大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

誕生日

家族で孫と私の誕生日(18日)の前祝いを

愛知県への手紙 

 損保会社への手紙

神守郵便局 


本日は愛知県がタクシー事業者へ支給する燃料費の高騰に対する補助金申請と、今年3月末に受けた追突事故の最終となる書類を損害保険会社に届けるため、2通の手紙をポストに投函しました。


そして夜は、明日の18日が誕生日となる孫と私の誕生日を祝う家族の食事会へ出かけました。


 三男の家族と食事へ

孫から私への誕生祝い 

中身は秘密です 

 孫の直筆です

 クリスマスツリー

本日の写真です。

 明日の誕生日で孫は5歳となり、私は69歳になりますが、明日は私が外出を予定しており、一日早い誕生祝いになりました。

5年前に私の誕生日と同じ日に孫が生まれると言う奇跡のような誕生日となり、それまで忘れ去られていたような私の誕生日も、その後は孫と一緒のため祝ってもらえるようになりました。

もっとも、孫だけの誕生祝いではなく私も一緒に祝って欲しいと家族に言ってはいるものの、孫と違って私自身の誕生日は余命を減らし、棺桶に近づくだけですから「おめでとう」と言われても素直に嬉しい気分にはなれません。

ただし、孫と一緒に食事をとる喜びと、食事後に孫のプレゼントを一緒に買いに行く時間は、孫の喜ぶ顔と私の記憶に残る貴重な空間となっています。

こんな時間が永く続き、孫に私の遺言を直接伝えられる年齢まで生き永らえるまで、次の誕生日を楽しみにしていきたいと思います。

嬉しくもない誕生日を祝われて

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 「誕生日おめでとう」とは、昨晩開かれた書道会忘年会後の珈琲店での一言ですが、私より一日後が誕生日となるメンバーが存在したことから、一日早いお祝いの言葉となったものの、本日は市役所の一日となり、帰宅したのが夜になっていたことから自分の誕生日を忘れており、帰宅した家内がケーキを買ってきたことから、嬉しくもない誕生日のお祝いとされました。
 
 「おめでとう
 「ウッ、何だ?」
 「誕生びー
 「止めてくれ…」
 
 「おめでとう」と言われても、誕生日が来て欲しくない年齢でもあり、台所に移動すると家族の前に置かれたケーキに「60」の文字があり、喜ぶと思われていると思うと腹立たしくなり、誕生日ゆえに用意されたお寿司と赤飯だけでも十分なのに、ケーキは好きなものの食べたいとは思えません。
 
 「もしかして、行ってきた?」
 「な、何だ
 「シュークリーム」
 「何を言っているんだ…」
 
 私は甘いものには目がなく、ケーキも大好物ですが、市役所からの帰路に珈琲屋さんに立ち寄り、ここでシュークリームを口にしただけでなく、帰宅後に置いてあったメロンパンを口にしており、夕食とともにビールを飲んだ後のケーキは苦痛でしかありません。それでも食べてしまいましたが…
 
 さて、60歳と言うと、いわゆる還暦を迎えたわけですが、60歳で定年退職するのが当り前とされ、それより若い55歳で早期退職した20年前を考えれば、年金受給が引き上げられ、65歳まで働くことが当り前のようになった現代社会では、還暦を祝って欲しいとは思えず、55歳で仕事を忘れられた20年前よりも世知辛さを実感させられます。
 
 一週間前に税務署から連絡があり、訪れた税務署で、父親からの遺産相続で納税猶予を受けていた田畑への規制が、1ヵ月後に20年の猶予期間を経過すると伝えられました。
 
 今から26年前、定年後も継続して勤めるよう勧められていた父親に、60歳で完全に会社を辞めるよう勧めたものの、5年後に父親はガンに倒れ、そのまま残された退職金に相続税を支払わされ、そのまま維持してきた遺産や現金についても、今度は私の遺産として子供に相続税を支払わさせる矛盾を考えると、腹立たしい思いしか起こってきません。
 
 「60歳になったら老人クラブに入ってくださいよ」と言われていたものの、対象者全員に入会を勧めてはおらず、気に入った(文句を言わない者)対象者しか声がかかっていない現状から、入会して70代や80代の役員に付き合わされるのも苦痛となります。
 
 厳冬期の上高地に入り、徹夜で四国遍路に走っており、子供たちより横着な行動をし、まだまだ老け込む年齢ではありませんが、15年前に議員にならず、そのまま仕事を継続したままで還暦を迎えておれば、本当にばら色の還暦を迎えられたとの後悔と、還暦を迎えてしまった現実の中で、棺桶に足を入れてしまったような嬉しくもない誕生日を迎えました。
 
                               12月18日の一言

59歳の誕生日を迎えて

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 本日12月18日は、私の59歳の誕生日です。まもなくするとクリスマスが訪れる事から、バースディケーキがお預けなのは慣れていますが、4人も子供がいながら一人も私の誕生日に気づかない現実と、歳を重ねた寂しさも実感させられます。
 
