大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

病院

本日四日目で退院しました

今朝の病室

朝食

病室から見える景色

本日午前中に日本赤十字愛知医療センター第一病院(中村日赤)を退院しました。

入院前から3日間の入院となっていましたが、手術後2日目がもっとも短い退院だそうで、退院が一日延びたものの昨日から退院が決まっており、昨日からは三食付のホテルに滞在しているような入院生活となりました。

これは2年前の退院の日の一言です。

私は退院していく身ですが、土曜日の本日も病院へ搬送されてくる患者さんを乗せた救急車が続々と中村日赤へ入ってきました。
気楽に退院していく私と違って、同室の患者さんの様子は深刻で、カーテンで仕切られていることと、四日間だけの入院でほとんど顔を合わせなかったものの、早く退院して下さいと挨拶でもしたい心境で病室を後にしました。
  

今朝の救急車

本1のマーク

また救急車が来ました
中1のマーク
また、また救急車が来ました

椿のマーク

私を迎えにきた家内の車
今朝の名古屋駅方面

我が家の花々

キバナコスモス
ミニトマト
オニユリ
庭のオニユリ
ブーゲンビリア
ブルーベリー

主は不在でも、我家(私)の花々は確実に成長して花を咲かせ、ミニトマトとブルーベリーは熟した実を付けていました。

朝一番の診察と処方箋のメール発信で 中村日赤

 本日の夕暮れ 午後5時42分

名古屋第一赤十字病院 

 午前9時12分

 寒桜

完成間近の施設 

ナイチンゲール像と病棟 



 処方箋のメール発信


処方箋の撮影 



薬局 へ送信しました


 9時前に診察終了

 誰も居ない自動精算機

 9時10分に退出です

本日の写真です。


本日は名古屋市にある中村日赤の泌尿器科の診察でしたが、2番目の診察となったため9時前に診察が終わり、10時前には自宅へ帰ってきました。


2ヶ月前までは病院前の薬局で薬を処方されていましたが、待ち時間が1時間ほどかかっていたことと、スマホのバッテリー交換によってスマホ内にあったおくすり手帳のデータが全て消えてしまいました。


そんなことがあって、昔から利用している地元のかかりつけ薬局で全ての薬を受け取る事にして、病院内でスマホから処方箋を送信して帰宅後に薬を受け取ることにしました。


これによって病院からの帰宅が1時間短縮され、薬局に行くと薬が出来上がっています。便利な世の中になったものです。


そんな訳で午前中のボランティアにも少し役に立つことができました。


私自身の病状が安定して落ち着いていることもありますが、朝一番で中村日赤へ搬送する患者さんたちの診察が終わるのは昼を回りますが、主治医のご配慮によって朝一番診察のため、待ち時間が大幅に短縮されています。


さて、病気を持つ患者にとって厳冬期の通院は辛いものがありますが、添付したように寒桜が咲き誇り、暖かい日差しを感ずる春のような通院 ともなりました。このまま体調が安定してくれれば幸いです。


身体のメンテナンスとなる一日に

中村日赤 名古屋市中村区 

 外来の案内板

 会計


 管理栄養士さんにもらった

絵手紙


 一日の終わり
本日の写真です。

病院の自動受付器の画面に「予約がないため、直接外来受付にお問い合わせ下さい」とのメッセージが出ました。

2日前に連絡して9時の予約をとって訪れたのに、何かの間違いで忘れられたのかと慌てて外来受付へ向かいました。

「今日の予約はありませんよ」
  「2日前に電話して9時に予約したんですが」
「昨日の9時に予約が入っていました」
  「えっ、今日じやないの?」

主治医の外来は金曜日だけと思って予約をとっていましたが、木曜日も外来があり一日も早くと手配してもらったものの、「金曜日の予約が取りたい」と連絡したため全く聞く耳を持っていませんでした。

