大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

自動車

10日ぶりに車が戻りました

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修理と車検が終わりました

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日産キャラバンですがトヨタネッツへ

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「う・18」家内のセレナに続く愛車「い・18」

 今月5日にラジュエターから冷却水が漏れ、上高地から自宅へ回送して、9日の午前中に車検をかねて修理を依頼してあった愛車キャラバンの整備が終り、本日家内のセレナに乗せてもらって引き取りに行きました。

 本来なら日産の車は日産の工場に持ち込むのが自然ですが、愛知県ではトヨタの工場の方がサービスが良く、日頃から車を整備している担当者でないと私の車の状態は判らず、ラジュエターの冷却水漏れについても、本体部分の損傷ではなく、過去の私なら修理を依頼したと思いますが、人を乗せる営業車のため新品に交換してもらいました。

 10日間も車から離れて、家内の車に乗せてもらっていましたが、家族にとっては車が早く戻ってくると、16日の大文字送り火に走っていくことから、担当者に対して「慌ててないのでゆっくり」とクギを刺され、冷却水漏れで心配をかけたことから我慢してきました。

 もっとも、車以上に私の身体の方がダメージは大きく、無気力状態となっていますから、部品を交換すると新品となる車のような復活は難しく、不調の回復に努めるしかありませんが、不調の原因が判りませんから、しばらくは我慢の日々となっていきます。
 還暦を過ぎ、過去の経験から対応できない腰痛や背中の痛みから、不吉な予測をしてしまいますが、安静にしていても体調は回復してきません。

 来週には9月議会の議会運営委員会が開催され、来週末に上高地のパークボランティアに参加を予定しており、月末には9月議会が開会することから、こんな状態では9月の一ヶ月間を乗り切れません。

 さて本日は、昨年岡崎市から預かったピヨちゃんが逝って一年目の命日となりました。あっと言う間でしたが、今年から預かった5羽の中には、ピヨのように障がいを持った我家の屋根から落ちたヒーもいることから、気を引き締めて見守りたいと思います。


             本日の体重 71、2キロ 徒歩数 2782歩 間食あり
                                      8月18日の一言

不調の車といたわり帰還へ

 4日夜から家を出発し、昨晩に上高地から帰宅して、オリンピックが開幕していたことと、夏の高校野球が開幕していることを自覚し、本日になって天皇陛下のお気持ちがメッセージとして発表され、大リーグのイチロー選手が3千本安打を達成したなど大きな話題がありながら、社会と全く遮断されていたことを実感させられました。

 上高地のテント生活は、朝になるとテントの天井が明るくなり、夜になると自然と真っ暗になり、午後9時には物音も無くなり、帰宅した自宅では当たり前に手が伸びる間食もなく、何をするのにも自分の足で動いて、汚れのない六百山の湧き水を飲んで穂高の冷風を吸う大自然の中で、世間とは無縁の生活になっていました。

陛下のメッセージ、各局が一斉放送 街頭で涙ぬぐう人も

イチロー、大リーグ3千安打達成 史上30人目

大型の台風5号、日本列島の東側に 時速25キロで北上
岐阜・多治見で39.7度 今夏の全国最高気温

 さて、上高地に到着前に愛車のラジュエターの冷却水が漏れたことで、多くの方々や車の関係者の助言をいただき、昨日はそれらの助言により、娘婿に松本市まで車で来てもらい、家族や荷物の負荷を軽減してから、万が一の危険も覚悟して車を走らせました。

 冷却水漏れは、愛知県から東海北陸道を利用して高山市経由で平湯まで走り、時間が早かったことから、乗鞍スカイラインに入った途中でトイレ休憩をした時に、運転席の下から緑色の冷却水漏れを発見しました。

 JAFに連絡して、早朝にも関わらずすばやく対応してもらったものの、高山市から来てくれた関係者は、車を高山市の自社工場に運ぶ段取りだけで、車の現状を診断できず、冷却水も持っていないことと、運ばれてもラジュエターの交換には日数がかかり、家族5人の身動きができなくなることから、冷却水漏れは一瞬だったことと、その後に漏れが続かないことから、近くのガソリンスタンドまで降りて、冷却水を補充しました。

 その後に上高地から沢渡駐車場に車を移動させても冷却水漏れは無く、3日間の上高地滞在後に車を点検しても漏れは止まっており、車の整備環境の良い松本市のオートバックスまで約40キロをエアコンを切って、エンジンを低回転にして移動しました。

 オートバックスに到着したものの、点検まで30分の順番待ちとなり、走れると判断して補修材と冷却水を入れても、その後の責任は持てないと言われ、ラジュエターの交換以外は安心できないことと、その部品交換は当日にはできない現実…

 そして、平湯峠から上高地、沢渡までの移動で冷却水が漏れなかったことと、沢渡から松本市まで約40キロの走行でも冷却水漏れや水温系に異常が無かったこと…

 そんな経緯から、愛知県までの約200キロを、松本までの走行実績から、40キロの走行距離か、1時間の走行で車を休め、水温計に目を凝らしながら走る決断をしました。

 車の発進時には、エンジン回転数を2千回転以下で発進させ、上り坂でも2千回転以上はアクセルを踏まず、平地は1500回転以下で走行し、40キロ程度か1時間の走行で休憩することにして松本を出発です。

 「観自在菩薩…不異空空不異色…不生不滅…涅槃三世…般若心経」
 「お父さん、眠いの?」
 「何を馬鹿なこと言っているんだ」     まさに、弘法大師と同行二人です。

 炎天下の道路が塩尻市までは渋滞が続き、エアコンが効かない車内はサウナ状態でしたが、国道19号の木曽路に入ってからは渋滞も無く、2千回転以下でも他の車に迷惑をかけることなく走行し、3回目の休憩となった土岐市で伴走する家族と夕食をとることができました。
 幸運なことに、木曽路に入った直後に雨が降り出し、中津川市に入るころまで曇り空が続き、夕陽が沈んだことからエアコンなしでも何とか凌げました。

 ラジュエターの冷却水漏れや水漏れについては、そのまま走ることは危険ですが、ラジュエター本体の破損箇所の違いや、破損していなくても高回転で酷使すると冷却水漏れもあることから、日頃から車を整備している担当者の意見は重要で、今回も帰宅するまで状態を電話でナビしてくれた知人もあり、無事に帰宅できたことから10日に車検を兼ねた修理を段取りしてもらいました。

 帰宅したばかりですが、11日の山の日を記念するイベントが上高地で開催され、翌日にパークボランティアの資器材移動の参加を登録してあることから、明日には電車とバスで上高地に向かいますが、着替えや食料は小梨平のテントに置いてあるため、行くと言うよりも戻るという感覚でもあります。

           本日の体重 71、0キロ 徒歩数 4028歩 間食あり
                                      8月8日の一言

三男が貰った軽自動車の名義変更へ

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 秋日和と言う言葉がひったりの季節となり、朝晩が冷え込むようになりましたが、朝晩の空も見事な芸術作品のような景色を見せており、写真は本日午後5時過ぎの空ですが、連日風景画のような見事な夕暮れを見せてくれます。

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 添付した車は、家内の姉が乗っていた軽自動車で、新しい車に買い換えたため、我家の三男が貰って乗ることになり、一週間前に三重県から我家に持ち帰っておりましたが、本日は名義変更に名古屋市港区の「軽自動車検査協会」まで行ってきました。

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 たかだか名義を変更するだけに、高額な手数料を支払うのももったいないと、家内が手数料を三男に貰う約束で代行することになりましたが、事前に電話で情報を入手していたものの、三重県の姉の自宅と、申請する名古屋市港区が離れているために、委任状や納税証明など「たかだか」とは言えない苦労がありました。

 名義変更などを自動車の営業所に委託すると、1万円程度の代行手数料が必要になりますが、委任状や譲渡証明書など各種証明書は自分で集める必要があり、すべて集めてしまえば持って行くだけのため、時間がある人はやってしまえば簡単です。

 私の住む津島市の場合は、普通車については名古屋市中川区の愛知運輸支局に出向きますが、軽自動車は港区の「軽自動車検査協会」で申請や検査が行われており、軽自動車の場合には普通車のようにナンバーが封印されていないことと、認印で手続きが済むため業者任せにする必要はないと思われました。
 ただし、多くの人が順番待ちしているため、時間の覚悟は必要となります。

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 さて、新しいナンバーを貰ってきて、車に付け替えましたが、11月に車検の切れる三男の「スターレット」は、同級生の親父さんが使用していたものの、高齢になって運転されなくなったため、廃車する車を貰ってきたもので、このように知人や親族の車を有効使用すれば資源の有効活用になるばかりか、経済的負担も少ないため、使用した愛車を手から手へとバトンすることはお薦めです。

 ちなみに三男は25才になりますが、家内の車や貰った車を使用しているため、車を買ったことがなく、任意保険も私のままになっており、本日の名義変更も家内がやったとなると「手間賃」もくれませんから、今回の名義変更を機に自立意識を持ってもらうことにも期待しています。

