大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

木曽路

奈良井宿で展示されているSLとワイドビューを眺めて

 道の駅 奈良井木曽の大橋

新宿行きの高速バス 停留所

 奈良井大橋

 ダイナミックです

 大橋東側

 奈良井川 上流木曽方面


 長野県中信地方を流れる信濃川水系の一級河川の奈良井川は、中央アルプスの木曽駒ケ岳の北にある茶臼山に源を発し、流域の観光名所・中山道奈良井宿・贄川宿を流れ塩尻市、松本市を抜け、松本市島内で梓川と合流し犀川と名前を変える。

木曽路は 木曽川のイメージが強く、奈良井川も太平洋側に流れていると錯覚する人も多いものの、現実には日本海側へ流れていきます。

 下流方向 塩尻方面

時代を感じる骨董品

JR中央本線 

初めて見る車輛 新規導入車輛かな?

蒸気機関車が展示保存されています

C12ー199号

今でも動きそうな保存状態です


中津川行き普通列車

動画です


長野行き特急列車 ワイドビューしなの

動画

三十三観音

観音堂

昨日の写真です。

 5月31日に記した奈良井宿の一言


先月上高地の帰り道に訪れた奈良井宿ですが、昨日は展示保存されているSLを国道19号線から道の駅奈良井木曽の大橋から奈良井川を渡って訪れました。


観光地である奈良井宿は中仙道を行き来した江戸時代までタイムスリップしたような感覚に浸れる宿場ですが、 その裏側でごく普通に生活する 地元の人たちの生活を垣間見ることもできました。


奈良井宿に展示 保存されている 蒸気機関車の横を走るJR中央本線を、長野行きのワイドビューしなのや、中津川行き普通列車が音を立てて走っていくことにも時代を感じさせられます。


個人的には 奈良井宿と薮原の宿場をつなぐ 鳥居峠へ行きたいものの、車の通行が禁止されており歩いて行くことはできても時間の余裕がない 生活が残念です。


旧中仙道の奈良井宿を歩いて

旧中仙道奈良井宿

臨済宗妙心寺派 大宝寺

本堂

境内と観音堂

マリア地蔵入り口

キリシタン禁制時代のマリア像

案内板

山門

日野百草本舗

上問屋資料館

明治天皇が宿泊された建物

奈良井の町並み

玉龍山長泉寺 曹洞宗

鐘楼堂

貞治仏

延命地蔵大菩薩

龍の大天井絵

貞治5年(1366)建立のお寺です

長泉寺全景

荒沢不動尊

道祖神

鳥居峠方面の宿場

高札所

水場

道祖神

鎮神社

案内板

本殿

民芸開館

資料館中村邸

日曜日の写真です。

日曜日に訪れた奈良井の宿を添付しましたが、三ヶ所の資料館と10軒の宿泊施設があり、五十軒以上の土産物店と食事処のある木曽路を代表する宿場町です。

木曽11宿には奈良井から次の塩尻方面の宿場は贄川宿となっていますが、奈良井と贄川の間には木曽平沢宿が存在しており、今回は通過していますが贄川宿より昔ながらの建物が残されており、次回の上高地の帰り道に立寄ってみたいと思います。

奈良井宿から木曽平沢宿は徒歩で30分程度の距離にあり、木曽路の難関となる鳥居峠から薮原の宿場まで三時間程度で歩けると案内されていることから、JR木曽平沢駅から奈良井の宿を通ってJR薮原駅まで歩くと江戸時代の雰囲気が味わえる魅力を感じます。

車は国道19号線で鳥居トンネルを通過してしまいますが、車で鳥居峠を目指すのも道中の一里塚や茶屋等の存在から魅力あるコースで、先週立寄らなかった奈良井宿に保管されたSLとともに訪れてみたいと思います。

木曽路 奈良井の宿場

奈良井宿の看板

JR奈良井駅

改札口入り口

駅舎内

駅ホーム

駅構内

松本行き普通列車

奈良井の宿場町

軒先の山野草

水場

昼下がりの宿場

水場 横水

レトロバス

駒屋

団子2本で150円

たなかや

メニュー

女将さん

五平餅 (写真)


五平餅を口にしてから、「これは?」と思ったものの、食べかけた五平餅を写真に収めることもできず、店頭に飾ってあった写真を女将さんに借りましたが、木曽路だけでなくこれまで食べた五平餅とは一味違う初めて食べた味でした。

食べた後になって舌に爽やかな味を残すのは「山椒」で、タレに練ってあるのか山椒の葉か実の香りが口中に香ります。しばらく五平餅の評点はしていませんが、かなりの高得点となる味です。

水場 宮の沢
日曜日の写真です。

木曽路では妻籠の宿と同様に規模の大きな宿場町で、過去に何度も訪れていることを買ってきた傘や杖とともに、団子屋さんの店頭で実感しましたが、無人駅の多い木曽路のJR中央本線の中で駅員さんの居ることでも宿場の存在感を実感させられます。

奈良井宿には複数の寺院や神社が存在しており、それらについては後日の添付とします。

旧中仙道の宿場宮ノ越を歩いて

木曽11宿 宮ノ越の宿場 

 巴淵

 巴淵

長野県木曽郡木曽町日義

 木曽川上流

 木曽川下流


木曽川が巴状に渦巻くであったことからこの名がある。巴御前がここで水浴をしたという伝説が残る。


 散策マップ

JR 宮ノ越 駅

改札口

駅ホーム

渡線橋

作業車両

義仲橋

木曽義仲館

義仲館正面

木曽義仲と巴御前

玄関

館内

館内ホール

日照山 徳音寺
長野県木曽郡木曽町日義

寺標

徳音寺入口 

 参道の三十三観音

山門
徳音寺は、長野県木曽郡木曽町日義にある臨済宗妙心寺派の寺院である。山号は日照山。本尊は聖観世音菩薩。 

 本堂

 境内

 巴御前の銅像

 つらぬき石

 観音堂

源義仲公の墓所 

 中央奥が義仲公のお墓

 山門上 の鐘楼

 宮ノ越本陣周辺の町並

宮ノ越本陣跡 

 本陣 入口

 本陣建物

 本陣横の駐車場

 本陣横の農業遺産

疎水 

 本陣の案内板

明治天皇 宮ノ越 御膳水 

御膳水の案内板

日曜日(14日)の写真です。

木曽義仲
源 義仲 は、平安時代末期の信濃源氏の武将。河内源氏の一族、源義賢の次男。源頼朝・義経兄弟とは従兄弟にあたる。木曾 義仲の名でも知られる。『平家物語』においては朝日将軍と呼ばれている。 以仁王の令旨によって挙兵、都から逃れたその遺児を北陸宮として擁護し、倶利伽羅峠の戦いで平氏の大軍を破って入京する。 ウィキペディア

