大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

真言宗

三重県桑名市大福田寺の聖天祭へ

大福田寺本堂から見える境内 三重県桑名市



山門

立札

境内

本堂内の内陣と外陣

大福田寺の年中行事

案内

おびんずる様(なで仏)

聖天堂山門

聖天堂

堂内の天井

福袋

駐車場

 7月1日(本日)の発信


3月以来となる桑名市大福田寺の「桑名聖天祭」に訪れました。4月は四日市市の一心寺の春の大祭(火渡り)に誘われ、5月のゴールデンウィークは上高地におり、6月も所用で行けなかったため4ヵ月ぶりの参拝となりました。


「この護摩木は何時に焚かれますか?」

    「今日中に炊き上げましょうか」

「有難うございます」


ご住職はこの時ご不在だったものの、納経所には受付の男性と揮毫する僧侶がおられ、聖天堂では別の僧侶が護摩木を焚いて読経中で、本日は雨の日でも参拝する人が訪れており、私の住む愛知県津島市や近隣では見られない身近に祈願のできるお寺です。


参拝者は自分の家のように本堂内へ上がって参拝でき、自分の願い事を護摩木に書いて炊き上げてもらう女性も多く、観光目的とは違う参拝する人のためのお寺と言えます。個人的には高野山や真言宗のお寺に多い、鳥居のある神社を境内に奉る神仏習合のお寺は魅力を感じさせられます。


聖天さまは仏さまである十一面観世音菩薩さまが化身され、大聖歓喜双身天とならせられた神で仏さまのご慈悲と神様の威徳とを兼ね備えられるお方なので、特に「天尊」と申し上げます。
お聖天さまは秘仏中の秘仏とされ、皆様の目に触れることを許されていないのです。 


一般的に三大聖天には埼玉県熊谷市の妻沼聖天(歓喜院)、東京・浅草寺の子院である待乳山聖天(本龍院)、そして奈良県生駒市の生駒聖天(宝山寺)を数えますが、三重県桑名市の桑名聖天(大福田寺)を加える場合もあり、定かではありません。


さて、本日は…

竜泉寺 名古屋市守山区

本堂

多宝塔

観音様

鐘楼堂

鐘楼から見える遠景

ミニ四国八十八ヶ所

 お寺のネコ

本日は午後からNPO法人の活動報告書を愛知県へ提出するため名古屋市まで出向き、せっかくだったので尾張旭市の新居城跡まで足を延ばし、名古屋市守山区の竜泉寺(尾張四観音)へも立寄ってから自宅へ戻りました。

仕事の帰りに八事山興正寺へ

八事山興正寺 中門

愛知県名古屋市昭和区八事本町78

五重塔と大仏

釈迦牟尼仏

手水舎

光明殿

納経所

本堂

普門園

大師尊像

仏様

能満堂への石段

園照堂へのエスカレーター

能満堂

伊藤萬蔵さん寄進の香炉

園照堂

伽藍遠景

茶堂竹翠亭への入口

墓地と奥之院への道

大日堂

お堂の周りを三回廻ります

八事山遠景

参道

弘法堂(開山堂)

ご縁日の案内

不動護摩堂(左)と東山本堂

東山本堂

八事山散策道

普照殿山門

普照殿

観音堂への石段

観音堂

総ての参拝を終えました

境内の仏様

境内の花 ハンゲショウ


尾張徳川家の祈願所として、歴代藩主とそれに連なる人々と深い縁を結んできた興正寺。その関係は、開山天瑞圓照和尚が八事の地に草庵を結んだことに始まります。

長い修行の旅のすえ、高野山に至り、弘法大師の五鈷杵を授かった天瑞和尚は1686年(貞享3年)、穏やかな起伏に松が茂り、豊かな水、静寂に満ちた八事の地に密教と戒律の寺の建立を発願しました。真言密教の教学・修行道場として、境内は西山普門院と東山遍照院に分かれ、東山は女人禁制の修行の場でした。
尾張徳川家二代藩主光友公は天瑞和尚に、六代藩主継友公と七代藩主宗春公は五世の諦忍妙龍和尚にそれぞれ帰依をされ、諸堂建立や多くの宝物のご寄進など力を注がれました。

時が流れ、現在、国の重要文化財に指定されている五重塔建立は、「藩主の寺」から「民衆に開かれた寺」へと変化をとげる契機ともなり、今なお、多くの参拝者をお迎えしています。

 本日は NPO法人の運転履歴という申請書類を受理するため 名古屋市天白区平針にある 愛知県運転免許試験場の安全運転センターを訪れました。

わずか10分の仕事で駐車料金 500円は高いと実感すると、数日前の西国巡礼の 高額 駐車料金が脳裏に浮かびました。

基本的に真言宗のお寺は駐車料金とか拝観料とは無縁のお寺が多く、そんな反動から帰り道に存在する八事山興正寺へ参拝することとし、本堂だけでなく奥之院や山内総てのお堂にお参りしてきました。

興正寺は高野山真言宗のお寺で、歴史は新しいものの愛知県では真言宗を代表するような存在で、誰もが本堂の中の御本尊の前まで進んで手を合わせられる庶民的な寺院です。

西国巡礼の観光客のような巡拝とは違う四国遍路の感覚で参拝してきました。久しぶりの感覚です(笑)

紙幣が飛んでいく西国巡礼を実感する一日へ

昨日に引き続いて西国観音巡礼です。

開門前から長い行列です
第10番三室戸寺

山門まで行列が続きます

やっと石段へ

本堂境内

アジサイ鑑賞の観光客


本日最初に参拝した三室戸寺の納経時間は8時30分からで、30分前に駐車場に到着したもののすでに駐車場は満杯状態で、開門を待つ人々で長い行列ができていましたが、覚悟して納経所を訪れると朱印を待つ人は殆ど無く、本堂へ参拝する人も皆無の状態でした。

ただし、西国三十三所会の監修した「西国巡礼」には500円と記された拝観料が千円になっており、わずか30分の駐車場の料金も千円徴収され、家内と2人の参拝で3千円と納経料の出費は参拝の対価としては「ぼったくり」としか思えない朝になりました。

第15番今熊野観音寺

大師堂

そんな中で次に訪れた第15番観音寺は、四国遍路と同じように拝観料や駐車場は無料のままで、観光客のいない雰囲気から久しぶりに「弘法大師」を身近に感じ、「秋のモミジの時期にも来てください」の一言に「はい、必ず」と素直に応えていました。

第11番醍醐寺 五重塔

大師堂

醍醐寺の駐車場自動清算機

「紙幣が飛んでいく」西国巡礼の典型は次に訪れた「醍醐寺」で、本来の参拝場所である上醍醐寺(拝観料無料)への厳しい山道が麓の醍醐寺観音堂で済ませられるものの、かつて千五百円だった拝観料が千円で澄んで喜んでいると駐車場の清算機が示した2千円の料金の高さにびっくりです。

