、半年ぶりの上高地となりましたが、本年初日となるパークボランティアの重点活動が実施され、幸いにも晴天に恵まれ、汗ばむような陽射しを受けた活動となり、バスターミナルとビジターセンター間の清掃作業を行いました。

 半年間怠けていた身体は悲鳴をあげそうでしたが、担当者のご配慮もあって何とか初日を終えましたが、明後日に町内の清掃作業が行われるため、明日の午前中でボランティアを切り上げて愛知県に戻ります。

 今年から登録された新しいボランティアの人々の参加もあり、初々しい気持ちと同時に半年ぶりに顔をあわせた先輩ボランティアの方々との久しぶりの会話によって、上高地に対する新たな魅力も感ずる一日となりました。

                                     4月20日の一言

津島天王川公園の藤情報が届けられて


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津島市天王川公園の藤 4分~5分咲き

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太い幹周りです

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藤棚から見える風景
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提供者は
                          今回もホラ貝フキおじさんでした→




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我家の花

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我家も花盛りです

 午前中は福祉有償運送のボランティアに走り、携帯電話の電池交換のためソフトバンクの営業所を訪れると、携帯電話に保険がかけてあるため無料で好感できることが判り、同行した家内のスマホの相談やら、我家の節約術について説明してもらえました。

 さて、明日と明後日は上高地のボランティアに出かけますが、半年ぶりのため軽量の雨合羽や衣類が見つからず、汗をしたたらせて探す午後になりました。

 明日と明後日は上高地からの発信となります。私にとっての新しいシーズンが始まります。
                                  4月19日の一言

久々のウォーキングと本日の花々


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             ↑長福寺の屋根     葉苅町 中央病院の樹木と目比川堤防

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喜多神団地 地元の人が植えた花  宇治町

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父の残した山ツツジ

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先祖伝来の山吹

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我家のツツジ

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ひょうたん木の花

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先祖伝来の花

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子供の頃から咲くシャガの花

 週末に上高地のボランティアに出向くため、足腰の準備運動を兼ねて昨年秋から怠けていたウォーキングに出かけると、行く先々で見事な花が咲いており、帰宅後に我家の庭で咲いている花々を携帯電話のカメラに収めました。

 息子たちから借用したデジタルカメラを次々と落として壊したため、一昨年から新しいデジカメは買わないことを決め、携帯電話のカメラで総てを済ませてきたものの、その携帯電話のバッテリーが限界となり、15枚程度の撮影しかできなくなってきました。

 スマホに代えたいとは思わないため、バッテリーを交換して携帯電話を引き続いて使用したいものの、携帯電話の使用料も高額なため、バッテリーの料金によってはスマホへ交換となってしまうかもしれません。

 さて、明後日の金曜日と土曜日に上高地のボランティアに出向き、27日の開山式にも例年通り出かける予定ですが、私が上高地に行くことを想定した会話の中で、一緒に同行したい仲間が複数出現し、ボランティアには登録されていない人は参加できませんが、私の巡視(兼ゴミ拾い)に勝手に付いて来るという話になりました。

 上高地は観光地として観光客には憧れの地ではあるものの、ボランティアは長靴と軍手、雨合羽が必須と連絡があり、この時期には普通の運動靴やトレッキングシューズでは濡れてしまうことと、雨天の場合に私の作業終了を待つのは大変なことから月末までの天候も苦になってきました。

栗林公園でコイヘルペス、殺処分へ 江戸期から続く名勝

 四国からも大変な話題です。栗林公園の六つの池にニシキゴイとマゴイが約1千匹いたが、2月初旬からこれまでに247匹が死に、検査の結果コイヘルペスと確定したことから、国の指針に基づいて園内の残り約750匹をすべて殺処分することが発信されています。

 これが我家の池のコイならば、薬品によって治療して何とか生かしてやりたいものですが、感染していないかもしれないコイまで全部殺処分してしまうことには、鳥インフルエンザに感染したニワトリも同様ですが、生き物にもそれぞれの命があることが軽く見られているように思えてなりません。

                                   4月18日の一言

久しぶりにHB101の話題に


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HB-101

顔アイコン
愛犬が鼻腔内腺癌となり大学獣医学病院にて手術、全部取り切れなく、余命3~4ヶ月診断。HB101水に2滴/日、3回/日すると、顔面に突出していた腫瘍が縮小その後3年半生存しました。 削除
                                         2018/4/17(火) 午後 午後 5:47
  

 4年前に書き込んだ一言のコメント欄に、本日書き込みがあり、HB-101を使用して愛犬の病気に効果があったことと、獣医師の診断した余命より長生きした事例が記されていました。そして、私が4年前に添付した一言にも、HB-101の効能について記されたサイト(下記に添付)を紹介していました。
                                                                                                                                   

 平成5年に父親が末期ガンで他界した当時、ガンに効果があると言う高額な健康食品や、ガンに聞く霊水など様々な知恵が我家にもたらされましたが、このHB-101も近くの薬局のご主人に勧められ、当時はガンや病気に効果があった体験談が雑誌になっていました。

 私の父親には使用しなかったものの、私の母親が飲用するようになり、実際に目に見える形で効果が現れ、その後もコーヒーやお茶に2、3滴づつ入れて現在87歳になりますが、病院通いを趣味にしているものの健康です。

 ただし、薬局で購入していたHB-101が薬局では購入できなくなり、現在は園芸店の店頭に並べられていますが、あくまでも植物の成長活性剤のため、薬事法によって薬局に置かれなったと思われます。そして、人間の健康のためにHB-101を特集した雑誌も目にしなくなりました。

 そんな経緯は別として、発信されてきたコメントや、HB-101が人間や動物にも害が無いばかりか、間違いなく効能があることは確実で、病気を治すためではなく、病後の体力回復や、健康のためにはあくまで本人の責任ですが、飲用しても損にはなりません。


 こんなことを記すと、誤解されるかも知れませんが、以前闘病中の知人に勧めるために医師に副作用が無いことと、人畜無害であることと併せて、内容物について確認したことがありました。

 あくまで病気を治す特効薬ではありませんが、添付した製品で3ヶ月か半年は使えて、2千円程度で購入できることと、最近では人間用の製品も販売されているので、気休め程度に使用しても損はありません。

 もっとも、病気治癒を期待するのは禁物で、ガンの再発で余命宣告された患者さんに副作用が無いから体力温存のため薦めたところ、ガンへの効果を期待されてしまい、薬剤師さんから苦言をいただいたこともありました。

 一方で、効果は確信するものの、健康で何も不自由しないと飲もうと決めても飲み忘れてしまい、自分自身の身体で効果を実感するには至りません。

              本日の体重 73、5キロ
                                     4月17日の一言

知人から送られてきた風景と自画像とともに


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こんなもんでいかがでしょうか? ふたりで決めてみました!!

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アクアトトのせせらぎ

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庄内緑地公園のパンジー

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ベニバナトキワマンサク  
                          木曽三川公園 木曽水園

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山吹の花  木曽三川公園木曽水園

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木曽水園のせせらぎ 上高地を思い起こしました

 一年前の一言を読み直すと、前日に四国八十八ヶ所の遍路から戻り、翌日には西国観音巡礼の華厳寺まで足を延ばしており、上高地から発信されたメールが添付してありましたが、同じように本日上高地からボランティアの案内が届きました。


 毎年同じような生活をしているわけですが、今週末に上高地のパークボランティアに参加する予定で、27日の開山式にも参加しようと考えているものの、四国と西国に加えて、今年から横井庄一記念館にも足を運ぶ必要を考えると昨年以上に忙しい一年になりそうです。

 そして、何よりも福祉有償運送の依頼が増えて、私の代役となる家内は平日休みなしの状態になっており、有償とは言え患者が病院に通院する時間が重複するため、私が上高地や四国へ足を運ぶことにも嫌味を聞くことが増えました。

 今月末に乳がんの手術を受ける患者さんが存在し、手術後に退院した翌日から35日間放射線治療を続けることが決まっているため、私が家を空けるためには、確実に代役となるボランティアを配置しておく必要にも迫られます。

 一方で、低額なボランティアであっても、人を移送する責任は大きく、ボランティアであっても相応の手当てが必要となり、これまでは患者さんを待たせることなく、約束した時間に配車していたものの、これからはタクシーのように待つことも当り前としてもらわないと運営は難しくなってきました。

 こんなことを記していると、上高地のボランティアに出向く回数が増えた分、四国に足を運ぶ回数が減っており、私のやりたい放題にさせておくと散財は大きく、来年から年金生活となりますが、年金だけでは好きなことはできませんね。

                                    4月16日の一言

永代経と選挙の投票へ


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ピンクと白の2色が混ざったツツジ

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市長選の投票に行きました

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叔父の自宅

 本日は市長選の投票に出かけてから、愛西市にある叔父の(お寺)説教所で開催された永代経に出かけました。
 叔父は今年89歳になり、現在老人介護施設で生活しており、今から10年ほど前には隣の村からも多くの参拝客があったものの、叔母が亡くなり叔父が自宅を空けているため、親族と関係者だけになり、叔父が子供の頃から関わってきた信者の多くが鬼籍に入られました。

 かつて叔父の住んでいた長福寺には4人の僧侶が存在していましたが、叔父の説教所に来られていた複数の僧侶が亡くなられている現状で、まさに高齢化社会の象徴のような永代経になってきました。

 私は浄土宗の檀家ですが、「南無阿弥陀仏と唱えれば極楽浄土にいける」という教えは、生きていく上での糧にはならず、お寺には先祖供養をお願いしているだけですから、親や子供など家族を亡くした時は縁があっても、平和で平凡な生活を送っておればお寺に無関心になっていきます。

 仏教という言葉で、お寺を一ククリにして語られることが多いものの、「南無阿弥陀仏」と念ずるだけで良いとする浄土宗や浄土真宗と、四恩や十善戒を定めて「即身成仏」を目指す空海(弘法大師)の教えとは全く違います。

 即身成仏については、生きたまま死んだミイラのように錯覚する人もありますが、空海の説いた即身成仏は、この身、このまま、この世の中で仏となることで、三密(身と言葉と心)行の実践によって、生きているうちに菩薩の領域へ近づくことを目標にしています。

 私自身は、背中の後ろから弘法大師に見守られているものと信じて、十善戒を遵守して、空海が修業された史蹟で同じ真言を唱え、お大師の声と共鳴することを目標にしており、自己流ですが阿字観瞑想によって五感を極めて新たな領域に入りたいと考えています。

 宗教に無関心な人や、無神論者には理解されないでしょうが、こんな自己流の巡礼でも願をかけて参拝し、そしてその願いが現実のものになると、偶然とは言え家族や身近な人たちは、目に見えない何かの存在を意識し、私が願をかけていた孫が、私の誕生日と同じ日に誕生したことで、私の孫がまるで先祖の生まれ変わりではないかと思い、わずか生後四ヶ月の孫の目が、総てを知ったうえで見ているかもしれないと有り得ないことを考えて孫を見てしまいます。

 考えてみれば、先祖の血を引く私の息子の子供ですから、先祖と無縁ではなく、先祖から引き継いだ孫と考えれば、孫を見る目も違ってきます。
 本日の永代経の開始前に、三男夫婦が孫を連れてきたことで、我家の後継者として孫のお披露目の機会ともなり、息子たちにも先祖や親族の存在を意識させられたと思うと、例年とは違う意義のある一日ともなりました。

                本日の体重 72、6キロ    4月15日の一言

一宮市までピアノリサイタルへ


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ピアニストの佐藤由美さんの挨拶

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尾西信金ホール 一宮市木曽川文化会館

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有難うございます

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後援会長とのトークショー

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演奏中の撮影は不可です

 本日は一宮市の木曽川文化会館「尾西信金ホール」で開催された、「佐藤由美ピアノリサイタル」を鑑賞に訪れました。元々は木曽川町の庁舎だったようですが、一宮市と合併したことで市民の憩いの場所に変わりました。

 佐藤由美さんのピアノリサイタルは4月30日にも仙台市青葉区のピアノサロン「ルフラン」でも開催(午後3時開演)されますので、お近くの方は是非とも足を運んで、見事なピアノの音色を鑑賞してください。
 私のような音楽音痴にも声をかけていただくことで、クラッシック音楽を鑑賞させてもらっています。

 私は佐藤由美さんの父親との縁があって平成11年からピアノ演奏会を鑑賞するようになりましたが、津島市でも西愛宕町の茜屋さんで10年以上にわたって演奏会が開催されていたことから、津島市にも多くのファンが存在します。
 その中心となって尽力されていた茜屋のマスターが本年2月に他界されており、本日の会場にその姿が無いことは判っていても探してしまう自分には、会場内にマスターが存在していたと思えてなりませんでした。




オマケ ↓
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 昨年12月に生まれた孫が、数日前から寝返りを打つようになり、足をけって前に進んでいく姿です。足腰の強さに驚かされる一方で、目を離すと窒息してしまうため、注意が必要となりますが、孫の成長に毎日が楽しくなってきました。

