大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

正月

京都 護王神社の初詣の様子です

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御所の西側にある護王神社 2日   京都本田さん提供

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      護王神社のイノシシ    京都本田さん提供

 平安京の建都に貢献された和気清麻呂公をお祀りしている神社です。足腰の守護神として広く崇敬されており、境内の狛猪に因み「いのしし神社」とも呼ばれ親しまれています。

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        護王神社    京都本田さん提供

 護王神社  http://www.gooujinja.or.jp/

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        北野天満宮の書初め  2日    京都本田さん提供

 添付した京都の写真は、京都の本田さんからのメールに添付されて送られてきた昨日の写真です。

 本田さんとは、京都の百万遍知恩寺の大晦日で一緒になり、一緒に除夜の鐘を撞く仲間で、今年は百万遍の一番乗りで、寺の法主や関係者の後で一番に鐘を撞かれましたが、数年前から会話を交わすようになって、約束はしていないものの大晦日と元日にまたがって、一年に一度だけ会う貴重な知人です。

 私は議員になった17年前から、毎年大晦日に京都へ行って初詣をして愛知県に帰る慣例を続けていますが、この百万遍にはかつて津島市内の寺院のご住職が勤めておられたこともありますが、本田さんたちと親しくなったことも継続して訪れる大きな原動力となっています。

 昨年の元旦は、初詣としている建勲神社に参拝しないまま愛知県に帰り、正月に2度京都を訪れましたが、今年の京都行きは貴重な名札を落とすハプニングもありましたが、大原の宝泉院にも駐車場まで行きながら、閉館時間が迫っていたことで引き返しました。

 「何故に止めちゃったの」とは、家内が本日発した一言ですが、普段の私なら住職に電話をしてでも宝泉院を訪れていたと思われ、そんな長年にわたるお付き合いがありながら、門前まで行きながら娘に「迷惑でしょう」と言われて断念したことを、住職から届けられた年賀状を見て後悔することになりました。

 最近は、行動すると何か一つは失敗や後悔する事が起こり、その多くは家族の意見に左右されています。本日は事務所の壁に孫の描いた魚の絵が多数貼り付けてあり、私は感心して見ていると、家内から壁にテープを貼ると表面が剥がれてしまうと指摘され、以前なら私が怒っていたことも孫には麻痺してしまっている現実を実感させられました。

 しばらくは、自分の思いのまま行動したいと思います。

                                       1月3日の一言

津島神社へ

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津島神社の楼門
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鳥居から参拝者が並びます

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屋台は素通りですか
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人数を規制して本殿に進みます

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やっと本殿前にきました
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まだまだ参拝者が並んでいます

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南の山門から帰ります

 孫が両親とともに訪れ(大晦日から連日ですが)、初詣に地元の津島神社に行くというので、「じいちゃんも行きたいんだって」の一言で、乗せてもらって行く事になりましたが、参拝者の車の渋滞にびっくりです。

 個人的には渋滞を避けて、神社の近くに車を停めていたたける知人もありますが、娘たちが嫌がるため、本日はジジイ役で後部座席に座り、駐車場から神社への行き方も判らない遠くからの参拝客について行きました。

 かつての私なら、参拝後のお店で串カツと日本酒を楽しみにしていましたが、娘が嫌がることから足も運べず、孫の食べたい屋台を廻り、知り合いのお店にも立ち寄らず、本当にジジイになったように自宅へ帰りました。

                                     1月2日の一言

謹賀新年

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平成27年元旦 午前5時の津島神社楼門です
 
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午前4時30分 岐阜県羽島市 お千代保稲荷へ参拝しました
 
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お千代保稲荷の鳥居です
 
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津島神社本殿と楼門
 
京都からの帰り道に羽島のお千代保稲荷と地元津島神社に参詣しました。
 
明けましておめでとうございます
                    本年もよろしくお願いいたします
 
                             平成27年元旦

集金手続きとともに福袋が届けられて…

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 本日は正月休み最後の日曜日となり、のんびりとテレビを見ていると、昨年の支払いが済んでいない車の部品代があると連絡があり、正月早々から日常業務に入っていることに感心していると、大きな福袋を持参した訪問となりました。
 
