大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

父親

私の体温を継承するパイナップルとオニユリ

本日午後6時57分

本日のパイナップル

茎から新しい芽が出てきました

吸芽(きゅうが)

このままでも成長すると実をつけます

本日の発根状態

6月16日 冠芽(かんが)

パイナップルの実の上にあった葉

6月6日に収穫


6月15日に食べました

6月15日 冠芽

2022年7月6日の親株となった冠芽の発根


先月6日に収穫し、15日に食べたパイナップルの実の上の葉(冠芽)をコーヒーカップに入れたところ、一週間後には根が生えだし、本日では複数の根が2センチほどに成長しました。2年前に発根した親株程度の根になるのをもって植木鉢に植え替えようと思っています。

実を収穫した親株には茎から新芽(吸芽)が出ており、このまま成長を見守って大きな植木鉢に植え替える予定ですが、この新芽だけならこのままですが、新たな新芽が出てきた場合は、この新芽(吸芽)を取って植え替えることになり、今年は2本だけでなく3本のパイナップルに増えていくかも知れません。

2年前の親株は店頭に並べられ、購入時には葉の先端が枯れかけており、実も食べられた代物では無かったものの、今年収穫した子供の実は甘く、真冬の夜でも20度以上に管理してきたためか2年で実を付けました。

さて、新たな冠芽と吸芽ははたして2年先に実をつけるのか期待は大きく膨らみました。

本日のオニユリ

昨年より大きくなりました

事務所横のオニユリ

本日の写真です。

 2022年7月25日の一言


一年前に開花したオニユリも大きなツボミを付けており、事務所横のオニユリはすでに開花していますが、30年前に他界した父親の生前から当り前に継承していく花に、私が鬼籍に入っても咲き続けてくれと遺言を伝えたい心境です。


我家に伝承する花々が花を咲かせて

本日の君子ラン


2020年4月8日の一言 

我が家の君子蘭は、平成16年に亡くなられた水野静江さんから頂いた花で、年々株を増やして毎年花を咲かせてくれます。


 そして花が咲くたびに故人を思い浮かべることになります。

ハナニラ


 この花は、昭和60年頃に朝日新聞社のフレンドアサヒの読者サービスで応募されたご愛読者に配布されたものです。

球根だけでなく種からも増えるため、我が家から飛んで行ったタネから、隣のお寺の垣根にも群生して花を咲かせています。

事務所横のまさき

まさき


 我が家のまさきは私の父親が1本だけ 挿し木していたものが現在も残り、そして次の世代へ子供を増やしていきます。

ハナズオウ(花蘇芳)


 この木も父親が庭に植えたもので、名前すら判らないような存在ですが、毎年可憐な花を咲かせてくれます。

シャガ

 私の子供の頃から裏庭に花を咲かせていたシャガの花です。

家内が玄関に置いた花です 

このチューリップも朝日新聞社の読者サービスで来た花です 


 自宅前の道路にも増殖中です

我家のブルーベリーの花

本日の写真です。

ブルーベリーの木が多くの花を咲かせていますが、先月花を咲かせたサクランボが間もなく赤くなり、その後は大きなアンズの実も熟してきます。

我が家には先祖伝来の樹木や、父親が植えた木や花が残されていますが、父親が亡くなった平成5年からすでに30年が経過しており、私が植えたアンズやアキニレの大木などで庭は満杯となっており、プランターで子孫へ継承している花々も 置き場所に困るようになってきました。

それぞれの樹木や花々にはそれぞれの由縁があり、庭に眠る我が家のペットたちと共に 説明書きを残していく必要を感じさせられます。

人間だけでなく 草花や 樹木の血脈も考えて子孫へ 継承していって欲しいものです。

サクランボの花から青い実になり

平成5年に他界した父親が私の長男に残したサクランボ


2012年(平成24年)5月12日 


平成直後に揖斐高原で入手したオニユリ


22年(昨年)7月5日の一言 


 2021年(令和3年)4月29日


 四国遍路で一週間家を留守にしている間に、サクランボやアンズの花が散ってしまいましたが、気がつくとサクランボはすでに青い実をつけていました。

そして我が家で30年以上にわたって咲き続けているオニユリも新しい今年の新しい新芽が出ていました。 

父親が亡くなってから30年が経過しますが、 父親が植えたサクランボやオニユリが毎年当たり前に花を咲かすことに、植物の生命力を実感させられます。

さて、添付したイチゴについては買ってきてから5代目になるイチゴですが、昨年まで大量に残っていた株を今年の冬に枯らしてしまい、添付した 1株だけになっており、私にとっては貴重なイチゴとなりました。

