大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

鉄道、列車

蒲郡から豊川稲荷へ JRと名鉄の乗り継ぎ

                       昨日の写真です
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豊川稲荷

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豊橋行き普通 JR蒲郡駅

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新快速豊橋行き JR蒲郡駅

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JR飯田線新城行き JR豊橋駅

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豊川稲荷参道

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総門

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本殿前の大鳥居

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奥の院参道

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大黒堂

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参道となる商店街

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名鉄豊川稲荷駅

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国府行普通列車

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国府駅 特急に乗り換えます

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名鉄勝幡駅に着きました

JR蒲郡駅13時57分 … 14時09分JR豊橋駅14時12分 … 14時24分JR豊川駅 … 豊川稲荷 … 

 … 名鉄豊川稲荷駅15時38分 … 15時49分国府駅15時53分 … 16時30分神宮前駅
 16時35分 … 16時50分須ケ口駅16時50分 … 17時02分勝幡駅 

 愛知県では熱田神宮と犬山市の成田山とならんで、豊川市の豊川稲荷の初詣は有名ですが、私自身が勉強不足で、大きな鳥居が本殿前にあるため、神社と勘違いして参拝しながら真言があるため、お寺と自覚しなおし、奥の院への参道に弘法堂を見つけて真言宗の勤行で読経してきました。

 恥ずかしい限りで、豊川稲荷も他のお稲荷さんのように神社と勘違いしておりましたが、山号を圓福山とする曹洞宗の寺院で、正式名は「妙嚴寺」というお寺で、曹洞宗門僧侶の修行道場でもあると昨日初めて知りました。お寺なら参拝の方法もありましたが、後の祭りです。

 もっとも、昨日は電車に乗るのが目的で、名鉄電車はどこまで乗車しても無料の家族券(社員の家族用)を利用して、行き先を決めずに乗車し、普段行かない蒲郡駅まで行って竹島まで歩き、ここからはJR東海道本線で豊橋駅を経由してJR飯田線の豊川駅に行き、豊川稲荷に参拝後に名鉄電車を利用して帰ってきました。

 私は父親が名鉄職員だったため、子供の頃から家族券で行きたい場所に遠出していましたが、これも妹が定年となる数年後には家族券は無くなると思うと、父親の運転する姿とは様変わりした名鉄電車とともに、父親が退職して30年経過していることと、私自身が年金受給の年齢になっていることも実感させられました。

 さて、一枚の切符によって、電車を乗り継いで知らない場所に行くことの魅力を感じたので、この楽しみをこれからの生活の中に組み込んで、新鮮な気持ちになっていきたいと思っています。

                                     1月7日の一言


名鉄電車で蒲郡の竹島八百富神社へ


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竹島海岸 愛知県蒲郡市

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新安城駅 午前10時39分

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蒲郡行き 吉良吉田駅午前11時27分

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蒲郡駅 12時05分

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人に寄ってくるカモメ

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竹島へ渡る橋

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日本で唯一鳥居の下を通る橋

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八百富神社参道 午後1時01分

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やっと境内へ

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本殿へ参拝

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戻ってきました

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竹島水族館

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東海道本線 JR蒲郡駅

名鉄勝幡駅午前9時46分 …津島線… 名鉄須ヶ口駅10時04分 …名鉄本線… 名鉄新安城駅10時45分 …三河線… 名鉄吉良吉田駅11時26分 …蒲郡線… 名鉄蒲郡駅12時01分 …

 本日は家内と名鉄電車の家族券で、名鉄勝幡駅から蒲郡駅を目指して、竹島の八百富神社に参拝し、蒲郡からはJR東海道本線を利用してJR豊橋駅へ移動し、JR飯田線でJR豊川駅から豊川稲荷に参拝しました。

 20年ほど前にも電車を利用して竹島を訪れたことがありますが、行先を決めずに電車に乗り込んだため、乗換駅を思い出していましたが、以前は新安城駅で乗り換えずに吉良吉田行きに乗って行ったと思われ、久しぶりに鉄道旅の楽しさも実感することになり、そのまま名鉄電車では帰らずにJR東海道本線で豊橋駅に移動して、JR飯田線で豊川稲荷を目指すことにしました。

 蒲郡駅に隣接するアピタで昼食をとり、海岸沿いに20分ほど歩くと竹島に架かる橋の入り口に到着しました。
 橋の下には無数のユリカモメとトビが飛び交い、観光客の差し出すエサに群がっていましたが、竹島はここから387メートルの竹島橋で結ばれており、強い寒風に吹かれながらやっとのことで竹島に渡りました。