 正月早々の支払いは人によっては嫌われることから持参されたと思いますが、カード決済のため現金を支払う必要はなく、カード決済が遅れていただけで、支払いを忘れていた当方にも責任はありますし、無理な注文ばかりしていることから、逆に申し訳なくなりました。
 
 我家は元々はトヨタの車ばかりで、トヨタ系列の営業所で車検を受けてきましたが、平成元年登録のライトエースは部品やキャブレターの修理が新品での交換しかできず、修理をしてくれている町工場に車検を依頼することになり、家内の使用するスターレットについても、昨年の車検時に20万円を越える料金を提示され、近くの町工場に依頼しており、今ではメーカーの違う私の日産キャラバンだけしか持ち込んでいません。
 
 このキャラバンについても、近くの日産営業所の整備員が、当方の指摘したエンジンからの異音に対応しないことから、トヨタの営業所経由で日産の整備を受けたこともあり、愛知県においてはトヨタのサービスが充実しているものの、年式の旧くなった車については部品交換ばかり提案し、修理をしてくれない現実もあります。
 
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 本日は、そんな不満を言うために記しているのではなく、初売りの福袋を持参してくれた担当者に感謝する意味で記しており、「どんな事でも言ってください」との一言に甘え、利益にならない依頼ばかりに走らせていることから、福袋に同封されていた車の宣伝を見ても買えないため、名古屋トヨペットの津島神守店の宣伝として少しでも販売に協力したい心境です。
 
 この福袋については、同期の競輪選手の練習に同行していた三男も、練習後に愛知トヨタの販売店に立ち寄った際に、同じ大きさの福袋をもらって帰宅したことから、トヨタの営業所では来店者に共通して出されているようです。
 
 さて、正月休みも本日で最終日となり、明日からは日常生活が始まりますが、私も正月休みに浮かれて、済ませておくべき仕事が手付かずになっており、明日は二日分とはなりませんが、あわただしい一日になりそうですが、気分一新どころか、身体が動かない現実に悩む一日になりそうです。
 
                                     1月5日の一言

初詣に津島神社まで

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 本日は、知人2人と初詣で地元の津島神社へ参拝しました。私自身の初詣は、元旦に京都・船岡山にある建勲神社へ参拝を済ませておりますが、本日は津島神社とともに、稲沢市にある矢合観音に参拝し、参道入り口の小玉食堂で昼食後に孫の土産物を買ってから帰宅しました。
 
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 両側に添付した写真は、左側は昨年の1月3日の津島神社で、右側は2年前の1月19日の写真で、津島神社への初詣は雪に降られ続けていたようですが、本日は久しぶりに雪とは無縁の参拝となり、参道は多くの参拝客でにぎわっていました。
 
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 本日は肌寒いものの風がないことから、穏やかな一日となり、近くの天王川公園の臨時駐車場も満杯となっていました。
 
 こんな時に地元の人間関係は役にたち、神社近くにある元市長さんのお宅の駐車場に車を停め、近所の人間のように楽々の参拝としましたが、津島市に入る国道は参拝客の車で大渋滞となっており、各地に臨時駐車場があることから、市外からの流入方法を改善することも急務かもしれません。
 
