大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

我家のアンズとサクランボが満開となって

我が家のあんず(杏)です

事務所裏のサクランボとあんず

事務所前のあんず

さくらんぼと杏の動画

駐車場のさくらんぼ

満開です

可愛い花弁

甘い香がします

事務所裏の杏(アンズ) 五分咲き

事務所前のあんず

可憐な花弁

本日の写真です。

先週金曜日に今年初めてのサクランボの花が一輪咲き、一週間後に事務所前のアンズが咲き、その一週間後に事務所裏のアンズが開花すると記していますが、今年は事務所前のアンズも満開となり、裏のアンズも五分咲きとなっています。

これまで一週間ずつの差があった開花が今年は一斉に咲きだしたことが判ります。

 22年3月16日

 21年3月4日

2020年3月11日

華去三年間の開花を調べると、今年が特別に早いとは思えませんが、一気に温かくなったことで全ての花が一斉に開花してしまったのかもしれません。


サクランボは平成5年に他界した私の父親が孫の木として植えたもので、私が事務所前に長野出身の知人から頂いて植えたのを見た父親が、事務所裏にどこからか買ってきたアンズの木を植えたもので、現在では2階建て事務所の屋根を越える大木になっています。


2013-03-23

さて、添付した記事は10年前に発信された知人のブログですが、2年前に他界した一年違いの知人氷室さんが我家のアンズについて記したもので、10年前に我家の前に自転車を停めて写真を撮っていたと考えると感慨深いものがあります。


12年5月9日

この記事も11年前のもので、我家へサクランボ狩りに来た知人がお土産にお菓子を持参して訪れた懐かしい記録が残されており、最近はフェースブックを通した交流が続けていることに月日の移り変わりの早さと同時に、これからの一年一年の重みも実感させられました。


18年3月21日


15年3月18日

12年3月25日

09年3月12日


我家のサクランボとアンズの開花は、その後に花から果実が実ることから、サクランボやアンズジャムによって多くの人々との交流が継続しており、そういうことでは我家にとって大きな貢献をしてきたサクランボとアンズの木となります。


私がこの世に存在しなくなっても、これらの花が長く開花続けることを祈るばかりとなります。


我家のサクランボとアンズの開花が始まり

我家のサクランボ 右手前はアンズ

左サクランボ 中アンズ 右朴の木

サクランボ

花弁

事務所前のアンズ

つぼみです

上部は開花し始めています

アンズの花

手前サクランボ 右事務所奥のアンズ

こちらはまだツボミ状態です

本日の写真です。

 昨日に引き続いて福祉有償運送の一日となりましたが、家内は車イス利用の患者さん専属で名古屋市まで同行しており、私は市内の患者さん3人を搬送したものの、診察が終わった後で薬局に寄りたいと言われ、刻々と次の約束した時間が迫り、ついには時間が超過してしまいました。

 このあたりの判断によってはスムーズな連携となりますが、患者さんだけでなく相手のあることだけに成り行き任せで対応するしかなく、待たされる人の存在を考えると、待たされる人以上の時間に追われるストレスを実感させられます。

 さて、我家の庭にも春が到来し、一週間おくれでサクランボの花が咲き、アンズのツボミも木の上部から開花を始めています。週末には満開になっている可能性が高いものの、週末の3連休は四国遍路へ出かけているため帰宅後には散りかけているかも知れません。

 その四国遍路ですが、出発することは決めているものの、持参する納め札や白衣など準備を何もしておらず、車に積み込むだけのこととは言え、巡拝する前の心の準備ができておらず、愛媛県から香川県に向けて訪れる知人やお土産も明日と明後日に調達する必要があります。

 あわただしい旅立ちになりそうです。
                                3月16日の一言

春の息吹を感ずる渥美半島の菜の花

菜の花ガーデン 幸せの黄色いポスト


12日(土)の写真です ↓

菜の花浪漫街道 国道259号三河湾沿い






観光案内板


ここからは13日(日)の写真です。

菜の花募金

菜の花ガーデンに入りました。

菜の花刈りへ ↓




100円で5本まで


ラッピングコーナー




広大な菜の花畑です。

菜の花のジャングル

南国のような春気分です。

果物の即売コーナーへ


道の駅より安く販売されていました。

イチゴ500円 ミニトマト100円


先週末の写真です。

 全国各地から積雪のニュースが届けられる中で、(愛知県の)渥美半島には菜の花が満開となっており、花の香りがマスク越しに匂う中を、菜の花の蜜を求めて大量のウグイスが群れで移動する姿は今まで見たことのない光景で、花があるところにはハチも群がりハチミツも存在します。

 2日間の渥美半島でしたが、海岸には寒風が吹いていたものの、多くのサーファーが海に入っており、内陸部はまるで春になったような環境で、同じ愛知県でも一足早い春の息吹を感ずる2日間となりました。

 厳冬期と新型コロナの感染拡大により、部屋に篭っている人も多いと思われますが、外出不足は身体を強張らせるだけでなく、精神的にも暗くなる可能性も高く、久しぶりの渥美半島はまるで四国の高知県に居るような気持ちにさせてくれました。

 そして、何よりも現地で売られていたイチゴとミニトマトの安さに驚かされ、浜松に近いためか柑橘類も売られており、購入してきたミカンは知多半島よりも安価で、日本有数の出荷量を誇るキャベツはびっくりする低価格で売られていました。

