大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

祭りと伝統

大晦日 京都八坂神社と百万遍へ…1

イメージ 1
八坂神社 をけら詣り

白朮(をけら)祭

イメージ 2
八坂神社 西楼門

イメージ 3
本殿前で火縄が売られます

イメージ 4
斎館前 をけら火前

イメージ 5
火縄にをけら火をつけます

イメージ 6
をけら酒を授与されます

年のことですが、大晦日は京都と決めており、大原の宝泉院は途中の渋滞のため拝観時間に間に合わなかったものの、大徳寺門前の細見酒店には立ち寄りました。

夕食後に八坂神社へ参拝に訪れ、をけら参りだけでなく、家族は御神酒をいただきました。

続く…

歴史を3万年もさかのぼると…

イメージ 1

 五百年以上の歴史がある尾張津島天王祭は、来週の7月23日(土)に絢爛豪華と言われる宵祭が行われ、翌日の24日(日)に朝祭りが開催されます。
  「尾張津島天王祭」は、日本三大川まつりのひとつに数えられ、津島神社の祭礼として、全国の数ある夏まつりの中でも最も華麗なものと言われており、昭和55年に「尾張津島天王祭の車楽船行事」が国の重要無形民俗文化財に、昭和59年に「尾張津島天王祭の車楽」が県の有形民俗文化財にそれぞれ指定されています。


 約3万年前に人類が沖縄に渡ってきた航海の再現実験で17日早朝、沖縄県与那国島から草舟2隻が出航したとの新聞記事に興味津々とさせられます。

草舟2隻、夜間はこぐことを中断 3万年前の航海再現

3万年前の船旅、何食べた? 航海再現チームの食料は…

 出航した与那国島と、到着地の西表島は約75キロあり、7人のメンバーが30時間以上かける航海となりますが、今回の航行は伴走船が併走しており、必要な水や食料を積んだ万全な航海であるものの、3万年前を想像すると、海の先に陸があることも判らず、何日かかるか判らない船出だけに、水と食料をどのように積み込んだのかすら想像ができません。

 約3万年前に人類が沖縄に渡ってきた航海の再現実験ですが、現代社会の国立科学博物館など専門チームによる万全な航海のため、天候や強風のたる何度も順延されました。
 しかし、天気予報もできない3万年前の人類が、東南アジアから集団で海を渡ってきたことには驚きで、この実験によって日本人の先祖が、海路で沖縄に移動してきたルートの裏づけになっていきます。

 日本人のルーツは、南方から海を渡った沖縄ルートと、大陸から朝鮮半島を渡ってきたルートと、北方から南下してきた3ルートと言われていますが、個人の意思で人が自由に移動していた当時を想像すると、国家の存在により尖閣諸島や竹島問題が起こり、中国の南シナ海の領有権問題などが起こっている現実が残酷に思えてなりません。

              本日の体重 72、4キロ 徒歩数 3264歩 間食あり
                                       7月17日の一言

花見に大衆演劇と春の話題が届きます

イメージ 1
 
 本日は隣のお寺の春の永代経が行なわれ、朝から受付に座る一日となりましたが、午後は昼の「オトキ」(昼食)も断って、約束した時間よりは遅れたものの車を走らせ、自由な時間になったのは午後7時になっていました。
 
 津島市の天王川公園では桜が開花をはじめ、せっかくの日曜日も雨と強風のために人出はなかったものの、屋台の設営が整い、夜には公園に張られた提灯に電気が灯り、これからの一週間は満開の桜の下で花見が繰り広げられます。
 
 添付した写真は津島神社の東の鳥居と楼門ですが、夜にはライトアップの照明がともり、幻想的は空間が広がっていましたが、感度の悪い携帯電話しか持ち合わせておらず、イメージとは随分かけ離れた写真になってしまいました。
 