津島神社 26年1月の行事 
歳旦祭  <1月1日 午前6時>
新年を祝し、皇室の弥栄と国家の安泰を祈ります。
元始祭  <1月3日 午前9時>
皇位の元始を祝い、国運の隆昌を祈ります。
和魂社例祭 [茅の輪くぐり] <1月4日 午前9時 [茅の輪くぐりは7日まで]> 
古くは蘇民祭と称し、和魂社(古称 蘇民社)において悪疫退除を祈願した後茅の輪をくぐります。
この祭の由緒は、御祭神建速須佐之男命の蘇民将来伝説に基づき、当日は「お守り・御幣・粟餅」が授与されます。
きのえね祭  <1月10日 終日>
本殿の相殿にお祀りします大国主命(大黒様)の御神徳をいただき、一年の商売繁盛・福徳円満をお願いします。
当日のきのえね祭祈祷者には、福くじで景品が当たります。
小朝拝 [七草祭]  <3月31日 午前9時半 [七草祭 1日~6日 7時半]> 
古来「津島の七草まつり」と称し、七草神饌を供えて氏子崇敬者の災いを除き、国の隆昌を祈願します。特に1日は、高杯に特殊神饌を供えます。
伊勢湾台風以前までは、南門広場にサーカスの他色々な出店や、植木市がお堀に建ち並び、遠近の参拝者で正月を越える賑わいでした。
津島神社ホームページ http://tsushimajinja.or.jp/
 
 さて、神社へ参拝して願いが叶うのかどうかは判りませんが、「般若心経」には「除夜日数心経法」というものがあり、年末の大晦日の日に、365巻の般若心経をあげるというもので、本来は僧侶による正式な作法があるようですが、般若心経を一年間の日数分あげるというものです。
 
 「除夜日数心経法」の正式の作法では、旧暦の大晦日か節分の前夜に行なうものであり、その他の日々に祈願を叶える方法には、「千巻心経」というものがあり、一日に千遍の般若心経を唱える方法もあります。
 
 津島神社の後で訪れた矢合観音については、お寺ではなく一般の在家に観音様が安置されており、この境内にある井戸から汲み上げた水に効力があり、この水を飲むとデキモノに効くと言われることから、私は本堂で般若心経を声をあげて読みあげてから、水を腹一杯飲んで帰ってきます。今年も効力が続く事を祈願しました。
 
                                    1月2日の一言

謹賀新年

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               明けまして おめでとうございます。
 
                           
 
 本年は四国八十八ヶ所開創1200年にあたることから、60年しか経験したことのない意識を、1200年前に空海が修業の場所とした現地に座り、弘法大師の心境に近づきたいと考えています。
 
 本年もよろしくお願いいたします。
 
                              平成26年元旦
 
 

元旦から厳しい現実が続き…

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元日の津島神社 午前3時頃
 
 今年の元日は岐阜県のお千代保稲荷から地元津島神社へ初詣となりました。
                      めでたさはここまで…
 年の初めから、娘の亭主の目に異物が刺さっており、名古屋市医師会の休日診療所まで送っていくこととなりましたが、さすがに名古屋市だけあって多くの車が列をなし、年末年始でも人の身体や病気には休みがないことを実感です。幸いに、私たちにとっては孫も一緒のドライブとなりました。
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 名古屋市の休日診療所の近くに、浄土宗の建中寺(写真右)があった事から、ついでに初詣に立ち寄りましたが、家族には元日にお寺に立ち寄ることが理解できない様子で、恐る恐る本堂に付いて着ましたが、「こわい、コワーイ」と話す孫の存在から早々の退散となりましたが、さい銭を景気良くばらまく神社よりも、真心込めて賽銭箱に捧げるお寺の方が気持ちがこもります。
 
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 本日は家内が在所の仏壇にお参りしたついでに、近くにある真言宗の地泉院へ参拝に訪れました。左の写真は境内の弘法大師像
 
 地泉院は真言宗智山派のお寺で、当地方では安産のお寺として遠くから参拝客が集まり、住職は書家としても有名ですが、住職の商売上手とするウワサもあり、ホームページも存在しない事が残念です。
 
 行基が自分でほった地蔵像があるとか、円空が作ったと伝えられている仏像があると記されていますが、ネット情報は地元の小学校のHPがたよりで、九十三代後村上天皇の勅願寺と紹介されていますが、後村上天皇は第97代天皇であり、後村上天皇は南朝の第2代天皇とも言われ、北朝の光厳天皇の存在も考えると寺の歴史の信憑性が問われます。
 
