大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

育児

4才の孫を娘から預かったものの…

 日本相撲協会の理事候補選挙において、協会ナンバー2の九重事業部長(元横綱千代の富士)が落選する異例の事態が報道されているが、九重親方は、『元横綱千代の富士」という知名度とは裏腹に、親方衆の間では「人に頭を下げて頼むことができない」などと言われ、もともと人気が高くない』との報道に、平生だけでなく選挙時でも「頭を下げて頼めない」私と共通し、昨日の私の一言と重なった記事に吾が身のように感じる新聞記事ともなりました。
 
「九重落とし」動いた出羽海一門 しこり抱えた相撲協会
記事の続き…
 そして、今回。出羽海一門のある元三役は「九重さんを落とさなければならなかった」とささやく。協会の全事業を取り仕切る九重親方は、協会と業者との契約などを巡り、北の湖理事長やその側近の事務方と対立を深めた。そこで、理事長が所属する協会最大派閥の出羽海一門が、「九重落とし」に動いたという。
 伊勢ケ浜一門は、現職の伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)を第1候補として擁立。第2候補は一門の残り票で戦う友綱親方で、ここに「九重落とし」でまとまった出羽海一門から票が流れ、友綱親方の得票が九重親方を上回った。
 九重親方に近い親方の一人は「絶対に、このままでは終わらせない」と怒りをあらわにした。3月下旬の新理事会で再選が確実な北の湖理事長と、排除されたナンバー2。内部に大きなしこりを生みだし、新法人が動き出すことになった。
 
 協会と業者との契約などを巡り、北の湖理事長やその側近の事務方と対立を深め、理事長が所属する協会最大派閥の出羽海一門が、「九重落とし」に動いたという報道に、トップに反対すれば組織のナンバー2も排除されると言う、過去の不祥事から再生を図る相撲協会の反省のない体質が改めて浮かびだされました。
 
 本日は仕事に出かける娘からの依頼で、朝から孫(4才)を預かりに名古屋まで迎えに走り、孫が興味のある熱帯魚の水槽がある津島市の喫茶店まで戻り、孫のお絵描きに付き合い、なだめるためにパソコンの乗り物や水族館の動画を見せ、近所のみたらし団子を一緒に買いに行きと…
 
 夕方には戻った娘と家内に同行し買い物の運転手役となり、待ち疲れた後にやっと一人で馴染みの珈琲屋さんに降ろしてもらうと、「ボクも行く」と孫が一人で降りてきた時は嬉しかったものの…
 
 私の倍近い高価な飲み物を選び、ケーキを食べさせたところ、「トイレに行きたい」と言い出しどうして良いか判らず、今度は待てども家内が迎えに来ず、我慢の限界のきた孫を連れて歩いて帰りだしました。
 
 4人の子供がいながら、一日中子守をした経験はなく、珈琲屋さんでトイレに連れて入ったのも、飲み物を食べさせたのも初体験で、夕食後もテレビの正面で遊ぶ孫の声で番組も見られず、「じいちゃんも連れて帰ってあげて」と言われても反応する気力も応対する元気もありません。
 
 孫を連れて家内と一緒に四国遍路に行くことを今年の目標にしており、できれば四国別格二十霊場会の子供先達になろうと孫にも言い聞かせていますが、4才の子供の面倒を見ることの大変さを実感させられる一日となりました。
 
この一言の満10年までのカウントダウン、あと11日
                                   2月1日の一言

孫が来ると相棒も二番手となります

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 本日は夕方まで家を不在にしていましたが、帰宅すると孫が訪れており、そのまま家族全員で珈琲屋さんに走って、孫に求められるままに近所で「みたらし団子」を買い求め、手を引かれるままに町内を散歩しました。
 
 私は4人の子供がおりますが、私の記憶では子供を連れて散歩したことは思い出せず、3年前に我家にやってきた相棒リマによって、近所の散歩どころか車の助手席に乗せて木曽川の砂浜まで行くようになっており、本日も相棒こそ一緒ではなかったものの、孫に手を引かれて町内を一周しました。
 
