大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

自然保護

冬季閉山中の上高地を想像しながら


イメージ 1
昨年11月5日午前11時50分の上高地 三段紅葉

 上高地でボランティアの募集があれば教えて欲しいと言われていた知人がおり、本日募集内容を確認すると10名程度の追加募集が発信されていましたが、交通費と宿泊費だけでなく食事も自己負担となるボランティアだけに、これまで上高地に強いこだわりを持っていたとは思えない人に伝えると、遠い愛知県から無理強いする可能性があることからここに添付しました。 ※詳細は下記を参照してください。

上高地パークボランティアの追加募集について

 下記に添付したアドレスは上高地ビジターセンターのライブカメラで、左下にあるライブカメラをクリックすると閉山後の上高地が映し出され、過去の映像も見ることもでき、私は閉山後の上高地の様子をここから見ています。

上高地ビジターセンターライブカメラ https://www.kamikochi-vc.or.jp/

 さて、かつては毎年閉山後の上高地へ歩いて入ることを決めていましたが、平成22年に上高地を訪れた際には、深い雪の中をかき分けて8時間ほど歩いた後遺症として、3日後にわずかでしたがピンク色の血尿が2日間続き、この原因を確認するため病院の泌尿器科で内視鏡検査まで受けることになりました。

 幸いにして何も異常は見つからず、激しい運動によって見えないような細かい結石が下りたのではないかと言われ、翌年からも再び訪れていたものの、雪崩の発生もあることから、年齢を考えて謹んでいたところ、2年前からボランティアに登録されたため、事故で名前がでるような個人的な冬季入山はしないことに決めました。

 ただし、車だけでなく、人そのものが居ない冬の上高地は、車のエンジン音や人の会話もない無音の白黒写真の世界で、ほこりや汚れもない雪の上高地に自分だけの吐息と、鳥や木から雪の落ちる音しかしない自然との一体感は魅力があります。
 愛知県から行きたい人がありましたら連絡をください。一緒に行きましょう。

イメージ 2今年最後となる上高地入りです  12年12月23日の一言
 上高地にも入山税は必要かも   
 
冬季閉鎖の上高地に足を延ばし   11年12月23日の一言
 
今年最後の上高地入りとなり   10年12月18日の一言
 
 上高地は毎年11月15日に閉山式が行われ、翌年の4月中旬(開山祭は27日)まで釜トンネルが閉鎖されるため、我々にとってはシーズンオフとなりますが、北アルプスを目指す登山家だけでなく、上高地内で運営される施設や宿では新年早々から仕事がスタートしています。

18年度スタッフ募集情報
上高地で働いてみませんか?

五千尺ホテル&五千尺ロッヂ http://recruit.gosenjaku.co.jp/news/

 私は一年後には年金生活者となり、これから働いていく年齢ではありませんが、企業の若い上司からストレスを受けて雇用されている位なら、4月から11月とは言え大自然の中で自然と一体になって働くのも一考かと思います。

 「よし、自分も」と言いたいところですが、ボランティアとは言え、地元の高齢者や移動が困難な人々を病院や買い物に同行する運行管理者となっており、複数のNPO法人を主宰しているため、現在参加しているパークボランティアだけで限界です。

 1月もすでに後半に入っており、長いと思っていた上高地のシーズンオフもあっという間に4月を迎えると思われ、四国遍路と併せて今までとは違う新しい体験と出会いを考えると、明日からの雪の天気予報も温かく感じてしまいます。

            本日の体重 74、2キロ 徒歩数 3617歩 間食あり
                                     1月23日の一言


上高地で救急救命講習とガイド研修会へ

イメージ 1
普通救急救命講習心肺蘇生の訓練中です

イメージ 2
梓川消防署安曇出張所から
                            上高地まで45分かけての出張です

イメージ 3
午後のガイド研修
                          上高地ネイチャーガイド竹原先生の指導です

イメージ 4
ビジターセンター前から小梨平を廻ります

イメージ 5
こんな大自然が舞台です

イメージ 6

本日は環境省の活動ステーションで、パークボランティアを対象とした救急救命講習が開催され、午後にはガイド研修会がおこなわれました。

上高地 パークボランティアへ

イメージ 1
午前9時から上高地一斉清掃が行われました

本日は、上高地の関係機関や関係者による一斉清掃が行われ、午前9時に河童橋に参加者が集まって一斉清掃が行われました。パークボランティアからの参加は6名で、環境省や公園財団職員と共に、河童橋から梓川左岸のベンチや施設を田代橋まで清掃し、バスターミナルまで散策路を清掃した後に、田代橋まで戻って梓川右岸を河童橋まで清掃しました。

イメージ 2
朝6時松本駅です

イメージ 3
松本電鉄上高地線 6時31分発新島々行き

イメージ 4
新島々からはバス
                           7時15分発で上高地へは8時20分到着です

イメージ 5
ボランティアの始めはこんな感じでしたが…

イメージ 6
見事な紅葉の中を移動します

イメージ 7

 本日のボランティアには、午前中だけでなく午後も参加する予定でしたが、参加メンバー全員が午前中だけで帰るとの話から、やる気は満々だったものの、身体が思うように動かず悲鳴をあげていたため、これ幸いと午前中で参加を打ち切りました。

 私は青ナンバーのタクシーを所有しているため、愛知県の我家から3時間で上高地に来られますが、環境省のボランティアに参加するためには、松本方面か高山方面からバスで上高地に入るとの決め事になっているため、ボランティアに参加しようとすると前日に自宅を出発する必要があります。

 そんなことから、ボランティアに参加することは、観光のようにその日に簡単に上高地へは来られず、身体の負担もありますが、4月から参加したボランティアの中でも、身体の疲れが吹っ飛ぶような晴天と、見事な紅葉によってボランティアに参加して本当に良かったと思う一日ともなりました。

