大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

沖縄県

DOCさんとの写真

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13日沖縄うるま市具志川グランド

携帯電話のピンボケ写真ですが、思い出に残る写真となりました。

下記にDOCさんのブログも添付しておきます。皆さんもお読み下さい。


沖縄県民の民意が無視される現実に


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キャンプシュワブ
                                         13日の写真です↓
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自由には入れません

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キャンプ・ハンセン

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キャンプ・コートニー

 昨日まで訪れていた沖縄県で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先、名護市辺野古にある米軍キャンプ・シュワブの工事用ゲートで、本日から工事車両による資材搬入が約3カ月ぶりに再開されたと報じられています。

沖縄・辺野古で資材搬入再開

米政府当局者「辺野古が唯一の解決策」 玉城知事に語る

 日本側の仕掛けた太平洋戦争で唯一地上戦が行われた沖縄では多くの民間人も犠牲になり、現在も国内の米軍基地の約7割が沖縄に集中しており、改善されたとはいえ人道上にも問題と思われる事件や問題に苦しめらてきました。

 県民の多数が基地の縮小を求めるのは当然ですが、県民の意思を無視して基地移転を強行する安倍政権や自民党だけでなく、米政府当局も「辺野古が唯一の解決策」と渡米した玉城知事に語ったと報じられています。

 戦争被害は沖縄県だけではなく、東京空襲や広島、長崎に投下された原爆被害も大きいものの、敗戦後に見事に復興した国内と違い、いまだに沖縄の15パーセントの面積を米軍基地が占めている現状は無視できません。

 私は観光目的で家族とともに沖縄を訪れましたが、敗戦から73年が経過し、我家で沖縄戦で戦死したまま遺骨や遺品も戻っていない伯父が存在し、絶命した場所すら特定されていないことを知らないまま生活する家族の現状に、観光の前に平和祈念公園を訪れて伯父の名前が刻まれた石碑と愛知県の愛国知祖の塔を訪れました。

 全く観光目的だった三男の家族にも伯父の碑を訪れるよう連絡しましたが、米軍の艦船から花火のように発車される砲撃のビデオを見て、この砲弾を受けた伯父の心中を考えると涙が止まらなくなりました。
 
 観光目的の沖縄行きによって、我家の伯父が眠ったままになっていることを息子や家族に伝えられたことと、今まで関わってきた横井庄一記念館を運営していく中でも、戦争の犠牲者の存在を継承していきたいと思っています。

                                  11月15日の一言


初めての沖縄本島へ

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知念岬の夕暮れ

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中部国際空港セントレア

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沖縄に到着です

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平和祈念公園を案内してもらいます

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愛知県の戦没者慰霊の場
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愛知県の愛国知祖の塔

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平和祈念公園から見える海岸線

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全景

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平和の礎

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戦没者の記名碑

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私の伯父大鹿英雄の名前が

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本日は三男夫婦と孫に家内と家族5人で沖縄旅行に来ましたが、沖縄空港で知人と沖縄入りした妹に出合い、同じ飛行機に乗っていたことがわかりました。

ここで三男夫婦と別れ、ひめゆりの塔に行きましたが、館内の映像で米軍の艦砲射撃が容赦なく沖縄に放たれる様子を見て、涙がとまらなくなりました。

沖縄で戦死した伯父の顔が頭によぎり、とにかく平和祈念公園へ車を走らせ、愛知県の慰霊の場所を訪れ、伯父の名前が刻まれた石碑を見つけましたが、我が家から遠く離れた沖縄にある伯父の名前に涙がとまらなく嗚咽がこらえられなくなりました。

幼くして両親を亡くしている伯父の戦死を誰が悲しんだのか考えると、兄の戦死を知らずに満州にいた父親やグアム島に潜んでいた横井庄一さんなど、思い出すと我が家の先祖の苦難の時代が忍ばれます。

会ったことのない伯父ですが私の父親の兄であり、私の生まれる8年前には生きていたことと、未だに遺骨どころか戦死した場所すら判らないままになっていることが問題にもされない悲しみを実感させられました。


明日も沖縄から発信となります。


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