大鹿一八「本日の一言」

平成16年2月から令和1年7月末までの「本日の一言」です。ヤフーブログ閉鎖により、ライブドアへ過去の記録として引っ越しました。

音楽レビュー

自立から共に生きる社会に

 本日はタクシーの料金メーターの検査を受けるために名古屋の代理店で予備検査を受け、その後に東海市にある愛知県の計量検査場まで車を走らせました。とにかくタクシーを運転した経験もなく、メーターを操作した事もないので全てが初体験の事ばかりです。

 タイヤの空気圧を確認し、ローラーの上で言われたスピードまでアクセルを回し、料金メーターを作動させ正常に加算するか確認し、正常と確認されたメーターは検査官によって封印されます。これは一年に一度義務付けられており、今後は毎年の繰返しとなるそうです。

 さて、この間にも市役所だけでなく、名古屋にある政策金融公庫からも連絡が入り、帰宅後に名古屋市と津島市を2往復するだけでなく、夜には名古屋市にある芸術文化センターで開催された菅原洋一さんのリサイタルまで走る事となりました。

 このリサイタルは菅原洋一さんの「歌手生活50周年記念リサイタル」で、名古屋にある障がい者福祉施設AJU自立の家の主催で18回目のウェルフェアコンサートとなり、鶴田浩二さんしか眼中にない私にとっては、自立の家で働くM君から誘われたお義理の参加でしたが、まさかこんなに感動させられる夜になるとは考えてもいませんでした。

 AJU自立の家は愛知県の障がい者施設では草分け的存在で、専務理事の山田昭義さんは名古屋市長の河村さんの相談役に指名された障がい者のシンボル的存在でもありますが、この施設によってこんなにも多くの障がい者や関係者が集まり、見事な連携と感動を与えている事に感動です。

 国では政権交代や新内閣が誕生して話題となっていますが、社会の変動に関係なく、障がい者の自立の道筋は連綿と続けられており、今回のコンサートのために三笠宮寛仁殿下も臨席され、殿下によって神津善行さんや中村メイコさんを巻き込み、菅原洋一さんのリサイタルに発展した経緯を知りました。

 来年には喜寿を迎える菅原洋一さんですが、その歌声は衰えを知らず、俳優の鶴田浩二さんの唄声とは違い、本物の歌手としての声量に感動させられましたが、テレビや雑誌で拝見する寛仁殿下が私の手の届く距離で一緒に鑑賞される事がまるで自然である会場に、警護に仰々しい政治家や皇室とは違う殿下の魅力も実感です。

 名古屋市の芸術文化センターを満席としたのは菅原洋一さんの魅力もあるでしょうが、山田さんをはじめとする施設関係者の歴史でもあり、寛仁殿下も当初から施設の理解者として関わり、見事な挨拶文を寄せておられました。

 この挨拶文は見事で、機会があれば紹介したいが、天皇陛下と同じ血脈である三笠宮寛仁殿下が、障害をもつ山田さんと一緒の視線で年月を重ねられ、政権交代で突然国の首相となった鳩山さんとは違う、同期の桜のようにも思われ、こんなにも身近な皇族の存在に感激です。

 不謹慎なことに私はリサイタルに誘われたM君に、「とにかく安い方が良い」と空きのあった高額な客席をダンピングしており、音楽に興味が無かったとは言え、こんな立派な菅原洋一さんのリサイタルに対して申し訳なかったと反省の一日となりました。

 「長い間、障がい者の施設や組織は、健常者から様々な支援を受けて日常生活を営んで行くというのが当り前でありました」の一言は、寛仁殿下の挨拶文の一節ですが、今や健常者が心の支援と感激を受けている事に、障がい者の自立と「共に生きる」社会を実感させられる夜となりました。
                                   9月17日の一言
追伸
本日は朝から深夜まで身体を資本とする一日でしたが、書き込んだ一言が(送信が乱暴だったのか?)消えていた事から、絶望の書き直しとなりました。感動が絶望に変わる夜ともなりました。

ノルマ10枚の演奏会が3日後に迫り…

 昨晩の11時になろうとした時、手帳の予定表に目を通すと、3日後の日曜日に「ピアノ」と記されていた。まだ先の事と思い、まったく忘れていたピアノコンサートであったが、私に与えられていたノルマが10枚だった事から、落ち着いては眠れない事となった。

 そもそもピアノ奏者の父親が私の知人だった事から、私の紹介で始まった珈琲屋を借り切ったコンサートだっただけに、主催者であるマスターから「おい、あんたは10枚だよッ」と言われた言葉は忘れていないものの、3日後に迫ったコンサートの時間も料金も知らずにどうすべきか。

 「おい、日曜日ヒマないかなァ」、「えっ、何かあるのか?」、「実はピアノコンサートがあるんだけど…」、「ナイナイ(手をふりながら)」、続ける言葉も出てこない。

 昼になって奏者の父親から料金の2千500円と、日曜日の2時開演までは判ったものの、薦めるにも私自身がピアノどころか音楽そのものに無縁の生活から、薦める相手すら想像もできず、旅行のように高齢者に勧めても押し売りとしかなりません。

 10枚で2万5千円の自腹は覚悟しても、肝心の会場に空席をつくっても失礼だし、誰に声をかけるか考えて午後の日程を上の空ですごしたが、「もしかしたら、チケットが完売されているかもしれない」との期待と、「参加者少数で延期」も期待しながら、会場となる閉店間際の珈琲屋へ。

 後片付け中のマスターを覗くと、「オー、覚えていてくれたかー、〇△さんが『きっと忘れとるわー』と言っていたぞー」との言葉が返ってきた。「実は、昨日の夜まですっかりと忘れていてびっくりして飛んで来たんだわ」、「やっぱりー」との笑顔に救われたが、予定通りの開演である。

 もっとも、チケットの売れ行きは今ひとつだったが、「無理はダメだよ、次につながらないから」とのマスターの言葉に、明日一日頑張って人に薦める気力とともに帰宅した。「病気で入院にでもなれば」と後ろ向きだった気持ちが前向きになった瞬間だったが……。
                              2月22日の一言
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