 今週は、津島市内の花の様子も添付していきたいと思います。
 
どっこい生きてる時代劇 福岡、大衆劇場が守る文化
記事の続き…
 しかしその時代劇は、苦境にある。かつては民放各局に時代劇枠があったが、「銭形平次」、「暴れん坊将軍」と消え、42年続いた「水戸黄門」も2011年に終了、地上波の民放から時代劇のレギュラーがなくなると話題になった。背景には視聴率の低迷、特に若い世代の時代劇離れがあった。
 ところが、福岡ではなぜ時代劇が廃れないのか。東京の明治座でプロデューサーをしていた村田さんは「拍手や笑うタイミングなど、福岡のお客さんは目が肥えており、時代劇を受け入れる土壌が残っている。一つには、大衆演劇の影響があるのでは」と話す。
 大衆演劇の演目は、勧善懲悪の分かりやすい時代劇がほとんどで、それを華やかな衣装の踊りや歌のショーとともに旅役者たちが見せる。飯塚市の嘉穂劇場は、その「聖地」とも言われ、全国座長大会は昨年35回目を迎えた。運営するNPO法人の伊藤英昭理事長は「聖地だなんて、ただここが残っただけ。炭鉱がにぎわっていたころは遠賀川沿いに50以上の芝居小屋があったそうです」と語る。
 座長大会も、劇場が減り、活力を失いつつあった大衆演劇の人気を盛り返そうとして生まれた。劇場こそ減ったが、大衆演劇を何とか残そうとする思いは、今も福岡に残っている。
 上毛町(こうげまち)の温泉施設には昨年12月、ぶらり劇場がオープン。この地域では初めての大衆演劇の施設だ。北九州市小倉北区では昨年10月に大衆演劇館宝劇場が誕生。大衆演劇が見られる場所が地元から消えることを嘆くファンに応え、九州演劇協会長で旅役者の玄海竜二さんがつくった。
 玄海さんは「自分が座長襲名した土地でもあり、大衆演劇の灯を消したくなかった。九州の旅役者には独特のプライドがある。たぶん全国の旅役者の6割くらいがルーツは九州になるのでは」と話す。
 3月は南條光貴さんの一座が出演している。元は銀行だった建物で、パイプいすを並べ、金庫もそのまま物置にしているが、観客の熱気は変わらない。
 福岡市博多区にある博多新劇座は今年16周年を迎える。やはり旅役者の紅(くれない)あきらさんが、演じる場を残そうと建てた。安東孝幸支配人は「開館当時のファンの子や孫など、世代交代しながら新しいお客さんも増えています」と話す。
 3月は紅さんの弟の3代目大川竜之助さんと、いとこの美川麗士さんという2人の座長が公演中。平日の昼に訪ねると、客席の大半は女性で、子分の敵を討った親分に拍手喝采、女形のつややかな踊りにうっとり。休憩時間には役者から前売り券を買い握手してもらう。とにかく舞台が、役者が近い。佐賀県唐津市から来た70歳代の女性3人は「ストレス解消」「月1回の楽しみ」と語った。
 時代劇研究家のペリー荻野さんも、福岡のお客さんは「楽しみ上手」だと指摘する。「マツケンサンバを追っかけて各地を回った時、福岡のお客さんが、いちばんしっかりお芝居を見て、ショーでは一緒に踊っていた。時代劇を楽しむには、理屈ではなく作り事と分かってお約束の物語を楽しむことが必要なんです」と話す。
 お約束の大衆演劇を愛する情熱がある限り、時代劇愛も消えそうにない。
 
 本日の朝日新聞には、福岡で展開される大衆演劇について大きく取り上げられていますが、全国各地で大衆演劇が行なわれており、私の住む愛知県では名古屋以西には無いものの、名古屋東部や三重県四日市市、岐阜県の郡上八幡などの温泉で、大衆演劇が行なわれ、地域の憩いの場所となっています。
 
 私は四国遍路の帰りに、必ず日帰り温泉で汗を流してから名古屋を目指すようにしており、香川県坂出市に近い宇多津町(瀬戸大橋の近く)の四国健康村で薬湯に浸かり、夜7時から食事をとりながら大衆演劇を鑑賞することを楽しみにしてきました。
 
四国健康村・大衆演劇  http://www.kenkou-mura.com/05_engeki.html
 
 かつては1万円札で作った首輪を役者の首に掲げるファンや、お気に入りの役者にオヒネリを差し出すお客さんを見てびっくりしましたが、最近はペットボトルのお茶1本をオヒネリ代わりに座長にさしだす身近な寸劇が繰り広げられ、2時間コースは750円で風呂に入って演劇が見られる地域に根ざした存在となっています。
 
                                   3月30日の一言

愛犬も厄落としの参拝へ

イメージ 1
はだか祭りの翌日・国府宮神社本殿横
 
 本日は昨日に「はだか祭り」が行われた稲沢市の国府宮神社を家族で訪れましたが、祭りの翌日にも関わらず屋台が並び、多くの参拝者が訪れており、私は山門の近くの道路に車を停めて留守番役でしたが、交通整理のガードマンの方から「関係者の駐車場が空いているから」と、駐車場に誘導していただきました。
 
イメージ 2
  一般の車の立ち入りを厳禁し、進入しようとする車を排除していただけに、「本当に良いんですか?」の心境でしたが、私の車が旅客用の営業者(タクシー)で、車が大きいことから、スムーズな道路の通行を優先して配慮していただいたと思われます。
 