           本日の体重 72、8キロ 徒歩数 2398歩 間食あり
                                    4月14日の一言


新しい輪袈裟が四国より届けられて


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ひので動物クリニック  弥富市

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診察が終って相棒にも笑顔が

 不思議なもので、相棒リマも年齢を重ねてきたことで、我々の話している内容がそれとなく判っているようですが、本日は車窓から見える風景に見覚えがあるのか、私の腕の中で眺めていました。

 今月初めに和歌山県から奈良方面へ同行させていたため、喜んで車に乗ってきたものの、到着した場所が病院と判って身体中が震えだしましたが、本日は他の犬がくつろいで待っていたことと、先生の対応に馴れてきたのか、狂犬病の予防接種を受けて蚊やダニの薬を処方され、診察後は笑顔を見せてくれました。

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四国霊場会からの宅配便

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新しい輪袈裟

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平成19年に授けられた輪袈裟

 平成19年に四国八十八ヶ所霊場会から授かった輪袈裟が汚れただけでなく、縫い目が解れて糸が垂れたり、紐の部分も切れたり伸びたりしているため、巡拝する度に結び直して使用していました。

 この輪袈裟は公認先達だけか使用できる輪袈裟で、新たな輪袈裟を授かるためには、今まで使用してきた輪袈裟を霊場会に返上する必要があり、限界とは思っても授かってから四国を7回結願し、西国や坂東、秩父の観音巡礼にも一緒に同行した汗と思い出の詰まった輪袈裟のため、新たな輪袈裟を授かることはできませんでした。

 新たな輪袈裟と交換した今までの輪袈裟は、霊場会の僧侶によって「お炊き上げ」にされるとの話でしたが、新しい輪袈裟のために燃やされてしまうのは偲びがたく、私の「お炊き上げ(火葬)」まで手元に置いていきたいと霊場会に検討をお願いしていました。

 霊場会の話では、使われなくなった先達の輪袈裟を悪用するニセ先達も存在するため交換と決まっていたようですが、ニセ物の錦の納め札をお金に交換していたニセ遍路に騙された過去の経験があることから、輪袈裟も悪用されると大変なため、本格的な修理と洗濯に出そうかとも考えていました。

 そんな展開の中で新たな輪袈裟が届けられました。先達に補任された当時の新鮮な気持を思い起こして四国に赴きたいと思います。

 さて、お遍路ブームの中で、全国各地に巡礼地や霊場会が展開され、朱印を集めるのも珍しい行為では無くなったためか、朱印をスタンプラリーのように集める人や、四国霊場以外の読経もしない参拝客に「お遍路に行ってきた」と話をされることが増えました。

 「お遍路」や「四国遍路」を近くの寺社巡りの参拝と混同している人も多いものの、辞書を調べると「お遍路」は「祈願のため、四国における弘法大師修行の遺跡八十八か所の霊場をめぐり歩くこと」とあります。

 愛知県内の知多四国は勿論ですが、津島霊場会の参拝はお遍路ではなく、参拝や巡礼を否定するものではありませんが、四国の公認先達として四国遍路の魅力と弘法大師(空海)の教え「即身成仏」を目指したいと思う一日ともなりました。

                                    4月13日の一言

日々の生活に流されているものの

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午後6時45分 津島東高校の西方から

 本日夕方のウォーキング中に東の空を見ると、見事にまん丸の月が輝いており、満月かもしれないと持っていた携帯電話で写真に収め、帰宅後にネット検索すると昨晩が満月でしたが、今年はあと2回の満月と2回の新月で一年が終ると考えると空しさも実感させられます。

 無関心で不勉強な私にとっては、満月と新月の違いも説明ができず、改めて確認した次第ですが、約半月ごとに満月と新月が繰り返されて一年が経過しており、グアム島に潜んでいた旧日本兵の横井さんは、この月の変化で28年間の日時を確認していたと言い、28年で数日間よりズレが無かったことには驚かされました。


不登校の子がハロウィーン企画 「みんなで楽しい」
記事の続き…
 福岡JCの担当の西島大輔さん(36)が、不登校経験のある高校生や大学生らでつくる団体「Fline(フライン)」に企画を持ちかけ、同団体の催しに参加している不登校の子ども10人近くが集まった。西島さんは「子どものためのイベントだから、子どもを巻き込みたいと考えた。みんなで何事かを成し遂げる経験は大切。楽しみ、達成感も含めて体験してもらえればうれしい」と話す。
 同市早良区の中学3年牧野春花さん(14)は小学2年の時、飛行機が落ちてくる怖い夢をよく見るようになったのがきっかけで母から離れられなくなり、不登校に。中学校でも不登校が続き、修学旅行には参加したが、運動会や合唱コンクールは一度も行かなかった。「先生に声をかけられても、周囲に『特別な時だけ来て』と思われるのも嫌だし、みんなの足を引っ張っちゃうんじゃないかと思って」
 将来の夢は保育士。「こうしてみんなでわいわいやるのは楽しい。貴重な経験だし、小さい子とふれあうのもとても楽しみです」。当日は子ども向けの遊び場でゲームの担当をする。
 イベントは31日午前11時~午後5時、小学生以下が対象で無料。問い合わせは福岡JCの西島さん(090・1114・6996)。


 本日の新聞には、不登校の記事とともにイジメに関する記事も掲載されていましたが、この問題は永遠に無くならず、永遠に繰り返されて新聞記事になっていくと思われるものの、学校のルールから外れれば簡単に回避できる問題かもしれません。

 私は不登校との意識はありませんでしたが、中学2年生の学期末に入院し、退院した時には3年生の新しいクラスになっており、それまでの空間と比較すると息苦しく、毎日家を出て行くものの、学校には行かずに自転車で遠出をすると、それまで親に連れてもらって行っていた場所に自分で行くことができ、やるべきことを放棄して自分の自由になる時間が病みつきとなり、それ以来「ズル休み」の常習者になってしまいました。

 同級生たちが教室で授業を受けている間に、自分は何も考えずに放浪する気分は最高で、今でも総ての責任を放棄して捨てたいと思う願望がありますが、家や部屋から出られない不登校は問題と思うものの、イジメに耐え、嫌でどうしようもない教師に怒られて我慢するばかりでなく、結果を考えずに外界に出ることも一つの選択と思われます。

 「やられたらやり返すまで帰ってくるな」が私の父親の教えで、最近はこんな教えは問題とされるかも知れませんが、イジメられたら教師や親に言うだけではイジメは無くならず、自分の手でイジメられない対応を考える必要があります。教師や親に訴えるより、周りを見渡すと簡単な解決策が存在します。

 もっとも、そんな対応ができないためにイジメを苦にして自殺する生徒が後を絶たないと思いますが、イジメはいけないものの、イジメは絶対に無くならない前提にたてば、無くすことよりも「やられたらやり返す」か「されない工夫」を指導していく必要を感じます。

 私は不登校体験だけでなく、高校の落第経験も、非行体験もあり、高校時代には強力な仲間が存在していたことから、学校にストレスを感じなくなり、学校に行くことが好きになっていきました。そんな経験も役に立つことをしばらく忘れていました。

                 本日の体重 71、5キロ 徒歩数 8594歩     
                                    10月28日の一言

ネット不調により過去の一言を振り返って

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 昨日の一言に、「無線ランWi-Fi機能の不調に時間を浪費して」と題した記載を行いましたが、我家は地元の有線テレビ局とインターネットのサーバー契約をしているため、パソコンやネットに不具合があると、有線ゆえにパソコンに詳しい知人のアドバイスがそのまま生かされないことがあり、今回もそんな単純な不具合で、訪問してくれた知人には大きな迷惑をかけてしまいました。

 私は上高地や四国遍路に出かける時のために、一番低額の設定ですが「OCNモバイル」と契約しており、携帯電話と固定電話はソフトバンクと契約して、携帯電話でもネットができておりメールもヤフーを使っているため、周りから「ヤフーBB」や「OCN」に移行することを勧められますが、過去に書き込んだ記録や、ホームページのアドレスの関係で移動ができません。

 無線ランWi-Fi機能の断線は一週間前から続いていましたが、前記したように「OCNモバイル」と契約しているため、何事もなくネット生活が持続しており、外出時は携帯電話からパソコンのメールも確認でき、ブログも発信できるため支障はありませんでした。

 さて、私は平成16年2月に初めての一言を記しましたが、過去の本日付の一言を読み直したところ、当初は議員として選挙や政治活動に関する記載が続いていたものの、最近は我家のペットや孫、四国遍路とか上高地など趣味や趣向に関する記載に変わってきています。

○祖父江町会議員選挙個人演説会場で…平成16年2月13日のつぶやき

 今回の無線ランWi-Fi機能の不調は、1ケ月前からプリンターのWi-Fi機能も不通になっているため、新しい機器に交換しようかと覚悟を決めていましたが、新しいパソコンを入れても過去のパソコンを予備として残してきたために、総てのパソコン(現在デスクトップ2台、ノートパソコン3台)の設定を変えるのは大変な労力となってしまいます。
 新たにデスクトップ1台を入れ替え、ノート型1台と2台だけで運用する必要がありそうです。

○高野山 町石道を金剛峯寺まで …26年10月20日
○週刊朝日は売れたものの…24年10月20日
○監視が厳しい私の事務局長に…23年10月20日
○漫画の教育的効果に感心して …22年10月20日
○行動しないと反応も返ってこない…21年10月20日
○不正の改善を市民の足かせにしない…20年10月20日
○矢合観音と3ケ寺めぐり…19年10月20日
○名古屋市より津島市の方が親切…18年10月20日
      http://www1.clovernet.ne.jp/oshika18/contents14.htm#161020

 本日の夜開催された書道会は、平成6年の秋から毎週火曜日の夜に開催してきましたが、恩師が書き記した手本を総て残してあれば貴重な手本になったと思われますが、10年後から始めたこの一言は総て残されており、毎日記してきた一言を読み直すしていくと、自分の主張にも年齢とともに変節していることが判り、忘れていた新鮮な気持ちも思い起こさせてくれます。

                  本日の体重 71、3キロ 徒歩数 1884歩
                                     10月20日の一言

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何もしないままに一日が経過して

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我家の花梨です。これから虫が入って完熟には至らないんですね…

 「朝からごめんなさいね」
 「何かあったの」
 「実は、母親が亡くなったの」
 「えっ、そうーなの」
 「それで、今日10時半から葬儀なんだわァ…」
 「じゃー、送らせてもらうわ」
 「えっ、今日は居るの…」
 「今から急いで行くわッ」
 「えっ、今から…」
 「今、何時なんだァ」

 昨日の夜半から早朝にかけて気温が低下したことで、起床した時に身体に違和感があり、布団に入りなおして寝ていると携帯電話が鳴り響き、時間もわからず応対した会話ですが、例年の慣例では10月の8日か、前後する三連休には上高地に出かけていますが、今年は休日の前後に公的日程があることと、月末に四国遍路を控えているため外出しておらず、中学の同級生で私のいたずらには手を焼いていたという女性からの電話で起こされました。

 「おい、何やっているんだぁ」
 「どうしたんだ」
 「コーヒー屋でも行こうか」
 「いかん、いかん、葬式があるんだ」

 今度は学生時代の不良仲間からの電話で、葬式が済んでから連絡することにして外出したものの、帰宅後に仮眠のつもりがそのまま寝てしまい、目覚めた午後5時に携帯電話の履歴に気づいて連絡すると、朝からアルコールも口にせず待っていてくれた様子に、慌てて車を走らせました。

 本日は雨が降っていたこともありますが、何もしないままに一日が経過してしまいました。明日も特別な予定はありせんが、自分のやるべき仕事は山積したままとなっており、それでも締め切りが無いので手がつきません。

 さて、本日午後10時20分の訪問者数は300230 人となっていますが、最近の他のブログを拝見して、「キリ番ゲット」の記載を読んだことから、記念する「30万人目」のカウンターを見たいと考えていましたが、昨日の早朝までの未明にキリ番が終っていました。
 このヤフーブログは、平成18年秋から記し始めましたが、この一言は16年2月から続けており、人気のあるブログではないものの、このブログによって出会った人も多く、このまま元気で続けていきたいと思っています。

                   本日の体重 71、3キロ 徒歩数 789歩
                                    10月11日の一言

全く歩かない一日が経過して

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 本日の愛知県は清々しい秋晴れとなり、ピーちゃんを日光浴のため2時間外に出していましたが、部屋へ戻したところ私のもとを離れず、手の平で死んでしまったかのように眠り続ける姿から、私が安否確認のため何度も夜に確認に行くために睡眠不足になっている可能性も感じさせられました。

 野生の鳥は、夕陽が沈んで暗くなる午後7時頃には巣に戻り、朝の日ノ出以降に行動を始めると思いますが、我家のピーちゃんは夜10時まで部屋の電気がついていることと、私が安否確認で巣を覗きに行くだけでなく、生きていることを確認してから戻るため、確実に寝不足になっていると思います。