                   徒歩数 17024歩
                                    10月26日の一言

上高地ボランティア 夜行で松本まで 

イメージ 1
名古屋名鉄バスターミナル 午後8時40分発松本行き

イメージ 2
夜7時49分 名鉄青塚駅

イメージ 3
夜の名古屋駅前

イメージ 4
ななちゃん人形も夜に模様替えです

 明日と明後日の上高地パークボランティアに参加するため、名古屋を午後8時40分発の松本行き高速バスに乗りました。

 本日の夜は私の事務所で書道会が開催されるため、午後7時10分に恩師を迎えに走り、会場の空調とお茶やコーヒーの準備をして、午後7時40分から家内の運転で青塚駅まで送ってもらいましたが、7時30分から開始される書道会の前から分刻みで名古屋に到着してバスに乗車しました。

 深夜11時40分(予定より30分早く到着)に松本駅に到着し、駅前のなじみのネットカフェ「ネムル」で(6時間パックで1700円)仮眠して、午前6時31分発の電車で新島々駅を目指し、ここからはバスで上高地を目指します。

 学生時代には一日がかりで上高地に入っていましたが、最近は仕事後の夜に出発しても訪れることができ、便利になったことを実感させられます。このブログは車中からの発信で、電源のコンセントもついています。

 もっとも、私の車には2日から3日は生活できる食材と、寝具も搭載してあるため、車で3時間の上高地入りもできますが、還暦を過ぎており、見送る家族の安心感と確実な睡眠を確保できるため、これは助かります。

 学生時代に真っ暗になった駅で震えながら朝を待ち、登山客とタクシーの乗り合いで上高地入りした記憶がありますが、現在は24時間営業のコンビニも存在し、夜の移動が楽になりました。

 明日は午前9時から、河童橋周辺の一斉清掃が行われます。

                                    10月25日の一言

祖父江町に野生のキツネが生息するとの報に

イメージ 1

 私の一言には地域の田舎風景しか添付したことがありませんが、私の住む津島市には14階建てのマンションも存在し、ここは11階から東となる名古屋駅方向を向いていますが、本日は雪の舞う強風のため反対側の西方向は向けません。東には青空も見えますが、西方向は鉛色の空となっていました。

 これだけの強風を電力に変換できたらエネルギーになるのでしょうが、景色は爽快でもマンションでは手荷物も飛んでしまうような風にびっくりの一日となり、通学途中の中学生が書類を飛ばされても回収不能に陥っていました。

愛知)野生のキツネ、稲沢で見つかる
 
記事の続き…
 東山動植物園(名古屋市の獣医師茶谷公一さん(47)は、稲沢市にキツネが生息するという話は聞いたことがないといい、「脚に黒いラインがあるので、ホンドギツネではないでしょうか」と話している。

 本日の朝日新聞に、稲沢市の祖父江町(旧祖父江町)で野生のキツネが生息しており、一宮市の男性が2週間ほどかけて発見し写真撮影されたものが掲載され、撮影者は昨年9月から今年1月まで50回ほど目撃し、東山動物園の獣医師が、「脚に黒いラインがあるので、ホンドギツネではないか」と話している。

 ただし、獣医師は「稲沢市にキツネが生息するという話は聞いたことがない」と話しているようだが、獣医師の年齢が47歳と若いため知らないだけで、昭和30年頃には祖父江町から佐織町(現愛西市)にかけても野生のキツネやタヌキが生息しており、木曽川沿いの八開村などにも生息していたとおもわれます。

 私の母親が祖父江町の出身で、母親が嫁いだ後に、伯父が祖父江町から我家へ自転車で来るときに荷台に積んだ土産の食べ物をキツネに獲られたことがあり、他の人々からもキツネの話を聞いたことがあることから、当時は確実に生息していたと思われます。

 今回のキツネが野生であっても、昔から生息していたキツネではないかも知れませんが、祖父江町には木曽川が流れており、堤防は綺麗に除草はされていても、上流から下ってきたキツネやタヌキが生息する自然が流域に残されており、これからもこの自然環境が残されていくことに期待したいものです。

 さて、私が議員になってから、町内から「タヌキがいる」との目撃情報が続き、誰もが見まちがいと語っていましたが、隣村でも同様な目現状報があり、現実に道路で轢かれていた死体を発見し、私自身が写真に収めて市役所に持ち込んだところ、過去に津島市に存在していた動物園を担当していた職員がタヌキと断定してくれました。

 目撃者の話では複数のタヌキが居たとの話でしたが、見つかったのが死体だったことと、その後川の堤に生えていた葦やススキが伐採され、近くを流れる日光川(2級河川)の堤防も毎年雑草やススキが伐採されたことから、今では考えられなくなりました。

 私の中学生時代までは、近辺の川の両側に葦やススキが生えており、学校をズル休みしても川に行けば誰にも見つからず、一日中ボーとして時間を過ごす環境があったことを、本日のキツネの記事から懐かしく懐古する一日ともなりました。

               本日の体重 70、4キロ 徒歩数 3070歩
                                     2月13日の一言
コメント
  
顔アイコン
議員活動、真摯にがんばってね。削除
2015/2/14(土) 午前 0:17[ 虫探偵☆山川 一浪 ]返信する
顔アイコン
> 虫探偵☆山川 一浪さん、コメント有難うございました。