 親切なガードマンのおかげで、車を山門に近い駐車場に入れることができ、私と一緒に留守番役となっていた相棒リマ(ポメラニアン雄4才)も車を降りて本殿を目指しますが、私の暴君となっているリマも今日はおとなしくしていたものの、人に踏みつけられても困るため、私が抱きかかえての参拝となりました。
 
 神社で参拝後に、「なおい」(細い紅白の布切れ)を家の車両分と、今年は隣の旧七宝町(現あま市・七宝焼の発祥地)から奉納された大鏡餅を切り分けた「餅」を家族分授けられて本日の目標達成となりました。
イメージ 3
 
 さて、相棒リマを暴君と表現していますが、相棒は縄張り意識が高く、我家を訪れる人々を身体を張って吠えまくります。
 
 ただし、右の写真のように身体が小さい事から、身体を震わせて吠えていても人々は脅威とも思わず、「どうしたの」と撫ぜようとされることから、実際には噛み付きませんが、絶えず危険と表裏一体となります。
 
 一方で、食欲は犬一倍旺盛な事から、屋台から流れてくる美味そうな臭いが気になってしようがなく、落ちているものに喰らいつく可能性が高い事から、本日は私の腕に子供のように抱かれての参拝です。
 
 「わー、可愛い~い」と、私が今までの人生で一度も言われた事のない一言を、相棒と一緒の際には当り前に言われ、人一倍人相の悪い私までが言われているような錯覚を覚えますが、言われる人はほとんどが若い女性ですから、女性にもてないと悩んでいる人には愛犬とのツーショットはお奨めですよ(笑)
 
 最近は機嫌の悪い私に家族も神経をピリピリしていましたが、久しぶりとなる相棒との外出により心が和み、国府宮神社の「厄落とし」をより助長させてくれたように感じられ、相棒が家族の一員であることも実感させられました。
 
                                  2月5日の一言

何故野田内閣が皇室問題を論ずるのか

 野田内閣は6日、女性皇族を結婚後も皇族にとどめる「女性宮家」の創設を検討するため、元最高裁判事の園部逸夫氏を内閣官房参与に起用すると発表した。
 
 この検討会は、2月より有識者から聞き取りを始めるとしているが、園部氏は2004年の参院憲法調査会で「女性天皇を認めることが最もふさわしく、必要だ」と述べており、女性宮家に絞り、皇位継承問題とは切り離し女性天皇の是非には踏み込まないとしているが、公約にない増税に目の色を変え国民の支持も低い野田内閣によって、2千年の歴史を重ねてきた皇室や天皇制を簡単に論じられる事には大反対である。
  
「女性宮家」検討本格化へ参与 園部元最高裁判事を起用 
 
 小泉内閣時代に皇室典範を改正して、女性天皇や女系天皇を認める報告書をまとめた有識者会議の座長代理が園部逸夫氏であるが、藤村修官房長官が「しっかりした議論や報告書がある」と説明したのが、この時の報告書をさしている事から、この報告書をたたき台にされる可能性が高い。
 
 しかし、その後に秋篠宮家に男子が誕生しており、しばらくは女性天皇を検討する必要もなくなっていることから、「皇位継承問題や女性天皇には踏み込まない」との前提があるものの、選挙公約をほとんど犯して謝意や反省も皆無の民主党政権だけに、国民の厳しい監視も必要である。
 
 新聞やテレビではほとんど報道されないが、週刊誌や雑誌では継続して天皇制や皇室問題がスクープされ、これまでタブーとされていた皇室の話題にも踏み込んで論じており、男子である皇太子ですら天皇にすべきでないとの論評も存在します。
 
 最近の週刊誌では皇太子妃が「不治の病」と断言し、「女性天皇」を容認する皇室典範に改正されると、皇太子が天皇を継承した後々に、病気の皇后が誕生するとともに、後継者に「病気の血をひく」女性天皇を誕生させてしまうと危惧する主張も存在します。
 
 我々の一般家庭の常識では、男子の後継者を好ましいと思っていても、女性でも後を継いでもらえれば幸いとしており、最近では男よりも女の後継の方が幸せとの考えも増加していることから、女性天皇になっても構わないようにも思いますが、「男系」により脈々と継続された天皇制や皇室は一般家庭とは違います。
 
 政治の信頼感が著しく低下し、内閣支持率が過半数を大きく割っている中で、東日本大震災の本格的復興も遅れている現在、何故に野田内閣が皇室典範に関する重要な問題を触ろうとするのか。もっとやるべき問題が山積しており、皇室問題については時間をかける事も重要だが、日本の伝統を護る事が最優先されるべきと思います。
 
