大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

選挙

段ボール2箱分は警察のメンツか…

 昨日の一言に記した「事実と違う新聞報道」については、本日、朝日新聞名古屋本社の広報センターに事実を伝えて担当記者に伝えてもらうとともに、経過を連絡してもらう事となった。

 実際には、朝日新聞だけでなく新聞各社が同じ記事を掲載し、テレビの映像を通じても市民に伝わった光景でもあり、記事として間違っているというものではないが、何も押収する品物が無い部屋で警察は1時間も時間を過ごし、何も入っていないロッカーと机から、段ボール箱2個分と書かれた資料を持ち出したのであった。

 「何が入っておろうと、紙切れ一枚でも2箱は2箱だ」と怒鳴って応対したのは、名古屋で圧倒的シェアを誇る地元中日新聞社の記者であった。「それで、あんたは何を言いたいの」と逆切れ状態である。私は見た目だけでなく、段ボール2箱分の記事の実際の事実関係を知りたいと言ったが、「そんな事、自分で警察に聞けよ」との返事であった。

 結局は捜索しても何もない部屋から「何か」を持ち出して、段ボール2箱の報道となったようである。その「何か」とは何だろうか。選挙違反で辞職した議員の私物は何一つ無かった事から、持ち出したとしたら、私の机に置いてあった議員の住所一覧表ぐらいしか無くなったものがない。こんな顛末を新聞記者に言いたいように言われるのも、議員の不祥事の後ゆえかも知れないが、巷のウワサでは現在も取調べ中の現職議員があるとの話に、同じ議員として活動を続けていくことに嫌悪感も感じるようになってきた。

 議員もそれぞれだが、新聞記者の資質も大きな格差がある。事実関係から、「警察のメンツから、何も無くとも何かを持ち帰った可能性が高い」と認めた記者もあったのである。そうなると、矛先は警察に向けなければならなくなる。
 しかし、これも、見苦しい選挙違反を犯した議員の存在そのものが一番の問題でもあり、全ての立候補者を調べ上げ、微罪でも全て公表して検挙しないと悪しき慣習は改まりそうにもないだろう。
                                   6月5日の一言

事実と違う朝日新聞の報道について…

 夫の選挙違反によって辞任した井桁和子議員に関係して、同じ議員の立場として触れたくない話題であったため、この場にあまり記してはこなかったが、6月2日付けの新聞記事は事実と違う記載のためにあえて記しておきたい。

 6月2日の朝日新聞朝刊では、「津島の議員控室 県警が家宅捜査」と題して、「市役所では1日午前、捜査員3人が、同法違反(買収、事前運動)の疑いで逮捕された元同市長の井桁克容疑者(67)の妻和子氏=同日付で市議を辞職=が所属した「無所属の会」の議員控室を捜索。約1時間で段ボール2箱分の関係書類などを押収した。」と記されている。

 しかし、事実は全く違い、何時間捜索しようとも、この無所属の会控室には、肝心の井桁和子議員の私物は何一つなく、議会事務局が差し入れた市役所の事業を紹介する資料が数点あったものの、それ自体は本日になっても置いたままになっており、それ以外で押収した物があったとしたら、朝日新聞社や愛知県警に段ボール2箱分の中身について、会派の代表者として説明を求めたい心境である。

 そもそも、無所属の会そのものが、無党派・無所属であり、議員個人の自由な発言と行動を尊重して結成されており、会派に入る前の新人議員の選挙活動については、まったく無縁・無関係である事と、議員になって3日間しか控室に入っていない議員と会派の関係についても会派の一員として問いたい心境でもあった。

 あらためて問いたい事は、段ボール箱2杯分の押収した資料の中身である。前日と翌日の控室の中身に何ら変わったものは無い。井桁議員のロッカーは何一つ入っていないどころか、一度も扉が開けられた事実がないのである。では、何を押収して持っていったのか。この様子はテレビニュースでも流されたと聞いた。私には、何も押収物が無いのに、空っぽの段ボール箱2杯が持ち出されたとしか思えないが、そうだとしたら報道された内容は真っ赤なウソとなる。

 このあたりについては、今年3月まで一緒の会派で活動しで引退した先輩議員と、無党派・無所属で何らシガラミと汚れの無い選挙で当選した新人議員の名誉のためにも記しておきたかったのである。

 選挙違反を犯した議員が辞任するのは当然であり、一度でも選挙違反を犯した議員には永久に被選挙権を剥奪する厳しさが必要と思っており、4年前の前市長陣営の選挙違反についても、その主旨を会報に記して地域に配布した。厳しい断罪は当然であるが、形式上とか事実無根の捜索と報道は問題でもある。

 選挙の度に発覚する選挙違反と、何事も無かったかのように次点が繰り上がる市議会に対して、市民の厳しい批判も届いており、厳しい追及と事実の解明を求めるのは当然だが、前記の疑問に答えずして事実解明は期待もできず、警察やマスコミには答えてもらいたいものである。
                                    6月4日の一言