頑張ります。また覗いてください。削除
2015/2/14(土) 午前 0:37s281218返信する
去年の12月、隣の家にタヌキがいたのを嫁が目撃しました。垣根の隙間からこっちを見ている姿を写真におさめ、メールを送ってくれました。もちろん飼われているものではありません。とても驚きました。津島育ちの嫁も初めてみたいで、とても不思議がっていました。削除
2015/2/14(土) 午前 1:34[ ぶんた ]返信する
運転してると155号線にタヌキやらイタチの事故死の亡骸を目にします。夏場になるとカメも交通事故死していますね。夜になると明らかに犬や猫ではない動物が飛び出してきます。ニホンカワウソなら大ニュースですが(笑)


60キロ台まであと少し。頑張って下さいねー。削除
2015/2/14(土) 午前 1:57[ ホーリー ]返信する
顔アイコン
> ぶんたさん、コメント有難うございます。

私が子供の頃には動物が生息できる環境があり、私たちも自然環境の中で遊んでいました。最近では捨て犬さえも生活できなくなっています。寂しさが隠せません。削除
2015/2/14(土) 午後 9:45s281218返信する
顔アイコン
> 海子さん、コメント有難うございました。

稲沢市のアピタ周辺でもキツネを見たとの話も聞きました。まだまだありそうですね。削除
2015/2/14(土) 午後 9:49s281218返信する
はじめまして。
2017・08・15
稲沢にてキツネらしい動物を見ました。
猫?大きい…
犬?野良犬なんている?
柴に似ていますがしっぽが太く…
キツネかと。削除
2017/8/16(水) 午前 10:30[ pe*****0*** ]返信する
顔アイコン
> pe*****0***さん、コメント有難うございました。

自然環境が良くなって野生動物が戻って来るのは良いですが…

何とか当り前にキツネが生息できる自然環境にしたいものです。削除
2017/8/17(木) 午前 1:34s281218返信する
祖父江町ではないんですけど 愛西市野方でキツネらしき姿を見ました 思わず追跡してみましたが 確認できなかった 残念削除
2017/10/24(火) 午後 9:59[ しげぞう ]返信する
顔アイコン
> しげぞうさん、コメント有難うございました。

2年前ですが、愛西市の旧立田村で、アライグマかタヌキか判別できませんでしたが、道路に当り前のように座ってこちらを眺めていました。

津島市の我家の庭にも、当たり前のようにアライグマが通り、3年前には屋根裏で子育てするイタチに悩まされました。

キツネはすごいですね。是非とも写真に収めて私に提供して下さい。期待しております。削除
2017/10/25(水) 午前 0:41s281218返信する
私も稲沢市市内祖父江町平和町でたぬきの死骸を目にする事もあります。昨日は仕事帰り車でも偶然出会いました。今覚えば携帯でパッャと1枚撮って居ればと思いました。今まで何度も見かけているから最近ではあまり驚きません。でも、生きている姿を見るのが北名古屋の春日の国道で見かけたのが初めてで、生きているのは久しぶりでしたから、少し懐かしい感覚になり、目と目で挨拶してその場から立ち去りました。削除
2017/11/23(木) 午後 8:52[ tan***** ]返信する内緒
      
顔アイコン
> tan*****さん、返信が遅れて申し訳ありませんでした。

タヌキかアライグマかは判りませんが、木曽川沿いだけでなく、西尾張中央道までは確実に住みついていると思われます。

我家の庭にも当り前のように歩いていました。夜行性のため人目につかないだけで、かなり広範囲に生育していると思います。 削除
2017/11/25(土) 午前 9:49 s281218 返信する
顔アイコン
11月25日PM11:30頃、稲沢市役所付近でキツネを見ました。あの顔つき・尻尾は間違いなくキツネだと思い検索したらこのページがありました。稲沢にもキツネが生息してるんですね。 削除
2017/11/27(月) 午前 11:17 [ mer***** ] 返信する
顔アイコン
> mer*****さん、コメント有難うございました。

稲沢市にはうらやましいほどの自然が残されています。是非ともキツネの写真を収めて発信してもらいたいものですね。 削除
2017/11/28(火) 午前 3:46 s281218 返信する
一宮市の自宅近くで昨日と今日の夜9時ごろに、走行中の車の前をキツネらしき生き物が横切っていき、とても驚きました。
他にも目撃証言がないか検索していたところ、こちらにたどり着きました。 削除
2017/12/13(水) 午後 11:10 [ ter*na*su*00* ] 返信する
顔アイコン
> ter*na*su*00*さん、コメント有難うございました。

私の予想では、西尾張中央道と木曽川の間にはキツネやタヌキ、アライグマなどが生息していると思います。

カメラに収められると地域の関心も高まり、自然環境について議論になると期待したいものです。 削除
2017/12/15(金) 午後 11:47 s281218 返信する
顔アイコン
一か月ほど前、嫁さんがキツネみたいなのを見たと言っていた。内心居ないだろうと思いながら、いるかもしれないね…と言ったが、今日ほぼ同じところで18:45頃道路を西から東へ渡る、細くてちょっと跳ねるような走り方の柴っぽいけど尻尾がふさふさで顔がほっそりととんがった生物が・・・イタチよりだいぶ大きいし太い。キツネとしか思えない生物が@@。それで検索したらここにたどり着きました。キツネ居るんだ・・・ 削除
2018/10/11(木) 午後 8:09 [ にぃ~ ] 返信する
顔アイコン
> にぃ~さん、コメント有難うございました。

木曽川の環境はキツネやタヌキが住めるのでしょうね。上流の山から下ってくる可能性もあり、生息できるように保護していきたいものですね。

木曽川は公園として整備するよりも、昔ながらの環境を残して、鳥や動物の楽園にしたいですね。 削除
2018/10/12(金) 午前 11:13 s281218 返信する
清須市の庄内川の堤防沿いで
キツネを見ました。 削除
2018/10/22(月) 午前 2:57 [ sat***** ] 返信する
清須市の庄内川の堤防沿いで
キツネを見ました。 削除
2018/10/22(月) 午前 2:57 [ sat***** ] 返信する
清須市の庄内川の堤防沿いで
キツネを見ました。 削除
2018/10/22(月) 午前 2:57 [ sat***** ] 返信する
顔アイコン
> sat*****さん、コメント有難うございました。