                                 1月6日の一言
追伸・ブログから添付しました。 
ふざけるな、反日勢力。女性宮家は伝統破壊!!…
女系・女性天皇(宮家)は、あらためて… 
…女性宮家」の創設を認めてはならない…
女性宮家より 「天皇陛下の公務を減らすのが先決」

本日は箸使いのマナーについて

 今年の四国遍路の中で、善通寺の宿坊で食事中に、先達会の会長を務められた大先輩から、「先達がついておりながら食事のマナーすら教えない」と、他の団体が輪袈裟をかけたまま食事する姿を嘆く言葉を耳にしました。
 
 もっとも、今年10月に訪れた浄土宗の総本山知恩院では、僧侶が輪袈裟をかけたまま便所で小水をする姿を見た事から、他所の遍路客にまで食事のマナーを求めることはしなくとも、マナーを知っていながら冒すべきではなく、遍路ではマナーの遵守に心がけたいと思っています。
 
 四国遍路を通じて知った事に、お寺で頂いた箸の裏側に記されていた、食事のマナーもありました。これは日常生活の中でも、「くわえばし」とか、箸で茶碗を叩く事を咎められたことはありましたが、学校や社会で箸のマナーを教わった記憶はありません。
 
 最近のテレビ番組の中で、食材を主題として出演者が箸を使う場面もありますが、こんな時に清楚な女優がマナーに反する箸使いをされると、下品な育ちが判って幻滅した事があります。
 本日は逆に、北海道の海産物の通販に出演した女優によって、「イメージどおりに憧れる」ような見事な箸使いを見せられ、テレビは全国の視聴者や子供たちも目にしている事から、正しい箸の使い方が徹底される事を思った次第です。
  
箸のマナー  嫌い箸編
 
 添付した記事と映像を見れば、詳しい箸使いの「やってはいけない」マナーが判りますが、私も四国遍路で入手した簡単なマナーを記して、私自身の警鐘にしたいと思います。
 
やってはいけない・箸のマナー
○迷いばし…あれにしようか、これにしようかと箸を宙に迷わせる
○探りばし…汁物などを箸でかき混ぜて中身を探る
○涙ばし…箸の先から、ポタリ、ポタリと汁を滴らせる
○渡しばし…茶碗の上に、箸を渡すように置く
○よせばし…箸を使って、自分の手元に器をよせる
○くわえばし…箸を食膳の上に置かず、口にくわえる
○刺しばし…ホークのように箸で食べ物を突き刺して食べる
○せせりばし…箸をつまようじの代わりに使う
○たたきばし…ご飯を頼む時や、おかわりの時に、茶碗をたたいて催促する
 
 当り前の事かもしれませんが、「渡しばし」や「迷いばし」はやってしまいそうで、テレビでも「刺しばし」などは芸能人が自然に行っている場合がありますから、最低限のマナーとして気をつけたいものです。
 
 さて、東海地方では韓国ドラマの「宮廷女官チャングムの誓い」が放映されており、本日は「つかの間の和み」と「波紋」が流され、まもまく最終回が迫ってきますが、結末を知ってはいるものの、国も歴史も違うものの、人間のあるべき姿を示すドラマのようにも思います。
 
 世の中の価値観が多様になり、難しいしきたりや、過去の慣習にとらわれない世情になっており、私自身もネクタイをしないとか、ジャンパー姿にウエストポーチを腰にぶら下げて市役所に出向くようなタイプですが、第三者に不快感を与えないマナーだけは徹底したいものです。
                                12月16日の一言

送り火を知人宅から観賞する事になり

イメージ 1
 
 本日は京都大文字送り火の観賞に京都まで出向きましたが、京都に到着後に携帯電話を自宅に忘れてきたことに気づき、このブログへの書き込みどころか、自宅や家族との連絡が何もできないことに気づかされました。私は旅先では携帯電話からブログに送信しています。
 
 本日は名神羽島インターから栗東インターを経て、大原宝泉院に立ち寄り、大徳寺門前の細見酒店を訪れたところ、自宅のパソコンを貸していただける事になり、ブログへの書き込みができるばかりか、送り火もご家族のご厚意で、3階の屋上から観賞させていただける話となりました。
 