門前にある民間の有料駐車場に一日最高六百円の看板があり、1時間程度で2千円もの駐車料金をお寺の運営する駐車場が徴収する現実は、観音堂巡拝だけに訪れる参拝者としては「お金持ちの西国巡礼」を象徴するような参拝です。

先に添付した三室戸寺と醍醐寺だけで家内と一万円近い出費は切実で、「貧乏人はお寺に来るな」と言って欲しい心境になってきます。

第14番三井寺 円城寺

長い参道

観音堂

第13番石山寺

長い参道です

大師堂
第12番正法寺 岩間寺

大師堂

本日最後の正法寺駐車場


貧乏人を実感させられる本日の西国巡拝となりましたが、本日は六ヶ寺のうち四ヶ寺が真言宗のお寺で、それぞれに大師堂が存在したことから、弘法大師と一緒に歩く「同行二人」のような自分に正直な巡拝になりました。


そして、ここから滋賀県を東向きに一直線で、永源寺から三重県いなべ市経由で一般道の運転を楽しみましたが、かつて自動二輪で走っていた当時とは道路環境が大幅に改善されており、まだまだ未踏の地が存在することから足を向けたいと思います。


こんな元気なままに「お大師」と行動できる日々が続いて欲しいものです。


毎月21日はお寺で阿息観の瞑想体験

阿字観道場

弘盛寺 愛知県津島市越津町

お寺への参道

寺標

六地蔵

福壽門

本堂

睡蓮

写経前

写経後

写経と阿息観後の一服

四国別格椿堂さんから来た椿

本日の写真です。

私にとって毎月21日はお大師様の日で、何事もなければ町内のお寺の本堂で「阿息観」という瞑想法の座禅を組んでいます。もっとも、かつては名古屋市北区で開催されている志賀弘法会の代表を送迎していましたが、現在は家内に任せて阿息観だけの一日となっています。

身体中の空気を細胞を絞り出すような感覚で掃き出し、深く吸い込めるだけ空気を大量に吸い込み、一時息を止めた後に、ゆっくりと時間をかけて吐き出す呼吸サイクルの繰り返すのが阿息観という瞑想法です。

阿息観は今から千二百年前に空海が中国から持ち帰った「阿字観」の一つで、真言密教の僧侶だけに引き継がれてきた真言宗の瞑想法ですが、現在は一般の信者にも広く開放されるようになり、私も最初は高野山まで行って参加していましたが、地元のお寺で開催されていることを知ってから参加するようになりました。

それが今から12年前の話となり、私が四国遍路に行くようになって22年も経過している現実にも驚きしかありません。

 2011年7月21日の一言


数年前には、自己勝手流の瞑想ですが、目をつぶって自分が座っている場所を高野山奥之院の御廟前と、上高地の小梨平で穂高連峰を望む場所に設定し、我が身が現地へ転送されたような錯覚を感じて座っていたこともありますが、体力的に衰えたためか最近は現地と同化することができなくなりました。


前記したように空海によって伝承されてきた真言宗の瞑想法ですが、最近は健康法としてテレビで専門家によって同じような呼吸法が案内されており、医師や学者も科学的に紹介するようになりました。


仏教嫌いの人や、四国遍路や真言密教を邪教と言う新興宗教も存在するため、この阿息観が医学的にも有効な呼吸法として理解してもらうため、アメリカアリゾナ州立大学の先生が提唱する呼吸法を添付します。


 アメリカ・アリゾナ州立大学のアンドルー・ワイル博士が提唱する「4-7-8呼吸法」と呼ばれる瞑想呼吸方法

 息を吐く
息を深く吸うためには、まず息を出し切らなければなりません。姿勢はできれば楽な姿勢で背筋を伸ばして床に座るのが理想的ですが、仰向けでも構いません。

1 息を吸う
口を閉じて、静かに鼻から息を吸います。心の中で数える4秒間のうちに息を吸います。

2 息を止める
7秒間息を止めます。

3 息を吐く
1番のように再び舌の先端を前歯の付け根に触れるようにカールさせ、8秒間で口から息を吐き切ります。シューッという音がすると正しく息を吐いている証拠です。息を吸う2倍の時間でゆっくり息を吐き切ります。

1〜3までが1つのサイクルで、1回と数えます。この呼吸法により酸素が肺一杯に吸入され全身にくまなく酸素が行き渡るので、体がリラックスするのです。1〜3までが1つのサイクルで、1回と数えます。この呼吸法により酸素が肺一杯に吸入され全身にくまなく酸素が行き渡るので、体がリラックスするのです。

仏教も究極の目標は人間の幸福(真言宗の目標は生きている間に仏様になる即身成仏)にあり、幸福の源となる健康は生きていく上での第一歩となり、これからも健康で四国遍路や高野山に行ける体調管理に努めたいと21日になると実感させられます。

2ヵ月ぶりの阿息観で健康を実感し

本日の夕暮れ

午後6時18分

時間が止まった鉛空


本日の写真です。

毎日5千歩をノルマにしていると、月曜日から金曜日まで2万5千歩になりますが、添付したように僅かに足りません。本日の愛知県は強風が吹いているだけでなく、黄砂によって鉛色の空のためか、不足分を歩く気力も湧いてきません。

本日21日は弘法大師の日で、真言宗のお寺では何かしらの行事が行われており、家内は津島市のお寺から名古屋市の会場まで弘法会の代表を移送しており、私は午後から町内のお寺で写経と阿息観に参加していました。

先月は四国を遍路中のため久しぶりの阿息観参加でしたが、3月に戴いた法螺貝の音が出ないため練習していた効果で以前より多くの空気を吸い込むことができ、腹式呼吸が安定して過去とは違う阿息観を実感させられました。

そんな法螺貝の話や、四国遍路の不思議な話に花を咲かせていると、時間の経過を完全に忘れており、電源を切ってあったスマホのスイッチを入れると、午前中に移送してあった福祉有償移送のお迎えの時間をすっかりと廻っていました。

ボランティアと言えども患者さんを移送しているため、お待たせすることは絶対に許されないものの、家内から鬼のように厳しい顔が想像できそうな電話が届き、慌ててお迎えに走って何とか取り繕った次第です。こんな失態は許されず、有償ボランティアではありますが、本日は無償の移送でお許しを得た次第です。

さて、膝が痛くて正座できない人も多く存在しますが、柔道整復師の息子から無理に座ろうとすると悪化すると言われていたものの、お寺の本堂で正座するために自己流ですが、クッションマットを利用して痛むことなく正座できる方法を見つけました。

ホラ貝フキおじさん

最近では何処のお寺でもイスが用意されており、お寺の住職もイスに座って読経されますが、善通寺や高野山では足を痛めている僧侶も正座されている姿と、阿息観に関してはイスでも良いと言われるものの、正座しないと効果を実感できません。

年寄りになっての法螺貝の手習いですが、法螺貝によって肺活量や呼吸が安定したことを実感し、イスではなく正座して本堂に座ることで、本日は昨年膠原病に罹患して以来身体の静養ばかり意識していた生活を見直せそうな気持になれました。

