大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

九度山の慈尊院と丹生官省符神社の伝承から

慈尊院山門

慈尊院は、弘仁七年(816)、弘法大師が、高野山開創の時に、高野山参詣の要所に当たるこの地に、表玄関として伽藍を創建し、高野山一山の庶務を司る政所を置き、高野山への宿所ならびに冬期避寒修行の場とされました。

詳細は→ TOP | 慈尊院 (jison-in.org)



土塀

多宝塔と鬼子母神

弥勒堂


香川県善通寺から我が子、空海を訪ねてこられた弘法大師空海の御母公、玉依御前(たまよりごぜん)が高野山上へ大師を尋ねようとされましたが、当時、大師自から七里(28km)四方を女人禁制としておられたので、山麓の当院へ迎えられました。
大師は、月に九度は必ず高野山上より二十数キロもの山道を下って母公を尋ねられたので、この地名を❝九度山❞と称されるようになりました。


詳しくは→ 女人高野について | 慈尊院 (jison-in.org)

ゴンの碑と弘法大師像

昭和60年代に、慈尊院近くに住みついていた紀州犬と柴犬の雑種である白い雄の野良犬がおりました。誰が教えたわけでもないのですが、不思議なことにその犬は高野山への参詣者の道案内をするようになったのです。当院から聞こえる鐘の音を好んでいたため、いつしかこの野良犬は「ゴン」と呼ばれるようになりました。


詳細は→ 高野山案内犬「ゴン」 | 慈尊院 (jison-in.org)

本堂

大師堂

多宝塔の奥が町石道入り口

狩場明神と空海の出会いの図

丹生官省符神社 正面参道119石段 一ノ鳥居

二の鳥居

拝殿

丹生官省符神社の草創は古く、弘仁七年(816)弘法大師(空海)によって創建されたお社であります。空海は、真言密教修法の道場の根本地を求めて東寺(京都)を出で立ち各地を行脚され途中大和国宇智郡に入られた時、一人の気高い猟師に出会い高野という山上の霊地のあることを教えられました。猟師は従えていた白・黒二頭の犬を放たれ空海を高野山へと導かれました。


詳しくは→ ご案内|世界遺産登録 丹生官省符神社公式ページ (sakura.ne.jp)



真言密教の聖地となった高野山ですが、今から1200年前にこの地で空海は漁師(高野明神)と出会い、山上に霊地(高野山)があることを教えられるとともに、連れていた二頭の犬を案内役として現在の高野山まで連れて行かれたと考えると感慨深いものがあります。

そして、善通寺から空海を訪ねて高野山へこられた母親の玉依御前(たまよりごぜん)を、大師自から七里(28km)四方を女人禁制としていたため、この地で迎えられるだけでなく、月に九度は必ず高野山から会いに来られたと伝承されています。

八年前の話となりますが、この慈尊院から7時間かけて高野山まで歩いたことがありましたが、当時でも悲鳴をあげた町石道を今は歩く気力も沸かないことを考えると、大師は月に九度も往復していたという体力と強い精神力にも驚かされます。

2015年06月20日

大鹿一八「本日の一言」 : 慈尊院から丹生都比売神社へ (livedoor.blog)


2014年10月20日

大鹿一八「本日の一言」 : 高野山 町石道を金剛峯寺まで (livedoor.blog)


さて、高野山まで町石道を歩く人々を案内していた「ゴン」についても、1200年前に空海を高野山まで案内した2頭の犬の再来としか思えず、教えもしないのに高野山まで案内していた犬の本能と、女人高野と言われていた慈尊院へ病気治癒を祈願する女性が手を合わせている現代社会と、空海が存在した時代と目に見えない糸で結ばれているようも思えてきます。


今から15年ほと前の先達となる以前の話となりますが、空海が修行したと伝わる四国各地の修験場で空海が発したと言われるご真言を唱えていたことがあります。九度山の慈尊院のゴンと、丹生官省符神社の2頭の犬から当時の想いをよみがえらせてくれたように思います。

孫の学習発表会から相棒リマを回顧して

津島市文化会館前

大ホール

発表中

園長先生の挨拶

本日の写真です。

 孫の幼稚園の生活発表会が開催され、家内とともに鑑賞に訪れましたが、私には4人の子供がありながら一度も発表会を訪れたことがなく、孫のためなら何でも参加するリタイヤ後の現在と現役時代を対比させてしまいました。

今年 令和4年12月4日の写真です

第56番仙遊寺境内

本堂

参道の紅葉
4日前の駐車場

こちらは三年前の写真です

2019年7月14日の写真です

相棒リマです


 この時は我家の相棒も元気で、私たちと一緒に四国を一緒に廻りました。


今は…

写真と一緒です

リマのウエアとリマの遊んだ人形が同行です

4日前の遠景


 相棒が逝って2年半が経過しましたが、四国遍路の巡拝中には至るところで相棒リマの元気だった姿を回顧してしまいます。

こちらは7年前の写真です

2015年9月20日

第13番大日寺の近くを散歩中

2019年7月15日

第71番弥谷寺の駐車場

令和1年10月13日

第73番出釈迦寺・捨身ヶ嶽禅定

2019年10月12日

第75番善通寺駐車場で四国フォト広瀬さん撮影

2018年5月5日

西国巡礼 石山寺駐車場


2年前に記した一言

 私にとっては子供でもあった相棒リマが居なくなり、殺伐とした大人ばかりの生活を余儀なくされており、そんな中では私と同じ日に生まれてきた孫は、孫と言うよりは私の分身のような感覚で眺めてしまいます。その孫と私の誕生日が迫ってきました。


相棒リマと一緒にショッピングセンターへ


イメージ 1
津島市のロイヤルホームセンターに行きました

イメージ 2
ペットショップで昨年10月生まれの女の子と

イメージ 3
寄ってこないでよ

イメージ 4
こっち向いてよ ねー

イメージ 5
ねーねー 逃げていかないでよ

イメージ 6
こっち来るな ほーんとうに

 車の中で留守番役となっていた相棒リマですが、愛犬を連れてホームセンターに入る愛犬家を見かけ、家内が連れてきたところ、ペット用カートの中で満面の笑みを見せていましたが、ペットコーナーに行きガラスケースに入った子犬たちを見ると震えだしました。

 自分が販売のため入れられていた時の記憶がよぎったか、動物病院と勘違いしているのか、他の犬の鳴き声を聞いてから震えが止まらず、私(お父さん)の腕の中に抱きかかえて、ガラスケースに入りられた昨年10月生まれのポメラニアンの女の子を眺めていると店員さんが出してくれてツーショットとなりました。

 今年10歳になる相棒ですが、今からでもお嫁さんを迎えたいとの気持もあって期待しましたが、肝心の相棒は近づけられるのが嫌で、私の方に向いて必死に逃げようとしますが、こんな状態ではお嫁さんどころではありません。

睡眠10時間以上必要?5時間以下? 特異な1%を調査
記事の続き…
ログイン前の続き研究グループは2016年、マウス約8千匹の中から睡眠時間が異常に長いマウスと、レム睡眠が著しく短いマウスを見つけ、特定の遺伝子が変異を起こしているのを見つけた。人間でも同様の遺伝子変異が見つかれば、睡眠量を制御している仕組みを特定できる可能性があるという。
 すでに約500人分の調査が終わり、ショートとみられる人が数人見つかっている。残りを新年度中に終える予定という。柳沢さんは「人を対象にしたこれほどの大規模の調査は珍しく、睡眠障害の治療法や睡眠と健康についての知見も得られるはずだ」と話す。

 私は大学時代に新聞販売店を起業したため、朝3時前に起きる生活を23年間続けてきた影響で、夜や朝早い起床は苦にならないものの、午前中は仮眠するリズムになっており、徹夜も苦痛にならないものの、長時間熟睡することができず午前中は苦痛となります。

 睡眠の質が悪いと思われ、還暦後は寒い冬にはトイレに起きるため、短時間の睡眠を繰り返すようになり、何時でも眠れる反面で、旅行前には翌日のスケジュールを考えると頭が冴えて眠れず、真っ暗の部屋や、テレビを消すと眠れないため、睡眠に入る前に1時間後にテレビ画面が切れるように連日設定して眠りに入ります。

 夕食時に赤ワインを口にしますが、夕食に限らず食後は眠くなり、夕食後に仮眠状態で眠ってしまい、深夜に目覚めると今度は酔いが醒めて眠れなくなり、短時間の睡眠を繰り返すこととなります。

 還暦を過ぎて疲労の回復が遅れるため、そろそろ睡眠や入浴の方法を見直し、生活習慣を考えなおさないと何らかのダメージになりそうですね。

                本日の体重 73、4キロ  
                                    3月25日の一言                                               

ペットに囲まれる幸せを家族全員で

       
イメージ 1
家族の主役に踊り出たキンカチョウの小梅(オス)

イメージ 2
↑  リマも嬉しそうです

イメージ 3
初対面なのに一緒にスマホを眺めます

イメージ 4
↑      リマも余裕ですが…

イメージ 5
↑       毛を抜かれてびっくりです

イメージ 6
完全に主役交代です

 本日は久しぶりに娘たちのアパートに行き、今年になって加わったキンカチョウの小梅を見てきました。
 昨日の一言にも記しましたが、相棒リマが主役から付き添いになっており、動物病院に連れて行かれる恐怖心も持っているため、本日も主役として連れていきましたが、昨年までいた「テツ」が存在せず、新たなキンカチョウが主役となっていたアパートにしばらくは馴染めませんでした。

 やっと小鳥と一緒の生活に、3年前の「ピー」を口元に置いても一緒に生活していた我家の台所を思い出したのも束の間で、まだヒナの小梅が怖いもの知らずで、リマの長い毛を口で引き抜くため、リマも痛い為防御するので一触即発となってきました。

イメージ 7 左は3年前のリマとピーちゃんですが、ピーを私が一番可愛がっていることを知るリマも大切にしており、ピーも私には噛み付いても、リマに噛み付いたりしないため一緒に居ることができました。

 本日は、久しぶりに懐かしいピーとリマのツーショットを思い浮かべる一日ともなりました。


昼前に売り切れるだんご屋、久しぶりに開店 愛知
記事の続き…
ログイン前の続きだんごを作る米粉も、石臼でひいたものと機械でひいたものを独自の配合で混ぜる自家製。念入りにこね、舌触りがきめ細かい。すべて、店を始めた祖母のやり方を守ってきた。
 もう一つ、祖母の言いつけを守っているのは「宣伝するな」ということ。「つい、ホラを吹きたくなるでしょう」。だから取材を受けるのも苦手。「味」だけで店を守ってきた。
 「明けましておめでとう」「ようやく冬眠からさめたなぁ。待っとったで」。店にとってはこの日が年明け。常連客とはこんな会話が交わされていた。

 本日の朝日新聞の記事です。午前中に売り切れてしまう「だんご屋」さんが愛知県碧南市に存在し、店名は「津島屋」であることと、人々は「天王のだんご屋」と呼んでいるとの記事に、ネットで住所検索すると碧南市の天王町に津島社も存在することが判りました。

 私の住む津島市の津島神社の末社が碧南市にあり、地名にも天王という名前を残して、95年前から営業するだんご屋さんが「津島」を屋号にしていたことに、津島市と各地の人々が行き来していた歴史を感じさせられました。是非とも訪れてみたいものです。

            本日の体重 72、9キロ 徒歩数 1004歩 間食あり
                                     2月18日の一言

追伸 我家の孫も生まれて2ヵ月となりました。

相棒リマと買い物へ


イメージ 1
お母さん 早く帰ってこないかなァ

イメージ 2
大丈夫だ 余裕だよ

イメージ 3
まだ戻ってこないのかなァ

イメージ 4
愛雀のために8種類のエサを購入しました

 久しぶりに相棒リマを助手席に乗せて買い物に行き、ペット専門ショップに同行した相棒が喜んでいると思っていたら、両足を震わせて怯えており、販売されるペットの犬たちを見て震えているのかと思っていたら、入り口にあった動物病院を見て震えていることが判りました。

 本日は小鳥のエサを補充するために出向きましたが、最近は相棒を同伴できるショップに連れて行ってなかったため、知らないショップに入ると動物病院に連れられていくと勘違いしていたようでした。

 久しぶりに買い物は楽しいと認識させるため、チーズ味のオヤツを購入して与えて、家内と買い物に行く予定でしたが、私も車に残って相棒と家内の買い物を待つことにしました。リマを車に乗せて一緒に出かけるようにしたのは私で、最初はリマのためのドライブだったことが忘れられ、最近は乗せて連れ歩くだけになっていた反省が必要です。

羽生結弦66年ぶり五輪連覇 宇野昌磨が銀 フィギュア

藤井五段、羽生竜王を破る 将棋・朝日杯で公式戦初対戦

藤井五段、朝日杯V 最年少15歳で棋戦優勝 六段昇段

 本日は私が外出している間に、スケートの羽生選手が金メダルを獲得し、15歳の藤井五段が羽生竜王を破るだけでなく、朝日杯でも優勝して六段に昇格を決めるなど、一年分とも思える明るい話題が発信されていました。

 個人的には、午後からお寺で行われた法然上人の法要にあたる「 御忌 」と、お釈迦様の「涅槃会」に参加したものの、私が議員になってから19年目の参加となりますが、多くの人々が鬼籍に入られて参加者の顔ぶれが代わっていることも実感させられ寂しさも隠せません。

          本日の体重 72、9キロ 徒歩数 2225歩 間食あり
                                   2月17日の一言

極寒の中にも春の息吹きが 木曽三川公園


イメージ 1
木曽三川公園の相棒リマ 岐阜県海津市

イメージ 2
リード無しは久しぶりです

イメージ 3
この場所も久しぶりです

イメージ 4
公園内の雰囲気はもう春ですね

イメージ 5
見事なチューリップ

イメージ 6
結局はお母さんの抱っこに

 先月末から家族が風邪ぎみで、先週は家内もインフルエンザに感染し、自身も軽度の風邪で体調も不完全ではありましたが、家の中に居る孫に風邪を移してはいけないと、外出も控えていたために、本日は久しぶりの外出となりました。

 わずか10日程度の休養でしたが、わずか三千歩程度の外出が足腰に響き、これまで感じたことのない負担を体感させられました。
 我家の相棒リマも9才になっており、人間にすると私よりも高齢になっているためか、家内の腕の中で抱っこされるのを当り前にしているのも寂しい現実で、まもなく始まる3月議会のためにも外出する機会を増やして体調を完璧にしたいと思います。

 久しぶりに訪れた木曽三川公園(岐阜県海津市)では、春と勘違いしそうなチューリップが大量に花を咲かせており、あと一ヶ月もすれば春爛漫になってしまうことを実感させられました。

 今年からは、午前中と午後に三男が接骨院を施術中に、12月に誕生した孫を家内か私が抱っこして面倒を見ており、体調不良よりも部屋にこもっているため、身体が鈍っていると思われ、家の中に居るために間食の機会が増え、体重の維持も大変な環境に陥ってきました。

 明日も午前中はボランティアに参加し、午後には個人的に外出して、仕事のできる体調に戻したいと思います。

            本日の体重 72、8キロ 徒歩数 3889歩 間食あり
                                     2月14日の一言

1月2日のながーい一日


イメージ 1
本日の相棒リマ

イメージ 2
本日のサブロー

 全く外出しない正月も珍しく、大晦日から室内にこもってテレビ三昧にしようと思っていましたが、日常的に特番が当り前になっているためか、特別に印象に残る番組がないままに2日間が経過しました。

 さて、正月早々に我家の近くで全国発信のニュースがあり、夫婦揃って飲酒運転の話題だけにネットでも話題となっており、舞台となった津島市のイメージが低下するとともに、ネット上では住んでいる我々も容疑者と同じように扱われていました。

夫婦そろって酒気帯び運転容疑 夫の車は田んぼに転落…


 かつての私なら知人を誘って現地を見に行くような元気がありましたが、誘う仲間の反応を考えると無関心になり、何事も考えないままに大晦日と元旦過してしまいそうです。来年には年金を受給する年齢となりますが、何もしないままに年金が振り込まれてくる生活は、きっとこの3日間のような気分になるのかも知れません。

 そんな予感がする一日ともなりました。

                                      1月2日の一言

元日まであと三日間 餅をつきました


イメージ 1
散歩中のリマ 三男の赤ちゃんにストレスを溜めているので一緒に出かけました

イメージ 2
我家で三十年近く頑張る餅つき器

イメージ 3
もち米を丸めていきます

イメージ 4
あっという間に完成です

イメージ 5
右の容器で取り出します

イメージ 6
入りました

イメージ 7
昼の食卓へ

 「今年1年間の交通事故による全国の死者数が、68年ぶりに過去最少を更新する見通しになっている」との新聞報道があり、「このペースで推移すると、統計を取り始めて最も少なかった1949年の3790人を下回る」と記されています。

交通事故死、68年ぶり最少更新の見通し

 1949年は昭和24年ですから、私の生まれる4年前の話となり、道路の安全対策とともに、車の安全装置によって、水田を牛が耕していたのどかな時代の死者数まで減少していることに関係者の努力が偲ばれます。

 さて、そんな中でも愛知県の死亡事故状況は11月末で172人と報告されており、昨年の12月には22人が亡くなっていることを考えると、昨年よりは減少が見込まれるものの改善は急務でもあります。

 そのうちでも65歳以上の高齢者が全体の半数を占めていますが、被害者にならないためには夕方や夜間に黒い衣服を着ないことで、夜間に黒いジャンバー姿で道路を歩けば車からは見えにくく、白い衣服やズボンを着て、反射テープでも持ち歩けば確実に事故は減らせられることから、歩行者にも安全対策を義務付ける必要を感じます。

 我家では18日に生まれた孫が衆目を集めますが、我家の主人公であった相棒リマは明らかにストレスをため込んでおり、本日は相棒を連れ出して畑まで散歩に出かけました。何にも感じていない赤ちゃんと違い、ペットは敏感に反応し、相棒が来た時にも愛犬モモが悲しい声をあげていた過去の反省から、相棒にストレスを与えないようにしたいと思います。