 ただし、私の子供時代とは大きく様変わりしており、私の子供の頃は道はアスファルトではなく、家と家との堺となる塀もなかったことから、目的地に向かって直線的に歩き、川の水は清らかで、田んぼ道は2本の轍と青々とした草が生え、レンゲの花が咲き乱れる田んぼが遊び場となっていました。
 
 現在は道路を歩くのは犬の散歩だけで、氏神様の境内に設置されたブランコや滑り台で遊ぶ子供もなく、子供たちの遊び場が外ではなく、家の中になっている現実も実感させられる散歩にもなりました。
 
 今から10分程度の休憩です。休憩の目的は、先週から始めたバットの素振りで、来週にはバッティングセンターに行ってホームランを狙ってみたいと思っています。
 
           … 素振り …
 
 たった15分のバットの素振りでは汗も出てきませんが、身体の各所が悲鳴があげており、若かりし頃にバッティング場のホームラン王を目標にしていたようにはいきませんが、老化した身体にはしばらく悲鳴をあげさせないと老化の一途をたどりそうです。
 
 添付した写真の孫の背後に津島市の広報板があり、今月25日(木)から5月6日(月)まで開催される「尾張津島藤まつり」のポスターが掲示してありました。今年は江南市にある曼荼羅寺藤まつりと一緒にPRしていくと報じられており、双方へ足を運んでもらいたいものです。 
 
江南・曼荼羅寺藤まつり http://www.geocities.jp/psbtr259/090mandaraji.html
 
 私は以前に藤の花では日本一の規模を誇る栃木県足利市のフラワーパークを訪れたことがありましたが、最盛期を予測するのは難しく、満開時に訪れて花の魅力を体感して欲しいと思います。
 
 明日は津島市の文化会館で、華道未生流の「いけばな展」が開催されますが、我家では家内が田んぼの除草作業に出かけると言っていることから、風流にいればな鑑賞とはいかない雰囲気で日曜日を迎えます。
 
                                   4月13日の一言 

ジジーは孫の子守役へ

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 「お父さんに行ってもらうから…」と、私の都合も聞かずに勝手に決められたのは、孫が熱を出して保育所を休んでおり、母親(娘)がどうしても休めない仕事があるために、私が孫に付き添うことになった次第でした。
 
 「突然だけど、今日良いかなァ?」
 「今から市役所に行くので…」
 「終わってからで良いから」
 「それからは孫がァ…」
 
 本日は早朝より雨が激しく降っており、市民病院に行ったものの、帰る足がない会員さんからの電話で、少しでも早く孫のもとに走りたい私と、市役所とボランティアの狭間で、何時に終わるかもしれない病院の診察時間が優先することとなりました。
 
 過去にも孫の子守は何度も経験しており、孫も私には懐いでいるものの、幼児とは言え病人の付き添いは病気に感染する可能性もあり、半年前にも孫に感染させられた胃腸風邪によって、真冬の上高地で大変なことになったことがよみがえってきます。
 
孫の風邪が家族に蔓延し http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/45905387.html
 
 到着したのは昼になっていましたが、最近では孫のお気に入りの「ジーちゃん」となっていることから、娘も「行ってくるね」と堂々と外出できるものの、半年前には寝かせてからでないと出かけられませんでした。
 
 もっとも、自分の子供すら子守した経験がない私ですから、孫の見せてくれる写真アルバムを見ている最中に眠ってしまい、気がついた時には孫も隣で眠っており、慌てて掛け布団を探しますが、娘とは言え他人の家ですから大変です。
 
 朝から病院に連れて行ったものの熱が下がらない孫の子守ですから、娘が帰ってきたときに重症化していては大変で、汗をかく孫にバスタオルをかけますが、熱のせいもあって嫌がるのと、起きてしまうと面倒なので大変なことになりました。
 
 添付した写真は、孫のアパートの近くにある戸田川緑地公園に出向き、ジュースとポールを購入し、無料で公開されていた昆虫展の会場に入りましたが、全く関心がないため公園内を連れまわしたものの、これからは私の車にひとりで乗ってくることから、時間稼ぎができることが判りました。
 