(選挙違反の取材に)何も判りません

 昨晩は選挙違反に対する取材のため、記者が帰ったのは午前1時過ぎとなり、本日は早朝より取材の電話や問い合わせが続いたが、他人の選挙の中身は全く判らない事から、何ら役には立たないのでもあった。

 逮捕された井桁家については、「大鹿さんが内情を一番知っている」と他の議員から記者は聞いたとの事であったが、昨晩も記者から聞くばかりで何も判らないために当事者の子息に直接問い合わせたくらいであった。しかし、何も判らない当方に振られたのはまことに迷惑であり、誰もが関わりたくない事に応対して「何も判りません」と答える自分の姿を、普段はテレビで見ている白々しい無責任な政治屋の姿と重ね合わせると、情けないやら空しいやら腹立たしくなってきた。

 本日は早朝より議会控室にも警察の捜査が入り、多くのテレビやマスコミが殺到したとの事であったが、捜索しても新人議員の関係する資料は皆無でもある。こんな事で、普段使用している議会控室が映される事が情けない。そして、この問題で召集された各派代表者会は僅か数分で終ってしまったのである。

 さて、寝る間もないが、明日は(実際には既に本日だが)NPO法人の申請届け出に出向く為、関係書類の確認作業をすすめていたが、細かくチェックしていくと間違いのオンパレードである。そのために印刷をし直していると、何が本物で何が間違いで破棄する書類かも判らない混乱状態と化す。

 受理されるかどうかは判らないが、いよいよの実感がひしひしと伝わって実感できるようになってきた。これに併せて、ボランティア活動も実際に並行して進めるために、関係する市当局との打ち合わせも重要である。市民がボランティアとして、関係当局と協働していく事は重要である。

 愛知県から県内全市町村に配送された教材が行方不明になっている事が本日発覚した。発送の主は県の建築指導課であるが、教育現場で使用する教材とビデオが、担当する市の建築課の担当者は何も判らず、教育委員会の学校教育課も所在が判らないために大捜索となったのである。

 なんとか見つかったものの、本来は建築課を通じて教育委員会から教育現場で生かされる教材が、建築課を通さず直接教育委員会に届けられてしまった事から教材が眠ってしまったのである。こんな教材にも県内の多くのボランティア団体が協力して出来上がっており、ボランティアと県の連携から今回の行方不明が解消し、『お役所仕事』の弊害を指摘できた事からもボランティアの存在がいかに有効かを実感したのは、あまりにも手前味噌であろうか。
                                      6月1日の一言

選挙違反事件の取材を受け…

 昨日の一言にも記したとおり、予定では今晩から四国遍路に出向く予定であったが、NPO法人の申請手続きが順調に進んだ事から中止に至ったのであった。

 しかし、本日になって四国巡礼などとは言ってはおれない大事件が発生した。この4月の統一地方選挙の市議会議員選挙で3位で当選した井桁議員の夫で元市長の克氏が選挙違反で逮捕され、井桁議員が辞職届けを提出したとの事である。

 本日は午後から海部総合庁舎において防災ボランティアの打ち合わせ会があり、夜にはNPO法人の申請について打ち合わせをした後に、友人の病気見舞いから帰宅したのが深夜11時を廻っていた。慌ててパソコンの前に座り、この一言を記しかけたところ、ひと気のない真っ暗な事務所で物音がしたのである。

 「あのー、すいません」と小さな声の主は、選挙違反の取材のために私を待っていた日本経済新聞社の記者であった。電話で選挙違反の情報は入っていたものの、状況が飲み込めず、テレビで事件が放映されていた事も知らず、記者から聞くのが初めての情報のようでは、数時間も我が事務所前で待っていた事が無駄足のような取材でもあった。

 明日は午後から選挙違反による辞職について議会の各派代表者会議が召集されている。昨日の私の一言に対するコメントに「お大師さんのお手引きが無かったのだから」との書き込みがあった。まさにその通りと言うよりも、のんびりとお遍路に出かけておれる状況ではなく、まさに「弘法大師のお導き」とも言える展開にびっくりでもある。

 さて、津島市では4年前にも前市長陣営の組織的選挙違反で多くの人々が取り調べを受け、選挙違反により2人の議員が逮捕され辞任する事件が起っている。毎回のように起こされる選挙違反について、現職議員としては弁解する言葉が見当たらない。
 私自身については、過去においても違反は犯しておらず、今回の選挙に至っては告示日まで選挙の事前運動は一切しないとの公約により、政治活動の延長のままで選挙を迎えてり、取材を受けて、内容を聞く事だけでも嫌悪感があるが、自分の所属する市議会に起こった不祥事だけに、「私は知りません」とは言えない恥ずかしさを実感する。

 名古屋で発行されている『知命』という会報には、『買収、利益誘導の公職の候補者は、終身被選挙権を剥奪』(当り前のこと)と記されている。まさにその言葉を実感する事件の再現でもある。
                                   5月31日の一言