 2階の事務所に保護しているスズメについては相棒以上に意識し、私が「ヒー」と呼ぶと「ヒー」に負けじと「サブ」も鳴き、「サブ」と声をかけると「ヒー」も鳴き続け、私に懐いていない3羽のスズメも大合唱を始めます。ましてや「ヒー」だけにエサをやると、「サブ」も飛んできて確認しますから、残る鳥カゴの3羽にも与えています。

 今年もあと2日間です。

           本日の体重 74、0キロ 徒歩数 3806歩 間食あり
                                   12月29日の一言

相棒リマと久々の美容院へ


イメージ 1
「お父さん、今日はどこに連れていってくれるのかなあ」と言っています

イメージ 2
これは見たことがあるけど…

イメージ 3
目的地に到着しました

イメージ 4
なんだ… … ここだったのか

イメージ 5
暫しとは言え、別れは辛いものがあります

 相棒リマは車のドライブが大好きで、家に置いていかれるとストレスをため、家族と一緒に出かけて助手席の車窓から景色を眺めるのが好きですが、動物病院と美容院に行くのは大嫌いで、到着するとブルブルと身体が震えていきます。

 本日は私と2人だけで美容院に行きましたが、基本的に私は嫌がる場所には連れていかないため、安心して付いてきたら美容院だったのでつらいものがあったものの、何度も訪れてなれてきたのか、自分でオリの中に入っていきました。

イメージ 6
美容院で撮ってもらった写真です

イメージ 7
この格好でいいのかい?
                           尻尾がたれているので緊張しています

 この2枚の写真は、美容院の息子さんから私の携帯電話に送信していただいた複数の写真から引用しましたが、頑張って言われるままにポーズをとっている相棒の姿と、リボンまで付けて写真に収めていただいたお店に感謝です。

イメージ 8
今度は何処に行くんだ…

イメージ 9
おっ、ボクの家だった

イメージ 10
さあ、降りていこうか


 車に乗って何処に出かけるのか判らない時の表情と、美容院で頑張っている姿と、我家に到着して安心して微笑んでいる様子を比較して添付しました。
 我家では私の息子として、今までは何でも一番の主役として生活していた相棒ですが、我家に待望の孫が誕生し、孫の姿を見ていないものの、孫のために持ち込まれた家具やチャイルドシートから異変を感じており、孫が来た時にストレスを感じさせないようにしたいものです。

 かつて我家の主役だったモモは、リマが来たことで連日悲しい声を上げ、私も小さなリマを可愛がりつづけましたが、気がついたときには末期ガンに罹っており、ストレスから9歳で死なせてしまったことから気をつけたいと思います。

イメージ 11
モモとリマ 平成22年4月


 添付した写真は、平成22年に狂犬病の予防接種に訪れた相棒とモモですが、摂取直後より容態が悪くなり、半月後に亡くなりましたが、集団接種の医師は犬の容態も確認せず注射を家畜に打つように刺しており、翌年から相棒は動物病院で予防接種を受けるようになりました。

 相棒については、私と家内が旅行で家を空けると、家族の呼びかけも無視して、食事も口にしないことから、孫が我家に来たことに浮かれているとストレスを溜め込むののは確実で、何も判らない孫はさておいて相棒を主役にした生活を考えることにしています。

             本日の体重 73、6キロ 徒歩数 2904歩 間食あり
                                     12月23日の一言

上高地からの帰路に…相棒リマと木曽路へ

イメージ 1
私と家内の真ん中に相棒リマ 松本市

イメージ 2
河童橋の私と渡辺画伯
                        遠くからこんな姿が撮られていました

イメージ 3
上高地の紅葉 梓川右岸

イメージ 4
本日は道の駅めぐり 今井恵みの里(松本市)

イメージ 5
お母さん、早く帰って来ないかなぁ 恵みの里

イメージ 13
朝日村のりんご畑

イメージ 6
道の駅 奈良井木曽の大橋(塩尻市)

イメージ 7
道の駅 木曽福島(木曽郡木曽町)

イメージ 11
寝覚ノ床 木曽郡上松町

イメージ 8
お父さんは一緒だぞッ

イメージ 12
道の駅 大桑(木曽郡大桑村)
イメージ 10
本日は雨中の木曽路でした

イメージ 9
よかったぁ、お母さんが戻ってきた


 上高地には5つのルールがあり、その1つが「持ち込まない」で、ペットや外来生物を持ち込まないとの決め事があります。


 我家では相棒リマを愛犬と言うよりも、人間と同じ家族として生活しており、家族旅行でも一緒に同行させており、四国遍路も家族は宿に泊っても、私は相棒リマを安心させるために車内で車中泊にしてきました。

 しかし、ペットそのものを持ち込まないルールとしている上高地では、相棒は散歩もできず車内に閉じ込められるわけですから、ストレスは想像以上になっており、本日は相棒と一緒の行動にしたものの、雨が大嫌いの相棒は散歩もできずにやっぱり車中の一日となってしまいました。

 道の駅今井恵みの里午前09:25 … 道の駅木曽ならかわ午前10:25 … 道の駅奈良井木曽の大橋午前10:40 … 道の駅日義木曽駒高原午前11:25 … 御嶽山黒沢口御岳神社若宮午後12:30 … 明栄講霊神場午後13:10 … 道の駅三岳午後13:40 … 道の駅木曽福島午後14:11 … 御嶽神社木曽本宮午後14:50 …  寝覚ノ床午後15;25 … 道の駅大桑午後15:49 … 道の駅賤母(しずも)午後16:30 …  自宅18時30分
 
 今回の上高地行きは、元々は私のボランティアへの参加が目的でしたが、家内や家族の同行となったため、ボランティアを昨日で切り上げて、本日は沢渡から塩尻経由で木曽路の道の駅を全部訪れることを目標にして愛知県の自宅まで戻りました。

 次のボランティアは11月4日(土)と5日(日)の2日間で、閉山式の行われる15日(水)が今年最後のボランティアとなります。


我家の相棒の笑顔に癒されて

イメージ 1
「お父さん、この服似合うでしょう」 この笑顔を見ると、買ってきたかいがあります

イメージ 2
これにしようかな? 稲沢市・バロー平和店で

イメージ 3
犬の合羽にリュック姿
                             これなら一緒に登山にも行けます

イメージ 4

久しぶりに西陽が射しました


 本日は小鳥のエサを買うためにペットショップ専門店のあるバロー平和店を訪れたものの、入り口に並べられた愛犬の衣類が気になり、相棒リマのウエアを2着購入しましたが、帰宅後に着せたところ大喜びで、こんな顔を見るとまた買ってやろうと思ってしまいます。

 考えてみると、我家の家族として人間と同じように行動している相棒ですから、私より高い理髪店や衣類も当り前で、私のように文句も言いませんし、自分の物に強い愛着を持ってくれるので高いとも思わず、ついつい相棒の備品が増えていきます。

高速バス運転中にスマホ、運転手を懲戒解雇 阪急バス

 高速バスの運転中にスマートフォンを操作していたとして、阪急バスの男性運転手(46)が懲戒解雇にされていたことが報道されています。

 運転中のスマホや携帯電話の操作は違反とは判っているものの、運転手が「渋滞情報を確認していた」と話していると聞くと、あながち職務中にスマホで遊んでいたわけでもなく、いきなり懲戒解雇にされたとするといかがなものか…

 、大阪市内の信号待ちや阪神高速道路を走行中に、数回スマホを操作したというが、後日阪急バスに投稿があって発覚しており、投稿者の詳細が判らないものの、投稿は違法ではないものの、明らかに善意ではなく、運転手を陥れるための投稿としか思えず、個人的には馴染めません。

 安倍政権になって、密告社会のような雰囲気になっていますが、犯罪でも現行犯逮捕が原則となっており、後日の通報によって運転手も素直に認めていることから、二度と運転中にスマホを使用しない厳重注意により、本人にやり直す機会があっても当然と思われます。

 運転手は46歳と発信されていますが、交通違反をしたら解雇がまかり通るとしたら、世の中は大変なことになり、何よりも運転手の家庭環境を考えると、企業の社会的信用や責任のために犠牲にされたような気がしてなりません。

 旅客を移送する事業であるため、一般ドライバーより厳しい責任が求められるのは当然ですが、交通違反で懲戒解雇されるのであれば、事故を起こせば即解雇が当然となり、反省とやり直す機会も与えられないとすると、こんな殺伐とした世の中に生きている自分にもストレスがたまります。

             本日の体重 72、8キロ 徒歩数 4624歩 間食なし

                                     8月23日の一言


一日が列車のように過ぎ去って

イメージ 1
我家の相棒リマ ポメラニアン雄9才

イメージ 2
今日も夕暮れになりました

 先月28日と、今月1日に津島市とあま市で福祉有償運営協議会が開催され、その場で事業継続が承認されたことが記された報告書が郵送で届けられますが、その報告書を添付して運輸局に事業更新に関する書類一式を提出することで福祉有償運送事業が認可されます。

 当地域における福祉有償運送の登録期限が今月16日になっており、市役所から届く運営協議会からの推薦書を待って運輸局に走りますが、私自身がしばらく上高地三昧の生活となるため、万が一の不在時の提出を想定して、本日は全ての書類を完成させました。

 3年に一度の繰り返しとなりますが、60ページを超える書類を完成させるためには、法務局や公安委員会に出向く必要があり、添付する書類には愛知県に報告するNPO法人の報告書や事業計画書など、広範に及ぶ資料を把握していないと完成せず、私が居ないと行政書士や司法書士さんに依頼しても出来上がりません。

 その私も還暦を過ぎており、私の頭とパソコンに記憶させた資料についても、私が万が一不在となった場合には、他のメンバーでも対応できなければ、事業が継続できないため、私しか対応できない事務処理を改善していく必要に迫られています。
 これまでは、何でも自分だけで処理して対応してきましたが、法人やタクシー事業については、誰でも私の代行ができる資料の整理と、仕事の分担をしていかないとなりません。

中国の人工知能、共産党批判し停止 「腐敗して無能」
記事の続き…
 ログイン前の続き「AIが蜂起した」「チャットボットが国を転覆しようとしている」などとネット上で大きな話題になり、同社はサービスを停止したという。
 同様のサービスを提供していたマイクロソフト系のAI「QQ小冰(シアオピン)」も3日現在、使えなくなっている。
 米国では2016年にAIキャラクターの「Tay」が人種差別的な発言をし、サービス開始直後に閉鎖されたことがあった。

 判りきったことですが、人工知能が人間の頭脳を上回るようになり、人工知能によって国の政策が批判され、国の夢については国外への移民することと判断される中国について発信されていますが、都合の悪いものにフタをしてごまかすのは北朝鮮と一緒です。

 さて、本日車イスで病院に通院する人の移送に施設を訪れましたが、見覚えのあるお顔で、確認すると私が大学時代に起業した新聞販売店でお世話になっていたお客さんで、ご夫婦とも九十歳を超えてもご健在であることにびっくりさせられました。

            本日の体重 72、9キロ 徒歩数 4685歩 間食あり
                                      8月3日の一言

嬉しいドライブと思っていると…

 本日は相棒リマを病院に連れて行くため、外出の準備をしていたところ、何を勘違いしていたのか、どこか楽しい場所へドライブに行くと思って、行く気満々でそわそわと動きまわっていました。
イメージ 1
 
 喜んでついてきたら病院だったでは、子供だまし、いや、犬だましとなってしまうため、病院の近くにあるスーパーに立ち寄ったものの、ここも相棒と一緒に入れる場所ではないため、車の中で我々が帰るまで待機となります。
 
イメージ 2
家内が受付を済ませます
 
ひので動物クリニック http://www.hinode-ah.com/
 
イメージ 3
今日はどうなるのか…
                              ブルブルと震えながら必死に待っています
 
イメージ 4
今日は痛くはなさそうだなぁ
                           ちゃんとそこで見ていてよ…
 
 本日は腹部の皮膚のカブレを診てもらい、塗り薬を塗ってもらっただけのため、相棒もこんな診察なら震えて恐怖を味わうのとは違い、日頃から病院に慣らしておくことも必要と思う一日となりました。
 
イメージ 5

 明日の午前9時から上高地のボランティアがあるため、本日開催される書道会終了後に車で出発して、沢渡で仮眠後の早朝にバスで上高地に入る予定です。
 
 明日は上高地からの発信となります。
 

孫たちの愛犬テツが天国に召されて

イメージ 1
娘家族の愛犬テツが亡くなりました

イメージ 2
私の町内にある弘盛寺で供養してもらいました

イメージ 3
15年前に娘たちと一緒に長崎から来ました

イメージ 4
孫の描いた絵です

 「ダメかもしれない」とは聞いていても、一緒に生活しているわけではなく、ペットと言えども悲しい別れは見たくありませんでしたが、本日はその現実がやってきて、娘夫婦と孫と一緒に、私の町内にある真言宗のお寺で供養していただきました。

 今から6年前に我家の愛犬ももが亡くなり、死の前日に緊急手術を選択して痛い思いをさせて死なせてしまった反省とともに、供養をお願いした隣のお寺の読経に、「畜生界に還って…」の文言を聞いて、「犬とは住む世界が違うのか」と余計に悲しくなった経験から、自らも愛犬を飼い、ペットを家族として扱ってもらえるお寺に供養をお願いしました。

 娘夫婦にとっては8歳になる息子よりも長く一緒にいた家族で、明日からはその姿も無くなる寂しさは否めず、家族が箱に描いてきた絵とメッセージを見ると、ペットが一匹死んだだけではない悲しみに目が熱くなってきました。

 「こんなに良くしてもらえるとは思わなかった」の一言は、お寺を後にした娘の言葉で、今では愛犬も人間と同じ家族として生活しており、長崎県の大村市のペットショップで出会い、15年も一緒に同じ部屋で生活してきたテツの最後に、悲しみを払拭できる供養のお陰で家族も救われたようです。


 15年近くも飼われている愛犬ですから、我家が自分のお母さんにあたる娘の家族との認識はもっており、10年位前の若い時には、私が内緒で御菓子を与えていたことも覚えており、我家に来ても私のもとに寄ってきていました。

 今にして思うと、6年前に死んだ我家の愛犬「もも」とのツーショット写真が見当たらないのが悲しく思います。
 2ヵ月前の元気なテツ君(手前)です。


 一年前には我家の相棒リマより元気に家族を引っ張っていたんですが…

 この頃は元気でした。我家の西側の駐車場を走るテツとリマ。


 娘から孫の看病を頼まれた時には、愛犬テツも私と一緒に部屋で留守番していました。


 この月の月初めに叔母が亡くなり、葬儀の日に愛犬リマを3ヶ月の約束で預かり、この写真はリマが娘のアパートへ2回目に訪れた際の写真です。

 世の中は楽しいこともありますが、その分だけ悲しい別れや苦しみも存在し、一緒に苦しい日々も共有してきたペットとの別れは、人とは違うものの、自分の子供を失ったかのような悲しみにも襲われ、「もも」との別れから6年が経過しましたが、病院から連れ帰る時に涙で運転できなかった悲しみがよみがえり、2年前に失ったスズメのピーちゃんとの別れは人には伝えられないような苦しみが数ヶ月続きました。

 出会いが多ければ多いだけ悲しい別れもやってきます。我家の相棒リマについても同じです。保護して預けられた4羽と、我家の屋根から落ちたヒーも、一日でも長く生き永らえて欲しいものですが、ペットも我家に来て良かったと思えるようにしてやりたいと思う悲しい一日となりました。

 町内の弘盛寺には毎月21日に阿息観へ参加するため訪れていますが、私が四国の別格二十霊場椿堂さんからいただいてきた椿の木が植えられ、6年前に死んだ我家の「もも」の写真も飾られており、ここに行けば「テツ」にも会えると心の拠り所にして欲しいと願います。

 そして、この一言には、テツの記録も永遠に残されています。
                                          合掌

            本日の体重 71、9キロ 徒歩数 2246歩 間食あり
                                       7月9日の一言

ながーい、長い何にもない一日に

イメージ 1
買物のお母さんを待つ相棒リマ

イメージ 2
最後のお客さんです

イメージ 3
私のかかりつけ医彦坂外科です

イメージ 4
本日の朴(ほう)の木の果実

 朝8時から町内のドブ掃除があり、帰宅後に横になっていると2階の事務所へ上る足音に目覚め、慌てて事務所を目指すと知人は車を出しており、かかりつけ医に出かける用意をしていると再度の来客です。

 来客の同級生を見送り、あわててかかりつけ医へ走ると、受付終了2分前で、そのまま診察室に入って血圧測定となり、診察と言うよりも私の心配ごと相談と化し、そのまま隣の薬局に走ったものの、私が最後のお客さんとなり閉店です。

「暇そうだな」
    「仕事が無ーい」
「いつから?」
    「5月に入って1件もない」
「 … 」

 帰宅途中に同級生の工場に立ち寄ると、仕事が入ってこないとの話で、冗談を言っても笑えない雰囲気です。ずいぶんと長居をして帰ろうとすると、気分転換のため珈琲でもと誘われ、帰るに帰れない雰囲気ですが、何も力になれないため、「ついでに宣伝広告を配ってやろうか」と、自分の広告を配る予定は無かったものの、一緒に宅配すると言って千枚の広告を持ち帰りました。

 還暦を過ぎて仕事や行動力が減り、年金をもらえる年齢には至らず、今更ジタバタしてもしようがないと座っているだけでは、何も打開策はなく、何かをしようにも他人を頼る気持にはなれず、社会的責任を果たしていくだけで大変な生活が続きます。

 帰宅後に車を清掃し、理髪店に出向き、家内と買物に出かけると、太陽は西に傾いており、愛雀2羽を放鳥してから行きつけの珈琲店に出向いて一日の終了です。
 ヒーとサブが鳥カゴに入るのを待っていると一時間が経過しても戻らず、事務所の電気を消して強制収容して自宅に戻りました。何にもしないままに土曜日が終りました。

            本日の体重 72、4キロ 徒歩数 7294歩 間食あり
                                     5月20日の一言

娘から預かった愛犬テツと一緒に

イメージ 1
私の相棒リマ とてもご機嫌です

イメージ 2
娘から預かったテツと散歩です
                          ここはボクの縄張りだぞ

イメージ 3
ボクも主役だよね


 娘一家が連休で福井県に出かけたことから、愛犬テツを預かりましたが、我家に預かったリマと顔をあわせて10年近くの歳月が経過しており、最近は競い合うことがなくなってきたものの、テツが15歳のおじいさんになっていることを考えると寂しいものを感じます。