                  本日の体重 71、9キロ 徒歩数 2901歩
                                    10月15日の一言

26歳の愛車ライトエースが戻り

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 私の旧来の愛車「ライトエース」ですが、今月21日で車検が切れるため稲沢市(旧祖父江町)の自動車工場に出し、車体下のサスペンション付近から異音がするため、続けて修理を依頼してありましたが、本日修理が済んで戻ってきました。
 
 車体下の異音については、走行には支障がなく、車検そのものには関係無いと判っているものの、車から出る「キシミ音」は人を乗せることが出来ず、同乗者に心理的な不安を与えそうなため、修理を続けてもらいました。
 
 このライトエースは平成1年に初年度登録された車で、今年で満26年目となり、これから2年先の28歳まで走ることになりますが、部品によっては存在しない物もあることから、故障するたびに思案することになりそうです。
 
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 かつてはトヨタ系列の営業所で車検を受けていましたが、当方が感ずる微妙な異常のたびに高額な部品交換を要求され、当方の指摘する部分(ハブベアリング)だけの修理をしないため、部分的な修理をする近くの自動車屋さんに修理を依頼して、トヨタで提示された15万円の部品交換が3万円以下の部品交換で済みました。
 
 この修理工場も、私が感ずるキャブレターのわずかな異常の原因が判らず、「トヨタの営業所で調べて欲しい」と言われ、トヨタではキャブレターの修理ではなく高額な部品交換を提示され、我慢して乗っていましたが、現在持ち込んでいる稲沢市の山内商店が、キャブレターのオーバーホールをして不調を解消してくれました。
 元々が自動車解体業もやっていたため、部品の取り替えも熟れており、旧い車の修理には手頃な自動車工場と思います。
 
 今回の異音についても、車体下の消耗品(ゴム類)を全部交換したものの収まらず、サスペンション関係の部品交換は7から8万円かかるそうですが、部品を全部分解してグリスを補充して音を消したそうで、当分は大丈夫と思われるものの、車が旧いため異常を解消すると他の部分からの異音が聞こえてきます。
 
 エンジンは極めて好調で、天井のスカイルーフや、後ろ向きや横向きになるセカンドシート、完全にハネアゲとなるサードシートによって、荷台には冷蔵庫や洗濯機も乗せられ、三男が参加するロードレースへ自転車を乗せて遠征や車中泊が可能です。
 
 「お父さん、もう新しい車に代えたら」
 「どこも悪い所がないのに…」
 「いくらでも安い車があるのに」
 「軽トラックに乗るよりはマシだろう」
 
 我家は兼業農家ですが、田畑の草刈り、水田の除草作業や、玄米の精米には軽トラックも必要となり、大量に出る庭の剪定時の枝葉の移動は乗用車ではできず、軽自動車並みに小回りのきく愛車は捨てがたく、7人も乗車できる一方で、貨物にも変身する愛車は万能の車としか思えません。
 
 それにしても、26年間も走ってきたのは驚異で、タフで大きな故障もしなかった事が長持ちの原因と思われますが、このまま私が運転できる限界年齢まで走り続けて欲しいものです。
 
この一言の満10年までのカウントダウン、あと19日
                                   1月24日の一言 

97歳のドライバーと出会い

 本日の午後の話ですが、家内とホームセンターで買い物中に、かつて朝日新聞の記者をされていたОさんと出会い、奥様と一緒と思っていると、一人で車を運転して来られたと判り、びっくりして家内と顔を見合わせました。
 
 「Оさん、いくつになられました?」
 「97歳になったよッ」
 「えー、それで一人で…」
 「僕のはギア付きでね」
 
 数年前に歯医者で出会い、94歳で車に乗って帰られたと知り、びっくりしてこの一言に記し(下記を参照してください)ていますが、直後に現役の朝日新聞記者に新聞のネタとして話すと、「記事どころか、もう運転を止めてもらわなきゃ」と言われてしまいました。
 
2010/9/22(水) 私の一言
 
 さて、歯医者に着いたところ、駐車場から老人がゆっくりと医院に向かって歩いておられ、本心では我先にと追い抜きたいものの、あまりにも大人気ないので後ろに追随して入りましたが、診察室に呼ばれた名前を聞いてびっくりです。
 … … …
 診察後のご主人とも僅かの会話で私の診察となりましたが、診察後に車に戻ってお二人の帰宅の方法を知人に聞くと、94歳のご主人の運転する車で帰られたとの話で、年齢を感じさせない行動に脱帽です。
  
 「家内は怖いから助手席には座らないよ」と笑っておられましたが、視力にも問題はなく、前の車との車間距離を十分にとっているため、事故のトラブルに巻き込まれることはなく、5年前には奥さんとともに岡山県まで運転して行ったとの話です。
 
 「怖いのは、車が遅いから後ろの車がぶつかるくらい接近してくる」と話され、病気しらずで目や歯もいたって正常であり、このまま3年を経過すれば、「100歳のドライバー」も実現しそうですが、「それまでに身体がもたないよッ」と笑っておられました。
 
 高齢になり、危ないからと子息より車の運転を止められたり、車を処分されてしまった知人も多く、その中には車が無くなったため外出することが無くなり、直後に病の繰り返しになったり、物忘れが激しくなったなどの話が多く、直後に他界されてしまった人も存在します。
 
 高齢者の車の運転については、例えば視力が悪くなったり、手足が満足に動かないのは大問題ですが、高齢による動作が遅いだけなら速度を落とした安全運転に徹するとか、必ず助手席に家族を同伴させるなど、事故防止に徹すれば、自転車に乗って交通事故の被害者になる高齢者が多い現実を考えれば、車を放棄しない方が健康な生活を持続させられると思います。
 三年後の「百歳のドライバー」が存在することに期待したいものです。
 
 さて、本日より新しい改正道路交通法が施行されましたが、本日も公務員である自衛官が飲酒運転でバイクに接触させて逃げた疑いから、目撃した別のバイクの40代男性が9キロも追いかけて通報し、酒気帯び運転で現行犯逮捕されたとの報道があります。
 
酒気帯び運転容疑で自衛官逮捕 目撃者が9キロ追跡
 
 昨日の一言にも、千葉市職員の飲酒運転による死亡事故を記しましたが、高齢者の運転を止めさせることよりも、爆音をたてて暴走運転を繰り返す若者や、飲酒運転、無免許運転を無くす努力の方が重要かもしれません。
 
                                  12月1日の一言 
 

2年後のF1にホンダが参戦するの報道に

 F1レースで6年連続でコンストラクターズ(製造者部門)チャンピオンを獲得していたホンダが、2年後のF1に参戦することを前提として、F1用エンジンの開発に着手しているとの記事が、本日の朝日新聞一面のトップ記事として掲載されていました。
 
ホンダ、F1復帰へ 15年にも エンジン開発に着手
記事の続き…
 マクラーレンは現在搭載しているメルセデス製エンジンの供給契約が14~15年で終了する。その後のホンダエンジン搭載を検討しているとみられる。
 ホンダは過去3度F1に参戦。エンジンのみを供給した「第2期」は86~91年に6年連続でコンストラクターズ(製造者部門)チャンピオンを獲得するなど、イメージ向上に一役買った。しかし00~08年の「第3期」は1勝にとどまり、リーマン・ショックのあおりで撤退した。
 昨年から欧州を中心に復帰のうわさが取りざたされるようになり、復帰の可能性を問われた伊東孝紳(たかのぶ)社長が2月、会見で「一生懸命、勉強している最中です」と発言。動向が注目されていた。
     ◇
 〈フォーミュラワン=F1=〉 タイヤがむき出しの「フォーミュラカー」による自動車レースの最高峰。1950年に始まった。世界各国のサーキットを転戦し、1~10位の着順に応じてポイントが分配され、年間の累積ポイントでドライバーとチームの王者を争う。2013年シーズンは15日に開幕し、三重・鈴鹿での日本グランプリを含め、計19戦が予定されている。
 
 5年前にF1から撤退したホンダに続いて、翌年にはトヨタもF1から撤退しており、かつてアイルトン・セナや、アラン・プロストのドライバーによって、年間16戦のうち15回の優勝を飾ったホンダの復帰には、リーマンショックによって冷え込んでいた日本経済の復活も予感させられます。
 
 F1と言えばホンダで、モータースポーツも鈴鹿サーキットを中心に日本のレースを引っ張ってきたのがホンダで、私自身にレース経験はありませんが、数年前から知人のガレージに預けっぱなしとなっている修理中の自動二輪も、今年の連休には復活する予定を立てています。
 
 さて、私はトヨタの本拠地となる愛知県に住んでいますが、企業イメージはホンダのファンで、それは高校時代に読んだ田中健二郎さんの「走り屋一代」に記された、ホンダのレース創生期の本田宗一郎氏と健さんのやりとりに影響されていると思います。
 
 
イメージ 1 田中健二郎氏は、ギャンブルのオートレース出身者で、ホンダでは3人目となる契約ライダーとなります。
 昭和35年にドイツで行なわれたドイツグランプリで3位に入ったのが、日本人として海外レースでは初めての日の丸になりました。
 
