大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

秋

3ヶ月ぶりにウオーキングのノルマを

本日の夕暮れ

稲穂

キバナコスモス

ここまで本日の写真です


 本日はウォーキングというよりもマックから歩いて自宅まで帰っただけですが、なんとか一日のノルマ5千歩を歩きました。


これまでの酷暑と言われた夏の気配から完全に初秋を実感する花々や、空の雲からも秋の気配を実感させられます。


ここからは、水曜日の写真です

須ヶ谷川 愛知県稲沢市平和町

シロバナヤマハギ

ヤマハギ

キバナコスモス

アジサイ

テイカカズラ

ガマの穂


 5月中旬に上高地を訪れて以来歩いておらず、6月に膠原病と診断されてからはほとんど歩かない生活を続けてきましたが、今週からは一日五千歩をノルマにしてCoke ON のスタンプを目標に歩くことにしました。



 明日と明後日で5千歩ずつ歩いて3万5千歩になるとCoke ON のスタンプが一個獲得できます。

感傷的になってしまう日々に

 本日は知人のブログから、四国遍路中の菅前総理と遭遇した記事とツーショット写真が届けられ、本日午前中には西条市の第62番宝寿寺を通過し、まもなく難所中の難所と言われる60番横峰寺に足を進める菅さんが身近に感じられました。
 
 遍路に対する厳しい批判も多い(私も含めて)中で、何よりも自分の額に汗かき、足の痛みを封印して、笑顔で巡礼者と語り合う菅さんに、人間としてエールを送るとともに、機会があれば私も同行したい心境でいっぱいです。
 
管直人元総理と 10月6日・四国遍路先達のブログ 
 
 さて、当地方では桑名市役所の課長による業者と入札に関する事件に続き、岐阜県庁でも県発注の受注をめぐり、環境生活部の課長補佐が贈収賄事件で逮捕されており、本日も一言に記そうと考えていましたが、心温まるニュースを見つけたので添付しました。
 
「奇跡起きた」 豪雨の迷い牛6日ぶり生還 奄美大島
 
 鹿児島県奄美大島北部を襲った集中豪雨で、行方不明になった黒毛和牛が6日ぶりに発見されたとの記事で、川から海へ流され、直線距離で約10キロ離れた海岸で見つかったとの話であるが、発見されても肉として出荷されれば皮肉だが、幸いにして繁殖用母牛との話にホッとする一方で、飼われていた54頭のうち41頭が行方不明になったとの記事に、他の牛も発見される事に期待したい。
 
イメージ 1 最後にテレビ番組の再編から、3時間スペシャルが連日放映されていますが、雑誌でも新規の連載の登場によって姿を消す人気漫画も存在し、今週発行された少年マガジンでは、10年間も続いていた「ゴッドハンド輝」が最終回を迎えました。
 
 漫画ではありますが、医学の最新治療が引用される専門的な医療漫画でしたが、テレビでドラマ化された人気漫画も、最終回はあっけないものです。
 
 私も中年を通りこして初老に近づいており、「少年マガジン」は可笑しく思えるかもしれませんが、最近の漫画はリアルな劇画が多く、涙腺の緩んだ年代となったためか最終回に感傷的になる漫画が存在し、この作品も残念な別れとなります。
 
 10月に入ったばかりですが、あと一カ月で上高地も閉山となり、紅葉から落葉になる自然界と一緒に、今年も終わってしまったような感覚に襲われ、寂しい心境になってしまうところを、唯一の救いが奄美大島で無事に生還した牛の記事でもありました。
                                     10月6日の一言

記念館の柿の実を収穫し

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 本日は町内の排水路清掃に参加した後に横井庄一記念館の一日となりました。行事や観光葬祭によって休みが続き、完全なる一日中の留守番は久々で、日頃の休みを払拭するために庭にある柿の実も夫人には高くて取れないとの話に、脚立を出して取り残された実を収穫することになりました。

 「5、6個はあるでしょうか」と言われた柿は、木に登ってみると意外に残っており、結局は大柄の柿が15個にもなり早速仏壇に供えられました。

 亡くなった横井庄一さんも柿は大好物だったと言う話と、「人に取られるといけないからと早くから採っていた」との話に、幼少時をおくった我家には4本の柿ノ木があり、当時は柿くらいしか食べる物がなかった事や、今のように甘くもない柿に群がった子供時代が蘇えってきました。

 鳥のために1個だけ残された柿ノ木(写真)ですが、2週間後に訪れるときには葉が落ちて1枚も残っていないと考えると淋しさも感じました。まるで横井庄一さんを知る人が1人、また1人と亡くなられていくようにも思われます。