キツネが見られるのは、自然環境が良いと思われるので、できるだけ昔の堤防のまま保存してもらいたいですね。

キツネそのものが珍しいので庄内川ではなおさら貴重と思います。 削除
2018/10/29(月) 午後 8:58 s281218 返信する
江南市の松竹町の畑で昨年の夜に尻尾が長くフサフサしていてキツネかなって?
本日の深夜に同じ場所で車の前を2匹横切り畑に入っていき、間違いなくキツネでした。 削除
2018/12/14(金) 午後 10:59 [ ながちゃん ] 返信する
顔アイコン
> ながちゃんさん、コメント有難うございました。

写真を撮られて発信されることに期待します。木曽川沿いにはキツネやタヌキが生息しているのは確実ですね。環境を守っていきたいものです。 削除
2018/12/17(月) 午前 0:12 s281218 返信する
顔アイコン
本日稲沢市の天池西町でキツネを見ました。
中型犬より小さめで尾と耳が長くやせていました。
道路を歩いており車からライトを当てて観察していると畑にゆっくり歩いて行きました。
キツネがこの辺りで出没するとは知らず、調べているうちにこちらのブログへたどり着きました。
他の方もけっこう目撃されているようでさらに驚きました(;^_^A 削除
2018/12/17(月) 午後 7:52 [ qua*ro_*u* ] 返信する
顔アイコン
> qua*ro_*u*さん、コメント有難うございました。

添付した朝日新聞によれば、2週間かけて50回目撃し、やっと写真撮影に成功したとありますから、判る人には当り前のキツネでも、写真に撮るのは難しそうですね。

目撃された驚きが伝わってきそうです。 削除
2018/12/18(火) 午前 1:10 s281218 返信する
昨日、アピタの帰りにキツネ見ました。たぬきは近所で親子連れを見たことあったのですが、キツネまでいるのは知りませんでした。 削除
2019/4/30(火) 午後 1:40 [ lun*93*jp ] 返信する 内緒
愛西市、東保町あたりで先ほどキツネらしき姿みました(^^)
これで2回目です。
田んぼの中を走ってましたよ~ 削除
2019/5/5(日) 午後 10:35 [ meg***** ] 返信する
顔アイコン
> meg*****さん、コメント有難うございました。

私も愛西市の森川でタヌキを見ました。過去の一言に写真も掲載しましたが、写真に収めたいものですね。 削除
2019/5/8(水) 午前 1:09 s281218 返信する
顔アイコン
下津小学校辺りの田んぼで親子連れ(子供2匹は居たはず)のキツネを見ました。自動車にはねられそうで危なっかしかったです。 削除
2019/6/13(木) 午前 5:04 [ tes*aj*40* ] 返信する
顔アイコン
> tes*aj*40*さん、コメント有難うございました。 削除
2019/6/14(金) 午後 9:49 s281218 返信する

釣り人の言い分も聞いてみたい

 「ここには入っていけません!」と言われて、渋々でも従う人や、取材するテレビカメラに向かってくる人、逃げる人などが夕方の特集で取り上げられていたが、立ち入り禁止区域の堤防で魚を釣る人は後をたたない。

 何ゆえに立ち入り禁止にされて、柵まで設置された場所にハシゴまで持参して入ろうとするのか。撮影された映像を見て、対象となる人々の横着な所業に呆れていたが、過去の自分を思い起こしてみると、海岸で釣りをするのに禁止されていた記憶はなく、現在禁止されている場所についても、かつては当り前に入って釣りができた場所ばかりではなかったか。

 我々の少年時代においては、海岸に行けば何所でも釣りは可能で、立ち入り禁止で制約された覚えはなく、木曽川河口や鍋田干拓地で勝手に釣り糸をたれており、それを咎められたり禁止の立て札を見た記憶もないが、最近では海岸そのものに人が立ち寄れなくなってしまっている。

 今では信じられないような話であるが、我々の地域から南下した弥富や飛島の海岸線においても、戦後になっても知多半島と同じように海苔が養殖されており、海岸線に生活する人々は漁業を生業としていた事が、杉浦明平氏の「ノリソダ騒動記」にも記されていた。

ノリソダ騒動記・杉浦明平氏↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E6%B5%A6%E6%98%8E%E5%B9%B3

 昭和34年に愛知県を直撃した伊勢湾台風の被害が大きく、海抜0メートル地帯ゆえに、高い防潮堤も必要不可欠とは思うが、最近では木曽川河口から名古屋港にかけて、海岸や海の見える風景はほとんどなくなり、防潮堤の上に上らないと海は見えません。

 一方では、最近の海岸線は大企業の輸出する車の大駐車場などに変貌をとげ、海の香りどころか海岸の生活様式や風景も皆無となり、釣りを趣味とする少数の人々しか出入りもしない、コンクリートの塊と化してしまっているのである。

 今から20数年前の話とあるが、津島市にも釣りを趣味とする先輩議員が存在し、国道23号付近の河口で釣りをされる姿を何度も目撃していたが、その議員が亡くなられて姿を消すと、その付近一帯の川での釣りが禁止されてしまい、締め出された釣りファンからその議員の存在感を聞いた事があった。

 大物が釣れる絶好の場所だったが、釣りができる川は無料では釣りができなくなり、海岸線には近寄れぬ現実を考えると、本日放映された地域とは事情は違うかもしれないが、横着に思えた釣り人の意見や過去の経緯も調べた放映がなされていたか疑問に思えます。