 添付した写真は山国屋細見酒店のご主人と私のツーショットで、私は写真もフイルムのため、お店の息子さんの協力で掲載出来た次第で、京都に感謝する一日となりそうです。
 
 一緒に同行してくれた知人と、「今日はどうやって観賞しようか」と話しておりましたが、成行きまかせの送り火も良いもので、勧められるままに長年通い続けた京都の温かい真心を感じ、今までにない経験となりました。しばらくは細見酒店のお宅の厄介者となります。
                               8月16日の一言
追伸
この一言を記した後になって、1週間前に女優の名取裕子さんがお店に来店されていた事を知り、ご主人と名取さんのツーショット写真を羨ましく眺めた次第です。

懐かしい「虫送り」の報道に

 愛知県の常滑市で、「うんか送り」という伝統行事が行われたとの記事を読み、私の住んでいる町内でも昭和30年代まで、「虫送り」として行われており、私の出生地である旧祖父江町(稲沢市)では現在も行われておりますが、ひじょうに懐かしく思い出されました。
  
 
 
矢田の虫送り、 祖父江の虫送り
            http://www.photoland-aris.com/myanmar/near/n45/
 
 私の家では当時麦が栽培されており、収穫された後の麦藁などを竹に巻きつけ、夕方からこれに火をつけて村中が一団となって隣村まで虫を送り、最後に大人は「酢の物」を肴にして酒を酌み交わして解散です。
 
 「虫送り」は、昭和30年代までは毎年の年中行事として、日本各地のほとんどの村々で行われていたと思われますが、農薬の普及によってほとんど姿を消しており、愛知県でも常滑市と稲沢市に残されている程度で、伝統行事として残してもらいたいものの、農地にも宅地が点在する事から、火災の危険性を考えると難しい現実が存在します。
 
 鞍馬の火祭りや奈良・若草山の山焼きなど、全国から観光客を集める火祭りは多く存在しますが、いずれも冬の風物詩となっており、梅雨から夏にかけた暑い時期の「虫送り」は、火を手にする人だけでなく、ついていく者も汗にまみれ、蚊に刺されて大変な記憶しか残っていない事から、懐かしさだけでは復活もままなりません。
 
 さて、本日で6月議会が閉会され、気分的には開放感を覚えましたが、本日で一年の半分が経過してしまった事と、明日からのスケジュールを考えると、素直に喜べる環境にはありませんが、ホッと一息の心境です。
 
 「おい、上高地にでも行ってくるかい」と、今年は一度も訪れていない上高地行きを話題にしていると、本日は震度5の地震が松本市で起こっているとの報です。数日前の土石流と地震の連続に、心静まらぬ予感がします。
                                6月30日の一言

一年に一度の祭りを雨が直撃して

 西日本地区を襲った豪雨被害は深刻で、各地で多数の被害者が出ているが、私の住む津島市でも天候が不順で、夕方よりは豪雨とは言えないものの、地表のゴミを全て洗い流すような強い雨が降り注ぎ、本日開催予定の「尾張津島天王川祭」に致命的なダメージを与えそうな勢いである。

 この調子では中止するより選択肢は見つからず、数年ぶりとなる花火の打ち上げどころの騒ぎではなく、花火を上げれば雷鳴と勘違いするような雨足です。

 数日前より多くの人々が祭の準備風景をブログに紹介されていますが、準備に携わった関係者は何とか船を出したいと祈る心中が察せられるものの、国の重要無形民俗文化財の祭ゆえに、中途半端な見世物に終わらせず、明日の天候回復を祈り「朝祭」の開催に期待したいと思います。

尾張津島天王川祭関係のブログ
   http://blogs.yahoo.co.jp/ns727272/41447275.html
   http://blogs.yahoo.co.jp/oz1958oz/4135406.html

 さて、明日の天気も微妙な天気で、雨の可能性も高いので何とも言えませんが、私も津島市民の一員でありますが、市民の立場ではこの川祭は夏の夜に黙々と歩くだけで、子供の頃から近くの川の堤防まで歩いて花火を見た経験の方が印象に残っています。

 もっと言うならば、私の住む地域は昭和30年に津島市と合併した旧神守村のために、「祭りに来てちょうだい」と言われる立場にあり、最近は繊維産業の衰退から屋形桟敷も減少の一途をたどっているが、私が屋形桟敷に参入しようとした25年前には「権利」をたてに断られた経験がある。最近になって、繊維産業の衰退から屋形桟敷は減少を続けているが、一晩のために高額な負担(20年前に45万円と言われました。屋形桟敷は4畳半程度)は現代には馴染まなくなりつつあります。

 合併から50年が経過しているものの、伝統ある祭については津島は津島であり、神守は神守のままなのであり、桟敷で優雅に座る人々の後ろや足元を蚊に刺されて歩くのは相変わらず、そんな市民の姿を見ながら知り合いの桟敷で優雅に酒を飲む気分にはなれず、飲んで汗を流しながら帰るには遠くもあり、足取りは重くなります。