 
 元旦の新聞はその年の一年間を占うとの言葉を聞いた事がありますが、朝日新聞の一面には、原子力安全委員会の委員24人に原子力関係業界から8千500万円の寄付を受けていたことが報道されていました。
 
 原子力安全委員会は、原子力の安全を審査し、原発に関係する施設や電力会社だけでなく、国や関係省庁にも勧告や指導のできる権限を持っていると思われるが、電力会社や原発関係会社から寄付金としてお金を受け取っていた事実にはびっくりさせられる。
 
 寄付金を受け取っていた委員の多くが、国立大学の教授を務めていることを考えると寄付金の扱いが適性だったのかの検証も重要であるが、素人考えでも指導する立場にある者が、指導されるべき団体や業界から寄付金を受け取る非常識な行為は許されず、裁判官が裁く相手や、警察官が住民からお金を受け取るようなもので、国の税金で維持される国立大学の教授としての責任も問われるべき天誅でもある。
 
 この記事は朝日新聞の単独調査であり、元旦のために蓄積されていた記事のように思われますが、めでたい正月の元日一面記事に、あってはならない世の中の常識に背く行為が、最近の日本の現状を表しているようにも思われます。
 
 もっとも、国のトップである首相そのものが、国民に表明した公約に反する結論を発表し、白々しくマニフェストには反しないと開き直る政治も責任を問える立場にはなく、このままでは国民は税金でまかなう国会議員に首を絞められていきます。そんな事にならないためには、マスコミには理不尽な行為を絶対に許さない厳しい論評に徹して欲しいと考えます。
                                  1月2日の一言

謹賀新年

イメージ 1謹 賀 新 年
 
明けましておめでとうございます。
 
厳しい世の中にあって、
私の本年の運勢は最悪のようですが、
今年は耐えに耐えて、
健康な一年にしたいと思っています。
 
四国遍路や上高地だけでなく、
新しい居場所も探りたいと考えています。
 
本年も宜しくお願いいたします。
 
 
            平成24年元旦

一年の初めに

謹 賀 新 年
 
      本年もよろしくお願い申し上げます
              平成23年元旦
 
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 私の今年の課題(キーワード)は、『笑』にしたいと考えています。
 
 1月末には私の写真展「上高地」を開催し、同時に名古屋市消防局で開かれる民間救急搭乗員の養成講座に参加し、2月には「人にやさしい街づくり地域セミナー」を主催し、3月議会が終わると4月には任期満了による市議会議員選挙が迫ってきます。
 
 上高地や四国遍路は勿論ですが、私の行動の源が議員活動であり、その活動の裏には今まで何事もなかった「健康な身体」がありました。昨年末に遭遇した健康不安は、正月早々の検査によって命運が分かれますが、そんな一年を『笑い』をキーワードにして走りたいと考えています。
                                  平成23年元旦
追伸
添付した色紙「笑」は四国霊場七十五番善通寺法主樫原禅澄さんに頂いたものです。(下記は説明文)
 
(わらう。わらい。)には
 笑顔に反抗するものなし。笑門来福。
 一笑一若。一笑一少(年が一つ若くなる)。一怒一老。
 幸運は笑う人にやってくる。
 活性化とリラックスをもたらす。脳の血流量を増やす。
 認知症予防。血液がサラサラになる。血糖値下がる。
 元気になるし癒される。痛みを抑える。アレルギーも改善する。
 「ありがとう」ということばには、笑顔がよく似合う。
 等いろいろながあります。
                              樫原禅澄

正月休みも本日で終わり

 今年の元日は私が出かけなかった事から、家族全員が勢揃いする年初めとなりましたが、次男が風邪のために体調を壊しているため、感染を恐れた家族は時間差の生活となっており、昨日に続き本日も「休日診療所」に走る事となりました。