 さて、最近の記念館で特に気になるのは、訪問された人々との意外な縁で、一昨年は私の父親と生き別れとなった祖父の在所と親しい人と出会い、最近では私を目的に訪問される方も存在するようになり、夫人(館長)が81才になる事から、この記念館の将来が心配となりつつあります。

 明日からは再び会報の配布が始まり、来週には四国の穴禅定に走り、京都に行く約束もしてあるが、その頃には12月議会が始まるとともに年末が迫っており、正月になれば新たな会報配布とともに月末には上高地の写真展や地域セミナーが予定されており、仕事の輪廻の中に巻き込まれている事と、のんびりともしておられない時間の経過にびっくりする日々になってきました。
                                11月15日の一言

イベントからお見舞いに走り

 本日は愛知県消防連合フェアが津島市文化会館で開催され、愛知県知事をはじめ県内各地の消防関係者が集まる大々的なイベントだったが、さすがに愛知県全体の行事ゆえに表彰者の数だけでなく、地道に活動を続けられた団体や個人の体験談を聞くことができました。

 この中で印象に残ったのが、阿久比町立東部小学校の少年消防クラブの活動報告で、同じような活動が県内だけでなく全国の小学校で展開されていると思うが、指導する教員の指導する考え方一つで、割り当てや順送りの持ち回りで活動する名ばかりの活動から、中身のある地域の役割も担った活動に至るという実績を見せられました。

 一方で、活動報告に立った津島市消防団のS団員の親子4代にわたる消防団員としての活動を聞き、背後に映し出されたスクリーンに、かつて津島市の消防団長を四期も務められ、数年前に不慮の事故で亡くなられたご尊父の姿が写し出され「ガンバレ」と叫びたいものの、嗚咽になりそうな心を落ち着けましたが、嫌々に一年間だけ団員を務めて辞めた自己反省も身につつまされました。

 さて、私はこの後で市民病院に入院する知人の見舞いに家内と訪れたが、入院直後の病院の対応に不満があるらしく、さかんに病院への不満を聞かされたが、入院の必要はあったものの、命に直結する瀕死の状態で入院したわけでない事から出る不満でもあった。

 「こんな事なら出るところに出るぞ!」
 「出るとこって何処なの?」
 「そんなものは無いけど言ってみただけだ」
 「そんなむちゃな」
 「それでも、医者がすぐに走ってきたぞッ」

 朝から伝えてあった結果が伝わらなかった事から発せられた言葉だったようだが、裏付けのない「出るところに出る」の一言で、朝から放置したままの応対が一変して、慌てて走ってくるところに病院の看護師の反省材料があり、言われて慌てて走ってくる位なら言われる前にすべきでもあったと思われる。

 こんな捨て台詞のような言葉を発しないと患者の希望が届かないとしたら問題で、新型インフルエンザが蔓延しているものの、特別の対応があるとも思えず、土曜日や日曜日の通用口は危険なために、薬局でマスクを手に入れてのお見舞いとなりました。
                                11月14日の一言
追伸
明日は横井庄一記念館の一日です。

卑弥呼時代最大の建物が発掘され

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 本日の朝刊は市橋容疑者の逮捕が大々的に報じられていましたが、朝日新聞の一面には「卑弥呼時代最大の建物」と題して、奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡の中から邪馬台国の可能性を示す大型建物の遺構が見つかった事が報じられてきた。

纒向(まきむく)遺跡・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BA%8F%E5%90%91%E9%81%BA%E8%B7%A1
朝日新聞関係記事↓↓
http://www.asahi.com/culture/update/1110/OSK200911100082.html

 この遺跡には卑弥呼の墓との説がある箸墓古墳など国内最古級の前方後円墳が6基存在し、今回の発掘された遺跡が同時期の建物としては国内最大の規模である事から、九州説と二分される邪馬台国論争に大きく影響する可能性も高く、新たな出土品や遺構の発掘に期待がかかる。

 関係者の発表した内容ではかなり邪馬台国との関係がありそうに思われるが、その後の大和朝廷の存在を考えると邪馬台国が近畿地方(畿内説)に存在した可能性は高く、今後続けられる発掘により「親魏倭王の金印」など邪馬台国の確証となる出土品の発見に期待したい。

 さて、邪馬台国の女王卑弥呼は250年頃に死去したとされているが、卑弥呼イコール神功皇后との説や、天照大神と対比されるなど確実な実態が定かではないが、都市化に伴い遺跡の上に住宅が建てられたり、発掘が難しくなる可能性は高く、是非とも今回の発掘から邪馬台国の全体像に迫る発掘が続けられる事にも期待したい。

