大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

日赤

天赦日と一粒万倍日の重なる最高開運日となり

ナイチンゲール像

名古屋第一赤十字病院(中村日赤)

寒桜

開花中

春を感じさせられます

自動支払機

診察が終わりました


本日は一昨年10月に手術を受けた中村日赤の泌尿器科の診察日で、最近トイレが近くなっている問題について、主治医が超音波エコーで検査した結果、腎臓にも膀胱にも結石は無くきれいで問題ないと言われ、私自身の精神的な部分が大きいと思われ、現実に診察前はトイレが気になっていたものの、診察後は何事もなかったようにトイレの心配がなくなりました(笑)

町医者とは違う大きな日赤病院の主治医がついていることだけでも気の病程度は治ってしまうような気がする診察となりました。

イオンタウン 愛知県弥富市

駐車場の一角にある宝くじ売り場

何処にでも居そうな吉本系お爺さん(笑)

宝くじや馬券は通、玄人です

一粒万倍日の看板

ちょっと寂しい宣伝実績

私が購入した3枚

本日の写真です。

一粒万倍日と天赦日が重なる今年最強の開運日は、本日と3月21日、8月4日の3日間ありますが、本日は私個人の運勢も良く、吉方位となる南西方向の宝くじ売り場となる弥富市まで宝くじに長年投資してきた知人とともに訪れました。

結果は判りませんが、関東と東北に私の住む中部地区の自治体くじであることから、購入したお金が些少でも地域のためになると思えば、当たるかもしれない初夢とともに悔いのない宝くじとなりました。

そして、昨日購入した宝くじは、本日名古屋市に住む孫(長女の子)宛にポストへ投函しました。ラインから孫へ写真で添付した宝くじが、実際に孫の手元まで郵送されていくことで、孫と楽しみを共有したような気分にもなりました。

一粒万倍日と天赦日が重なる今年最強の開運日なら、郵便局に預金口座を新設すればもっと金運が上がるだろうと孫の手紙とともに郵便局まで歩きました。

「口座を新規に開設したいのでお願いします」
   「すでに口座がありますよ」
「一度も利用したことは無いんですが…」

新規開設のため身分証明書まで提出したものの、すでに私の口座が存在することが告げられ、家内に確認しても通帳も存在しないため、再発行すると千百円の費用が必要になるとの話で、存在すら知らない口座にいくら入っているかも判らない(教えてくれません)のに再発行の手続きをして帰宅して通帳の再発行を2週間ほど待つことになりました。

帰宅後に、再発行のための余分な出費になってしまったと思った通帳についても、もしかしたら数万円入っているかも知れず、これも最強開運日のおかげで窓口に行ったことが宝くじのような金運になっていたら驚きです(笑)

もっとも、リタイヤした年金暮らしの生活のため、最強開運日といっても宝くじ程度しか楽しみはなく、通帳を再発行しても入れるお金はありませんね。

心優しい医師の診察を受けて


 名古屋第一赤十字病院

 玄関周辺

雲ひとつない晴天 

 精算窓口

ハートフル キッチン

 手作りパン

 各種メニュー

注文カウンター 

本日の写真です。

本日は中村日赤への通院ですが、現在加療中となる膠原病の診察ではなく、昨年10月に受けた前立腺肥大症の手術後の定期検診に訪れました。

手術後の経過は良く、主治医の説明通り順調に回復しており、診察を終了しても良さそうな雰囲気ながら、主治医との縁を残したいため2ヶ月先の診察をお願いしました。

病気が完治するのは嬉しいことですが、大きな病院の優秀な医師との縁が切れるのも切ないものがあります。

「何かあった時は直接僕を受信してくれれば良いよ」と、完治後の先々の心配を払拭する主治医の言葉から大きな安心感をいただきました。

そして、主治医が運営発信する Facebookに、友達として登録申請することをお願いして本日友達登録が終わり、これから老いるばかりの私にとって大きなお守りともなりました。

こんな要望にも応えていただけた赤十字病院の医師には本当に感謝しかありません。

さて、本日は午前9時からの診察ですが、時間に追われる私のために、主治医が待ち時間の心配がない1番目の予約を入れてくれるため、9時前に診察が終わってしまい、家内とともに病院レストランでモーニングコーヒーを楽しむ余裕の通院となりました。


 下記の添付記事は、私と同じ中村日赤を舞台とした、昨日と本日の知人のフェイスブックです。



添付した知人は私の発信したブログの病状写真から、私の病気が自分と同じ膠原病ではないかとアドバイスを頂いて以来の知人であり、膠原病の先輩であるだけでなく、私にとっての先達でもあります。

不治の病と言われる膠原病ですが、同じ苦しみを背負う先人としての仲間の存在は大きく、大きな支えともなっています。

病院の検査と診察で一日が経過して

我家のツツジです

私が代々プランターで育てるダイコンの花です


ここからは知人が送ってくれた写真です。


津島市天王川公園の藤棚です。





花おじさん

ホラ貝フキおじさんでした

本日の写真です。

 本日は名古屋市の中村日赤まで、治療に訪れる患者さんに同行して、追突事故後に発症した私自身の手のシビレと、レントゲンとMRIで異常が発見された頸椎について、赤十字病院の専門医の診察を受けるため訪れました。