 一年で一番厳しい厳冬期に渥美半島から一足早い春を体感してきました。

桜が満開となった地域を廻って

イメージ 1

 津島市内の在家の桜ですが、公園や施設に植えられた桜より見事な桜の花に、「撮影してブログに載せても良いか」の確認をとり、「名前を出さないのであれば」との許可を得て撮影してきた桜です。確認はしてきませんでしたが、先祖の顕彰碑が建てられており、遺徳を守っているようにも見えます。
 
 新聞報道によれば、『東海地方は4日朝から暖かい南風の影響で気温が上がり、各地で今年初めての夏日(25度以上)となった。気象庁によると、午後0時19分に名古屋市で25・0度を記録した』とあります。
 
 もっとも、本日の天気予報では雨となっていましたが、午前中は温かい日差しがまぶしい一日となり、最高の花見日和となっており、知人から桑名市まで出かけて桜の花の写真がメール添付されてきました。
 
イメージ 2 右に添付した写真は、桑名市の九華公園の桜で、私は一度も訪れたことがありませんが、九華公園は桑名城跡を公園として整備したもので、園内では桑名城ゆかりの様々な遺構を見ることのできる名所となっています。
 
  九華公園の園内では4月に桜まつりが開催され、5月につつじ、6月に花菖蒲まつりが行われるので訪れてみたいと思います。
 
九華公園(きゅうかこうえん)
 
諸戸氏庭園 http://www.moroto.jp/
 
 津島市民の方から、津島市の歴史や観光資源は桑名市以上との話を聞いたことがありますが、桑名市は殿様がいた桑名城の城下町であり、日本の山林王と言われた諸戸家の関係史跡だけでも津島市をしのぐ規模があり、名産のはまぐりや、「日本一やかましい祭り」と称される石取祭など、あまり注目されていないことが不思議なくらいです。
 
 「おい、本当に大鹿さんかぁ?」
 「はい、そうですよ」
 「信じられない…」
 「私ですよ」
 「病気じゃないのかぁ?」
 「健康ですよ !!

 昨年7月より管理栄養士さんの指導により、約10キロの体重減となっていますが、行く先々で痩せた私にびっくりされることが多く、病気でないことの説明と、指導によって減量した顛末を説明しても、同一人物と思われないケースもあり、「本当は病気になっているのかもしれない」と自問自答してしまいます。

 私と認識できないため、様子を見て素通りする人や、病気を心配していただくケースもありますが、実際には私自身が地域を廻っていない証明でもあり、久しぶりに訪れた私が痩せただけでなく、年老いた白髪姿のせいで、思い起こせば学生時代に起業して地域を廻っていた姿を記憶している人には驚かれても当然かもしれません。

 結果的には選挙と重なったため、過去の選挙ポスターとは別人のようなポスターが出来上がっており、白髪と痩せてできたシワにより、「おじいさん」になってしまった感があり、これからは着る衣類を考えないと本当に老人扱いにされそうです。
 
                  本日の体重 69、6キロ 徒歩数 8582歩
                                                   4月4日の一言

各地から春の息吹が伝わり…

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 週末の日本列島上空には寒波が居座り、日本海側には雪が舞うとの天気予報が伝えられていますが、私の住む愛知県西部では確実に春の息吹が感じられ、知人が仕事中の畑に立ち寄ると、添付した写真のように、辺り一面にツクシが頭を出しており、今年は孫を伴ってツクシ採りにでも出向きたいと思う一日となりました。
 
 当地方では体感温度を下げる「伊吹おろし」の寒風が吹き荒れていましたが、梅の花は各地で満開となっており、我家の「サクランボ」も花芽が色づきはじめ、我家の名物となっている「アンズ」も枝の色が変わってきました。
 
 一昨年の一言には、我家の花と樹木の書庫を作って、春のサクランボから秋の柿まで添付したものの、昨年は勝手に咲いて実るサクランボとアンズのみとなり、2年前に植えたハーブは全滅している寂しい現実を今年は払拭したいと思います。そんな日々を大切にしたいものです。
  
高知)マナヅル北帰行? 四万十市
 
 高知県四万十市で昨年11月から越冬していたマナヅル2羽が、繁殖地に向けて飛び去ったと報道されていますが、マナヅルは中国北東部やロシア東部で繁殖しており、拉致被害者の返還や、北方四島の返還を巡って北朝鮮やロシアと交渉している日本政府とは違い、渡り鳥には国境もなく自由な行き来ができることがうらやましく思われます。
 
宮崎)「日本一早い」山開き 諸塚山に700人
 
 宮崎県諸塚村の諸塚山(1342メートル)で、2日「日本一早い山開き」があったとの新聞報道にも春を実感させられますが、諸塚村の諸塚山とは何所にあるのか。宮崎県東臼杵郡諸塚村の地図をネット検索したものの、熊本市と延岡市の中間となる、九州の真ん中にあり、何も実感が湧いてきません。 
 
渥美半島菜の花まつり 期間:2014.01.11~2014.03.31
渥美半島は春爛漫~電車とバスで巡る菜の花まつり 
 
 来週の月曜日から11日間四国遍路に出向く予定だった家内ですが、依頼主からお断りを受けたため、日々溜めていたストレスからは開放されたものの、留守になる事から予約してあった家族全員分の夕食の弁当は届けられてくる事など、準備していたものが全部我家の持ち出しになってしまいました。
 
 私の代役で依頼されていたものの、私自身がお断りして、専門のタクシー会社に依頼するよう求めていたものの、依頼主は家内を安い料金で使用するだけでなく、参加者からは旅行会社のタクシー貸切料金より高額な会費を集めており、初日は朝3時から午後5時過ぎまで家内一人で走り続け、昨年より2日間少ない過酷な行程を指示されていたため、過酷な労働を強いる仕事に使われる家内に心を痛めていました。
 
