大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

節分

昨日訪れた桑名市の大福田寺と九華公園

神宝山法皇院 大福田寺

三重県桑名市東方1426

自由に参拝できます

本堂への参道

書初め大会の作品です

昔ながらの書初大会が継承されていました

本堂から見る境内

お寺の境内に神社の鳥居

聖天堂への参道

ご本尊 神宝聖天尊

日本三大聖天の一つです

昨日の桑名聖天祭




 毎月一日に聖天堂で開催されている聖天祭は午前中に護摩供養やお勤めが行われていますが、午前中は移送ボランティアがあるため午後の参拝となり、私自身は本堂のご本尊である阿弥陀如来像よりも弘法大師像の前へ近況報告に行く気持ちで訪れています。


 さて、大福田寺では明日の3日に節分と鬼負い祭りが開催されますが、昨日と同様に午前中は病院へ移送する患者さんがあり、夕方には車検に出した車を取りにいく必要があるため参加することはできませんが、本堂に置いてあった福豆をいただいてきました。


 大福田寺の福豆は黒豆で、家計が黒字になるように黒豆を使用しており、豆ご飯にしても美味しいとの案内がありました。


九華公園

公園から見える柿安本店

大きな店舗です

野菜や果物も

さすがに肉の種類は多彩です

常時入れ替えられるお弁当

人気コーナー

火曜と水曜はコロッケがどれでも100円

店前の小庭

創業者のプレート

初代桑名城主本多忠勝公の銅像
昨日の写真です。
  

津島町並ミュージアムから引用


 私がヤフーブログ時代からお気に入り登録していたブログですが、桑名市の情報とともに、本多忠勝公の書き込みが続いており、せっかく桑名市まで出向いておりながら、大福田寺の参拝だけで帰るのはもったいないため、今回は九華公園まで足を運びました。


節分会の御札と福豆が届いて

本日の夕暮れ

節分の御札です

福豆

本日の写真です。

今日は日曜日のため何所かに出かけようと思っていましたが、どうしても行きたいと思える場所がなく、軽自動車のタイヤ交換をして休んでいると体調も低下して、ウォーキングに出かけたものの途中で引き返して家内の車に拾ってもらいました。

どこかが悪いわけでもありませんが、休めば休んだだけ不調になり、何もしないままに夜を迎えました。

添付した御札と福豆は、本日町内の弘盛寺で開催された節分会でいただいたものですが、今年もコロナが蔓延しているため豆まきは行われず、仏前で祈願された御札と福豆を受け取りに訪れたものの、やはり賑やかな豆まきが懐かしいですね。

大原宝泉院から節分会の福豆が届いて

京都大原から届いた福豆

宝泉院住職のご挨拶

御札

 毎年の事とは言え、忘れられることなく届けていただけることに感謝しかありませんが、今年も京都から節分の御札と福豆が送られてきました。そして、何かお返しをと思いながらも返礼もせぬまま月日が経過し、昨年からはコロナ禍もあって京都までが遠く感じてしまいます。


 多くのお寺とのご縁がありますが、宝泉院は一番古くからお付き合いが続き、かつてはお盆と大晦日だけでなく、春や秋のイベントにも訪れていましたが、最近は京都を通り越えて四国遍路に走り、方向の違う高野山へ走って京都を訪れる機会が減りました。


 若い頃の私にとって京都は新婚旅行の目的地にした憧れの地でもありました。京都で多くの人と知り合い、その人を訪ねながら京都へ足を運びましたが、それらの多くの人たちが鬼籍に入り、今では個人的に尋ねられるお寺は宝泉院の住職だけとなりました。


 これまで添えられていた挨拶文は流し読みで深く考えなかったものの、年金受給者となり老化を切実にかんずるようになり、住職の挨拶分から自身の健康を考え、身と心から悠久の世界に存在する自覚も覚えるようになってきました。


 この節分会の手紙が一年でも永く届けていただけるように、ご住職の健康も祈らずにはおれません。


弘盛寺の御札と福豆

家族分の御札

福豆

本日の写真です。

 弘盛寺は私の住む町内にある真言宗のお寺ですが、毎月21日に開催されている「阿息観」に参加し、唯一本堂で瞑想にふけられる居場所となっており、我家の宗派である浄土宗よりも真言宗が身近に感ずるのはこのお寺のおかげでもあります。

 かつては家内の在所のある旧祖父江町の古刹へ節分の祈願に訪れていましたが、やはり毎月訪れるお寺は身近な存在となり、数年前から家内が家族全員(9人分)の祈願をお願いするようになり、今年は1月末に節分会が開催されました。

 このお寺の境内には、四国別格14番椿堂の奥様からいただいてきたツバキの幼木が植えられており、この木を眺めると今から1200年前の空海までつながっているような錯覚も体験でき、私の死後も成長している姿を想像すると生きる糧にもなってきました。

 コロナ禍で外出が難しい世情の中にあり、我家に届けられたお札と福豆がこんなに有難いと思えるようになったもの、やっぱり歳の影響ですね。

                                  2月4日の一言
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