「私も復唱しなかったから申し訳ないです」
  「復唱されても頭に金曜日しかなかったので」

こんな受付のハブニンクも寛大な主治医によって10時から診察してもらえました。

もっとも、診察の結果検査が必要となり、検査結果が出るのを待って再度の診察を受けるとお昼を廻っていました。

さて、年齢を重ねたことで次から次へ身体の不具合が出てきますが、気軽に通院できる地元のかかりつけ医と、名古屋市の中村日赤の良き主治医に恵まれて安心して帰宅できることは幸いです。

帰宅後に昼食をとり、午後に予約してあった管理栄養士さんの栄養相談へ出向くと、何もしないままに一日が過ぎ去ってしまいました。

そして、家内とマクドナルドへ

帰宅後に三男の接骨院で施術を受け、身体が強張っているとの話でしたが、本日は私の身体のメンテナンスともなる一日になりました。

ボランティアの移送と私の通院が天秤にかけられて

午後5時41分

マックのレモンティ

本日の写真です。

 本日の午前中は地域の民生委員の協議会が開催され、午後は福祉有償ボランティアのメンバーの訪問を待って一日の仕事が終わり、マックまで歩いてから帰宅すると本当に一日の終わりとなりました。

 明日は自分自身の体調不良により、急遽名古屋の中村日赤で診察を受ける予約を入れましたが、地元にも歩行困難者のため家内と2人がかりで搬送している車イスの患者さんの通院があり、家内一人では移送できないと言われるものの、我が身と天秤にかけ先送りにして犠牲にはなりたくありません。

 そもそも、左膝にたまった水を抜くだけで、一ヶ月以上経過しても改善しないばかりか、患部の炎症を治す根本的な治療が行われているとは思えず、歩かないため右足の脚力も無くなり、家族の介助だけで車イスにも座れない現状は、せめて段差の大きい田舎の玄関を改良して車イスのまま出入りできるようにしないと、タクシー会社にも断られている現状から一生外出はできません。

 そんな本音を言わないままに2人で移送してきたものの、松葉杖とか車イスの通院の手配も考えず診察する町医者と、炎症のある患部の根本的治療をしない医師にいくら通院しても治るとは思えず、私の家族なら迷わず名古屋の日赤に連れていきますが、ご夫婦にはかかりつけ医もなく、これまでも病院にも行かない家庭環境で悪化した現状は先の見通しもつきません。

 家内だけでなく、私と奥様の3人がかりの移送は普通ではなく、本来ならば入院して患部を治してからリハビリで歩けるようにしないと、残された人生は真っ黒となっていきます。市役所経由で連絡があった患者さんですが、歩けなくなってから1ヶ月以上寝たままで、病院へも通院しなかったというから驚きです。

 自分自身が体調不良になると、ボランティア精神なんて言ってはおれず、とにかく明日の診察によって万全な身体に回復させないと、四国遍路や上高地とも言ってはおれないため、節制に努めて次の外出に備えたいと思います。

家内と二人がかりの車いす搬送へ

マック専用車と化した家内の福祉タクシー 午後4時21分


毎日の日課となっているマクドナルド通いですが、マックへ行くことを目的にしている訳ではなく、患者さんを病院まで搬送してから診察が終わるまでの時間が判らず、待機するのに好都合なマックで休憩し、一日の仕事と買い物が終わってホッとするのもマックになりました。


搬送する患者さんの自宅です

乗車中

午前9時30分 乗車しました

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午前9時41分 医療機関へ到着

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名古屋の高度な医療機関を利用される患者さんも多く、搬送する時間がかかるものの、診察が終了する時間が判らないため一旦は自宅に戻って待機しますが、本日の搬送は患者さんの自宅から近い医療機関までの搬送ですが、自宅の玄関が高いうえに、患者さんがほとんど歩けないため家内と両肩を支えて車イスまで降ろす二人がガリの搬送となりました。

半年前には罹患した膠原病によってほぼ寝てばかりの病人となり、痛みから握力ゼロだったとは思えない回復力によって、いまだ半人分ですが私が手を離したら患者さんが倒れてしまう現場では大汗をかいた移送となりました。完全復活ですね。
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そんなわけで近くのマックで待機
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治療が終わりました 午前11時33分