 夜になり、雨も止んで、犬の散歩に出かける頃には花火の音が四方から聞こえ、どうやら津島以外の花火が大きく聞こえてきます。さて、さて、問題は我家の犬で、花火の音が鳴り出すと散歩もできず、怖いために悲鳴をあげ続ける癖があるのです。最近は土・日曜日は息子の自転車レースが続いており、会場となる長野県の天気も気になりますが、私には家内が同行のために祭りや犬よりも晩御飯の確保が先決でもあります。
                                  7月25日の一言
追伸
こんな大変な雨をしのいで、尾張津島天王川祭が見事に開催されていました。関係者の熱意とご努力に敬意を感じずにはおれません。そして客足を止めた雨が残念でもあります。
尾張津島天王川祭の関係ブログ↓
   http://blogs.yahoo.co.jp/jm8783jp/4284634.html
   http://blogs.yahoo.co.jp/ame_cal/41462181.html

稲沢市のせんき薬師へ

イメージ 1

イメージ 2

 稲沢市大塚町の性海寺で開催されている「あじさい祭り」を目的として知人達を誘い、隣に建つ「せんき薬師」と恵明寺にも立ち寄ってきました。

 あじさい祭りについては、添付したブログ⇒『http://blogs.yahoo.co.jp/trek_orbea/10055011.html』を参考にしてもらい、私は先に、性海寺の東200メートルに位置する「せんき薬師・西福院」に参拝いたしました。
 西福院は真言宗智山派のお寺で、道路沿いには「日本一ヶ所せん病封じ祈願所、尾張三霊場第3番」の大きな看板が上がっている。(写真上が本堂)

 「せんき」とは聞きなれない言葉であるが、「疝気(せんき)」とはスジの病で神経痛・リウマチ・腰痛・脱腸等々身体に巡っている筋の痛みの古の総称との事で、この寺は昔から「脱腸」への効力が遠くまで伝わり、現在でもせんき封じの祈祷をはじめ、様々な病気平癒の祈祷や身体健康等のご祈祷を随時受け付ている。

 本日の参拝時にも複数の信者が本堂で祈祷を受けておられたが、この寺には本堂の南に神道の「御岳様」が奉ってあり、先代住職は御岳教の先達との交友も多く、御岳信仰にも熱心な理解者だったようで、まさに役行者小角や行基菩薩の系譜となる弘法大師の真言密教が受け継がれている事を実感する。

 本堂正面の山号の揮毫は、同じく真言宗智山派のお寺で安産の効能で有名な祖父江地泉院の住職で、書家としても高名な三神僧正http://www.shodo-journal.com/calligrapher/ma/mikamieiken/mikamieiken.htmlの手によるものである。

 西福院を南に歩くと50メートルで「南無大師遍照金剛」のノボリと大師像がたつ「恵明寺」がある。ここでも般若心経を一巻あげて、西へ進むと目的地の「性海寺」の正面に出る。

 ただし、山門の前には私の一番弱い「饅頭屋」が屋台を出しており、「一つでも良いですか」と饅頭を食しての参拝(帰りにも一個)となる。性海寺は⇒http://akon.sakura.ne.jp/mytown/ajisai/syoukai/syoukai.htmlを参照して下さい。

 さて、添付したHPには、寺の縁起伝承として「弘仁九年(818)、空海が熱田神宮参詣の折り、老翁の教示により大塚を築き,銅像の歓喜天を埋める』とあるが、大塚については稲沢市の文化財として「今から1400年以前の古墳」と記されている事から、この地が弘法大師が訪れる前から神聖な地であった事がうかがえる。

 目的の「あじさい」については、地元の新聞が報じてはいるが、他の名所とは比べ様もなく、私は「あじさい祭り」を口実にして、何度となく知人を誘いながら真言密教の聖地としてこの地を訪れているのでもあります。性海寺本堂前には、四国八十八ヵ所や西国、坂東、秩父を巡拝した「稲沢新栄講」の石塔(写真下)が建ち、86名の連名に手を合わせずにはいられませんでした。

 山門正面の愛染明王前には小さな祠があり、中に弘法大師像が奉られており、我家の仏壇の中で煤で汚れて肩身の狭い思いをされている大師像に酷似している事から、「何とかせねば…」と放置してある大師像の扱いについて想いを馳せる一日ともなりました。同行二人ではなく、同行三人の身勝手な顛末となりました。
                                  6月6日の一言