 今回のケースは、私の過去の四国遍路の会費より10万円近くも高く、旅行社やタクシー会社が表示する料金より高額であり、今後は不当な会費を集める理不尽な四国遍路をなくしたいと思っています。憶測ですが、先達が不当利得しているとしか思えません。
 
 さて、10日間も不在と思っていた家内が居る事から、上に添付した渥美半島から春を体感し、花の名所にも訪れる機会をつくり、楽しい観光地から家族の発信を提供したいと考えています。
 
                                   3月7日の一言

アマガエルが手のひらに

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 「おじさん、お久しぶりですね。僕を覚えていますか?」と言って、ぴよーんと私の手の平に飛び乗ったとあれば可愛いアマガエルですが、暖かくなったことで我家のアマガエルが冬眠から目覚めて我家の庭に登場しました。
 
 本日は家内が田んぼの除草作業に出向き、朝からの作業に疲れて帰ってきたことから、主でありながら何もしない私は家内の顔色を伺う午後になりましたが、家内が田んぼから拾ってきた「ある物」によって、私の出番ができました。
 
 春は植物や生き物から発芽や誕生の喜びを実感させられれますが、実は我々人間にとっても成長のチャンスでもあるはずが、暖かくなる気候の変わり目が、血圧や体調に気をつける日常となっている自身の反省しかでてきません。
 
 本日家内が持ち帰った「ある物」は、最初は一匹だけだったものの、我家で数十匹にも増えており、予想もしていなかった我家に多くの家族が増えたことで、何もせずに用無し役だった私が主として登場です。
 
 「ある物」については明日以降の楽しみとしていきます。一匹と思っていたら、数十匹になっていた「ある物」が判る人は当てて下さい。当てた人には来月に実る我家の「アンズジャム」を強引にもらってもらいますから是非コメント欄まで…
 
「もうかっているのは外国の投資家」 民主・前原氏
「本当に働く人の賃金上がるのか」 民主・海江田代表
 
 春に浮かれた気分になるのは自然な行動かもしれませんが、安倍首相の登場によって確実に経済が動いており、今のところ自民党の経済政策によって経済は好転していることは間違いのない事実で、国民の世論調査によっても高支持率が維持されている。
 
 こんな時に、野党になったとは言え民主党の代表と、政権時の主要閣僚があいついで安倍首相を批判するとともに、「本当に働く人の賃金が上がるのか」とか、「もうかっているのは外国の投資家」などと新聞に報道されてきました。
 
 私は自民党とは無縁ですが、小泉首相退陣後の政権には目標とする経済政策が皆無で、民主党政権は景気の動向や円高についても成り行き任せだったことを、安倍首相が実証したのかもしれません。
 
 「もうかっているのは外国人投資家」と発言した民主党前原元代表の一言は、自分が関心がなかった裏返しとしか思えず、もうける気持ちがあれば誰でももうけるチャンスがあった事と、外国人投資家だけがもうけたとの裏付けがありません。
 
 海江田代表の「本当に働く人の賃金が上がるのか」の一言も、安倍首相の発言と指示が経済を実際に左右している現実からすれば、傍観者の無責任な一言に過ぎず、労働者を束ねる連合の支持を受ける民主党の無力感しか思い浮かびません。
 
 消費税の増税についても、我々は生活費の負担増しか考えませんが、投資家は金を増税前に買って、増税後に売って儲ける方法を考えますから、成り行き任せでは生活も好転しないことを悟っていく必要を感ずる報道ともなりました。
 
                                  4月14日の一言

田舎と故郷を感ずる一日となり

イメージ 1 本日は、今年1回目となる3月議会が終了しました。ひとまず、ヤレヤレ。
 
 我家のアンズ(杏)が満開となっており、庭の奥にあるサクランボの花はほとんどが散ってしまい、この事務所前のアンズと、庭の奥にあるアンズが残ってはいますが、来週の月曜日と火曜日は東京に出向き、水曜日から金曜日までは神奈川県と千葉県を訪れる予定になっていることから、時間に余裕ができた頃には花が散ってしまった無残な姿を残していると思われます。
 
 もっとも、サクランボもアンズも花が散るだけでなく、1ヵ月後には果実が実りますから、存在感がありますが、添付したアンズは屋根を越えて、電線より高くなっており、庭の奥にあるアンズは2階の屋根を越えるだけでなく、添付したアンズの倍以上の大木になっており、ハシゴも届かない高さゆえに、結実した実がゴンゴンと落ちる頃には隣の家にも迷惑をかける存在となっています。
 
 朝日新聞の地域版に、「里山体験交流祭り」なる記事が掲載されており、内容は愛知県豊田市にある田舎暮らし体験館「すげの里」が、田舎暮らしに興味のある人は、気軽に参加してほしいと呼びかけている。
 
田舎暮らし、来て見て体験して 愛知・豊田で24日
 
 今から30年ほど前の話となりますが、私も田舎暮らしに憧れて、岐阜県や長野県に友人を連れ立って出向き、美濃白鳥地区では空家になっていた家を借りようと交渉したり、岐阜県や長野県の山村で廃校となった学校を調べて借りようとしていたことが懐かしく思い起こされました。
 