乗車します

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午前11時50分 送迎完了

本日の写真です。

「タクシーを頼みたいんですが…」
     「車いすを利用されている方ですか?」
「来週火曜日に雪が降るから病院まで行きたい」
     「雪が降ったら一般のタクシーを利用して下さい」
「電話したら雪は危ないと断られたので…」
     「うちだって雪なら危ないので…」
「役場に聞いたらお宅を紹介された」

本日送迎が終わって帰宅した直後にかかってきた電話です。我が家は自家用車でボランティアが移送する福祉有償運送と、青ナンバーの福祉タクシーは私が上高地や四国遍路へ観光目的で移送するジャンボタクシーに、添付した車いす移送のできる福祉タクシー(家内専用)を運営しています。

タクシーと一口に言っても、添付した記事のように歩けない患者さんを二人がかりでも搬送する福祉タクシーに、病院へ通院する患者さんとは言え、雪の移送が危険だと一般タクシーに断られた人からの依頼は腹立たしく情けない気持ちにさせられます。

一般タクシーに雪道は危険と断られた後で、市役所へ電話して相談する感覚も理解できませんが、そんな役場の紹介で連絡される私も情けないもので、現実には病院までの通院が困難なため、自宅に籠っている病人も多く、名古屋の病院で治療すれば救われる命が、町医者のレベル以下の医師が多い市民病院で失われていく現実をこれまで眺めてきました。

高額な福祉車両を維持するためには無償ボランティアではできませんが、もう少し頑張る必要があることを自覚する一日ともなりました。

膠原病の血液検査が随分と回復して

名古屋第一赤十字病院 (中村日赤)

日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院 (正式名称)


玄関前の庭園

ナイチンゲール像

立松子 二代目看護部長の銅板

寄贈者平木好子三代目看護部長のプレート

「数値がずいぶん良くなったね」

   「体調も良いですよ」

「明日からステロイドを減らそう」

   「減らして大丈夫ですか…」

「次の診察は二ヶ月後にしよう」

   「心配だから、もっと短くして下さい」


昨日の中村日赤の主治医との会話ですが、血液検査の結果が大幅に改善し、「CRP」という炎症や組織の損壊を示す数値は正常な基準値内に治まり、昨年6月に膠原病と診断されてから7か月目にして痛みは皆無となり、「MMP-3」という関節リウマチの数値は相変わらずですが、「RF」はあと少しで基準内に治まりそうな結果となりました。


今年6月の血液検査で膠原病と診断された3種類の異常を示す数値の変化

6月から今月までの推移


CRP(基準値 0.00ー0.14) 体内の炎症や組織の一部の損壊の有無を診断する検査

 (6月) 4.85→ (8月) 2.32→  (9月) 2.89→  (10月) 3.78→  (11月) 3.69→  

   (12月) 0.50→ (1月) 0.12


MMP-3(基準値 35.2ー123.8) 関節リウマチ患者の関節には大量にMMP-3 が含まれており、関節破壊の指標とする検査

  (6月) 162.4→  (8月) 212.3→  (9月) 213.3→   (10月) 231.9→   (11月) 201.7→ 

   (12月) 153.0→  (1月) 184.9


RF(基準値 20未満) 血液中のRF(リウマトイド因子)という物質の量を調べる検査 

 (6月) 24.5→   (8月) 26.7→   (9月) 45.1→  (10月) 67.8→  (11月) 63.6→  

  (12月) 36.8→  (1月) 21.7


昨年3月末に交差点で車に追突され、頚椎挫傷によって右手の指がシビレ、毎週病院へ通院する中で一ヵ月後のゴールデンウィーク頃に両手が腫れあがり、その後に両手と両肩に激しい痛みが走り、6月には膠原病と診断され県外の外出にドクターストップがかかりました。


6月と7月には車の運転もできず、歩くのも苦痛に陥りましたが、8月にはストレスが大敵なため医師から上高地への外出許可はでたのを機会に、9月からは勝手な判断で石段ばかりの四国遍路にも出向くようになりました。


12月になって検査結果がずいぶんと改善したことで、「これで上高地も大丈夫だね」と医師から言われた半面で、「心配だった」と私が思っていた以上に深刻な病状であったことが告げられましたが、私はノー天気に上高地と四国を走り廻っていました。


