津島市宇治町字城 八釼社とレンゲ畑(田)


宇治町字新堀田

ここからは宇治町字城のレンゲ畑です





八釼社 宇治町新堀田


本日の写真です。

 我家から歩いて10分の距離にある宇治町のレンゲ畑(水田)2ヶ所を訪れました。

 私が小学校時代には廻りの水田はほとんどがレンゲ畑となっており、男は相撲をとったり、花に寄ってくるミツバチを捕まえ、女の子はレンゲを摘んで首飾りにしたり、学校の通学路から外れてレンゲ畑を横切って帰るなど、何処にでもある身近な風景でした。

 現在では私の町内だけでなく、隣の町内でもレンゲ畑は見かけられず、我家では水田の畦道に少しあるだけで、今回添付した宇治町のレンゲ畑は希少な存在となってしまいました。

 宇治町には4か所の神社(氏神様)が存在し、畑から土偶が発見された古い村で、戦国時代には宇治城が存在し、織田信長の弟織田有楽斎長益が城主となっていますが、築城した篠田左衛門の息子四郎左衛門は信長より大杉姓を拝領し、長益の家老になったと伝わっています。

 宇治町には現在でも大杉姓の旧家が多く、戦前の無政府主義の社会運動家大杉栄氏の父親も宇治町の出身で、栄氏も憲兵の監視つきですが、度々親の在所を訪れていた様子を実家の隣の大杉さんから伺いました。

宇治城について
【歴史】1500年前後に築かれた篠田左衛門の居城とされる。篠田氏の後、信長の弟織田
有楽斎長益が入るが、篠田左衛門の息子四郎左衛門は信長より大杉姓を拝領し、長益の家老
になったと云う。場所は福祐寺の南西辺りとされる。


 かつての水田や道も土地改良で新しくなり、車では通り過ぎてしまいますが、時間を気にしない老人のウォーキングでは、こんなレンゲ畑や鎮守の杜が現れ、杜の中に入るとかつての時代にタイムスリップしたような感覚を覚えます。