 最近では、書店の本棚に田舎暮らしやアウトドアの本が溢れるように並んでおり、ついつい手が出てしまうものの、若いときに憧れていたような田舎暮らしを実現するためには、本日添付したアンズやサクランボなどは勿論ですが、先祖から引き継いだ土地や家を処分してから考えないと、留守にする資産にかかる税金と二重払いいなることから考えると苦痛になってきました。
 
 私の知人の中には、定年後の移住を目的にして和歌山県や岐阜県に別荘を購入した人達がありますが、共通して別荘は空家状態となっており、売りたくても買い手がないばかりか、利用もしないのに高額の管理費が必要となり、長野県に別荘を持つ知人に至っては冬季の除雪に100万円単位の費用を支払っています。
 
 騒々しい都会を離れて、自給自足や物価の安い田舎暮らしは憧れでもありますが、我家の畑すら行かない私が畑を耕すはずがなく、水洗便所でもウォシュレットがないと生活できない現実は、若い頃とは大きな感覚の違いを実感させられます。
 
宝暦治水の堤防跡 木曽川底で確認
稲沢の市民団体
 稲沢市祖父江町の木曽川に江戸中期の「宝暦治水」で築かれた堤防の跡が沈んでいるのを、市民グループの稲沢市郷土歴史文化研究会が確認した。17日に開いた報告会で説明した。
 場所は、国営木曽三川公園ワイルドネイチャープラザ付近、拾町野(じっちょうの)地区の川底だ。河岸からやや上流方向に、長さ約150メートル、幅約15メートルの範囲で杭や石が残っている。国土交通省などの協力で昨年9月に水中調査して確認した。
 調査した郷土史家の堀精宏さん(73)と斉藤茂さん(74)は、古文書や古図で場所や規模を照合し、「宝暦治水」の「猿尾(さる・お)」とみられると説明した。猿尾は本堤防から突きだした細長い補助堤防で、形が猿のしっぽに似ているため、そう呼ばれた。
 「宝暦治水」で築かれた猿尾は、対岸の岐阜県羽島市に「石田の猿尾」が残っているが、堀さんらによると愛知県側での確認は「拾町野の猿尾」が初めてという。
 遺構は、約1・5キロ下流に大堰(馬飼頭首工)ができた1970年代に水没した。それまでは目視できたが調べた人はいなかった。
 調査に協力したNPO法人木曽川文化研究会代表の久保田稔さん(67)は「猿尾はしばしば破損し、改築が繰り返されるのが普通だった。この猿尾にも改築の手が加わった可能性があるが、郷土史をめぐる意欲的な調査だ」と話した。(佐藤雄二)
 
 さて、上に添付した記事についても、私の高校時代の恩師(校長)が歴史の研究者であった事から、捨町野の河原についても私の出生地に近いため何度も訪れており、当時は下流の馬飼頭首工ができる前だったことから、自然にこの宝暦治水の堤防跡を見ていたようにも思いますが、記憶が定かではなく、確認したくとも恩師は鬼籍に入っておられるため確認もできないジレンマを感ずる一日ともなりました。
 
                                   3月22日の一言

四国酒蔵88箇所巡りが新聞に

 香川県高松市の酒店の店主が、「どうしたらお酒に興味を持ってもらえるか」と若者の日本酒離れを考える中で、四国遍路をヒントにした四国酒蔵88箇所巡りを考え、四国4県の酒蔵を説得して完成させたとの発信がありました。
 
酒蔵、鉄道…四国88カ所巡礼 高松市の酒店社長が考案
記事の続き…
 アイデアが次々とわく一方、負担に感じた酒蔵から協力を断られることも増え、88カ所になかなか届かない。繰り返し説得し、約1年後の2008年2月、ようやくホームページを完成させた。
 ネット上で名前を登録した「巡礼者」は、ダウンロードした「納経帳」にスタンプを集め、最後に地元の各酒造組合に送れば「酒神」の認定証がもらえる。これまでに約1千人がエントリーし「予想以上の反響」。さすがに結願したのは約60人だが、佐藤さんは88カ所をめぐる面白さにすっかりはまった。
 酒蔵の説得行脚で疲れた体をいやしたのは、行く先々の温泉。「思った以上にたくさんあるな」と気づき、温泉の88カ所も探すことに。ん、待てよ、何でも88カ所を集めて紹介できるんじゃないか――。
 友人らに声をかけ、昨年6月に「四国なんでも88箇所巡礼推進協議会」を設立。JR四国の社員やウェブ制作会社の経営者ら、「四国愛」を自任する12人がメンバーに名を連ねた。
 「温泉」「駅と車窓」「ダム」――テーマが決まると、メンバーがそれぞれのテーマに詳しい人に声をかけ協力を依頼。情報を持ち寄る会議を開き、88カ所を選ぶ。そこから先は佐藤さんの出番だ。実際に「札所」をまわって取材し、情報掲載の了解を取りつける。
 きちんと回ったか証明する仕組みに手を抜かないのも特徴だ。先月1日に開設した「駅と車窓」の場合、乗った電車と自分が一緒に写った88枚の写真データを協議会のメンバー宛てに送る。本物と認められればJR四国から「四国鉄神」の認定証が贈られる。
 みごと結願した時のごほうびは「自己満足。御利益はマニアからあがめられること」と佐藤さんは笑う。「でもひとつのテーマで88カ所を回ると、誰も気づかなかったディープな四国が見えてくる。古き良き日本が残っている四国でふるさとを再発見するチャンスです」
 今後も続々と新たな88カ所を紹介する予定で、すでに食堂、珍味、パワースポット、埋蔵金を探索している。
 