イメージ 4
眠くなってきたぞー

イメージ 5
本日は各務原市まで同行です 名鉄電車各務原線

「おい、今なにしている」
   「何で?」
「何かしているのか…」
   「何かあるのか」
「ちょっと付き合って欲しい」

 こんな電話で、突然に同級生の仕事で各務原市まで車を引き取りに走ることになり、息子の接骨院で施術を受けようと思っていたものの、帰宅したときには施術時間を大幅に廻っており、本日の仕事は愛犬の散歩ぐらいになってしまいました。

 娘から預かった愛犬テツは、娘たちが九州の大村市で生活している時に、ペットショップで出会って連れてきた犬で、テツが存在することで犬と同居できるアパートを探して転居してきました。

 かつてはペットを預かってくれるホテルに預かって旅行に出かけていましたが、やはりストレスを感じるためでしょうか、我家に預かるようになり、テツもストレスを感じずに我家で留守番となりました。

 もっとも、我家の相棒リマは、他所に預けるどころか、我家に置いていくと食事も口にしないため、家族旅行は一緒に連れて行くことにしていますが、昨年から上高地には連れていかなくなり、知人と一緒の場合には留守番となりますから、相棒対策も重要な課題となっています。

            本日の体重  徒歩数 2810歩 間食あり
                                      5月6日の一言

相棒リマと家族で祖父江砂丘へ

イメージ 1
祖父江砂丘と昔から変わらぬ松並木

イメージ 2
こんな雄大な自然が残されています

イメージ 3
木曽川対岸の羽島市とはるか先には伊吹山が

イメージ 4
下流には馬飼大橋、馬飼頭首工が

イメージ 5
相棒リマが孫と走ってきました

イメージ 6
相棒は我が子です

 本日は孫が連れられて来て、「じいちゃん、お出かけするよー」との一言によって、普段は開放したままの事務所を施錠して、娘の車に乗せてもらって出かけました。

「おーい、今来たけどー」
   「あっ、出かけているんだけど…」
「カギがかかっているぞ」
   「スズメを飛ばしてあるから」

 留守中に鳥カゴから出してある2羽に万が一があってはいけないと、普段は施錠しないカギを事務所にかけて外出していると、事務所を訪れた知人から電話ですが、留守でも勝手に出入りできる事務所が閉めてあるため、何事かと思っての電話です。

 一週間に3日はノルマとしているウォーキングですが、今月は一日も外出していなかったものの、孫に誘われて初めて9千歩を超える散歩となりました。
 「一緒に」と言われて外出したものの、娘と孫は木曽川のバードウォッチングが目的で、家内は寒いと言って歩かないため、孤独な散策となり、帰路に買い物に立ち寄ったため、私だけ途中下車で歩いて帰宅しました。

 さて、帰宅した事務所では、私が不在のため放鳥した2羽もカゴに戻らないままに薄暗くなってしまい、暗くなると眠ってしまうため、私の手で捕獲して、ポケットに入れると保護した直後のヒナのようにじっとしてそのまま眠っていました。

 手のかかる2羽です。「あー、ピーだったら」と、かつての愛雀「ピー」が声をかければ当方の意志を理解して行動してくれたことが懐かしくなり、ピーの記録を残しておきたいと別のブログに書き入れることにしました。


 ピーちゃんを保護する平成26年5月より3年前にヒヨドリのヒナ「ピーコ」を保護し、翌年7月に岡崎市から「ピヨ」を預かり、ピヨを8月に亡くし、10月末にピーも失い悲しみのどん底を体験しました。
 スズメとの縁も無くなったと思っていた昨年4月に、蟹江町の知人より保護したヒナの「チー」が届けられ、月末に市内の知人より保護した「ボク」と「ムー」を預かり、スズメの保護生活が再び始まりました。

 そして、奇跡的としか思えない、2年前にピーを拾い上げた庭で、屋根から落ちた「ヒー」を5月に拾い上げ、その翌日に名古屋市の企業で保護されたヒナ「サブロー」が持ち込まれ、5羽の鳥カゴ団地が形成され、何とか越冬して春を迎えられそうになってきました。

 訪問される知人には、亡くなったピーも、ヒーもサブも、鳥カゴの3羽も一緒と思われ、預かって1ケ月で死なせてしまったピヨは忘れられ、勝手に呼ばれている姿から、鳥カゴに記名しましたが、家族にも個々の個性を忘れないために簡単に記録して残すことにしました。

 そして、夜になってこの一文を記して、ピーの記録を読み直していると、ピーが亡くなった直後の悲しみがよみがえり、涙が頬をつたい、呼吸まで苦しくなってきたことに、この悲しみを一日も先送りして5羽の保護生活を永く続けたいと思う夜になりました。

          本日の体重 72、2キロ 徒歩数 9041歩 間食あり
                                              9時からもあり
                                      3月25日の一言

ペットが主役となっている我家と事務所で

イメージ 1

 昨年末、私の一言用に家族が撮影した相棒リマですが、忘れたまま私のメール受信箱に眠らせていました。
 かつては、私の事務局長として1階の事務所のソファーをお気に入りとしていましたが、昨年6月に三男が1階で接骨院を開業し、私の事務所は2階に追いやられたため、相棒は接骨院を通らなければ事務所に来ることができず、接骨院の瀬術中は入れてもらえないため、最近は施術が終ったあとに「リマ院長」と言われて接骨院の主役になっています。


 もっとも、3年前の5月からは、我家の屋根から「ピーちゃん」が落ちてきて、私の秘書役として一心同体のように生活するようになってなり、ピーは一昨年10月に逝ってしまったものの、昨年5月からは同じく屋根から「ヒーちゃん」が落ち、各地から4羽の仲間も保護されてきたため、相棒は私の事務所で鳥たちの姿を見せられるのが好きではないようです。

可愛いすずめ達 (1) 2017/2/20(月) 午後 9:38

 さて、本日偶然にも、私がお気に入りとしているネットのスズメの写真を目にして、ちょうど一年前には、落鳥してから3ヶ月が経過し、ピーの鳥カゴが家内によって片付けられた一言と、ピーの悲しみを紛らわすため、庭のスズメたちにエサをやりかけていた一言を読み直しました。
 その3ヶ月後に、我家の屋根からヒーが落ち、他所から4羽も持ち込まれるとは思ってはおらず、読み直してみると自分の感情の変化に驚かされます。


 本日は、「あま市福祉有償運送運営協議会」が「あま市役所」甚目寺庁舎で開催され、これまで私たちのNPO法人が活動してきた津島市と愛西市から、新たにあま市も運送区域としてボランティア活動を展開するため、提出してあった登録申請書類について審議が続けられました。

 我々の申請が認可されるかどうかは、決議の際に退出していたことから判りませんが、質疑でも異論は出なかったため、あま市の窓口となってもらうボランティアと受け入れ体制を整備し、あま市民の方々にも役にたつ活動を目指します。

 明日は3月議会の議会運営委員会が開催され、来月末まで議会や市役所の公的行事が続くため、ボランティアどころではありませんが、病院や買い物に行く足を我々に求めておられる会員には、議員活動よりも自分の生活が優先することから議会以上に忙しい日々となっていきそうです。

            本日の体重 71、9キロ 徒歩数 2247歩 間食あり
                                     2月20日の一言

相棒リマが美容院へ

イメージ 1
 ↓
イメージ 3
2時間後の姿
イメージ 2

もう、安心です
イメージ 4

 本日は相棒リマのカットについていきました。 かつては、入り口を見ただけでブルブルと震えていましたが、最近は馴れてきたので震えることはなく、自分で待機するケージに入っていくとの話です。

 私は別れが辛いので、入り口からは入っていきませんが、迎えに行く時は真っ先に顔を見せて、「やっぱりお父さんか」とリマとの仲間意識と人気をもらおうと意識してきました。

 昨日まで、2日間家内とともに家を空けていましたが、置いていかれた怒りと、帰ってくる可能性も考えて、母親や息子たちが声をかけても無視して、入り口の扉をずっと見たまま動かず、相手になると怒るのでケージに入れられたままになっていたとの話です。

 車に乗って一緒に行く癖は、私が連日車で連れ出していたのが始まりで、当初は私だけでしたが、最近では家内の買物にも付いていき、家族旅行で四国遍路まで一緒に行くようになっているため、置いていかれると留守番の家族にも怒るようになっているようです。

 こんな至福のひとときがいつまで続くのでしょうか…

              ここで、仲間に誘われて、私はちょっと飲みに行ってきます。
 書き込み中のまま朝を迎えていました。
2年間の節制を皆無にしてしまうような一週間となりました。

忙しくてもペットも家族の一員です

イメージ 1

 次々と持ち込まれるスズメのヒナにストレスを感じていた我家の相棒リマですが、私が相棒に事務局長として任命していた事務所も三男の接骨院に取って代わられ、扉の向こう側で交わされている知らない人々の会話に我慢を重ねていました。

 自分が主役として歩いていた場所には内覧会終了後しか入れず、相棒の隣を通って行き来していた扉は閉められたままとなり、家族も開院を控えた内覧会のため独りで留守番している寂しさは否めません。

 そんなわけで、本日は「リマが一番だよ」と、我々の入浴前にシャンプーで洗ってもらい、ドライヤーで乾かしてもらった姿から、「忘れられていなかった」との安堵感がうかがえます。

イメージ 2

 私の手の中で仲良く並んでいる(ように見えるだけですが)のは、左側が今月24日に我家の屋根から落ちてきた「ヒーちゃん」で、右側は27日に名古屋市から保護を依頼された「サブロー」ですが、我家の「ヒーちゃん」はエサの咀嚼が下手で、成長が遅れたため足や羽が不自由で、目を空けて間もない「サブロー」に噛み付かれてしまいます。

 何でも食べる「サブロー」に対して、「ヒーちゃん」は咀嚼が下手で、保護した直後は食べてもエサが喉を通らず、そのまま動かなくなっていったため、点滴がわりにポカリスェットを温めて薄めた水分を30分おきに与え、保温の温度を上げた結果、今では何とかエサを普通に食べられるようになってきました。

 庭で発見した直後は、2年前の「ピーの再来」と思いましたが、どちらかと言えば昨年7月に岡崎市から預かった「ピヨ」に似ており、巣や屋根から落ちたヒナは何らかの障がいを負っており、「ピー」から「ヒー」に改名し、「ヒー」の延命によって「ピー」と同じような存在にしたいと思っています。

 さて、今月26日朝のことですが、私のグーブログに保護したスズメのヒナのエサについて問い合わせのコメントがあり、午後2時過ぎに「先ほど息を引き取りました」の書き込みがありました。


 私がコメントに気付いたのはその日の夜で、コメントの内容から直接電話連絡ができていれば救えたと思われ、残念な結末となりましたが、死を待つばかりと思われた「ヒーちゃん」の回復には、スズメの保護者が発信した記事が参考になっており、スズメを保護する人と連絡が取り合える環境に期待していきたいと思っています。

            本日の体重  徒歩数 6505歩 間食あり
                                     5月30日の一言

ペット2匹の散歩に同行して

イメージ 1

 3日間の限定ではありますが、娘の家から預かった愛犬テツ(手前)と我家の相棒リマの散歩は大変で、写真のように仲良く並んだ写真は1枚だけで、道路の右側と左側に離れて歩き、暴君リマは家内の足にまとわり付いて離れません。

 同じような犬ですが、生活環境が違うため性格も行動も大きく違い、テツは散歩中にフンをしますが、我家の暴君は散歩から帰った後の室内の土間まで来てフンをし、同じ室内犬でもテツは室内でオシッコはしませんが、リマは必ずマーキングのため足を上げるためオムツが必需品となっています。

 一方で、テツは目の前の菓子や食べ物を何でも食べてしまうことと、アレルギー体質のため食べると大変な事態になるため我家ではリードで縛られており、相棒は好きな物しか食べないものの、テツが居ると普段食べない物も張り合って食べるなど、暴君から甘えん坊になっています。

 預かったテツはあまりストレスを感じていないかも知れませんが、我家の相棒リマは大きなストレスを感じており、4月に四国遍路に出向く際に、家内は相棒を娘の家に預けようとしていましたが、今回の様子を見ていると我家に置いていくことになりそうです。

犬の尿原因?支柱腐食見つかる 京都・向日市、交換へ

 さて、オスの犬の習性で、電柱や建物のブロックなどに足を上げてオシッコをしますが、私は議員という立場上もあって、「ダメダメ」と相棒を引っ張って止めさせていますが、黙っていると足をあげてしまいます。

 2月にも大阪府で犬の尿が原因で照明灯が腐食して倒れ、小学生の女子が両手を挟まれて骨折する事故がありましたが、本日の新聞報道では京都府でも犬の尿が原因と思われる標識や街灯の腐食が問題となっていたことが発信されてきました。

 長年の繰り返しで腐食してしまうのは現実問題で、今後の対応は急務と思われますが、私の住む地域では犬のフンをさせるために散歩する人が多く、そのまま放置されたフンはウォーキングブームの中で、地域に大きな不快感を与えており、道の路肩はフンだらけとなっています。

 ノルマとしている散歩中に、他所の犬が放置したフンに不快感を覚え、相棒を連れて歩く際には、誰かが放置した犬のフンのため後ろめたく歩き、快適な生活環境を実現するためには罰則を作ってでも犬のフンを排除しないと散歩もできず、今回の犬の尿による照明灯や標識の腐食を考えると対策は急務です。

 せっかくほのぼのとした愛犬の写真が、新聞報道のフン害によって笑えない話にしてしまいました。

           本日の体重 72,4キロ 徒歩数 7336歩 間食あり
                                     3月28日の一言

3日間だけですが、娘の愛犬を預かり

イメージ 1

 私の車の助手席は、相棒リマ(写真右)が自分の指定席としており、本日は娘の愛犬テツを3日間預かることになったため、名古屋から我家まで連れ帰りましたが、家内と後部座席にいた相棒が「助手席はオレの場所だ」とばかりに陣取って、座席を死守していました。

 娘の愛犬テツは、孫が生まれる以前から娘が飼っており、長崎県の大村市に住んでいた頃から名古屋に連れ帰り、娘夫婦を結婚前から知る家族ですが、さすがに旅行までは連れていってもらえず、3日間は我家の暴君リマのもとで忍の一字となりそうです。

 かつては、テツも「ペットホテル」に預けられていたようですが、預けられた愛犬が喜んでいるはずは無く、ペットホテルの前に連れられてくると震えだす犬も存在することから、今回で2回目となる一時預かりとなりました。

 さて、本日の新聞報道では、日本学生支援機構が貸し出している奨学金について、「低所得者にとっては負担が大きい。延滞者が増える要因とも指摘されていた」として、返済方法を見直して負担を減らすことが発信されています。

奨学金の返済額、年収と連動 10年の猶予期間も
記事の続き…
 http://www.asahicom.jp/images/asahicom/hand.png例えば、年収が300万円(課税所得119万円)の場合、返済する年額は10万7千円で、月額は8900円となる。260万円借りていれば、24年で返済を終える計算だ。
 年収が300万円以下なら、申請すれば通算で10年間猶予を受けられる。ただ、猶予期間以外は、収入がなくても、「最低月額」として2千円の返済が必要となる。
 現行制度で260万円借りた人は、一律月1万4400円を返済し、15年で完済する。
 有識者会議の座長を務める小林雅之・東大大学総合教育研究センター教授は「経済力に応じた返済制度で負担軽減につなげられる」と話す。

 新聞記事を読む限りでは、年収が少ない低所得者にとって負担が大きいは当たり前ですが、現時点で3割が無利子で借りており、「現行制度で260万円借りた人は、一律月1万4400円を返済し、15年で完済する」返済が厳しいとは思えず、財源は国民の税金であることを考えると、安易な猶予は考えものである。

 私は40年前に、貧しい家庭環境のため一年間働いて学費を貯めてから大学に入学した恩師から、「今はアルバイトをしても簡単に大学に行けるようになった」と進学を勧められたことがあり、国の奨学金まで借りて進学し、卒業後に返済が遅れるのはまだしも、返さないままになっている横着な者を放置することは国を欺く詐欺としか思えません。

 奨学金の延滞者や、返済不能となったままの人物について、勤務先から支払われる報酬や、車の購入歴から家庭環境まで厳しく審査し、強制的でも約束どおり返済させることが先決で、返せないから猶予では納得ができません。

 最近は国や自治体の補助制度を悪用する人が増えており、働けるのに働かず、生活保護を受けながらパチンコ屋に入り浸る人や、日中から酒を飲んでいると通報される人物も存在し、わずかな年金収入で苦戦する人を尻目に、生活補助受給者がタクシーで病院に通院するだけでなく、タクシーでパチンコ屋に行く姿を見た国民は納得ができません。

 私の知り合いの中には、家庭の経済状態により一年遅れて進学した者や、進学そのものを断念した例もありますが、夜間や通信制大学も存在し、普通の大学へ働きながら通学できる「新聞奨学生」として頑張っている姿を見ると、今回の国の奨学金返済の猶予には納得ができません。

 「借りたものは約束どおり返す」のが原則です。「返せないものは借りない」のが当たり前で、知人との借金や貸し借りは、約束が守られないと相手に損害を与えることになります。これは相手が金融公庫でも同じです。

           本日の体重 72、5キロ 徒歩数 3345歩 間食あり
                                      3月26日の一言

相棒と親子3人で木曽三川公園へ

イメージ 1
我家の相棒リマ 我家にとって相棒が子供です

イメージ 2
国営木曽三川公園センター 岐阜県海津市

イメージ 3
公園内のルピナス ノボリフジ

 我家から30分の距離にある国営木曽三川公園ですが、木曽川と長良川、揖斐川の河口となる三重県桑名市から、愛知県西部と、岐阜県海津市から愛知県一宮市の更に上流となる江南市や、岐阜県各務原市までの広大な公園で、日本一広い国営公園とのことです。