 私の住む地域も釣りの穴場として雑誌に紹介されているようですが、残念なことは地域本来に生息した魚の釣り場ではなく、外来種のライギョの釣り場として紹介されており、川と道路を仕切る金網のフェンスの上からルアーを投げなければ釣りができず、鉄板とコンクリートの川が釣りの穴場となっている現実もより淋しく思えてきました。
                                   3月17日の一言

イルカ漁が食文化と言えるのか

朝日新聞夕刊に「イルカ漁反対にお墨付き」と題した記事が掲載され、「太地町に戸惑い」のサブタイトルがあり、和歌山県太地町で行なわれているイルカ漁を取り上げたアメリカ映画「ザ・コーヴ」のアカデミー賞受賞と、映画上映に抵抗する太地町や同町漁協の対応が記されている

〇イルカ漁告発の米映画、アカデミー賞 「ザ・コーヴ」
http://www.asahi.com/national/update/0308/TKY201003080166.html
イメージ 1 この映画の撮影をめぐって、イルカ漁を行なう和歌山県太地町や関係者と、撮影するスタッフとの間にトラブルが起きており、昨年10月に開催された東京国際映画祭に対して太地町や漁協関係者は映画の上映中止を訴えたものの上映され、世界にショッキングな映像が配信された。

 今月上旬に映画の上映を予定していた立教大学では、同様の抗議を受けて上映を中止したが、ルイ・シホヨス監督は日本国内での上映を目指しており、すでに配給元も決まっているが、上映にあたっては配給元が漁師や関係者の顔にモザイクを入れるなど、肖像権への侵害を防ぐとともに、字幕によって誤解を与えない配慮も見せているといいます。 
〇米のイルカ漁糾弾映画の上映中止求める 2009年10月21日5時48分
http://www.asahi.com/national/update/1020/TKY200910200206.html
〇イルカ漁「隠し撮り」、予定通り上映 2009年10月21日17時26分
http://www.asahi.com/national/update/1021/TKY200910210329.html
〇イルカ漁批判映画「ザ・コーブ」に賞 2010年1月17日
http://www.asahi.com/showbiz/movie/TKY201001170174.html

イメージ 2 映画を撮影するスタッフと和歌山県太地町とのトラブルについては、当時の報道によって知らされ、地元に同情的に感じていたが、今回の映画上映に抗議して反対する太地町や漁業関係者の発言によって、私は今までの理解とは違う違和感を感じずにはおられなくなりました。

 太地町町長は、「作品には事実誤認がある。正確な内容でないのに受賞したのは驚きだ。常識があるところは(上映を)取りやめてくれるだろう。町として、イルカ漁の正当性を国内外に主張していきたい」と語り、和歌山県知事も「長いあいだ太地町で行われてきた生活を守る営みを、一方的な価値観や間違った情報で批判するのは紳士の道に反する」と話したとある。
〇ザ・コーヴ 太地町長「作品には事実誤認がある」2010年3月8日21時12分
http://www.asahi.com/national/update/0308/OSK201003080097.html
※右上の写真は、受賞当日、映画「ザ・コーヴ」の舞台となった入り江で撮影時について話す、関係者のハンス・ピーター・ロス氏=8日午後、和歌山県太地町、伊藤恵里奈撮影
?H5>しかし、私はイルカを食する事が「食文化」とは思えない。映画撮影の際には漁業を守るための害獣駆除として認識していたが、町長の「(イルカの)食文化は地域における長年の伝統や実情」との発言や、地元の主婦(35才)の「私たちは昔からクジラやイルカを食べてきた。なぜイルカだけ悪く言われるのか分からない」の言葉には理解したいとは思わないし、戦後の食糧難には必要だったかもしれないが、クジラの食肉についても現代社会には不必要であり、イルカについては論外と思われる。  静岡県伊東市で約30年間イルカ漁の経験がある石井泉さん(61)は、「イルカを殺して肉を生計の一部とする需要が今あるのか。そういう時代は過ぎ去った。受賞はこれ以上イルカを捕るなというメッセージだ」と語っており、現代社会においてイルカ漁には反対するのが常識ではないか。また、イルカを殺して食べる事に国民の理解は得られない。
〇捕獲から解体まで ニュース報道より(TBSニュースの森)
http://www.linkclub.or.jp/~orcinus/futo/keika.html

 一方で、何故に映画撮影を頑なに妨害し、上映にまで抗議して弁護士を代理人として上映中止を求めているのか。本当に食文化が伝統とか歴史と言うのであれば、無視して今までどおりに生活すれば良い話であり、過度な反対は余計に胡散臭くなっていく。添付した写真やTBSニュースの内容を見ると、日本人のイメージを低下させ、最近深刻となっているクジラの捕獲にも影響しそうである。
                                                 3月8日の一言

町内で一ヶ所となった竹薮です

イメージ 1

イメージ 2

 私は完成した会報「津島の風」の配布を先週より続けており、目覚まし時計は午前3時15分に設定し、3時半よりバイク(ヤマハメイト)で配達に出ますが、23年間続けた新聞販売店の仕事柄から今まで苦にならなかったものが、最近は少し苦痛になりつつあり、「このまま眠り込んでしまおうか」との悪魔の囁きが頭を過ぎります。

 会報はボランティアで配布を手伝ってくれる仲間や大先輩の応援もありますが、家々が建ち並ぶ住宅地の配布をお願いして、私は旧来の農村部や距離の離れた一軒屋などを配布し、午前中は仮眠の前後に行政の仕事を済ませ、午後は会報の折込作業(A3版裏表印刷2枚をA4番8ページへ)と、空いた時間を配布に歩きます。