大鹿一八69歳。4年後の総選挙には73歳になりますが、8年ぶりにカムバックとなるような前向きな行動を心掛け、平成11年から掲げてきた「カムバック津島」の看板を今後も挙げ続けていきます。

本日はそんな気持ちになれるお寺行きとなりました。

三重県四日市市の一心寺 春の大祭

大法院一心寺 

三重県四日市市笹川一丁目156

 客殿へ僧侶が入場です

 桜が満開です

 花まつりの幟

 次々の参拝者が続きます

 釈迦誕生仏への参拝です

 甘茶供養

 元清水寺貫首の揮毫の書です

 金亀岩

 案内板

 火渡り式前の境内

 まずは魔を退ける法螺貝から

 太鼓

 僧侶を御詠歌でお迎え

 大祭法要中

僧侶のご法話 

 僧侶退場

 本堂と廻向堂

 お不動様

 役小角像

ここからは火渡りです





昨日の写真です。

 最近では御朱印ブームで若い人たちがお寺に列をなしたり、朱印が目的の四国遍路の姿も目にしますが、昨日 訪れた一心寺には熱心な信者や一般参拝者が本堂を埋め尽くしていました。

ご本尊が不動明王のためか 熱心な信者が多数存在し、法要中には雑談もなく、お寺で開催されている御詠歌の会や写経会に参加される人々と、山岳信仰である大峰山の修験者の壮烈な法螺貝の音色に圧倒される参拝となりました。

 一方でお寺の墓じまいとか檀家離れが社会的な話題となりますが、先祖供養や葬式だけを生業とするお寺と違い、真言密教では自分自身を見つめ直したり、個人的な祈願を目的とする参拝が多いためか、昨日 訪れた一心寺からもその熱気を実感させられました。


自分のご先祖や親族の供養も大切とは思いますが、弘法大師空海が目標とした生きたまま仏になる 「即身成仏」に間違いがないことを実感させられる 四日市行きと なりました。


聖天祭に三重県桑名市へ

三重県木曽岬町の桜並木

三重県桑名駅北側

大福田寺

山門前の出店

山門

鐘楼堂前

明日用のテント

境内

本堂

弘法大師

写真展

ご本尊前

聖天堂山門

聖天堂前の参道

明日の火渡り祭の準備中

火床つくり

祈願された護摩木です

明日の準備です

駐車場

桜と日の丸

お地蔵様

本日の写真です。

三重県桑名市の大福田寺(だいふくでんじ)で催された桑名聖天祭に行ってきました。

昨年9月に初めて大福田寺を訪れましたが、それ以来毎月1日は桑名へ走るようになりました。

本堂でご本尊の阿弥陀如来に手を合わせ、その隣に鎮座される弘法大師に読経し、文殊菩薩や観世音菩薩の真言をあげ、聖天堂で聖天様とお不動様に真言をあげます。

そして聖天堂にある福袋を新しい福袋と交換後に、納経所前で護摩木に名前と願い事を記入して参拝を終えました。
ちなみに 本日書き込んだ護摩木は明日お焚き上げになるとの話でした。

私の住む愛知県津島市にも多くのお寺があり、津島霊場会なる組織も運営されていますが、残念ながら参拝者が日常的に参拝する寺院は存在せず、ましてや 護摩木を日常的に焚き上げるお寺はありません。

明日開催される桑名火渡りまつりは、多くの参拝者が書き込んだ護摩木が焚き上げられ、桑名市内を稚児行列も練り歩きます。

私も参加予定でしたが、四国遍路で出会った知人に案内された四日市市の一心寺において開催される「火生三昧」(火渡り)に参加することになりました。

一心寺では明日午前10時より本堂にて大祭法要が厳修され、午後は境内にて柴燈護摩供を厳修し、火生三昧(火渡り)が行われます。

桑名市の聖天祭 大福田寺へ

大福田寺山門前の団子屋さん 


門前の団子屋さん 過去の一言です


 手水舎

真新しい鐘楼堂 

 本堂

聖天堂 

 聖天堂仏前

本堂の天井 に下がる瓢箪

本堂前の境内

昨日の写真です。

昨日は毎月一日に営まれている桑名聖天祭に訪れました。

大福田寺(だいふくでんじ)では毎月1日に午前10時頃より聖天堂にて護摩法要が行われますが、中村日赤の診察日だったことから11時に到着し、本堂のご本尊である阿弥陀如来と弘法大師に読経後、隣の聖天堂へ渡り廊下から渡ります。

聖天堂には聖天尊が奉られており、堂内の大黒天やお不動様に祈願して、出入り口に置いてある福袋をこれまで持っていた福袋と交換して参拝を終え、納経所前で護摩木に願い事を書き込みます。大福田寺の本堂や、聖天堂の天井は護摩を炊き上げた煤で真っ黒になっており、そのことからも多くの信者が参拝に訪れていることが判ります。

 ここからは大福田寺のフェースブックの写真です。

境内

本堂でのお勤め

聖天堂のお勤め

大福田寺のFacebook

毎月1日に門前へ出店している団子屋「朴乃木屋」さんは愛知県の業者で、9の付く日は名古屋市中村区の中村公園に出展しており、八事の興正寺や笠寺観音にも出店する名店ですが、来月の1日と2日は地元の犬山祭りに出店するためお休みとのことでした。

事務所の入り口にも貼りました


さて、添付したポスターは、来月2日に開催される火渡りまつりの案内ですが、一寺院の行事とは思えない桑名市の一大イベントと化しており、11月に参加した火渡り神事に感激したことから、今度は家内や知人を誘って訪れたいと思っています。

西国巡礼中 根来寺へ参拝して

西国第2番紀三井寺から見える遠景

山門


ここからは根来寺です

参道

受付

大谷川にかかる伝法橋

石標

大伝法堂(本堂)

案内板

大塔

大師堂

根来の無縁仏

六地蔵

案内板

龍見橋

本坊入り口

本坊寺務所

光明殿

渡り廊下

聖天池

聖天堂

名勝庭園

裏庭

大広間

大黒天

客間

聖天池

聖天堂(左)と行者堂

鐘楼門

参道


本日一番長く滞在したお寺が根来寺です。根来寺は高野山で修行された興教大師覚鑁上人が興された新義真言宗の総本山で、真言密教のエキスが凝縮されたような魅力あるお寺です。

そんなわけで、道草となる寄り道が西国順礼のお寺より長くなった次第です。

第3番粉河寺へ

本堂


第4番施福寺へ

本堂


第5番藤井寺へ

本堂


 本日は西国巡礼第2番紀三井寺から第5番藤井寺まで参拝しました。昨日は1番青岸渡寺に参拝し、午後7時に愛知県の自宅まで戻りました。

初めて西国巡礼に出たのは平成14年秋でしたが、その時の2日目は2番寺から7番寺まで参拝し、8番の長谷寺の門前まで到着して大和屋へ宿泊しました。

本日の予定も、当然7番寺まで参拝する予定でしたが、第5番藤井寺で巡拝を終えました。40代だった20年前と69歳となった老いた年齢差もありますが、根来寺の寄り道だけでなく参拝にかける読経の時間が長くなったことも大きな原因です。