 島の中央部には、日本七弁財天のひとつで、開運・安産・縁結びの神を祀った「八百富神社」(旧竹島弁才天)があり、福徳やご縁をいただくことができるとあり、本殿にある「福種銭」をいただいて帰りました。
 島の先には竜神岬があり、そのまま遊歩道で海岸沿いからも帰れますが、本日は風が強いだけでなく、寒さが堪えるためそのまま戻りました。

 竹島から蒲郡駅まで歩いて20分ほどかかりますが、予定より早い列車に乗車することができ、約10分で豊橋駅に到着しました。
 
 蒲郡から豊川稲荷の顛末は明日に書き入れます。

                                     1月6日の一言

27年ぶりにSLが名古屋を快走し

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私のメールに送信されてきた知人の撮影した本日のSL
 
 本日は、名古屋市の「あおなみ線」で、名古屋駅と名古屋貨物ターミナル駅を結ぶ約5キロ間を、客車3両を引くSL「C56形160号機」に約200人が乗車し、鉄道沿線には鉄道ファンだけでなく、多くの人々が訪れた様子が全国に発信されました。
 
「SLの聖地」に向け出発 27年ぶり名古屋の街を快走
 
 名古屋市の河村市長は、名古屋を「SLの聖地」にする構想を掲げていて、市は今回の実験走行の結果も参考に検討を進めると報じられていますが、発表当時の思いつきのような発想と批判を一蹴して実現した実行力は見事です。
 
 SLが走るのは27年ぶりとのことですが、私が名古屋の名鉄病院に入院していた昭和44年当時に、名鉄栄生駅の南側の国鉄東海道線車輌置き場をSLが行き来しており、入院期間が長かっただけに屋上から黙々と走るSLを眺めることが多く、時々聞こえる夕暮れの汽笛が悲鳴のように聞こえて自宅が恋しくなったことが昨日のことのように思い起されました。
 
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 添付した写真は、名古屋市の交通局に勤める知人が撮影したものですが、冒頭の写真は本日の朝に名古屋駅を発車した直後のSLで、上の写真は京都から東海道線を運送中のSLの様子で、先頭の電気機関車とディーゼル機関車が引くSLと、3両の客車で、木曽川の近くで撮影した写真だそうです。
 
イメージ 3 左の写真は、「あおなみ線」の留置線の奥で整備中のSLとの説明です。
 
 子供の頃に、御嶽山へ参拝するため木曽福島駅まで利用したSLは力強く、トンネルに入るたびに窓を閉めるものの、閉め忘れると顔が黒くなるだけでなく、目にススが入って目が開けられなくなった当時が懐かしく思い出されます。
 
 平成17年に、朝日旅行友の会のバス旅行で、静岡県の大井川鉄道のSLに金谷駅から千頭駅まで乗車しましたが、観光目的であっても時間を忘れて景色を眺める機会は少なく、新幹線で景色を眺めることはなく、バス旅行でも見えるのは高速道路の側壁ばかりとなっている現代社会の是非とも復活して保存してもらいたいものです。
 
 SLは本日と明日の2日間だけの運行ですが、運行した「あおなみ線」の先には金城ふ頭駅があり、駅を下車した先にはJR東海の鉄道博物館「リニア・鉄道館」があることから、名古屋駅からSLに乗って「リニア・鉄道館」に入場するプランなら、全国から鉄道ファンを呼ぶ観光資源にもなりそうです。
 
 
リニア・鉄道館 http://www.linear-tetsudokan.com/
 
 東京都の石原都知事が国政に転出してから、これまでの存在感がないばかりか、隣国との摩擦をおこす問題発言ばかりを続けていることを考えると、河村市長には地方から国会に物申す首長として、地方主権の具現者として頑張って欲しいものです。
 
                                   2月16日の一言 

田舎から来た中年親父と思われて

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 本日は仕事を午前中に済ませて、午後は目的も定めず名鉄電車に乗車しましたが、途中で待ち合わせた知人が、「セントレア(中部国際空港)に行こう」と発した言葉から、心中は岐阜経由で犬山市に行って、名古屋経由で帰るプランを持っていたものの、時間的制約もある事から、空港に珈琲を飲みに行きました。
 
イメージ 2 地元の勝幡駅を12時6分発の電車に乗り、知人の待つ一宮駅まで乗車後であったものの、セントレア駅には1時半に到着し、さすがは直通の特急列車だけにアッと言う間でした。
 