 その後、海外連戦中のアルスターグランプリで瀕死の重傷を負い、二輪レーサーとしてのカムバックを目指したものの、「健二郎、お前コーチをやってくれんか。うちには国光と北野しかいない。若手を育てるんだ。若いもんに、勝負というものを教えてやってくれ。若いもんの心の支えになってくれ」との本田宗一郎社長の言葉で引退します。
 私は引退後のホンダで、健二郎学校として渥美勝利、粕谷勇、長谷見昌弘、大月信和、加藤爽平、片山義美といった名ライダーを指導した頃の健さんと本田社長のやりとりに同じ釜の飯を食った者同士の人間味を感じさせられます。
 
 「私のいた当時の、本田技研は、清水次郎長一家に匹敵する一家であった。その中で、私は森の石松的役割を演じてきたが、たしかこの頃から大組織となり、昔ふうの親分、子分の考え方では、片のつかない問題もあった」と「走り屋一代」にも回想されていますが、本田宗一郎を親分として多くの名ライダーが育っています。
 
 かつての世界チャンピオン、アイルトン・セナも本田社長とは相思相愛で活躍しましたが、そのセナも、本田宗一郎も、田中健二郎も天国に召されており、ホンダの創生期に一丸となってサーキットを走った走り屋の伝統を、2年後のF1に参戦よって再現してもらいたいと熱望しています。私にとっては明るい話題となりました。
 
                                  3月18日の一言

車に走らされた一日となり

イメージ 1 本日は財布を落とした次男の運転免許証の再交付のため、愛知県の運転免許試験場のある名古屋市の平針まで突然のアッシー君役となりました。
 
 こんな時に限って用件が入るもので、車を運転中の携帯電話は違反になるためイヤホンがセットしてあったことから事無きを得たものの、ボランティア仲間に迷惑をかけることになりました。
 
 幸いにして約束してあった市役所との打ち合わせには間に合ったものの、一日の予定が大幅に変りました。
 
 変りついでにと、車のオイル交換に出かけようと考えていると、仕事から帰ってきた家内が「車から気になる音がするから」と言った事から、トヨタのディラーに連絡すると、「手一杯だから、来月の4日にしてもらえませんか」と言われ、自分の車検の約束も6日と決めて電話を切りました。
 
 「4日にしてくれだってョ
 「それまでどうするの」
 「だって、空きが無いと言ってる」
 「故障した時に見てもらえないなんて可笑しくない
 
 車の不調を感じた時に持ち込んでも対応できないメーカーのディラーも問題ですが、こんな時に私ならまずガソリンスタンドに聞きますが、家内は安いセルフのスタンドを利用しており、ディラーにも知り合いがありません。
 
 「オイル交換でもしろよ」
 「車検の時したから…」
 「いつ車検は受けた?」
 「去年の7月かな…」
 
 毎日通勤に利用し、和歌山や広島まで長距離運転をしており、一年間もオイル交換がしていないのにはびっくりですが、安いからとセルフのスタンドばかり利用しているため、車のケアが何もされていません。
 
 自分の車は1年車検のため、あっと言う間に車検となりますが、オイル交換はこまめに行なっており、本日はジェームスに持ち込みましたが、オイル交換後のエンジン音が確実に静かになる事から、一年間も交換していない家内の車は確実に改善されると思います。
 
 「交換したら静かになったぞ」
 「本当、私も行こうかな」
 「時間がかかるぞ」
 「すぐにできるんじゃないの」
 
 こんな調子では、今までオイル交換をしていたとは思えませんが、ジェームスではドリンクサービスとマッサージ器が2台置いてある事から、私は身体のリフレッシュと考えて待っていますが、明日も家内の車に同行することになりました。
 
 最近では右手と肩が不調で、春から足の脛のむくみもとれず、身体の各所から悲鳴が出ていますが、自分で判断できる人間とは違い、車は人間に使われるままに動きますから、車から出る悲鳴にも耳をすませたいものです。
 
                                     8月31日の一言

タイヤ交換で車とヘソクリもリフレッシュ

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 本日は早朝より、ガソリンスタンドに勤める知人に同じ系列の近くのスタンドを借りてもらって、タクシー車輌のキャラバンのタイヤを全て新品に交換しました。格安でタイヤを販売する広告を目にしますが、大量生産ができないサイズのためヘソクリが一度に飛んでいきました。
 
 前日にニッサンの修理工場でリコールによる部品を交換してもらいましたが、今まで何も異常がないままに走行でき、13万キロも走行してからハブベアリングが新品に交換された訳ですから、車が発する騒音は確実に減少しました。
 
キャラバンのリコール内容
①前輪のハブベアリングにおいて、シール性能が不十分なため、当該ベアリング内部に水が浸入するおそれがあります。そのため、走行中に異音が発生し、そのままの状態で使用を続けると、最悪の場合、当該ベアリングが破損して、走行不安定にいたるおそれがあります。⇒①当該ハブベアリングを対策品と交換します。
②自動変速機搭載車において、セレクトケーブルの固定方法が不適切なため、運転者の足が当該固定部に当たって固定が外れるおそれがあります。そのため、そのままの状態で使用を続けると、セレクトレバーを操作しても自動変速機が変速しなくなるおそれがあります。⇒セレクトケーブルを固定するロックプレートを対策品と交換します。

 タイヤもかなり磨耗しており、交換するのは当然の行為ですが、昨年の車検から損害保険料やスタッドレスタイヤの交換、オイル交換など、多額の費用をかけながら、私用ばかりでほとんど営業していない事から、秋の車検時まで我慢しようかとも思っていましたが、人を乗せる車輌のためヘソクリをはたきました。
 
 さて、明日は総務協働委員会が開催されますが、委員会の前にボランティアの福祉有償運送で、津島市から弥富市にある海南病院に走ることになり、今まで議会行事のあるときにはボランティアは断ってきましたが、しばらくは両立が求められます。
 
 一方で、太平洋には台風が発生しており、20日の夜には四国遍路に旅立つ予定をたてていることから、四国は勿論ですが、私の住む東海地方も進路になりそうな予報を聞きながら、大変な一週間を予感する夜となりました。
 
                                   6月17日の一言

三男の引越しで桑名市へ

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 本日のマイカーですが、三男の住む事になった桑名市のアパートまで、冷蔵庫や洗濯機などを積んで久々の活躍となりました。24年選手の車だけに、長男の大学卒業時の引越しでは東京から東海道を箱根越しで帰り、次男のアパートから冷蔵庫や洗濯機を持ち帰ったのもこの車です。
 
 そうやって考えると、数年前にはこの車に自転車を乗せて、広島県や大阪のロードレースに出場する三男を乗せて走っており、今回は4月から社会人となった三男の旅立ちへの出場ですが、我家に戻ってくるまで活躍しているでしょうか。
 
イメージ 2 朝9時に津島市を出発して30分で桑名市に到着し、4階にある三男のアパートまで荷物を運び込み、余裕でテレビや洗濯機を設置していると時計は12時に迫っており、本日は1時から参加する行事があるために慌てて津島を目指しますが、帰路は花見や行楽の車が渋滞して動きません。
 
 結局は長島インターから弥富インターまで高速道路を使うことにしましたが、こちらも高速道路に慣れない乗用車が連なっており、24年選手のマイカーが追い越し車線を突っ走っての到着でしたが、本日はもう1件招待されていた「いけばな展」があり、こちらは4時に終了するものの、10分しか参加できないことからご無礼する事にしました。
 
 さて、上に添付した息子のアパートから見たマイカーは綺麗に見えますが、実際には車に当てられた傷や、自転車がぶつかってきた小さな傷が残され、無傷だった10年ほど前に恩師の車にぶつけられた時、「元通りに直してくれ」の言葉に対して、「旧い年代物ですから」と修理を固辞したのを境にして小さな傷が次々に増えていきました。
 
 「あの時に直しておけば…」と後悔しますが、車の年式が旧くなると「きちっと直してくれ」とは言い難く、「気にしないで下さい」とやり過ごした結果で、「もう何年乗るか判らないから」と言いながら、走る事と荷物の移送には最高に働く事から、傷も勲章と思っての運転が続きます。
 
                                 4月8日の一言

海津の治水神社に立ち寄って

 本日は昨日の一言に記したように、本日から初出勤となる三男を自転車や荷物とともに桑名市の勤務先まで送り届けました。三男は何事もないように車を降りて行きましたが、僅か40分で到着する事から、早く我が家に戻ってきて欲しいものです。
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 桑名市からそのまま戻るのも味気ない事から、寄り道をして木曽三川公園の隣にある「治水神社」を訪れましたが、学生時代には家内と毎週のように訪れていた場所ですが、懐かしさと同時に、現代のように建設機器が全く無かった江戸時代に多くの人々の犠牲によって完成した「千本松原」の治水工事の大変さが偲ばれてきました。
 