同じく新しい芽を出したミニトマトについても、今年が 4シーズン目に入りましたが、こちらは冬でも事務所の2階で花を咲かせて実を付けていましたが、病気や虫が大量発生したため放置してあったプランターから発芽したもので、生命力の強さを実感するとともに、今年は新しいプランターに植え替えて子孫へ継承したいと思います。

我家には2年前に挿し木したパイナップルや、父親が生きていた頃から残る花やアンズなど多くの植物が継承されており、新しい樹木は買ってきても植える場所がありませんが、子供や知人に譲ってでも残していきたいと考えています。

父親の遺品 特注のピッケル

父親が鍛冶屋さんに特注したピッケルです


今でも使えますが…


大鹿の大が刻んであります




富士山と御嶽山の焼印が残ります

かなり錆びついています


錆を削りました



私の父親が若い時に鍛冶屋さんに依頼して作ったピッケルですが、父親が他界した平成5年過ぎに綺麗に磨いて真っ白のペンキを塗ったものの、その後倉庫に放置していたため、本日手に取ると錆びだらけになっていました。

父親は私が生まれる前に富士山へ登頂するため作った物で、義父(母親の父)が御嶽山の先達だったことから毎年持参していた思い出のピッケルとなり、私も父親が他界後に御嶽山の山頂まで持って行ったことがありましたが、雷が鳴り響く荒天のためピッケルを投げながら下山した懐かしい思い出があります。

錆びているだけでなく、見た目も良いとは言えませんが、現代社会のように登山用品が簡単に入手できる時代のピッケルとは違い、近所の鍛冶屋さんに依頼して作ってもらった父親の遺品で、戦後間もない頃では自慢のピッケルだったと思います。

そして、何よりも錆びついても現役で使用できることに、戦後間もない頃の農機具を作る鍛冶屋さんの物づくりの職人の腕にも驚かされます。

私自身が歳を重ねてピッケルを必要とする登山とは無縁となっており、せっかくなので近所のウォーキングにでも使用しようかと考えていたところ、家族から「そんな物を持って歩いたら警察に捕まる」と心配するものの、これぐらいの物を持って歩かないと危険な世の中になっている現代社会を実感です。

我家のオニユリが開花して

我が家のオニユリです。

本日の写真です

 我が家の裏庭と事務所の横に当たり前のように毎年花を咲かすオニユリですが、我が家に来たのはは今から35年ほど前に遡ります。

2013年07月15日

 我が家の庭にはいろいろな百合が花を咲かせますが、当時健在だった父親の前で入手したオニユリは開花するたびに父親の顔を思い出させてくれます。

もっとも、その父親はオニユリが来てから数年で他界してしまい、その父親が鬼籍に入った年齢から四年も長生きしてしまいました。

私が鬼籍に入った後に、私が残した樹木や花によって私の顔を思い出してくれたら幸いですが、今でも大木になって家族に困られているあんずの木や、アキニレの木など迷惑顔で思い出されるのかもしれません。

これからは、子孫に喜ばれる花や樹木を残していきたいものです。 

久々の名鉄電車を眺めて

 名古屋鉄道津島線勝幡鉄橋

 赤い名鉄電車


 二級河川日光川

ドンキホーテ勝幡店屋上から


 吉良吉田行き普通列車

 本日の写真です。

 家内の買い物に同行した久しぶりのドンキホーテで、屋上から名鉄電車を眺めることができました。

 今から60年前に私の父親が名鉄電車の運転席でこの風景を眺めていたと考えると感慨深いものがあります。

我が家の電車ごっこは、弟と縁側の硝子戸を開け閉めして遊びましたが、父親が仕事で使っていた本物の車掌の鞄と切符を切る検札バサミを使い、私は名鉄の帽子を自分の物のようにかぶっていました。

今にして思うと懐かしい品々と思われますが残念ながら目にすることはできません。

そして、父親の建てた建物に住みながら親父の残した品々が姿を消してしまいました。

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