 「一緒に居れて良かったでしょう」と、帰宅後の家内に言われましたが、病気で熱がある孫の子守ですから疲れるとともに、本日が私の父親の命日であったことから、いずれはこの孫に見守られて最後を迎えるのかと神妙な気分となる子守にもなりました。
 
                                     7月3日の一言

孫の看病に借り出され

イメージ 1 本日は町内の真言宗のお寺で、納め弘法が行われることから参加する予定で準備していると、家内から連絡が入り、子供の体調が悪い事から私に付き添って欲しいと娘から頼まれたとの電話で、私の都合も無視した勝手な伝言でしたが、お寺には今年4月に亡くなった愛犬モモの供養もお願いする予定を立てていた事から、参拝後に訪れる約束にしました。
 
 しかし、いくら何でも愛犬の供養だけではご先祖様に申し訳なく、「大鹿家先祖代々」の供養もお願いしたものの、祈願された護摩が赤々と焚かれ、真言密教の雰囲気を体感できる「納め弘法」となりました。
 
 我家は浄土宗ですが、お寺は葬式や先祖供養の法要や永代経だけの関係でしかなく、生きる人間との関係は希薄である事から、叔父が浄土宗の僧侶でありながら御経も判りませんが、このお寺には半年前から「阿字観」に通っており、御経も真言も四国遍路に出ている事から我家の宗派のような錯覚を覚えます。
 
イメージ 2 さて、お寺には「おとき(昼の食事)」まで用意されていたようですが、孫の子守が待っているため参拝後は慌てて娘のアパートに走りましたが、私を待っていたのは孫だけではなく、寝ている孫にかわって娘の愛犬「テツ」が私の周りから離れず、私は昼食抜きで菓子袋に手をやる事もできません。
 
 しかも、娘が職場に走って30分もしないうちに孫が起きてしまい、大声で泣き続けますから、部屋の中を抱いてあやしますがラチがあかず、「ママを探しに行こう」とアパートに近いイオンタウンに走りましたが…
 
 普段ならオモチャ売場かゲームコーナーに連れていけば子守も簡単にできますが、この日は体調も悪くほとんど私に抱かれたままで、無理やり新幹線のオモチャを買い与えたものの喜びもせず、「ママー、ママー」と泣くために、孫の指差す方向に歩きますが、アパートに帰ろうと方向を変えると大声で泣き、誘拐犯と勘違いされても困るために孫に言われるまま抱きかかえて歩き続ける事となりました。
 
 やっと娘から連絡があり、アパートに帰ると、看病と仕事に疲れた娘はコタツで仮眠となり、母親の存在で安心した孫はすっすり元気となり、私にオモチャや折り紙を持ってきて相手をせがみ、足の間には犬が乗って身動きもできません。
 
 孫の子守によって午後の予定はキャンセルとなり、金曜日が祭日のために明日は地獄のような一日が予想され、明日の業務連絡のためにボランティア仲間を訪問後に帰宅すると、時計は9時を廻っていました。
 
 市役所から連絡で、月曜日が締め切りの仕事ができましたが、約束後に月曜日は市議会最終日であり、明日の深夜には上高地入りのため出発する約束となっている事を考えると大変な日程となりました。
                               12月21日の一言
追伸
明日は福祉有償運送で出動し、来年2月に予定されている地域セミナーに参加されるパネラーの依頼も確約したいと思っています。

孫の役にもたたない付き添いに

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 8月末に3日間入院していた2才の孫が、保育園から病児保育に通っていたものの、昨晩には高熱を発したため夜間診療に走り、本日より3日間の入院になったと連絡が入り、娘夫婦がほとんど寝ていないため私が応援で病院に駆けつけたものの…
 
 母親に付きっきりで、母親の姿が見えないと泣き出し、なだめるのが大変な孫に、自分の子供さえ面倒をみたことのない私が役にたつはずもなく、父親や母親の周りに佇むだけですが、何もない病院では自販機のジュース代位しか孫の役にたちませんが、病室がジュースだらけになることから全くの役立たずです。
 
 3日間の入院ですが、最近は子供の医療費が無料となっていることから、我々の子育て時代に比べて親の経済的負担は楽になっており、そんな事から入院が続くとは思えませんが、娘も子供を保育所に預けて働きに出ており、仕事を休み続ける苦痛と責任から精神的にも参っているようです。
 