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 現在は治水神社の裏に大きな展望台のあるタワーがたち、週末は多くの家族連れや観光客が訪れる名所となっていますが、江戸時代にはこの辺りの河川が度々氾濫し、多くの人々が犠牲となっていた事から、幕府は薩摩藩に命じて長良川と揖斐川の堤防を造らせました。
 
 「治水神社」は、薩摩藩家老平田靱負(ひらたゆきえ)を祭神として薩摩藩士84名を祀る神社です。それまで木曽川を含めた三川は、度々氾濫を起こして多くの犠牲者を出していましたが、江戸中期の宝暦4(1754)年、江戸幕府は薩摩藩主島津重年に木曾三山川の治水工事を命じ、油島の締め切り工事などを行わせた。この工事の完成後に薩摩藩士によって植えられたのが千本松原として現在まで残されてきました。
 
詳しい事は下記を参照して下さい
治水神社・千本松原 http://washimo-web.jp/Trip/Chisui/chisui.htm
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 治水神社の西側には、水上レストランが浮かべられ、多くのレジャー用ボートが係留されており、北側の三川公園では年中イベントが催されて、各地より多くの観光客が訪れています。
 
 揖斐川の西には養老山脈を背景にして、のどかな田園風景が続きますが、今から300年前には洪水によって大変危険な場所だった事と、遥か遠くの鹿児島県に家族を残したまま工事の犠牲者となった先人の存在を後世まで伝えていく責務も実感させられました。
 
 さて、昨年5月の一言に、私の父親とは生き別れになっていた祖父の因縁を記しましたが、その祖父の実家は山並みの南にある多度大社の後方に位置しており、昭和の初期にはこの辺りを通って我が家へ来ていた可能性も考えながら堤から眺めていました。
 
昨年5月8日私の一言 http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/45033789.html
 
 三男の勤務地が桑名市になった事で、しばらくはこの辺りを通る機会が増えそうですが、旧知の人々も存在する事から、三男の親離れを良い機会ととらえて各地へ足を延ばしてみたいと考えています。
 
                                  4月2日の一言

非常識な運転と遭遇する雨の一日

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 我家のブルーベリーです。お気に入りのブログにブルーベリーが登場し、我家の実を見に行った次第ですが、完熟は半月後くらいでしょうか。
 
 本日は「福祉有償運送」のボランティアがあり、私にとっては久々の出動となりましたが、午前中に病院に送った会員さんから、午後2時半になっても連絡がなく、昨日に続いて娘の体調が悪化しており、孫の保育所から帰宅の時間が迫り、ボランティアのTさんに代役をお願いして名古屋市まで走りました。
 
 「それじゃー」
 「えっ、帰っちゃうの…」
 「雨だからなー」
 
 と、娘と孫を降ろしてそのまま帰りましたが、娘の体調は最悪のようで、明日は保育所から帰ったら我家に帰るとの話になり、娘婿は入院しており、娘と孫だけでなく犬も連れてくると、我家は久しぶりに騒々しい日々となりそうです。
 
 さて、激しい雨の中を走り、保育所の前で待っていると、私を追い越した軽自動車がバックして、私の車の直前まで後退して止まり、運転手は降りて立ち去りましたが、私の車は普通車でも最高に大きく(ニッサン・キャラバンのロング)、すれ違いがやっとの道路では簡単には通り抜けができません。
 
 一方で、私よりも車幅のありそうな四輪駆動車と遭遇したものの、運転する女性ドライバーは左側に寄ることなく、堂々と走ってくるもののすれ違えず、控える私に何の合図もないままに走り去っていきます。
 
 右折する車で前方の交差点が詰まっていたことから、左側車線に車を進路変更したところ、わざわざ後方から私の車を追い越して、私の前に出てから左に車線変更しようとする車もあり、私が孫を乗せて防衛運転だから良かったものの、追い越して前に割り込むのが当然のような運転にびっくりです。
 
 孫と体調不良の娘を乗せており、安全第一の防衛運転だから何事もありませんが、雨降りの(本日遭遇した)女性ドライバーの運転は、交通違反以上に危険である事を実感し、こんな横着な車が野放しにされている改善は急務です。
 
 誰もが自分の車を傷つけたくないのは当然ですが、そのために相手に一歩譲る事が、こんな横着な運転を増長させているのかも知れません。一言が愚痴っぽくなりましたが、本日は雨のために非常識なドライバーと遭遇する一日でもありました。
                                 7月7日の一言

米上院でブレーキ装置優先の法制化へ

アメリカ上院の商業科学運輸委員会の2日の公聴会で、委員長のロックフェラー上院議員は、アクセルよりもブレーキを優先する装置を義務づけることを法制化する方針を明らかにしたと夕刊に報じられている。

 昨晩のテレビ朝日ニュースステーションで、米中訪問から帰国したトヨタ自動車の豊田章男社長が出演し、今回のリコール問題に至った車内状況の説明を行なっていたが、アメリカ上院委員長にブレーキ優先の法制化を表明される以前の問題として、快適に走る事より人命優先のためには急ブレーキによる急停止の実現は優先されるべきではなかったか。

米、ブレーキ優先装置を義務づけへ 上院委員長が方針(朝日新聞3日夕刊)
http://www.asahi.com/business/update/0303/TKY201003030232.html

 一方で、昨年8月にアメリカカリフォルニア州で起こった、トヨタ自動車レクサス暴走事故によって乗っていた4人が死亡した事故で、遺族がトヨタ自動車を相手取って損害賠償を求める訴訟を起した事についてもアメリカメディアが報じている。

 この事故は、ブレーキではなく、アクセルペダルが戻らず高速道路の終点に激突した事故で、通報した当局と運転手の会話がアメリカ全土へ実況中継のように報じられ、今回のリコール問題のきっかけになった事件であったが、アクセルが戻らないと止まらない事も異常である。

 省資源とかエコ生活などと言われているが、車の原理はアクセルを踏めば走り、ブレーキを踏めば停まる単純な原理であるばかりか、ギアをニュートラルに入れるとか、最悪の場合にはエンジンキーをオフ(切る)にすれば、エンジンの回転は停止するとともに、エンジンブレーキやサイドブレーキで何とかなった筈ではないか。

 レクサスの問題でも、フロアマットが引っかかってアクセルが戻らないとしても、ギヤチェンジやキーを切ってエンジンを停止できれば暴走する事は阻止できたと思うが、私が22年選手の愛車を運転している事から、最近の自動車事情に疎いとしても、安全対策が車の電子制御任せでは危険極まりない。

 昨晩の豊田章男社長の話では、電子制御によって、多少は(70センチ程度)停止距離が長くなっても、車の横滑りによる被害は防げるとの一長一短のような説明があったが、目前の歩行者を前にしても急ブレーキが効かないとしたら欠陥車と言われても仕方がないし、横滑りしない安全走行が前提であるべきだ。

 幸いにして豊田章男社長は「技術屋ではないがテストドライバー」と自己の立場を表現した。車が快適な生活空間と化した社会で、車が危険な凶器となる意識が希薄になっているとしたら、車を運転する立場で最高の車つくりに邁進してもらいたいものでもある。
                                   3月3日の一言

朝青龍より危険なトヨタ車の報に…

 一昨日から大相撲について記してきましたが、相撲部屋や一門に対する自分の考えを記している間に、知人に暴力をふるったとして問題となっていた横綱朝青龍が、協会から辞職勧告を告げられ、自ら引退することを発表する大ニュースとなりました。
朝青龍、引退を表明 高砂親方が協会に引退届提出↓↓
http://www.asahi.com/sports/update/0204/TKY201002040279.html?ref=reca
http://www.asahi.com/sports/update/0204/TKY201002040320.html

 相撲協会の厳しい判断に注目していたものの、まさか引退に至るとは予想もできず、29才という年齢を考えると、自分の子供達の年齢である事から、個人的には問題があっても「横着」でも自分の道を切り開く朝青龍を応援していただけに残念な気持ちとなりました。

 こんな個人的なファン意識からすれば、自分の秘書だけの責任で自分の身の潔白を図った民主党小沢幹事長や、アメリカの自動車暴走事故をきっかけに始まったトヨタ自動車のアクセルやブレーキの不具合隠しなど、大きな問題がそのままにされている現実にも厳しいメスと判断が必要ではないだろうか。

直すより買った方が安い矛盾に・09年7月15日↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/41384604.html 
最後の一台になるまで・09年10月14日↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/42030676.html

 さて、添付した2つの記事は、昨年に私が記した一言ですが、登録から21年にもなる自動車に乗り続けようとする私も変人かも知れませんが、運転する私の注文にも高額な修理代を提示して修理しないトヨタの営業所と、町工場の小さな修理工場がトヨタの提示する2割以下の料金で、私の希望する修理を済ませてしまった顛末を記しました。

 1つ目のハブベアリングの交換については、数年前から車検の度に修理を依頼したまま「高額」と「他の部品も交換が必要」を理由に修理が行なわれず、年々車の騒音が激しくなった修理の顛末ですが、2つ目のキャブレターの不調については、修理しないと事故に至る可能性もあり、トヨタが修理しなかった事で廃車も覚悟した一言も記しました。

