大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

観劇

演劇鑑賞に出かけて

 本日は知人が出演する愛知県芸術劇場の演劇鑑賞に6人(現地で7人に)で名古屋市まで出かけました。
 
 演目は「雨」で、井上ひさしさんの作品ですが、江戸時代の藩と大店を守るために、風体の似た人間の欲につけ込んで、大店の主になり代わらせる筋書きで、大店の主になった偽者は必死に主になりきる努力をするものの、主は元々切腹する事が決まっており、自分を偽者と証明できる人々は全て自分の手で殺しており、最後は殺されてしまう結末です。
 
 今の世の中ならば携帯電話やインターネットの情報社会となっており、科学的にはDNA検査もある事から有り得ない話ですか、自分の弱みや悪事を隠すために邪魔者を殺したり、悪事を重ねると最後は首も回らぬ結果となる事は共通です。
 
 井上ひさしさんは今年4月に亡くなっていますが、死後も自分の作品が演じられて観客を魅了する事は、ショパンやベートーベンの音楽と共通し、作品が良ければ作者の魂は永遠となる事を実感させられます。
 
 さて、明日は町内の排水路清掃の後に横井庄一記念館行きとなりますが、深夜には四国別格二十霊場会の先達研修会のために四国行きとなりますが、この四国行きが1200年前の弘法大師の心境に近づけたら最高なんですが…
                                11月6日の一言

まさかバスに乗っているとは…

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 私の住む津島市は名古屋市の西に位置しているが、本日は早朝より名古屋市の東側まで横井庄一夫人を病院まで迎えに走り、帰宅後に各地に連絡をとり、午後の公的行事に来賓ではあるが出席し、その帰りに一宮市まで月曜日からの旅行の傷害保険を契約(支払い)に走り、夜には名古屋の中心地である栄に立っていた。

 「おい、今日と明日なんだけど…」と、午前中に同級生から連絡があったのは、同級生自らが出演する演劇の公演で、名古屋市の愛知県芸術劇場で開催されている「MUNEHARU」-夢、翔る-への案内であった。

 「オレはムリだと思うよ」、「判っているけど…、受付に券を2枚渡しておくから」、「ムリ、ムリ、1人でもムリなんだから」と電話では断ってあったものの、明日は家を空けるとは言え、横井記念館に一日座っているだけの事から、携帯電話を武器にして仕事の連絡をしながら会場に駆けつけた。(ピンボケ写真は帰りの空席だらけの深夜バス)

 早朝は名古屋の向こう側まで走ったものの、高速道路を利用したことから1時間半で帰宅し、一宮市も片道30分で用件を済ませてきたが、名古屋のど真ん中のために駐車場所の確保と睡眠不足からバスを利用したが、車で30分の距離が延々と1時間かかり、名古屋市内全域200円の料金が、市外から乗り換えて行った事から片道710円もかかったのである。

 おまけに鑑賞券が3千5百円もした事から、本日はお金を出費するために走っていたような一日で、公演が開始されるまでの時間に溜息をついていたが、最近持ち歩いている四国霊場会の「先達教典」を読んで、自らの視点と考えを改める事とし、せっかく誘われた機会を無にせず「生かそう」と、あまり好きでないが演劇の観賞に務めたのでもあった。又、バス停が自宅の前で、降りた足下が自宅の駐車場の環境にも感謝すべきものがある。

 さて、明日は座っているだけと記したが、夕方からは病院へ夫人を送り、その後で一宮市まで足をのばして、月曜日に使用するマイクロバスを自宅まで持ち帰るのである。このバスは水曜日の朝には返しに走る必要があり、その足で市役所に滑り込みと、明日以降のスケジュールが役務的に羅列されていく。

 考えを改めるきっかけとなった先達教典の中身は後日の紹介としたい。
                                 5月17日の一言

せっかくの施設だけど…

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 都会には行き場のない中高年の人々が、駅の通路やベンチに寝込んでいる風景も珍しくないが、上記の写真は愛知芸術文化センターの玄関脇にあるベンチである。

 ただし、断っておきたいのは、ここで横になる御仁は浮浪者ではなく、れっきとした元教師であり、我々の中学時代の恩師であり、現在は書道の師匠であるばかりか、数年前まで某教育委員会の委員長を務めてみえた人の食後の休憩姿でありました。

 昨年5月に胃がんのため胃の全摘手術を受けられており、現在も食後に30分ほど横にならないと体調管理が難しいとの事で、本日も名古屋の中心部で昼食を取り、愛知県芸術劇場で開演された教え子の出演する演劇が始まるまでの間に見つけたベンチでの休憩姿である。

 「ここに入れてもらえないですか?」と必死で頼んだ会場で、「あと30分まで入れません」と関係者から無常な言葉が返ってきた。演劇会場にあるベンチが目的であったが入れてもらえず、受付の案内係に聞いても横になれる場所はなく、やむおえず正面玄関のベンチでの休憩となった次第である。

 しばらくして、玄関にはハカマと花嫁姿で結婚式の新郎新婦がタクシーから降り立ち、このベンチの脇を正装した親族が続いて通って行った。この人達にとってこのベンチは何と映ったのか。私は笑いをこらえきれずに一団を見送り、そのまま携帯電話を取り出しての一枚となった。

 この建物は愛知県の芸術文化の中心であるばかりか、バリアフリーにも対応した建物であるが、広大な空間と不必要と想われるような広い通路があるものの、腰掛けるイスやベンチはほとんど無い。
 横になれるベンチまで必要とは望まないものの、入館者の多くに高齢者の姿がある事からイスやベンチの配慮が必要と思うのは私だけではないであろう。

 さて、本日は山本周五郎原作の「いのち ぼうにふるう」が演目であったが、会場の小ホールの座席も小さく、最前列に陣取ったためか、3時間近い熱演を鑑賞するには苦痛を伴い、間近で繰り広げられる熱演にも顔を向けるのも苦痛である。寝不足の個人的体調もあったが、終了直後に飲んだ頭痛薬が効いたのは帰宅間際となった。
                          10月13日の一言
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