四国酒蔵88箇所巡り http://sake88.info/
 
 今年3月1日に発行した神守中学校の同窓会報に、私の地元で唯一となる酒造会社の社長を活躍する卒業生として紹介しましたが、日本酒離れに歯止めをかけるための営業努力と、地ビールや地産地消にこだわる新商品の開発など、日本酒を製造する立場からの苦労話を聞くこととなりました。
 
 今回の記事では、酒の販売店の店主のアイデアによって、四国4県にある88の酒蔵の参加によって酒蔵88巡りが完成しており、作る側だけでなく売る立場のアイデアも一緒にして考えればまだまだ可能性は開けそうです。
 
 今回の遍路をヒントにした酒蔵88箇所巡りは、日本酒だけにとらわれず、四国の山奥のダムや堰堤を巡る『四国堰堤88箇所巡礼』や、四国の鄙びた温泉を巡礼する『四国温泉88箇所巡礼』、四国各地に眠る埋蔵金伝説を巡る『四国埋蔵金88箇所巡礼』等を設定し、『四国パワースポット88箇所巡礼』や『四国妖怪88箇所巡礼』まで予定していると言いますから、四国経済全体への波及効果も大きそうです。
 
 新聞報道にも記されていますが、四国遍路に訪れるお遍路客は年間15万人と言われており、目的は八十八ヶ所のお寺への参拝と朱印ですが、利用する鉄道やバスから、食事や宿泊施設まで多くの地域経済を潤しています。
 
 私の住む愛知県津島市も、かつては繊維産業の盛況と連動して、多くの人々を呼び込み、尾張で一番の預貯金を誇る経済都市だったと言われていますが、繊維産業の衰退と都市計画の目測誤りにより、「貧乏」の一言がそのまま代名詞のようなイメージとなっています。
 
 今こそ、地域の特性を見直し、特産品が沈黙する前に活性化を考えたいと思う四国からの発信でもありました。
 
 さて、本日は古雑誌として我家の庭先に出されていた古本を自室に持ち帰り、改めて本の魅力を噛み締めておりましたが、この魅力についても私個人のこだわりでしかなく、書聖と言われる「王義之」の書から武帝に仕えた「周興」が選んで模写したと言われる「千字文」に関する本で、中国でも南朝から唐代にかけては非常に珍重されたと言われる千字文が捨てられようとしていました。
 
 現在の中国のイメージとはかけ離れていますが、今から1千500年前の南朝時代にこれだけの書の指南書ができていたことに驚かされ、過去の遺産を見直すこととでも信頼される両国関係に発展する可能性も感じますが…
 
                                   3月17日の一言

6月に定年を迎える同級生と雑談し…

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我家で満開となっているサザンカの花
 
 数日前までジャンパーやコートが必須だった生活が、一転して春爛漫の暖かさとなり、冬眠状態となっていた庭の草花も一斉に花芽を出し、梅は満開状態となる現実から、今年の寒さは厳しいと思っていたものの、昨年も同じように花が咲いて、我々も同じように行動していたことを一年前の一言からも実感させられました。
 
完全に春の息吹を実感し…昨年3月11日  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/46116207.html
 
 一年前はハーブを買い求めて植え、ホームセンターで孫のためにイチゴの苗を買い、まもなくサクランボの花が咲き、我家の名物となっている「アンズ」の花と、サクランボやアンズの実が実っていくことを、一年前の一言を読み直して実感させられます。
 
 さて、本日は家内に同行してドラッグセンターとスーパーマーケットに出かけたところ、家内と迷子になってしまいましたが、レジで精算している同級生と目が合い、久しぶりに近況報告の雑談で盛り上がりました。
 
 私たちは今年で60歳を迎えますが、知人は今年の6月で定年を迎え、勤めている会社は65歳まで働けるものの、6月で退職して一週間に3日程度のアルバイトを探す予定との話で、厚生年金は来年からの支給ですが、任意で年金基金を積み立ててきたことから、今年から毎月10万円近い支給を受けられるようです。
 
 知人は数年前に奥様を病気で亡くしており、90才をゆうに超えた母親が施設に入っていることから、これからは家庭第一でゆとりのある生活を考えており、同じ同級生でも65歳まで働く必要に迫られている知人や、会社をリストラされ屈辱の職場にある知人も存在する中で、同級生の私も今後の進退や方向性を決めていく時期がきていることを実感させられる会話となりました。
 
カモメにエサあげるシャチ 千葉・鴨川シーワールド
記事の続き…
 毎日あるシャチのショーの合間に、カモメがプールに近づく。ルーナが水に潜り、浮上と同時に口から水を飛ばす。「うがい」と呼ばれる芸の一種で、水と一緒に飛んだ魚の切り身をめがけて、カモメが水に飛び込み、切り身をくわえて飛び去った。わずか3、4秒間の早業だ。カモメには数羽の「常連」がいる。
 シャチには冷凍のホッケとサバの切り身がエサとして与えられ、その切れ端をカモメにやっている。
 シャチは、米国など7カ国で約40頭が飼育されているが、カモメへのエサやりの報告はない。佐伯宏美・海獣展示一課長は「小さいルーナは遊びの段階だろうが、アースたちをまねて覚えたようだ」という。
 よこはま動物園ズーラシア園長で日大教授(野生動物学)の村田浩一さんは、「シャチによるカモメのえさやり行動は極めて貴重な観察例で、世界も注目するだろう。動物園のチンパンジーやゾウが観客を仲間扱いするような種を超えた交流の一種。カモメの反応を楽しんでいるのでないか」と話している。
 