快調だった21年選手(車)にも限界が↓↓
http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/41997893.html

 この時に、「今ではキャブレターの車は無くなっている…」とトヨタの営業所は修理もしなかったが、キャブレターの不調は最悪の場合は事故に直結する事から、修理もせずに帰したことと、その後も何事もなく車検の誘いが続いた事や、本日も「ご来店プレゼント」の手紙が届いている事に、かつてのトヨタには感じなかった営業の怠慢が実感させられます。

 今にして思えば原因も判らない電子機器の異常がトヨタ車の危険性として指摘されている事に皮肉を感ずるとともに、旧い車については不調でも修理もせずに帰してしまう現実は、車が道路を走り歩行者や行き交う人々の生命に危険を及ぼす事から、車の販売だけではなく安全対策についても真剣に見直して欲しいと願うものでもあります。
                                 2月4日の一言
追伸
旧い車ゆえにメンテナンスに注意しないと乗れない現実と、注意しても何ともならない電子機器任せの現代社会を天秤にかけている心境です。

運転の適性診断を受けて

 本日は独立行政法人自動車事故対策機構(名古屋)による適性診断(自動車運転)を受けてきました。福祉タクシーに限らず、パスやタクシーを運転する者にとっては、絶対に必要な検査のようで、「初任診断」を受けて「適性診断票」を受け取ってきました。

 説明書によれば、「ドライバーの心と身体の安全チェックです」と記されており、「人は誰でも長所と短所を持っており、…(中略)…、適性診断では、このような長所と短所(くせ)を見いだし、安全運転に役立てていただくための一つの手段です」と説明があります。

 陸運事務所から診断票が必要と知らされ、申し込んだものの予約がいっぱいで、申し込んでから一ヶ月後の診断となりましたが、運転の適性検査については警察や自動車学校でも良さそうですが、この機関の診断を受けなければならず、独立行政法人は天下りの温床との批判も耳にしますが、初任診断は4千6百円もかかる事と、この診断票で「運転不適格」の烙印を押される事はない様子から、官僚によって作られた売上(集金)システムのようにも思われます。実際に国土交通省の天下り先となっています。

 ただし、2時間半にわたって実施された適性診断は、車の運転を職業とする者にとっては必要不可欠であり、心理適性診断や視覚機能診断の結果により総合所見が書き込まれているが、これこそ最近話題となっている「事業仕分け」によって、民間の自動車学校や地方自治体に移管し、診断結果をより安全運転につなげるべきではないか。

 さて、私の診断結果については、「現在のところ、注意していただく点はあまりありませんが…」とあるものの、視力や動体視力は普通ではあるが、「安全運転のための適正な眼鏡の使用をおすすめします」とありました。

 この点について、私はかつてから警察署などの視力検査に異論があり、老眼がすすんだ中高年にとっては近くの物が見えにくく、視力検査から運転に眼鏡は不要であるが、検査の際には老眼鏡を付けないと記号がはっきりと見えない矛盾があります。勿論、老眼鏡をつけて運転はできません。

 小さなボックスの中での視力検査では、深視力(遠近感)のピントが最初から合わないままに、免許証の更新に苦労した事がありますが、運転免許試験場の大きな検査機器では簡単に合格する事から、検査方法にも改善が必要と思うのは私一人ではなさそうでもある。

深視力検査↓↓
http://www5.ctktv.ne.jp/~stone-i/src/drivinglisence/shinshiryoku/shinshiryoku.htm

 私自身の事となりますが、警察署の運転免許更新で深視力検査がまったくできず、検査は「お情け」で何度目かに通過しました(実際は見えていません)が、せっかく持っている大型免許のために真剣に目の治療を考えた時期もありましたが、運転免許試験場の検査機器や本日の検査機器でも「一発合格」となる事から、検査機器にも確実なる問題があります。

 長々と記しましたが、どちらにしても安全運転を心掛け、交通事故を回避しない事にはプロドライバーとしては失格となりますので、視力の衰えや反射神経の遅れは、スピードや車間距離を考えた運転を心がける必要があり、生涯無事故を目指したいものです。
                                11月20日の一言

全く知らなかった高速道路の厳罰化

 高速道路で車間距離を取らない車が多く、車間距離を取らない車が数珠つなぎになっていたり、大型トラックがぶつかる限界まで近づいてスピードを煽り、後続車にあおられた車が直前に割り込み危険を感じた事も多い。

 本日の夕刊報道から、今年10月から道路交通法の改正により「高速道路の車間距離不足」について、罰則が強化されている事を知りました。違反点数が1点から2点となり、反則金も6千円から9千円(普通車)に引き上げられていた。

 知らないままに高速道路を利用していたが、法律の厳罰化によって車間距離不足が改善されたとは思えず、休日の割り引きによって高速道路は一般道のように渋滞するようになっており、10月からの改正が周知徹底されておらず、私のように知らないままの人が多いのではないだろうか。

 高速道路の車間距離不足は重大事故に直結し、車間距離を取っていれば割り込まれる事から、誰もが危険と判っていながら限界スレスレの車間距離となっていると思われ、改正によって取り締りを強化しているというが、通行する車輌数のどれだけに浸透しているのだろうか。

 現実に取り締まる方法は白バイや警察車輌に頼るより方法がなく、違反車の摘発はごく一部の「見せしめ」にしかならない事から、割り込まれたり、後続車に接近されて危険を感じた車からの通報でも認めないと抜本的改善は難しいのではないか。

 もっとも、通報されても取り締まる警察車両や人員の増員ができない事から現実的ではありませんが、高速道路を通行すると必ず危険と思われる車が存在する事から、通報でもして注意を促さないと事故に巻き込まれる可能性も高い。

 さて、私は昨年末の大晦日に、京都市内で駐車違反で摘発され、反則金1万5千円と減点2点の処分を受けたが、止まっている車でも1万5千円の反則金だった事から、車間距離不足は高速での死亡事故にも直結する違反である事を考えると、反則金の引き上げを考えるべきではないか。

 週末は夜行であるが再び四国の高松市まで走ります。知人も同乗している事から、事故は勿論ですが違反についても、今年からはタクシー事業主となっている事から注意したいと思います。
                                11月18日の一言

事故の実況記事を読んで

 アメリカで起こったトヨタの高級車による猛スピードのまま激突した事故であるが、当初はアクセルにフロアマットが引っかかった単純な事故のような報道であったが、本日の新聞報道によって、当日の生々しい交信の様子を読むと同時に、単純な問題ではないように思えてきた。

レクサス時速190キロ「アクセルが…」通報直後衝突 10月1日朝日新聞
http://www.asahi.com/car/news/NGY200909300029.html

米レクサス暴走、絶望の果ての追突 恐怖の数キロたどる 10月19日朝日新聞
http://www.asahi.com/national/update/1019/NGY200910190004.html
http://www.asahi.com/national/update/1019/NGY200910190004_01.html

 事故直後の報道から、380万台のリコールが、フロアマットを原因とするトヨタとアメリカ当局の主張の隔たりに、日本車イジメのような錯覚を持っていたが、190キロの猛スピードのまま激突した事と、運転手が高速道路の運転に精通した45才の高速警察隊員と知り、環境とかエコを売り物としているトヨタ車のイメージとは程遠いものを実感させられた。

 本日は数年前からトヨタのディラーに修理を依頼しながら、現実的には修理を放棄され続けた21年選手のトヨタライトエースが、町工場で見事に蘇えって帰ってきた事から、あまりの調子の良さに嬉しくなり、夜になって家内と三男を無理やり同乗させて試運転に走ってきました。

 「普通の人が試乗と言うのは、スポーツカーか新車じゃないのかな」と笑う三男と家内に、「どうだ」と自慢する私も異常かもしれないが、こんな古い車でもエンジンが停まる可能性(一度も止まった事はありませんが)はあっても、暴走して停まれない凶暴性はありません。

 さて、国内においても今回の事故車と同じ車が走っているが、こんなスピードは全く必要なく、ボタンを押してスタートする車は私とは無縁とは思うが、高速を競うF1レースの事故でも生命はほとんど守られている現実から、トヨタにはこの機会に安全確保に徹してもらいたい。
                                10月19日の一言
追伸
廃車を覚悟して車の中古車情報を検索したら、ガソリン車のライトエース・ステーションワゴンは一台も見当たりませんでした。こうなると全国最後の一台になるまで走らせますよ(笑)

最後の一台になるまで

 稲沢市(旧祖父江町)の自動車屋に先週預かってきた愛車の不調部分が特定され、キャブレター内の燃料噴射部品の不具合(時々ですが)が原因と判り、さすがに21年選手の部品を探すよりも、オーバーホールをすれば直るとの話から、専門業者に送られていました。

 3万円程度で直るとの話ですが、最近の電子機器が積み込まれた自動車ではないので、不調と思えば修理もきき、私が絶縁状を出すまでは乗れるとの話に、しばらくはお付き合いが続けられそうな展開となってきました。