 さて、本日の午後は本来ならば一番最初に配布している私の町内(越津町270世帯)を配布しましたが、かつては町内に多数存在した竹薮(やぶ)が(近所だけでも3ヵ所ありました)今では一ヶ所だけになっており、春のような暖かさも手伝って日当たりの良い南側と北側から撮影しました。

 この竹薮は淡竹(はちく)でしたが、かつては孟宗の竹薮が多く、ほとんどが人が入らない環境だった事から、私たちは勝手に入り込んで『隠れ家』を造ったり、勝手に切り出して竹バットにしたり、弓の材料にして我が物顔で遊んでいました。
 
竹のホームページ(勝手な借り物です)
http://www2.dwc.doshisha.ac.jp/iwanohim/take.htm

 地震の時には竹薮に非難せよとは言われるものの、庭に植えると家の床下まで入り込むため竹は嫌われ、家内の在所も裏の竹薮が増えすぎた事から、義父が亡くなった後に切り倒したようですが、切るのも大変で根を張っているので掘ることもできません。

 添付した竹薮も、いずれ気がついた時には無くなっている可能性も高く、竹薮の繁殖で荒れ果てて困っている山は多いようですが、平野部(市街地)の竹薮は風前のともし火になりつつあります。こんな希少となった竹薮には環境保護の観点からも残すべきではありませんかね。
                                  2月24日の一言

今は虫も冬眠中なんでしょうが…

 「こんな事も解決できないで、議員と言えるか」の一言は、昨日自宅まで送った叔父の発した一言であるが、叔父の次女が私と同じ町内に住んでいるが、昨年夏に隣の休耕田から大量の虫が発生し、消毒や休耕田の所有者との交渉に苦しんだ事から出た一言であった。

 偶然にも休耕田の所有者が私の後援会長(故人)の土地であった事と、我家もその休耕田より荒れ果てた休耕田を所有している事から、板挟みになった事もあったが、市役所や関係行政に通報して見守る事にしたものの、私や我家の感覚からは大量と言えども、一時的な虫そのものに嫌悪感がわかず、大量の殺虫剤をまいて一匹もいなくなるまで殺虫剤を購入し散布し続ける姿こそが異様に思えた。

 事態は市役所の担当職員の予測したとおり、解決するどころか殺虫剤によって体調が悪くなったとして、庭全体の土地を掘り起こして土を入れ替える事態となり、土地所有者の家に何度も足を運んで窮状を訴えた事から、土地所有者から私も相談を受けたが、農村では今まで問題にもならなかった事で、所有者と私は対応しようがなく、行政も沈黙するより方法が見つかりません。

 私の本音の中に、土地所有者が後援会長の家と言うよりも、何度となく対策を講じてその都度被害が改善する事から、我家の休耕田はその土地以上に放置して雑草にまみれている事もあって、そこまで虫を一匹たりとも無くそう殺虫剤を蒔き続ける執念というか対応が異様で理解できないものでもあった。

 私の少年時代には、夏の夕焼け空を真っ黒になるほど虫が飛び、その虫を食べるために大量のトンボが飛来していた記憶が甦るが、元々叔父の次女の住む土地も、我家で農地として受け継いできた先祖伝来の土地で、元々が住宅地ではなかった事は理解されていない。

 そもそも、この問題は私が議員であるから議員の仕事のように思われているが、自然発生する虫に対して休耕田の所有者も対応しており、お互いが理解しあって話し合うより問題は解決せず、一方的な抗議を続けたり、私に苦言を呈しても解決する問題ではありません。

 それこそ自然保護団体や、農業団体からすれば土地に大量の殺虫剤を必要以上に散布する事に問題があり、最近では地域全体で実施されていた農地の殺虫剤散布も廃止されている。矛盾するのは、名古屋から30分の距離にあり、住宅地と思われている地域が『農業振興地』である事で、本来であれば農地の農業への有効活用を考える土地が、宅地並みの税金を負担させられる事と、土地の所有によって農家の公的負担も増加している事など、農家にとっては踏んだり蹴ったりになっている現実がある。

 さて、議員として無力と親族に吐き捨てられるようでは議員失格であるが、寒さに堪えて春の到来を待っているとこの問題が再燃する可能性も高く、両者と接触するとともに、我家の放置してある休耕田についても草刈りが急務となりそうである。
                                2月15日の一言
追伸
会報『津島の風』の印刷(A4版8ページ9千部発行)を始めました。数日後には地域へ配布に走り回る日々となります。

希少魚密猟で3人逮捕の報に

イメージ 1

 愛知県一宮市内の木曽川で、国の天然記念物で環境省から絶滅危惧種に指定されているイタセンパラなどを密漁して飼育するとともに、他人に販売していたとして文化財保護法違反と種の保存法違反で、愛知県警は51才の会社員を逮捕した。

関係新聞記事↓↓(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2010011002000100.html
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2010011102000141.html

 報道する新聞各紙を見ると、「1200匹密漁」とか「1日100匹密漁」などと報道されており、自宅のベランダや庭で大型の水槽で飼育していたとある。今回の事件ではイタセンパラだけでなく、ネコギギやアユモドキも捕獲して、大分県や岡山県の淡水魚販売業者に売り渡していた。

 現実には、木曽川で釣り糸をたれれば釣れる可能性も高く、私もかつては各地に釣りに出かけて、名前も判らない魚を捕獲して持ち帰って飼育していた事がありますが、世の中には釣った魚が希少価値のある絶滅危惧種とは知らずに持ち帰られる例も多いのではないか。

 さて、新聞に掲載されたイタセンパラ(写真上)については、コイ科のタナゴの一種とされているが、私の少年時代には「トウギョ」と呼んでいた七色に輝く同じようなタナゴが存在していました。
※トウギョは正確な名前ではなく、子供の勝手な呼び名でした。