 先週日曜日に訪れた中山道 宮ノ越の宿場の写真を添付しました。

木曽義仲公が亡くなってから1000年以上経過していますが、この地から遠く離れた京の都まで、戦い抜いて進軍していったと考えると感慨深いものを覚えます。

宮ノ越を流れる木曽川を眺めて、川の流れと水の清らかさは当時と変わらないと考えると、今でも義仲公の姿が拝めそうな気持ちになってきます。

何よりも本陣等の歴史的な史跡が無料で開放されていることと、観光資源に頼らず自立して生活する 宮ノ越の人々の自尊心を感じずにはおれません。

この地の木曽川に流した木の葉が、何日で私の住む 愛知県に到達するかは分かりませんが、投じた木の葉を何日でも待ち続けてみたい心境と、川の流れに身を任せて自宅へ帰りたいと思わされました。

塩尻市から辰野、伊那市から木曽路へ

中山道 宿場宮ノ越
オートレスト木曽路

善知鳥峠

JR飯田線の列車

藏造川のめがね橋

辰野町へ

花街道

かやぶきの館

横川

蛇石

木地師の墓

横川ダム

白鳳山瑞光寺
ここからは木曽路です
巴橋

JR 宮ノ越駅

待合室

駅のホーム


宮ノ越の町

上松宿 五平餅の中村

本日の写真です。

本日は長野県塩尻市の国道153号から善知鳥峠の分水嶺や藏造川のめがね橋、辰野町花街道のかやぶきの館、横川川の蛇石、横川ダム、木地師の墓を訪れました。

伊那市から権兵衛トンネル経由で木曽路へ戻り、中山道宮ノ越の宿場に残る木曽義仲の菩提寺や史蹟を巡ってから、上松宿お気に入りの中村食堂で昼食を摂って余裕で愛知県へ帰りました。

詳細は後日 添付します。

ゴールデンウィークの車中泊 上高地と木曽路へ

沢渡足湯公園 第ニ駐車場
連休中はまだ桜が咲いていました。

さわんど温泉 梓湖畔の湯

4月28日夜から5月2日までの4日間は、上高地のパークボランティアのため沢渡足湯公園駐車場に停めた愛車と上高地をバスで往復し、夕方さわんど温泉梓湖畔の湯に通う生活でした。3日から5日は家族と合流して上高地から木曽路へ移動しました。

ちなみに、足湯公園駐車場の料金は1日700円、梓湖畔の湯の入湯料は730円で、今年から足湯公園にはフリーwi-fiが整備されており、無料の足湯は24時間開放されています。

アクティブブラザ「アルプスの郷」

5月2日の車中泊場所

3日朝 松本電鉄新島々駅


5月3日は愛知県から JR と松本電鉄を乗り継いでくる 家族と合流するため、車を新島々駅のパーク&ライド駐車場へ車を駐車し、新島々駅からバスで上高地へ入り ボランティア 終了後に戻って家族と合流しました。

3日はグレンパークさわんどで車中泊


家族で上高地へ

4日 新装された大正池公共トイレ

大正池です
河童橋と穂高連峰

上高地バスターミナル駐車場


過去にバスターミナル駐車場で車中泊をしたこともありましたが、上高地は標高1500メートル付近にあるため、下界より約10度ほど気温が低く、雪の残る連休中の車中泊は冬の装備が必要となります。もっとも、上高地 へはマイカーが入れないため、タクシーを愛車とする私だけの体験となります。

ちなみに、沢渡の標高は約500メートル低く(標高1010メートルと)なります。

4日 オートレスト木曽路 塩尻市

オートレスト建物正面に駐車しました

電気の充電スタンド

隣のラーメン屋 萬年家

隣のコンビニ ローソン

マッサージ器

コインランドリーとシャワー

自販機 コークオンも

ラーメン屋への通路

コンビニへの通路

オープンスペース

4日の朝食タイム

まさに建物に横付けです

ドライバーへの案内

広大な駐車場です

ゴールデンウイークの写真です。

 サービスエリアや道の駅の駐車場で車中泊をすることの是非がネット上でも話題になりますが、松本市から愛知県までの木曽路では唯一仮眠だけでなく 車中泊 大歓迎の施設がオートレスト木曽路です。

建物内は深夜でも明々としており、コインランドリーとシャワーだけでなく、マッサージ器や自販機も置いてあり、明るいロビーで夕食や朝食が食べられるばかりか、外に出なくても通路のあるコンビニで冷えたビールを買ってくることもできます。