 簡易検査によって次男はインフルエンザではなかったようですが、「熱が下がらなかったら明日も来てください」と言われた事から、昨日に薬を処方されても何も体調が改善しないために、本日も「休日診療所」のお世話になりました。

 日曜日や祭日についても診察が受けられる「休日診療所」は、こんな時には便利で患者にとっては大変助かる存在ではあるが、診察する医師が毎日変わる事から、昨日の検査や処方の記録が完全に申し送りされずに、本日も昨日と同じ検査と薬の処方で高額な治療費がかかったと言う。

 「何で市民病院に行かなかったのか?」と帰宅後に長男が呟いたが、今回訪れている「休日診療所」は海部郡の医師会の運営で、津島市には津島市医師会の運営する「休日診療所」も存在し、長男の言う市民病院の時間外診療もある事から、選択肢を多角的に考えればよかったと反省である。

 それでも2日間とも簡易検査によってインフルエンザではないと診断された事から、効果は期待できないものの処方された薬と、我家の伝統的風邪対策で早期の回復を図らないと、大家族だけに風邪のリレーとなれば大変です。

 さて、毎年正月は出かけることを当り前としていましたが、次男のお蔭で家にカンヅメとなっており、私の存在を確認した知人の訪問を受け、自宅で元旦を迎えるのは久しぶりとなったが、それはそれで結果良しと思われ、3日間とはいえ寝て食べるだけの生活も本日限りとなります。

 明日からは家内の仕事が始まり、私も明日を締め切りとする議会の仕事もある事から、正月気分も本日限りで、御用納めから本日までの空白が、明日からのスケジュールは年末より更に忙しい日々となりそうでもあります。
                                 1月3日の一言

安易に考えられる御垣内参拝について…

 今月27日に財団法人モラロジ-研究所の地元支部が主催する伊勢神宮参拝に参加する知人がおり、この団体の同行者は御垣内参拝ができる事から、知人も垣内参拝が当り前の感覚を持っており、「そんなもんは金を払えば誰でも入れる」との横着な言葉に、知人を誘った事に対する反省と後悔(今回は誘った私が行けません)が湧いてきた。

 そもそも、垣内参拝ができる事は、この団体が永年伊勢神宮との間で築いてきた信頼関係があり、多くの人々のつながりがあって許されているものであり、わずか4000円の参加会費(バス代など総額)を払って「当り前」と思っている知人と、「安いから得」との参加理由に腹立たしい気持ちがたってきた。

 安い料金だから伊勢神宮に参って、参拝後は近くの店先で酒を飲み、赤福餅を食べてくると言う知人の参加理由も一理はあるが、彼はいったい伊勢神宮に何を祈ってくるのであろうか。

 この御垣内参拝については、原則として男女とも正装が基本となっており、セーターやジャンパー姿では一般参拝の所までで垣内には入れてもらえません。団体となると中には入れない対象者が存在し、垣内への入り口で神官に止められる姿を見かけますが、最近では神官の制止を振り切って無理矢理入っていく団体の一員も存在します。

 個人では考えられない行為ですが、そもそもお金を出せば『御垣内参拝』ができる事にも再考の余地があると思われる。伊勢神宮では平成25年に20年に1度の『式年遷宮』を控えており、この式年遷宮に奉賛金を出した人に対して、金額相応の『特別参宮章』を配布しているが、横着な地域では地域全員から強制的に奉賛金を集め、地域全体に参宮章を配布している現実もある。

 1300年前の天武天皇から始まった儀式との事であるが、最近では権利意識が強く、誰でも入れるようになっているものの、国の根源である『天照大御神』が祀られている神聖なる社の垣内に、酒の臭いをさせた人や、地域社会に背を向けた犯罪人でも誰でも入れる現実に改めて改善を求めたい。

 知人の不謹慎な言葉から話を大きくしてしまったが、自身の先祖や一族の先人を偲び、そして国の先人から国家安泰を祈る気持ちぐらいは持ち合わせて参拝して欲しいと願うものである。
                                    1月9日の一言