それでも四国遍路ではお大師様に病気回復を祈願し、上高地の帰り道に立ち寄る御嶽山の霊神場と弘法堂のお大師様に手を合わせてきたご利益としておきますが、私には同じ医師に診察を受ける膠原病の先輩が存在し、普通に生活するまで回復したその神様の存在が大きな希望となっていました。


発病直後に手の平の腫れた写真をこのブログに掲載したことで、その神様から「私の病気と一緒ではないか」との助言があり、早期の診断と治療が始まったことが順調な回復につながり、一年後には回復している神様によって随分と安心感をいただいてきました。


さて、私の住む津島市にも膠原病の患者が存在しますが、病状が随分悪化してから膠原病と診断され、診断後も専門医が一週間に半日だけしか診察しない病院に通っている現状があり、30分も走れば何時でも専門医の適切な治療が受けられる良き見本になりたいと思っています。


地元の場当たり的医療に怒り心頭ま一日へ

ジェームスで待機中


今年の運勢

本日の写真です。

本日は家内が一宮市の医療機関まで患者さんを搬送して行きましたが、私は市内まで一人の患者さんを送迎しただけで、遠方から訪れた知人と珈琲店へ出向いて昼食となり、午後4時に予約したジェームスの車検の見積もりに出かけて一日が終わりました。

さて、患者さんの病気の内容について詳しく語れないものの、本日もあまりにも無責任な市民病院の医療体制に腹立たしい話を聞くことになりました。

一宮市まで搬送した心臓疾患の患者さんは市民病院でカテーテルの処置を受け長期入院したものの、手術ができないため海南病院へ転院して手術を受け、その後の対応が十分でないことから、一宮市の総合病院を紹介されて本日訪れて相談したとの話です。

私の個人的な判断では、最初から私の通院する名古屋の中村日赤を紹介されておれば患者が転院を繰り返すこと無く治療ができた事例と思われます。

以前に市民病院ではカテーテルができないため名古屋市の病院へ搬送した患者さんがありましたが、一週間に一日だけ診察に訪れる大学病院の医師によって治療を受けても、その医師が居ない平常時は治療に限界があり、そんな体制でも患者さんを入院させることは問題です。

一週間に一度しか訪れない医師にとっては常勤の大学病院で日常の当り前の治療や手術も、この医師が不在となる市民病院においては、体調が急変しても専門の医師が居ないため患者は苦痛だけでなく、精神的にも大きな恐怖を味わうことになります。

こんな顛末になってから話を聞くことが多く、医療費や治療費は町医者でも大学病院でも一緒のため、ガンや心臓疾患など手術や高度な治療が必要と思われれる病気は迷わず大きな総合病院を訪れるべきですね。

私たちがボランティアで搬送する患者さんの中には、長年信頼して通院していた市民病院でなすべき治療が行われず病状が悪化し、手術が必要になってから中村日赤や名大付属病院などへ搬送した患者さんは多く、こんな繰り返しは減らしてもらいたいものです。

2022-01-12

一年前の記事を読み直すと、嬉しい手紙が届いた様子が記されていますが、今年は運勢も良く同じような環境には思えるものの、動けば動いただけ出費が重なることとを考えると出足が鈍ります。

仲間に感謝感謝の通院の一日

 台風一過 本日の夕暮れ

 名古屋第一赤十字病院前

 私を搬送してくれたNさん

 お昼のランチ

 家内が来てくれました

 午後3時46分

家内と病院横のニコニコ地蔵へ
本日の写真です。

 病院で午前中私に付き添っていただいたTさんのフェースブック ↓

 本当にありがとうございました。


 平成17年に障がいのある幼児を幼稚園へ送迎するようになり、平成19年より高齢者や障がいのある人たちを病院や施設へ送迎する福祉有償運送を仲間と始めました。


それ以来運転主役として患者さんを送迎してきましたが、本日は初めて患者側として幼馴染の仲間に病院まで送ってもらいました。


さて、病院では私の病状を心配してブログや Facebook でアドバイスを頂いた Tさんが、検査や診察を待合室で私に同行してくださり、落ち込んでいる私を励ましてくださいました。