こもれびの滝

霊峰 御嶽山

 私の連休最後となる5日は、御嶽山へ参拝するだけでなく 5ヶ所の滝巡りを家族で楽しんできました。

旧中仙道と北国街道の分岐点 洗馬宿

中山道洗馬宿の道標

木曽路は木曽11宿といわれ、江戸と京都を結ぶ街道の1つであった中山道のうち、急峻な木曽谷を通る街道部分にある11の宿場町の総称として使われています。

 4月に上高地が開山すると、毎月木曽路を通ることから、中山道の塩尻市から木曽路に入る信濃路の2宿と、馬籠宿以南となる美濃路の宿場町に立ち寄りたいと思います。


本日は、先週11日に訪れた信濃路洗馬宿を添付しました。

中山道と善光寺道との分岐点

分岐点の常夜灯

案内板

中山道の新道

肘懸の松跡

追分

案内板

右中山道の道標

石碑や名号の被

旧道と新道の分かれ道

木曽路方面

JR洗馬駅駅舎

改札口入り口

待合室

中央本線中津川行き

塩尻長野方面ホーム

宿場の案内図

現在の中山道

洗馬宿脇本陣跡

明治天皇の休憩場所

脇本陣と志村家庭園の案内板

萬福寺赤門

松尾芭蕉の句碑

説明板


(一社)塩尻市観光協会引用

街道の別去れ

慶長18(1613)年に、下諏訪宿から小野宿・牛首峠経由で贄川宿に至る旧中山道が廃止された翌年、塩尻峠経由の路線が新たに中山道として設定された際新設された宿場です。
宿場の北方は中山道と北国脇往還(善光寺街道)の「別去れ」で道が左右に分かれ、「右中山道 左北国脇往還 善光寺街道」の道標が建っており、中山道を進むと桔梗ケ原を経由し塩尻宿へ、善光寺街道を進むと郷原宿へと向かいます。

〇洗馬宿のみどころ
洗馬宿は昭和7(1932)年の大火で宿の大部分が焼失してしまいまたが、細川幽斎にまつわる伝説の肱懸松跡、中山道と善光寺街道の分岐点の分去れ道標、常夜灯、木曽義仲伝説の邂逅の清水や願い事をかなえてくれるという言成地蔵尊などがあります。

塩尻市から木曽路を目指す旧中仙道初めての宿となる洗馬宿です。観光客であふれる奈良井や妻籠のような華やかさはありませんが、ここから中山道と北国街道が分岐する追分となり、東国を目指す人と善光寺参りの人々が別れていく重要な宿です。


観光施設もないため観光客は一人もありませんでしたが、昔ながらの街道を歩いてJR洗馬駅の改札口からホームまで、まるで大正時代から昭和初期へ戻ったような感覚を入ってきた中央線の列車の音が現実に戻してくれました。


先週金曜日と土曜日に訪れた木曽路の車中泊です

道の駅きそむら 3月10日

木曽路で一番Wi-Fi境環境の良い道の駅です

これで十分眠れました

道の駅賤母

道の駅大桑 午後6時08分 

オートレスト木曽路 

午後7時51分に到着です

ラーメン萬年家 

 夜10時まで営業 月曜日定休日

 ここで車中泊です

駐車中の大型トラック 

 24時間営業のコンビニ

休憩所のマッサージ機 

コインランドリー とシャワー室

 コンビニへの通用口

24時間解放されるロビー


翌日11日(土曜日)

 朝の駐車場

 ここで車中泊しました

7時23分出発です 

国宝松本城 

太鼓門  午後3時09分


 中山道洗馬宿 午後5時1分

JR中央本線洗馬駅 

中山道と善光寺道の分岐点

旧中山道 

道の駅きそむら 

 午後5時55分到着です

 朝の駐車場


道の駅日義木曽駒高原

木曽町三岳 午後9時01分

 霊峰御嶽山

道の駅三岳 午前11時43分 

中山道上松宿 

寝覚の床入口 

道の駅大桑  米っ子大桑

道の駅大桑 みちくさ 

 道の駅大桑 午前12時48分
先週末の写真です。

先週金曜日の夜は(中山道)国道19号線塩尻市にあるオートレスト木曽路を車中泊の場所としました。

ここは24時間営業のコンビニローソンと深夜まで営業しているラーメン店が併設されており、24時間解放されたロビーにはコインランドリーやコインシャワーが存在し、ロビーにはゲーム機やマッサージ機まで設置されています。

木曽路に存在する道の駅は、木祖村にある道の駅きそむら以外は wi-fi 環境が非常に悪く、車中からネット発信するためには大きなストレスとなりますが、オートレスト木曽路はロビーが24時間開放されているため明るい室内で発信が可能となります。

私の個人的な感想となりますが、名古屋から松本まで移動する中で、明るく安心して車中泊できる場所ではここが一番の環境ではないかと思われます。難点は大型トラックが一晩中出すエンジン音で駐車する場所の工夫が必要です。

帰路となる翌日土曜日は、wi-fi 環境の良い道の駅きそむらを車中泊の場所としました。

今時とは思いますが、 wi-fi そのものが存在しない道の駅もあり、電波の感度が低い道の駅では発信中に wi-fi が切れて、スマホ本体のアプリのデータ使用が増大しているケースが度々あります。

これからは気候的にも温かくなるため、車中泊の環境にはありがたいシーズンとなります。

雪に閉ざされた御嶽山の滝を廻って

霊峰 御嶽山

道の駅きそむら 木祖町

木曽駒ケ岳 道の駅日義木曽駒高原

御嶽神社里宮 

三合目付近から見る御嶽山

日の出滝

日の出滝旅館と御嶽山

田中旅館

大祓滝

滝行中

田中石材店から見える御嶽山

松尾滝 四合目

氷瀑(ひょうばく)

四合目駐車場 冬季閉鎖中


こもれびの滝

せせらぎ

百間滝への道標

不易の滝への道標

不易の滝

下山中

下山中

落石

御嶽ロープウェイと開田高原への分岐点

木曽駒ケ岳

乗鞍岳

道の駅三岳

王滝川

木曽駒ケ岳

上松宿 昼食

道の駅大桑

大桑から見える木曽駒ケ岳


本日は道の駅きそむらで目覚めましたが、御嶽山の霊神場へ参拝後に馬篭宿か妻籠宿の五平餅を食べてから自宅へ帰ろうかと考えていました。


御嶽山の霊神場は毎月の行事にしており、道の駅日義木曽駒高原から御嶽神社の里宮から霊神場に参拝し、最後の弘法堂に参拝して車に戻ろうとしていると、遠方から大声の叫び声が聞こえ、辺りを見渡すと大祓の滝からの発声と思われたためため訪れました。


御岳教の信者が激減している中にあっても、参拝する信者は真剣な先達や行者が多く、雪が残り凍りつく御嶽山の極寒の滝に4人の行者が大祓の滝に入り、大声で般若心経を唱えて止むことなく読経は続きます。