藤井寺の近くで停めさせていただいた工場

参拝後

 本日の写真です。

「ここに停めていいよ」
  「えっ、本当ですか?」
「ここを行けばすぐだから」
  「ありがとうございます」

 藤井寺の近くで細い路地に入り込んだ私へ、工場でフォークリフトに乗る親爺さんが声をかけてくださり、工場の前に車を駐車させていただきました。 

今にして思うと、昔から知る知人のような会話となり、何か因縁めいた出会いで、今は亡き知人が導いてくれたとしか思えない出会いでしたが、参拝後に車へ戻るとその親爺さんは工場を閉めて帰られた後でした。

知人のようでもあり不思議な出会いでした。

愛知県豊川市の豊川稲荷 

豊川稲荷楼門

境内の出店

鐘楼堂

山門

天文5年(1536年)今川義元公が寄進した建物で、当山の現存する中で最古の建物

鳥居と本殿

本殿

豊川稲荷は正式名を「妙嚴寺」と称し、山号を圓福山とする曹洞宗の寺院です。鎮守は豐川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)


香炉台

大提灯

千本幟

本殿から奥の院参道、裏門にかけてぐるりとはためく幟は全国より参拝にみえた御信者方が奉納されたもので、その数の多さから通称千本幟と呼ばれています。

奥の院への参道

景雲門

奥の院参道の中間にあり、安政5年(1858年)の創建で、旧奥の院拝殿を昭和5年の大本殿の御開帳に際し、現在地に移転し、景雲門と名付けられた

納符堂

 奥之院
文化11年(1814年)の建築で、昭和5年の大本殿の新築に伴い、旧本殿の拝殿を奥の院拝殿として移築したものです。

弘法堂

万燈堂(禅堂)

霊狐塚への参道

霊狐塚に置かれた狐像

 もとは納めの狐像を祀る場所でしたが、祈願成就の御礼として御信者の奉納された大小、多くのお狐さんがお祀りされており、その数はおよそ一千体にものぼります。

霊狐塚

昨日の写真です。

 昨日訪れた豊川市の豊川稲荷です。私が主催していた朝日旅行友の会では昭和63年から各地へ観光バスの日帰り旅行を企画し、とりわけ多くが京都のお寺を目的地にしていたため、私自身を昔からお寺好きと言われる人は多くいます。

 しかし、平成13年に四国遍路を始めてから次第に空海の残した真言密教に魅了され、真言宗の寺院を中心に参拝するようになりましたが、自分自身に厳しい曹洞宗のお寺も大好きで、共に共通するのはお寺の中に鳥居や神社が混在していることです。

 つまり、信心には仏教も神教にも境目はなく、真言密教のご本尊は大日如来であり、空海は若い頃四国各地の岩窟や山の厳しい自然環境下で修行されていますが、大日如来は山岳信仰のシンボルともなっており、自然崇拝にはお寺も宗派や神社も関係ありません。

 豊川稲荷については、お寺のホームページにもはっきりと曹洞宗の寺院であることが記されていますが、境内に大きな鳥居が存在し、神社の楼門とお寺の山門が混在しているため、参拝客のなかには拍手を打つ人もあります。

 さて、豊川稲荷は愛知県内にありますが、私自身が唯一電車を利用して参拝するお寺で、年寄りになって本当にお参りに行ってきたような感覚にさせてくれました。そして、豊川稲荷に近い曹洞宗の寺院には、弘法大師のお告げで湧いたと伝わる井戸が存在し、お寺の境内にミニ八十八ヶ所が存在する姿は真言宗のようでした。昨日は感慨深い一日となりました。

21日はお寺で写経と阿息観へ

本日の般若心経

参道の幟旗

津島市越津町 高野山真言宗弘盛寺

弘法大師と十三佛

本堂

境内

四国椿堂ゆかりのツバキ

本日の写真です。

毎月21日はお寺の日と決めてあるものの、上高地や四国遍路ばかり考え不在が続き、本日は久々に町内のお寺を訪れることができました。

久々に訪れてお寺の境内を見渡すと、私が四国別格霊場の椿堂さんから頂いて持ち帰った弘法大師ゆかりの椿の木が主を待つかのように迎えてくれました。

改めて案内板を読んで、この椿は弘法大師が地域で流行していた病を封じ込めたと言う伝説の椿で、町内のお寺でも病気平癒の案内が出されていました。

今年7月に膠原病と診断され、四国霊場や真言密教のお寺に病気平癒と手を合わせながら、町内のお寺だけでなく我が家にも一緒に持ち帰った「病気平癒」の椿があることを改めて認識させられました。


 
写経道場


さて、本日は阿息観に参加するためにお寺へ向かいましたが、ちょうど若い女性達が写経を始める時に訪れたため私も写経に参加することになりました。

2010年06月03日

かつては般若心経や座右の銘を書道展に出品しており、複数の知人から作品を所望されていたことを考えると今年になって膠原病を患ったとはいえ随分と書の腕が低下したことを本日の写経で実感させられました。

お寺でリラックス


真言宗のお寺のありがたみは、本堂でもリラックスしてくつろげる環境があることで、月に1回はお寺に座ってゆっくりすると心が落ち着きます。

阿字観掛軸ご本尊
阿字観道場 (本堂)
 阿字観(あじかん)とは、真言密教の瞑想法の一つであり、瞑想により「世界と自分はひとつである」ことを実感することです。 密教の根本経典の一つである「大日経」で説かれ、平安時代に弘法大師空海によって日本に伝えられた瞑想法です。

2011年07月21日

本日開催された阿息観は阿字観の入門編とも言える瞑想法ですが、過去のブログを振り返るともう11年も前からこのお寺に足を運んでいたことにびっくりさせられました。

上高地:日本一美しい自然の聖地 上祐史浩オフィシャルブログ     http://ameblo.jp/joyufumihiro/entry-11915696228.html

上高地の下見:自然の中での体験と陰陽の自然  2011-08-26     http://ameblo.jp/joyufumihiro/entry-10998562440.html


私は上高地で穂高連峰から降りてくる霊風を吸い込む阿字観を理想としていますが、私と同じ感覚で上高地を訪れていた上祐さんによって、上高地と真言密教の聖地高野山や四国遍路の延長線上にあることを確信させられました。

  

 抹茶とお菓子


 我が家は浄土宗の檀家ですが、かつてのお寺では当たり前だった環境が真言宗のお寺には存在し、私が元気で外出できるうちは四国のお寺や高野山だけでなく、各地の真言宗のお寺を訪れていきたいと思っています。