騒々しい街宣車は迷惑

 選挙が終わってちょうど一週間が経過しようとしている。今さらながらあの騒々しさは何だったのか自問自答させられている。

 選挙のための事前運動は一切しないと宣言し、選挙用のパンフレットは作成せず、後援会の会合も1回も開催しなかった。3月議会が終わってから政治報告の会報(定期的に発行)を配布していると、熱心な人々から、「ウグイス嬢の手配はしてあるか?」とか、「街宣車の運転手は?」などと問われ、結局他人任せのやりたい放題では困るために、4年前の再現となってしまったのである。

 「静かな住宅地に騒々しい街宣車は迷惑」と聞くとその通りで、「6時以降は止めようか」との思いも、「人がやっている事を止める必要があるのか」と言われ、あいも変わらぬ選挙となってしまったのである。

 静かな毎日とはなったが、今年は昨年以上に抱えた案件が多く、連休明けからは議会やボランティア、NPO法人、各種参加予定の講座が目白押しに迫ってくる。選挙以上にスケジュール管理が必要となる。

 さて、本日の朝刊には『上高地開山祭』の記事と写真が掲載されてきた。四国遍路とは違って、京都や信州は個人的趣向を強く持っているが、新聞に掲載されるまでまったく脳裏に浮かばなかった事と、既にゴールデンウィークに入っている事が自覚されていなかった。
                              4月28日の一言

戦い済んで…

 選挙が終り、本日は街宣車の返却や、事務所の後片付けに早朝より人々が出入りしている事と、多くの電話で寝るヒマもない一日となった。

 「おめでとう」と訪問された人々に言われ、電報や電話が続く中で、事務所はどんどん片付けられ、一週間分のゴミのみが残された恰好である。しかし、選挙中は一日に60キロから70キロを自転車で走り、30分ごとに街頭演説を繰り返したが、人々が心配するような疲労もなく、本日を迎えているのは自分自身でも意外だった。

 選挙戦とは言っても、あまり危機感はなく、選挙の事前運動や個別訪問は一切しないとの公約もあり、選挙戦は「まだまだ体力があります」と、自分の体力との戦いでもあった。
 選挙用のパンフレットも作らず、政治活動の延長で臨んだ選挙だけに、もっと得票を減らす覚悟であったが、6位での当選は大満足である。もっとも過去3回の選挙で、4位から5位、6位となっただけに反省も必要である。

 さて、選挙運動の中で出会った人々から、涙で訴えられた問題も多く、最近では涙腺がもろくなっており、流した涙の量は過去2回の選挙より確実に多くなっている。また、一方では、市外の知り合いの議員の落選も心が痛い。
 日頃の政治活動の結果ではあるが、慰める言葉がみつからない。明後日からは新しいメンバーによる議員活動がスタートする。
                                4月23日の一言

ウルサイのはかなわんからナァ

 明日から選挙戦が始りますので、一週間は高校生の三男が自分の所属する高校の『自転車競技部』について書き込む予定になっています。

 本日は明日からの準備で、午後には事務所のカンバンを設置するために大騒動でした。特に風が強い中での設置のために、ホームセンターに針金や補強の材料を買いに走り、大人が大声を出して必死の作業でもあった。

 「ダルマの位置は何所がいいか?」で大激論となり、届けられた花の位置でも花屋を巻き込んで大騒動である。過去2回の選挙同様で良いと思っているのに、自分の意見で取り仕切りたい人が一人あり、周りは大迷惑だがお構いなしである。

 花を届けるだけの花屋さんも大迷惑で、自分の花を置く場所まで指定されて持ってきたとの話である。しかし、私の亡くなった父親の関係から名鉄の重役さんから過去2回に続いて高価なランが届けられており、2年前に亡くなった後援会長の奥様からも特大のランが届いているのである。これらの前には意地でも出せません。

 「あんな小汚い手拭いは見苦しい」との発言は、私が必勝を期して、ダルマの前に置いた手拭いの事であった。小汚いとは失礼な話で、私の盟友で、昨年11月に亡くなった落語家の『浪漫亭砂九』さんの遺族が、追悼の意味を込めて関係者に配布された新品の手拭いであった。

 「何とかしといた方が良いよ」と、帰宅後に心配した人から電話もいただいたが、私の選挙であり、私のこだわりを無視されたくはない。「明日になってウルサイのはかなわんからナァ」「私の意志は変わりません」と、怒り心頭で電話を切ったが、事務所入り口には『鶴田浩二』の大きなジャケットとレコード盤の写真が3枚飾られている。これも、勝手に片付けてあったのだが、改めて持ち出して飾ったのでもあった。

 選挙は戦いに例えられるが、人様の票まで奪ってくるものでもなく、自分には自分の評価分の票があり、明日からの選挙についても、私を支持していただける人々へ出馬の挨拶に廻ってくるつもりで構えている。一週間後の一言までオヤスミになりますが、「有難う御座いました」と書き込めるよう頑張って走ってきます。では…
                                 4月14日の一言