正月気分にもなれない現実に…

 最近では毎月1回の新聞休刊日が定着しているが、休刊日にも夕刊が発行されており、新聞配達にとっては一年で唯一の完全なる休養日が本日なのである。

 私が新聞販売店を創業した昭和52年頃には一年に10回の休刊日しかなく、しかも新聞の配達ミスもある事から店を不在にはできず、一年に一度の完全休業日は1月2日しか無かったのでもあった。そんな生活を23年も続けていた事から、廃業して8年が経過した今となっても今日だけは特別の想いが捨てられずにいる。

 しかし、特別な想いを持っていても24時間にはちがいなく、あっという間に一日が経過してしまい、振り返ると無駄に一日を経過した感が強く、時間が自由にならない販売店時代の方が一日が有効的であったような反省をしても、過ぎ去った時間を戻す事はできないのである。

 学生時代の創業であったが、創業前には観光バス会社の車掌兼添乗員のアルバイトをしており、年末どころか元旦から家に帰れない生活を送っており、正月に家でゆっくりできるようになったのは議員となった8年前からの事であるが、今年ほど感慨の少ない元旦も少なく、子供達はそれぞれの道を行き、唯一扶養家族の三男は元旦から自転車競技の練習に出かけ、本日は明日から仕事の家内が迎えに走っていくような展開である。

 「正月なのにおせち料理もないのか」と次男が訴えたが、その次男も帰ってくるかどうかも判らず、長女は静岡方面へ旅行中で、それぞれがそれぞれの道を歩き、「お年玉」を必要とする子供や親族もいない現実から、世代交代への移り目になっているのかもしれないと実感する。

 さて、他業種ではあるが、同時期に創業して今年には60才になる事から、「そろそろ、仕事を減らしていきたい」と語っていた知人が、息子の店が不調なために、好調な自分の店を閉めて、息子の店で再出発を図るとの話である。3軒も家を建て替え、豪華な和風の自宅を構えているが、ここも息子が自立できずにいる。

 我家の支払う税金の高さを考えると、税金対策を考えないと世代交代も難しい現実から、他人事には思えないが、先祖代々住み慣れた土地に住むだけで「財産がある」と言われても、故郷を捨てて東京で生活する官僚の身勝手な解釈としか思えず、親の家や財産を引き継ぐ子供は減少するばかりではないか。そんなグチしか思い当たらないが、正月気分にも浸ってはおれず、迫りくる行事に向けたラストスパートが求められている現実から、正月気分も本日で封印する事にしたい。
                                        1月2日の一言

謹賀新年

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 明けまして
       おめでとうございます
 

 昨日から京都に出向き、大徳寺門前の細見酒店で日本酒「雪紫」を4種購入し、年越しそばを食べてから知恩院に出向き、八坂神社のおけら参りの火をもらい、今回は百万遍「知恩寺」へ参拝し、除夜法要のあと79番目の鐘を撞かせてもらい、その後に船岡山の建勲神社に参拝し、ネズミにゆかりある大豊神社に参拝して京都をあとにしました。

 一昨年に引き続き、八坂神社のおけら参りの火を持ち帰るために、昨年はローソクで養老サービスエリアまで持ち帰りながら、強風により消えてしまった失敗から、昨日の大晦日は香取線香によって持ち帰ろうとしましたが、車中が煙で目もあけられない顛末の後、無常にもトランクに入れた火は八日市あたりで消えてしまったようで、残念ながら来年に持ち越しとなりました。

 帰宅前に立ち寄った地元の津島神社は人影もほとんどなく、境内には呑み捨てられたビールの缶が乱暴に投げ捨てられ、ガードマンも配置されながら京都では考えられない様相です。
 人がいないうえに、門前の道路には普通とは思えない若者達と車が並び、参拝客の行く手を阻んでいるようでもあり、賑やかな京都と比較すると毎年淋しさを実感しての参拝です。