お昼には家内が訪れて食欲のない私のランチに付き合い、午後は私の診察室まで付いてきてくれました。情けない(悲)俺は保護者付きかい(笑)


そして、私の体調を心配する真言宗の僧侶でボランティア仲間である愛西市のOさんが、何度も留守中の自宅を訪れて帰宅後の私の珈琲タイムにお付き合いくださいました。


朝から晩まで知人や仲間の存在に励まし続けられ、感謝の一語しかない一日となりました。


病院の中に上高地を見つけて

本日自宅前の夕暮れ風景

中村日赤3階屋上駐車場と愛車

上高地の油絵

上高地の油絵


本日訪れた名古屋第一赤十字病院の検査室で、待合室に飾ってある懐かしい上高地の油絵を2枚見つけました。

上高地バスターミナルから梓川に出たあたりから見える穂高連峰の油絵と、河童橋から見える明神岳と穂高連峰の油絵です。

例年なら現地で見ている上高地の風景を病院の中央検査室で見る現実は寂しいものがありますが、1日も早い体調回復とともに現地を訪れたいと切実に思いました。

渡辺画伯の上高地

添付した油絵は私の三男が接骨院を開業した際に上高地の小梨平で渡辺さん(ホームレス画伯)から三男自身が直接いただいた上高地の油絵で、開業以来施術室の壁に飾られています。

最近中学生になった孫から、「爺ちゃんと一緒に上高地へ行きたいね」と言われた一言をリハビリの目標として体調の回復を目指します。

本日も助手席の一日となりました

名古屋市内へ入ります

名古屋駅に近づきました

さて、何処か判りますか

名古屋第一赤十字病院 (中村日赤)

本日の写真です。

 昨晩は腕と手首の痛みで熟睡ができず、先週金曜日を最後に車の運転を控えると言うよりも、手首と指先の痛みでハンドルが握れず、私の体調を心配される患者さんに安心してもらうため、家内の助手席へ同乗する一日になりました。

さて、私のセカンドライフとする福祉有償運送ですが、私自身が患者になっている現状では完全なる役立たずとなり、ポケットに入れたスマホにも手が痛くて出られません。

先週までは上高地へ出かける予定を考える意欲がありましたが、今週になってから全く先のことを考える意欲が失せてきました。

右手の指先のシビレが手首のシビレとなり、左手のシビレも出て両肩の痛みから両手首の痛みとなり、ベッドで寢るたびに手首が強張り最近は痛みで寝られなくなってきました。

来週には患者搬送が集中する日があり、回復しないと大変な事態になりそうです。

中村日赤の弁財天

 名古屋第一赤十字病院

 患者通用口

 救急患者搬入口




正門庭園


 名古屋駅方面
3日の写真です。

 先週金曜日に訪れた中村日赤の診察が終了後、アメーバブログの中から見つけた病院周辺に存在するニコニコ地蔵を探したものの見つかリませんでした。

病院関係者に聞いても判らず、警備室から病院内にある神社を教えてもらい、訪れたところ弁財天が祀られていました。

案内を見ると、病院が開院する前にあった「遊里ヶ池」の中に、中の島があり中村弁天寺が存在し、近江の竹生島の弁財天の分身が祭られていたと記されており、昭和12年に病院が開院するときから祭られていたとの案内板がありました。


 京都大学付属病院の敷地内にある患者さんが手を合わせる延命地蔵(全快地蔵)のような存在と思っていましたが、中村日赤の弁財天は病院が開院する以前から祭られていた弁天様がそのまま存在しました。


病院の診察だけの一日となりました

我家のブルーベリー

ユキノシタの花

どくだみの花

だいこんの花

ランタナにペチュニアが混ざりました
本日の写真です

ここは相棒の大好きな場所でした。 2年前の5月2日

本日は名古屋第一赤十字病院(中村日赤)整形外科の専門医の診察を受けました。

3月末に追突事故に遭遇し、当初は何ともないと思っていましたが、手のひらの痺れが手だけでなく肩と首の痛みになり、先月20日にかかりつけ医から中村日赤へ紹介状をもらい受信しました。本日は症状の悪化により2回目の受診です。