有難う御座います

 本日は、朝から来客が続き、午後には街宣車が警察署の事前審査に出発して行ったため、のんびりと座ってもおられず地域廻りに出かけたものの、親しい人のお宅で世間話に時間を費やし、「それじゃー、何にも(一票にも)ならんじゃねーか」と、帰宅後にお叱りを受けた次第であるが、選挙直前になってから「よろしく」なんて知らない人に頼める筈がありません。

 もっとも、知っている人しか訪問しないとは言え、訪問した家から御礼の電話をいただくと、せめてお世話になった家くらいは全部訪問しておくべきだったと反省しても遅いのある。

 さて、夜になって人々が帰り、一人でパソコンの前に座ると事務所に来客である。「すいません、こんな時間になって…」と、低姿勢の訪問は自転車屋さんであった。『すいません』どころか「有難う御座います」の心境で、私は自転車屋さんを心待ちにしていたのである。

 8年前の選挙に自転車を使い、4年前にも「ナマカワしたと言われては」と、同じく自転車を使ったものの、今回の選挙前に自転車にまたがった感覚ではひじょうに辛く、一週間自転車に乗り続ける事に足腰がついていけるか心配になってきた。

 こんな私にとっての大きな武器が電動自転車であり、肝心なバッテリーが使用不能になっていた事から、新しいバッテリーが注文してあったのである。「本当に、ありがとう」と言って持ち込まれた荷物を見ると、息子が注文してあったタイヤのホイールであった。「バッテリーは」、「ハイ、ハイ」とついでのようにバッテリーも持ち込まれたのであった。

 おまけに、家内と息子を交えた会話もホイールの話ばかりで、息子は高価なフランス製の高級品を手に入れ、今後のロードレースや競輪の話題に目を輝かせている。私にとっては日曜日からの一週間の足腰が心配でならないが、8年間の経過は私の周りの人々には深刻でもある。

 「次の選挙には生きておれんだろうな」と事務局長が一言。「会長も亡くなったしなぁ」と続くと返す言葉が見つからない。70代の人々が私の選挙を支えていると言っても過言ではない。事務所を訪問される人々も同様である。足腰が心配などとは言ってはならないのでもある。
                                 4月12日の一言

久し振りの長話・立ち話

 選挙の告示を今度の日曜日にひかえ、本日は宣伝に使う街宣車が仕上がり、引き取りに名古屋まで出向いてきた。

 街宣車のカンバンを扱う業者は国政から県政規模まで扱う業者で、3回目の選挙だけにアウンの呼吸で仕事が依頼してあり、明日と明後日に予定されている警察署の予備審査の前日に仕上がってきた。
 こうなってくると、自然と一日一日が選挙一色になり、選挙の事前運動は一切しないと宣言していたものの、集まっていただく支援者に申し訳ないために地域を廻る事に決め、家内と手分けして家を出発した。

 しかし、23年間も地域で新聞販売業をしていた事から、久し振りの同窓会になってしまい、昨日は健康に良いとシソと酢で作ったドリンクを貰って長話となり、本日も「政治は信用できなくなった」との一言から、一軒で1時間の対話に発展し、知人を待たせて帰宅途中にも懐かしい人々と遭遇し、『選挙』抜きの長話を展開してしまったのであった。

 1年間に4回の会報を戸別配布しているものの、人々との会話は特定の人達に限定されてしまい、ゆっくりとした世間話が不足している事は確実である。

 さて、選挙間際になって、世間の話題は立候補者の選挙結果の当落予想になっているようでもある。立候補する立場では、ウワサを教えてくれる人はあっても、そのような会話が交わされる場に遭遇しないので、事の真相が判らないが、23人の定員に31人が立候補と新聞に報じられたが、現在は28人に減ったとのウワサである。
 4日後には選挙選がはじまり、当事者としては選挙抜きの一言は更新できそうにもないので、日曜日から一週間は、私の三男が高校での「自転車競技部」の活動から自由気ままに書き入れますので、政治や選挙を離れた一言をご覧いただければ幸いです。
                               4月11日の一言

本日、事務所開きとなりました

 選挙の事務所開きを、先週7日(土曜日)に予定していたところ、「何で日柄の悪い日にわざわざやるの」との神主さんの忠告で、本日午前中に御祓いと事務所開きを終えました。

 「何時になったら事務所開きをやるの?」との催促や、「おまえだけだぞッ」とのお叱りを受けながら、何とか選挙事務所らしくなったものの、誰にも案内をしておらず、数少ないボランティアは事務所の裏でポスターのウラに両面テープを黙々と張り続けている。

 紅白の幕も、過去2回は2階にも張り巡らせたが、ボランティアの高齢化と人材不足に加え、私自身に気が無い事から今回は簡単に省略となり、事務所を囲む樹木の成長により、せっかくの紅白の幕にも気付かれない有様である。