淡水魚については下記を参照して下さい↓↓
http://www.hpmix.com/home/katuuya/katuuya2013/T1.htm

 子供時代には近くの河でいくらでも捕れた魚ですが、同じように小川でバケツですくえるように繁殖していたナマズについてもほとんど存在せず、最近では大きなライギョの釣り場として遠くから釣り人が訪れ、50センチ以上のコイが悠々と泳いでいきます。

 ナマズについては隣町との境界を流れる用水の排水場近くで釣られ、タナゴの一種については我町とは水系の違う排水場で採取したことがありましたが、川や用水を稲の運搬に使っていた水郷地帯だった事から、今では見なくなった「ウグイ」や「ウナギ」も生息していました。

 もっとも、近所を流れる2級河川日光川についても、戦後に上流で染色工場が操業するまではシジミがいくらでも採れたそうですから、戦後60年の間に自然界から多くの動植物が消え去り、中には希少価値のある水生動植物も存在していたと思われます。

 前記したナマズについても、アメリカザリガニや田んぼのタニシについても、バケツに溢れるように捕れて食材にされ、トンボのタケヤンマやギンヤンマが夕暮れの空を真っ黒にしていたかつての自然は戻る事は不可能ですが、存在した事自体の記録は重要と思います。
                               1月11日の一言

田舎では虫の発生も自然だったが

 昨晩の一言に「苦悩する問題」と記しましたが、本日は自分の身体がヘルパー養成研修会場にカンズメとなるため、朝から休憩時に市役所と連絡をとり続ける一日となり、電話のやりとりが聞こえた参加者より「大鹿さんの職業は何ですか?」と問われる事となりました。

 津島会場で申し込んだものの、6月議会と日程が重なることから、大半を一宮会場で受講しており、研修会の開始より1ヶ月が経過している今になって、「どんな人なんだろう?」と問われだし、言い出しづらくも「議員です」と小声で答えると、「議員が何故ヘルパーに?」と問われて言葉に困ります。

 さて、昨晩から「苦悩する問題」を本日の一言に先送りしましたが、問題と言うのは私と同じ町内に住む私の従姉妹(叔父の娘)の家に隣接する田の休耕田より、大量の虫が発生する事から、愛西市に住む叔父から何度も電話が入り、休耕田の所有者に虫の処理を促すように催促されていたのでした。

 ただし、この休耕田の所有者は私の後援会長の息子で、私の同級生の所有する土地であり、雑草が茂っていると言われても、我家の所有する休耕田にはもっと雑草が生い茂っており、被害をもたらす虫についても、何処から発生しているのか特定は難しい事と、私の所感からは「こんな事ぐらい」は今までの農村では問題とも思えない事から、本音を出すと「市民の苦しみを正すのが議員ではないか」と厳しい批判が返ってきます。

 私の動きの鈍さに、被害者から所有者に時下談判に至りましたが、打開策は見出せない事から、昨晩から市役所の環境課と農政担当者に連絡し、土地所有者と被害者が円満解決に向けて対応策を探る事となりました。しかし、これを問題にすると、市内に点在する休耕田を所有する地主全体に波及する問題となり、私の子供時代には村の行事として火を焚いて「虫追い」をしていた歴史から、新たな問題とも思えない一過性の虫の発生とも思えます。

 結果的に、地主が殺虫剤を散布し、草を刈って土地を耕しなおす事となりましたが、私の「これで何とか解決だな」との一言に、「いや、これでは収まりませんよ」との市職員の言葉に、親族と後援者の間でしばらくは事態の推移を見守る事となりました。

 この問題を農業振興地として考えれば、農業を主体としている地域では虫の発生も当り前の現象であり、環境問題を真剣に考える人々からは殺虫剤の人体へ及ぼす影響が問題とされ、かつては地域全体を集団で駆除していた殺虫剤散布が廃止された歴史まで遡ります。

 専門家の話では虫の発生は一過性との話であるが、現実に住民から苦情として持ち上がってくれば市役所は放置もできませんが、強制的には命令する事もできず、地主の善意に委ねるしかありません。土地の耕作を人任せにする中で、金を生まない休耕田に更に費用がかさむとなると農家には痛手です。我家の休耕田にも波及するだけに他人事ではありません。
                                 6月18日の一言

裏読みが本音の社会制度に

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 生産緑地地区(せいさんりょくちちく)とは、市街化区域内の土地のうち、一定の要件を満たす土地の指定制度(生産緑地地区制度)に沿って管轄自治体より指定された区域のことで、都市計画上、農林漁業との調和を図ることを主目的とした地域地区のひとつであり、その要件等は生産緑地法によって定められている。
また、この制度により指定された土地または森林のことを生産緑地(せいさんりょくち)と呼ぶ。

概要 [編集]
昨今、大都市圏など一部地域において都市化が急速に進んでいるが、いっぽう緑地が本来持つ地盤保持や保水などの働きによる災害の防止、および農林漁業と調和した都市環境の保全などのため、将来にわたり農地または緑地等として残すべき土地を自治体が指定することにより、円滑な都市計画を実施することを主目的としている。
また、大都市圏の一部自治体においては、生産緑地指定を受けることで固定資産税の税率が農地並みになる措置が受けられる意味もある。
なお、一旦指定を受けた土地は、一定の要件を満たす場合の外は原則として解除できない。

農地課税の扱いが異なる自治体 [編集]
主に市街化区域内の農地の宅地転用を促す目的で、大都市圏の一部自治体においては、市街化区域内の農地について固定資産税および相続税の税率が宅地並みに引き上げられたが、しかしながら農地や緑地の持つ前述の役割が都市部においても変わるわけではなく、また生産緑地地区については従前どおり農地並みの税率が適用されるため、この制度による指定を受ける農地が増加した。