 さて、一年前には私を呼ぶために「チュン、チュン」と鳥カゴから鳴いて呼んでいたピーちゃんですが、最近は私を呼ぶことはなくなったものの、私が帰宅すると鳥カゴを出て一緒に居ることを当たり前にしており、私の傍で居眠りするようになりました。

 最近になって判ったことは、私を呼ぶために鳴かなくなったものの、家内の声を聞くと「チュン、チュン」と鳴くようになっており、家内は毎日鳥カゴの掃除と水の交換をしていることが原因で、鳥カゴの掃除をする時に必ずミルワームを与えていることから、ミルワームを目的に鳴いていると思われます。

 私を呼ぶために鳴かなくなったことは、一年前には鳥カゴの扉を開けておらず、今はいつでも飛んで出てこれるようになっているため、呼ぶ必要もなくなったことと、いつも在宅時は一緒にいることを当たり前にしているからと思われます。

 何故に家内しか鳴かないんだろうとの疑念も、家内と一緒に居てもピーは私のもとに飛んで来るため私が一番の存在には違いがなく、このことで家内にも可愛がられれば幸いと思っています。

 本日は胃ガン検診のため、昨日の夜8時以降は食べ物を口にできず、夜12時以降は水も口にできないため、最後に水をコップ2杯飲んだことから、夜にトイレに走り、無意識に食べ物を口にしてしまう心配をすると眠られません。

 10日後に一緒に検査した肺ガンの検査結果とともに結果が判りますが、これから大腸ガンと前立腺ガンの検査も続き、最後に基本検診を受診する予定となっており、昨年7月より管理栄養士さんの指導を受け、9キロの減量結果となっていることから、検査結果も改善していることに期待していますが、最近リバウンドしかけており…

                    本日の体重 71、8キロ 徒歩数 273歩
                                      10月2日の一言

祖父江町で津島市民を道案内へ

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我家の近くで見かけたザクロです

 「明日、来たら」との息子(三男)の一言により、数日前から肩や腰の不調を感じていたため、息子の勤務する祖父江町の「いしかわ針灸接骨院」に走りました。

いしかわ針灸接骨院 http://www.cure-care.jp/ishikawa/

 本日は議会だよりに掲載される自分の原稿提出期限が午前中になっており、編集委員となっている自分が担当する原稿を受け取るのが午後1時になっているため、昼前に市役所に出かけて午後に帰る予定としていましたが、息子の一言によって、市役所に原稿を提出してから祖父江町に走って、午後に市役所に戻ることになりました。

 祖父江町は私の出生地となる母親の実家があり、私の出身高校が存在するため、治療後に懐かしい母校の周りへ車を走らせ、すっかり変わった街の中に昔の面影を探して実家の祖父や伯父と縁のあるコーヒー屋さんに立ち寄りました。

 今年85歳になられる先代のご主人から昔話を伺うと、私の祖父とご主人の父親が株を通して縁があり、ご主人は伯父と同級生のため、昔話に花を咲かせていましたが、ご主人の耳が遠いため私の言葉は伝わらず、ご自身の株の投資話を聞き続けることになりました。

 そんな時に、知人の住む町名と道を尋ねて訪れた老婦人があり、ご主人が地図を持ってこられて、訪ねていくお宅のありそうな住宅は判ったものの、このコーヒー屋さんから行き方を教えても土地勘がなく行けそうもありません。

 ご主人とのやりとりから、老婦人が私と同じ津島市から来られたことが判り、目的地が津島市に帰る道筋にあることから、私のカーナビで検索して目的地まで誘導していくことになりました。

 「大鹿さん?」
 「はい、大鹿です」
 「いっぱち(一八)さんですね?」
 「私が判りますか」
 「○○です」
 「そう言えば、見たことが…」
 「○○の前の○○です」

 議員になって17年目になっており、17年前の選挙時に知人より紹介されたお宅の奥様で、年齢を重ねて顔が変わっているものの、偶然に他市で出会った人が同じ津島市民で、津島市民と判ったことで、私を「大鹿」と認識していただいたことに議員冥利を感ずることになりました。

 私にとっては出生地となる第二の故郷で、旧知の人々との会話中に、偶然にも同じ津島市の人と遭遇し、道案内を申し出たところ、年齢を重ねて風貌は変わっていたものの、お互いが知りうる人だったことに驚きと同時に、親切にしておいて良かったと思いました。

 一方で、5回も選挙を経験しておりながら、このお宅には17年も顔を出してなかったことも反省の一語となりました。
 さて、明日は胃ガン検診です。

                 本日の体重 71、4キロ 徒歩数 1649歩 
                                     10月1日の一言              

本日、9月議会が閉会となりました

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 本日は9月議会の最終日となり、本会議が終ったのが午後2時半で、3時から10月に開催予定となっている議会報告会で発表する原稿の読み合わせ会があったため、帰宅したのは午後5時近くなっており、火曜日は夜の書道会があるためこのまま夜を迎えました。

 さて、添付した写真は、娘がメール発信してきた四国別格二十霊場慈眼寺の「穴禅定」の洞窟の内部で、霊場会の事務局となっている慈眼寺から届いた絵葉書だそうですが、穴禅定はローソクの火だけを頼りに入っているため、添付した写真も真っ黒にしか見たことがなく、この写真もどちらが上なのか判りませんが、たぶんこんな感じだと思います。

 昨年に孫が「子供先達」になっており、推薦を受けた別格15番箸蔵寺と、今年霊場会の事務局になっている慈眼寺に、娘が引っ越して孫の住所が変わった連絡をしたことに対する返信があり、娘と孫は四国の話題で盛り上がっているようです。

 娘と孫は、今月19日に別格20番に参拝して、別格二十霊場は結願しており、現在八十八ヶ所の第26番まで巡拝しており、来月に高知県から愛媛県の第50番まで廻ると、既に51番から59番は廻ってあり、66番からは9ヶ寺残っているだけですから、年内に満願を果たして高野山に辿り着けそうで、12月に開催される別格霊場会の先達研修会には満願の納経帳を持参して参加ができそうになってきました。

 ただし、四国の観光名所や、地域の名物料理が娘たちにとって一番の関心事ですから、朝7時から午後5時までお寺だけを目標にして巡拝した場合の話で、「三つ子の魂百まで」と言いますから、私が6歳の孫にお遍路の基本を教えてから満願にしたいと考えています。

 さて、明後日には議会だよりの原稿が締め切りとなっているため、明日も完全休養とはいきませんが、9月議会が終ったことから、休息の一日にしたいものの、NPO法人の報告書や新たに企画しているミニコミ紙が何も進捗していないどころか、新たに200万円も投資した福祉タクシー増車の宣伝が何も手付かずになっているため、9月以上に忙しい10月に移行していきそうです。

                 本日の体重 71、1キロ 徒歩数 1710歩
                                     9月29日の一言

夕方まで事務所にカンヅメの一日でした

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本日は雨とは言えない霧のような小雨が降りつづける一日となりました

 議会の最終日を来週の火曜日にひかえていますが、先週に常任委員会が終了した後に、シルバーウィークが続いてその間は市役所が休みとなり、連休最終日に10月に開催される議会報告会の委員会報告分をまとめ、今週の2日間で議会最終日の委員長報告をまとめる必要に迫られ、この間にタクシーのメーター検査や、ボランティアの依頼があり、休みが多かった分毎日が綱渡りのような仕事が続きました。

 ただし、明後日の日曜日に「歩き遍路友の会・東海」の総会が春日井市で開かれ、病気療養中の会長代行として予定した日程を進行する責任が託されているものの、出席される予定だった会長が昨日入院されたことから、総て白紙の状態で臨むことになり、友の会とは言えこれからの進路を考えるとストレスを感じさせられます。

 歩き遍路友の会のメンバーのほとんどが、定年後に四国八十八ヶ所を歩いて巡拝した人々で、お遍路にはそれぞれが「一言居士(いちげんこじ)」であるものの、ほとんどが後期高齢者となっていることから、病気や歩けなくなって退会される人も多く、会の存亡には厳しい現実も漂います。
 四国を訪れると、若い世代や外国人のお遍路を見かけ、お遍路人気の広がりを実感させられるものの、中高年が多い既存団体への入会希望は少なく、新たな会員の入会が無いと友の会は存亡の危機を迎えます。

 同じことが、私の主宰するNPO法人にも起こっており、平成17年にボランティアを開始した当時は若かった我々も、私自身が還暦を過ぎており、私より若い役員は2人だけで、サービスを提供している人々も高齢で鬼籍に入る人が増えました。

 ボランティアの中心となる「福祉有償移送」についても、若いボランティアが加入しないと10年先は活動ができなくなりますから、館長が高齢になっている「横井庄一記念館」の後継問題とともに、私の周りは日時を意識してストレスを溜め込む問題が山積しています。

 明日はホッとする土曜日を迎えますが、同級生の親が亡くなったとの連絡が入り、日曜日の総会の資料印刷など、休日とはいえない一日が待っています。

                   本日の体重 70、1キロ 徒歩数 6484歩
                                      9月25日の一言

灯台下暗しを実感する一日に

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 私の住む愛知県津島市越津町地内に植えられている『彼岸花』です。週末に訪れていた四国遍路では、至るところに彼岸花(曼珠沙華)が咲き誇っており、その真っ赤な色彩が未だに印象に残っていますが、私の住む町内にも彼岸花が咲いており、我家の希少な彼岸花も咲いておりました。完全なる「灯台下暗し」ですね。

灯台下暗し(とうだい もとくらし)…自分の身の回りで起きていることは、意外と分かりにくく、気がつかないものだというたとえ。 灯台は、海岸近くにある灯台ではなく、灯明台(とうみょうだい)のことで、昔、 部屋の中を明るくする為に、用いた、火をともして置く、少し高い台のことで、この台の真下は、 暗くて、よく見えないことから生まれたようだとのネット解説を引用しました。

 彼岸花とはよく言い表した表現で、必ず秋のお彼岸には花を咲かせており、我家でも自然に生えてきたものですが、かつてはお墓に咲く花として指を指すと曲がってしまうと嫌われていたものですが、最近は街角で見事に管理された彼岸花も増えてきました。

 昨日は朝の5時に四国から自宅に帰り、しばらく仮眠していると来客があり、午後から地元の真言宗のお寺で開かれた「阿息観」に参加すると、指導する副住職より「般若心経」や「お彼岸」の説明がありました。

 我家のお墓は市内の浄土宗のお寺にあり、私が月曜日と水曜日、金曜日にノルマとしている夕方ウォーキングの目的地としている珈琲屋さんに近く、本日は夕方に歩いてお墓参りをしようと考えていると、午後から旧知の仲間の訪問によって、外出したままになってしまいました。明日は水曜日のため歩いて行きます。


お彼岸って何ですか? 曹洞宗近畿管区教化センター

 ただし、シルバーウィークを2日間しか外出せず、自宅に戻っている原因は、連休後の24日の午前中が締め切りとなっている議会報告会用の原稿作成と、24日中に提出を求められている9月議会最終日に発表する委員長報告も書き込むためで、来客によって時間に迫られる危機的状況にありながら、忙しいとは言いながらも断れない性格の甘さが睡眠時間を削っていきます。

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 さて、私と一緒に四国遍路に出かけていた孫は、本日から親子3人で福井県に出かけており、こんなトンマな写真をメールで送付してくれば勝手に添付されてしまうとは思っていないところも「灯台下暗し」と言えるかもしれませんね。

 今晩から明日は完全に仕事の一日となります。

                  本日の体重 70、7キロ 徒歩数 1783歩
                                      9月22日の一言

のどかな自然環境と、悲惨な事故の発信に

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久しぶりに外出したら水田には稲穂がでていました。

 本日から9月議会の一般質問が開催されていますが、今儀会には17人の議員が質問の通告をしているものの、これまで2日間だった日程を3日間にしたため、本日は7人で質問を終えて午後4時過ぎに帰宅することができました。

 霧のような小雨が降っていたものの、月曜日と水曜日、金曜日はウォーキングをノルマとしているため、折りたたみ傘をポケットに入れて自宅を出発しましたが、公務よりも雨が続いていたため本当に久しぶりの外出となりました。
 雨でも歩きに出かけないと体重がリバウンドしてしまう危機感を実感しての外出です。
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中央から右は雑草が生い茂っています

 水田を見渡してみると、稲穂がでていましたが、よく見ると雑草だらけの水田も存在し、ヒエやアワが稲穂のようにたわわに実っており、我家のピーちゃんのエサには最高の環境ですが、最近は雑草が生い茂っても放置したままの水田が増えました。