 「今日は何の日か知っている?」
 「今日?」
 「お父さんの誕生日なんだけど…」
 「そうなんだ…」
 
 本年最後の書道会のため、近くの珈琲屋さんでコーヒーとケーキで打ち上げて帰宅したのが10時になっていましたが、私自身も忘れていた誕生日について、家内と次男が話しており、私のドーナツを食べてしまった反省からか、次男が近くのコンビニで好物のプリンを買ってきてくれました。
 
 プリンのラベルには、「大満足プリン」と記されており、家内がスーパーで買ってくるプリン3個セット分ほどありますが、コーヒーとケーキを食べてきたうえに、夕食を口にした後では、大好物と言えども受けつけません。
 
 昨日まで58歳であったものが、本日から59歳となり、半月後の新年になれば、手帳の年齢早見表に60歳と記されていることから、これからの一年間はアッと言う間に「老人クラブ」の仲間入りとなっていきます。
 
 さて、今年の春に郵便局からリストラされた同級生が、「明日は早朝5時から深夜10時まで勤務だから…」と、早々に帰宅していきましたが、彼は親の残したマンションの家主であることから、家賃で十分生活ができるのに、こんな年齢になって何も考える必要のない単純労働で通勤する気持ちが理解できません。
 
 東京の名門大学まで通い、就職難とは言え郵便を家々に配達し、長年簡易保険の営業にかかわったものの、上司から散々いびられ、忍耐の限界に達して離職したものの、再就職した職種も語れない仕事に縛られて、休みも自由に取れない労働環境で何故我慢するのか私には理解できません。
 
 かつての定年は60歳であったものが、最近では年金の支給が高齢化し、年金支給年齢まで働かないと生活できない環境は、早期退職を促していた時代とは大きな差ができました。
 
 本日の新聞報道では、「国民年金の保険料を2年間、全く納めていない未納者が2011年3月末現在で455万1千人にのぼることが17日、厚生労働省の実態調査でわかった」と報道されていますが、所得が低いなどの理由で保険料支払いを免除されたり、猶予されたりしている人も、438万5千人で、ともに過去最高だったとの記事からは、政府の場当たり的な施策に対する不信感が増幅していきます。
  
国民年金の未納、455万人 加入者の26%は過去最多
 
 高齢化社会を迎え、世界の最高長寿者が日本人になったとの報道もありましたが、年金の未払い者や支払いを免除された人が、国民年金の加入者数の半分を占める現実を考えると素直には喜べない誕生日ともなりました。
 
                                 12月18日の一言

オバマ氏47才の大統領誕生に

 アメリカの大統領にアフリカ系のオバマ氏が当選した。アフリカ系(黒人)と言っても、オバマ氏はケニア人の黒人の父親と、カンザス州生まれの白人の母親の子供で、完全なる黒人ではない事と、過去の黒人指導者のような白人社会への挑戦者ではない事から、国民の過半数の支持を得たものと思われる。

 オバマ氏の年齢は47才と、私よりも8才も若い指導者が大国アメリカのトップに就いた事は、わが国の政権交代が叫ばれる中で、自民党の麻生首相は68才の年齢で、挑戦する民主党の小沢一郎代表が66才の年齢を考える時に、アメリカのダイナミックな政権交代には驚かされる。

 長寿社会になったとは言え、70才に近い年齢は(大変失礼な言い方だが)亡くなっていく人も多く、俳優の鶴田浩二は62才でこの世を去っており、私の父親も65才で鬼籍に入っている事から、私の人生設計でも終末期(希望している訳ではないが…)となっている。

 わが国に置き換えても40代の指導者が待たれるものだが、二大政党政治になったとは言え、首相を国会議員から選出している現在の制度では難しい現実があり、国民によって国のトップが選ばれる公選制とならなければ、オバマ氏の再来は難しいと思われる。

 さて、本日亡くなった町内の人は75才で、喪主を務めた息子さんが37才と聞き、私の54才の年齢と長男の年齢31才を考えると、頑張ってみても残された年月は限りがあり、「生きても20年、早ければ8年(鶴田さんの享年から)か」と、つい悲観的なつぶやきとなってしまった。

 そうやって世の中を悲観的(後ろ向き)に考えると、49才で逮捕された小室哲哉氏の人生は、たった1回の過ちから再起もままならず、大阪の3キロも人を引きずって死亡させた犯人は、22才の年齢でまともな人生から転落したようにしか思えない。

 それにしても、人を死亡させておいて、ホストに転職していた事から、「自分なら四国遍路にでも出るがなー」の一言に、「生活資金が無いだろう」と反論が返ってきたが、人を殺しておいて幸せは実現できず、罪を償っても故人の命は還ってこない事から、一生が罪を背負った遍路になりそうでもある。我が身、我が息子と思うと複雑な心境でもあるが。
                            11月8日の一言
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