 ただし、もう修理の展開まで進んでいるとは知らず、私は自宅から10キロ以上離れた自動車屋まで自転車で走っていき、帰りに自転車を積んで帰る予定だった事から、自転車で帰る気力も喪失しており、帰りは代車を借りて帰ってきました。

 「次の車検には相当な費用がかかります」と、中古車が買える高額な金額を提示され、修理もされなかったトヨタのディラーの対応の後だけに、地獄に仏のような心境となり、来年1月の車検までお願いして帰る事となりましたが、こんなポンコツに乗っていると思って粗末に扱っていると、大切な顧客を失う事になっていきます。

 「青ナンバーの営業車について教えてもらえないか」の一言は、半年前に福祉タクシーを購入しようとしてトヨタのお店に尋ねた一言でしたが、21年選手の車に乗っているためか、冷やかしと思われたのか、聞いた営業マンに関心がなかったのか、まともと思われる対応がなされませんでした。

 そのために、新たに購入したタクシーは埼玉県の業者を通じてニッサンの車輌となった(私は今までトヨタの車しか乗った事がありません)ばかりか、営業車は定められた整備点検の感覚も短く、大企業にとって私はアリの存在にもならないものの、確実に入るべき利益を失っていきます。

 11月には家内の車が車検となり、トヨタのお店に依頼はしてありますが、古い車ほど修理費がかかり利益にできますが、こんなポンコツと思って真剣に相手をしてくれないと、車検も親切に修理に応じてくれる整備工場に走る事となっていきます。私は1人ですが、家族全員が車を持っている認識は営業マンには無さそうです。

 さて、久しぶりに自転車を走らせ、少年時代に走り慣れた街の風景が完全に変わっている事にびっくりしましたが、名古屋ばかり向いていた生活の影響か、田舎にはまだまだ会話ができる環境が残されている事が嬉しく思われる一日となりました。
                                  10月14日の一言 

快調だった21年選手(車)にも限界が

 新しい車が先月の16日に到着したからかどうか…
 直後の連休にも四国遍路に同行した21年選手の愛車ライトエースが不調になり、微妙であるがアクセルを踏んでもエンジンの回転が一瞬だが遅れることがあり、近くの整備工場に持ち込んだものの、不調な原因は色々考えられるものの、確実な不調場所が判らない事から「トヨタの店に持ち込んだら」との話になりました。

 しかし、1ヶ月ほど前に微妙な違和感からトヨタ店に持ち込んだところ、異常なしとの話から当方の希望でプラグを交換した経緯があり、キャブレターの不調を訴えたが、「今ではキャブレターの車は無くなっている…」と調整もされず、市販のキャブレター洗浄液でやり過ごした事があり、トヨタ店では不調と思われる部分を全部交換する話しか出ないと思われる。

 こんなに長い間運転した車はなく、限界がくれば廃車とも考えていたが、数年前からトヨタ店では車検とオイル交換のみで、当方が調整や部品交換を依頼しても、「車が古いから、それを交換しても他の部品が悪くなる」と、高額となる丸ごと一式交換の話しか出てきません。

 素人の私がここを直せばと訴えてもトヨタの直営店では、その部品だけでなく周りの部品も含めた高額な修理しか答えが返ってこない事から、最近では近くの町工場に修理を依頼するようになったが、今回はこの町工場に調べる機材が無いことからお手上げとなりました。

 来年の1月には車検も迫っている事から、このまま乗り潰して廃車かもしれませんが、直そうとすればかなりの高額の修理費がかかる事から限界なのかもしれません。
 そんなことを考えながら知人と珈琲屋に出かけましたが、どうしても諦められない事から稲沢市にある解体屋も持つ自動車屋さんに持ち込み、車を預かってもらってきました。

 我家には家内や子供がそれぞれ所有する車で満杯状態である事から、家内から新しく到着したタクシーもある事で、「無くても良いじゃない」と言われ、「それじゃー、普段はどうするのか」と反論すると、「自転車があるじゃない」と言われたが、考えてみるとまもなく自動二輪も復活して戻ってくる事から、車の回復に期待しながら成り行きに任せる事としました。
                                  10月9日の一言

埼玉県からタクシー車輌が届きました

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 本日は埼玉県の業者に依頼してあった福祉タクシーの車輌が、埼玉県から名古屋の陸運事務所の車検場に持ち込まれ、私の名前を意識した「い・・18」の青ナンバーを付けて、夕方になってから我家に到着いたしました。

 この車輌は5月の連休前から購入の第一候補としたものの、私自身が青ナンバーの営業車を運転する免許証を持っていない事や、タクシー事業主の法令試験や手続きに手間取り、ヘルパーの資格を取得するまで半年間も待ち続けていたのでもありました。

 もっとも、営業許可が出るまで埼玉県の業者が多くのアドバイスをくれた事から、この車が我家に届けられたのであり、埼玉県から持ち込んでくれた担当者のAさんには感謝するとともに、公共交通や障がい者の移動を考える上で、今後も連携を図っていきたいと考えています。

 「何で、そんな遠くの業者に?」と問われた事もありましたが、地元のトヨタ自動車の営業マンに聞いた際に、私が21年間も旧い車に乗っているためか真剣に聞いてもらえず、福祉タクシー協会の紹介によって知った業者で、埼玉県の業者ではありましたが、障がい者用車輌の販売を全国に展開している専門の業者でもありました。

 わざわざ埼玉県から来てもらう事から、夕食でも誘って名古屋駅まで送ろうと家族に話していましたが、Aさんの熱心なアドバイスを聞きながら、障がい者や高齢者が公共交通や福祉タクシーを利用して、全国どこでも気軽に移動できるために、東京では財団法人の設立が考えられているとの話に、私の活動や考えについて議論していると完全に夜になっており、珈琲屋から慌てて名古屋まで走ったような顛末で、帰宅しても私の夕食は用意されていませんでした。

 さて、福祉タクシーとは言いながら、この車は車イスを搭載する事ができない、10人乗りのステーションワゴンです。当初は車イス対応の車輌を考えていましたが、特殊車輌とか福祉と記載された車が家に着けられる事を嫌う人も多いとの話や、白ナンバーで営業許可を得た福祉有償運送との連携や、NPO法人に福祉車輌を寄贈するとの慈善団体の話もあった事からしばらくは様子見のスタートとなります。

 福祉タクシーも福祉有償運送についても、国土交通大臣や陸運事務所の営業許可は受けていましたが、この車の到着によっていよいよ実践あるのみと実感する事になりました。「一番に乗せるから」と調子良く語った知人が複数となり、一番目の客のように演ずるのも間近となりました。
                                  9月16日の一言

心機一転の切り替えに成功しました

 本日で8月が終わるとともに、明日からは9月になるだけでなく、議会の本会議が始まる事から、今までのシガラミは本日中に終えておきたい心境で、大型二種運転免許の試験に朝から出向きました。

 名古屋市の平針にある愛知県の試験場では、9時30分と10時30分と午後1時30分に学科試験が行なわれますが、私は9時には試験場に到着したものの、万全の状態で試験を受けるために10時30分の試験を選択して一緒に自動車学校を卒業した2人と教本の復習をしながら待ちました。

 そして、受付けに並んでいると、夏休みの学生が多いためか、中々受付けが修了せず、書類が受付けを通過したのが試験の10分前で、視力検査に入ると仲間の2人は終わったものの、私の前に並んだ中年の2人組が視力も深視力(遠近感)も受かりません。

 どうやら前の審査で不合格となり、メガネ屋で深視力用に新たな眼鏡を作ったものの、審査を合格できない代物のようで、担当の警察官と長々と応対が続き、私が終わった時には試験開始時間を経過してしまい、その顛末を見ていた警察官が「今なら何とかなるから急いで」と送り出してくれました。

 さて、2階の試験会場は扉が閉まっており、総合窓口に問い直して扉を開けると、満席で受験生が説明を受けており、扉を開けた私に「何ですか」と警察官から厳しい視線で詰め寄られますが、「下の警察官から急いで入れてもらえと言われて」と言うと、腕時計を凝視しながら渋々入室が許されました。

 「あッ、おい、何だー」と一番前の席に警察官の同級生がおり、懐かしい会話をしたいものの「急いで、急いで」、「荷物は足元に」、「携帯電話は電源を切る」と衆目の中で厳しく急かされましたが、滑り込みセーフで試験が受けさせてもらえました。

 この同級生は高校の同級生で、かつては警察学校の試験を前後で受けた事から、数十年ぶりにまた同じ会場で試験を受けるのは奇遇というしかありません。試験後の話では、4月から免許試験場に転属となり、全ての運転免許を取得するための受験との話でしたが、最近では行く先々でこんな再会が多いのも年齢のせいでしょうか。

 頭の回転が鈍くなったので、過去にない勉強(一夜漬け)を繰返し、寝不足で視力が定まらないような状態ながら、「満点はないわなー」とは思いましたが全問が理解されており、心配する事無く合格(結果は97点)でき、明日からは過去を封印して議会活動に専念できるようになった事は幸いでした。