 我家も人のことは言えませんが、水田の中は家内がこまめに管理しており、こんなに雑草が生い茂ったことはありません。

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稲穂ではなく雑草の実です

運転の高校生死亡 追い越しで接触、街路灯に 9月5日ヤフーニュース
 5日午前2時20分ごろ、愛知県津島市百町柿割の県道で、前方の車を追い越そうとした2台の車同士が接触、後ろを走っていた乗用車がはずみで右側の街路灯に衝突し、運転していた愛西市日置町、通信制高校生、若山敦也さん(18)が頭を強く打ち死亡した。同県警津島署が詳しい事故原因を調べている。
 同署によると、現場は片側1車線で追い越し禁止。最初に愛西市の会社員の男性(18)が追い越しを始め、続いて追い越そうとした若山さんの車が後方から接触したという。若山さんの車に同乗していた名古屋市中川区の会社員の女性(19)も軽傷を負った。3人は友人で、名古屋市内で遊んだ帰りだったという。

 春に植えられた苗が花を咲かせ、実が熟してあと一ヶ月も経過すれば収穫の時期を向かえ、一年の月日の経過の早さを周りの環境から実感させられますが、私の地元でこれから花を咲かせ、実になるべき高校生の交通死亡事故の発信がありました。

 ネットへの書き込みの中には、事故現場には被害者の肉片が散らばっていたとも記されておりましたが、翌日の夜現場を通行した家内の話では、道路に血が残っていたと言いますから事故の悲惨さが実感させられます。

 添付した写真でお解りのように、緑の水田が続く農村地帯の中を走る県道で、18歳の若者が命を失った死亡事故が発生しており、一緒に同乗していた女性は勿論ですが、家族の悲しみを考えると言葉が見つかりません。

 私が経営していた新聞販売店では一人の女性が交通事故で死亡しており、事故により多額の保険金が入ってきたものの、事故後に購入した家は転売され、一家は離散して消息も判らなくなりました。
 我家で働いていた若者2人もドライブ中に事故で命を落としており、偶然ですがこの2人の家も他人に転売されて離散しており、賠償保険で代償となる多額のお金は入ってきても家庭環境は大変な事態を迎えます。

 我家に当てはめて考えると、後を託している三男が事故で命を落とすと我家の未来は無くなり、親より子供が早く死んでいく悲惨な事故は悲しみが募り、幼少の頃に交通事故で母親を亡くし、苦難の道を歩いた我家の親たちの苦しみがよみがえってきました。

                   本日の体重 71、3キロ 徒歩数 8093歩
                                       9月7日の一言

連日の雨が徒歩数の障壁となっています

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 車イスのまま乗車できる福祉車両を8月に購入し、新たな車イスも購入する予定でしたが、亡くなられたご主人に使用されていた私に寄贈された車イスについて、修理すれば十分に使えるとの話から修理を依頼していたものが本日帰ってきました。

 いただいたご家族のご厚意に応えるため、早速車に備え付けましたが、現実には座高が高い人は頭が天井についてしまい、女性か私くらいの座高が限度であることが判明しました。

 もっとも、車イスが必要な人は、自分専用の車イスを所有していることから、この車イスは緊急用として車両に搭載したままにして利用したいと思います。

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 添付した人々の写真は、昨晩に名古屋市の鶴舞公園に近いイベントスペースK・D ハポンで開催されたショートコントの公演後に挨拶する出演者と観客の姿で、私は家内と、娘と孫の4人で鑑賞しましたが、名古屋の演劇や芸術の幅広さを実感させられました。

  ここでは連日何らかのイベントが開催されており、狭いスペースの観客席も舞台スペースとして演技が続けられ、ファンがコーヒーを飲みにくるような気軽さで立ち寄る姿に感動です。一度お立ち寄り下さい。

K・D ハポン (ケーディ・ハポン)~空き地~  http://kdjapon.jimdo.com/
                      〒460-0012  名古屋市中区千代田5丁目12-7
                                TEL 070-5257-1324 (052)251-0324
 

 会場で多くのイベント広告をいただきましたが、この中に私にとっては最高のプレゼントとなる広告が存在し、名古屋で鶴田浩二さんが主演した『雲ながるる果てに』の映画が9月17日から19日まで(14:00~15:45)放映されることが判りました。
 この映画は、映像技術の差はいかんともできませんが、最近制作された百田 尚樹氏の『永遠の0』とは内容と配役のレベルとも格段に違う見事な名作品です。

 鶴田さんが出演する作品をビデオやDVDで観ることは簡単ですが、映画館で鑑賞できる機会は限られているため、議会開催中ではありますが、時間を調整して絶対に見たいと考えています。

       住所〒453-0015 愛知県名古屋市中村区椿町8-12 アートビル1F
                  TEL:052-452-6036  FAX:052-452-5572

 昨年に岐阜柳ヶ瀬商店街の「ロイヤル劇場」で、鶴田浩二さん主演の映画が上映されていることを知り、家内と数回訪れましたが、我家の前からバスで直接行ける場所にミニシアターが存在することは知りませんでした。楽しみが増えました。

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 本日開けた丹波ワイン『鳥居野(赤)』です。一年前より夕食に必ず赤ワインを飲んでいますが、味よりもアルコールと健康目的のため、添付した「鳥居野」よりも定額となる「翡翠(カワセミ)」の方が良く、何よりもコルク栓は抜きにくいため高級ワインよりも低額なワインの方が飲みやすいんですね。
 翡翠(カワセミ)は2015年11月13日発売予定とのことです。

                  本日の体重 71、1キロ 徒歩数 529歩
                                      9月6日の一言

発言も封じられそうな政権運営に

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本日午後7時15分の自宅前です 曇り空から眩しいくらいの夕陽が差し込みました

 自民党安倍首相に近い議員でつくる勉強会「文化芸術懇話会」で、沖縄の地元紙を含む報道機関を威圧する発言などが問題となっていますが、講師役で首相と親しい作家の百田尚樹氏の発言が明らかに公平性に欠けているが、後のマスコミの取材に、「講演で言ったのではなく、講演後の出席議員との雑談のなかでポロッと出た軽口だった。冗談のつもりで、本意ではない」との言い訳は余計に確信犯であることがうかがわれます。

 多数決は民主主義の原則ではありますが、国民世論の過半数以上が反対する世論を無視した安部政権の国会運営と、安部首相をとりまく関係者や、公平性に欠けたNHK会長の発言や、今回の百田氏の発言などを考えると、戦前の言論統制に走った歴史背景と同じような暗黒時代のような気持ちにさせられます。

沖縄の尊厳・報道の自由を威圧 放言飛んだ自民勉強会
記事の続き…
 会合の最後、百田氏が「政治家は言葉が大事。『負』の部分はネグったら(無視すれば)いい。いかに心に届くかだ」と締めくくると、会場からは大きな拍手が起きた。
 百田氏の発言内容にもかかわらず、勉強会の代表を務める木原稔・党青年局長は会合後、記者団に「百田氏は自分の強い信念に基づいて発信し、国民に受け入れられている。われわれ政治家が学ばなきゃいけない」と語っていた。
 出席者の一人も26日夜、軽い調子で振り返った。「百田さんの話がめちゃくちゃ面白かったから、居酒屋トークみたいになっちゃったんだよ」(二階堂友紀)
■首相陳謝せず
 「事実であるとすれば大変遺憾だが、行政府の責任者としてだれがどう発言したのか報告するのは難しい」。首相は26日、安全保障関連法案を審議する衆院特別委員会で語った。民主党の寺田学氏が勉強会での発言内容を確認するよう求め、昼休みを使って浜田靖一委員長が確認。それでも、首相が事実関係を説明することはなかった。
 「報道の自由」や「沖縄との信頼関係」を揺るがす発言だが、明確な陳謝もなかった。首相は「その場にいないにもかかわらず、勝手におわびすることはできない。発言した人物のみが責任を負うことができる」と語り、民主党の辻元清美氏は「自民党として恥ずかしいとの言葉はないのか」と追及した。
 首相は発言者への処分について問われたが、「私的な勉強会で自由闊達(かったつ)な議論がある。言論の自由は民主主義の根幹をなすものだ」と否定した。沖縄1区選出で共産党の赤嶺政賢氏が自民党に「何が自由と民主主義だ」とヤジを飛ばし、騒然とする場面もあった。
 自民党内からも、沖縄を地盤とする宮崎政久氏が勉強会代表の木原稔青年局長に百田氏の発言について「歴史に対する無理解だ」と抗議。木原氏は「事実と違うならメンバーに正しいことを伝えなければいけない」と語った。
 通常国会は安全保障関連法案を成立させるため、戦後最長の95日の延長を決めたばかりだが、自民党の佐藤勉国会対策委員長は周辺に「毎日毎日、鉄砲玉が後ろから飛んでくる」と漏らし、いら立ちを隠さない。憲法学者から法案を「憲法違反」と指摘されたことに続く大きな火種になった。
 野党が特に問題視するのは「(勉強会は)首相の応援団。安倍政権の体質が本当に劣化している」(辻元氏)とみるためだ。
 勉強会には、首相側近の加藤勝信官房副長官らが参加したが、逆に、同じ日に開催を予定していたリベラル系議員の勉強会には、党執行部が「時期が悪い」と注文をつけ、結果的に開かれなかった。
 異論を封じる姿勢はメディアに対しても続く。昨年の衆院解散直後、党はテレビ各局に選挙報道の公正中立を求める文書を送付。今年4月には党幹部がテレビ朝日とNHKの幹部を呼び、報道番組の内容について事情を聴いた。
 小選挙区制度の導入で、首相や党執行部の力が強まり、中堅・若手の空気は特に一色に染まりがちだ。また、2009年の下野後、党の独自色を出そうと保守的な色彩が強まったことも背景にある。首相と距離のある党中堅議員はこう切り捨てた。「首相の応援団のはずが、逆に足を引っ張っているじゃないか」(高橋福子、笹川翔平)
■権力のおごり
 《砂川浩慶(ひろよし)・立教大学准教授(メディア論)の話》 今回の百田氏の発言は、非公開の場という油断があったのだろうが、逆にいえば元々の考えが出てきた「本音トーク」。民間人の発言とはいえ、人選の段階で何を話すかは想像できる。自分たちの思いを代弁する人を呼んでいるわけで、今の自民党の思いが反映されていると言える。主催者として発言内容に責任を持つべきで、意に沿わない発言ならその場で指摘する必要があるだろう。
 安倍政権では、たびたびメディアを名指しした批判が問題になってきた。報道の自由の根っこにあるのは少数意見の尊重。東京から見て「少数」である沖縄の意見を「つぶせ」というのは権力のおごりで、民主主義の根幹を理解していないといわざるを得ない。
     ◇
 25日の勉強会は冒頭以外は非公開で行われたため、朝日新聞は勉強会の複数の出席者を取材するなどし、26日付朝刊で「メディア規制」に関する発言内容を報じた。その後の取材で、百田氏の「沖縄の二つの新聞社は絶対につぶさなあかん」などの発言が明らかになったことから、本人らに取材したうえで、26日付夕刊と27日付朝刊で報道した。

「マスコミに圧力、ダメと言った」 百田氏、批判に反論

昨年2月に私が映画「永遠の0」について記した文面です    2014/2/2(日)
 「永遠の0」については、最近の戦争映画は脚色したり、戦争を歪曲したものも多いため見ないことにしていましたが、一週間ほど前に香川県三豊市役所に勤め、近代戦争史を研究しているMさんより連絡があり、…(中略)… 
 そんなことから遅まきながらの鑑賞となったものの、…(中略)… 
 本日鑑賞した「永遠の0」についても、作者が戦争で生き残った人々の聞き取りをしているため、命に対する葛藤は共通しているものの、出演者に大きな違いがあり …(中略)… 
 鶴田浩二さんは多くの戦争映画に出演していますが、自身が学徒出陣で飛行専修予備生徒(第14期生)で …(中略)… 
 鶴田さんの主演作品『雲ながるる果てに』(くもながるるはてに)は、昭和28年に公開された映画ですが …(中略)… 
 学徒出陣した経験者が多数出演しているため、平和な世の中に生まれた原作者や出演者とは緊迫感が違います。

 原作者の百田尚樹さんについて、本日までほとんど予備知識もありませんでしたが、安倍首相と志を一緒にしているような発信もあり、日本軍創設を主張し、渡部昇一氏との対談で「安倍政権では、もっとも大きな政策課題として憲法改正に取り組み、軍隊創設への道筋をつくっていかねばなりません」と述べていると聞くと、本日鑑賞した「永遠の0」では何を主張していたのか判らなくなってきました。

 私の尊敬する鶴田浩二さんは、多くの戦争映画に出演していますが、昨年2月に「永遠の0」を鑑賞した時に感じた違和感は、同じ戦争映画と言っても、鶴田浩二さんが出演した映画をはじめ、戦後に制作された戦争映画は、過去の戦争による残酷で悲惨な状況下と、軍国主義の反省から制作されており、「永遠の0」には原作者の百田氏の戦争を知らない世代の戦争美化の思想が漂っていたのですね。

 鶴田浩二さんを戦争好きな右翼のように思ってみえる人もありますが、鶴田さんの歌う軍歌や出演した戦争映画は、鶴田さんの若くして命を散らした戦友への鎮魂と、おろかな戦争への反省が柱となっており、最近の変質してきた戦争観に危険を感ずる百田発言ともなりました。