本日の診察から首に付けるカラーを作る必要ができ、再度月末に受診してカラーを製作し、来月改めて MR I の検査をすることになりました。

簡単に思っていた首の頚椎挫傷でしたが、先行きの見えない苦痛とともに、長期にわたる通院と治療が必要になってきました。

医師の話では長距離移動する運転だけでなく、乗せてもらってでも首の負担になるとの話でした。車の運転が日常のボランティアと、週末の上高地や四国遍路も長距離運転が必要になるため大幅な生活環境の見直しが必要になってきました。

ただし、こんなことで好きなことは止められないので枕や生活様式を改善して行動したいと思います。

手のひらの不調により音声入力でブログを始めましたが意外に長文が残せるようになってきました。

病院の検査と診察で一日が経過して

我家のツツジです

私が代々プランターで育てるダイコンの花です


ここからは知人が送ってくれた写真です。


津島市天王川公園の藤棚です。





花おじさん

ホラ貝フキおじさんでした

本日の写真です。

 本日は名古屋市の中村日赤まで、治療に訪れる患者さんに同行して、追突事故後に発症した私自身の手のシビレと、レントゲンとMRIで異常が発見された頸椎について、赤十字病院の専門医の診察を受けるため訪れました。

 昨年10月に前立腺肥大症の手術を受けてから通院している病院ですが、整形外科を受診される患者さんの数は多く、受付で診察の予約時間より1時間以上遅れていると説明があり、診察時にCTの検査が必要と言われたものの、予約や重病患者の患者を優先するため検査に3時間も待つことになりました。

 「終わったら連絡下さい」と伝えてあった同行した患者さんの治療が先に終わって、私の検査と診察を待ってもらう事態となり、朝9時に自宅を出発してから、午後3時まで昼食どころか何も口にしないまま呼び出されるのを待つ一日となりました。

 本日の診察は、事故後にかかりつけ医で検査したレントゲン写真やMRIで確認された首の頸椎挫傷部位の精密検査で、恒久的に治癒しない心配から訪れました。

 3月26日の事故から1ヵ月近く経過したものの、指のシビレは日常的となり、最近は朝の起床時からシビレたままになる日もあるため、シビレの原因ヶ所の特定にも期待したものの、首から肩や腕まで検査したものの特定はできませんでした。

 ただし、びっくりしたのは握力の低下で、左手の握力が36キロあったものの、利き腕の右手は20キロしかなく、医師の話では神経症状が出ているため右手に力が入らないとの話で、とりあえず右手のシビレを解消しなければ力も入りません。

 医師の説明では安静にしているだけでは回復せず、適度のストレッチや身体を使った普段通りの行動が重要と言われ、「治るまで外出自粛」と言って上高地行きや四国遍路にクギを刺す家内への言い訳にはなりましたが、シビレを早期に解消しないと大変な生活になってしまいます。

 さて、本日診察していただいた医師は頚椎外科の部長と判り、同行した患者さんから良い医師にあたったねと言われましたが、泌尿器科の担当医師もすばらしい医師に恵まれたことことは幸運であるものの、病院で一日が終わってしまう生活環境は先送りにしたいものです。

 知人が送ってくれた津島市の藤棚の写真から、20年前に足利市のフラワーパークまで視察に出かけ東洋一と宣伝していた当時より随分と花が短く寂しくなっていることを実感し、花や植物は一度には回復しないことを自分に重ね合わせて実感させられました。

                             4月20日の一言

タクシー依頼が続々と増え

本日の写真です。   木曜日はガソリンの特売日のため2台一緒に出かけます

 本日は自分の通院があったものの、午前中に白内障の手術を受ける人と、内科医院へ通院する患者さんを送迎する中に、自宅から200メートル離れたカラオケ店まで運んで欲しいという人の依頼がありました。

「タクシーに断られた人を運んで欲しいんだけど…」
     「なんで断られたの?」
「距離が近いので運転手に断られたの」
     「なんで私のところへ」
「市役所へ相談したらお宅に相談するように言われたので」