津島・藤まつり

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 津島市では藤まつりが開催されており、家族が藤の花の写真を携帯電話から送ってきました。多くの人が訪れていますが、今後の課題は1回かぎりではなく、毎年のように訪れてもらえる仕組みと魅力づくりかと思います。

 最近では夏の尾張天王川祭りよりも多くの人を集めるようになっていますが、川祭りが「一度行ったから」と再び訪れる人が少ない事を他山の石として、東洋一と言われる藤棚へ毎年訪れてもらえるようにしたいものです。

藤まつり関係でお勧めのブログです。(勝手な引用をお許し下さい)
山野草と野鳥を求めて http://blogs.yahoo.co.jp/ayukiti8/42070124.html
庵主のつぶやき http://blogs.yahoo.co.jp/souann575/32498305.html
 ↑ スライドショー http://haiku575.fau.jp/08tusimafuzi/08tusimafuzi.html
真のさまざまブログ http://blogs.yahoo.co.jp/keisin3802/37397061.html
旅と花と http://blogs.yahoo.co.jp/aisunson09/41648732.html
ポポ☆City http://blogs.yahoo.co.jp/mypopomaru/22903678.html

 本日は家族が訪れた藤まつりの写真(他の人のブログも)を添付して終わります。
                            5月3日の一言

尾張天王川祭りに対する苦情が殺到し…

 本日の朝日新聞夕刊の投稿欄ナゴヤマルに、「祭りぶち壊した若者の無粋な行動」と題して、津島市の天王川宵祭りについての苦言が掲載されてきた。

 文面からポスターや写真と違い、実際の本物は本当にすばらしかったとあるが、巻わら舟が近づいた時、舟に乗っている若者達が携帯電話をかけたり、ペットボトルを飲み始め、カメラやビデオを撮っている人々の前でのふるまいに、盛り上がっていた気分が一気に冷めてしまったと記されていた。

 投稿者は名古屋市中村区の女性であるが、せっかく遠方から来られた観光客の目前での醜態に、多くの観光客にも同様の気持ちを与えていた事は間違いがないらしい。
 又、一方で、毎年私は記しているが、発表では22万人の人出と発表されている見物人についても疑問の声が多く、特に今年は県道名古屋津島線を通る車の量やバスの乗客が昨年より確実に少なく(毎年減少の一途)、この事は複数の指摘もある事から、人出の減少を減らすためには正直な議論も必要と思われる。

 もちろん、津島神社の神事である事や、祭りの運営にかかわる当事者の問題であるかもしれないが、津島市の厳しい財政状況下からも支出を要する事から、本日の投稿者や人々の声を真摯に受け止め、真剣な改善を求めたいものでもある。
 下記の書き込みは東海掲示板津島総合に投稿された内容の転載である。

24 名前: 東海子 投稿日: 2007/07/29(日) 11:41:13 ID:Kb86peT. [ 125x103x0x217.ap125.ftth.ucom.ne.jp ]
天王祭の朝祭りを始めて見た感想を1つ。
船に乗っている人がジーンズ、ズック、半纏も着ていない、人形がマネキン
これが文化財で、税金を使って維持している伝統行事なのか
津島の祭りに対する意気込みと役所の認識の低さ、甘さにびっくり仰天
こんな祭りを織田信長が見た、といって、はずかしくないのかです。ポスターの出来はとてもいいのにね。

28 名前: 東海子 投稿日: 2007/07/29(日) 16:30:52 ID:yP.2IwzA [ user060135.clovernet.ne.jp ]
服装の件は市江の船だけじゃない?
津島の船はそんな人いなかったよ。
市江は津島市ではないからいろいろあるんじゃない?
また、人形は船によってマネキンだったりわらで作ってあったりしてたね。
これはマネキン廃止するべきでしょう。
ちなみに文化財といっても無形文化財ですよ。
残念なことも多々ありますが、これだけ宗教問題にうるさい地域でいまだに
これだけの規模の祭りが残っているだけでもすごいことでしょう。
不満があるなら市民をあげて盛り上げていきましょうよ。

31 名前: 東海子 投稿日: 2007/07/31(火) 00:28:13 ID:tMOK8i56 [ eaoska269071.adsl.ppp.infoweb.ne.jp ]
人形がマネキンなのは違和感がありますね。遠方から来た観光客はそう思うでしょう。
500年以上前から続いているこの神事にふさわしいものとは思えません。それと船の幕にかけてあるヘルメットもいただけません。船の組み立てが終わったら見えない所へ片付けるべきでしょう。
祭に参加している氏子の人はどう思っているのでしょうか。神事ですから、部外者の私が言っても関係ないと言われればそれまでですが。