 添付した記事は、弱肉強食の自然界の中で、獰猛なシャチがカモメに餌を与えているという珍しい現象を紹介した記事ですが、何でもかんでも食べてしまうサメとは違い、哺乳動物は生活の余裕があれば他の動物を襲わないどころか餌を与える現実に、我々も老後の生活に対する環境の違いを実感させられました。
 
 現在は3月議会が開催中ですが、まもなく議員任期の半分が経過します。私の任期終了時は61歳になっており、定年を迎えた同級生や知人の動向を見極めてから自分の方向性を決めるのは他力本願で無責任と思われるかもしれませんが、ボランティアとは言え主導しているNPO法人や、高額なタクシーまで買い込んでタクシー事業主になっている現実も考えた議員生活となりそうです。
 
                                    3月10日の一言

梅の花から春を実感させられる一日に

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 全国的に春の嵐が吹き荒れたようで、愛知県の三河地方では強風のため電車も止まっていたようですが、私は家内の母の3回忌に出向いたところ、伊吹降ろしの風は冷たいものの、庭には梅の花が咲いて春の到来を実感する一日となりました。
 
 家内の在所は稲沢市祖父江町の木曽川沿いにあり、法要後に迎えにきたマイクロバスによって、東海大橋から木曽川と長良川を渡って岐阜県側の料理屋へ運ばれましたが、川が県境となっているものの、生活を共有する結びつきの強さを実感させられました。
 
 料理屋さんの女性と親族の会話を聞いていると、田舎では昔からの旧家やお医者さんは遠くまでその名前が知られており、私の先輩が婿養子に入っている医院の名前も耳にすることとなり、家の名誉や伝統を維持していくためには高額な税金や負担も多いことから、田舎暮らしで身軽に生活するレクチャー本がここでは通用しない現実も実感です。
 
 さて、最近では木曽川の堤防道路は車の通行はできますが、堤防下の河川敷や河原には降りられなくなっており、対岸では道路そのものが入れないようになっているとの話で、その理由はゴミや家電製品の不法投棄を防ぐのが目的だったようです。
 
 そのことによって、それまで「シジミ」を採りに行っていた近隣の人々が入れなくなって困っているとの話に、一部の不届き者によって、多くの人々が声をあげる場所もないままに不都合を被っていることを実感させられました。
  
天声人語
 「五里霧中」はよく知られた四字の熟語で、親切な辞書には「五里夢中は誤り」と注意書きがある。さらに丁寧な辞典には「ごり・むちゅう」と区切って読むのは誤り、とある。正しくは「ごりむ・ちゅう」だと。中国の「後漢書」に、その五里霧なるものは出てくる▼張楷(ちょうかい)という在野の学者は、道術を使って五里四方に濃霧を発生させた。人を避けたいときは霧の中に姿を隠したそうだ。時は流れて、その張楷も驚くような中国の大気汚染である。一昨日は今季初の黄砂も加わり、北京の街は黄色く沈んだ▼視界不良で高速道路が閉鎖され、屋外の活動を控える指示も出された。北京だけでなく、汚染の深刻なエリアは日本の面積の数倍におよぶとも聞く。現代の公害の脅威は、五里霧の故事の比ではない▼風に乗って、とばっちりは東へ進路をとる。汚染物質に黄砂がまじり、迷惑の二重奏に韓国も戦々恐々らしい。スギ花粉に作用して症状がひどくなる恐れもあるそうだ▼終戦の2年後、中秋の名月を眺めて、小欄は「来年の今月今夜はモクモクと出る煙突の煙で思いきり曇らせてみたい」と書いた。焦土からの復興を願ってのことだ。どの国にも、昇る煙が繁栄の証しのような発展途上の時期はある▼その後の日本の公害と反省は、説明不要だろう。中国は世界第2の経済大国になった。自他の国の環境と健康への責任を、五里霧に隠れて頬被(ほおかむ)りでは許されない。藍天(らんてん、青空)を守るべし。なりふり構わぬ発展から、舵(かじ)を切って。
 
 私の母親は今年82歳になりますが、最近の日課の中で一番時間をかけているのが、添付した朝日新聞の「天声人語」を専用台紙に書き写すことで、販売店から書き写しノートを買い込んで、午後の大半の時間をかけて書き続けています。
 
 半月前に、肺炎や原因不明の体調不良で遠くの海南病院へ運び込んだのがウソのように復活し、本日も私の妹に誘われて鉄道とバスを利用して、渥美半島で開催されていた菜の花のイベントに参加してきました。
 
 天声人語が学生の受験対策に利用されるのは昔からの事ですが、高齢者の指先と頭のリフレッシュにも効果を発揮しているものと思われ、「バカな知恵をつけられたものだ」と思っていましたが、ボケ防止には確実に効果があり、冬になって畑作業も少ない母親の健康維持の一因となっているようです。
 
 書き写しノートには、天声人語を切り取って貼るスペースと、鉛筆で書き写す原稿用紙が組み合わされており、辞書で調べた漢字や言葉を書くスペースと、天声人語の内容の要約や、意見を書き残すようになっています。
 私にとっても、かつては販売のキーワードとなっていた天声人語ですが、毎回603文字と文字数が決まっていたことと、6つの段落に分かれていたことは、母親が書き写すまで知らなかった新事実でもありました。
 