 足腰が悪く手押し車が必要なカラオケ仲間が、タクシーに断られて来られなくなったから何とかして欲しいとの依頼で、車イスではカラオケ店の扉を通れないため、手押し車を積んで同行して、玄関先とカラオケ店の通路を見守って欲しいとの依頼でした。

 病院への移送ではなく普段なら断ってしまう依頼ですが、断るとこの人は二度と仲間とカラオケ店には行けないことと、何よりも断ったという地元の金儲けしか考えないタクシー会社と、そービス精神皆無でレベルの低い運転手への怒りから引き受けました。

 現実には、自宅のマンション玄関からスロープを下りて車に乗るのに10分程度かかり、同じく車を降りてカラオケ店の部屋までも10分かかるわけですが、見守るだけで手を貸すことも出来ないので、たった200メートルの移動に30分もかかってしまいました。

 そして、4時間後にお迎えに走りましたが、これから基本的に毎週木曜日の送迎を期待しておられることから大きなストレスとなりそうです。

 昨日名古屋市の病院まで搬送した患者さんとの会話で、私自身が同じ病院を20日に予約したことを話すと、偶然にも同じ日に診察の予約をしておられ、わずかな時間差で我家から2台が走ることは苦痛のため、時間を合わせて一緒に通院することになりました。ただし、診察にかかる時間が私は短いため、名古屋市へ2往復することには変わりがありません。

 偶然にも昨晩かかってきた知人との電話で…

「土曜日にタクシー頼んだら断られたわ」
    「なんで?」
「距離の短い予約の時間指定はダメだって」
    「それでどうするの?」
「娘でも来てくれないかと…」

 この人は毎月名古屋市まで搬送している人ですが、「距離が近いので私には依頼しなかった」と言われたため、土曜日に観光地へ外出する話をしていた最中でしたが、名鉄系のタクシー会社に断られていたため当方から同行すると伝えました。

 私の住む津島市には名鉄系と地元の2社のタクシー会社が存在しますが、車イスのまま送迎できる車両は無く、早朝の予約は断っており、私の住む地域より東側への配車は基本的に断っているため、公共交通だけでなくタクシーすら空白の生活環境となっています。

 要するに、運転手不足と、地方のタクシー運転手は利益も少ないため、お客さんへのサービスは二の次となっていると思われます。おまけに、車イスを乗せる介助タクシーも業者の多くは高額になるため、安易には依頼もできません。

 そんな訳で、家内と2人でタクシーを動かし、福祉有償運送のボランティア仲間と低額な運送を続けていますが、今月は私の車のエアコンが故障して10万円近い出費となり、燃料代の高騰によって忙しくても忙しいだけ利益にならない現実はストレスとなりました。

 明日も同じような環境になります。

                             4月14日の一言

愛西市と津島市の医療機関を往復して

愛西市の医療機関


津島市民病院

人工透析の施設です

ウォーキング中の梅

本日の夕暮れ

本日の写真です。

 明日は3月11日です。月日の移り変わりは速いものですが、毎年同じ気持ちで発信しているピアニストの存在を知ってほしくてここに添付しました。

 明日の11日に東北地方へ向けての音楽演奏会のライブ発信が案内されています。


2022年3月11日(金)14:00〜15:30頃 

配信URL:https://youtu.be/rCj_VFm9qos


 本日の午前中は患者さんを病院まで搬送した後に、週末松本市で開催される上高地の環境省パークボランティアの定例会に参加するあま市の知人を訪ね、次年度の上高地の活動や近況報告に花を咲かせました。

 近くに住んでいるものの、遠く離れた上高地でしか顔をあわせないため、昨年10月に手術を受けた私の身の上話や、知人も同じ病院で手術を受けていた話を知り、町内会の総会によって出席できない定例会での個人的な意見も知人に託して自宅へ戻りました。

 何かあるたびにストレスを溜めていた町内会とは違い、自分の意思で参加しているボランティアのため、自分自身の負担が重くなってもより厳しい活動を語ることにも、自分自身の本来の居場所であることを実感させられました。