卑弥呼・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%91%E5%BC%A5%E5%91%BC
古墳時代・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E5%A2%B3%E6%99%82%E4%BB%A3

 中大兄皇子(のちの天智天皇)・中臣(藤原)鎌足らが蘇我氏を打倒して始めた古代政治史上の一大改革、大化の改新が645年の事である。

 大鹿関連では、第30代敏達(びだつ)天皇の夫人(采女から夫人)となった菟名子が伊勢の大鹿首小熊の娘で、敏達天皇との間に生まれた二人の皇女のうち糠手姫皇女(田村皇女)の生んだ子供が第34代舒明(じょめい)天皇で、(593年?~641年没)で、その先代は推古天皇というから、遥かな古代の話とは言え、邪馬台国の歴史と卑弥呼に関する新たな発見が身近に感じられてきます。
                                11月12日の一言
※昨晩から午前5時まで、インターネット(有線テレビ会社)がメンテナンス中で「書き込み中」のまま送信どころか原稿が消えてしまいました。ご迷惑をかけました。

郵便局商法の投稿は我が身にも

 本日の朝日新聞夕刊に『郵便局が焼きそば客に勧めるとは』と題する投稿があり、私もこの投稿を読んで「やっぱり、そうだったのか」と思う経験が最近あった事から、夜の書道会で話すと「あった、あった」と複数の人から声があがりました。

 中津川市内の郵便局の窓口で高齢の女性と向き合っていた職員が用事がすんだ後、有名な富士宮市の焼きそばを郵送で買うよう勧め始めた。
 女性がお金を出そうとしたので、所用があって後ろに控えていた私は「本当に買いたいの」と問いかけ、職員には「郵便局では高齢者に対し、こんな方法で商売をしているのですか」とただした。
 結局、女性は買わずに帰ったが、人を待たせて勧誘する「郵便局商法」には驚いた。
                           中津川市 無職(67)


 この投稿を読んで、「そうか、あの時もそうだったのか」と思ったが、半月ほど前に近所の簡易郵便局に息子の学費を振り込みに出向いた際に、帰ろうとする私に女性職員から「珈琲はいかがですか?」との一言が返ってきました。

 一瞬何の事か判らず、「えっ?」と問い直すと、「珈琲は飲まれませんか?」と言われ、私は日頃から郵便局で話す機会もないままに利用している事から、サービスで珈琲を提供してくれるのかと思いながらも、私が議員であるから特別なサービスは後ろの人々に誤解を与えると勝手に思い込み、迷った挙句に「いえ、結構です、有難う」と言って帰ってきた事がありました。

 もっとも、本日の投稿を読むまで、私が議員である事から「珈琲でも…」とサービスで言われたと勝手に勘違いをしており、思い出してみれば窓口の職員と私の会話は自然ではなく、ぎこちない空気であった事を思い出しました。

 「そう、私も珈琲を勧めているのを見た」の一言に、「私はいつも行っているのに言われた事ないぞッ」の声から、投稿にあるように買い物に慣れた主婦ではなく、世間知らずで買いそうな人が勧められているのであろう。

 あの時に「遠慮なくいただきます」とか「有難うございます」などと答えていたら、断るのが苦手なだけにどんな展開になっていたか。私がサービスと勘違いして「郵便局もサービスが良くなった」と思っていただけに、「郵便局商法」にびっくりさせられる投稿となりました。

 これも、民営化されたものの、全くの民間に成りきっていない郵便局職員の営業努力と思い、悪意とは思えないが、どうせ販売するのであれば全員に勧め、人の良さそうな人にのみ勧誘していると思われない営業が必要と思うが、投稿した人が67才でありながら、「高齢の女性に」と記されていた事から、高齢者は何歳からかと考えさせられる投稿でもありました。
                              10月27日の一言

息子の学費すら簡単に送金できません

 本日は台風18号が愛知県知多半島に上陸し、本州を縦断し多くの被害をもたらしたが、直撃する予報から市議会の日程は休止が決まっていた事から、私にとっては暫しの休息となり、雑用と健康審査の申し込みに出向きました。

 さて、息子(三男)の専門学校の授業料を送金するために郵便局を訪れると、「ご本人ではございませんね」と問われ、かつて家内が息子の送金ができなかった事が脳裏に浮かんだが、「子供の送金は親しかできないでしょう」と答えると隣の窓口へ案内された。

 どうやら親でも簡単に送金ができない様子だが、子供の学費を親が振り込むのは当り前の行為である事と、大人が納得して振り込む事に文句を言われる筋合いでもないが、言われるままに運転免許証を差し出したが、本人確認に提示した免許証をコピーまでする必要があるのだろうか。