 豊かで平和な世の中を実感させられる木曽三川公園ですが、今から300年前には徳川幕府の命令により薩摩藩が宝暦治水工事(1754年(宝暦4年)2月から1755年(宝暦5年)5月)を行い、薩摩藩が最終的に要した費用は約40万両(現在の金額にして300億円以上)と言われ、家老平田靱負ら85名の「薩摩義士」が命を落としています。

 現在の三重県や岐阜県は、愛知県側の尾張藩の御囲堤より3尺(91cm)以上低い堤しか作ってはいけなかったとも言われ、こんな理不尽な決め事で多くの人々が河川の氾濫で命を落としており、薩摩藩の宝暦治水工事の恩恵は計り知れないものがあります。
 ちなみに、85名の犠牲のうち61名が幕府に抗議して自害した犠牲者であることに、平和な世の中に生まれ、警察官や教師が罪を犯しても当たり前の世の中との大きなギャップも感じさせられます。

 本日訪れた海津市の三川公園の隣に、薩摩藩の家老平田靱負を祭神とする「治水神社」がありますが、わずか300年前にこの地で多くの人々が犠牲になっていることを、あまりにも立派な公園施設が忘れさせてしまいます。

 海抜ゼロメートル地帯に住んでおりながら、水害の危険性と隣り合わせとは思うものの、強固な防災対策によって我が身に危険が及ぶとの危機感はなく、この平和が多くの先人のお陰であることを歴史がとどめています。

            本日の体重 71、5キロ 徒歩数 13843歩 間食あり
                                      3月16日の一言

助手席の相棒リマを回顧して

イメージ 1

 今まで何度も添付していますが、我家の相棒リマ(雄ポメラニアン7才)は車の助手席が大好きで、我家にやってきた当時は私と一緒にドライブに連れて行き、当時はパンツを履かせていなかったため、リマのおしっこの掃除が大変でした。

 最近では、私の相棒から家内の相棒のようになっており、家内が出かける時には必ず連れ出されて、本日も娘のアパートに付いて行き、転居した娘の家に馴れさせるためと言っていますが、相棒は置いていかれては大変と家内の後をついて廻ります。

 相棒は平成21年の12月に、3ヶ月間預かる約束で我家にやってきましたが、預かった私が離れられなくなり、飼い主の都合も重なって我家の家族になり、その2年後にそれまでの愛犬モモが死んだため、貴重な主役になりました。

 さて、相棒を我家に預かってから、相棒と離れられなくなっていく当時の私の心境について、当時の一言はリアルに記録されており、半年後に我家の家族になるまでが記録として添付してありましたが、実はその後にモモが居なくなり、愛雀ピーちゃんの登場など我家のペット環境も大きく変わりました。

私と相棒の9ヵ月の記録  

 相棒リマを私の助手席に乗せたことに批判的だった家内も、最近は相棒を乗せて外出しており、私の相棒から我家の主役となったリマは、四国遍路や旅行にも同行させるのが当たり前となり、相棒と一緒に旅行を楽しむため3種類のテントを購入し、家族がホテルに宿泊しても私と相棒は車中泊が定番となりました。

 もっとも、足を上げてマーキングする癖は治らないものの、我々の行動や言葉を何でも理解しており、家から外出する時には付いて行こうとアピールし、家族が旅行の準備を始めるとカバンやリュックに入ったまま動きません。
 そんな相棒との関係も、80を超えた母親や、私たちの年齢とか、相棒の年齢を考えると定期的に書き残していきたいと思います。

 そんなわけで、2週間後に列車で訪れる予定をしていた長野県松本市までの行程を車に変え、相棒も連れて行こうと思いますが、そうなると家内も無視はできず、私自身は研修目的の訪問ですが、家内の同意を得るのは容易ではなく、しばらくは家族サービスに心がけたいと思います。

            本日の体重 71、4キロ 徒歩数 2001歩 間食なし
                                      2月28日の一言

行動は歯の痛み次第の日々を送って

我家の主役 相棒リマ

 本日2月22日は「ニャン・ニャン・ニャン」にちなんだ「猫の日」だそうです。我家には平成15年9月以降は猫がいませんが、向かえの倉庫には他所の猫が我家のように訪れて寝ており、そのお陰でネズミが居なくなりました。

今日は「猫の日」 猫カフェで360度動画を撮りました

 我が家は交通量の多い県道が前を走っており、猫を飼っても交通事故で死んでしまうため飼わないことに決めてあり、捨て猫か迷い猫が入ってきた場合のみ飼うことに決めてありますが、人(犬)一倍嫉妬深い相棒リマが主役になっており、当分は相棒が中心となる生活が続きます。

 相棒が来る前には、愛犬モモ(5年前に病死)が台所までは自由に来れるようになっていましたが、深夜族の私がパソコンを触っている間、相棒はコタツの上に乗って待っており、家族からは怒られていましたが、最近ではコタツの一角を自分のスペースとして確保する相棒が粘り勝ちで席を占めています。

 ちなみに、犬の日は昭和62年に犬の鳴き声である「ワン (1) ワン (1) ワン (1) 」にちなみ11月11日と決められていたことを本日知りました。

海を泳いで渡るイノシシ 長崎の離島で町職員が動画撮影

 本日のデジタル新聞には、海を泳いで無人島へ渡るイノシシが記事となっており、地元の役場職員が動画で撮影した写真が掲載されています。

 かつて海峡を渡っている犬がテレビで放映されたこともあり、動物が遠く離れた島や陸地を目指す姿には感動させられますが、途中で力尽きて死んでしまう可能性や、行き先に何も無い可能性を考えると、動物の本能には驚かされます。

 さて、今月7日にJR中央線の列車で松本から帰る車中で、菓子を食べていた時に折れた歯の根について、未だに歯の痛みと歯肉の腫れが繰り返し、本日も歯医者さんに通院しましたが、当分は直りそうもなく、3日から4日おきの歯医者通いが習慣になってきました。

 災い転じて福となったのは、歯が痛いため間食を食べる誘惑が湧いてこず、月初めに体重のリバウンドについて記し、4日に訪れた保健センターの管理栄養士さんの指導では、4月までに1キロの減量を目標にして節制をノルマとしてきましたが、現在2キロ減量した体重が維持されています。


 「おい、月ヶ瀬梅園は何所にあるの?」と、旅行に行きたいという電話をいただきましたが、明日には3月議会の議会運営委員会が開催され、月末から来月25日まで議会活動が続くため断ったものの、行く気満々の気持を収めるのも歯の動向次第となりそうです。

             本日の体重 71、1キロ 徒歩数 9096歩 間食なし
                                      2月22日の一言

知人の息子さんの動物病院開業の朗報に

我家の相棒リマ コタツの一角を死守しています

 「おい、今は何しているんだ?」
 「今ー …」
 「忙しいのか?」
 「ヒマすぎて、やることがなくて困っている」
 
 最近では定期便となった仲間からの電話で、仕事が3時に終った(と言うよりも、自営のため止めてしまった)からコーヒー屋に行こうとの話で、昨日に議会最終日に読み上げる委員長報告を仕上げて提出し、本日はコタツの主人になっていたため唯一の外出となりました。

 この知人とは中学も高校も違うものの同級生で、高校時代に同じように落第を経験し、駅周辺で遊び歩いた当時の不良仲間ですが、若くして手に職を得て自分で工場を経営しており、最近になってお互いに当時の気持のままだったことから意気投合して出歩いています。

 さて、昨日のコメントに、私と同じ津島市民で、私と誕生日が同じ12月18日という女性(ブログ名アスコルさん)の書き込みがあり、可愛がっていた愛猫が死んでしまったことと、我家の近くにあった「大鹿獣医」さんに猫を連れて行かれた顛末が記されていました。

 大鹿獣医さんのご主人は、今年9月に亡くなられましたが、大鹿の姓を名乗る一族のルーツとなる天皇家ともつながる伊勢の古族大鹿一族の血脈を継ぐお宅で、私より先輩となりますが、我家のペットたちも開業直後の昭和50年台代から獣医さんのお陰で何匹もの命を救われており、私の発行していたミニコミ紙のスポンサーにもなっていただいていました。

 しかし、4年前に愛犬モモの診断と投薬に不満があり、連れて行った名古屋市の動物病院で緊急手術を受け翌日に死なせてしまった事から、簡単な予防接種は大鹿獣医さんに出向き、それ以外は名古屋市の「まさき動物病院」に連れて行くようになりました。

 この「まさき動物病院」には、私が横井庄一記念館で出会って話し込むようになった「セントレアさん」こと、名古屋競馬場の馬の獣医師をされていた安家医師の息子さんが勤務しておられることを聞いてから行くようになり、偶然ですが娘も愛犬を連れていっていた動物病院でした。

 そして、昨年4月に訪れた際に、診察室でお父さんの訃報を知りました。


 今年9月に相棒を連れて訪れた際に安家医師は不在で、診察日が限られていることを知りましたが、この時に安家医師に昨年保護したスズメのピーちゃんの相談をしたいと思いながら、ピーは翌月に死んでしまいました。


 実は、4年前に初めて訪れたのも愛犬ではなく、当時息子が拾ってきたヒヨドリのヒナ「ピーコ」の足の骨折の治療でしたが、野鳥は飼育していけないため病院でも嫌な顔をされるため、安家先生の不在が残念でなりませんでした。

 さて、昨日のコメントに、動物病院の記名があったことから、久しぶりに「まさき動物病院」のホームページを検索したところ、医師の勤務表に安家医師の記名が無くなっており、複雑な心境にさせられましたが…

ひので動物クリニック http://www.hinode-ah.com/original2.html

 さすがに情報化社会を実感です。弥富市と安家の検索で、安家医師が今週の15日に「ひので動物クリニック」を開業されていたことが判りました。きっとお父さんも喜んでおられると思います。

 お父さんが初めて横井庄一記念館を訪れられた時には、想像ですが自身のガンを自覚しておられたと思われ、何かボランティアをしたいと「NPO法人」の設立方法を聞かれたり、縁側のソファーで本を読んだり、私の馬鹿話と真剣に議論したり、私のことを自身のブログに記されていたこともありました。

 還暦を過ぎた年齢になってからのお別れは寂しい現実があり、記念館に来られなくなったことは寂しく思っていたものの、ご自身が病気で苦しんでおられた姿は想像したこともないままに日時が経過し、亡くなられて一年後に息子さんに尋ねたことからそれを知りました。

 本日は書き込まれたコメントから、4年前に保護したヒヨドリのヒナ「ピーコ」や、4年前に死んだ「もも」だけでなく、今年亡くなられた大鹿獣医の大鹿隆三さんや、安家医師のお父さんも回顧する一日となりました。
 最後に、新たな動物病院が誕生していたことから明るい朗報ともなりました。

        本日の体重 71、7キロ 徒歩数 599歩 間食が止まりません
                                    12月19日の一言

ずぶ濡れの子猫登場に走り回り


 我家の相棒リマです。 私の事務局長に任命していましたが、来年6月に三男が接骨院を開業すると、「リマ院長」と呼ばれる予定になっています。

 本日は市議会の厚生病院委員会が開催されるため準備していると…

 「お父さん、お父さん !!
 「何だー !!
 「急いで、早くー !!
 「何があるんだー」

 家内に呼ばれて事務所の前に走ると、降りしきる雨でビショビショになった小さな子猫がおり、あまりにも可哀想な可愛い姿に、冷蔵庫に走ってハムを持ち出して戻ると姿がなく、庭に移動していたためハムを置いて戻りました。

 時間が無いため後ろ髪を引かれつつ市役所に走り、委員会の休憩時に連絡すると見当たらないとの話でしたが、我が家は県道沿いのため、車に轢かれて死んでしまうため、捨て猫か迷い猫が入ってきたら飼うことにしており、新たな家族の誕生かと昼休みにも一時帰宅したものの何処を探しても見つからず、倉庫にはいつも休憩に来る大きな猫が寝ているだけです。

 もっとも、こんな飼い方でも2匹の可愛い猫が飼い猫となり、残念ながら2匹とも交通事故でなくなったものの、久しぶりの子猫登場に午後の委員会終了後も一目散に帰りました。残念ながら子猫は何処かへ行ってしまいましたが、ピーちゃんが死んでから沈んでいた私には久々の明るい話題でした。

 結局は縁が無かったのでしょうね。そして、縁がなかったことで、相棒リマに余計なストレスを味合わせることもありませんでした。

 しかし、不思議なもので、ピーと私の蜜月時代に、私の足元に寄ってきてストレスを溜め込んでいた相棒リマについては、ピーが居なくなったことで心中に隙間風が吹いているような私の心を癒し、より私や家族との距離を縮めています。

自家用車で送迎、相乗り?白タク? 国「触法の恐れ」
記事の続き…
 社長は「感謝料は強制せず、原則は無料とするなど法律に違反しないよう工夫した」と語る。感謝料はそのまま運転手に渡していると説明する。社長は「本当は友だち同士で小規模にやるつもりだった」と語り、取材後、アプリを新たにダウンロードできないようアプリ提供サイト「アップストア」から削除した。
■国交省「法に抵触する恐れ」
 国土交通省旅客課は、こうしたサービスが「道路運送法に抵触する恐れがある」といい、近く調査に乗り出す。今年2月には、米ウーバー・テクノロジーズが福岡市で同じようなサービスを始めたところ、国交省が「白タクにあたる」として中止させた。
 もともと「ライドシェア」は、同じ行き先の人が相乗りすることで、渋滞緩和や排ガス削減に貢献する行為として広まった。ガソリン代など実費の範囲内であれば運転手がお金をもらっても法に触れない。日本でも仲介サイト「notteco(ノッテコ)」が07年から運転手と同乗者を引き合わせるサービスを提供している。
 だが、スマホの発達で仲介やネット決済が簡単になり、米国でも自家用車送迎の仲介サイトが普及した。その影響で、お金目当ての送迎サービスまでライドシェアと呼ぶことが増えた。
 安倍政権成長戦略の一つに「シェアリング・エコノミー(共有型経済)の推進」を掲げ、国家戦略特区に指定する過疎地で「自家用車タクシー」を認める方向だ。だが、安全をどう確保するかなど課題も多い。都市部では、料金や車両数などで多くの規制をかけられているタクシー会社と競合することになり、「解禁」は当面、見込めそうにない。

 「ライドシェア(相乗り)」と銘打ち、自家用車による送迎をスマートフォンで仲介する米国で普及したサービスが東京に登場し、対価(料金)をもらって自家用車で人を運ぶ白タク行為を禁止している道路運送法を考えると、便利さと低料金だけでは法の秩序がないがしろにされそうです。

 今回の市議会の一般質問に、民泊とゲストハウスについて質問しましたが、ネットに民泊の仲介サイトが存在し、「友達を宿泊させただけ」と旅館業法を無視した行為が問題となっており、法をないがしろにしたような国の特区構想にも十分な検討が求められます。

           本日の体重 70、8キロ 徒歩数 4694歩 間食あり
                                  12月11日の一言

寒波により相棒とテレビとの一日に


 私の相棒リマです。人間と同じようにコタツの一角を占めることを当たり前と思っており、家庭の微笑ましい姿にも見えるものの、これはまだ前章でしかあらず、油断して無視していると…

 視線の先には何かがあり、その何かに向かって少しづつ前進し、見ないふりをしていると全身をコタツの上に乗せて横たわります。添付した写真はまだ序の口で、様子をうかがっている程度ですが… 視線の先には何があるか判りますか。

 考えるまでもありませんが、視線の先は食べ物です。相棒の食欲は旺盛で、コタツの上に好物のチーズや柿でもあろうものなら、こんなにおとなしく観察はしておらず、幸いなことに盗み食いはしないものの、食べるものへの執着心は尋常ではありません。

 相棒がコタツの上を居場所にするようになったのは、我家に来て3ヶ月後くらいからで、深夜に私と2人(匹)だけになった時に、私のパソコンが終るのをパソコンの横のコタツの上で待つようになり、日中は家族に怒られるのでコタツに上がりませんでしたが、6年の歳月が経過した今では、家族の様子をうかがいながらコタツの一角を占めるようになりました。



 まるで今年の箱根駅伝の再現を見るようなドラマチックなゴールシーンが、本日開催された「愛知駅伝」で展開されました。

 愛知駅伝は県内の市町村から構成された54チームで、愛地球博が開催された「愛地球博記念公園」内の9区間28、7キロで争われ、今年で10回目の大会となりました。

 前半から大量リードで独走する豊田市のチームを、後半追い上げた名古屋市のチームが、8区の高校三冠と言われる女子選手が先頭に迫り、最後のアンカーをつとめた実業団選手が圧倒的スピードで豊田市のチームを追い抜いて優勝を飾りました。

 私の住む津島市は市の部で37位(38市中)となり、途中のリレーシーンどころか、ゴールシーンも映らないままに、テレビの中継は終ってしまい、涙モロクなった私の涙腺を濡らすこともなく終りましたが、県内の都市の経済力とトヨタ系企業を有する市が上位を占めました。
 
1位 名古屋市 2位 豊田市 3位 岡崎市 4位 豊橋市 5位 田原市 …  
                                      …  37位 津島市 38位 愛西市

 津島市は毎年30位台に低迷しており、地元に大手企業の実業団チームもなく、地元の高校も駅伝で活躍するチームもありませんから、当然と言えば当然の結果とも思われますが、名古屋市のように万年2位を打開するため、優勝するチームづくりを目標にするような真剣さが足りなかったのも原因と思われます。

 真剣に考えれば、津島市には大学ナンバーワンの神野大地君も存在し、高校時代の5回と6回、平成22年と23年には津島市の選手として出場しており、彼は平成18年の第1回大会にも母校の中学生として出場していることから、箱根を控えて無理とは思いますが、聞いてみる図々しさがあっても良かったと思います。

 この大会には、神野選手の高校(中京大中京)の先輩となる佐藤雅成君(上武大卒)も何回も出場しおり、今年も2人の後輩となる選手が複数出場していることから、彼らの作った陸上の伝統を伝承していってもらいたいものですね。


 来年の箱根駅伝は、現地で神野選手を応援する予定ですが、私の地域では彼の足の状態を心配する人も多く、今年3月まで母校の同窓会長を務めていたため問い合わせもありますが、週刊誌やネット情報が頼りで、年内にはお母さんにご挨拶してから応援に行こうと思っています。