 津島市や一宮市から、常滑市の空港に珈琲を飲みに行くなんて行動は、運賃だけで一人2千円以上かかり、知人は車を駅の駐車場に入れていることから、本当に無駄遣いの見本みたいな行為です。これは、私の妹が名鉄の職員で、行き先が自由に決められる「家族乗車証」がある事からできる事で、私は親の代からこの「家族券」の恩恵をこうむってきました。
 
 さて、夏休みのために帰路も乗客が少なく、座ってこれた事から息抜きにもなりましたが、愛知県は自動車大国と言われるだけあって車で移動した方が早く、電車の特権となりそうな目的地での飲酒も、駅から車で帰るために厳禁です。
 
 それにしても空港が開港した当初は、わざわざ観光バスで見物に出かけたものですが、本日は空港は人もまだらで、飛行機を利用する人だけではターミナルに入っている店も大変そうです。
 
 「どちらからおいでですか?」
 「津島」
 「津市?、対馬?…??」
 「津島市」
 「エッ、愛知県内ですか?」
 
 観光客を出迎える女性のキャッチセールスに、田舎出身の暇なオヤジと勘違いされたか、パンフレットを手渡され、受け取ったらボールペンがもらえると言われ、受け取りに行くと「5分でカードができる」と言われ、私の住む津島市も全く知らない様子はともかく、傘とペットボトルをぶら下げただけの中年に声をかけた若い女性に違和感を覚えた瞬間でした。
 
 「大鹿さん、こんな切符があるなら…」と、突然に声をかけられた知人は、前もって計画すればもっと楽しめるとの話となりましたが、市民の方からの電話を優先すると、思いつきでしか出かけられないのでもあります。途中駅で知人と別れ、通勤気分になりましたが、久しぶりの電車でリフレッシュの一日となりました。
                                 8月31日の一言

さすがにビートたけしは天才だ

本日のテレビニュースから 、懐かしい列車の映像が流され、このまま姿を消してしまうと考えると一抹の淋しさも実感した事から転載して添付した次第です。先週から続く恩師の追跡と、三十数年ぶりに大学の同級生へ連絡するなど、過去への郷愁の延長です


イメージ 1上野~金沢間を結ぶ寝台特急「北陸」と急行「能登」が、3月13日のダイヤ改正をもって定期運行を終了する。車両は、旧信越本線横川~軽井沢間の碓氷峠越えのため開発された489系電車で、運転席前方が大きく出っ張っているボンネット型。同型は、現在定期運行されている唯一の車両だった。

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 東海道新幹線が開通して新しい「新幹線ひかり号」が登場するまでは、今回添付した車輌と同じような「特急こだま号」が鉄道や特急列車の花形スターでしたが、昭和40年代に突然に姿を消してしまったSL機関車同様に、今後は全ての懐かしい車輌が姿を消してしまうのではないでしょうか。

 私の父親は戦前に中国の満州鉄道に入社し、敗戦後に帰国して名古屋鉄道(名鉄)に入社して、駅員から車掌、運転手となり、登場したばかりの名鉄パノラマカーの運転を経験した後に、名鉄グループのサービス部門に転出しました。

 今にして思えば、我家には旧満州鉄道の機関車や駅舎の写真から、名鉄の乗務員の使用した(切符を切る)ハサミや制服、制帽なども残されていましたが、子供の私たちが持ち出して「電車ごっこ」に使って廃棄してしまい、平成5年に父親が亡くなった事から、昭和20年代の名鉄電車や駅舎を写した写真アルバムも行方不明となっており、探して紹介でもできれば貴重な記録となるとは思いますが…

深夜に放送されたテレビ・ニュースキャスターでは、ビートたけしさんが毒舌を発しながら、このダイヤ改正から消えてしまう車輌については、「全部を北海道に持っていって走らせたら良いのになァ」と呟きましたが、観光資源としても真剣に考えると的を得たコメントだけに、真剣に考える関係者は存在するかどうかが気になりました。

 さて、こんな過去に浸ってばかりでは仕事が停滞したままとなり、旧友たちとの会話から心の静養にはなるでしょうが、そろそろ新しい気持ちに切り替える必要を感じながら、後ろ向きの性格ゆえに前向きに方向転換が必要です。3月は年度末となり、定年で去っていく人も存在するものの、新たに空席となったポストに昇格する人材もあり、私の同級生も校長先生へ昇進する可能性が極めて高い事(もう、決まっているでしょう)から朗報も報告できる事を祈っています。
                                            3月13日の一言
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