そんな訳で、黒沢口にある滝巡りとしましたが…


ガッ、コーン カタカタカタ…


落石です。人間の頭くらいの石が落ちたようですが、これまで経験したことの無い迫力に、まるで大砲が打ち込まれたようなどうすることもできない自然の脅威を実感されられた中を、積雪と凍結した登山道を登って「こもれびの滝」と「不易の滝」までたどり着いたものの、下山は滑って降りられないため、四つんばいとなって足から後ろへ下ってきました。雪の装備も無く登る危険を実感させられました。


その滝めぐりの顛末は後日に添付します。


御嶽山の霊神の降霊神事に参加して

本日訪れた中村日赤

本日の一枚です。

ここからは日曜日の写真です。

御嶽山 午前6時46分 木曽町三岳

雪と凍結した道路

霊神場前に到着です

日の出滝旅館 長野県木曽町三岳屋敷野

祖父の石碑(手前)です

濃い霧のため弘法堂が見えません


御嶽山黒沢口(4合目)にある日の出の滝横にある明栄講(御嶽本教明栄分詞殿)霊神場に奉られている、御嶽山を開山した覚明霊神と講祖覚礼霊神に参拝した後、私の祖父の石碑や知人の碑に参拝してから隣にある「明栄講ろ組」の霊神場を訪れて、我家の分家や知人の石碑に参拝して、更に場所を移動して、真言密教の弘法堂に手を合わせるのを毎月の行事としてきました。

となりの「ろ組」の霊神場を訪れると…

護摩祈願へお誘いを受けました

組み上げられた護摩木に火が入ります

祈願の護摩木と木札が焚き上げられていきます

煙が立ち上ります

祝詞が唱えられます

次々と先達さんたちが祈願します


護摩祈願に参加した後、私は田中旅館の横に建つ「弘法堂」に移動し、真言宗の開祖弘法大師像に読経し、安置されている不動明王像や延命地蔵へ真言を唱えるのも御嶽山の日課にしています。この時の時間は午前8時42分。

田中旅館看板横にある弘法堂

田中旅館から見える御嶽山山頂


毎月御嶽山に参拝する習慣は、上高地のボランティアから帰る帰路に立ち寄り、今年5才になった孫の誕生を祈願して願が叶った御礼に毎月訪れるようになりましたが、上高地を午後に離れて沢渡から薮原経由で到着するのは夕方か薄暗くなります。

朝7時から訪れる御嶽山は新鮮でした。

そして、再び「ろ組」の霊神場へ…

明栄講ろ組 霊神場入り口

神事の準備中

神事が始まります

講祖像の前に教会長が座ります

2人が対座しています

降霊が行われています

講祖の霊が降りてきました

ここから先の様子は写真には撮れません。


私の祖父は昭和46年に亡くなりましたが、亡くなるまで毎月御嶽教の先達や信者が祖父宅の神前に集まり、その中では亡くなった霊神の霊を降ろす前座と、霊が憑依して降りてくる中座(憑座)の2人により亡くなった霊神の霊を降ろして教えを聞いたり、助言を受けたりしていました。

当時高校生になっていた私はこの降霊術が信じられず、非科学的なインチキとしか思えませんでしたが、50年ぶりに目の前で行われた降霊術に、今でこそ祖父を知らない先達さんによって祖父の霊を降ろしてもらい声を聞きたいと思います。

明栄講霊神場 午前10時01分

講祖の銅像前

陽がまぶしい快晴に

祖父の石碑です

明栄講の新しい霊場


毎月訪れている御嶽山の霊神場ですが、となりの「ろ組」の先達さん達とは過去に2回ほど出会って挨拶していたことから、護摩祈願と講祖前の神事へお誘いを受けて参加させていただけましたが、詳細をブログに添付したいものの、霊を降ろす神事(降霊術)や神事を写真に収めるのはさすがに無礼と言うより罰当たりと思いながらのギリギリの添付です。

凍結した御嶽山を行ったり来たりの一日に

本日午前6時46分の御嶽山

道の駅日義木曽駒高原 午前5時43分

今日のスタート

道の駅三岳 6時28分

完全なる道路の凍結です

どんどん進みますが…

黒い部分はツルツルの完全凍結です


四国遍路は納経所の朱印が朝7時に始まるため、お遍路の感覚として7時には参拝しようと道の駅日義木曽駒高原を5時45分に出発し、6時半に道の駅三岳でトイレや洗顔を済ませて日の出の滝にある御嶽山明栄講の霊神場を目指しましたが、道路は完全に凍結しており、車を降りると滑って一歩も歩けない状態です。

「出直せ」の言葉が一瞬脳裏に浮かびました。参拝にこだわって車が道から落ちたり、転んでケガでもしたら罰当たり者です。

午前6時51分 ここから引き返します

7時09分 ふもとの御岳神社まで戻ってきました

御嶽神社 里宮

御嶽神社 社務所

太陽の丘公園 7時40分


里宮で御嶽神社に参拝し、道路の反対側にある平和観音や祠に手を合わせてから、最後の御嶽山との別れを惜しんでいると、山頂方面のガスが晴れて青空が見えてきました。

今にして思うと、危険と隣り合わせの道路を進んだことと、里宮に参拝しないまま霊神場に進むことを神様と霊神(祖父)によって戒められたのかも知れず、厳冬期の御嶽山参拝は太陽が昇ってから登ることは先人の教えかもしれません。

途中で山頂が頭を出しました

日の出滝前 日の出旅館 8時05分

よく頑張りました

一番手前が道成霊神(祖父)の碑

霧に包まれた霊神場

田中旅館と弘法堂 8時52分

道路の先に御嶽山が見えます

田中旅館から見る御嶽山山頂

太陽に照らされた霊神場

太陽が射し霧も晴れました

午前10時25分の御嶽山
山頂の噴煙も見えます

さて、霊神場で明栄講の講祖覚明霊神から祖父や恩人の石碑に般若心経を唱え、となりの「明栄講ろ組」にある我家の分家や知人の霊神碑へ参拝に訪れると、ろ組の教会長や先達さんが寒山登山の神事を始める準備をしておられ、護摩の焚き上げとお勤めに誘われました。