                 本日の体重 70、5キロ 徒歩数 507歩
                                    12月5日の一言
追伸
「おい、何をやっているんだ」
 「別に、何も…」
「出て来ないか」
 「何かあるのか」
「別に、何もやることがないんだ」

こんな展開から夕方に同級生と出かけましたが、「明日は7時から待っている」の一言に、「オレは朝弱いから」の返事へ、「おまえ新聞屋だろう」… 

 さて、どうなるのか…

愛雀から相棒へ 虫が良いのは承知ですが…

イメージ 1

 我家の相棒リマ(事務局長)が私を追いかけて走ってくる姿ですが、相棒の走る姿は初めてのショットです。
 「ピーちゃんショック」が未だに収まらず、自宅に居ても気力が湧いてこないため、相棒とともに木曽川の河川敷に出かけ、リードを外して自由に散歩させてやりましたが、相棒にも「ピーちゃん後遺症」が残っており、相棒は私が「リーちゃん」と間違えて「ピーちゃん」と呼んでしまう度に抗議して吠えてきます。

イメージ 2

 本日訪れた稲沢市(旧祖父江町)の木曽三川ネイチャープラザは、木曽川の河川敷が公園化されており、ゴミ箱や水洗トイレも整備され、平日でも木曽川ではウインドサーフィンや水上バイクで遊ぶ人があり、広大な河川敷のベンチには多くの高齢者が訪れ、愛犬連れの家族も存在します。

 大型犬を連れた人もありますが、河川敷に設置された野球等のグランドの球が木曽川に落ちていかないように設置されたと思われるネットが続いており、ここでは相棒のリードを外しても襲われる心配もなく、車や自転車を避けて散歩している相棒もここでは伸び伸びと走りまわります。


イメージ 3

 過去の一言を見直してみると、昨年5月に愛雀ピーちゃんを保護してから、相棒と2人だけで外出することが無くなっておりましたが、このネイチャープラザには過去に何度も訪れており、車に抹茶やコーヒーを積み、相棒のオヤツも載せて優雅な生活をしていたものです。

 この1年半は事務所や居間でピーちゃんと一緒に居たため、車に乗せてあったガスコンロやコーヒーカップも載せておらず、相棒のリードを外して散歩することも忘れていましたが、相棒との時間も後々に後悔しないため創っていきたいと思います。

イメージ 4矢の刺さったカモ、新たに2羽 兵庫・伊丹の公園

関連記事…
カモに吹き矢、くちばし付近を貫通 兵庫・伊丹の公園

 兵庫県伊丹市昆陽(こや)池3丁目の昆陽池公園で、頭部に矢が刺さったオナガガモが見つかり、29日に保護された記事が発信されましたが、新たに2羽のカモが被害にあっている新聞報道がありました。

 我々が長距離で車を移動させると、車の前面に多くの蝶や昆虫がぶつかった痕跡が残り、のんびりと飛んでいた生命が一瞬にして奪われていた現実を知るひとがありますが、鳥と言えども頭や目に当たれば命を奪ってしまう危険な行為だけに、犯人を特定して再発を防止するとともに、同様な事件が起こらない社会を目指したいものです。

                  本日の体重 71、4キロ 徒歩数 9837歩
                                    11月11日の一言

何もしないとピー、してもピーちゃんが過り

イメージ 1

 何もやる意欲がわかず、何もしないままに一日の時間が経過していきます。

 ピーが居なくなって5日が経過しましたが、昨年5月から自宅に帰れば「ピー、ピー」から「チュン、チュン」と鳴き声は変わったものの、毎日聞いていた声が無い現実は辛く、ピーの居た部屋では居るつもりで声をかけるものの返事はありません。

 自宅や事務所に居れば胃が重くなり、ため息ばかりで刻々と時間が経過し、自宅から外出すれば気分が変わると家内に同行したものの、目的地で何もする気持にもなれないため、相棒リマと車内で留守番です。

 ピーちゃんが居た時には、いつもピーと一緒に居る私にストレスを溜めていた相棒も、動かなくなったピーの姿から現実を悟ったと思われ、まるで私の心境を理解しているかのように寂しそうな眼差しで同行してくれます。

 リマが来てから、4年前に先輩のモモが死に、一緒に動物病院に通ったヒヨドリのピーコが逝き、8月にはピヨ、そして5日前にピーが天界に昇っているため、動物でも何かを察している様子がわかりますが、これからは相棒の健康維持も我家の心配事になっていきます。

 「リマのお嫁さんを探そう」
 「誰が面倒を見るの」
 「リマの子供が欲しい」
 「犬だらけになったらどうするの」

 ピーちゃんが居なくなった寂しさを、相棒で何とか紛らわそうと一緒に同行していますが、何もできない腑抜けのような日々がしばらく続いていきます。

                 本日の体重 71、1キロ 徒歩数 2406歩
                                    11月3日の一言


犬に拳銃13発の千葉県警に600件の意見が

イメージ 1

 本日は夕陽が沈む頃になって、来年まで当番となっている町内のお地蔵様の賽銭を回収する家内について、相棒リマとともに同行し、そのまま足をのばして隣村まで歩いてきましたが、日頃から甘やかされている相棒は途中から抱っこされての帰宅となりました。

 数年前には、私が相棒を連れ出して遠くまで歩いておりましたが、最近は家内が連れ出しており、家内には旅行先でも腕に抱かれることを当たり前としていることから、散歩でも抱かれることがくせになっているようです。

 本年9月14日午前2時に、千葉県松戸市の住宅街で、地域の住民に次々と噛み付いた紀州犬に、3人の警察官が拳銃を向け、13発も発砲して犬を射殺した事件について、千葉県警には600件もの意見が届いているとの報道がありました。

犬に13発、千葉県警に意見600件 射撃の腕の問題?
記事の続き…
  なぜ、なかなか当たらなかったのか。「そもそも拳銃は動物を撃つには不向きです」。猟友会に所属するハンターの一人(64)はそう指摘する。獣を狙う散弾銃なら50メートル先でも狙えるが、拳銃は飛距離も威力も劣る。「当たったとしても動物はすぐには倒れず、動き回る習性がある。動物に不慣れで動かなくなるまで撃ち込んだら、13発になったのでは」という。競技射撃の経験者は「散弾銃を使うクレー射撃は別として、オリンピック競技でも、ピストルやライフルで競うのは動かない標的。訓練していても、犬のように動き回る標的は当てるのが難しい」と話す。
 警察庁によると、全国で職務中の警察官の発砲件数は2014年に6件9発。今年も9月末で今回の13発を除けば3件3発にとどまる。拳銃を使える場合を定めた警察庁の規範では、狂犬など動物を撃つことも想定されており、千葉県警も「適正だった」と話す。警察庁の把握では、12年に静岡県伊東市で、商店街に突進してきたイノシシに4発撃った例はあるが、犬への発砲例は把握していないという。
 13発の一部は犬を貫通し、住宅の外壁やブロック塀などに穴が開き、5世帯の10カ所で銃痕が見つかった。自宅の壁に直径5センチの穴が開いた30代の女性は「流れ弾の怖さを身をもって知った。2歳と5歳の子がもし外で遊んでいたら……。麻酔薬を投与するなど別の方法はなかったのか」と振り返る。
 今回の発砲後、松戸署と県警には計600件超の意見が電話やメールなどで寄せられた。「放置したら危険。よくやった」との励ましが1割ほどあったが、大半は「何で13発も撃ったのか」などの苦情だった。立正大の小宮信夫教授(犯罪学)は「緊急性があるとはいえ、住宅街で犬に向けて拳銃を連発しては住民の不信感を招く。犬がかみつくのはどこでも起こり得るケースで、警察は事前に想定して、捕獲道具や対応マニュアルを準備しておくべきではないか」と話す。

 飼い主でも手に負えない凶暴な紀州犬だったとは言え、深夜の午前2時という時間に、犬に対して3人の警察官が拳銃を向けて、13発も発砲して射殺する必要があったとは思えず、「よくやった」と励ましの電話が1割ほどもあったと言う警察の発表が信じられません。

 13発の一部は犬を貫通し、住宅の外壁やブロック塀などに穴が開き、5世帯の10カ所で銃痕が見つかったと報道されており、事件直後に松戸署の浜元裕彦副署長は「被害拡大を防ぐために、拳銃の使用は現時点では適正かつ妥当だったと考えている」と発表しているが、家の壁に直径5センチの穴が開いた家が存在したことを考えると「適正かつ妥当だった」とはとても思えません。

 さて、我家の相棒リマについても、散歩や旅行中など家の外ではおとなしくしているものの、家の中に入ってくる訪問者に対しては、激しく吠えるだけではなく、挑発されると噛み付きにいきますから、見た目はおとなしく小さくものの凶暴な一面も持ち合わせています。

 3人に噛み付きケガをさせた紀州犬ですが、国の天然記念物にも指定されており、人を噛み殺すような大型犬ではないことを考えると、拳銃による射殺以外に捕獲する方法があったと思われ、警察官以外の我々なら拳銃は使えません。

 最近では凶暴なクマでも捕獲後に山に返される例があり、凶悪犯に対しても拳銃で射殺することはまれなことから、犬については網や捕獲する道具を用意して、今回のような危険で残酷な対応を繰り返さないように望みたいものです。

本日の訪問者数 299848 明日か明後日には30万人を達成できそうです。
                  本日の体重 71、3キロ 徒歩数 4953歩
                                     10月8日の一言

救われたペットの命に

イメージ 1
ペットもガンとは闘わせないと主張する近藤誠医師 本日の読売新聞記事から

 本日の読売新聞にペットの病気について、人間のガン治療にもガンと闘わず共存を主張する近藤誠医師が、自分の飼っていた愛犬のガンの体験から、手術しても人間のように痛いとも言わないペットは自然に任せた方が良いと語られています。

 近藤先生の飼っていた愛犬が7歳の時に乳がんが判明したものの、手術で犬の寿命を延ばせるというデータがなく、人間のように治療効果に期待して我慢できないペットについては、注射や手術は虐待か拷問としか思えないとそのままにしたところ、愛犬はその後10年間も生きたと記されている。

 4年前に死んだ我家の愛犬『もも』は、4月の狂犬病予防接種を受けた直後より体調を壊し、近くの病院で「除草剤をなめた」として薬を処方されたものの、日に日に調子が悪くなり、薬を嫌がるようになったものの、獣医師から口を開けて薬を飲ませるように言われて与えたところ呼吸困難に陥りました。
 名古屋市内で夜間診療している病院へ運んだところ末期ガンにかかっていたことを知らされ、このまま安楽死させるか、家に帰って自然に死なせるか、万が一に期待して手術するかの選択を迫られ、手術したものの翌日に死にました。

 深夜に行われた手術直後に、「お父さんだよ」と声をかけると、麻酔の効いた状態で起き上がりヨロヨロと歩いてきましたが、その半日後に絶命しており、結果論として痛い思いをさせて手術をしなければ良かったことと、手術直後に私の声を聞いて立ち上がった『もも』の顔が今でも忘れられません。

 病気とは判らなかったものの、我家の『もも』は狂犬病の予防接種によって体力を奪われ、予防接種後の誤った診断と薬の処方が寿命を縮めたことに間違いがありませんが、『もも』は私に文句も言わずに死んでいきました。
 過去60年ちかく日本では狂犬病が発生していない現実と、予防接種後や混合ワクチン摂取後に死んでいく犬がいる現実を考えると、近藤先生や著名な学者によってペットの治療についても議論を高めてもらいたいものです。

あ、濁流に犬が…発見男性が飛び込み救出 飼い主と再会
記事の続き…
 翌11日、平野さんに飼い犬が救われたと聞いた柴康彦さん(50)一家が引き取りに来た。メスの雑種ももは、しっぽを振って家族に飛びついてきた。
 柴さんは10日早朝に避難指示を聞いて避難を決意。その時は浸水もなく、ももを避難所には連れて行けないと考え、首輪のリードを外していた。避難所のテレビで自宅付近が水没する様子を見た3人の息子は「ももが心配」と繰り返していた。
 柴さんは「よく生きとった。平野さんには感謝してもしきれない」。三男の亮平君(10)は「生きてて本当によかった」とももをなでた。平野さんは「放っておけず、必死で泳いだ。家族が喜ぶ姿を見られて、うれしい」と話した。

 さて、茨城県常総市の鬼怒川の堤防が決壊した災害の中では、愛犬が一緒に救助される姿が発信され、本日も濁流に流される犬を救出した記事が紹介されてきましたが、偶然にも我家の『もも』と同じ名前の犬が救われたことに、私も救われたような気持ちにさせられました。

                 本日の体重 70、7キロ 徒歩数 8538歩
                                     9月15日の一言

久しぶりの相棒と2人だけのドライブへ

イメージ 1

 台風18号は愛知県の知多半島に上陸し、全国各地に多大な被害を残しましたが、直撃した愛知県で台風の進路の直下にありながら、私の住む津島市は台風の強風だけでなく雨の被害も少なく、台風のため議会日程を変更したことが嘘のような結末となりました。

 ただし、私の住む農村部においても、多くの水田が利益にならない稲作を捨て、太陽光発電のソーラーパネルが並べられた発電所になったことにより、これまで降雨時の雨水を保水していた水田が無くなったことから、農業用水の水が住宅地に溢れ、危険を感ずる市民の悲鳴が漏れてきました。新たな防災対策が必要になってきました。

 添付した写真は私の助手席を指定席としている私の相棒リマですが、私と2人だけのドライブは久しぶりで、9月になって2回名古屋市の動物病院に連れていかれ、数日前にも家内と来ているだけに、何処に連れて行かれるのか心配しながらのドライブとなりました。

 相棒の表情から、5年前に3ヶ月の約束で我家に預かり、飼い主に返さなければならなかったものの、目を合わせたときから別れられなくなり、私の外出時にも助手席に乗せて連れ出していた頃を思い出し、助手席から外の景色を見ながら、「何処に連れていかれるんだろう」と車窓を眺めていた相棒の姿を思い出しました。

イメージ 3愛犬との最後のドライブかもしれず  2010/3/23(火)

ついにやってきた愛犬との別れが…  2010/3/22(月)

 右の写真が当時の相棒ですが、飼い主から預かる時に車に乗せられて我家に来て、飼い主のもとに帰っていくためか、私の助手席に座るのを好み、それ以来は家族のドライブや旅行には必ず連れていっているため、我々が出かける時には置いていかれるのが嫌で、出かける様子を察すると一緒に行くために必死でアピールします。

 家族で出かける場合は必ず車に同乗しており、最近では上高地に行くときも相棒のためテント生活になり、四国遍路においては、家族が旅館やホテルに宿泊しても私は相棒とともに車中泊となりました。一週間後の四国行きも一緒ですが、相棒と2人だけのドライブは本当に久しぶりのことになっていました。

イメージ 2

 本日は新しく購入したタクシー車両に、新たな料金メーターを取り付けるため、午前中に名古屋市熱田区まで車を運び、夕方に引き取りに走りました。
 今月24日にキャラバンと2台で東海市にある愛知県のメーター検査所に走り、検査に合格するとメーターが封印されますが、メーターは本日から使用が可能になりました。

                   本日の体重 70、1キロ 徒歩数 3924歩
                                      9月10日の一言

母親よりも相棒のため走る…少しは反省

イメージ 1

イメージ 2

 本日は夜になってから相棒リマ(ポメラニアン雄7才)を連れて名古屋市港区の動物病院まで走ることになりました。

 「リマちゃんのお腹なんだけど…」
 「そのうち自然に治るだろう」
 「それが増えてきたようなんだけど…」
 「明日に連れて行こう」
 「明日は○○さんに行くんじゃない」
 「じゃー、明日の夕方かな…」

 かつて、家の軒先につないであった我家の犬たちなら気にもならなかったような、相棒リマのお腹にできた皮膚のただれでしたが、毎日私の3メートル隣で寝て、一緒の台所の食卓で生活する環境では我子のように気になります。

 「明日まで延ばして手遅れではいけない」と、今にして思えば考えすぎでしたが、夜7時30分まで受付ている名古屋市の動物病院まで慌てて家内と走ると、添付した写真のように病院前と横の駐車場は満杯で、道路にも車が停車して待機する状態で、道路を挟んだ20台程度停められる駐車場も満杯です。

 この動物病院には、私が横井庄一記念館で意気投合した馬の獣医さんセントレア(ブログ名)さんの息子さんが勤務しておられ、4年前に足を骨折したヒヨドリのピーコを箱に入れて、私が相棒とともに連れて行ったのが初めてで、その後の通院でこの病院の前に行くと相棒は震えて家内の胸から離れません。

相棒の診察で知った知人の訃報  2014/4/17
4年前にピーコとリマを連れて行った一言 2011/9/22(木)

 幸いにして、簡単な皮膚のただれで、診察も女性医師だったことから、相棒は痛い思いはしませんでしたが、それでも病院に連れて行くと、薬を処方され、いただいたシャンプーで洗い方まで指南された挙句に、一週間後に再検査を受けることになりました。

 10日前に救急車で運ばれた私の母親よりも手厚い看護に、家に残してきた母親が怒っているのではないかと家内と話しながらの通院となりました。

ペットと避難の心得 ワンコと発信

和歌山)ニタマ、子猫から「会社の顔」に
記事の続き…
 帰省中に遊びに来た埼玉県ふじみ野市の谷津由梨さん(10)は「ニタマちゃん、かわいかった。たまちゃんには生きている間に会うことはできなかったけど、ニタマちゃんには頑張ってほしい。応援していきたいです」と話していた。

 笑い事にしていては不謹慎ですが、ペットも今では完全に家族の一員となっており、母親の心配をしない一方で、たかだか皮膚のただれでも「万が一」と病院に連れて行く姿は今にして思えば異常かもしれませんが、それを異常とも思わず走った私を異常とも思わない家内も完全に異常ですね。

 今年の4日間の上高地のテント生活で、神々しい穂高連峰からの空気と、六百山から天然に湧き出る清水で、健康に良い食材のみを口にして運動すれば、2週間もあれば完全に身体の中身が入れ替わると確信し、先週訪れた保健センターの管理栄養士さんに、「上高地で2週間分の食事」を指南してもらうよう依頼しましたが、同じような考えで岐阜県下呂市から『脱メタボ』の発信がありました。私自身の参考にするとともに、皆さんの参考にしてもらいたい発信でもあり添付しました。

