祖父江町
祐専寺
佐藤まさあきは昭和12年生まれの漫画家ですが、小学校3年生の時に大阪から父親の生家であった祖父江町山崎(現在の稲沢市)に疎開し、祖父江中学を卒業するまで生活しています。
添付した「夕映えの丘に」は、昭和45年に少年サンデーへ自分を主人公として祖父江町で生活した少年時代を連載しています。
少年時代に佐藤まさあき氏の漫画を見ると時々祖父江町と思われる風景が登場しました。
そして漫画の画風について、氏の疎開時代に受けた理不尽な生活が大きく影響していたことも「夕映えの丘に」を読むとよく理解できます。
さて、氏の書き残した漫画の風景を今でも残す山崎地区ですが、戦中や戦後に疎開した子供たちを受け入れぬ封建的な土地柄だったことを考えると、この地区が祭り会場になっていることに違和感も覚えてしまいます。
祐専寺門前
見事な黄葉
山崎駅と名鉄電車
ぎんなんの里
銀杏の実
農家の即席販売
添付した写真は私の高校時代の写真ですが、樋田先生は校長のため担任や授業に出ないために生徒との縁が少なく、私を探して私のクラスの近くまで来ては「大鹿君、今度の週末はどうかな?」と毎週のように誘われ、祖父江町の旧家や郷土の歴史を調査する先生に連れられて各地を歩きました。不良で落第生の私を恥ずかしいとも思わず、何所にでも連れ歩いてくださいました。
郷土史の大家であった樋田先生は、その後祖父江町史も執筆されていますが、自分だけでなく私が同行することで地域を廻りやすかったようで、住まいが私と同じ津島市だったこともあり、地元の旧家も同行したため高名な先人との知遇を得るとともに、私の結婚式には校長会を欠席してまで出席して頂いた大恩ある恩師です。
もちろん銀杏の歴史についても詳しく調べられていました。
そんなわけで祖父江町には多くの恩師や先輩に恵まれていましたが、多ければ多いほど訃報も続き地域を廻ると寂しさも否めません。
津島市南新開の紅葉
絵画展へ
案内板
津島市児童科学館玄関
神野大地くんです。私の母校である神守中学校の後輩にあたり、私が同窓会長時代には活躍する青山学院大学の彼を応援するため大学駅伝の三重県の中継店を訪れたのも懐かしい思い出になってしまいました。
神野くんのお兄さんが私の三男の同級生にあたり、神守中学校陸上部からインターハイの走り高跳びで入賞した長男や、相撲部や自転車競技で全国大会に進んだ次男や三男を彼の存在から思い出す貴重な存在にもなりました。
神野君の頑張っている姿からも元気がもらえます。
さて、ここからは祖父江町へ移動します。
稲沢市のひまわり畑
まだ残っていました
となりのコスモス畑
〒492-8409 愛知県稲沢市井堀橋下町62−2
道草です
名鉄森上駅前ロータリー
バス停
名鉄森上駅
駅前の記念碑
内閣総理大臣安倍晋三氏の揮毫です
旧のんき屋隣のたこ焼き屋
会場のイチョウ
本日訪れた旧祖父江町の黄葉まつりについては明日以降に添付します。
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