 昨年10月に前立腺肥大症の手術を受けてから通院している病院ですが、整形外科を受診される患者さんの数は多く、受付で診察の予約時間より1時間以上遅れていると説明があり、診察時にCTの検査が必要と言われたものの、予約や重病患者の患者を優先するため検査に3時間も待つことになりました。

 「終わったら連絡下さい」と伝えてあった同行した患者さんの治療が先に終わって、私の検査と診察を待ってもらう事態となり、朝9時に自宅を出発してから、午後3時まで昼食どころか何も口にしないまま呼び出されるのを待つ一日となりました。

 本日の診察は、事故後にかかりつけ医で検査したレントゲン写真やMRIで確認された首の頸椎挫傷部位の精密検査で、恒久的に治癒しない心配から訪れました。

 3月26日の事故から1ヵ月近く経過したものの、指のシビレは日常的となり、最近は朝の起床時からシビレたままになる日もあるため、シビレの原因ヶ所の特定にも期待したものの、首から肩や腕まで検査したものの特定はできませんでした。

 ただし、びっくりしたのは握力の低下で、左手の握力が36キロあったものの、利き腕の右手は20キロしかなく、医師の話では神経症状が出ているため右手に力が入らないとの話で、とりあえず右手のシビレを解消しなければ力も入りません。

 医師の説明では安静にしているだけでは回復せず、適度のストレッチや身体を使った普段通りの行動が重要と言われ、「治るまで外出自粛」と言って上高地行きや四国遍路にクギを刺す家内への言い訳にはなりましたが、シビレを早期に解消しないと大変な生活になってしまいます。

 さて、本日診察していただいた医師は頚椎外科の部長と判り、同行した患者さんから良い医師にあたったねと言われましたが、泌尿器科の担当医師もすばらしい医師に恵まれたことことは幸運であるものの、病院で一日が終わってしまう生活環境は先送りにしたいものです。

 知人が送ってくれた津島市の藤棚の写真から、20年前に足利市のフラワーパークまで視察に出かけ東洋一と宣伝していた当時より随分と花が短く寂しくなっていることを実感し、花や植物は一度には回復しないことを自分に重ね合わせて実感させられました。

                             4月20日の一言

やっとストレスのない自分の生活へ

名古屋第一赤十字病院

待合室

 連日患者さんを搬送している中村日赤ですが、本日は自分自身の診察に訪れました。


 昨年10月に前立腺肥大症と膀胱結石の手術を受け、本日は4回目の診察日となりましたが、手術後の経過が良好なことから主治医が診察の待ち時間を心配しなくとも良い午前9時の1番目の患者に予約してくれたため、本日は朝7時45分に自宅を出発しました。


 病院には30分で到着してしまい、診療科目の受付はシャッターで覆われていましたが、一番で受付を済ませ「9時には診療室3番の前でお待ちください」と言われていたものの、8時30分に診察室の医師から名前が呼ばれました。


 本日は主治医が1週間の休暇をとっており、代務医師の診察との説明があり、私の手術に立ち会った医師の診察を受けましたが、経過は良好で手術後の尿漏れも完全に治まっているものの、完治すると病院への関係も閉ざされるため、「まだ、疲れると違和感がある」と伝え、3ヶ月先までの投薬と予約を受けました。


 私の住む津島市には安心して入院できる病院が無いため、我が身に何か異変があった場合はわずかな縁でも日赤との繋がりは重要で、これからも些細な異変でも診察が受けられる関係は残し、救急車が迷うことなく中村日赤まで搬送してもらえる道筋は残したいものです。


 さて、9時からの診察が9時前に終わって会計も済んでしまったものの、院外処方された日赤前の薬局にはシャッターが下りており、10時から民生委員の協議会があるため、開店を待ってから処方を受けると遅くなってしまうことから、地元のかかりつけ薬局に連絡して地元に帰って薬を受け取ることにしました。

昼の休憩

 9時からの診察ですが、診察と支払いを終えて薬を受け取り、名古屋から津島市まで戻ってくると10時から始まる協議会には間に合いませんが、主治医の配慮で遅れることなく協議会に参加し、協議会終了後に民生委員の同級生と団子をつまみに珈琲タイムとして昼食前に帰宅することができました。

知人の仕事場

何の仕事か判りますか?

あれっ?


ホラ貝フキおじさん


 午後からは知人の協力をもらい、次年度の町内会役員へ引き継ぐ1年分の電子データを町内会のUSBメモリーへ移しました。

本日の写真です。

 そして、知人が働いているドンキホーテまで走り、普段はかぶらない帽子とジャンパーで変装して訪れ、しばし談笑の時間が作れました。

 やっと余裕のある生活が戻ってきました。
                
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