 ただし、過去2回は、家族だけで御祓いを受けたのであるが、今回は少ないながらも事務局長やボランティアが加わり神妙に頭をたれていたのである。「なぜ、みんなに声をかけないんだ」と問われるが、選挙に関われる人々の年齢から人材不足であり、過去2回の選挙を振り返って思い出すと、新たな人への応援を頼み辛い心境になってくる。

 現実は後援会長も2年前に亡くなり、後任も選任できない現状にあり、「退職したらオレが頑張るから」と言ってくれた会長の息子までは7年も先の話なのである。それでも、心配や激励の電話も数件入り、いよいよ選挙戦突入間近の雰囲気になってきた。だが、選挙の準備が未だ整ってはおらず、明日からも掲示板へのポスター張りや街宣車のスケジュールなど、積み残した仕事が山積しており、気を許せない日々が続く。
                                 4月9日の一言

空白の一日になってしまい…

 本日の一言に、空白の一日ができてしまい申し訳ありません。弁解になりますが、パソコンが室温が低い時に一度で起動しない状況下にあり、無線LANで2階までパソコンを増設した中では信じられない事態です。(この事を告げずに出向き、更新する約束の息子がパソコン不調と思いそのままになっていました。帰宅後に確認もせず、半日遅れの発信をお許し下さい)

 本日は15日の選挙告示を前に、選挙に使用する街宣車のカンバンとスピーカー取り付けのため、専門業者まで車を搬入しに出向いた。

 私は過去2回の選挙を、名古屋市内の業者に依頼してきたが、事前に届けられていた各社の選挙用パンフレットを読み比べても、ひじょうに金額が高く、私自身も過去2回の金額が高く感じられたため、直接出向いたのであった。

 しかし、料金が高い理由も直接話を聞いた事で納得もできた。私の街宣車は過去2回とも名古屋市内の県会議員選挙か市議会議員選挙に使用された車が、そのまま私の名前に交換されて届けられてきた。今回は地元にあるレンタカー会社の車を使用するために直接届けに出向いたのである。

 「申し訳ありませんが、お引き受けできません」と、街宣車のカンバン一式を依頼した際に断られたが、この業者は今回の統一地方選挙において、県会議員と名古屋市議会議員選挙のうち約40件ほどの看板を依頼されており、後半の統一地方選挙もほぼ同数の依頼を受けていた。

 「過去に依頼されてきた仕事は確実に優先し、新規の依頼は断っている」との事で、過去2回の実績から依頼できたのだが、4年に1回しかない選挙の看板とスピーカーのために、業者はマイクやスピーカーなど一式を受けた件数分保管しており、購入した資機材は2回以上利用されないと利益がでないとの話に、保管場所の確保とともに高額な料金設定にも納得である。

 おまけに選挙運動は一週間だが、使用される車は取り付けや取り外しの日程も含めて借りているのである。住民から選挙に拠出される税金に対する批判も受ける中で、各立候補者の出費となる街宣車のスピーカーなどの費用も含めると、やはり選挙には金がかかる事を実感した。(ちなみに、過去2回の街宣車のカンバンとスピーカー費用は1回に約40万円ほどかかっている。今回は恐ろしくて本日も聞いてこなかったが)
                              4月5日の一言

えっ、そんなにするのッ

 選挙の予行練習ではないが、8年前と4年前に使った『電動自転車』に乗って会報配布に出かけたところが、目的地に到着する前に満杯に充電してあった電池切れであった。

 距離にして3キロあるかないかの距離で電池の限界である。このまま電池無しでも大丈夫と思えるものの、今まであったものが無くなるのは心配でもあり、途中で自転車屋に寄って注文すると、メーカーから「4月1日より値上げになった」との連絡である。今日は4月3日、3日前に注文してあればと思っても後の祭りであった。

 2万7~8千円ぐらいは覚悟してくれとの事であったが、「息子さんのホイールと一緒に届けば」との言葉に問いかけると、息子は10万円位する舶来のホイールが注文してあるとの事であった。息子の部品で新品の電動自転車が買えると思うと、親子の逆転現象である。

 「えっ、そんなにするのッ。無しで良かったのに…」と帰宅後の家内の一言である。「おい、一週間だぞッ」と、棒のようになった足から必死に説明するものの、他人の事ゆえに無関心で笑っている。「今年はキツイよ」とボランティアのTさんに告げ、8年前どころか4年前とは確実に足腰が弱っている事を実感した。

 8年前には1日100キロくらいは連日走り通したが、4年前はナマカワを覚え『街頭演説』を増やす妙案で足腰は楽々だったが、どうやら今年はそれでも骨身にひびきそうである。「今年も自転車だぞッ」と簡単に決められたが、私の体力も確実に衰えている事は判っているのだろうか。 

 それにしても久々の自転車は足に堪えたが、選挙しか登場しない『電動自転車』も確実に衰えは隠せず各部が痛んでいる。自分以上に労わらないと一週間が心配にもなってきた。
                                  4月3日の一言

誰が手を振ったの?