                                       3月2日の一言

ヒゲの殿下こと(三笠宮)寛仁さま逝く

 ヒゲの殿下の愛称で国民に親しまれ、天皇陛下のいとこにあたる寛仁(ともひと)さまが6日午後3時35分、入院中の佐々木研究所付属杏雲堂病院(東京都千代田区)で亡くなられた。
 
寛仁さまが逝去 66歳
ヒゲの殿下、型破り人生 ラジオDJ・「月給生活」2年
 
 皇室の枠にとらわれず、皇籍離脱の意思表示をしたり、型破りの皇族のイメージが強く、自身のガンの手術や闘病生活の話題も多かったが、国内の障がい者団体や福祉施設の関係者にとっては、同じ目線で相談できる良き理解者でもありました。
 
平成21年9月18日の私の一言 http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/41842619.html
 
 …(略)…名古屋市にある芸術文化センターで開催された菅原洋一さんのリサイタルまで…(略)…M君から誘われたお義理の参加でしたが…(略)…今回のコンサートのために三笠宮寛仁殿下も臨席され、殿下によって神津善行さんや中村メイコさんを巻き込み、菅原洋一さんのリサイタルに発展した経緯を知りました。
 …(略)…テレビや雑誌で拝見する寛仁殿下が私の手の届く距離で一緒に鑑賞される事がまるで自然である会場に、警護に仰々しい政治家や皇室とは違う殿下の魅力も実感です。
 
 名古屋市の芸術文化センターを満席としたのは菅原洋一さんの魅力もあるでしょうが、山田さんをはじめとする施設関係者の歴史でもあり、寛仁殿下も当初から施設の理解者として関わり、見事な挨拶文を寄せておられました。 この挨拶文は見事で、機会があれば紹介したいが、天皇陛下と同じ血脈である三笠宮寛仁殿下が、障害をもつ山田さんと一緒の視線で年月を重ねられ、政権交代で突然国の首相となった鳩山さんとは違う、同期の桜のようにも思われ、こんなにも身近な皇族の存在に感激です。
 
 私の過去の一言に記した記憶はあるものの、あまりにも多くの記事ゆえに探しても見つかりませんでしたが、上に添付した名古屋のコンサート会場で寛仁殿下との小さなハプニングがありました。私の座った座席の後ろが通路で、その通路をはさんで2メートルほど離れた最前列に寛仁殿下が座られたのでした。
 
 恐れ多い話ですが、この時に来場された寛仁殿下を旧知の友人と勘違いした私は、「お久しぶりです」と口ずさんで殿下に頭を下げると頷かれました。私は誰だったか思い出せないままにコンサートが進行し、司会役であった中村メイコさんが「本日のコンサートは殿下のお蔭で実現しました」と紹介すると、会場の観客が私の後ろに座られる殿下に向かって一斉に拍手をした事で、私の後ろに座られる旧知の知人と思っていた人物が寛仁殿下である事が判りました。
 
 この時にはかつての精悍なヒゲを蓄えた若き殿下のイメージは失せ、病魔と戦う初老の紳士となっておられ、手術によって声も発せられない状態であることを私は知らず、初対面の私が旧知の知人と勘違いして挨拶しても自然に応じられた殿下と、仰々しい警護もなく参加された殿下を本当に身近な存在に思いました。
 
 何度も手術を繰り返され闘病の身ながらも、全国各地の障がい者団体や福祉関係者を支援されてきたお姿に敬意を捧げたいと思います。一方で、66歳の若さで亡くなられたことから、65歳で鬼籍に入った私の父親もガンであったことから、「あと数年か」と私の後ろ向きの性格にもカウントダウンの火がついたような心境にもなりました。
 心からのご冥福をお祈りしたいと思います。
 
                                    6月6日の一言

増加する一方の生活保護に

 生活保護を申請する受給者数が昭和27年以来の水準となり、東日本大震災による申請者を含めると200万人突破は確実と報じられている。
 
生活保護200万人に迫る 1952年度以来の水準
                http://www.asahi.com/national/update/0405/TKY201104050264.html
 
死者1万2321人、不明1万5347人 5日10時
                http://www.asahi.com/national/update/0405/TKY201104050185.html
 
 かつての生活保護は、働ける健康な人には支給されなかったが、最近は健康でも失業して収入がない人には支給されており、支給されている人の条件を当てはめると生活保護の対象となる人は無尽蔵に増加する。
 
 今から10年ほど前には、無収入で無年金の高齢者であっても、自宅と農地を所有することを理由にして、生活保護は簡単に受給できなかったが、最近では土地を売る手配と相続する子息の念書を出す事で受給されている。しかし、現実には農地は売れない事と、受給者が亡くなっても子息に受給分の返済義務はなく、受給者もそんな事を見越している。
 
 びっくりとするのは、生活保護を申請する市役所窓口に弁護士と訪れて、受給用件を満たしていることから、担当職員に嫌味の一言を聞く事もなく、当り前に生活保護費を受給する人が存在することで、毎月の生活保護費から弁護士費用が支払われると聞くと、真面目に働いて10万円程度の報酬で細々と生活する人は報われない。
 
 昨年の議会で税金を安くするために「世帯分離」をする例を質問したが、世帯分離や離婚などあらゆる手法を利用すれば、税金や公共料金の節税になるばかりか、生活保護の受給も可能になり、何でもありの現代社会ではやりたい放題がまかり通る。
 
 東日本大震災の直後に石原東京都知事の不適切な発言があったが、現実には世の中が腐りきっており、真面目に努力しても浮かばれない人がある半面で、無気力でも行政を頼りに生きる人々もそんざいする。
 