 一方で、「息子さんの健康保険証はお持ちでないでしょうか」と問われると、振込用紙に学校名と名前が記されていることから、親の確認だけで十分とも思われ、保護者が未成年の息子の学費の振込みすら簡単にできない社会に違和感を感じました。(帰宅後に確認の電話もありました)

文部科学省・入学金等の納付手続き(本人確認の強化)について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/12/06120704.htm

 今年は息子の学資保険も満期となり、満期返戻金の受け取りが支払った本人しかできないとの事から、私が郵便局まで出かけたが、さんざん待たされた挙句に満期返戻金の確定ができないと、後日に出直しとなりましたが、郵便職員に届けてもらった人もあり、金持ちのお得意様は特別扱いとなっているようでもあり、淋しくてこんな話もできません。

 この本人確認についても運転免許証が一般的ですが、国が必死になって導入した住民基本台帳カードを掲示すると「運転免許証はお持ちではないですか」と問われる事も多く、国で導入を決めた制度だけに当初の目的は果たしてもらいたいものでもあります。
                                 10月8日の一言

ヤフーブログに移動して一年が経過し…

 毎日の繰り返しが本日より11月となり、日時の経過の早さにびっくりしています。本日の一言については平成16年2月より始めていますが、パソコンの不調から昨年11月よりこのヤフーブログに移動させました。

 改めて一年前の一言を読んでみると、全く今年と同じであり、昨年の本日は遅れた会報の印刷をしている最中だったようで、間近に近づいた旅行の案内の遅れを必死に取り戻しつつある現状と、今年と一緒で忙しさに追われる様子が記されてあった。

 そして、一年が経過し、再度のパソコンの不調に、本日夜に新機種が持ち込まれたが、完全復旧とはいかず、持ち帰って日曜日までの持ち越しとなった。幸いにして、会報と旅行の案内を送付する封筒の宛名印刷が済ませてあったのが救いでもある。

 こうして一年前と比較すると何も進歩のない生活を実感させられ、新鮮味もなくただ何となく日々が経過しているだけに思われてくる。
 ただし、確実な事は、自分は勿論だが、周りの人々も確実に年齢を重ねるだけでなく、多くの人々が黄泉の世界に旅立っており、過去の若さは戻ってこない現実である。

 昭和63年の11月に朝日旅行友の会として初めての会員募集を行い、湖東三山と永源寺の旅を挙行しているが、当時のミニコミ誌・ふるさとアサヒに残された写真を見ると、バス一台中から確実に12名の方々が亡くなっており、淋しい現実を実感するが、20年の歳月を考えると当然の事でもある。

 さて、今月は過去にない忙しさである。過去からの継続している仕事に新たにNPO法人の仕事が加わり、関係する行政への届出は済ませたものの、実際に地域の中でボランティア活動をするための条件には至っておらず、地域へのアプローチまでには進捗していないのが実情である。

 これだけ仕事量が増え、新たな案件も増加する中では、発想の転換は急務であり、毎日のように街角に出かけられる仕組みを考えないと、市民派としての議員活動まで圧迫しそうである。ただし、一年前の一言を読み、比較できる事を財産として実感した。
                            11月1日の一言

夕暮れの田園風景

イメージ 1

 最近の一言の内容が、「忙しい」とか「住民の横着」、「厳しい財政運営」など、辛くて厳しい内容が続いていましたので、我家周辺の農村風景を添付しました。

 名古屋から30分とはいえ、昔のままの市街化調整区域になっている事によって、農家の子息の分家か主要道沿いに「沿道サービス」となる店舗の建設しかできないために、街とはいっても一歩入れば農村そのものの風景がそのままに残されています。

 意図的ではないものの、道路沿いにコスモスが花咲き、色づいて収穫を間近にひかえた稲が、まさに銀秋の風景を演出しています。

 来週には本格的な稲刈りがはじまり、黄金色の田園もここしばらくで灰褐色の田に変身します。いまとなっては、専業農家がほとんど無くなり、かつての農村風景には戻りませんが、せっかく都会の近くに残された田園風景なので、あぜ道に四季折々の花を植えるなど、人々が立ち止まるような演出が必要かもしれません。

 こんな風景の中で、かつては老人が座り込んで話し込む光景も見られましたが、最近では抜け道として高速で走り去る車も多いために、安心して話し込む事も難しくなりつつあります。やや固定化しつつある議会活動や、NPOなどボランティアに投入する時間を、かつての美しい故郷や、我が村が発祥の地である「越津ネギ」にも向けていきたいと思っている。
                          10月11日の一言
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