本日は久しぶりにリラックスできる一日となりました。

安曇野市の古刹 真言宗の平福寺

4日(木)の写真です。

長尾山 平福寺
長野県安曇野市三郷温4372

門前の柿

仁王門

参道
百体観音像
稲荷大明神
弘法大師空海が遣唐使船で日本に帰るときに、中国から付いてこられた中国の神様ですが、真言宗にはお稲荷様を祀るお寺が多く存在します。

太子殿 手前は十三仏石像
太子堂には聖徳太子が祀られています

聖天堂
 富貴を授けるという大聖歓喜天尊が祀られており、商売繁盛を祈願する人々に信心されているようです

参道

大杉

大銀杏

本堂

本堂前
 高野山真言宗の寺院である長尾山平福寺は、千年以上の歴史を持つ安曇野屈指の古刹です。その開基は不詳ですが、諏訪大社下社にあった神宮寺の僧・憲明阿闍梨(?-1396)の中興とされます。

お賓頭盧様

扁額

絵馬

絵馬

千匹馬

絵馬

案内板

本堂から見る参道

修業大師像

遍照殿(客殿)

納経所

大師堂

安曇野大師

集められた無縁仏など

幡隆上人の名号碑(パンフレットから添付)

一冠木門 (通用門)
この門は悪鬼から聖域を守る意味があるそうです

11月4日の写真です。

 長徳年間 (995年~99年) の創建と伝わり、本尊の木造聖観音菩薩立像は平安末期の作風を残し、鎌倉初期の重厚さがにじみ出ていると言われる長野県安曇野市では最古の仏像だそうです。長尾の観音様と昔から庶民に親しまれてきた広大な境内を持っていた古刹ですが、明治初期の廃仏毀釈によって観音堂を残して廃寺となったことは残念の一語です。

 平福寺を訪れる前日に参拝した満願寺 (725年創建) と松尾寺 (651年創建) も真言宗のお寺ですが、先月参拝した松本市の真言宗山派の牛伏寺 (ごふくじ756年創建) も含めて、弘法大師空海の真言密教が高野山から遠く離れた信州で伝承されてきたことに驚きです。

 牛伏寺では毎日護摩木を焚き上げる密教伝来の祈願が僧侶によって行われていますが、平福寺では地域をつなぐ交流施設が新たに建てられており、ダンスや武道だけでなく宿泊もできるうえに葬儀や通夜もできるという現代風の魅力あるお寺でした。

 上高地の行き帰りの道草ですが、信州には歴史のある古刹が点在することから、四国や高野山から遠く離れていても弘法大師空海の近くに居るような同行二人を実感させられるようになりました。これも来週15日の上高地閉山式が最終日となります。

安曇野市の古刹 松尾寺と満願寺

3日(木)の写真です。

満願寺駐車場
長野県安曇野市穂高牧1812

本堂への参道

本堂

栗尾山満願寺の扁額

満願寺は、長野県安曇野市にある真言宗豊山派の寺院。山号は栗尾山。千手観世音を祀っており、信濃三十三番札所の二十六番札所である。「信濃高野」とも称される。 
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 本尊は千手観世音で、神亀年間(725年ころ)に、池から出現した1寸8分(約5cm)の仏像を安置し、堂宇を建立したのが創建の由来であると伝わる千三百年の歴史を刻む古刹ですが、

1870(明治3年)の廃仏毀釈により廃寺となった。6年後の1876年に再興された。

鐘楼堂

観世音菩薩像

聖天堂

由来

境内

弘法大師 空海像

納経所

庭の剪定中


 お経橋のたもとには地蔵堂が建ち、中には500体に上るお地蔵さまが祀られている。子授け地蔵として古くからの信仰を集めており、この地蔵を借りて行って添い寝すると子宝に恵まれると言われると発信されているが、残念ながら山門は訪れておらず、何よりも“安曇野の名水”として知られる標高900mの境内から湧く湧水を知らずに参拝してしまいました。


道祖神

安曇野から見える北アルプス

ここからは松屋寺です。

松尾寺公園入口

長野県安曇野市穂高有明7327

案内板

藤棚

紅葉したドウダンツツジ

山門への参道

山門

参道

本堂への石段

鶴王山松尾寺本堂


松尾寺は 長野県安曇野市穂高有明に在る高野山真言宗の寺院。山号は医王山。院号は常楽院。本尊は薬師如来。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 『長野県史』では本尊を安置する薬師堂を造営したのが支族の古厩氏である盛政で、創建自体は白鳳2年(651年)までさかのぼるとしているが、信府統記によると1528年、仁科盛政を開基として中興されたとされたともある。本尊は薬師如来。

 どちらにしても残念なことは、満願寺と同じく明治の廃仏毀釈によって、薬師堂(本堂)と仁王堂を残してすべて取り壊されてしまったことで、お寺周辺には、桜、水芭蕉、カタクリ、藤棚、ボタンなど、季節によっていろいろな花が楽しめると言い、大規模に藤棚や公園内には郷土資料館もあるのでゆっくりと訪れたいお寺です。

案内版

静かな境内

大師堂


地蔵菩薩

水車小屋

寺伝

樹木に囲まれた駐車場


安曇野


弘法大師空海が誕生したのが774年のことで、高野山開創が勅許されたのが816年であることを考えると、715年に池から出現した仏像を堂宇に安置したとされる満願寺の歴史は古く、松尾寺が651年に創建された(1528年創建との説もあり)とすればとてつもない歴史を有していることになります。


 長野県の松本市や安曇野市に、こんなに歴史のある古刹が残されていることには驚きで、参拝する人の姿は無かったものの、参拝できる環境が整っており感動の参拝となりました。


3日はその後午前中に上高地へ入り、田代橋から小梨平まで巡視した後の午後は、環境省ビジターセンター前で望遠鏡を出して定点解説中の先輩ボランティアを手伝って一日の活動を終えました。


桑名市 大福田寺の聖天秋季大祭へ

 桑名市 大福田寺

 本堂への参道

 聖天尊への参道

 聖天尊本堂


大福田寺の縁起

当山は神宝山・法皇院 大福田寺と称し、今より約千四百年前、用明天皇(在位585~587)の皇子 聖徳太子(574~622)が伊勢の山田に御創建されたお寺です。

 天武天皇(在位673~686)、持統天皇(在位686~697)、聖武天皇(在位724~749)、淳和天皇(在位823~833)各天皇の御臨幸あり、聖武天皇勅して大神宮寺と称され、淳和天皇時代に勅願寺に指定されました。

三重八十八ヶ所霊場 一番札所、伊勢西国三十三所観音巡礼 番外、伊勢七福神 大黒天。各札所となっています。


毎月1日に行われる聖天祭で、年に一度の大祭が4月1日と11月1日に行われ、この日は修験行者による柴燈護摩が焚かれ、参詣者も参加できるる火渡りが行われます。


そんなわけで本日は桑名市まで行ってきました。

 