「津島の人が川祭りに行かんでどうするのー」と言われた人もあるが、津島市民であっても満足に座る場所もなく、我家から歩いて行ける距離でもない。そして、上記の地元の人々の投稿や、他都市からの観光客の投稿を見るかぎり、少なくとも「来てください」と言えるようなもてなしの心は皆無ではないか。津島市の市政全般を映しているようにも思われ、確実な改善を必要としている事は確実であろう。
                                8月7日の一言

お祭りも参加できない忙しさに…

イメージ 1

 仕事に追われてお祭りどころではなかったが、津島市では昨晩と本日の早朝に日本三大川祭りに数えられる『尾張津島天王祭』が開催されました。(掲載した写真は過去の写真・引用した資料は不明)

今年の様子は、天王祭りに関するブログを参考にして下さい。
花鳥風月 http://blogs.yahoo.co.jp/niriknai/23238889.html
生きてる証・窓際日記 http://blogs.yahoo.co.jp/pahuwaseda/35177390.html
毎日ガンバロ!!! http://blogs.yahoo.co.jp/htskm245/50072770.html 
   http://blogs.yahoo.co.jp/htskm245/50093083.html
   http://blogs.yahoo.co.jp/htskm245/50099608.html
お気軽主婦のきまぐれ日記 http://blogs.yahoo.co.jp/mippi951/14530837.html 
   http://blogs.yahoo.co.jp/mippi951/14553531.html
   http://blogs.yahoo.co.jp/mippi951/14611711.html
茂の安楽椅子 http://blogs.yahoo.co.jp/mayumao_oya/23244279.html
自転車生活習慣病 http://blogs.yahoo.co.jp/hirorover200vi/50028210.html
皆さん、身勝手な転用をお許し下さい。誠に申し訳ありません。

 「おいッ、今日はお祭りじゃないのー?」と言われても、お祭りを観覧している余裕がなく、本日も家を外出したまま一日が経過してしまいました。(選挙は行ってきましたので念のため)
 津島市にとっては一年でもっとも大きなイベントである川祭りであるが、私の住む地域は昭和30年に合併した旧神守村ゆえに、未だに津島市とは若干違う感覚が残り、川祭りも地元ではなく、「見に行く」とか「見てくる」といったお客さんの立場が強いのでもある。問われて「そうですねー」とは他人事のようであるが、正直な心境である。

さて、本日は早朝より、かつて雇用していたOさんの訪問から一日が始った。

 今月いっぱいで働いていた会社の仕事が閉鎖されるため、住み込みのOさんは仕事と住居を探す日々が続いている。私と同年である事や、学生生活が長かった事など共通点も多く、私の廃業後も時々私の家を覗いているのである。
 「来週からは野宿だナ」との言葉に、「失業保険はどうなるの?」、「貰えるけど、貰わんのや」、「何故?」などのやりとりをしていると、「住所が定まらないと失業保険はもらえんのやッ」との返事が返ってきた。

 彼は、我家にいる時から住み込みで仕事を続けており、離職後に住まいが確定していない事から、今まで一度も失業保険を手にしていない事をはじめて聞かされた。確かに、住居が定まらない人には連絡もできないが、失業保険本来の目的を考えると理不尽な事ではないだろうか。
 住所が定まってから請求したらどうかと問うと、失業後2週間以内に申請しないと支払われない事と、住所を定めてから仕事を探すよりも、仕事が決まってから住居を探したい現実と、無職の人を入居させてくれる大家はいない現実など、早朝より厳しい現実の話ばかりを聞かされる事となった。

 「よしッ、じゃー、我家に住所を移したらどう?」、「だけど、立場上(議員として)困るだろう?」、「困らないけど、住所が我家になっている間は、税金は必ず支払ってよ」との合意と、もちろん我家の主人公である家内の同意の上で、津島市民が来月から一人増えそうな気配になってきた。

 しかし、失業保険も貰わずに、住む家もなくどうするつもりだったのか。Oさんは思いつきの旅が好きで、野宿もいとわない性格であったのだった。ただし、私と同年でもう若くはないのである。今でも学生気分のままであるが、家族もなくこの先どうしていくのか、他人事ながら将来が心配でもある。私にとっては『同期の桜』感覚であるが、「そんな甘い事では何もできない」との長女の一言を、Oさんはどのように聞いたいたのか…。
                                 7月29日の一言
ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • 令和6年 上高地開山式の様子です
  • 三重県桑名市大福田寺の聖天祭へ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
アーカイブ
  • ライブドアブログ