 今回の地震と津波による過酷な条件にある被災者の存在を考えると、現在受給中の人々の再確認も重要で、このままでは日本中に生活保護世帯が増加し続け、その原資は真面目に働く人々の税金と考えると原点に回帰したいものである。
                               4月5日の一言

永代経回向に参詣して

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 本日は愛西市佐折町にある長福寺説教所(叔父の家)にて、先祖代々回向と永代経回向がひらかれたので参拝いたしました。昨日まで恩師の通夜と葬儀に続き、本日も線香の匂いが染み付く一日となりましたが、明後日の夜には四国遍路に出向き、帰宅した翌日の5日には隣の尼寺の永代経が実施され、受付に座る事から毎日が線香の香りの一週間となりそうです。

 写真は庭先に残されていた石塔から確認された子孫の方々のご先祖様たちを供養するため屋外に出て読経されている様子です。

 さて、昨日と本日は四国霊場会からいただいた輪袈裟をかけて参詣いたしました。なかなか首にかける機会と度胸がなかったが、昨日の恩師の葬儀にかけて見送りました。遍路では念珠とともに重要とされており、輪袈裟をかけたままで手洗い所に入ることは厳禁とされている。

 慣れないため違和感を感じるものの、気持を切り替える意味では神聖なものを感じ、袈裟をかけると気持が引き締まり、お大師様の恥にならぬようにと思えます。

 四国遍路では金剛杖も神聖なもので、弘法大師の象徴と言われ、その日の巡拝が終わって宿についた時には、杖の先を洗って床の間に置いて、尊像として礼拝すると教えられている。
 「まだ杖の力を借りる歳ではない」と、過去の巡礼では金剛杖を持たずに参拝していましたが、先達用の杖をいただいたので、そのまま使うのも恐れ多いために杖先にゴムを被せて今回は持参する事にしています。

 これまでは白衣や袈裟、すげ笠、杖などの姿形には無関心で巡拝を続けてきた。「車で巡拝するのにすげ笠は必要ないでしょう」が世間の常識と思います。しかし、こうした気持が参拝に対する心の準備もなく、霊場の聖域に足を踏み入れるとの気持が希薄になっていたとおもいます。

 本日の参拝で姿の見あたらない人が1月に亡くなられている事を聞かされ、この人もお世話になった人だっただけに、改めて恩師をはじめ多くの人々の冥福を祈りたいと思います。明後日からの四国巡拝では、今までとは違った気持で姿形から整えるとともに、心新たな気持で参拝したいと考えています。
                         3月30日の一言

早い春の到来に違和感が

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 あんずの花が咲いちゃいました。今週6日の一言に、「あと半月もすればアンズの花が咲き…」と記していましたが、既に咲き始めており、予想以上に早い春の陽気にびっくりである。

 今年だけの事であれば良いのだが、新聞やマスコミで話題となる『地球温暖化』の影響とすると、異常気象や大地震と並んで深刻な問題にもなってくる。北極やシベリアの氷河や永久凍土が融け続けているが、日本のシンボルである富士山の永久凍土も年々減少し、まもなく枯欠する状況にある。

 テレビや新聞で人口降雪や人工的に雨を降らせた報道も記憶に新しいが、半月以上も早まった季節の変化には我々人類の力も及びはしない。春が早まっても、秋や冬が早く到来する事はありえない。こうなると心配は、余分な心配かもしれないが台風の到来でもある。

 自然災害の恐ろしさは、都会化した現代では感覚がマヒしているようだが、科学が発達した現代社会においても一瞬にして大都市や街を飲み込んでいく。アメリカのハリケーンは街だけではなく州全体を破壊し、回復もまま成らぬ状況がある。
 国内においても、竜巻が頻繁に起こり、気象情報や天気予報が発達した現代においても、何ら対策が立てられない現状にある。

 我家のサクランボやアンズの開花は20年かかって半月早まってきたが、今年は一年で更に半月早まった感があり、これから実をつける楽しみは残っているものの、今から到来する自然災害の恐怖を予測するのは取り越し苦労であろうか。
                                3月10日の一言

誰も気づかないサクランボの満開

 議会が開会し、明日の正午が一般質問の通告期限となっているが、任期最後の議会ゆえに終わらせておきたい質問項目が多く、選択に苦慮している。

 過去の議事録から進捗しない現状を再質問したい心境だが、市長の引退が決まっており、トップの英断が望めない中での不用意な質問は、今後の質問の機会を潰す可能性も高い。医療問題にしても、都市計画にしても6月議会で新市長に長期展望を見据えて尋ねたい質問である。こうなると何を質問して良いのか選択に困り、多くの質問項目を目前にお手上げである。

 さて、その一方で、11日に予定されている『地域セミナー』も迫ってくる。会場の文化会館から打ち合せの連絡が入り、走り出す前には来客である。また、当日の予定では100人の定員となっているが、実際には何人集まるのか全くの手探りである。少ないとは思うものの、多ければイスも足らない事態となりかねない。

 忙しさからメンバーへ相談に走る時間もなく、自分の頭の中とメモだけが頼りだけに、議会質問とセミナーの設営と、参加者への呼びかけとで支離滅裂な一日となった。

 深夜になり、裏庭に出てみると『サクランボ』の花が満開となっており、半月早い春を実感する。家族の誰も気づいていないのであろう。外からの照明に輝くように咲き乱れ、花を見る余裕も無かった事を実感するが、今年は花見もありえない現状である。
                                       3月4日の一言

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