法螺貝の音色と共に護摩壇へ点火です 

 般若心経の読経



行者の法螺貝 

 腹まで響く太鼓

読経が続きます 

ご住職 

 法螺貝行者の退場です

先導は住職 

 まだまだ準備が続きます

 火渡り式の開始です

真剣を持った儀式です 




 火渡りのビデオ


いよいよ始まります

まずはご住職から

 火の中を歩きます

 まだまだ燃えています

一般信者も続きます 

続々と火の中へ

 もうすぐ私の番です

 本日の写真です。

 本日は桑名市の大福田寺で聖天祭が行われ、4月と11月は火渡り儀式が開催されると教えていただいたので朝一番で出かけました。

膠原病患者は朝や午前中が不調の人が多く、私自身も起床後の2時間程度は動くのも億劫ですが、本日は痛む右膝も傷まず、一人で桑名市まで運転して行きました。

甲高く鳴り響く法螺貝の音色と点火された護摩壇から立ち上る煙の中で、僧侶や行者の般若心経の読経が続きます。

住職を先導にして行者や信者が次々と火の中を渡って行くのを見て、歩くのも苦痛であるものの、自分もと思って靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ捨てていました。

足元の炎と赤い炭の上を歩いたものの、幸いにして雨も降っており程よい心地いい火渡りとなりました。

午前中の儀式でしたが午後3時になっても足の裏が温かく感じられる一日となりました。次の火渡りが行われる来年4月まで頑張ります。

松本市の古刹 金峯山牛伏寺

牛伏寺砂防ダムと松本市街

寺標 

牛堂

立て札

 参道入口

山門前

大銀杏


金峯山牛伏寺(ごふくじ)  長野県松本市内田2573
牛伏寺は、長野県松本市内田にある鉢伏山の中腹、海抜千メートルの幽谷の地に位置する真言宗智山派の寺院。山号は金峯山。本尊は十一面観音。鉢伏山の西側中腹に位置する。古くから修験道の寺として知られ、県下で屈指の規模と文化財を誇る寺院である。

 寺紋

 山門周辺

如意輪堂 


寺伝によると、天平勝宝七年(756年)唐の玄宗皇帝が善光寺へ大般若経六百巻を納経の途中、経巻を積んだ赤・黒二頭の牛が、この地で同時に斃れ、その使者たちが本尊十一面観世音菩薩の霊力を知り、その経巻を当山に納め、二頭の霊を祀って帰京しました。

手水 

庭の 池

観音堂への石段 

 仁王門

 観音堂

 本殿

お賓頭盧 

 鐘楼と聖徳太子殿

厄除の鐘

 聖徳太子殿

仁王門と 観音堂

弁天堂 


観音堂と東殿 (右)

納経所のある本坊 

 朱印
昨日の写真です。

私は上高地から愛知県への帰り道として通る山形村や朝日村から、国道19号線沿いの木曽路にある古刹や史跡などに立ち寄ってきました。

今回は上高地の宿が満杯で取れなかったため、二日目となる昨日は目標を変えて松本市街の東側に位置する牛伏寺へ参拝のため訪れました。

このお寺は信州で唯一の厄除け観音として、一年を通じ毎日ご祈祷を受け付けており、一日に4回観音堂で護摩を焚いたご祈祷が行われています。

お寺が創建されて1300年(756年創建)の歴史があり、国宝や国の重要文化財となる仏像が多く残されていますが、私が参拝に訪れるお寺は古いだけでなく参拝できる環境の整った真言宗のお寺を中心として訪れてきました。

空海の生まれた四国や真言密教の聖地高野山から遠く離れた長野県に、空海が中国から持ち帰った密教の歴史が延々と伝承されていたことにも感激です。

桑名市の聖天祭へ行ってきました


三岐鉄道の電車です 

まさにローカル線です 

西桑名駅 


 お寺への参拝目的の桑名行きでしたが、ついでに桑名駅を訪れて三岐鉄道の西桑名駅と電車を鑑賞してきました。

三岐鉄道北勢線は、西桑名駅から阿下喜駅まで結んでいるローカル鉄道ですが、桑名市の近鉄富田駅から西藤原駅を結んでいる三岐鉄道と合わせて機会があれば是非とも乗車してみたい鉄道でもあります。

2021-05-26 

こちらは桑名駅 

JRと 近鉄が利用できます

 JR 関西本線の電車

 駅前

駅近くの安永餅本店 

桑名名物です 

店舗入口 

孫に買ってきました 


大福田寺山門 

本堂から見る山門 

聖天尊の幟 

 朱印 1日は金色
本日の写真です。

先月訪れた桑名市の大福田寺で毎月1日に開催されている桑名聖天祭に出向き、聖天尊や弘法大師に手を合わせてきました。

2022-09-04

 先週と先々週に京都の真言密教の聖地である東寺と仁和寺へ参拝してきましたが、多くの観光客と比較して参拝客はほとんどありませんでした。

本日の聖天祭は午前中から祈願した信者の護摩木が焚かれ、私が訪れた午後にも護摩木の煙とともに参拝者が灯したロウソクと線香の煙が本堂をおおっていました。

大福田寺では信者が祈願した護摩木がその都度炊き上げられており、本日も真剣に手を合わせる若者や県外からの信者が続々と参拝に訪れていました。

平成13年から四国遍路を始め、西国、坂東、秩父の百観音の巡礼をしてきたものの、自分自身の健康を祈願するのは初めてとなり、護摩木に書き込むご婦人の助言を頼りに護摩木を託してきました。

京の三弘法 仁和寺


 仁和寺 仁王門

 駐車場

寺標 

山門から見える境内

本坊表門

本堂境内 

御殿 

しん殿 

 勅使門

案内図 

中門までの参道 

 中門

 五重塔

 壮大な五重塔

金堂 

 本殿前

水掛 不動尊

水をかけます 

 御影堂入口

 御影堂

 鐘楼

 大黒堂

 成就山八十八ヶ所


御室八十八ヶ所霊場は、文政10年(1827)当時、四国八十八ヶ所への巡拝が困難であったため、時の仁和寺29世門跡済仁法親王の御本願により四国八十八ヶ所霊場のお砂を持ち帰り、仁和寺の裏山である成就山山道に埋め、その上に諸堂を建て霊場を整備したのが始まりです。成就山(236.0m)



 観音堂

金剛華菩薩像

御室会館 

 仁和寺東門
昨日の写真です。

仁和寺は仁和4年(888)に創建された真言宗御室派の総本山ですが、規模が大きいだけではなく参拝できる環境が整っており、成就山には四国八十八カ所のそれぞれのお堂を建てた本格的な八十八ヶ所が存在します。

全国各地のお寺にミニ八十八ヶ所が存在しますが、境内や裏山に石仏が置かれただけの霊場が多く、仁和寺のような大掛かりな八十八ヶ所は初めて目にしました。

2時間ほどで回れる霊場との案内ですが、それぞれの札所のお堂で真言を上げると半日がかりになるため、今回は後日への先送りとして、改めて巡拝に訪れたいと思います。

参考にしてください。
仁和寺 成就山八十八ヶ所ウォーク 護摩祈祷会
・10月2日(日)・11月6日(日)・12月4日(日)