 知人は地域で歴史研究会の役員も務めており、コロナ禍になる以前から依頼されていた遠方への史跡勉強会への運転手役も、自分自身を頼りにされていると思うと、忙しい中でもやりくりして参加していく責任も痛感させられますがストレスは全く感じませんから不思議です。

 さて、本日の福祉有償運送は午後の方が忙しく、市民病院から愛西市の医療機関で人工透析を受ける患者さんを搬送し、透析が終わったのちに市民病院へ戻り、会計を済ませてから自宅まで送り届けましたが、帰宅は午後5時近くになっていました。

 昨日の一言にも記しましたが、本日が特売日のガソリンスタンドで給油したところ、1リットル161円の価格になっており、地域で一番安いスタンドでありながら、3台の車に給油すると後々の通帳を見るのも嫌になりそうな高騰が続きます。

 午後9時20分に町内会の会計監査を受けて帰宅しました。明日から3日間が町内会最後のストレスとなり、日曜日には次期役員に引き継いでストレスから開放されます。「くそったれ」と叫びたい心境です。
                                    3月10日の一言

大雪の中を患者搬送して

雪の中村日赤 名古屋市中村区


我家の2階からの遠景

10センチ以上は積もっています

雪を積む愛車

事務所前 西向き

事務所前 東向き(名古屋方面)


 愛知県の私の地域も久しぶりの大雪が積もり、過去に記した私のヤフーブログ(現在はライブドアへ引っ越し)を確認すると、四年前に大雪に見舞われていましたが、雪とは無援の地域だけに本日予約が入っていた福祉有償運送の患者さんたちへ断り(私の運転だけでなく、患者さんも転倒の危険があるため)を入れ、お休みにして午前中は寝ていることにしました。

 しかし、…

名古屋市へ入ります 新大正橋

中村日赤前の交差点

日赤入口

完全なる雪景色


 それぞれのお宅へ断りの電話を入れた直後に、別の会員のご家族から電話があり、ご主人が「こんな大雪の日に私には突然依頼できない」と言われるため、奥様がタクシー会社に電話をかけ続けたものの、どこも電話がつながらないため連絡されたと判りました。

 高齢者の薬をもらう程度の通院もありますが、体調が悪化して病状が急変した患者さんにとっては、台風や大雪であっても搬入は遅らせることができず、こんな時に役に立たないとボランティアとは言えないと自宅を出発しました。
 
3日前の中村日赤の写真です。

3日前に桜を見ていた病院前の庭 まさかこんな大雪になるとは…



帰ります

中村公園前交差点 降り続きます

稲葉地町付近

七宝町安松付近

下田

やっと地元へ到着です

西尾張中央道神守交差点


 添付した過去のブログを読み直すと、四年前の大雪の時にはチェーンを巻いて名古屋市の中村日赤へ患者さんを搬入しており、私の住む津島市には信頼できる高度な医療機関がないため、こんな大雪でも名古屋市まで走ることになります。


 個人的には2週間前から体調不良に悩まされており、自分の身体を何とかして欲しい心境ですが、深刻な病気や高度な治療を必要とする患者さんの前では笑い話にもなりませんから、不調であることは封印して病院へ走っていくことになります。


 現実には私自身も10月から中村日赤のお世話になっており、健康回復は私自身の課題でもあります。


2018年01月25日

2017年01月15日

014年12月18日

2012年02月02日


 本日のような荒天や雨の日は必ずタクシーを依頼する電話がかかってきますが、福祉タクシーや福祉有償運送は予約が基本になっているため、会員以外の電話は受け付けしないようにしているものの、困った人たちの電話に応えておればかなりの収入増になりそうです。


家内のお土産

たい焼き

みたらし団子

本日の写真です。

 さて、本日はお気に入りの珈琲店に出かけようと思案していると、午後に歯科医院まで患者さんを送って行った家内が私のお気に入りの団子を買ってきてくれました。私にとっては食べることよりも、自分のお気に入りの空間で一服したいことを家内は未だに理解してくれません。

                               12月27日の一言
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