 さて、事前の天気予報では年末年始は寒波が襲来し、雪が舞うとの予報でしたが、そのためか車も少なく、予報に反して星が輝く月夜の晩となり、幸いにもスムーズな京都行きとなりました。
 ただし、北アルプスでは雪崩が起き、岐阜県北部では90センチの積雪があるとの報に、幸運な年始となった事に感謝しつつ、紙一重では危険もはらんでいる現実から、気を引き締めた行動に徹する一年にしたいと思います。

 毎日とりとめのない一言ではありますが、訪問していただく方々に感謝するとともに、皆様のご多幸をお祈りし、平成20年の元旦の一言といたします。本年も変わらぬご指導を賜りますように宜しくお願い申し上げます。
                                平成20年元旦
              

大晦日の京都行き

 平成19年もあと数時間となりました。皆様にはこのブログに訪問いただきまして有難うございました。本日は3時より京都に向かって車を走らせますが、今年こそ八坂神社の火を自宅まで持ち帰りたいと考えています。

 八坂神社、大徳寺・細見酒店、知恩院、船岡山・建勲神社、大豊神社から地元の津島神社を参拝して帰る予定です。携帯電話の画質は良くありませんが送信したいと考えています。
                                 12月31日の一言

伊勢神宮に参拝して

 本日は地元からの伊勢行き日帰りバス旅行に参加してきました。海部津島モラロジ-団体の主催であるが、何と言っても、伊勢神宮内宮での垣内参拝と、御神楽(おかぐら)御饌(みけ)のご祈祷も行程に入っている厳かな企画でもあった。私は町内の伊勢神宮代参による参加である。
 途中にある椿大社を車中で参拝し、まずは外宮に参拝。続いて内宮に参拝し、猿田彦神社、夫婦岩・二見興玉神社に参拝して帰るコースである。

 外宮の祭神は豊受大御神(とようけのおおみかみ)で、御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、神々にたてまつる食物、つまり御饌をつかさどっており、ここから衣食住、農耕、そして産業の神としてまつられています。
 続いて五十鈴川を渡り、内宮を目指す。祭神は天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)で、日本各地に鎮座する神々の総氏神。女性の太陽神であり、日本人の総氏神、皇祖神、高天原の主としてまつられている。皇大神宮は一般には内宮と呼ばれ、日本国民の大御親神(おおみおやがみ)と崇められる皇祖・天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りしています。第11代垂仁天皇の26年(約2000年前)に伊勢の地に御鎮座された。

 内宮の垣内参拝は正装が原則で(飲酒の人も不可)、男性は最低でも背広にネクタイ姿、女性もワンピースぐらいの正装でないと神域ゆえに入場はできないのである。「神の宿る神域ゆえ、正装でない方はご遠慮下さい」との神官の声があったが、団体ゆえに紛れて参拝した人があった事から、「今後は絶対に守ってください」との苦言をいただいた参拝となった。(普段ジャンパー姿の私も今日は正装です)

 さて、参拝といっても、参拝する人は様々で、酒に酔って顔を真っ赤にした人や、神楽殿での御神楽・御饌のご祈祷でもアグラ姿があるのである。正月気分の初詣感覚の人も多いが、神宮と神社の区別もない参拝ではなく、おごそかな参拝に心がけたいと思う。内宮、外宮の正宮のほかに別宮(べつぐう)が14あり、一度はゆっくりと全部を参拝してみたいものである。
                                  1月21日の一言