三重県桑名市の古刹 大福田寺へ

神宝山 法皇院 大福田寺

              三重県桑名市大字東方1426

大福田寺は、三重県桑名市東方にある高野山真言宗の仏教寺院。日本三大歓喜天のひとつに数えられ、毎月1日の聖天祭には多くの参詣者で賑わう。


縁起 | 大福田寺 (daifukudenji.jp)


 門前

山門

山門から見る境内

 本堂への境内

 大銀杏

 本堂

 本殿入口
大師堂 (右) と本殿

 手水舎

 聖天堂山門

聖天堂の鳥居

聖天堂 

聖天堂 (左) と本堂



伊勢七福神 伊勢西国三十三所

 納経所

 縁起
本日の写真です。

 本日添付したお寺は三重県桑名市の古刹大福田寺です。創建は飛鳥時代で、聖徳太子が開いたと伝わる真言宗の歴史あるお寺です。

本尊は阿弥陀如来で、三重四国八十八ヶ所霊場の一番札所で、伊勢七福神と伊勢西国三十三所の札所でもあります。

本日は偶然にスマホを見て大福田寺へ立ち寄ったため、真言宗のお寺であることも知らず、朱印帳も持参しておらないため、改めて参拝する旨を納経所に伝えて山門を出ました。

ところが、駐車場で偶然にも帰られた直後のご住職に声をかけられ、お寺の歴史や由来を聞くことができました。

そして、ご自身は次男のためお寺の後継者ではなく高校教師をしていたものの、住職の兄で先代住職が病で倒れられたため、64歳で僧侶になった経緯など時間を忘れて雑談に花を咲かせてきました。

こんなことが相性というのか、巡り合わせというのか分かりませんが、住職が私と同じ昭和28年生まれ(学年は住職が1年上)であり、真言宗や弘法大師を信奉する私にとっては久しぶりとなる初対面の僧侶と意気投合する出会いとなりました。


 住職との会話で毎月一日に桑名聖天月例祭が行われており、信者や参拝者が書き残した護摩木のお焚きあげが行われると聞き、来月に再度訪れる約束をしてお寺を後にしました。

大福田寺は愛知県津島市の我が家から車で40分程度の距離にあり、これから新たに参拝できる真言宗のお寺が増えました。

正座はできないもののお寺の阿息観へ

お寺の新しい案内
本日の写真です。

 本日の愛知県は朝から小雨が降り続ける一日となりましたが、午前中は息子の接骨院で施術を受け、午後は町内のお寺で開催された阿息観に参加しました。

先月参加できなかったので2ヶ月ぶりの阿息観となりましたが、両手と右膝が不調なため椅子に座ったまま瞑想法参加となり、腹式呼吸すらできなかったものの、毎月参加してきた阿息観参加を体調不良を克服する第一歩にしたいと考えています。

さて、6月3日以来車の運転から遠ざかっていましたが、お寺が近所だったことと、一日も早い社会復帰のためハンドルを握りました。

本日の福祉有償運送は家内と仲間たちの頑張りで患者さんの送迎が行われましたが、私自身の現場復帰は当面考えられません。(残念〜)

家族に同行して稲沢市で参拝へ

 稲沢あじさいまつり

開催期間:令和4年6月1日(水曜日)から令和4年6月19日(日曜日)まで

開催時間:午前10時~午後4時

 大塚山性海寺
愛知県稲沢市大塚南一丁目33番地

 寺伝

 本堂 本尊善光寺如来
本堂内左側に弘法大師が祀られています

 稲沢新栄溝巡拝記念碑

 境内風景

 三宮社
鉢剣社、天王社、春日明神社が祀られています。

 山門前の出店

 稲沢市のあじさい祭りの会場となっている性海寺は、真言宗智山派の古刹です。

本日はあじさい祭りを見物に行く家族に同行しながら、実際には周辺の真言宗のお寺へ参拝することを目的に同行して行きました。

性海寺も真言宗のお寺ですが、同じ町内には不動明王を本尊とする恵明寺と、薬師如来をご本尊とする大塚のせんき薬師が存在します。

 稲沢市大塚南

Google 地図

 恵明寺
愛知県稲沢市大塚南3丁目37

 弘法大師像

 本堂 ご本尊は不動明王

 せんき薬師 西福I院
愛知県稲沢市大塚南3丁目28

 のぼり旗

 御嶽山も祀られています

 白龍王大神

せんき薬師は尾張地方の真言宗のお寺の中では一番といってもいいほど熱心なお寺で、連日加持祈祷が行われており、信者が寄進したのぼり旗が所狭しと立ち並ぶ姿に圧倒され、参拝者の供えた線香の煙がもうもうと立ち上っています。

境内には御嶽山や白龍様が祀られており、弘法大師や真言密教の伝統的香りを実感させられるお寺です。
  

 矢合観音
稲沢市矢合町2664

 境内

 本堂

 霊水
本日の写真です。

 最後に訪れた矢合観音はこれまで毎月のように訪れてきた観音様ですが、コロナ禍の外出自粛だけでなく、矢合観音のシンボルになっていたこだま食堂が閉店したことで随分と参拝する機会が減ってしまいました。

お寺ではなく一般の在家であることを考えても寂しいものがあります。

追突事故により両手が不調なため家族の外出に同行するしかありませんが、紫陽花の花鑑賞が三ヶ寺の弘法大師に導かれたような外出となりました。

21日は弘法大師の日です

我家の畑のイチゴ



 我家へ60年ほど配達してもらっていた「伊藤クリーニング店」が廃業することになり、本日最後となる私のシャツが届けられました。 


2014年10月09日


 過去の一言を確認すると、昭和38年には配達されており、開業直後から我家へ出入りしていたクリーニング店だけに一抹の寂しさは隠せず、父親は名鉄電車の運転手からレストランの支配人やサービス業へ移動し、本社勤務も続いたためクリーニングは必需品でしたが、私が3年前に議員を引退したため、わずかな配達は申し訳ないと思い、潮時も近いと思っていた中での廃業は悲しい現実となりました。

最期に届けられたシャツ


 10年程前に先代の経営者が亡くなられた時、配達されていた弟さんから我家の昔話を聞かされ、仕事上で出入りするだけてなく、地域の中に入り込んだ人間関係を実感させられましたが、コロナ禍だけではなくクリーニングを必要としない衣類が宣伝される社会環境の変化も実感させられます。

 さて、平成11年3月1日の早朝ですが、昭和52年元旦より一日も休むことなく我家の前に停まっていた新聞配送用のトラックがゆっくりと徐行しながら通過していきました。議員との兼職禁止による無念の廃業でしたが、新しい世界に旅立つための変化にも寂しさが募ったものの、人生の終末期となった現在になって、長年我家へ出入りしていた業者の廃業は寂しさよりも悲しい気持ちにさせられました。