なお、該当する自治体は次のように定められている。

要件 [編集]
生産緑地に指定する(または地権者等が要望して生産緑地としての指定を受ける)際には、生産緑地法により定められている次のような要件を満たすことを、所轄自治体が審査する。

主な要件
農林漁業などの生産活動が営まれていること、または公園など公共施設の用地に適していること。
面積が 500m2以上であること(森林、水路・池沼等が含まれてもよい)。
農林漁業の継続が可能であること(日照等の条件が営農に適している等)。
当該農地の所有者その他の関係権利者全員が同意していること。

生産緑地になると [編集]

受けられる措置 [編集]
生産緑地であることを示す標識が設置される。
固定資産税が一般農地並みの課税となる。
相続税の納税猶予の特例などが設けられている。

農地等として維持するための助言や、土地交換のあっせんなどを自治体より受けることができる。
死亡や身体障害等により農業等の継続が困難になった場合には、自治体等に時価での買い取りを請求することができる。自治体等が請求に応じない場合には、当該生産緑地における建築等の制限が解除される。

制限される行為 [編集]
当該土地の所有者または管理者等に、農地としての維持管理を求められる。
農地以外としての転用・転売はできない(農地としての転売については農地法による手続きにより可能)。
宅地造成、建築物等の新築・増改築などはできない(農業用ビニールハウスなどは、自治体首長の許可により建設可能)。

土石の採取、水面の埋め立て、干拓などが制限される。
上記に違反した場合、原状回復命令が出されることがある。

 添付した資料は、市街化区域内の生産緑地についての説明と条件であるが、都市の高騰する土地の中でも、前記した生産緑地の指定を受けた農地は、宅地並みに課税される農地とは違って、安い農地としての課税となっている。

 この制度ができたとき、税制の猶予は受けられるものの、将来において農業を続けられなくなった時に、(添付赤字部分)農地以外としての転用・転売はできないとか、宅地造成、新築、増改築はできないと規定され、農業等の継続が困難になった場合には、自治体等に時価での買い取りを請求することになると説明され、農業が継続できなくなったら農業で耕作を続ける人に譲る必要に迫られると聞かされたことがあった。

 ただし、農業関係の法律には抜け道も多く、現実に生産緑地が当たり前として解除され、地権者が分譲住宅として土地を転売する現場を直視した事から、本日開催された経済建設委員会で質問したが、委員会では的を得た説明がなかったが、閉会後に農業を所管する職員からザル法とも思える現実を知る事となりました。

 地権者が死亡して農業が継続ではなくなると、添付した資料のように、生産緑地を農地として買い上げてもらう申請を市役所に出し、農業委員会などで審議されるものの、自治体も農業団体も買い上げる人はなく、結局は生産緑地の指定が解除されて、相続人は自由に宅地として転用されていきます。

 「もしかして、農地として買い取りたい人があるのではないか?」との私の質問に、「絶対にありません」と確信したような一言だが、地権者が宅地並みに高い土地価格で買い取りを求める事から、自治体どころか宅地並みの価格で農地を買い求めて農業を続ける人はあるはずがありません。

 先祖伝来の土地で、当たり前に耕作する人から、勝手に市街化地域と認定し高額な宅地並みに固定資産税を請求されるのも理不尽と思うが、農地として長く安い税金で済んでいた生産緑地が、生産緑地の目的に関係なく、解除され宅地として分譲して販売される現実は法律の矛盾ではないか。

 私の住む地域も、農業振興地として莫大な国の予算が投入されているが、農業を続ける後継者は皆無に近く、土地はあっても「坪1万円」なんて値段で売買(身売り)され、名古屋駅から30分の土地に家も建てられない矛盾を感じながら、法律を横や裏から眺める理不尽も感ずる一日となりました。
                                  5月21日の一言

ウミガメに学びたい…

「はい、大鹿です」と、慌てて走ってきて受話器をとると、「こちらはヤフーBBを担当する者ですが、インターネットはお使いですか?」、「はい、有線で」と答えた瞬間に「プチッ」と電話が切れた。

 さて、ヤフーについてはこのブログをはじめ無料のサービスを受けてはいるが、昨日よりこのブログも文字が小さくなり、老眼世代にとっては「やめてくれッ」と言われているような気分になっており、人との会話を打ち切って走ってきただけに怒りと不満のみが残される(来客も帰宅された)恰好となった。

 さて、本日の朝日新聞夕刊に、「ウミガメはるばる3000キロ」と題して、中国広東省で食用としてレストランに売られようとしていたウミガメを、中国の尼僧が皆でお金を集めて買い取り、一晩保護したうえで海に放流した話が記事となってきた。
 
 今年1月に中国広東省の港で放流されたこのウミガメが、小笠原諸島父島の砂浜に今月の14日に上陸し、16日に77個の卵を産んだとの報道である。1月の救出劇を中国の現地新聞社が報道しており、今回の産卵により甲羅に赤く記された漢字から問い合わせて本日の報道に至っている。

 竹島や尖閣諸島など、国境をめぐる国と国の関係は波風が高いが、動物や自然界にとっては境界線もイザカイも関係なく、人と人との関係についても、本質的には国とは関係なく、同じ気持ちを共有している事を実感し、前記の怒りや不満も封印する事としたが、世の中はこのようにありたいと願うものである。
                                 5月22日の一言

ギャラリー
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ようこそ 大鹿一八の納経所へ
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • ふるさとアサヒ 5号、26号
  • 令和6年 上高地開山式の様子です
  • 三重県桑名市大福田寺の聖天祭へ
  • 毎年恒例となった我家のアンズジャム作りへ
アーカイブ
  • ライブドアブログ