まだ残ったお酒があるから…

 あっという間に新年の2日間が経過したが、冷静に考えてみれば1年は365日しかなく、本日の高速道路では正月休みから帰る車で渋滞になっているという。
 なんとあっけない正月かと思うが、テレビを見ても一年中がイベントやら特集やらで、特別に興味をひく番組もなく、一日の大半が大学駅伝の中継となっていた。
 大晦日にわざわざ京都まで行って、京都しか手に入らぬ日本酒を手にいれて帰ったが、「まだ、残ったお酒があるから、そっちからかたづけて!」と家内の声。昨年もらった酒で、私が飲まないから残ったままになった日本酒があり、料理用に使っている代物である。(ちなみに、議員に物を届けたり、議員から物を貰う事は公職選挙法に違反します。ただし、選挙区・津島市以外は別ですが)
 「オレは京都の酒しか飲まないと言っているだろう」、「じゃー、貰わないでよ」、「オレは貰ってないだろう」、「じゃー、持ってきた人に断れるの?」などと、まるで新年の気分が吹っ飛ぶ会話が続き、こんな気分で口にする日本酒のキレは極めて悪い。
 気分が台無しである。自分で飲む酒は、生のままか、冷やして飲む日本酒しか買わないが、そういう趣向を知った知人から貰った酒は、「もったいないから」と冷蔵庫に入ったままになっており、大嫌いな『熱燗』で飲むしかない贈答用の日本酒が転がっている。
 人の趣向は様々である。一口の酒にも、口に含む気分と理由がある。今年は昨年11月に亡くなった落語家『浪漫亭砂九さん』を偲んで、「元旦は伊勢と決まっており、べろんべろんに飲みましたわぁー」との氏との会話を思い出したい。
 こんな気分を知らない人々が、「3日の新年会はどうなったか?」と問い合わせが続き、「今年は新年会は絶対にやらない」と言ってあるにもかかわらず、家内は訪問者への心配で正月早々掃除をはじめ、「お父さんも手伝ってよ」と叫んでくる。
 今年は正月気分は無しで、3日は『砂九さん』の自宅に日本酒を届ける予定である。「お父さんがいなかったらどうするの」、「そんな事知るか」とは言わないが、何でもかんでも正月がオメデタイ訳ではない。明日は我が身の年代にもなっている。
                                 1月2日の一言

今年こそは、持ち帰りたい

 仕事が遅れているために机に座ったものの、来客が続き、昼食から夕食前までの貴重な時間が過ぎ去っていってしまったのである。
 四国八十八ヶ所の巡礼や、西国、坂東、秩父の各観音巡りも、時間が経過すると詳細があいまいになり、記憶をたどっても話がかみ合わない。記録としていたノートをめくっても、参考にした本やガイドとなる資料を見ても、巡礼中のように頭がはたらかず、相手の間違った話にも反論もできず、過去4回にわたる『お遍路』の経験はあまり生きていない事を実感させられた。
 さて、忙しい日々が続いていたが、会報など仕事の結果が伴っていない事から、いっその事『お遍路旅』にでも行っておけば良かったと思うのであるが、過ぎ去った日々に遡る事はできず、12月の初めに善通寺で開催された『四国八十八ヶ所公認先達』の認定講習会にも、ムリをしてでも参加すべきであったと反省しつつ平成18年が終わりそうである。
 もっとも、大晦日の31日には、恒例(自分の慣例)としている京都行きが残っている。年末の大晦日の京都行きも9年目となるが、8月16日の大文字送り火(平成3年から)と並んで、自分の年中行事と決めている。
 「何で京都ばっかり?」と笑われるが、実は新婚旅行も京都であったと言うと人々はびっくりするが、人間として生きていく中で、忘れてはならないものが京都の行事にはあり、大晦日には八坂神社の『おけら詣り』と、新年の午前0時には一番目に『拍手』をうつ神社がある。
 神社については秘密だが、八坂神社の『おけら詣』については、大晦日の夜から元旦の朝にかけて参拝し、灯篭から移しとった火を吉兆縄で家まで持ち帰り、神棚の灯明にしたり、お屠蘇や雑煮の火種にすると一年の無病息災が叶うと言われているので、今年こそは方法を考えて持ち帰りたい。
 元日は、狛犬のかわりに狛亥(こまいのしし)があり、足腰の神様として崇められている『護王神社』にも参拝したいと思っている。座席が空いているので、希望者の名乗りを待っています。
                                 12月28日の一言
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