本日の上高地 インフォメーションセンターの画像


上高地の遊歩道


上高地の天気


高遠城址公園の天気

本日の写真です。

 週末出かける上高地から発信される情報は多く、出かける前から現地の様子が見られるのはありがたいものです。土曜日は上高地で、日曜日は高遠城址公園を訪れる予定です。

 さて、私にとっての21日はお寺に行く一日となり、毎月真言宗のお寺の本堂に座って「阿息観」の瞑想法に参加してきましたが、今年1月からコロナの蔓延防止のため中止が続き、4ヵ月ぶりの阿息観参加となったものの、参加者は私一人となりました。

 家内は名古屋市で開催されている志賀弘法会の代表を送迎しましたが、我家にとって21日はお寺や弘法大師の姿を思い浮かべる一日となります。

源義朝暗殺の地 野間大坊に立って

野間大坊大御堂寺の源義朝公御廟に眠る人々のお墓

大御堂寺から300メートル歩くと密蔵院へ

知多四国第52番 鶴林山密蔵院

大師堂

大師堂内

新発見

蜜蔵院の沿革

境内の奥の山

100メートル

200メートル

300メートル

目的の松

はりつけ松の説明

のどかな風景ですが…

先週土曜日の写真です。

 今から900年前の話となりますが、平治2年(1160年)に源義朝(源頼朝の父)は入浴中に随行していた鎌田政家の舅、長田忠致・景致父子に平家からの恩賞目当てで暗殺され、随行していた義朝の乳兄弟と呼ばれた鎌田政家も暗殺前日に影致によって殺害されています。

 鎌田政家の妻は長田忠致の娘と言いますから、忠致は娘の夫を殺害し、政家が仕えていた主君義朝を暗殺し、その首を大御堂寺の横にある池で洗い、平家の恩賞をもらうために首を持って上京したと伝わっています。知多半島から京都まで移動した時間を考えると、持参した首の状態や検分した平家の武士の当時の顔がよみがえってきます。

 下克上と言われる戦国の時代にあって、親子や兄弟が殺しあうのは当り前の世情かもしれませんが、平家のために娘婿を殺した長田親子は暗殺した義朝の息子である源頼朝の下で働き、頼朝のために恩賞もあげますが、この野間の地で頼朝によって磔にされ、その松が枯れてはいるものの蜜蔵院の裏山に残されていることはリアルですね。

 さて、今から400年前には本能寺の変で織田信長が暗殺された後に、後継を争う柴田勝家と豊臣秀吉の間で争いが起こり、柴田勝家側についた信長の三男信孝も、秀吉と次男信雄によって本日添付した蜜蔵院で自刃しています。

 知多半島は知多八十八ヶ所の巡礼の地になっていますが、かつてはそのお寺で暗殺が行われ、その後当事者が裏山で磔の刑に処され、織田信長の三男はその家来だった秀吉と自分の兄弟によって蜜蔵院で自害していた歴史が目を閉じると浮かび上がってきそうです。
 

2018年 2月19日 私の記した一言です。

 お寺で人が殺されたり、人々が普通に生活する場所で切腹する残酷な歴史が数百年前は普通に行われており、私の住む津島市に近い七宝町にある「桂の六地蔵」についても、天正12年(1584年)6月に起こった蟹江城合戦で敗走し,秋竹で切腹した武士の遺骨を引き取った僧が,その冥福を祈って刀剣とともに葬って建立されたと言われています。


 この蟹江合戦についても、織田信長が本能寺で倒れた後に豊臣秀吉と徳川家康との間で小牧・長久手の戦い以降に起こっており、蟹江城合戦では秀吉軍と家康・織田信雄(信長の次男)連合軍の闘いですから、信長や秀吉の出身地である愛知県の尾張地方でも残酷な殺し合いが行われていたことが判り、三男の信孝を秀吉と一緒になって切腹させた次男信雄も、徳川と連合を組んで戦っていることを考えると、小汚い秀吉や家康に対して兄弟が多い織田信長の子供たちが団結して信長の意思を継承して欲しかったと思うのは私だけとは思えません。


 我家の住む土地から4キロしか離れていない場所で生まれた信長や、歩いて2時間の距離に生まれた秀吉の声が聞こえそうな年齢まで歳を重ねたことも実感するようになりました。今から1200年前の空海の声が聞きたいと四国の僻地を訪れているだけに、400年前の信長や秀吉の声が聞こえそうに思えても不思議ではありませんね。

                               1月26日の一言

知多半島 野間大坊の古刹を訪れて

源義朝公のお墓

昨日の写真です

野間大坊 客殿

石庭

四国八十八ヶ所 お砂踏み

悠紀殿

鐘楼堂

大門

大御堂寺 本堂

源義朝公 御廟

入り口

義朝公のお墓

伊藤萬蔵寄進の香炉

織田信孝公のお墓

池禅尼の塚

鎌田政家と妻のお墓

血の池

野間大坊信徒会館


 昨日訪れた知多半島美浜町にある野間大坊の大御堂寺の写真です。

野間大坊(のまだいぼう)は、愛知県知多郡美浜町にある真言宗豊山派の寺院。本尊は阿弥陀如来。山号は鶴林山。正式には鶴林山無量寿院大御堂寺(かくりんざん むりょうじゅいん おおみどうじ)と称し、宗教法人としての公称は「大御堂寺」である。寺がある美浜町野間は源義朝の最期の地であり、境内には義朝の墓がある。

 『大御堂寺縁起』には、天武天皇(673~686)の時代に役小角が建立、聖武天皇の時代に行基により中興されたと伝わり、寺伝には「その後空海が一千座の護摩を炊き庶民の幸福を祈った」と愛知県へは来ていない空海の名前も記されているのであくまで言い伝えですが、歴史の古い真言宗の古刹です。

源義朝の最後

平治元年(1159年)、平治の乱に敗れて東海道を下ってきた義朝は、随行していた鎌田政清の舅・長田忠致の許に身を寄せるが、忠致・景致父子は平家からの恩賞目当てに湯殿(野間駅の東にある法山寺にあったとされる)で入浴中の義朝を欺し討つ。この時、義朝は「我れに木太刀の一本なりともあれば」と無念を叫んだとされる。


 この源義朝公の御廟の中に、織田信長の三男信孝のお墓が残されており、信長が本能寺の変で亡くなっているとは言え、織田信長の三男でありながら家臣であった豊臣秀吉と戦って敗れ、大御堂寺の近くにある安養院で自害させられたことに残酷な戦国時代を実感させられます。

 昨日訪れた美浜町に残されたお墓から、数百年前まで何所で殺されるか判らなかった世情と、突然死んでも家族と最後の別れもできないコロナ禍の現代社会にも共通する人間の儚い生命を感じさせられました。
                                 1月23日の一言
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