明栄講ろ組の開祖「徳開霊神」は私の住む津島市のとなりにある七宝町の先達で、本日出会った方々は七宝町の霊神ゆかりの人たちで、昨年にも出会って挨拶していたこともあり、一緒に護摩の焚き上げに参加させてもらい、弘法堂参拝後に再度訪れて神事に参加させていただきました。

こんな出会いを考えると、早朝の引き返した参拝は御嶽様のお導きとしか思えず、毎月訪れている御嶽山と郷里の人々とのご縁に感謝する参拝ともなりました。

感激の詳細は明日以降の後日書き記します。

帰路

木曽駒ケ岳

三岳村から見る乗鞍岳

寝覚ノ床 上松宿

食事の中村 午前10時57分

店頭

店内

今日はかけ蕎麦を

木曽路で一番の五平餅

本日は自宅へお土産に

上松から見える木曽駒ケ岳

本日の写真です。

昨年と一昨年に愛知県と岐阜県や木曽路の五平餅を食べ歩き、その中で一番の味と評価している上松宿の中村さんですが、毎月上高地の行き帰りに通っているものの、行きは夜か早朝で、帰りは閉店後の夕方か夜のため、久しぶりの来店となりました。ご店主と世間話をしながらゆっくりできる居場所は味とともに貴重な存在です。

昨日から松本まで往復の走行距離450キロをガソリン22リットルの給油は驚きで、愛車キャラバンでは50リットル以上給油していることを考えると、軽自動車を利用すれば上高地も昨年の2倍は行ける勘定となり、車中泊の予定は無かったものの、幸いにして暖かかったこともあり、通常に積んでいる寝袋だけで温かい車中泊となりました。

昨日の一言です
上高地パークボランティアの定例会へ | 大鹿一八 『今日の一言』 (ameblo.jp)


8月オープンの御嶽山ビジターセンターへ

イメージ 2 クリックしてご覧ください

釜トンネルから松本方面へ 


昨日午後から上高地釜トンネルを抜けて、奈良井ダムから藪原経由で木曽路へ入り、国道19号の木曽町木曽福島から道の駅三岳へ立ち寄りました。


木曽町 道の駅三岳 

みたけグルメ工房 

御嶽山 ビジターセンター


8月にオープンしたばかりの御嶽山信仰の歴史と、平成27年に噴火した火山の歴史など御嶽山の歴史を展示した新しい施設です。


 さとテラス三岳入口

 展示ホールへの入り口

名古屋大学の看板 

展示ホール 

御嶽山信者の白衣姿 

 覚明行者

普寛行者 

 信仰の歴史


 かつては、白衣姿の御嶽山信仰の行者や信者で山頂まで登山の列が続いた参拝風景は今や見る影もありません。

四国遍路や西国巡礼だけでなく、熊野古道や修験道など信者の姿が絶えない現状と比較すると、何故に御嶽山から白衣姿の信者が消えてしまったのか真剣に考えてみたいものですね。

太古の 御嶽山

 視聴覚ホール

 平成 令和の噴火
平成26年9月 噴火直前の頂上

 噴火直後

 噴火直後

噴火直後の山頂社務所 

 噴火鎮静後の社務所石段

 現在の防災状況

 くつろぎのスペース

 施設裏 王滝川にかかる赤い橋

昨日の写真です。

 昭和50年代にも大きな噴火がありましたが、平成26年の噴火によって多くの人々が犠牲になり、山頂に立ち寄れなかったことから御嶽教の信者だけでなく、観光客が姿を消したため御嶽山の観光施設や宿泊施設は壊滅的なダメージを残しました。

さらに2年前からのコロナ禍により、御嶽山周辺の観光施設は更なる苦境にあり、今年度中におんたけロープウェーやスキー場の指定管理者が撤退を決めており、益々大変になっていきそうです。

私の祖父は御嶽教の先達で亡くなる直前まで極寒の冬にも水をかぶるなど厳しい修行を続けていました。

同じ先達とはいえ四国遍路の先達である私とは全く修行の厳しさが違いますが、御嶽教を信仰する信者が激減した大きな原因には先達の誤った振る舞いにもあります。

科学万能の現代社会の中においては非科学的な信仰には限界があり、科学的に説明ができる教えに転換していく必要は急務です。

さて、とは言っても四国遍路や真言密教の中心となる弘法大師(空海)が若かりし頃に、四国の山や岩穴で厳しい修行を重ねていたことと、御嶽山信仰には共通するものでもあり参考にしたいものでもあります。

今回道の駅三岳の隣にオープンした御嶽山ビジターセンターによって、観光客だけでなく安全な参拝登山と信者に信頼される御嶽教に変わるきっかけにしてもらいたいものです。

昨日はビジターセンター見学後に、御嶽山明栄講霊神場と弘法堂に参拝してから愛知県へ帰りました。

木曽路の桃介橋 長野県南木曾町

桃介橋 南木曽町 


木曽路の国道19号南木曽町の木曽川に架かる橋で、1922年(大正11年)に完成した木橋で、橋の名は橋の建築主である大同電力(現関西電力)社長福澤桃介に因む。

福澤 桃介 慶応4年6月25日(新暦:1868年8月13日〉 - 1938年〈昭和13年〉2月15日)は、明治末期から昭和初期にかけて日本の電力業界を中心に活動した実業家である。福澤諭吉の婿養子にあたる人物。


 国道から見える桃介橋

 左岸から渡ります

 橋と左岸の街並み

 木曽川 左岸と町並み

 木曽川上流を臨む

 案内板


 天白公園

天白公園から見える桃介橋

 駐車場

 公衆トイレ

 Coke ON

 Coke ON もありました。
天白公園は木曽路の国道19号線から木曽川を渡った対岸にあり、駐車場には公衆トイレも完備されているため車の休憩だけでなく、静かな環境は車中泊も可能と思われます。