                本日の体重 71、5キロ 徒歩数 12623歩
                                    6月27日の一言

何もできないままに一日が経過して

 戦後70年となり、8月の終戦記念日まで戦争で犠牲となった国民や、戦地に赴いたまま帰還しない旧日本兵の記事が新聞記事となってきますが、人の命が犠牲となる戦争が依然と続くことに、国の存在や政治そのものが原因のようにも思えてきます。

沖縄慰霊の日 翁長知事、平和宣言で「辺野古反対」表明

 国益が優先するのは理解ができるものの、地元となる沖縄の過半数の住民が反対している基地移転について、聞く耳も持たぬまま無視して工事を進めていく手法には、我が身に置き換えると、先祖代々守り継いできた家であっても、公共の利益のためには強制的に奪われても泣き寝入りとなるような前時代的な臭いを感じさせられます。

(インタビュー)沖縄に海兵隊は必要か
    元米駐日大使、マイケル・アマコストさん
記事の続き…
沖縄に海兵隊は必要なのか、と。
 ――駐日大使在任中、湾岸戦争や貿易摩擦で日米関係は様々な課題を抱えていました。今、日本の安倍政権は日米同盟の強化を推し進めていますが、90年代と比べ、今の日米関係をどう見ていますか。
 「貿易摩擦、湾岸戦争だけでなく、(米海兵隊員による)沖縄での少女暴行事件、小渕恵三首相とクリントン大統領による同盟の再確認など、90年代の日米関係は浮き沈みが激しかった。比較は難しいですが、今はうまく行っていると思います」
 「任期中、最大の難題は、やはり冷戦終結後初めての紛争である湾岸戦争への対処でした。石油の輸入を依存している中東は日本にとって重要な地域ですが、当時の日本はイラクのフセイン政権に対する多国籍軍への協力と、その後の国連平和維持活動(PKO)への参加について、法的枠組み、政治的な合意のどちらも存在していなかった。湾岸戦争を機に、その後、どちらも大きく前に進んだのは良いことだったと考えます」
 ――4月に訪米した安倍晋三首相の上下両院合同会議での演説も、現在の良好な日米関係を反映したものと言えそうですね。
 「素晴らしい演説でした。戦争で犠牲になった米国人に弔意を表し、第2次世界大戦で日本がアジアの苦しみを引き起こしたことを認めた。過去の首相たちの正式な謝罪を引き継いだものと私は思います。最も大切なことは、日米同盟のさらなる強化を望んでいるというメッセージを伝えたことで、今回の訪米の重要な要素でした」
 ――安倍政権による安全保障政策の変更をどう考えますか。
 「集団的自衛権の行使を閣議決定したことはとても評価しています。が、これは決して新しいことではありません。9・11同時多発テロを機に小泉政権によって特別措置法が作られ、米国のみならず他の同盟国へも洋上給油などの後方支援ができるようになった。これは同盟がバランスの取れたものになる先触れでした。日本はさらにグローバルに、遠隔地で活動するようになるということです」
    ■     ■
 ――日米の安保協力といえば、基地の提供があります。しかし、沖縄では過重な負担に県民の反発が強まり、普天間の名護市辺野古への移設は実現していません。
 「太平洋における米国の戦略基盤として、沖縄は重要な場所であり続けました。嘉手納飛行場は米空軍にとっては王冠の宝石のような存在です。一方で、沖縄に駐留する海兵隊が死活的に重要なものだとは私には思えません。嘉手納と同様の決定的な役割を海兵隊が担っているという、納得のいく説明を私は聞いたことがない」
 「この20年、普天間という二流の基地の問題が日米の大きな懸案となっていることに当惑を禁じ得ません。もし事故が起きたら日米同盟に壊滅的な影響を及ぼす。辺野古移設は今のスケジュールでも2020年代までかかるわけで、コストと便益を考えると見合わない。さらに沖縄における反対運動は広範で、選挙区から選ばれた国会議員と知事、名護市長の全員が反対している。これほど高い政治的コストに比べて、海兵隊基地の戦略的な価値はどれほどあるのでしょうか」
 ――一方で、中国が海洋進出を進め、沖縄県の尖閣諸島をめぐる緊張もあります。
 「確かに過去10年、中国は多くの予算を海軍に注いできました。中国はグローバル経済大国として世界中から資源を得ており、エネルギー市場へのアクセスを守ろうとするのは当然とも言えます。中国海軍の存在が大きくなるにつれ、アジアでの戦略を調整しなければならない。それが現在、米国と日本が行っていることです」
 「一方で、ワシントンの米議会では国防費を含めた予算の削減が強く求められている。限られた予算でアジア太平洋地域における効果的な戦略を考えれば、空軍と海軍が持つ機動力と即応力こそが最も重視すべきものです。そこで、こんな疑問が浮かぶ。なぜ韓国に米陸軍が駐留しているのに、さらに沖縄に同じ地上軍である海兵隊がいるのか、と。もちろん海兵隊は水陸両用部隊で、海軍の第7艦隊と連携していますが、機動性といえば空海軍が主役です。各軍の間で限られた資源を再配分すれば、アジアでの能力と機能を増大させることができます」
 ――ではなぜ、海兵隊は沖縄に駐留し続けているのでしょうか。
 「ワシントンから離れて13年になりますが、海兵隊が大きな政治力を持っている現実は変わらない。議会から支持を受け続け、古くはマイク・マンスフィールド元駐日大使ら、海兵隊出身の政治家も多くいます。イラクやアフガニスタンでも重責を負い、米国民から称賛を受ける仕事をしてきたことも支持されている理由です」
 「とはいえ、予算削減で軍備を減らすという時、個々の部隊が駐留する地元の反対も判断理由になり得る。沖縄の問題は、米国の予算獲得競争とつながっています」
 ――沖縄戦を戦った海兵隊にとり、この島は「血であがなったもの」という意識があるのでは。
 「それが沖縄の海兵隊の空気なのは確かでしょう。でも、もう70年前のことです。現役海兵隊員の大部分は20歳ほどで、沖縄戦についての個人的な記憶はない。空気は今も続いているが、時が経つにつれて薄れていくはずです」
    ■     ■
 ――普天間移設計画は、20年近く宙に浮いています。
 「日本政府では首相が毎年のように代わり、政治的に最優先の課題となりませんでした。近年、中国の台頭と北朝鮮の核開発により、日本国民が国際情勢に危機感を持つようになり、日米同盟の深化を求める気持ちが高まった。それゆえ、安倍首相は長い間、未解決のままだった問題に高い優先度を与え、政治的なコストを費やそうと考えているのでしょう」
 「しかし、この移設計画には実行する価値があるのか、私の疑問は依然として残っています。基地周辺の住民の善意に頼っている現状は不幸なことであり、もし移設を強行すれば、嘉手納のような重要な基地すら住民の反発というリスクにさらす恐れがあります」
 ――将来、沖縄からの海兵隊の削減はあり得ると思いますか。
 「もちろん。普天間に加えて、沖縄の海兵隊駐留そのものを減らす必要があります。グアムへの移設が主に考えられていますが、一時的なオーストラリアへの移転、フィリピンへの訓練移転、ハワイ、米西海岸への帰還などもあり得るでしょう。19年間も解決されなかった問題を解くには、難しい決断も必要です」
 「一方で多くのことが中国と北朝鮮の状況に依存しています。中国がより攻撃的になったり、北朝鮮が執拗(しつよう)に核兵器開発を続けたりすれば、米議会はアジアにおける米軍のプレゼンスを保ち、防衛予算の増加を認めるでしょう。米軍を維持させる『外圧』は今、米国側にあるのではありません」
 ――日米同盟の今後をどう見ていますか。
 「理想の同盟とは、効果的に紛争を抑止するものです。過去に生まれた安全保障における日本の自主規制は、国民の多くが持つ軍事反対の感情に配慮すると同時に、米国による日本の防衛政策への介入を制限するために考えられたのだと思います。今や日本はよりグローバルで、より行動的な手段を取ろうとしており、それは日米のさらなる統合を可能にします。私の任期と比べて多くのことが変化しましたが、改革は続けなければいけない。日本で言う『カイゼン(改善)』が必要なのです」
    *
 Michael Armacost 1937年生まれ。米国務省の外交官として駐フィリピン大使、国務次官などを経て駐日大使(89~93年)。現在はスタンフォード大アジア太平洋研究所特別研究員
 ■取材を終えて
 「ミスター・ガイアツ」と呼ばれていたことはご存じですね。そう問うと、にやりと笑った。外圧、つまり「米国の意思」を象徴した元駐日大使の口から沖縄の海兵隊不要論が飛び出した。沖縄に同情的だから、ではない。米軍が地元世論に受け入れられなければ、日米関係が不安定化するという冷徹な視点である。
 日米同盟についての元大使の考えは、あくまで米国の国益に即したものだ。仮に米側が普天間移設を見直すとしても、アマコスト氏のいう「日米のさらなる統合」、同盟強化と米軍の肩代わりを一層求められる可能性は高い。
 それでも注目すべきは、日米同盟を重視し、安倍政権の安保政策を支持する立場からも、沖縄の海兵隊の存在意義を疑問視する見方が米国に存在するということだ。米国の戦略上、必要不可欠でないとしたら、沖縄に基地を押しとどめている本当の理由は何か。
 沖縄の翁長雄志知事は、日米安保の重要性を認めつつ、なぜ沖縄なのかと問う。本当に、それしか選択肢はないのかと。問われているのは私たちだ。 (ニューヨーク支局長・真鍋弘樹)

 引用した記事は、かつて日本に駐在したアメリカ大使の発言ですが、「この移設計画には実行する価値があるのか、私の疑問は依然として残っています」との記載には、国会議員も冷静に議論する必要を感じます。

 私は国益よりも個人の財産、国よりも地方主権と思っていますから、沖縄の民意を無視する安部政権には嫌悪感を感ずるとともに、後ろから指揮官に命じられるまま最前線で敵の銃弾に倒れ、その遺骨さえ回収されていない旧日本兵の存在を知っていないのではないかと思えてなりません。

 本日は午前中より電話応対や来客が続き、午後に市役所の仕事を済ませて、帰宅後に積み残した仕事を続けていると、毎週火曜日に開催している書道会の時間が迫り、恩師を迎えに走ったものの、来客があり一度も筆を持たぬままに書道会は終りました。

 「今日は歩かないの」と家内の一言がありましたが、議会最終日に報告する文教建設委員会の委員長報告を今夜中に仕上げる必要があり、ほとんど歩かないままの一日となってしまいました。
 本日の深夜番組では、医師から男性は毎日9千歩歩く必要があるとの一言があり、携帯電話にセットした歩数目標を改めたいとも思います。

                 本日の体重 70、9キロ 徒歩数 1964歩
                                    6月23日の一言

私のこだわり宣言と矛盾に

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 愛西市の勝幡駅から孫とともに歩く私、昨日夕方の様子です。

 「恥ずかしいから止めてよ」
 「何が恥ずかしいんだッ」
 「だって、そんな姿で…」

 着ている作務衣は呉服屋さんで選んだ紬(つむぎ)織の高級作務衣で、家族に安物の甚平か寝間着のような言い方をされ、こだわりがあったわけではありませんが、昨日は展覧会の会場やホームセンターもこの姿で行動しました。

 今週末は半年ぶりになりますが、高野山に志賀弘法友の会の人々を案内することになっており、この作務衣の上に四国遍路に使用している袖無しの白衣(半袖の道中衣)を着ていくか、上下とも純白の遍路姿か迷っていますが、四国や高野山から遠く離れた愛知県でこの姿は「変人」と思われるのかもしれません。

 この作務衣で四国を歩いたことはほとんどなく、ウエストポーチも作務衣用に緑系の物を探し、歩き遍路を意識して私のお気に入りとしたい姿ですが、作務衣とスポーツシューズの組み合わせだけは違和感が残ります。靴にも再考がいるようです。

福島の米にこだわったバウムクーヘン「安心して食べて」

 本日の新聞報道には、福島市の洋菓子店が製造・販売しているバウムクーヘンが紹介され、あえて福島県産の米粉と卵を使い、原発事故後の2011年12月に新商品として売り出し、経営者の「米は安全が証明されている。安心して食べてほしい」との談話が掲載されています。

 一見して美談か風評被害を払拭する記事のようにも感じますが、昨日の一言に「鳥のエサにしている小松菜」に関連して、虫も食わぬスーパーの綺麗な野菜の農薬や殺虫剤にも疑念を示す記載をした私には理解ができません。鳥に与える小松菜でも心配になり、自分の手で栽培して、虫を手で取り除いている私には、わざわざ食べたい品物とは思えません。

 郷土愛から福島産にこだわって製造販売するのは評価したいものの、デジタル新聞に店の名前と電話番号まで記して全国に紹介するのはお節介としか思えず、新聞記者の意図が理解できず、食材の良し悪しにこだわる人々には迷惑とは言えないものの無縁の話です。