 来週には議会の一般質問から常任委員会が開催されていますが、青ナンバーのタクシーも到着する予定となっており、NPO法人の福祉有償運送(白ナンバー)もあわせて役員会で説明後に営業の開始となっていきます。
                                   8月31日の一言
追伸
携帯電話の電源が切ってあった事から、午後は電話の嵐となり、市役所をハシゴする一日となりました。

高速道路の機能を失う無料化の公約

 民主党が公約としている高速道路の無料化に対して、中日本高速道路の会長が反対する意見をテレビニュースから目にしたが、無料化に賛成の立場の人からは会社の利権を守るための発言と批判されるであろうが、利用者である私も同感なので添付するとともに考えてみたい。

高速道路無料化に対する猪瀬発言
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090814/plc0908140745004-n1.htm

東日本高速道路会長の発言
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/090812/biz0908121819016-n1.htm

中日本高速道路の会長発言を取り上げたブログ
http://minkara.carview.co.jp/userid/148722/blog/14363338/

 私も利用する側にあるから、高速道路の割引は有難いし、無料となれば尚更負担は無くなるわけだから経済的には恩恵を被る立場にあるが、今年の割引制度による休日の渋滞状況を見れば、高速道路としての目的である高速走行が不可能であり、無料化されれば高速道路としての機能は果たされない。

 高速道路関係者の指摘するのは道路維持に必要な財源は利用する受益者負担である事と、2万人以上となる料金所で働く中高年労働者の雇用問題と同時に、高速道路の機能を失う事などであるが、私は時間をかけて議論した猪瀬氏ら専門家の公団民営化は何だったのかと問いたい。

 無料化の是非については、添付した猪瀬発言の中に、無料化に賛成する山崎養世氏の主張も掲載されているので、比較して議論してくだされば幸いだが、私が19年間も続けてきた京都大文字送り火鑑賞を今年は断念したのは高速道路の渋滞が原因であり、山崎氏の主張では高速道路は自動車道と化し、一般道となるのは目に見えている。利用する立場では、有料でも目的地に早く到着したい。

 もっとも、こんな事に目くじらを立てて議論しても、私が長距離運転ができるのもせいぜい10年位が限度であり、現在取得中の大型二種の運転免許に至っては、旅客用の大型バスには一生乗らない可能性も高く、政治が何でも干渉できるのであれば、新幹線や鉄道、長距離バスの割引きか無料化を公約としてもらいたい。

 高速道路の無料化は国民の関心を引いたかもしれないが、私は政治家が専門でもない事を公約にする事よりも、専門家による審議会を国民に公開し、国民も参加できる議論の場を提供する事の方が先決と思うとともに、このままでは利用者の声は無にされたままに選挙公約として実施されるのも無念である。
                                8月26日の一言

無責任な挑戦に気づかされる

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 本日は午前中より自動車学校で大型二種免許の技能教習となりましたが、1日教習を受けただけで4日間の盆休みが入ったため、初日と同じような心境で運転席に座り、S字通行や坂道発進、鋭角通行、縦列駐車など、難度の高い指導を受けたものの、安全確認やスムーズな通行すらできない顛末でもありました。

 大型免許を持ってはいるものの、最近はオートマチックのマイクロバスしか運転したことがなく、マイクロバスはワンボックスの延長のような運転でもさほど困らないが、さすがに大型バスはそんな運転は通用せず、4時間目には教習官から指導のしようがないほど注意を受ける事になりました。

 「ブレーキを十分にかけてからクラッチ」
 「はいッ」
 「後輪の位置を基準にしてッ」
 「はいッ」
 「貨物を運ぶんじゃないよッ」
 「はいッ」
 「乗客は立っておられないよッ」
 「はいッ」

 新たな指導や注意を受けると、過去に指導を受けた記憶や安全確認が吹っ飛びます。大型貨物とは違い、乗客が立っていても安全に走行する事が二種免許に求められている事の自覚は正直な話ですが本日まで考えてもおらず、大型バスをコースからはみ出さずに走らせる事に精一杯の技量しかありません。

 新たに普通車の免許を受験する学生や、タクシー運転手を目指す普通二種免許の教習を受ける人々は、お互いに声をかけあい相談できる仲間がありますが、大型二種(バス)の教習生は誰もなく、慰めあう人もない事から厳しい指導を受けると後々まで引きずります。

 もっとも、厳しい教習官から厳しい指導を受けた方が身になりますが、比較する仲間のない孤独な教習は、普通二種の人々が笑顔で談笑している中に加わるものの、私の立場とは全く違う事から、参考にはならないばかりか、孤独な教習が続く明日以降が心配です。

 さて、新たな免許に挑戦することは久しぶりなため、久々の緊張感を感じていましたが、本日の教習の中で、安全に人を運ぶ事の難しさを感ずると同時に、人を安全に運ぶための責任感が欠如していた自分に気づかされました。

 仕事として(私は仕事ではありませんが…)人を運ぶ二種免許ですが、不況ゆえに多くの挑戦者があるものの、人を安全に運ぶ事の責任と自覚が不足していてはいまいか。多くの人を乗せるバスゆえに感じた人を乗せる責任だったが、責任よりも技量不足ではゴールは程遠いし、9月議会の足音が差し迫ってきました。
                                  8月17日の一言

突然の自動車教習(大型二種)となりました

 月初めに自動車学校に出向き、「大型二種免許(バス)を申し込みたいんだけど」と窓口で訊ねると、「大型二種は20数人待ちです」の一言が返ってきました。

 「それで、入校はいつ頃になるんですか?」と問うと、来年の春頃になるとの話で、普通二種(タクシー)なら今週でも入校できるとの話に、私の希望は大型二種ではあったが、今月中に福祉車輌(タクシー)が届く事から、とりあえず普通二種を申し込みに出かけました。(昨日の話です)

 「普通二種を申し込みたいんですが…」
 「判りました」
 「ところで、大型二種も予約しておきたいのですが」
 「えっ、大型二種を取るなら普通二種はムダになりますよ」
 「だけど、来年まで大型二種は入れないんでしょ?」
 「そうですが…、ちょっと、待って下さい…」

 受付の事務員さんが管理職の男性に取り次いでくれ、「普通二種を取ってから大型二種はお金がもったいないから…」と、大型二種免許を担当する職員をしばらく待てないかと問われ、「何とかなるんですか?」、「何とかならない事もないような…」との話になりました。

 担当者を待って事情を聞くと、入校希望者は多いものの、入校まで半年以上かかることから、順番が廻ってきても仕事の都合で通学できなかったり、キャンセルも出る事から、予約順に電話や携帯電話に連絡し続けるものの、連絡がつかないと教習車を遊ばせる事も多く、いかに空白を減らすか検討中であったとの事でした。

 「盆過ぎからでも来れます?」、「ハッ、ハイ、明日からでも結構ですよ」、「エッ、明日も良いの?」、「明日も入校できるんですか?」、「じゃー、明日から来る?」、「良かったら来ますよ」、「じゃー、今から教習計画をたてようか」、…

 こんな顛末から、本日は全くの予定外で朝から夕方まで自動車学校の一日となりました。毎年の慣例ですが、盆過ぎの一週間は盆休みで上高地に行く事にしていたので、今年は夏休みを返上して、議員としての公的行事や議会活動の隙間を利用して、9月議会までに目星をたてたいと考えています。

 ただし、大型免許を持ってはいるものの、最近はAT車のマイクロバスしか運転しておらず、10メートルを超える大型バスには乗った経験もない事から、安全に動かす事が精一杯で久しぶりに緊張する一日となりました。

 もちろん、返上するのは夏休みだけでなく、予定していた日程への影響は免れないものの、福祉タクシーだけでなく、福祉有償運送の認可も迫っており、一つの節目となる8月になりそうです。
                                  8月12日の一言

無責任なトヨタのF1開催権放棄に

 富士スピードウェイの加藤裕明社長は7日の記者会見で、経営環境の悪化を開催中止の理由に挙げ、親会社のトヨタはF1参戦を継続させるために子会社である富士スピードウェイでのGP開催を手放したと報じられている。

朝日新聞の関係記事↓
http://www.asahi.com/sports/spo/TKY200907080105.html

 世界的な不況は言うまでもなく、世界有数のトヨタでさえ厳しい現実を迎えているわけだが、今回の富士スピードウェイでのF1GP開催権を放棄する行為は、F1参戦に巨額の資金が必要とされている現実は判るものの、企業としての責任としては無責任と言わざるをえない。

 トヨタは9年前に富士スピードウェイを買収するとともに、巨額な改修費をかける半面で、それまで日本のモータースポーツ界の発展と、F1人気を築き上げてきた、ホンダ系列の鈴鹿サーキットから2年前に開催権を奪い取る戦略に出た。

 まさに、トヨタの社運を賭けて、巨額の費用をかけた誘致運動から、モータースポーツの創生期からF1の世界一まで登りつめたホンダの歴史でもある鈴鹿サーキットから、F1の開催権を奪い取り、トヨタの世界戦略としてF1に参戦していたのである。