 1月から実施しているアンケート調査の返信された中に、「選挙の宣伝カー(街宣車)による大音響を止めてもらいたい」との記載が複数記されてあった。

 実際には車や音響設備のレンタルに数十万の費用(一部は公費負担も)がかかり、毎日の運転手やウグイス嬢の確保も大変な事から、無ければ無くても良いとは思うものの、選挙が戦いである以上は他陣営に遅れをとる訳にもいかず、いつも通りのスケジュールに随う事となった。

 ただし、選挙そのものの重要性は主張したいものの、市民にとっては迷惑もかかっており、小さな子供や病人にとっては苦痛すら与えている現実を否定できないものがある。

 「お手を振ってのご声援ありがとう御座います」、「…(振ってない、振ってない)…」と、本日の我家の前を走る県会議員選挙の街宣カーのスピーカーから流れた一言があった。私は事務所で仕事中であったが、「誰が手を振ったのだろう」と事務局長と顔を見合わせた。

 無党派、無所属の立場で、政党の候補者に「ありがとう御座います」と言われては近所に変な誤解も与えかねず、以後は街宣カーが通る度に下を向いて黙々と仕事である。

 2週間後には自分がその立場となるのである。「どうやって進めます」と、昨日ウグイス嬢を依頼したバスガイドから電話である。「ひっそりと…」、「えっ、そりゃーダメでしょう」とのやりとりも、過去2回の経験がある事から、アウンの呼吸で理解してもらいたいが。
                                 4月1日の一言

お父さん、間に合うの?

 本日が春分の日の祝日である事が実感できない一日となった。相変わらずの生活であるが、議会報告の会報が未配達の地区が存在し、早朝3時から久しぶりにに配布し、仮眠をとっていると来客である。

 「選挙のダルマはいつ買いに行くのか?」と、当方が忘れて考えてもいない心配からの訪問であった。2日前の一言にも記したように、選挙対策が何もできておらず、明日には最終日とは言え、任期最後の市議会本会議を残しており、議会終了後には新たな議会報告となる会報を印刷して配布する必要に迫られており、本日もボランティアのWさんは、未だに前回の会報を配布しているのである。

 ダルマは明日に家内が連れていってもらう事になったが、選挙ポスターや選挙公報、ハガキなどの事前審査が来週予定されている。このあたりについても担当する役割は決まっているが、今週末の土曜日に選挙用の写真を撮影する事になっており、間に合う筈がないのである。

 冷静に議会日程を考えると、3月議会が終わって一週間で選挙ポスターや法定選挙ハガキなどを完成させて審査する事は、議会に全身全霊を捧げていたとしたら物理的に無理が生じてくるのである。

 「お父さん、間に合うの?」と心配顔の家内だが、とにかく選挙の告示(4月15日)に規格内のものが完成していれば良いのである。私が「選挙の事前運動は一切しない」と宣言している事から、選挙の準備がすべて遅れており、周りをびっくりさせているようでもある。

 そして一番肝心な事は、私は過去2回の選挙を経験していても、選挙の舞台裏はすべて支援者に任せてあり、聞かれても何一つ判っていない事に周りが気付いていないのである。「そんなアホなッ」と思われるであろうが、前回も同じだったのである。
 人々から聞かされる選挙の動向も、立候補予定者が政治より選挙に走り、地域を戸別訪問(厳密には選挙違反なんですが)する事から話題になるのである。こんな正論を言い訳にしていても結果がすべてである。議員が議会開催中より忙しく走り回る事は、ある意味では批判される事でもあるが、明後日からは本当に地獄のような日々を迎えそうでもある。
                                 3月21日の一言

当選が確定したような立候補話にびっくり

 本日は公立中学校の卒業式が開催され、私は地元の出身校であり現在も同窓会長を務めている神守中学校の来賓として参加した。

 月日の経過は早く、一年前には私の三男も卒業生であった事が信じられないが、それよりも、あまりにも静粛で真面目な卒業式に驚かされた。しかし、感動で涙を流す卒業生の姿に惑わされてはならないのは、この中学校だけで昨年時点で22名の不登校(1ヶ月以上の長期間学校に登校しない)の生徒が存在し、このまま放置する事のできない現状にある事である。

 学校に到着して最初の話が、同窓会から学校の生徒へ援助している『部活動支援基金』が、生徒の活躍による遠征費のバス代がかさみ赤字に転落している事実であった。本来がPTAで負担して解決すべき問題と思うが、我々が役員を務めた15年前とは違って、自分達で何とかしてしまう気概が不足し、PTAに支援基金への寄附を呼びかけるよう求めたが、役員から積極的な返事は返ってこなかったのである。

 さて、式が終り帰ろうとしていると、「私の息子が立候補する事になったので色々と宜しく」と言われた来賓があった。親は老人クラブの会長や民生委員を務めてみえるが、息子さんは親の跡を引き継いで、市役所の税金の集金アルバイトを専業にしている人で、「突然立候補する事になった」とか「金をかけない選挙をする」とか言われても、私も同じ選挙に立候補を予定している競争相手であり、まるで当選後を想定したような話にビックリして帰ってきた。