 こんな記事を添付したのは、写真を添付した私の作務衣姿と同じで、本人がこだわって生活していることに第三者の意見は無用で、福島産にこだわる店主の心意気には共鳴する自分自身でも矛盾を感じながらの一言でもあります。

                  本日の一言69、9キロ 徒歩数 9445歩
                                     6月15日の一言

童心にかえる孫と一緒の一日になり

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 津島市児童科学館で開催中の第27回茜合同展に出展してある私の「般若心経」の掛け軸を見る孫と娘です。
 
 本日は児童科学館に隣接するプールに孫が母親と出かけており、科学館の2階で茜展が開催されていることを知らせて、私は自宅から歩きながら会場を目指しましたが、展覧会が開催されている地域文化広場では、高校野球やソフトボールの試合が行なわれており、大きな歓声が沸きあがる中を会場入りしました。
 
 この児童科学館には、地域に生息する淡水魚が展示してあり、魚が大好きな孫にとっては最高の環境でもあり、還暦を過ぎた爺に魚の説明をして回ってくれたことから、私もついつい子供心に触発されて「めだかを取りに行こう」と叫んでいました。
 
 ここから娘の車に同乗し、家内と合流して「かっぱ寿司」で昼食です。

 「大鹿さーん」
 「えっ、…」
 「大鹿さーん」

 か細い声の主を探すと、旧知の先輩の姿がありましたが、食道がんで来週から入院するとの話で、やせ細った姿に「お大事に」の言葉に続いて「頑張って」と続け、偶然隣の席となりましたが、病気の人にかける言葉が判りません。
 
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 議会が続いて今週は歩いていないため、昼食後に自宅まで歩いて帰ろうとすると、孫がついてくると言い出し、しばらく歩くと「疲れた」と話し出す始末で、「消防車を見せてやるから」と何とかつれて歩きましたが…

 消防署に到着すると、整然と並ぶ消防車に後ずさりし、建物の裏で訓練中の署員の様子を見物していると、私を認識する若い職員が近寄り、「はしご車に乗せてあげましょうか」と言ってくれたものの、孫はヘルメット姿の職員を怖がって逃げていきます。

 「議員が孫と消防車に乗せてもらっていた」と、市民から言われるのは困るので確認すると、車の始動確認を兼ねて幼児が訪れると常時行っていると聞き、孫と2階のように高いはしご車の助手席に座り、エンジンをかけてもらいました。

 簡単に「めだか」と言いましたが、めだかを捕まえるのは大変で、タモとバケツを持って町内の用水を廻り、やっとの思いで捕まえたものの、家に帰ってから水槽に水を入れて移し変えるのは大変で、めだかのエサを買いにホームセンターまで行くことになりました。

 「あっ、カブトムシだッ」の一言からの後は、皆さんの想像に任せます。
     
               本日の体重 71、0キロ  徒歩数 13995歩
                                    6月13日の一言
 

市議会の一般質問が始まり

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 事務所裏のアンズが熟しはじめ、鳥に突かれて落ちてきます。同じアンズでも事務所前のアンズは黄色く熟し、裏のアンズは少し大きく桃のように赤くなります。

イメージ 2 写真右のアンズが10日前に熟した事務所前のアンズですが、黄色く柔らかいためジャムにするには適しており、事務所裏のアンズは果物としてそのまま食べられるため、鳥も群がりはじめ、熟す前から鳥の被害にあって落下しています。

 これから熟すアンズは実も大きく数も多いため、来週には家内も鍋の番人になってジャム作りの連続となっていきます。

 本日は議会の一般質問が行われ、8人の議員が登壇しましたが、明日は残された6人が登壇する予定で、私は明日の5番目の質問になっていることから、予定では午後3時頃の質問になりそうです。

 明日の質問が終ると、来週に常任委員会が開催され、月末まで議会は続きますが、来週末からは休会日も存在することから、6月議会が済むまで残したままにしてきた自分の仕事にとりかかりたいと考えています。

 自分の仕事?

 議員が本業になっていますが、ボランティアで始めた福祉有償運送と福祉タクシーの車イスが搭載できる車両の購入と、一年前から約束してある高野山への案内(20日・21日)など、お遍路関係の仕事(?)と、上高地の知人たちとの約束、等々

 平成5年まで発行していたミニコミ紙「ふるさとアサヒ」の再刊も宣言してあり、今年中に四国八十八ヶ所と別格二十霊場の満願(一巡)を果たしたいと考えており、会長が不在となっている歩き遍路友の会東海や、事務所2階を地域の人々の集う場所として提供するとともに、神守丈友会の書道展も作品が完成して開催を待つのみとなっています。
 個人的には、市役所の知人に整備を依頼した自動二輪が完成間際になっており、若者気分でツーリングのキャンプ行きも数年前から約束してありますから、役職は減らしてきたものの忙しさは変わりません。

オレオレならぬ「ワタシワタシ詐欺」 東京で13件被害

 さて、「オレオレ詐欺」が「ワタシワタシ詐欺」となった発信があり、男女同権が叫ばれる社会では当然のことかもしれませんが、今まで女性の詐欺事件が騒がれなかったことを考えると、女性の方が良心的なのかもしれませんね。

                 本日の体重 69、9キロ 徒歩数 925歩
                                   6月11日の一言

イエローキャブの発信に新鮮な気持ちに

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大塚性海寺歴史公園・性海寺

 稲沢市で行われている「あじさいまつり」に行ってきました。稲沢市大塚町の性海寺で毎年開催され(今年は14日まで)ており、全国各地で開催されている「あじさい祭り」のレベルでは、「えっ、これだけ」とびっくりするほど規模は小さく、会場となっている性海寺は参拝できる環境にもなっていませんが、私は会場近くに建つ「せんき薬師」の参拝に時々訪れており、ここに参拝するのを主目的にして訪れています。

第24回稲沢あじさいまつり http://www.inazawa-kankou.jp/ev/bana.cgi?no=300 

 しかし、会場に到着してまもなく雨が降り出し、様子をみていたものの雨足は弱まらず、傘も車中に置いたままだったことから、一緒に同行した家内は不機嫌となり、「せんき薬師」に行く雰囲気とはならず、「お父さんだけで行ってきてよ」の一言によって、会場近くで世話になったままの知人宅に土産物を届け、ホームセンターへ買い物に走りました。

せんき薬師 http://www.senki894.com/

 家内が不機嫌になった原因は、雨の中を車まで戻ったこともありますが、それ以上に足腰の負担が大きく、私と一緒に一万歩を目標に歩いているものの、途中で休憩しないと苦痛を感ずるようで、本日は性海寺歴史公園の丘へ階段を上り下りしたことが原因と思われます。

 2年前、上高地から岳沢小屋まで歩いた際にも足を痛めて、下山に苦労したこともあり、学生時代に水泳で県大会に出場し、私より丈夫だったはずの家内ですが、体調管理も必要になってきたようです。

日本版「イエローキャブ」、都内を快走 NY採用モデル

 さて、今週には議会の一般質問を控えていますが、議会活動をおろそかにするつもりはないものの、今年4月の立候補にあたり、私の活動の大きな柱とした「公約」は、通院や買い物に移動困難な高齢者や障がい者を目的地に移送することと在宅支援で、新たなタクシーを購入したいと考えています。

 本日は午前中に、知人の業者から格安の車両があると連絡が入り、目的としている車種ではなかったものの、選択肢を広めて考えていると、本日の新聞やテレビニュースからタクシーの「イエローキャブ」の発信がありました。

 還暦を過ぎ、年齢的にも働ける時間に限界がありますから、福祉移送ボランティアの「福祉有償運送」の規模拡大と、福祉タクシーも事業として本格的に取り組み、移動困難者と在宅支援を本格化したいと思う一日ともなりました。

                  本日の体重 70、3キロ 徒歩数 4580歩
                                      6月8日の一言

久しぶりに出したバイクに孫を乗せて

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 久しぶりにカブ(実際にはヤマハメイト80)を出して埃を落とし、目的も無いままに出かけようとしていると、孫が両親とともに訪れ、「一緒に乗りたい」と訴えたため、親達は乗せたくなかったと思いますが、孫と一緒に地域を走り廻ってきました。
 
 久しぶりと記しましたが、大学時代に起業した新聞販売店で23年間も仕事の足としていたバイクのため、何も違和感がないばかりか、今でも現役の配達人として十分に通用すると思われます。
 
 それにしても仕事用に販売されていたメイトは丈夫に出来ており、販売店を廃業した16年前に3万キロを超えていた走行距離は現在3万3273キロになっていますが、未だに乗用車に加速は負けません。さすがに後輪のスプロケット(ギア)が磨耗しているため急加速はチェーンが悲鳴をあげますが、丁寧に乗れば私の残された人生のお付き合いになりそうです。
 
 私の希望ではこのバイクで四国遍路へ一人で出かけ、地元の人のように地域に同化してお寺を参拝することで、荷台にテントや寝袋を積んで宿には泊まらず、食事も総て自炊で満願を目指せたらと思っています。
 
ものづくり王国愛知、原点は二輪車 地元収集家が展示室
記事の続き…
 冨成さんが二輪車の収集を始めたのは26歳の頃。名古屋市で1953年、オートバイレース「名古屋TTレース」が開催されたことを知ったのがきっかけだ。ホンダとヤマハ、スズキ、カワサキといった大企業しか知らなかったが、レースには19ものメーカーが出場し、うち六つが名古屋周辺の企業だったことを知って驚いた。
 以後、知り合いの部品業者のつてを頼って、当時のメーカー関係者らを探し出し、資料や写真を集めた。技術者らも訪ねて、製作秘話などに耳を傾けた。全国の愛好家らと連絡を取ってコレクションを譲り受けた。そのうちに興味は自転車にも広がった。
 冨成さんによると、60年代ごろまで名古屋周辺では、オートバイのメーカーが創業や廃業を繰り返し、その数はのべ七十数社にのぼるという。また50年には市内だけで、自転車関連で約145の会社があった。ほとんどは零細企業で、59年の伊勢湾台風で被害を受けるなどし、業界の再編が一気に進んだという。
 冨成さんは99年、集めた証言や資料、コレクションなどをまとめて、写真集「名古屋オートバイ王国」を刊行している。実物を見たいとの要望がよく寄せられるようになり、公開を決めたという。「名古屋は二輪車王国で多くのメーカーがしのぎを削ってきた。技術者の情熱や苦労が詰まった話がたくさん残っている。その語り部になりたい」と話す。
 名古屋郷土二輪館についての問い合わせは、冨成さん(090・4198・4771)へ。
 
 偶然にも愛知県で趣味で収集したオートバイや自転車を一般公開し、「名古屋郷土二輪館」として土曜日と日曜日に無料で公開している人物が紹介されており、知人に預けて車検に向けて整備中の自動二輪車とともに、このバイクもこれからの生活に役立てたいと思う一日ともなりました。
 
               本日の体重 70、4キロ 徒歩数 6348歩
                                       6月6日の一言
 

自宅でのんびりする一日に

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 添付したのは私の行きつけの珈琲店で、毎週水曜日と金曜日の夕方に歩いて行くことをノルマとしていますが、珈琲店に行くだけですから、「まぁ、今日は良いか」と用事を優先して帰宅しないと、次も同じように帰れないことも多く、最近では曜日は優先するものの、週3回もノルマとしました。
 
 「せっかく歩いても、コーヒーを飲んでいては…」とか、「歩くだけにしたら」と家内に言われ、夜に歩くようになりましたが、健康のためとか体重の減量のためとは言っても、ただ歩くことを目標にして歩いて行くのは苦痛となり、私の性格では「珈琲店での休憩」など歩いて行く目的を設定しないと歩く気力が沸きません。
 
 家内と夜のウォーキングに出かけ、最後のご褒美となる珈琲店も近所にありますが、「家に帰ってから飲んだら」とか、「コンビニで買ったら」と言われると行く気も無くなり、夜のウォーキングの目的とする「中継点」探しも急務です。
 
 さて、添付した写真は、私の行きつけとする珈琲店の求人募集ですが、女性にも人気のあるシュークリームやスィーツがある洒落たお店で、トイレも綺麗に清掃されており、市外からのお客さんが多いだけに良い人が見つかるのを期待します。
 
 もっとも、アルバイトについては、還暦を過ぎてしまった吾身には無縁の話でしかなく、大学時代でもアルバイトは探さなかったため、高校時代に探した新鮮な気持ちが忘れられず、こんな年寄りでも使ってもらえれば若い気力がよみがえりそうですが…
 
来春採用「増やす」4割超 朝日新聞・主要100社調査
記事の続き…
ただ、今年からの日程の「後ろ倒し」には懸念の声も出ている。政権の要請を受け、経団連などは加盟企業への自主ルールとして、会社説明会の解禁を前年12月から3月、面接や内々定など選考解禁を4月から8月に遅らせた。学生が学業に充てる時間を確保するためだ。これが採用活動に「悪い影響がある」と28社が答えた。
 理由として、「夏は研究で忙しい理系学生が、早く就職活動を終えたいと8月より前に内々定を出す企業に決めてしまう」(非製造業)、「結果的に就活が長期化している」(製造業)などの声がある。
 