 福沢桃介記念館

木曽川右岸から見える桃介橋 

木曽川右岸から見る桃介橋

 戻ります

 パターゴルフ場

 国道19号線

 15日の写真です。

 愛知県の我が家から上高地まで高山経由で高速道路を利用すると約3時間程度で到着します。

一方で、長野県側から愛知県へ帰ると時間は大幅にかかりますが、立ち寄る名所や史跡、観光地がふんだんにあり飽きることがありません。

上高地から開田高原経由で御嶽山へ

昨日の入浴 せせらぎの四季
長野県木曽郡木曽町新開3968-2

開田高原大見沢駐車場
開田高原末川

ここで車中泊です

ゆったりとした駐車場

池ノ沢ポケットパーク
開田高原西野

柳又ビューポイント 御嶽山展望台から

蕎麦畑

そばの花

とうもろこし畑

 防虫ネットもカラフルです

ホテル木曽温泉 こがねの湯
長野県木曽郡木曽町三岳瀬戸ノ原9-57

 正面玄関

グランピングオンタケ

 新しい施設です

道の駅三岳

朝採れ野菜です

こんな T シャツも販売されていました

色とりどりの野菜

本日の買い物
道の駅のバッグをいただきました

私の大好物 あんころ餅

お弁当
本日の写真です。

昨日は午後に上高地から松本市の道の駅今井恵みの里に行き、国道19号線から道の駅やぶはらと日義木曽駒高原に立ち寄りました。

木曽福島に入ってからガソリンを給油し、開田高原の入り口にある日帰り天然温泉せせらぎの四季へ到着です。

昨日は小雨が降る天候だったため、夕食は途中のコンビニで購入してから開田高原を目指しました。

昨日の車中泊の場所は木曽路と高山市を結ぶ国道361号沿いにある開田高原大見沢駐車場にしましたが、車の行き来が少ないため私以外の車中泊は4台だけで静かな環境でした。

車中泊の魅力は朝明るくなると自然に目が覚め.本日も午前5時には駐車場の周辺を散策していました。

本日の目的地は三岳村にある御嶽山霊神場と里宮で、午後3時に開催されるお寺の施餓鬼供養まで国道19号沿いの木曽路の名所を巡りながら愛知県へ戻りました。

今回の上高地の三日間は、ケビンに宿泊して食事は外食にしたことと、個人的にはカセットガスを搭載しており、夕食を作ることも楽しみでしたが、車中泊の食料も購入したため行動できる自由時間が大幅に増えました。手間のかかる食事を割愛することは家族に好評でした。

6月から病人のような療養生活を送っていましたが、大好きな上高地で普通にボランティアとして活動できたことと、御嶽山の急な階段を昇り降りしたことで随分と元気になれたような気がします。

私を待っていてくれる上高地の知人達の存在は非常に大きいことを実感させられました。

木曽路上松宿 中村の五平餅

五平餅

 上松宿

 お土産用の3本

 真空パックです

五平餅の中村

 日曜日の写真です。

昨年8月から愛知県奥三河や木曽路の五平餅の名店や、我が家周辺の五平餅のお店36軒の中で、私が最高点の評価をつけた五平餅が木曽路上松宿の食堂中村です。

2022-01-19 
2021-11-29
2021-09-22

 昨年から五平餅の名店を訪ねて食してきましたが、それぞれが名店と評価されていても、その五平餅を食べた満腹感で他のおやつを食べられない例も多く、昼食のおやつとして食べられる五平餅として私は今までで一番の味だと思っています。

もちろん味も美味しく、お土産用に購入した真空パックの五平餅を、2ヶ月後に自宅で焼いても近所で購入する五平餅よりダントツに美味しく食べられました。

そして何よりも一本一本の五平餅が丁寧に焼かれて出されていることもおすすめの団子です。

昨日訪れた木曽路と御嶽山です

道の駅 御岳

JR中央本線 普通列車

JR 中央本線 特急列車

地元産のあんず

500円

道の駅の対岸

御嶽教 御嶽山木曽本宮

開田三岳福島線

王滝川

おんたけ交通のバス

完成間際の木曽町御嶽山ビジターセンター

みたけグルメ工房

道の駅三岳の案内板
日の出の滝旅館
霊神場に咲く花

上松宿の夕暮れ

土産の五平餅です
昨日の写真です。

 祖父が御嶽教の先達だったため、小学校2年生の冬から御嶽山を訪れるようになり、最近は毎月麓の黒沢にある明栄講の霊神場を訪れることにしています。

そんなことから木曽路や御嶽山は懐かしい場所であり、過去を振り返る機会にもなります。

もっとも、山頂へ最後に登頂してから20年以上が経過しており、随分と年齢を重ねたことから、体調を整えで再度登頂したいと強く思うようになりました。

御嶽山は山頂付近の噴火や地震が繰り返し起こったため、観光客が大幅に減少し、御嶽教の先達もなり手がなく減少の一途をたどっていることから人と遭遇することはほとんどなくなりました。

自分の行動するフィールドまで自分の運転で行けなくなっている現状が寂しいものの、2ヶ月ぶりの木曽路や御嶽山から元気をもらって帰宅しました。

2ヵ月ぶりの御嶽山霊神場へ

中央道

恵那峡サービスエリア

国道19号線

上松宿 中村屋の五平餅

道の駅 御岳

JR中央本線

木曽福島 元橋

御嶽神社里宮


本殿までの石段

御嶽本教社務所

明栄講 霊神場

祖父の石碑

明栄講 ろ組霊神場

夕暮れの御嶽山
本日の写真です。

本日は家内の運転で御嶽山霊神場を訪れて、講祖諸霊神や祖父の霊神碑に手を合わせてきました。

ここ数年上高地の帰り道に必ず立ち寄る場所ですが、両手の不調により4月以降訪れておらず2ヶ月ぶりの参拝となりました。

さて、5月に上高地を訪れた際に、知人と一緒に行動していたこともありましたが、それよりも両手の不調により身体全体にストレスを溜めていたため御嶽山に立ち寄らず、へ「毎月来る」ことを怠ったことも現状の体調不良につながっているかもしれず、何も言わない私を心配する家族からプレゼントの参拝ともなりました。