 現状では、まったく人々のウワサにもなっていないが、1月に当人を知る消防団員仲間に語られており、親も団体幹部に漏らしており、既成の事実と思うが、当人は今年度に町内会長も務めており、まさかとは思うが、町内会組織や老人クラブ、消防団組織を背景に選挙を戦うつもりであろうか。まさしく、市議会議員立候補が就職活動としか思えず、「一緒に…」の言葉に不快感を実感した。

 さて、忙しさの中で明日は議会の一般質問である。夜には11日の地域セミナーの打ち合せがあり、翌日からは議会に出席しながら、徹夜覚悟で当日の資料印刷などの準備が待っている。人の動きは意識するが、自分には時間もなく4月に突入となりそうである。
                                   3月7日の一言

選挙の基本を次男に知らされ

 本日が休暇となった次男に、「ところで、県知事選挙は誰を入れてきたんだ?」と聞いたところ、自分の感覚とは全く違う答えが返ってきた事から、新鮮な響きとして印象に残ったのであった。
 私には高校生の三男を含めて4人の子供があるが、投票に行った長男は出身大学が現職と同じ事から、大学関係者から応援を依頼する手紙が届けられていた。それでも、一応は親が議員である事を配慮して自身の投票する人物をほのめかして投票所に向かったのであった。
 一方で、「えっ、選挙だったっけ?」と語っていた長女は、無関心で誰でも良い事から、「お父さん、誰を書いてくれば良いの?」と尋ねてから出かけていった。

 曲者は、23歳になる次男である。「おい、投票に行かなきゃダメだぞ!」と伝えたものの、残業の連続と前日からの遊び疲れで無視して眠っているのである。
 家族全員(我家は7票)が投票を済ませ、私と次男の二人だけとなった午後には、「メンドクサイから行きたくない」と家内に言ったと聞き、自分の選挙に投票を依頼する立場から、「棄権だけは絶対するな」と忠告したものの無言であった。
 「おい」と言って、言葉をつぐんだのは、次男は廻りに色々言われると「ウットウシー」と余計にヘソを曲げかねないからであった。とにかく、びっくりしたのは、「明日から仕事に行くから、大学の退学届けを出しといて」と言い残して、親に相談もなく勝手に大学を辞めた経歴がある。
 「今から一緒に行こうか」の声も馬の耳に念仏である。そうして締め切り間際であったが、やっと投票所に出かけていったのであった。

 そんな次男の口から、「なぜ、こんなに絶好調な愛知県を、他所の国会議員に言われて変えなきゃいかんのか」の一言が返ってきたのであった。短いやりとりではあったが、挑戦者の応援団から国のモノサシや、国政や4月の総選挙、夏の参議院選挙のために語られ、愛知県の問題点を示さぬ現職批判にうんざりした様子でもあった。
 嫌々投票所に行ったと思っていた次男から、こんな言葉が返って感激しているのは親バカかもしれないが、親の都合を聞いて投票所に行った長女や長男より頼もしく新鮮に思えると同時に、他人の影響ではなく自分の判断で投票する選挙の基本を知らされた気がする。
                                    2月6日の一言

県民不在の政党対決選挙か

 明日は(と言うよりも本日に近い)愛知県知事選挙の投票日であるが、本日は明日出勤となる妹が不在者投票に行ってきた。我家には高校生の三男を除いて7人の有権者があり、議員の立場にあるために家族から「誰に入れてきたら良いの」と問われるが、今回は自由投票で、長女に至っては投票するように連絡すると、「選挙だったっけ?」との言葉が返ってきたのである。
 自分も選挙では投票してもらう立場にあり、家族が投票に行かないでは済まされないが、国政の審議もそっちのけで、柳沢厚生労働相の「女性を子どもを産む機械や装置」に例えた発言や、国政での対立を愛知県に持ち込み、愛知県の問題が語られぬ現状には不満を持っている。
 本日の夕刊の報道でも、『訴え最後まで』の見出しは大きく印刷されているが、「そう悪そうな人ではない」とか、「私を選べばおつりがくる」、「女性支持あっての私」など、候補者各自のコメントからは愛知県民への必死さが伝わってこないようにも感じてしまう。「選挙だったっけ?」の娘の返事は問題だが、「じゃー、誰を?」と問われると返す言葉に詰まってしまう。

 以前にもこの一言欄に記したが、個人的には多少の縁もあり、積極的に応援したい人はあったが、政党に属さない立場にある事と、県知事選挙に便乗して「4月の市議会議員選挙には〇×候補をお願いします」と県知事候補者より長いPR電話が入った事から、政党の主導する選挙には嫌悪感を感じるようになっている。
 さて、宮崎県の『そのまんま東』こと、東国原知事の鮮烈なデビューが報道される中で、愛知県知事選挙においては、我々の生活が主題にされていないように思えてならない。増税や公的負担が増加している中で、この選挙によって我々の生活がどのように変化するのか見えてこない。