 私の選挙公約に、4回目の選挙で初めて、「働く女性のために身体を張って働く」の項目を増やしたのも、社会に出て働きたい娘と孫の存在があるためで、子供が突然病気になったり、病後の保育を何とかしたいと思った公約でしたが、津島市と違って名古屋市は既にサービスが始まっており、それでも子供が病気になれば会社には行けません。
 
 選挙が終わって4ヶ月が経過しており、過去から継続する仕事で精一杯になっているものの、愛知県から法人の認可を受けたNPOや、国土交通省から『福祉有償運送』や『福祉タクシー』の認可を受けたような積極的な気持ちで、公約の実現に取り組む必要性を名古屋の病院で実感させられました。
 
 さて、明日は、「歩き遍路友の会(東海)第10回総会」が春日井市で開催され、一年ぶりに当地域の遍路仲間との再会となりますが、来月には西条市で別格霊場会の先達研修会もあり、新たな遍路の始まりを感じさせられます。
                                  9月10日の一言

泣き続ける孫の子守役に

 本日の午前中は孫の子守役となり、睡眠4時間で必死に約束の9時に娘宅に到着しました。孫の人見知りは激しく、日曜日に顔をあわせて笑顔で別れたものの、私の顔を見て泣き出します。
 
 幸いにして、日曜日に持っていった消防車などオモチャのお礼に、「じいちゃん、ありがとう」とお辞儀の練習をしていた事もあってすぐに泣き止みましたが、これから2時間以上にわたって面倒を見るのは大変です。
 
 それまでかかっていたテレビを幼児用のビデオに切り替え、孫がテレビ画面に夢中になっている隙に、娘は出掛けていきましたが、このままコタツで居眠りと思っていた私の希望はおよそ10分程度で裏切られ、母親の不在に気付いた孫が泣き出しました。
 
 私の顔を見て泣くくらいですから、私があやしても泣き止む筈もなく、そのまま放置しておけば泣き止むだろうと放置しておきましたが、孫は母親を探しながら泣き続け、歩き疲れてそのまま寝てくれないかとの期待も叶いません。
 
 とにかく2時間位は娘が帰ってこない事から、何とかテレビやオモチャで泣き止まないかと頑張りましたが、その効果も全くなく、窓のカーテンを持って外の様子を見て泣く孫が不憫になり、近寄って抱き上げると私に抱きついてくれました。
 
 ただし、抱かれてはくれたものの泣き止まず、そのまま風呂場のガラスやトイレをノックして「ママは居るかな?」と歩き続け、涙とヨダレで服が濡れるのを我慢していると、私の頬に孫の頬がくっ付きだし、眠っていくのが実感されました。
 
 しかし、私が座ろうとすれば泣き出し、コタツに寝かそうとすると目を覚ます事から、眠った孫を抱いたまま約1時間ほど立ったままで過ごし、やっとの事でコタツに寝かす事に成功しました。
 
 考えてみても、思い出してみても、私は4人も子供(男3人女1人)がありながら、風呂に入れた経験も、眠る子を抱っこして歩いた経験もなく、泣き続ける孫の世話をするのが初めて経験で、このまま家内よりも人気を独り占めできたらと思いながらの子守体験となりました。
 
 コタツで仮眠する程度の思惑がはずれ、やっと寝かせた孫が今度は私が帰る時にも寝たままでは、「じいさん」の印象も薄れる事から、今度は寝させ続けておきたい娘に内緒で身体を突付いて起こします。
 
 「じいちゃん、ありがとう」のお辞儀は、頭を下げる時に手を敬礼のように添えるので、私も「ありがとう」の敬礼から、笑顔で「バイバイ」を繰り返し、叔父と約束した午後1時を超過して娘のアパートを後にしました。
 
 こんな生活がいつまで続くのか。我家の息子たちの結婚は光明も見えず、月曜日の検査結果によっては人生の岐路に立つ可能性から、若かりし頃は子育てを家内任せにし、孫との至福のひと時は限られている事を実感させられます。
                             12月25日の一言
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