日頃、木曽路は深夜に通行することが多く、本日は午後からの出発だったものの、私自身が木曽路で一番の評価をつけた上松宿「中村」の女将さんと五平餅の雑談に花を咲かせることができ、目の前で真空パックにつめた五平餅をお土産に持ち帰ることができました。

桜が散ってしまった高遠城址公園を訪れて

道の駅 小坂田公園 長野県塩尻市

高遠城址公園案内図

桜が終わった公園内

天下第一位の石碑


問屋門

新城神社と藤原神社

太鼓櫓(たいこやぐら)


道標

白兎橋

南入口

高遠の町

桜まつり後の城址前

信州高遠美術館

高遠湖と三峰川

案内図

城址公園からの案内

歴史博物館前の桜


保科正之公と生母お静の碑

碑文


高遠町歴史博物館

高遠ダム

甲斐駒ケ岳

高遠町の町並み

はびろ農業公園みはらしファーム

みはらしファーム

みはらしファーム

みはらしファーム

伊那路と木曽路を結ぶ権兵衛トンネル

道の駅 日義木曽駒高原

花桃

御嶽山

弘法堂前の桜

本日の写真です。

 本日は桜の開花が終わった伊那市の高遠城址公園を訪れました。

 高遠の桜は満開の様子がテレビでも放映されており、昨日城址公園へ行くと聞いた松本市の知人から「行っても花は無いよ」と言われましたが、日本一と言われる桜の名所だけに少しは咲き遅れた花があると思っていました。

 全国の桜の名所には、真冬から花を咲かせ春まで花を観賞できることと、私が主催した朝日旅行友の会で平成2年4月29日に満開の高遠城址公園を訪れていたため、少しは花が残っているとタカをくくっていましたが、高遠の桜はコヒガンザクラだけであることを考えると花の時期は限られていたことを実感させられました。

 今回は桜の時期に公園内で和菓子の移動販売をしている知人と再会するのも目的でしたが、桜の散った高遠城址公園付近のお店はすべてシャッターを下ろしており、ここは桜の時期しか注目されていないのかもしれません。

 ただし、観光客の居なくなった城址公園を歩き、桜の最盛期では何も判らない城の位置関係や、城址周辺の見事な風景をゆっくりと歩き、木曽路とは違う伊那路の雰囲気を十分に味わうことができました。

 本日は新城市の道の駅小坂田公園からスタートし、城址公園から伊那市の「はびろ農業公園みはらしファーム」に立ち寄り、権兵衛トンネルから木曽路へ移動して、毎月訪れることにしている御嶽山の霊神場と弘法堂を訪れて帰宅しました。

                            4月24日の一言

えがしら堂の五平餅と団子を食べて

えがしら堂の和菓子

佐屋ピアゴ店 愛西市佐屋町

イベント会場

木曽五平餅の売店

五平餅

くるみ五平と五平餅

五平餅 1本250円

くるみ五平 1本250円

みたらし団子 1本100円

甘だれ味

しょうゆ味

信州名物 おやき

おやき 1個240円

和菓子のショーケース

いちご大福や三色団子、よもぎ大福も

信州そばや信州の物産コーナー

信州のわさび漬 信州の漬物コーナー

長野のお菓子

ピーナッツ餅

麩饅頭とさくら餅

本日の写真です。

えがしら堂のお店です。
えがしら堂は団子と饅頭が専門と思っていましたが、このお店では長野県の信州や木曽路を看板にしており、信州そばや漬物などお土産になりそうな商品も並べられていました。

やはり、目の前て焼かれたばかりの五平餅や団子は美味しい。

 「えがしら堂」は和菓子のお店で、名古屋市中川区の会社ですが、昨年10月に上高地の帰り道に立ち寄った松本市の道の駅「今井恵みの里」に出店しており、気軽に話せる店員さんとの会話で名古屋から出店していることが判りました。各地へ移動販売しているお店です。

 松本の道の駅では和菓子と餅が販売されていましたが、本日訪れたピアゴ店の出店には五平餅とみたらし団子も焼かれており、スーパーの作り置きと違って焼いたばかりの団子は美味しく、夕食が食べられないほど完食して、持ち帰った餅も夕食前に口にしました。

 名古屋市の和菓子屋さんとは言え、信州や木曽路など長野県を意識した商品が販売されているため、懐かしさというのか、シーズンオフの上高地を思い出すとストレスも飛ぶとともに、売られていた五平餅や団子も久しぶりのためか高評価の食べ比べとなりました。

 ちなみに、佐屋ピアゴ店での出店は来週火曜日までで、来週からは岩倉市のピアゴに出店するとの話で、松本市のお店で出会った店員さんは3月3日から8日までピアゴの大治店に出店し、4月から5月の花見シーズンは長野県の高遠に出店すると聞き、再会が楽しみにもなってきました。

                                  2月26日の一言

フェースブックの発信から旅の魅力を体感して

最近参加するようになりました


マキノ高原メタセコイヤ並木道

Kei Takahashiさんのフェースブック参照

白銀の世界です

あこがれの世界です


 最近参加するようになったフェースブック「道の駅de車中泊」から、自分が体験しているような臨場感のある写真が発信されており、自分が過去に訪れた場所に立っているような錯覚と、相棒リマとともに訪れた車中泊が昨日のように思い出されてきます。


昨年7月の車中泊 7月22日から25日

2012年07月14日
 相棒リマと一緒に四国遍路へ行くようになり、当初は相棒と一緒に寝るための車中泊になったものが、車中泊の方が朝7時の拝観時間前にお寺に到着して納経を済ませ、宿への移動時間を考えず午後5時過ぎまで巡拝できることと、赤ワインや食事の食材を自分で選択できるため旅行太りとは無縁となります。