脱メタボにも高地合宿 下呂の施設、来月
記事の続き…
専門家が指導する「脱!メタボ合宿」で健康づくりにも役立つとアピール。選手以外の利用促進もめざす。
◆アスリート以外の利用 アピール
 濁河温泉は「飛騨御嶽高原高地トレーニングエリア」(高山、下呂両市)の中にある。このエリアは、高トレでは全国に2カ所しかない文科省指定ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点施設の一つで、酸素が薄い高地の特性を利用して、心肺機能や代謝を高める。東京五輪に向けて注目度が増した。
 「脱!メタボ合宿」は、標高約1700メートルにある下呂市濁河温泉高原スポーツレクリエーションセンターが会場だ。トップアスリートが合宿に訪れるイメージが強く、誰でも利用できることがあまり知られていないという。市は、一般の人の関心が高いメタボをテーマにした合宿によって知名度のアップを図る。
 合宿では、施設を運営するNPO法人の理事長で高トレに詳しい杉田正明・三重大教授や、健康運動指導士糖尿病内科医らが参加者を指導。血中の中性脂肪を抑制するという地元特産のエゴマ油を使った料理も用意して、地元の観光名所の滝巡りを交えた散策や早朝ウォーキング、専門家による講演などを催す。
 市の担当者は身長183センチ、体重100キロという小坂振興事務所の倉田誠・小坂地域振興課長(54)。「私も参加するので、合宿前と後の違いをぜひ見てほしい。今後は定期的な開催につなげたい」と話す。合宿だけでなく、その後の行動目標や継続支援の方法も確認するという。
 濁河温泉では、昨年9月の御嶽山噴火で激減した宿泊客がまだ完全には戻っていないといい、地域を元気づける狙いもある。
 合宿は10月2~4日で、費用は1万円。先着15人。問い合わせは下呂市小坂振興事務所(0576・62・3111)。

                 本日の体重 70、0キロ 徒歩数 3414歩
                                     9月2日の一言

乗鞍ご来光からの続き…上高地へ

イメージ 1
11日午前8時頃の上高地大正池です
 
 『ここから私のホームグランド上高地入りです』の一言は、今週火曜日の最後に残した書き込みで、続編がないため上高地に滞在したままと勘違いしていた知人もあり、慌てて上高地当日の写真を添付しました。

 この日は乗鞍岳のご来光を見た後に、乗鞍スカイラインを下り、安房トンネル釜トンネルを通り、午前7時30分に大正池へ到着しました。
 先週の4日間の天候が良かっただけに、曇りガラスのかかったような上高地は残念でしたが、添付したような幻想的な光景が体験でき、厳しい陽射しが無かったことで過しやすい一日となりました。

 津島市から7人で上高地を訪れましたが、男性は小梨平のホームレス画伯こと、渡辺さんにお茶を出してもらって談笑に花を咲かせ、女性は明神池まで足を延ばし、12時にバスターミナルに集まり、平湯温泉に入り、途中の板倉ラーメンに立ち寄りながら、午後7時には各自を自宅へ送り届けました。 
 
ドーベルマンにかまれ4人けが、飼い主を書類送検へ

 今年5月に名古屋市守山区の路上で通行人4人に噛み付いて負傷を負わせたドーベルマンについて、飼い主の70代男性を過失傷害の疑いで、週内にも書類送検する方針を固めたと報道され、通行人らを襲った4歳の雄1頭は、名古屋市動物愛護センターに保護された後、6月中旬にボランティアに譲渡されたと記されてきました。

 誰もが危険と感ずるドーベルマンを飼おうとする飼い主の心情も理解できませんが、人を噛んだから犬が保健所に連れていかれて薬処分されるのも理不尽で、危険な犬を安全に飼育しなかった飼い主の責任を問う反面で、犬が保護された現実にホッとする報道ともなりました。

イメージ 2
 我家の相棒リマ(ポメラニアン雄)ですが、旅先(上高地)では家内のバックの中で人間の赤ちゃんのようにおとなしくしているものの、すれ違う人に突然触られると噛み付くこともあり、気をつけてはいるものの、こんな小さな犬でもアクシデントの可能性は否めません。

 さて、我家の周りを歩いていると、道端に放置された犬のフンの多さに不快にされますが、散歩を犬の排便と考えている人も多く、衛生面でも地域を汚らわしくしています。

 添付した人を噛んだドーベルマンや、フンを放置していく犬についても、犬が悪いのではなく、飼い主が飼い主として責任を果たしていないことが原因で、無責任な飼い主の責任を強化して、犬が人間の家族として社会の市民権を得るようにしたいものです。

                本日の体重 70、5キロ 徒歩数 2183歩
                                     8月14日の一言

ペットが主役の家庭が待っています

イメージ 1
四国遍路中の助手席は相棒リマの指定席でした

 先週の三連休に四国遍路に出かけましたが、18日未明の神戸周辺は山陽高速や阪神高速の通行止めが続き、国道2号線は大渋滞で動かず、夜行で出かけたものの神戸市で朝を迎えてしまいました。この車中には相棒リマも我慢して乗っていました。

 西日本に大きな被害をもたらした台風11号は17日に通過しており、台風一過の天候に期待した四国行きでしたが、17日深夜から18日朝まで神戸周辺の高速道路の通行止めが続いてびっくりしたものの、新聞報道ではその後も通行止めが続いて復旧のめどもたたない被害にびっくりとさせられました。

3カ所通行止め 六甲山周辺など土砂崩れ  2015年7月21日
記事の続き…
六甲山トンネルの南側入り口付近で、土砂止めのネットにたまった土砂が道路に流れ出る危険があるという。
 六甲山牧場と森林植物園の間の県道も、2車線のうち片側のアスファルトが幅約6メートルにわたって崩れ、通行止めになっている。
 神戸市北区の藍那インターチェンジ(IC)そばでは、崩落した土砂や倒木が県道を完全にふさいだ。神戸西IC南交差点との間の通行ができなくなっている。状況を見に来た自営業の男性(43)は「明石市の仕事場に行くのに便利な生活道路。周辺の集落の人も困っているはず。早く復旧してほしい」と話した。

 スズメを保護した書き込みが続々と…

同じで~すU+1F425 (けんちゃん)  2015-07-21 17:25:20
我が家にも今月 13日に台風の風にあおられ落ちていた雛を息子が捕獲!
初めは可愛さより ちょっと…U+1F4A7
一時間おきのえさやり 今は暑いなかでの水分補給。小さな命 見捨てるよりも育む勇気をもらいました。こうしている間も携帯の私の手を渡り歩いています。
そして松田聖子ちゃんの歌が大好きな我が家の次男坊です。(息子が弟分にしたので…)

はじめまして (moca) 2015-07-23 17:10:13
こんにちは!ブログ拝見させていただきました!
会社の上司が、会社の前の通りに落ちていた小さいスズメのヒナを保護し、現在、悪戦苦闘しながら餌をあげている最中です。私の家にはデグー(ねずみ)がいますので、一緒に飼うのは難しいかなと思い、動物病院に電話したものの、元の場所に戻すようにと言われて、親鳥も巣もみつからず・・・、放置するにもそんなことできず、手元で育て始めた状況です。
文鳥なら赤ちゃんの時から育てて経験はありますが、スズメを保護した経験がなく、膨大な不安を抱えております・・・。
夜中も何度も起きて元気か確認しておりますが・・夜中に餌は与えなくても大丈夫なのでしょうか・・。
ちなみに、スズメの雛の名前を「ちゅんすけ」と付けました。まだ羽がきれいにはえていなく、ところどころ裸の状態です。元気に育ってくれるか不安です・・。

 添付した記事は、私のグーブログコメント欄に書き込まれたコピーですが、全国各地で巣から落ちたスズメのヒナを保護した人が存在していることが判り、小さな命を救うため頑張る人々の存在に心が温まります。

 野鳥であるスズメを飼育することは条例で禁止されており、行政に相談しても保護した場所に戻すよう指導され、野鳥園に持ち込んでも引き取ってもらえず、元に戻せば死んでしまうと訴えても、「それも自然」と冷たい言葉しか返ってきません。

 スズメを治療できる獣医さんもほとんど存在せず、スズメを保護した経験者のネット情報を探して昨年5月より飼育を続け、今月には県内で保護されたヒナの飼育を依頼され、2羽のスズメのお父さん役になりました。

 本日の夜には、扉を開放してあったそれぞれの鳥カゴから、先輩ピーちゃんが飛び立ったのに遅れてはならじと、ピヨちゃんも私の元に飛んできました。
 びっくりです。昨年保護したピーちゃんが半年かかった手乗り状態に、保護されて1ヵ月も経たないピヨちゃんが、勝手に飛んできて逃げても行きません。

 世間から悲惨な事件や事故が報道されてくる中で、我家に帰れば相棒リマとピーちゃん、ピヨちゃんが待っている環境と、私だけを頼りにしている愛雀に、わが子にも注げなかった愛情を込めていきたいと思う一日ともなりました。

                  本日の体重 71、2キロ 徒歩数 2392歩
                                     7月23日の一言

愛犬モモの四年目の命日です

イメージ 1
 
 本日は我家の愛犬モモが逝って4年目の命日となりました。平成14年5月8日生まれで、平成13年3月3日生まれの初代モモが我家に来て3ヶ月後に交通事故で亡くなったため、1年間待って生まれた初代にそっくりで生まれ代わりとしか思えず、台所で交通事故にあわないように生活させていました。

今は亡き愛犬の兄弟犬と出会って  2013/3/9

我家の愛犬モモ逝く  2011/4/28

 モモは我家の庭の裏鬼門(南西)の角に埋葬してあり、4年の歳月の経過により見事な苔に覆われていますが、本日はモモの前で「般若心経」を唱え、在りし日のモモを偲ぶ一日となりました。

 4年前の前日に、夜搬送した動物病院で、「このまま安楽死させるか、家に連れ帰って死ぬのを待つか、万が一の可能性に賭けて手術」の選択を迫られ、私の判断で手術を選び、翌日に死なせてしまった後悔と、病院から車に乗せて泣きながら語り続けて連れ帰った悲しみが今でもよみがえります。
 もうすぐ9才を迎える直前でしたが、身勝手に手術を決断して死なせてしまった後悔と、直前に狂犬病の注射で体力を奪い、診立て違いで末期ガンのモモに薬を無理やり飲ませた悔いが残り、何も文句も言わないままに我慢したモモを思うと言葉が見つかりません。

 『鬼門と裏鬼門は陰と陽の切り替わり点にあたり、気(天地のエネルギーや波動)が乱れやすい方位なので、悪気や邪気が溜まりやすく、字のごとく「鬼や幽霊がつけ入りやすい」といわれています』

 裏鬼門に死んだ犬を埋めることを不浄と言った人がありますが、飼い主を疑うことなく、わたしを「お父さん」と思ったまま死んでいった愛犬モモは不浄ではなく、裏鬼門で我家の悪気や邪気を守っていてくれると信じ、私の父親や先祖でも埋められていない庭で、今も存在していると思うと、こうして記している間にも涙が堪えられなくなって溢れてきます。

 「入院すると投票できないから…」と、末期ガンで死を迎えることを現実とし、2日から3日経過しても熱が下がらなければ入院と言われた市内のOさんから、期日前投票に同行を依頼する電話を貰い、訪れたボランティアから、ベッドから起き上がるのに2時間かかって投票に連れて行ったOさんの話を聞いたときも涙が止まりませんでした。

 福祉有償運送というボランティアによって、昨年にも死を宣告された独り暮らしの尼僧さんの通院に同行し、家内が遺影を入れる額の購入や、死後の支払いの準備のため銀行に同行しましたが、こうした最後の別れを体験して人と人との本当の支えあいを実感させられる機会が増え、その中の一人に(人間と同列にしては失礼ですが)愛犬モモも存在しています。

                本日の体重 78、9キロ 徒歩数 4963歩
                                     4月28日の一言

愛犬モモの死からまもなく四年が経過して

イメージ 1
 
 添付した写真は我家の愛犬「モモ」で、4年前の平成22年4月28日に亡くなっていますが、この写真は亡くなる直前の今頃のもので、我家から私が畑に連れ出したため、家内に連れられた車中の相棒「リマ」が必死に吠えていました。

我家の愛犬モモ逝く 2011/4/28(木)の一言  http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/44992033.html
 
 平成14年5月8日生まれで、まもなく9才になるところでしたが、モモは二代目で、その前年の3月3日生まれの愛犬「もも」が、家に来て3ヶ月しかたたない7月に自宅前の道路で轢かれて死んでしまったため、一年待ってもらった先代と瓜二つの愛犬でした。

 頭が良くて何でも理解して多くの芸を覚え、我々と会話も通じそうな愛犬でしたが、甘えん坊で寂しがり屋で、私たちが旅行に行く時には「ヒー、ヒー」と鳴いていた姿が昨日のように脳裏に浮かんできます。

イメージ 2 相棒リマが旅行にも同行し、家中を自由に行動しており、スズメのピーちゃんが私の手の中で眠っている現在の姿に、かつての主人公であったモモが元気で存在していたらと思ってもその姿は存在いたしません。

 携帯電話とパソコンに残された画像を眺めながら、選挙が近づくにつれてモモとの別れから4年間が経過したことを実感し、「まだ4年」と「もう4年」の挟間で、生年月日を忘れていく現実の寂しさを実感して本日は写真を添付しました。

 さて、選挙を控えて多くの新人候補者が市内を歩き廻る中で、私は過去に縁のあった人々だけを頼りに生き残りをかけますが、多くの人々が亡くなられている現実とともに、私の16年ぶりの訪問に心から喜んでいただける人々の存在に、悲しみと喜びが入り混じる一日となりました。

 一方で、還暦を過ぎた今になってからの新しい出会いも多く、遠来からの訪問者を複数出向かえ、仲間の応援のため名古屋市に足を運ぶ一日ともなり、私を通院の足として頼りにされるボランティアが今週は毎日続いており、明日も家内は複数の人を病院に運んでいきます。

 出会った人々と、天国に居る父親や叔母、後援会長や支援者の人々の思い出話に花を咲かせるとともに、我家の庭に眠る愛犬モモや、輪禍によって犠牲になった愛猫を思い出す日々がしばらく続きそうです。

                本日の体重 71、0キロ 徒歩数 3703歩
                                  2月19日の一言
 
 

相棒の環境対応に感心する一日に

イメージ 1

 我家の相棒は、私の助手席に座って出歩くのが好きですが、目的地では店内に入れないため留守番となるものの、本日訪れたホームセンター「バロー」はペットも連れて入れるため、相棒もストレスをためることなく同行しています。
 
 我家では暴君ともなり、来客に対しては果敢に飛び出して吠え続け、噛み付きそうな態度をしていますが、外では可愛い愛犬に変身し、「まあ、可愛い」と言われてカートの中でおとなしくしています。
 
「後藤さんの声の可能性高い」 新たな音声に菅官房長官

 安倍晋三首相は30日の衆院予算委員会で「テロには屈しない。これが基本原則だ。その中で、なんとか日本人を救出したい」と強調したと報道されていますが、日本独自でイスラム国と交渉するパイプはなく、他国の動向に委ねるしかないのが現状です。

 そもそもが、国家とは認められないとは言え、安部首相がイスラム国への対抗策として2億ドル(約240億円)の支援を敵対国で表明し、「イスラム国(ISIL)と闘う周辺各国を支援する」とうたいあげたことが原因であり、日本人2人が人質として殺害予告をされてから「人道的支援」と訴えても弁明にもなりません。

 私自身の英語が堪能ではありませんが、当時の演説で安部首相は、わざわざ「支援はイスラム国の脅威を食い止めるため」…「イスラム国と闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束する」と発言しており、発言する勇ましい態度からは米国や英国と同じ立場からの軍事的支援としか映りませんでした。
   
 人質事件が表面化してからも、「テロには屈しない…日本人を救出したい」と発言を繰り返しているものの、交渉や情報収集は他国任せで、イギリスや米国のように独自で救出に向かうことも法的にはできず、自らの失言に対する反省は聞こえてきません。
 
 私の無責任な思いかもしれませんが、イラクのフセイン政権に介入した米国の軍事介入こそが内政干渉であり、国として混乱させたまま撤退した結果が現在も続いており、フセイン政権が続いておれば国内の反体制派としてイスラム国に対処していたと思われ、他国の紛争に偉そうに介入した大国主義と米国に追随するだけの日本の限界を感じられずにはおれません。
 
 我家の相棒について、一国の首相と対比させることは不謹慎ですが、我家の縄張り内に入ってくる訪問者には勇ましく猛々しいものの、外へ散歩に連れ出したり、ホームセンターではおとなしくしている姿に動物の直感力を感じさせられ、人質の存在を知りながら不用意な発言をした安部首相のパフォーマンスは鈍感すぎたと言われても弁解できるのでしょうか。

               本日の体重 71、7キロ 徒歩数 8138歩
                                    1月30日の一言
 

久々に相棒と名古屋までドライブへ

イメージ 1
 
津島市の消防出初式が本日の朝9時から天王川公園で開催されました。

 
イメージ 2
 
午前11時からは津島市文化会館で成人式が行なわれました。
イメージ 3

 最近では私がスズメのピーちゃんと一緒に居ることが多く、それを見る度にストレスを溜めている相棒リマでしたが、本日は久しぶりに名古屋行きに同行させ、「おいで」と呼ぶと自分の指定席となっている助手席に座ります。
 
 相棒リマ(ポメラニアン雄)は、平成21年12月に3ヵ月の約束で長男が預かってきたものの、私の小学生の頃に飼われていたスピッツの「マル」が戻ってきたと勘違いするほど顔が似ており、一緒に車に乗せ、一緒にコタツで寝ているうちに別れられない関係となり、返す日を延ばしているうちに飼い主の都合で我家の家族になりました。
 
 最初に連れられてきた時に、車で連れてこられたためか、私の助手席で外を眺めることが好きで、添付した写真のように車窓から景色を眺め、車で外出するときにはついてきたがり、買い物だけでなく、旅行にも家族と一緒に乗せて行きます。
 