 私は大学時代に名鉄系の観光バス会社の車掌(添乗員)をしていましたが、アルバイトで貰う報酬が、名鉄で働き管理職となっていた父親の給料より多く、正社員として働くことの理不尽さから、大学時代に自分で起業する道を探しており、この意思が朝日新聞社の販売部デスクに届き、大学3年次に独立してしまい、その後はアルバイトを探す立場になってしまいました。
 
 大学までいって面接で100社を超える面接を受けて、安い賃金で希望もしない職種で働く学生の気持ちは今でも理解できませんが、還暦を過ぎて年金生活を迎える今になってから、自営業者の少ない年金で生活する老後が寂しく思えるようになりました。
 
 年金が少なくても、先祖から引き継い遺産には終生税金がかかり、老後も働き続ける必要を感じると、自分の家や資産が何も無く、多くの年金をもらえる知人の存在は、日本中を放浪できる環境があるためうらやましく思えてなりません。
 
 景気が回復しているとは実感できませんが、企業が来春の採用を拡大していくことは、学生の選択肢も広がるものの、是非とも自分を安売りせず、希望する職種で就職を果たしてもらいたいものです。できれば地元に帰郷してもらいたいものです。

                 本日の体重 69、8キロ 徒歩数409歩
        朝の血圧 129-77 脈拍 78 夜の血圧 121-71 脈拍 83
                                    5月31日の一言
 
追伸
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 何事もなく一日が過ぎようとしていた夜になってびっくりの展開です。何台も消防車がサイレンを鳴らして走りすぎましたが、最後に走ってきた救急車が「右に回ります」と近所で停まったため、慌てて家を飛び出すと、多くの人々が集まっており、道路は片側が閉鎖されて大渋滞となっていました。
 隣のラーメン屋さんが火元のようですが、火は出ておらず漏電で煙が出た程度で収まっていました。これだけ多くの人が飛び出してきたことに驚きで、昨日も町内で田植えの「野上がり」というお祭があったものの、これだけの人は集まってはおらず、地域のコミュニティを考える一考察になりそうです。

愛雀ピーちゃんのため、名古屋まで買い物です

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何処に行っても気になるのがお遍路です
 
 議会の開会を来週に控えて、自由になる時間がなくなる前にやり残した事があり、本日は買い物に出かける事を決めていると、娘から買い物に行かないかとの電話がありました。
 
 「○○は居るのか」
 「保育園に行っているわ」
 「居ないのか」
 「居るわけないじゃん」
 「そうか、じゃー行かない」
 
 孫が居ないことを理由に娘の誘いを断ってから、家内に事の顛末を話すと、「行ってこようか」との話となり、あわてて娘に連絡して名古屋まで買い物に出かけることになりました。
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 私の買い物の目的は、秘書である愛雀ピーちゃんが大好物としている「おやつ」で、米粉に黒糖をまぶした菓子で、過去に購入しているものの、近くの「バロー」や「カーマ」を探しても見当たらず、遠方のホームセンターまで出向いても存在しないため、製造元の「アラタ」に問い合わせたところ、直接は販売できないものの、「カインズホーム」にあることを教えてもらいました。
 
 過去に娘や孫と出かけた「カインズホームみなと店」で購入していたと思われ、西尾張地方のホームセンターを幅広く探しても見つからないはずで、「みなと店」は鳥やペットに関する用品の品揃えが多いとの話に、新たな発見に期待していると…
 
カインズホーム名古屋みなと店
 
 「近くにもカインズホームが出来たんだよ」
 「それじゃー、そこに行ってみたら」
 「それでも何かあるかも知れないから…」
 「買いたい物があれば良いのでしょう」
 
 家内の一言により、目的のオヤツのみを買うことになり残念の一語ですが、目的のオヤツとともに、水浴びようの外掛用「バードバス」を購入しました。「みなと店」では鳥のヒナから販売しているとの話に、家内には内緒で眼が開かぬヒナから購入したいとの下心が沸いてきました。
 
  愛知県名古屋市港区当知1丁目601−1  http://map.cainz.com/map/824

 カインズ当知店は、今年2月に開業していました。
 
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 添付した写真は、私のお気に入りとしている「なか卯」で食べた『牛しぐれとミニ冷やし小うどん』で、「ごはん」と「うどん」の重ね食いは厳禁にしてきたものの、自動券売機の選択操作に手間取り、後ろに並ぶ人々があったため、お奨めの一品を押した結果です。 ※ちなみに写真は食べかけのショットです。 が、味はさすがにお奨めの一品でした。

 さて、昼食後はコーヒー店に立ち寄る話で車を走らせていましたが、私が車内で缶コーヒーを口にしてしまったため、コーヒー店には立ち寄らず、娘のアパートに近い「イオン」のペットショップに立ち寄りました。
 
イオン名古屋茶屋点 http://www.aeon.jp/aeon/nagoyachaya/
 
 「抱っこしてみますか」の一言は、相棒と同じポメラニアンを見ていた我らに、お店の店員さんが発した一言で、ケースから出された子犬は可愛らしく、触っていると感情が移入しそうで、3ヶ月の約束で預かって別れられなくなった相棒リマの再来となりかねず、私は見ているだけにしました。

              本日の体重 70、2キロ 徒歩数 11907歩
      朝の血圧 138-74 脈拍 73  夜の血圧 118-60 脈拍 80
                                    5月27日の一言
 
追伸
完全なる食べ過ぎ状態です。明日の挽回が必要です。

大海原のような夕暮れ風景を歩き

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午後7時頃の散歩中の光景 水田に水が入り大海原のようになりました

 私の住む愛知県津島市は海抜ゼロメートル地帯で、我家も海面より低い可能性が高く、明治時代には水田も道路ではなく水路で行き来しており、津島市から伊勢湾はもちろんですが、大垣市まで舟で往来していたとの話に、添付した本日の写真を見ると行けそうな気持ちになってきます。右端が大垣方面です。

 4月の選挙が終り、5期目の議員活動が始まっていますが、今回の選挙では高齢者の在宅支援(移動支援)を大きな公約としており、本日も朝から会員さんを病院に送迎してきましたが、明日からは議会日程が増えるため、家内や他のボランティアの協力が必要になっていきます。

 昭和63年に企画を開始した「朝日旅行友の会」に参加しておられた方々から、「病気になって旅行にも行けない」と言われ、「そんな人を何とか連れていきます」と選挙前に伝えており、夏から上高地や京都の送り火など、外出が困難となっている人々を連れ出そうと考えています。

 乗鞍岳で朝のご来光を拝んでから上高地に入る日帰り旅行も考えていると、「そんなの無理じゃないの」と言われ、先週には1泊2日のみの行程で半年かけて四国八十八ヶ所を結願する約束をしましたが、旅行屋ではないボランティアゆえにできることはありそうです。

和歌山)高野山開創1200年 結願法会

香川)薫風香る遍路道 大窪寺でモミジの緑鮮やか

 さて、4月の選挙では他人の支援を期待せず、自分ひとりで支援者を廻っていましたが、自分の心の中に「万が一の場合も現実」の気持ちから、落選したら「市民に期待されなかった」と、これからの生活を、自分のやりたい事だけのために生活したいと考えていました。

 落選していたら、添付した本日の夕暮れ風景の四国を歩いていたのかもしれないと思う反面で、現職ゆえに外出が困難な人々の移送を考え、楽しみを演出できればと6月議会後の予定を考えたいと思うウォーキングともなりました。

                 本日の体重 70、3キロ 徒歩数 9617歩
        朝の血圧 125-71 脈拍 70   夜の血圧 127-65 脈拍 72
                                     5月25日の一言

38年前の記念品を持ち出して

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 添付した写真は「トラベルメイト 永楽」と言い、昭和52年の年末に私が起業した朝日新聞販売店の一周年記念として全読者へ配布した記念品で、箱のノシ紙とセロテープこそ汚れているものの、中身は当時と同じ状態で今でも使えます。
 本日我家を訪れた知人に、38年前の記念品とは告げずに差し上げました。

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 当時は新聞の販売競争が激しく、地元で生まれ育った私の開業によって、朝日新聞の部数は順調に増紙し、3年目には名古屋地区では珍しい「普及率3割」を達成し、表彰も受けたものの、普及率を維持するのは大変で、新規の読者確保以上に購読者対策としてサービス品を全読者に毎年配布していました。
 販売店経営は議員になる2ヶ月前まで23年間に及びましたが、起業した当時に使用した品々に対する思い入れは強く、このトラベルセットは大量に残されており、拡販用に使用したサービス品も事務所の2階に残されていますが、さすがに年代物になっているため自分で使うよりありません。

 本日も事務所2階の整理の一日となりましたが、大量に残されている週間で発行されていた朝日百科や出版物についても、一冊ごとに汚れを拭いていると時間が足らず、重複して残る冊子も多いため、一度も開かれていない新刊本が、資源ごみとして処理するしかない現実から、自身の還暦を迎えた年齢も実感する一日ともなりました。

奈良の古刹・当麻寺でヨガ 心も体もリラックス
記事の続き…
 3月の会。聖徳太子像が見守る中之坊の太子殿で、集まった人たちが、畳敷きの部屋に色とりどりのマットを敷いた。ゆったりとした音楽が流れ、市内在住のインストラクター・福井菜帆さんが「胸の前で合掌してから始めましょう」と語りかけてスタート。足を曲げたり、両手を合わせて上に伸ばしたり。四つんばいになって背中を持ち上げたり反らせたりするポーズでは、福井さんが「『吐く息』で背中を丸く高く持ち上げ、おへそをのぞき込むように。『吸う息』で背中を水平に戻し、また『吐く息』で背骨を反らせる」などと指導。最後は一人ひとりに福井さんがリンパマッサージをした。市内から参加した自営業、山口千恵さん(46)は「以前はスポーツジムでヨガをしていた。お寺はリラックスして取り組める」。ヨガ初体験の主婦、西川裕子さん(42)は「気持ちが良かった。続けたい」と笑顔で語った。
 中之坊院主の松村實昭さん(42)は「体がこわばると気持ちが入らず、心が落ち込むと体の調子が悪くなるというように、心と体は連動している。仏教の瞑想(めいそう)の行にも『調身、調息、調心』という言葉がある。楽しみながら、仏法にも近づいて」と話す。中之坊では写仏や尺八などの体験会を催してきた。松村さんは、仏教に心の平安を求める若い人たちが最近増えてきたと感じるという。問い合わせは中之坊(0745・48・2001)へ。

 さて、添付した記事とも共通しますが、私の住む町内の真言宗のお寺でも、毎月21日に「阿息観」という座禅が行われており、私も数年前から参加しているものの、先月は選挙の真っ最中であり、今月は市議会の日程と重なっているため参加ができず、来月は高野山に行くため参加ができません。
 選挙が終ったら、上高地の梓川の川原で穂高に向かって「阿字観」をしたいと言っていましたが、議会日程が続くため7月まで我慢の日々が続きます。

            本日の体重 69、3キロ 徒歩数 10327歩
        朝の血圧 119-74 脈拍73  夜の血圧 119-67 脈拍64
                                           5月19日の一言

 一昨日から2日続けて70キロ台に体重が増加しており、本日も歩くことなく一日が経過し、夜も書道会が開催されていたため、書道会終了後の真っ暗な道路を歩くことにし、一人では不審者と間違われても困るため、家内と2人で家を出発しました。

 久々の一万歩のウォーキングによって、1キロの減量になったようで、明日も税務署や市役所の予定が入っているものの、水曜日と金曜日は珈琲屋さんまで歩く日としてあるため、明日も体重を何とか69キロ台に維持させたいと思っています。


家内不在のため孫と一緒に夕食へ

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 本日も臨時議会の一日となりました。
 私の所属する常任委員会は文教建設委員会となり、議会運営委員会委員と議会だよりの編集委員を拝命することとなりました。6月1日より開会される本会議を前に、今月21日に所管事務概要説明会と22日に議会だよりの編集委員会、26日に議会運営委員会が開かれます。

 昨年7月より水曜日と金曜日は4キロほど離れた珈琲屋さんへ歩くことと決めていますが、4月に選挙があったことから、久しぶりに周りを見ながら歩く夕方となり、緑が溢れる環境も実感させられる一日となりました。

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孫の頭に乗るピーちゃん

 本日は私の関わっている弘法大師を信奉する巡礼8名が善光寺を訪れており、一年前より日程が決めてあったものの、私が議会で参加できないため、家内が運転して同行しています。
 無事に長野県まで到着していますが、明日の岐路に立ち寄る予定で記しておいた小川村のお寺に本日訪れており、北アルプスの残雪に向かいながら走るのと、背にして走るのとは感動が違うため、無神経な家内にがっかりさせられた反面で、明日は雨の可能性もあるため結果良しになったかも知れません。明日は暗い朝から善光寺参りとなりますが、宿坊の御住職と同行する参拝のため、本堂最前列の参拝となり、本堂の横でお数珠頂戴となりますから鈍感な家内でも感動することでしょう。