 一方で、この頃からペット厳禁となっている上高地へ相棒リマも一緒に連れて行くようになり、相棒の存在が自然と車中泊の旅行となり、相棒と共に仙台や岩手県まで車を走らせテント生活や車中泊となる中で、天候に左右されない車中泊が当り前のスタイルとなりました。


2012年08月24日

 相棒と一緒に上高地や四国遍路に行くためスタートした車中泊が、2年前に相棒が旅立ったあとも相棒リマのケージとウエアを車に積んで旅に出る生活が当り前となり、居なくなった相棒を忘れないためには車中泊を続けていことと思っています。


昨年11月の車中泊

2019-12-16

 コロナ禍で人との接触が問題となる中で、車中泊の四国遍路はほとんど観光客と出会うこともなく、上高地や木曽路など山や大自然を相手にする旅行は新型コロナに感染するリスクもほとんどありません。

 フェースブックから各地の車中泊の様子が次々と届けられ、厳冬期で外出をしぶっていた自分にとって、久々に旅先の魅力を感じさせられるようになってきました。

                                  2月8日の一言

自宅で木曽路上松宿「中村」の五平餅を焼いて

自宅で五平餅を焼きました。

21年11月29日

中山道上松宿 五平餅の中村

                 長野県木曽郡上松町大字小川 (,寝覚) 2443-1

           電話 0264-52-2183 10時~17時(時期により異なる) 定休日 不定休 

3個分入っていました。

同封されていたタレ

クルミ、胡麻、落花生、砂糖、しょうゆ、みりん

作り方のレシピ

真空パックに数ヶ所穴を開けてレンジします。

電子レンジで1分から2分加熱します。

ずいぶんと柔らかくなりました。

出来立てのような感触です。

タレを付けます。

タレの残り

少し焦げ目が付くまで焼きます。

2本同時に焼きます。

まもなく出来上がります。

本日の写真です。

 冗談やお世辞抜きで真空パックのお土産とは思えない美味しさです。


 ↓↓ 過去の五平餅や団子の記事一覧です。↓↓クリックしてご覧下さい。

 昨年夏から訪れた奥三河や木曽路の五平餅の中で、私の身勝手な評価で最高点をつけた旧中仙道上松宿にある「中村」で、11月末に購入して持ち帰った真空パックの五平餅でしたが、店内で食べた味と遜色ない柔らかい焼きあがりになりました。


 かつて、お土産の五平餅を自宅で焼いたことがあり、餅の一部が煎餅のように固くなった記憶がありましたが、レシピにあった電子レンジで温めたためか、近くの街角のスーパーで売られる五平餅よりも柔らかく、自分好みに焼いたため香ばしくなりました。


 もっとも、購入してから時間は経過していたものの、餅は真空パックで保存され、タレも容器にテープを巻いて密封してあったため、餅さえ店と同じ食感になれば、タレは本職の自家製のため美味しくて当たり前なのかもしれません。


近くのスーパーで売られている普通の五平餅より美味しいことは間違いがありません。


                                   1月19日の一言

これでは外出できない オミクロン株の感染拡大

名古屋テレビのコロナ情報


長野放送のコロナ情報


環境省からのメール


 今週土曜日に松本市で予定されている環境省の定例会に参加する予定ですが、一昨日には大寒波によって木曽路の木曽福島や木祖村の国道が圧雪により通行止めになっており、車での長野入りは完全にあきらめ、JR中央本線の列車か名古屋と松本を結ぶ長距離バスにするか迷っていると、急速に拡大した新型コロナの情報や、環境省から万が一の中止も含めて金曜日の正午に判断する旨の連絡が入りました。そんな訳でバスの予約もできません。

 ワクチン接種券が昨日届いたため、本日はかかりつけ医で3回目の予約をして、25日に私が接種を受け、家内は日をずらして27日に接種を受ける予約を済ませており、それまで周りから感染しては大変なため、今回の松本行きについても列車とバスとどちらが安全か真剣に悩まされます。

そんな中へ…

ボランティア仲間からのラインです。


 私と同じように遠方から松本市へ出向く予定だったボランティア仲間から、社内に感染者が出て濃厚接触者になったため定例会出席をキャンセルしたとの連絡が入ってきました。


「こりゃーあぶないなァ」

     「本当だね」

「どうしようかな?」

     「やっぱり止めるの?」

「バスにするか、電車が良いか…」

     「えー、お父さんには止めるという選択肢は無いの?」


 第三者から感染させられずに松本まで行くために、バスと列車のどちらが安全かを真剣に考えていましたが、知人のキャンセルという現実の中で、万が一感染すると私だけでなく家族も濃厚接触者となり、毎日病院まで搬送している福祉有償運送の患者さんたちの移送ができなくなってしまいます。


 さて、どうしたものか…


 ちなみに、明日早朝から依頼されている病院からリハビリ病院への移送ですが、東京から駆けつけた娘さんが同行していく予定でしたが、搬送先の病院から東京から来た家族が同行したら患者さんを受け入れないと厳しく言われ、同乗する私たちも危険と隣り合わせであると実感させられます。


 現実には私の事務所の1階は三男が接骨院を営んでおり、私の感染は私と同居する息子たちの仕事やお客さんにも影響することから、危険と隣り合わせの行動は自分だけでは済まず、何のために3回目のワクチンを予約してきたか判りません。


 私の住む愛知県の感染者数も急増しており、感染地域からの訪問によって他人へ感染させる可能性も考えると来週予定している四国遍路についても、ワクチン接種後に感染者数が減少するのを待った方が国や自治体の判断ではなく自分や周りの人のためにも賢明かもしれませんね。


 知人から届いたラインの内容から新型コロナの厳しい現実を身をもって実感させられました。


本日の名鉄電車 患者さんを搬送した休憩中の写真です

動画

名鉄のシンボルカラー赤い列車

電車で豊川稲荷へ行こうと話していましたが…

本日の写真です。

 県外への移動どころか、今回のオミクロン株の感染力を考えると、駅や電車だけでなく買い物に訪れるスーパーですら危険と思える世情になってきました。
                              1月13日の一言
                    本日の体重71,1キロ 徒歩数3205歩
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