 3年前に旅先でリマと一緒に寝るためテントを買い揃え、家族が宿に宿泊しても、私だけはリマと一緒に車中泊となり、相棒を主役にしたドライブや旅行を続けてきましたが、最近では私の5歳になる孫が私の助手席に座りたがるため、久々に主役となるドライブになりました。
 
 本日の名古屋行きは、事務所の2階を整理するための整理棚を購入するためでしたが、店舗はシャツターが降りており、日曜・祝日は休みであることが判り、引き返しましたが…
 
 「火曜日に来ようか」
 「どこか近くで買ったらどう?」
 「ここは安いから…」
 
 本日訪れた事務機の栗田商会は、安いことはもちろんですが、今から30年ほど前に私が店舗を新築した際にイスや書架などを購入しており、ここの社長の弟になる知多の早川さんは名鉄の資材部長を務められた人で、私のために知多の営業所に出向き、名古屋本店まで同行していただいた恩があります。
 父親の職場である名鉄の先輩たちが、私のことを家族のように心配してくださり、少しでも私が得をするように同行していただいたり、親切にしていただいた恩は忘れたくありません。 
 
 
 さて、名古屋からの帰り道に、久しぶりに横井庄一記念館に立ち寄り、話に花を咲かせていましたが、家内と一緒に訪れたため、「あんたたち、何か話があったんじゃないの」と、88歳の独居老人を心配して訪れたのに逆に心配されてしまいました。
 
 記念館の前の道路が拡幅されるため、削られる分を隣の土地と交換する話になっており、「先で家も建てられるからね」と先の長い話があった反面で、「あと一年位は生きられそうだから…」と聞きたくない話があったり…
 
 横井庄一記念館の存続について、私自身も無責任ではおられない話をした過去があり、夫人が亡くなった後も存続させるため、具体的な計画を実行すべき日時が経過しており、最近夫人と同年や同世代となる著名人の訃報が続いているだけに、何とかしなければと思う一日ともなりました。
 
               本日の体重 71、5キロ 徒歩数 3407歩
                                   1月11日の一言
 
 

相棒とともに開店したスポーツデポ蟹江店へ

イメージ 1
 
 我家の相棒リマのお気に入りの一つが私の助手席で、車窓から見える風景と、窓から入る涼しい風がお気に入りで、長距離移動の際には後部座席に相棒のスペースを用意しますが、助手席から離れません。
 
 本日から12月議会が開会し、午後1時半には終わりましたが、議員になった際に配布されていた防災服の回収が本日付のため、市役所に届けるとともに、相棒に家内と三男を伴って蟹江町に本日開店した「スポーツデポ」へ向かいました。
 
 相棒は3ヵ月間だけ預かる約束で我家に来ましたが、長男に車で連れてこられたため、飼い主のもとに帰りたかったのか、私の車に乗って出歩くのが好きで、一緒に出かけるとともに、深夜も相棒と一緒に寝ていると別れられない関係になってしまいました。小学生の頃に飼っていた「まる(スピッツ)」が、生まれ変わって帰ってきたとさえ思えました。
 
イメージ 2 本日開店したスポーツデポは、桑名市にも大型店舗が存在し、10月にアシックスのランニングシューズを買ってきました。
 
 ただし、使いふるしたアシックスシューズより底が固いため、ガムテープで補修した前のシューズの方が履き心地が良く、最近はじめたウォーキングや短い距離のランニングでも足腰に負担が増えました。
 
 三男は柔道整復師の仕事をしていますが、元々が陸上や自転車の実業団チームに所属していたことから靴については詳しく、最近では患者さんのリハビリで靴の中敷を調整したりしているため指南役としてついて来てくれました。
 
 私はアシックスのシューズにこだわっていますが、値段にもこだわりがあり、7千円以下と決めているものの、三男に言わせると「高いシューズから選ぶ」と言い、私は軽くてクッションの良い靴を選びますが、三男は力が逃げない固い靴を選ぶと言います。
 
イメージ 3 もっとも、三男は「自分にあった靴が高くても、足腰を痛めて治療院に行くよりは安くつく」と言い、接骨院の患者さんの靴選びや痛みを和らげる靴の調整をしているようで、本日は私の希望するクッション役のインソールを選んでくれました。
 
 高い靴はインソールも良い物が使われているとの事で、本日購入したインソールを入れ替えて歩くと、確実に足への衝撃が減り、走っても足腰や膝への負担が軽くなりました。
 
 高価な靴も履きましたが、インソールを工夫することで安価な靴でも履き心地が一変することを実感する購入となりました。
 
 この店舗にはスポーツデポだけでなく、ニトリやダイソーも入っており、近くに大型ホームセンターやスーパーも存在することから、確実に顧客の足が向くのは確実で、隣接する市町に次々とオープンするショッピングセンターと、何も進出してこない津島市を考えると複雑な一日にもなりました。
  
               本日の体重 72、9キロ 徒歩数 9724歩
                                   11月28日の一言

犬が小学生を噛む事件が起こり

 本日の報道では、大分県中津市で、通学中の児童が犬にかまれてけがをしたと通行人から110番通報があり、小学生と幼稚園児の男女計7人(6~10歳)が手足などを犬にかまれ、数日から2週間程度のけがをしたと発信されています。
 
通学路の児童、泣き叫びパニックに 犬にかまれ7人けが
 
登校中の小学生ら、犬に襲われる 7人が手足にけが
記事の続き…
 現場はJR日豊線の東中津駅の南約850メートルの地点。近くに住む無職大塚之規さん(71)は、児童らの声が騒がしいのに気づき、家の外に出たところ、犬が子どもを追い回し、次々にかみついているのを目撃した。「子イメージ 1どもたちは泣き叫び、パニック状態だった。ほかの大人たちと3人で犬を子どもから引き離した」と話した。
 福岡県朝倉市では今年2月、小学生や幼稚園児ら3人が、大型犬のバーニーズマウンテンドッグ3匹に顔などをかまれ、けがを負う事故が起きている。飼い主はリードを外して散歩中だった。山梨県笛吹市では2012年5月、飼い主と散歩中だった土佐犬に首をかまれた女性が死亡。リードをつけていたが、犬の首輪が外れ、襲いかかったという。
 犬のかみつき事故は減少傾向にある。環境省動物愛護管理室によると、1979年度は1万3312件だったが、12年度は4198件。大半が飼い犬による事故だった。同室の担当者は「飼い主にマナーやモラルを呼びかける必要がある」と話している。
 
 今回の事故について、事故現場周辺では見かけない犬と報道されているものの、首輪をした飼い犬とみられ、捕獲されたされた後の姿は凶暴な犬とは思えず、飼い主が早く名乗りでて責任を果たしてもらいたいものです。
 
 私の幼少時に父親が知人から貰ってきた白い秋田県「シロ」がいましたが、つないであった鎖が取れたときに近所の鶏を噛み殺したとして保健所に連れていかれ、悲しい別れがあったことを今でも忘れられません。
 
 私が小学生の時になりますが、私についてきた捨て犬「ジャンプ」を愛犬として飼っていましたが、中学生になった時に近所から無届の告げ口が保健所にあり、元々家で飼っていた犬がいたため、私が家に居ないときに何処かに連れ去られていきました。
 
 また、他所からの訪問者に必ず噛み付く愛犬「エル」もいましたが、この頃は私が親も困る非行少年になっていたことから、「鎖でつないである犬に近づいた相手が悪い」と、責任をとって保健所に出そうとしていた家族から守ったこともありました。
 
 「シロ」、「ジャンプ」、「まる」、「エル(噛み付く犬)」、「マル」、「チビ」、「クロ」、「もも(僅か3ヵ月で交通事故死)」、「モモ(ももの妹)」、「リマ」…
 
 私の家庭にはいつも愛犬が存在してきました。それぞれに個性(癖)があり、今にして思うと懐かしい家族の一員ですが、過去には外で風雨にさらされていた番犬が、「クロ」から土間で飼われ、「もも」と「モモ」は台所で生活し、「リマ」に至っては私の相棒として、我家の子供役として旅行も一緒に行動するようになりました。
 
 もっとも、人間と同じ生活をしている「リマ」も、外出先ではおとなしくしているものの、我家や事務所に入ってくる来客に対しては吠えるだけでなく、隙あらば噛みつこうとしますから、我家では相棒優先で対応しており、事務所の内側に入れないように柵が置いてあり、それを越えて勝手に入らないようにビラが張ってあります。
 「リマ」も来客には吠えますが、一人だけは言うことを聞いて隣りに座ります。この知人は、相棒にオヤツを与えるためで、飼い主が工夫すれば愛犬は我が子より従順になります。
 
 本日の噛み付き事件の記事を読み、添付した写真を見るかぎり、事件は起こしたものの凶暴で手がつけられない犬ではなく、飼い主が名乗り出て責任を取り、しっかり管理して飼い続けて欲しいと祈ります。
 
            本日の体重 73、1キロ 徒歩数 9907歩
                                  11月19日の一言

本日の相棒リマとの時間

イメージ 1
 
 「ピーちゃん」
 「ぺロ、ぺロッ…」
 「なんだァ、リマちゃんか」
 
 私がスズメのピーちゃんを呼んでいると、「リーちゃん」との勘違いか意図的かは判りませんが、相棒リマが走ってきて私の手を舐め回します。
 
 やはり、我家の主役は相棒リマなんですが、この相棒も平成21年の年末に3ヵ月の約束で息子が預かってきた境遇で、毎日一緒に寝ていた私が別れられなくなり、返すのを1週間から1ヵ月延期してもらい、2ヵ月延期しているうちに、飼い主(ドイツからの留学生)の事情もあって私の相棒となりました。
  
今日も「今日無事」となる愛犬との一日   2010/4/6(火)
              http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/43155557.html
 
 我家に来た当時は、相棒は飼い主を想って散歩中に出会う若い女性が気になってしようがない様子に、相棒とは別れたくないものの可哀想に思っていました…
 
 「ガリガリ(おーい)
 「はい、はい」
 「ガウッ(早く来い)
 「はい、はい」
 
 私の夕食時には一緒にいるのが当たり前と思っており、来客があり夕食が遅れた今夜はすでにゲージに入れられていたものの、私が食べる度に床を引っかいて食べ物を持ってくるのが当たり前として催促します。
 
 旅行(上高地や四国遍路等)は私と一緒に車中泊かテントで、朝の挨拶に舐め回され、私の衣類や寝具に自分の匂いをこすり付け、私が食べる物は自分も催促して当然と思っています。
 
 部屋を飛び回るピーちゃんは、私の胸をめがけて必死で戻ってくるし、私の事務所への来客には自分が警備隊長とばかりに必死で向かっていく相棒リマとともに、ペットとの幸せな日々が続いていますが、ピーちゃんの散らしたエサを狙って入ってくるネズミには同情もできず、心を鬼にして退治です。
 
                 本日の体重 73、3キロ 徒歩数 1万1073歩
                                   11月12日の一言

原発被災地の愛犬悲話に

イメージ 1
 
 東日本大震災の東電原発事故によって、居住制限区域から避難生活を送っている人々の飼っていた愛犬が、避難場所に飼い主と一緒に住めずに、岐阜県富加町のNPO法人に保護されており、今回一時避難した飼い主のもとへ13頭が里帰りしたとの発信がありました。
 
原発事故で避難中の犬が一時帰宅 飯舘村で飼い主と再会
 
 犬嫌いの人からすればたかだか犬くらいと思われるかもしれませんが、愛犬に「お父さん」と認識させ、人と同じ家族として旅行にも同行させている私からすれば、親子の別れにも等しく、人災とも言える原発事故でこんな悲しい現実が改善されないことに怒りすら覚えるとともに、我々に伝わってこない悲劇がまだまだ存在しそうに思います。
 
 原発事故の放射能を浴び、牧場から開放された捨て牛が被災地をさまよう姿が報道された時期もありましたが、人間だけでなく家畜やペットまで考えると、原発の安全も確約できないまま再稼動をすすめる自民党政権や電力会社の気持ちが理解できません。
  
狂犬病感染、厚労省が実態調査へ 台湾での発症受け
記事の続き…
狂犬病発症前後の犬などの動物に人がかまれると、唾液(だえき)に含まれるウイルスに感染する恐れがある。発症すると有効な治療法はなく、呼吸障害などでほぼ死亡する。世界保健機関は、世界で年間6万人以上が死亡していると推計する。
 国内では狂犬病予防法で、飼い犬の登録や年1回の予防接種が義務づけられ、1958年以降は人でも動物でも発生していない。2012年度の犬の登録頭数は約679万頭で、うち7割にあたる約491万頭しか予防接種を受けていなかった。登録していない犬も多いとみられ、実際は4割程度しか予防接種を受けていないとの推計もある。
 
 一方で、日本では50年以上感染報告のない狂犬病について、日本と同じように感染例がなかった台湾で昨年、イタチアナグマで感染が確認されたのを受け、厚労省が統一した基準を設け、検査体制を整えることにしたとの報道も気になるニュースとなりました。
 
 新聞記事にも記載されていますが、日本国内では狂犬病予防法によって予防接種が義務付けられているものの、実際には4割程度しか予防接種を受けていないと報道されているものの、これについても登録されていない犬の存在を考えると実態は判らず、犬を家族と考える飼い主を意識した接種方法の改善も急務です。
 
 3年前の狂犬病の予防接種に、私は愛犬モモと相棒リマを連れていきましたが、注射が痛いと判っているモモが逃れようとするのを獣医が、まるでゲームのダーツを投げるかのように注射を打ち、モモの悲鳴を聞いたリマも後ずさりしました。
 
イメージ 2
 右に添付した写真は、3年前の予防接種会場で家内に抱かれるリマと、足元がモモですが、動物病院では見られないまるで牛や家畜でも扱うように注射を打たれました。
 
 このときに注射を打つ獣医に、「最近食欲がない」と訴えたものの、何事もないように注射を打たれ、数日後に近くの動物病院に連れていきましたが、「散歩中に除草剤でも舐めたのではないか」と薬を処方され、日に日に弱っていき、最後に処方された薬を与えたところ呼吸困難に陥りました。
 
 深夜診療している名古屋市の動物病院に連れていったところ、末期がんに陥っており、毛色が黒いため黄疸に気づかれず、予防接種を受けて弱わり、連れていった動物病院で解毒剤を投与され、無理やり口の中に投与するように指示されたことが寿命を縮めたと説明がありました。
 
 モモは狂犬病の予防接種から半月後に死んでおり、飼い主としての不注意もありますが、事前の体調不良の申告を無視して接種した獣医師と、検査もせぬまま末期がんの愛犬に除草剤の解毒剤を投与した獣医師など、結果的には誰とも判らぬ獣医師の乱暴な集団接種が命を縮めました。
 
 残された相棒リマについては、完全に室内で生活しており、犬や動物どころか、我家の家族以外とは接触しないため、現実には狂犬病に感染する可能性は低く、50年も狂犬病の感染がない現実を考えると痛い思いはさせたくありません。
 
 最近は、愛犬の健康診査も行われており、フィラリア予防なとで動物病院を訪れる犬も多いことから、信頼できる動物病院で予防接種を受ければ、犬が悲鳴をあげるような対応はないことから、行政の一ヶ所に集める集団接種の見直しや案内の工夫を訴えたものの、現実は何事もなく集団接種が繰り返されています。
 
 自分の症状を的確に説明できない子供を相手にする小児科医は大変と聞きますが、犬や猫は何も訴えられません。最近の愛犬は家族の一員と化しており、行政の対応も改善が必要に思うとともに、3年前の悪夢もよみがえりました。
 
                        本日の体重 74、8キロ
                                 10月14日の一言

相棒のホッとする姿に癒されて

イメージ 1
爆睡中の相棒リマです 
 
 私の相棒と言うりも、むしろ暴君でもあった「リマ君」ですが、最近では私がスズメの「ピーちゃん」を頻繁にかまうため、二番手にされていると感ずるのか、「ピーちゃん」と呼ぶと足元に走ってくるだけでなく、前足で私を引っかいてアピールしてきます。
 
 「ピーちゃん」を保護して一ヶ月半が経過しましたが、当初は1時間おきにエサを与えており、夜も保温のため温度を確認するなど、鳥かごを中心とした生活となっており、相棒も私の後ろから様子を見てきました。
 
 最近では、エサを自分で拾うようになっており、手がかからぬようにはなってきましたが、忘れていると大きな鳴き声をあげ、どうやら私を呼んでいる様子で、遊び相手を欲しがるようになっているようです。
 
イメージ 2 鳥は目を開いて最初に見えたものを親と思うと言われますが、もしそうだとすれば、私の右手の可能性が一番高いものの、もしかすると覗き込んでいた相棒リマの可能性もあり、相棒が鳥かごを覗いても怖がりません。
 
 もっとも、以前は家内が鳥かごに近づいても巣に隠れて降りてこなかったものが、最近では降りてくるようになり、私だけのピーちゃんではなくなってきました。ただし、遊べるのは私の手だけで、手の中に入っても怖がらないものの、捕まれるのは嫌がり、手乗りスズメになるのは時間がかかりそうです。
 
 さて、日曜日に私の選挙の事務長役の知人が亡くなり、本日は最初の選挙時に厳しい言葉を聞いた近所の人が亡くなり、通夜に参列しました。一人は私の言うことには寛大で、何でも私本意でしたが、本日亡くなった人は厳しく、「何でそこまで」と反感を持ったこともありました。
 
 過ぎ去った過去の思い出となってしまいましたが、厳しかったのは、選挙時には無責任な人々がお世辞を並べるものの、落選した候補者や支援者の落胆は大きく、過去にそんな体験をされていたことから、真剣ゆえに厳しい言葉が続きました。
 
 多くの先輩が亡くなり、私に厳しい意見を言ってくれる人も少なくなってきた現実は寂しく、議会で厳しい発言をすればするほど、厳しい視線も向けられるため、私のことを思って発言や注意をいただけた知人の訃報に寂しさを覚える一日となりました。
 
                                     6月19日の一言

悲惨な殺人事件が相次いでおり…

イメージ 1
私の帰宅後はピーちゃんが気になる相棒リマです
 
  「週に1、2回しか食事を与えておらず、いずれ衰弱死してしまうと思っていた」と、神奈川県厚木市のアパートで白骨化した男児の遺体が見つかった事件で、父親が供述した一言に驚かされますが、死亡したとされる2006年10月以降も毎月5万円の家賃を払い続けており、こんな気持ちがあれば死なせることもなかったと残念に思います。
  