 結果的には、ホンダも鈴鹿サーキット改修に巨額な資金をかけ、開催権契約の巻き返しを図り、一年ごとの交互開催となり、本年と再来年のF1は鈴鹿サーキットで開催されるようになったが、トヨタの身勝手な開催権放棄で、来年は開催を熱望している韓国などに開催地を奪われる可能性もでているのである。

 F1参戦には百億円とか、開催には数十億円などと巨額な資金が必要と言われているが、ホンダは創業者の本田宗一郎氏の時代から若い技術者の技術力向上のためにモータースポーツの最高峰を目指し、トヨタは販売の世界戦略としてF1への参戦を選択した。

 ホンダはオートバイだけでなく、F1についても相思相愛の人気ドライバー「アイルトン・セナ」によって世界一の座に登りつめたが、世界的不況の中で、F1から撤退するばかりか、他チームへのエンジン供給も断念して企業の生き残りを図り、鈴鹿サーキットでの開催は続ける模様である。

 一方で、日本のモータースポーツの聖地ともなっている鈴鹿サーキットから会場を奪ってまでF1に参戦したトヨタは、いとも簡単に富士スピードウェイでの開催権を放棄し、販売の世界戦略の広告塔としてF1参戦を続けていくが、先行きは不透明でもある。

 企業の繁栄は厳しい販売競争にあり、企業戦略は重要と思うが、トヨタによる巨大資本にものをいわせた開催権略奪によりホンダも予想しない巨額な改修費が必要になったと私は思う。こんな身勝手な横槍でモータースポーツに対するホンダイズムが後退したとしたら哀しいものがある。

 もっとも、F1への参戦と撤退は自由と思うが、F1会場となる開催権については、関係する関係自治体や地元に及ぼす影響も大きく、業種によっては廃業も招く死活問題となる事から、トヨタの開催権奪取や身勝手な放棄は、世界的企業としは無責任との批判は免れない。
                                    7月8日の一言

ホンダF1撤退のニュースに

 日本の自動車レースを世界へ牽引してきたホンダが、F1レースから撤退すると報じられてきた。二輪だけでなく、四輪においても世界の最高峰レベルで戦ってきたホンダの撤退は、モータースポーツの終焉となる可能性も高く、五十代半ばとなった私の身体と重ね併せると淋しさを実感する。

 報道によれば、チームを売却するか、売却先が見つからなければチームを解散し、完全撤退を発表し、エンジンだけの提供も考えていない事から、企業としてのホンダの名前は来年のF1から消えていく。
 国内では唯一残されるトヨタは当面撤退しないと発表しているが、そもそもF1参入の動機も違い、モータースポーツに対するこだわりも低い事から、ホンダの撤退は日本のモータースポーツの終焉と言っても過言ではない。

 サブプライム危機や車の北米市場の冷え込みは、確実に日本の企業にも影響し、減収減益となり、人員削減を断行せざるを得ない状況下において、1年に数百億円も必要とされるF1レースを継続する事は不可能で、この事はF1に参戦している全てのチームにも共通する問題だけに、ホンダの撤退は人気の高いF1レースそのものの危機でもある。

 来年のF1開催までに200億円をかけ大改修が進められている鈴鹿サーキットであるが、過去20年も続いた鈴鹿サーキットでのF1開催が、トヨタの横槍で2年前から富士スピードウェーに会場を奪われ、来年からは1年交代での開催が決まっているものの、会場奪還への余分な出費も今となっては悔やまれる。

 さて、世の中の移り変わりで、かつての馬力やスピードを競うプロ専用のサーキットではなく、一般人も参加できるモーターサイクルへも転換が図られており、鈴鹿サーキットでは自転車のロードマン達にも身近に出場できる聖地とされ、私も出場する息子に触発され、来年の出場(参加するだけですが)を健康のために目標としている。

 こうなると、車検復活を目指す二輪(ホンダVF)を早期に復活させ、こちらでも鈴鹿で走る機会をうかがってみたいと思うが、かつての一言にも記しているが、大企業の販売戦略で国内で争っている場合ではなく、目的を共有して最後の砦だけは死守してもらいたいものでもある。
                                   12月5日の一言

今年は愛車も成人式(満20年)に…

 正月休みがすんで仕事に追われるようになってきたが、元々年末から仕事が残ったままになっており、片付けてないから忙しいのは当り前だが、正月ボケのため本日が土曜日である事も、今日から三連休である事も忘れていた。

 今月18日に企画した旅行友の会の大阪行きと、27日に地元で実施される愛知県の「地域セミナー」の準備ばかりが頭にあり、その他の行事が眼中から消えており、それまでに会報を完成させる段取りであったが、明日は消防の出初式があり、明後日は成人式と行事にも追われる日々が続くのであった。

 過去の一言に目を通すと、昨年の今日は議会委員会後に大先輩の葬儀に参列し (http://blogs.yahoo.co.jp/s281218/11395391.html)、その前年は「たかだか役人の思い上がり」なる一言を記し (http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/contents19.htm#18112)、その前年の17年の今日には、当日届けられたアンケートの内容について[差別用語の指摘] (http://www.clovernet.ne.jp/~oshika18/contents15.htm#17112)なる一言が記してあった。

 しかし、前後の一言を読み直すと、毎年同じようにスケジュールに追われる日々を送っており、変わりばえのしない繰り返しの連続で歳月が過ぎ去ってしまう現実に、今年こそは歯止めをかけたいとは思うものの、余計な仕事は年々増加しており、変えようのない現実を悟ってしまいそうでもある。

 さて、今年の新成人の生まれた年に初年度登録された我が愛車もまもなく満20年を迎えるのである。数日前に車検を済ませた際に、2年前の車検の際に言われたタイミングベルトの交換がしてない事から、大丈夫かと尋ねると、「この車にはタイミングベルトはついていない」との言葉が返ってきた。

 「旧いからベルトが切れた時には廃車」との覚悟でそのままにしてあったが、「全く悪いところは見当たりませんよ」との言葉から、「心配して乗っていたこの2年間は何だったのか」の言葉を返すと、「営業の連中は知らないから」との言葉が戻ってきた。長距離もOKとの話である。

 実は私は車検や整備に車を持ち込んだ事がなく、訪問する営業マンまかせにしており、今年は家内に言われて嫌々出向いたのであったが、そのおかげで幸いにも今後は安心して走れそうである。ただし、20年の経過は我が身と同じで無理は禁物である事を忘れると大変にな事になりそうでもあり、「壊れたら廃車」のいたわりが必要である事には変わりがないが…
                                 1月12日の一言

日帰り強行遍路より一日が経って…

 昨晩に四国松山から帰って、まだ一日が経過していないが、無計画で何も考えずに突っ走った結果を冷静に考えさせられる一日となった。

 前日(9日)の夜九時に愛知県を発ち、(10日)朝七時に松山市の太山寺に参拝し、四国を縦断してから帰宅したのが昨晩の十一時であった。帰宅後にブログに書き加えようとパソコンの前に座ると、四国から携帯メールで送った写真に対して既にコメントが寄せられていた。

 一晩眠らなかった割には、昨晩も本日も変わることなく生活しているのは、日頃から不摂生な生活を続けている証とも言えるが、よくよく考えてみると、出発前に家内に言われた一言が的を得ており、無計画な思い込みこそ本当にムダでもったいない結果を招くのである。

 「お父さん、いいかげんにしてよ!突然何を言い出すの!!」、「突然だが、オレにはこうするしかないのだ!」、「行くのは勝手でも、いくらかかると思っているの?」、「うるさい!!オレには日にちがない!」、「いくらでもあるじゃないの?」、「今年は今日しかないのだ!!」と、無理やり家内を納得させた松山行きでもあった。

 夜行日帰りに要した費用はカード決済のため来月の支払いになるものの、一日で四万円ほど使った事になる。本日パソコンに座り、私のHP『朝日旅行友の会』http://www.kuronowish.com/~oshika18/newpage101.htmを眺め、長距離バスの案内を見ていると、夜行で出かけて夜行で帰ってくれば二万円もかからない事と、一睡もしない苦痛と家族の心配もない事から、「こんな事なら、家族と一緒に出かければ良かった」と思われてきた。

 時すでに遅しであるが、冷静に考えればそんな事と思われるが、日程が詰まると冷静な判断もできなくなるのであろう。こんな事なら、意固地になって買わないと決めたデジタルカメラが買えたじゃないか。
 他人のブログ(千のゆるりさん)http://blogs.yahoo.co.jp/thanks_always/34893292.htmlを読み、四国遍路で夫婦ゲンカをする二人のマンガにコメントを寄せている場合じゃない。共通するのは『男はなんとバカなのか』ということである。

 さて、四国行きも、長距離バスが名古屋から徳島、高松、高知、松山と各地を結んでいる。そんな事を考えると、歩き遍路も自転車による遍路もと、また余分な発想が頭をよぎってくるが、一日で走行距離一千と31キロ走ってきたのが信じられない今がある。
                          8月11日の一言

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