 一方で、本日の夕刊には『投票率アップ作戦』なる記事も社会面に掲載されているが、約30人のアルバイトまで使い、揃いのジャンパーまで用意し、名古屋市の中心部の通行人にポケットティッシュを配布したようだが、その前に何かやるべき対策があるのではないか。
 前回の投票率は38.91パーセントとなっているが、県内には入院はもちろんだが、一般家庭の中にも投票に行けない障がい者や高齢者が確実に増加しているのである。そういった所にも目を向けた対策や発言が不足しているのも気にかかる選挙戦であった。
                                    2月3日の一言
 追伸 「皆さん、選挙の棄権をせず、一票を有効にするために投票に行って下さいヨ」

知事選の名を借りた4月の事前運動

 遅れにおくれた会報が完成した。本日早朝(深夜)の事であるが、予定より1ヶ月遅れた発行となり、早速ボランティアのWさんが配布に出向いてくれた。
 明日は横井庄一記念館の一日となるが、昼には昨年亡くなった落語家『浪漫亭砂九』さんを偲ぶ会の誘いも受けており、途中で抜け出す予定を立てていたところ、「明日は〇田さんの法要に出掛けたいから、少し早く出てきてね」との連絡が館長である横井夫人より入ってきた。
 さて、さて… どうしましょうか?
 明日はもう一人のボランティアも一緒ではあるが、訪問者から親族の事や過去の旧い質問を受けると身内しか判らない事も多く、横井庄一の幼少期については館長でも「それは大鹿さんに…」となっていたのである。ましてや、ボランティア一人の留守番は過去にない事でもある。こうなると成るように成るとの開き直りしかないが、こういった優柔不断なところが自分の欠点でもある。

 4年前のこの時期は、県知事選挙立候補者の応援で、渥美半島や三河地方の掲示板にポスターを張り続けていた。今回は個人的には多少の縁があり応援したい人はあるが、対立候補の関係者に、かすかな縁でも『親戚まわり』となる有力県議がある事から、静かな日々を送っている。
 選挙期間中である事が信じられない日々を送っていたが、「県知事には〇×候補者をよろしく」との電話が本日入ってきた。素直に「頑張って下さい」と言おうとすると、「4月の市議会議員選挙には×〇候補者をよろしくお願いします」との言葉が続いたのである。県知事候補者のPRより詳しく長いPRでもあった。

 これでは県知事選挙を利用した4月の市議会議員選挙の事前運動ではないか。ましてや、家族宛てとは言え、現職議員の家に対立する市議会議員の名前を売り込んでいるのである。こんな汚い選挙は腹立たしいかぎりでもあるし、そのまま得票になる筈であった我家の7票は、完全に相手候補者に流れていく事は必死となったのである。
 県知事とは言え、地元出身の候補者には地縁血縁があり、息子には出身大学から連絡があり、家族の勤める企業からの連絡もあり、やみくもな電話は逆効果にもなる。ただし、思いもしないところから4月に向けた選挙活動が露呈し、「選挙は汚い」と言われる市民感覚を実感させられたのである。
                                  1月27日の一言
 
 

そのまんま東の当選を祝福したい

 宮崎県では、タレント出身の『そのまんま東』氏が、政党が推薦する候補者に7万票の大差をつけて当選し、記者会見では過去の自身の不祥事にも堂々と返答し、今後の県政に対してもタレントではなく新知事として裏付けを持った発言をしていた。
  一方で、政党の推薦する候補者は、前林野庁長官や元経済産業省の課長であったが、宮崎県民は過去の経歴や経験より、地元出身で、高校時代の同級生や知人ら、少人数の応援から選挙運動を始めたそのまんま東氏を選択した。

 まさかと思う結果ではあるが、二度にわたる不祥事を反省し、早稲田大学に入学して政治経済を学び直して、子供の頃から目標としていた政治家になる事を宣言した事から、1年前には家族との離婚まで決断して故郷の宮崎県に戻っており、私は安倍総理の言う『再チャレンジ』の見本であり、今後の県知事としての舵取りに大いに期待したいと思っている。
 当選が決まった記者会見の最中に、前知事の官製談合事件の捜索で知事室の家宅捜査がはじまったのも皮肉のようではあるが、この際内部のウミをすべて洗い出し、県民に対するガラス張り県政を推進していってもらいたい。

 オール野党の県議会や、行政経験の無さを心配する声も報道されてはいるが、タレント色を払拭して臨んだ選挙戦ではあったが、タレント時代の知名度は高く、タレント時代を全て否定せずに、知名度を生かした施策を考えれば、対立した候補者には出来ない魅力ある県政が実現できそうである。
 できる事なら、昨年2月に離婚した女優の『かとうかずこ』との復縁にも期待したい。過去の2度にわたる不祥事に耐え続けてきただけに、今回の当選によって水に流し、親子水入らずの家庭を実現させ、家族とともに宮崎県政に没頭して欲しいと願うものである。
                                   1月22日の一言
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