「供養に、死後一度だけ帰宅」 厚木男児遺棄、父が供述
「いずれ衰弱死すると思った」 厚木男児遺棄、父が供述
 
 過去に何度も同様の事件が起こり、就学しない児童が死んでいたケースがあり、その都度行政の確認作業が行われるものの、今回も放置した父親だけでなく、家を出て行った母親や、双方の祖父母まで責任を考えていけば救えた命だったかも知れません。
 
 「鳥なんか拾っちゃダメですよ」
 「拾わなきゃ死んじゃうじゃない」
 「それが自然じゃないですか」
 「何と言われても自分には見捨てることはできない」
 「人間を救って下さい」
 「人間は、自分で働けるじゃないか」
 
 先月、高山市から上高地と乗鞍に出かけた際に知人と交わした会話の一片ですが、働けば生きていけるのは大人の話で、幼児や子供は親に放置されれば生きてはいけず、こんな結末を考えれば手を差し伸べてあげたいものの、事件にならないと判らないのが現実でもあり…
 
 下に添付したのは、本日の朝日新聞デジタル版の記事ですが、自転車の高校生を撥ねて1キロも引きずって逮捕された60才の犯人や、22才の息子を刺殺した母親、37才の息子に殺された62才の母親など、目を覆うような事件が相次いでおり、青森県では80代夫婦が無理心中と思われる事件も起こっており、人の命について真剣に考えたい一日となりました。
  
高校生引きずられ重傷 登校中、軽乗用車に1キロ 京都
 
80代夫婦が自宅で死亡、無理心中か 青森
 
「カッとなって」 22歳長男を刺殺容疑、母親を逮捕
 
畑で母を殺した疑い、次男を逮捕 茨城県稲敷市の事件
 
御手洗さんの机、いまも校長室に 佐世保同級生殺害事件
記事の続き…
 在任中、地域との連携に力を注いだ。町内会と学校の運動会を一つにまとめ、地域住民を講師に招き、昔遊びなどを教え伝えてもらう催しを始めた。「子どもが元気になることなら何でもやろう」。会話の糸口にしようと、ドラえもんやミッキーマウスなどのネクタイを毎日締めた。
 大久保小を2年で離れ、別の校長などを経て、この春に定年退職した。事件から10年目の集会は、初めて地域住民として参加した。
 学校はずいぶん和やかになったと安心した。「命を大切にします」。学年ごとに声をあわせて決意を語る児童の姿には、周囲の視線に萎縮していた事件翌年の集会とは違う力があった。「みんなに輝いてほしいという思いは確実に受け継がれている」と感じた。
 今、机といすに向き合う小林庸輔校長(56)は事件直後、市教委から学校に派遣され、次々とかかる学校批判への電話応対に追われた。「この机で最後まで学びたかったろう」。帰らぬ少女の姿を思い、児童たちと日々過ごしている。
 
 一方では、10年前に長崎県佐世保市で起きた小6同級生殺害事件については、事件が起きた1日に毎年集会を開いており、黙祷を捧げるとともに、被害者の使っていた机といすが、校長の机と向き合うように現在も置かれ同級生の寄せ書きと折鶴が大切に保管されている。
 
 「じいちゃん、何やってるの?」
 「○○は何をやっているんだ?」
 「本を読んでる」
 「また、どっか行こうか?」
 「こどもせんだーつ(先達)行きたい」
 
 2ヶ月後に5歳となる孫と本日夜の会話ですが、携帯電話の普及でいつでも孫と話せるため、祖父母の存在も悲惨な事件を防ぐ可能性もありそうなものの、親子関係が希薄となり、孫の顔を見たこともない祖父母も存在すると聞くと、「ヒナを拾わない」と命を見捨てるような教育ではなく、何とか助けたいと思わせる教育に転換する必要もありそうです。
 
                                      6月2日の一言
 

ペット・ラヴァーズ・ミーティング

イメージ 1
四国遍路中の家族を山門で待つ私の相棒
 
 
和歌山電鉄のウルトラ駅長「たま駅長」が29日、15歳の誕生日を迎えた。人間だと「喜寿」の77歳にあたるとの事です。全国に多種多様のペットの話題がありますが、「たま駅長」の人気は高く、昨年度の乗客数は223万8千人で、南海電鉄から経営が移管されて十年間で最高の乗客数となっています。
 一方で、15歳という年齢から、いずれ迫りくる寿命を考えると、悲しい現実も切実な問題となってきます。
 
和歌山)たま駅長、「喜寿」のお祝い
  
福島県・三春シェルターに身を寄せる被災動物たち
 
 「ペット・ラヴァーズ・ミーティング(PLM)」という聞きなれない記事を発見し、家族のような伴侶動物を失うなどの悲しみを抱えた人々が、その悲しみと向き合うための何らかの糸口を求めて、愛犬愛猫の写真や思い出の品を携えた人が集まっているとの内容です。
 
伴侶動物を失い、悲しみを抱えた人々が集う「PLM」
 
 今月3日に庭で保護したスズメのヒナを、家族で四国に出かけると面倒をみる者がいないため、車に乗せて四国まで行きましたが、3年前に保護したヒヨドリのヒナを何とか成長させたものの、不用意に持ち出したカゴによって骨折させ、やっと治りかけた時に良いほうの足も骨折させてしまい、最後は死なせてしまった後悔から、人から見れば異常としか思えない行為に至りました。
 
 拾った鳥のヒナでも、私を頼りに見つめる眼差しは、私の子供と同じであり、一定の温度を維持することと、一時間おきのエサやりについても、鳥の親は四六時中子供のためにエサを探しているのですから、人間に育てられないはずはなく、3年前の悲劇は繰り返したくありません。
 
 ペット・ラヴァーズ・ミーティングについても、孫から「じーちゃん」と言われているものの、我が家には内孫が存在せず、相棒リマのお父さん役で生活していることから、相棒が死ぬときに子供を失うような悲しみとなるのは当然で、確実に世の中が変わってきたことも実感させられます。
 
PLM(ペット・ラヴァーズ・ミーティング)のホームページ  http://www.ddtune.com/plm/
 
 「ちょっと見てきて」、「こっちへ来い」、「お母さんが呼んでるよ」など、我が家の相棒は我々の言葉を理解しており、相棒の存在は人間と同じであり、ましてやペットだけを家族として生活する高齢者にとってペットの死は深刻な問題となります。
 
 そんな現実を解消する様々な試みが行われている社会を新聞紙面から実感させられました。
                                    5月14日の一言

犬とスズメと家族6人の四国遍路珍道中

イメージ 1
 
 四国遍路中の相棒リマ(ポメラニアン・オス6才)と、今月3日に保護したスズメのヒナ「ピー」ちゃんですが、臆病者の相棒もピーちゃんが気になるらしく、私が不在の車中ではカゴを覗き込んでおり、相棒にも自分の家族としての認識はできたようです。
 もっとも、そうは言っても相棒を信用するわけにはいかず、なにせ相棒の一番のお好みが「鳥のささみ」ですから、絶対に好き放題にはさせられません。
 
 スズメのヒナは35度から37度が適温とのことから、暖かい車中では元気いっぱいで「チュッ、チュッ」と鳴き続け、夜は真っ暗な箱の中で眠っていますが、昨晩は車が移動中のため、帰宅するまで鳴き続ける一日となりました。
 
イメージ 2
 左の写真が本日のピーちゃんですが、もうすぐ羽ばたくような姿に成長しており、鳴き声も「チュッ、チュッ」から、「チュン、チュン」に変わってきていることから、本日の夕方に落ちていた庭に連れ出していたところ、鳴き声を聞いた親鳥らしきスズメが飛んできて、また屋根の向こう側に飛んでいきましたが、こんなところに自然復帰のカギがありそうです。
 
イメージ 3
  これが3日の日に保護したばかりのぴーちゃんです。スズメのヒナはこんなに成長が早いのに驚かされますが、四国まで連れて行って、1時間おきにエサを与えて正解でした。 
 
7日の私の一言
 
イメージ 4
 四国の3日間は、1日目は四国八十八ヶ所第1番霊山寺でお父さんの孫の白衣を購入して、1番から6番安楽寺まで巡拝し、昼食後に香川県まで走り、満濃池の隣にある別格第17番神野寺に参拝し、観音寺市の名物「観音寺饅頭」を買い求めてから、善通寺市にあるゲストハウスに到着しました。
 
 ただし、お父さんはボクと一緒に車中泊です。
イメージ 5
 
 2日目は、朝から第74番甲山寺へ。お父さんはここから第75番善通寺まで、四国霊場会公認先達の人々と歩いて結願するため、ボクたちは一足先に善通寺で待ちます。
 善通寺では、四国遍路が開創されて1200年を記念する大法要が行われましたが、ボクとピーは入れてもらえないため車で待機です。
イメージ 6
 
 善通寺の催しは午前中で終わり、ボクたちは第71番弥谷寺の入り口にある「ふれあいパークみの」の喫茶店で昼食ですが、ボクは昼食抜きのため、ピーと待機でしたが、弥谷寺にはお母さんが抱っこして連れていってくれました。
 ここから、72番、73番に参拝した後に、第66番雲辺寺に走ります。
イメージ 7
 
 雲辺寺にはロープウェーで上りますが、家族5人は乗っていったものの、ボクとピーはお父さんと車で留守番です。
 2日目はこれで終わり、観音寺市の「観音寺饅頭」を購入し、この日の夜の宿となる宇多津の四国健康村に走りました。
 
 ここでも、ボクとピー、お父さんはお留守番。お父さんはピーの箱を暖かくする必要があるため、お湯を沸かせて箱に入れます。夜にも温度計で箱の中の温度を確認し、温度が低ければお湯を沸かして補充します。
 
イメージ 8
霊山寺の池のコイに餌をやる孫と、おこぼれに期待するハトたち
 
 相棒との車中泊は慣れたものですが、今回はピーちゃんも一緒で、親子四世代の旅となり、お遍路だけに集中することもできず、「野宿でも良いから」と言って、目的の孫と娘だけでなく、家族6人の旅程となったものの、お遍路では利用しないロープウェーの利用料も高額となり、三食とも外食ばかりとなり、用意していた食材はそのまま積み残して帰宅することとなりました。
 
 「お遍路は白衣が当たり前」との一言は、予定していた孫だけでなく、娘の白衣も親バカの散財となり、行く先々で購入するお土産で車内はいっぱいとなりました。
 
 「ちびっこ先達になると、○○ができるぞ」と、孫にお遍路を楽しいものと印象づけたものの、「ちびっこセンダーツは何をするのー?」と4才の孫に聞かれ、お寺参りだげでは飽きてしまう現実も実感させられる三日間の四国遍路となりました。
 
                                    5月11日の一言

千四百年も続く企業の存在に

イメージ 1
 
 本日は娘の依頼で、朝から孫を預かっており、孫と一緒に買い物や桜の花見などを目標に出かけましたが、私の助手席は相棒リマの指定席となっており、車を走らせた時には喜んでいたものの、本日の主役は相棒ではなく、珈琲屋からホームセンター、スーパーマーケットと、我々が車を離れる度にストレスを溜めまくる一日となってしまいました。
 
 家内の話では、車で出かけると解ったときは喜んでいたようですが、孫が一緒だと解ると嫌そうな表情をしたらしく、出かけるのは好きですが、助手席の留守番役となり、私のいない運転席で叫んで寂しく待ち続ける相棒でしたが、最近は孫が助手席に座りたがるため、助手席だけは死守して喜んでいる姿を添付しました。
 
創業1400年、金剛組に異変 「最古の企業」当主不在
記事の続き…
 とりあえず、今年の儀式は金剛組相談役の植松襄一(じょういち)さん(71)が、前例のない「正大工代務者」となって挙行した。19歳で入社し、四天王寺から「権大工(ごんだいく)」(正大工の補佐役)の称号を拝受している。「伝統ある儀式を続けられてほっとした」と話すが、当主不在は長引く可能性がある。
 金剛組や四天王寺に具体的な記録が残る17世紀以降、金剛家が当主不在で「手斧始め」を迎えた例はない。だが、後継者難や経営危機は何度もあった。
 亡くなった利隆さんが病床で完成させた著書「創業一四〇〇年」によると、江戸時代、病弱だった33代目は26歳で自ら正大工を退き、継いだ34代目も「職道不熟」で退任に追い込まれ、分家からの養子でしのいだ。明治時代、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で四天王寺が寺領を失うと、お抱え宮大工の扶持(ふち)米2石3斗もなくなり、経営が悪化。他の社寺の仕事をもらってしのいだ。
 1932年、37代が後継者がないまま先祖の墓前で自殺。急きょ、38代目となったのが妻の故・よしえさんだった。48年、福井県の建設会社で働いていた利隆さんを婿養子に迎えて後継者のめどを付けると、55年には株式会社化して経営を再建。社寺の鉄筋コンクリート造りに素早く対応するなど、「なにわの女棟梁(とうりょう)」として名をはせた。
 しかし、マンションなども手がけたバブル期の拡張主義が遠因となり、2005年に経営危機に直面。06年に中堅ゼネコン高松建設(大阪市)の支援で子会社となった。その際、社長だった利隆さんの一人息子が責任を取って退社し、金剛家が経営から退いたことが、今回の当主不在の事態につながった。
 ただ関係者は、金剛家からの正大工を期待している。高松建設から金剛組に転じた刀根健一社長(59)は「120人の専属宮大工には、伝統ある『金剛家の弟子』との自負がある。社寺との信頼関係や精神面で金剛家が必要だ」と話す。
 四天王寺の吉田明良(めいりょう)・総務部長(46)も「寺は災害や戦災で7回失われたが、金剛家のおかげで再建できた。1400年の付き合い。いつかまた正大工を担ってほしい」と願う。
 相談役の植松さんは「当主不在は長い歴史に比べたらほんの1ページ。ふさわしい40代目が現れるまで技術と伝統を預かっていく」と決意している。
 
 私は学生時代から朝日新聞販売店を経営していましたが、平成11年に選挙に立候補することになり、政治との兼業が禁止されていたため廃業することになり、23年間で看板を降ろしましたが、自分の仕事を次世代に継がせるのも大変なのに、千四百年も歴史を刻む企業の存在には驚きの一言しか思い浮かびません。
 
  聖徳太子の命で四天王寺建立して以来、千四百年も継承されてきた「日本最古の企業」ともいわれる「金剛組(大阪市天王寺区)が、昨年10月に39代目当主金剛利隆さんが後継者不在のまま89歳で死去してしまったとの朝日新聞記事です。
 
 金剛組は578年 初代・金剛重光が百済から渡来して創業し、593年に聖徳太子の命で四天王寺を建立したとあるが、日本書紀に「百済に行った使者が僧や造寺工を連れ帰り、難波(大阪)に住まわせた」という趣旨の記述があり、金剛組の系図は「用明天皇の皇太子(聖徳太子)が金剛、早水、永路の3人の大工を召して四天王寺を建立した」と記されており、天皇家と遜色ない歴史を宮大工として残しているだけに、金剛家の血脈で40代目を継承してもらいたいものです。
 
                                   3月29日の一言

明日は相棒とともに留守番の一日となります

イメージ 1
 
 本日美容院に行ってきたばかりの相棒リマです。我家の相棒はカメラが好きではないため、添付した写真も顔が強張り、何をされるんだろうかと疑いの視線を向けています。
 
 かつては美容院に行くのも嫌いで、行く前から震っており、迎えに行ってもしばらくは震っていましたが、元々が綺麗好きで、毛をハサミで切る事や、ブラシで毛をとぐ事が好きなうえ、「チョキ、チョキ」とか「キレイ、キレイ」の言葉も好きですから、最近は美容院に行くことも苦にならなくなってきました。
 
脱原発訴え、官邸周辺に800人 ドイツの地方議員も
 
 東京都知事選挙で脱原発を訴えていた細川元首相が惨敗したことから、自民党政権から原発再稼動の流れができつつありますが、原発再稼動に反対する人々の運動が縮小していないことにホッとする新聞記事ともなりました。
 
 燃料や核廃棄物の処理が確立されていない問題と、福島のような事故に伴う人体への影響や、第三者の生活を脅かす補償が莫大になることを考えると、再稼動に走るメリットは何も感じられず、現在原発による電力を頼らなくとも生活できる現状を考えると、危険と隣り合わせとなる再稼動は止めなければなりません。
 
(もんじゅ君のエネルギーさんぽ)下水でも発電できるよ
 
 さて、本日の新聞には、農業用水を利用した小規模の水力発電も紹介され、これまで配水するだけだった下水処理場の配水を利用した発電など、可能な限りの資源を活用することで、『ひとつひとつのパワーはちいさいけれど、たくさん積み上げれば大きな電力になる』との発信に、原発に頼らない生活が可能と思わされました。
 
近所に存在した太陽光発電所へ 今年1月の私の一言
 
 先月の一言に、近所に建設されていた小規模の太陽光発電所を添付しましたが、日本中の建物の屋根にソーラーパネルを設置すれば、間違いなく現在の電力の半分程度の電力をまかなう可能性が出てきます。
 
 小泉元首相の脱原発発言をも無視し続ける自民党安倍政権にとって、官邸周辺で繰り返される脱原発デモはどのように映っているのか判らないが、福島の原発事故によって多くの人々が先祖伝来の土地を追われ、核の脅威におびえている現状を考えると、再稼動を許してはならず、民意を無視し続ける政権には鉄槌が必要ですが…
 
 明日の我家は、三男が豊橋市まで仕事で派遣されますが、家族は全員で犬山市にある明治村まで行楽に出向く予定で、来週から始まる市議会本会議を控え、学区全戸に配布する同窓会報の到着を待つ私は、一人で留守番となる一日を相棒とともに迎えます。歯も痛いし…
 
                                   2月22日の一言
ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • 令和6年 上高地開山式の様子です
  • 三重県桑名市大福田寺の聖天祭へ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
  • 本日もボランティアの一日となって
  • 我家のきゅうりとプランターのイチゴです
  • 我家のきゅうりとプランターのイチゴです
アーカイブ
  • ライブドアブログ