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 さて、家内が不在となる我家では、母親と息子たちが残っていますが、饒舌となる三男の帰宅が遅いため、妹と娘が戻るように段取りができており、私は孫を伴って隣のラーメン屋さんに出かける夕食となりました。
 連日のように飲み歩いていた頃にも、親と一緒に居酒屋で隣に座って酒を飲んだのは1回しかありません。できればこの孫が成人するまで生き抜き、一緒にグラスを傾けたいものですね。

               本日の体重 69、9キロ 徒歩数 8203歩
            昼の血圧125-71 脈拍85 夜の血圧 120-59 脈拍77
                                     5月15日の一言

事務局長と秘書と一緒の日曜日に

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 私の相棒であり、事務局長も務めるリマです。夜も同じ部屋で寝ています。
               平成20年7月11日生まれ ポメラニアン オス 正式名はDimaです

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 私の秘書役となるピーちゃんです。 よそ行きのポーズです
                  昨年5月3日 我家の庭で保護 性別不明

「買い物電車」、高齢者の足に 駅で受け取り 銚子電鉄
記事の続き…
 経産省によると、日常的な買い物が難しい高齢者らは全国に約700万人いると推計されている。人口約6万6千人の銚子市は、65歳以上の割合が3人に1人と全国平均を上回り、一定の需要があると見込む。
 北海道では、運送業の稚内軽量運輸(稚内市)が、補助金2500万円の一部を使ってタブレット端末を約50台購入し、市内の高齢者らに貸し出す。専用の「買い物サイト」で注文を受けた商品を宅配する事業を10月にも始める。佐々木政美社長は「タクシー代に2千円かけて買い物に行く高齢者もいる。そういう人たちが便利な都市に引っ越していくのを見ていられなかった」と話す。

夜間運転、ハイビームが原則 歩行者との衝突防ぐ効果
記事の続き…
 道交法では、他の車の交通を妨げるおそれがある場合には、光を消したり弱めたりする操作をしなければならないとされている。そのひとつが、国交省令で「すれ違い用前照灯」と呼ばれるロービーム。前方40メートルの人や物を確認できる性能が求められている。
 この原則通りにしていれば、冒頭のケースでもハイビームで早く歩行者に気づくことができた可能性があったという。府警が分析したところ、同様の事例は大阪府内で昨年起きた夜間の死亡事故67件のうち7件、今年は3月までに他に4件あった。府警はこまめな使い分けを勧めるステッカーを作製し、ヤマト運輸関西支社のトラック約1800台に貼ってもらい、周囲のドライバーに呼びかけている。
 日本自動車連盟(JAF)の実験では、5人のドライバーが時速80キロで走行したところ、コース上の障害物に気づいて停止したのは、ロービームで平均5・6メートル手前、ハイビームでは82メートル手前だった。広報担当者は「都市部ではロービームが習慣になりがちだが、周囲に支障を与えない範囲で積極的にハイビームにしてほしい」と話す。
 適切な照射に自動的に切り替える技術も生まれている。自動車用ランプ大手の小糸製作所(東京都港区)は、ハイビームを基本としながら車載カメラで対向車などを認識し、まぶしさを感じさせない範囲だけを照らすシステムを開発し、順次搭載されている。

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 秘書役に任命しているピーちゃんですが、現実には甘えん坊で、オヤツの菓子をせがむときは元気ですが、時間がたてば私の手の平で寝てばかりになります。
 これでは寂しいと、仲間が欲しいと切望していますが、保護する可能性は極めて低く、市内の知人の発信するブログから、3日前に落ちていたヒナの話題を発見し、未明にメールを発信し、朝を待って電話をかけましたが、見つけたときは既に死んでいたとの話で、ピーちゃんの孤独な生活が続きます。

 我家から100メートル東にコメダ珈琲店があり、道路側にスズメが巣を作っており、昨年ヒナが落ちて死んでいたため、注意して観察しているものの、発見が遅ければ死んでしまいますし、偶然に遭遇するのは難しいものがあります。
 もっとも、ピーちゃんを保護して、35度から37度の温度で保温と湿度を保ち、1時間おきから2時間間隔でエサを与えた苦労を考えると、ピーちゃんの仲間は欲しいものの、生きたまま保護する難しさから、探してまで発見しないほうが無難ですね。

                  本日の体重 69、4キロ 徒歩数 3738歩
                                     5月10日の一言
追伸 
朝から町内の水路清掃があり、来客の応対後は2階の清掃だけで夜に至りました。               

事務所2階の清掃にとりかかりました

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 今年のサクランボも明日で最後になりそうで、見張って追い払ってもムクドリは逃げようともせず、この時期や畑のキャベツを食べつくす姿に愛鳥週間は考えられず、ムクドリについては全滅させたい心境にさせられます。

 本日は午前中より事務所2階の整理にかかりましたが、父親の残した日本画の中には帝展や日展作家の作品が存在し、埃を払って箱に入れるだけで時間がかかり、浮世絵や有名作家の書籍は重く、自分自身が10年以上かけて残したアサヒカメラの雑誌を確認しているだけで時間は刻々と過ぎていきます。

 午後には元家具職人の知人が事務所に置かれたイスの修理に訪れ、その間も次々と知人が訪れて、知人を置いて家を空けることもできず、訪問の約束をした知人宅に知人を伴って訪れる顛末で、留守中にも新たな知人が待っているような展開で夜を迎えました。

 夕方に予約してあった歯医者さんにも訪れた知人の車で送迎してもらい、昨日の一言に節制したいと記しましたが、運動どころか歩く時間も無い一日となり、夕食も知人とともに野菜の無い外食となってしまいました。

 さて、事務所の2階については、今回の選挙の再選が前提になっていたものの、人が集えるスペースとして地域に開放する約束がしてあり、前記した親の遺品や横井庄一さんの遺品など、倉庫のように物で溢れており、整理には時間とともにかなりの体力が必要になりそうです。

 本日も一宮市からの知人が深夜まで訪れており、仮眠のできるスペースがあればと思うことも多く、現在は毎週火曜日夜の書道会しか使用していませんが、これからは横井庄一ミニ記念館としても開放し、私の交遊の場としても利用したいと考えています。明日も町内の水路清掃があり、一日では消化できない約束が連続する一日となりそうです。

                 本日の体重 69、8キロ 徒歩数 2876歩
                                     5月9日の一言

無意識の参拝と、目的とはならない散歩へ

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:
 現在御開帳中の善光寺東海別院です。当地方では祖父江の善光寺の方が判りやすいと思いますが、本日は中日大法要が開催され、その中のイベントとしてピアニスト佐藤由美さんのピアノ演奏が開かれました。
 
六善光寺同時御開帳 公式ホームページ  http://www.gokaicho.net/
 
 ただし、本日は津島市議会で5月臨時議会の打ち合わせとなる各派代表者会が朝から開催されており、会終了後に市役所の仕事を済ませてから走ると、12時から始まっていた演奏会は終わっており、参加された僧侶や関係者が慌ただしく昼食会場に移動する時間になっていました。

七年に一度の盛儀に、前立本尊(まえだちほんぞん)さまとのありがたい結縁

御開帳とは、霊験あらたかにして、日頃は厨子の奥に安置秘蔵する仏像や佛舎利の扉を開き帳(とばり)をあげて、何年に一度と期を定めて親しく拝する法会をいい、特に遠方へ出張して行うのを出開帳・回國開帳という。

 もっとも、一生に一度お参りをすれば極楽浄土に行けると伝えられているのは長野の善光寺であり、私のように生きている人間に対する感化に期待する者にはご開帳の感激はなく、誘われて訪れたものの、私が参拝する対象のお寺とは思えません。

 四国遍路や、西国など観音巡礼に訪れているため、お寺の行事には何でも関心を持っていると勘違いされているようですが、我家の宗派である浄土宗の「南無阿弥陀仏と唱えれば極楽浄土に行ける」との心境にはなってはおらず、厳しい修業を続けられる僧侶や法力にあこがれ、弘法大師の残された真言密教の教えや空海時代の修行の場に立って、同じ行動をすることで弘法大師の言霊が共鳴することに期待しており、雰囲気から場違いの参加を実感する一日となりました。

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 さて、水曜日と金曜日の夕方は遠く離れた珈琲屋さんに歩くことを決めており、本日も午後5時過ぎに自宅を出発したものの、選挙後の街歩きは知人との挨拶から長話になってしまうため、しばらくは目的どおりに到着するのは難しく、選挙前には小走りで走っていましたが、当面は人目もあるため散歩程度の外出になりそうです。

 昨日は1ヵ月ぶりに70キロ台を記録し、本日も夕食後の間食を節制すれば69キロ台に戻せるとは思ったものの、あえて我慢せず本日も70キロ台のまま記録し、明日からの健康維持に励みたいと思う夜になりました。

                本日の体重 70、1キロ 徒歩数 8697歩
                                     5月8日の一言

選挙前の貴重な一日をボランティアに費やして

イメージ 1 添付した右のピンボケ写真は、私の事務所前のアンズですが、夜でも真っ白に輝いており、選挙前でなければ紅白の幕を出して酒でもふるまいたい心境にさせられます。

 県道沿いのため、日中でも見物する人があり、事務所の事務局長となる相棒リマも番犬として忙しく、事務所奥は鳴き声から来客と勘違いして走りまわされています。今晩は小雨ながら雨が降り出しているので、今年のアンズもこれから散りかけていきます。ただし、2ヶ月後には黄色い大きな実が熟し、落ちてくる実の後片付けが大変になります。

 朝から中学校の同窓会に協賛していただく広告主へ集金に訪れ、世間話に花を咲かせましたが、平成9年から同窓会長を務めてきて、協賛スポンサーの中には私の義理で協賛してもらっているお店や事業もあることから、今年限りで会長を引退を表明したものの、来年以降の関係をどのように維持していくのか悩まされることにもなります。

 一方で、今年の箱根駅伝5区で「3代目山の神」となった青山学院大学の神野大地選手を会報の一面から2ページにわたって掲載したことの話題も多く、今年秋から始まる出雲駅伝や全日本大学駅伝に向けて、同窓会員とともに応援に出向く話も出ていることから、会長引退後も母校との関わりは続きそうです。

加害者から遺族へ、8枚の手紙 神戸児童殺傷から18年
記事の続き…
 京子さんは絵本の読み聞かせや、地域のお年寄りの食事の世話などのボランティアに取り組んでいる。「償いは彼自身が考えるしかない。でも、人のために生きることでしか罪滅ぼしはできないのではないでしょうか」と語った。
     ◇
 〈神戸連続児童殺傷事件〉 1997年2~5月、神戸市須磨区で児童計5人が襲われ、3月に小学4年の山下彩花さん、5月に同6年の土師淳君が殺害された。兵庫県警は同年6月、当時中学3年の男性を殺人や死体遺棄容疑で逮捕。神戸家裁は同年10月、男性を医療少年院に送致する保護処分を決定した。男性は2004年3月に医療少年院を仮退院し、05年1月に本退院した。

 少年犯罪の実名報道が話題となっていましたが、18年前に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件について、被害者の母親としての心境が記事として紹介されてきました。
 当時14歳だった加害男性の反省と心情の変化が想像され、精神的に未熟な少年の犯した犯罪について、被害者も加害者も私の子供たちと同じ年齢層になることから、凶悪事件に対する怒りと、反省してやりなおすチャンスを与える必要性について考えさせられます。

 私自身も高校時代に非行へ走り、刑事事件は犯したことはありませんが、オートバイの無免許運転や、人に暴力を振るった経験があり、罪を犯せば罪の発覚を恐れて生活する期間があり、発覚すれば学校から謹慎生活を命じられますから、罪を犯して生活に制約を受けてから悔やんだ経験が多くあります。自分の犯した罪は、出席停止となり、入院して欠席した日数に加算され、結果的に日数不足で2年続けて留年することになりました。

 「人殺しだけはかばいきれない」として、当時の生活指導の恩師が語ったことがありましたが、多少の罪なら恩師が責任を持ってくれるとの覚悟を感じ、学校での謹慎についても親に学校へ同行してもらう必要があり、大きな身体になりながら母親と一緒に学校の指導室へ入る情けなさから問題を起こさなくなっていきました。

 問題は保護者にもあり、私の場合はどんな時でも親が責任を果たしてくれましたが、最近では学校の指導に対して、まったく反応しない保護者も存在し、学校を無視することから警察力に頼る以外に解決できないケースも増えているようです。

 添付した新聞記事からも、少年にはやりなおすチャンスがあることを実感させられましたが、家庭の親子関係や周辺の環境が整わない場合の悔悛は難しく、共稼ぎをしないと生活できない社会環境や、地域力によって少年を見守る余裕も無くなっている環境が残念にも思う一日となりました。

               本日の体重 70、5キロ 徒歩数 9430歩
                                    3月23日の一言

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