
止まり棒の小梅(キンカチョウ)

腕に乗る小梅

餌箱に入って自分で食べ始めたようです
今から30年ほど前の話となりますが、ツガイのジュウシマツを2羽づつ鳥カゴに入れていたところ、卵を産んだ直後にヘビが鳥カゴに入って食べてしまい、残った鳥カゴを屋内に入れたものの、屋内までヘビが入ってきて2羽と卵を食べられてしまいました。
そんな経験から小鳥を飼うことは無いと思っていましたが、平成23年8月20日に長男がヒヨドリのヒナ「ピーコ」を拾って帰宅し、動物病院にも連れていったものの9月15日に死なせてしまいました。
しかし、その時の経験と飼育道具が、3年後に自宅の屋根から落ちてきた「ピー」ちゃんの保護(26年5月)に生かされ、2年後に死なせてしまったものの、翌年に次々と持ち込まれたスズメたちの飼育に役立ちました。
現在の5羽は人に懐かない3羽と、手乗りだった2羽も一緒のカゴに入れたために完全なる手乗りではなくなりましたが、2年前に死なせてしまった「ピー」ちゃんは、私には完全なる手乗りスズメで、呼べば飛んで来て、私のお腹で昼寝して、自宅に居る時は必ず一緒に生活していました。
そんな姿を見ていた孫や娘たちが小鳥を好きになり、ピーが居なくなってからペットショップへキンカチョウを見に行くようになり、一緒に同行していた孫たちが今回キンカチョウを飼うことになりました。
羨ましい話ですね。買ってきた小鳥と、屋根から落ちて必死で命を救ったスズメとは環境が全く違いますが、さすがにお客さんに手乗りとして販売されたヒナは、購入した日から人に懐いており、2年前のピーちゃんが懐かしく思い起こされてきました。
さて、右の写真は保護して一年後のピーちゃんですが、私と一緒に生活しているだけでなく、我家の家族どころか、相棒リマも怖がらずに、リマも私がピーを大切にして可愛がっている姿を知っており一目おいて襲ったり噛み付いたりすることはありませんでした。 愛犬とスズメを一緒にすることはこれからも不可能と思われますが、相棒は今でも「ピーちゃん」の一言に反応して、私の事務所に連れて行くと5羽のスズメたちの鳥カゴを目指して走っていく姿は、ピーの残像を記憶しているのに違いありません。
「ピーちゃん」
「チュン、チュン」 こんなやりとりを思い出し、「ヒーちゃん、ヒーちゃん」と連呼すると「ヒー」だけでなく「サブロー」が競って鳴き、「サブ、サブー」と呼ぶと2羽に続いて3羽のスズメが合唱を始めます。
「ヒー」ちゃんは、「ピー」が落ちていた我家の同じ場所に落ちており、2年の時間差はあるものの同じ巣から落ちたと思われ、目も開かない状態で拾った「ヒー」と違い、発育不足と障害を持って巣立ちが出来なかった違いはあるものの、5羽の中でも唯一私とのコミュニケーションがとれるため、ピーちゃんとの関係に近づけていきたいと孫のキンカチョウに触発されました。
もっとも、私と一心同体だったピーちゃんは、私の食べる甘い菓子が大好物で、菓子の包装紙を破る音でも飛んできて、私も何も考えず与えていましたが、2年で死なせてしまった大きな原因と考えられることから、過去の反省も重要です。
本日の体重 74、0キロ 徒歩数 3506歩 間食あり
1月20日の一言


昨日の一言にも記しましたが、2羽の小鳥を同時に飼うと手乗りにならないとの話は、我家のピーとピヨも手乗りであったことと、昨年7月に出会った美濃の仙人に連れられた2羽のインコ(写真右)からも複数飼いは可能と思われます。
私は拾ったスズメしか飼育したことがありませんが、目が開くかどうかのヒナから手の上でエサを与えておれば手乗りになり、それぞれ別の鳥カゴに入れれば手乗り状態で飼育できます。左の写真は岡崎市で保護されたピヨ(手前)と愛雀ピーですが、2羽とも手乗り状態でした。

















こうして記していても、玄関の門柱の横に眠っているものの、写真から「おい、お父さん」と呼びかけてくるような錯覚を覚え、私が事務所に行けば当たり前のように鳥カゴから飛んできて、私が菓子の袋を開けると飛んできて一緒に食べていました。
寂しいのは、ピーは深夜族の私の傍らで、連日パソコンの横に居ましたから、夜でも独りではなく、ピーが逝ってからは本当に寂しくなりました。










ピーちゃん →
ピヨちゃん →


















さて、本日は鳥については、まだ終りません。









ピーちゃんが逝って1ケ月が経過しました。
飯高観音









目も開かぬ冷え切った真っ黒な肉片のようだったピーでしたが、無理やりエサを口に入れたところ、大きな口を開けてピーピーと鳴くようになり、保護した5日後に四国遍路に出かけたため、車に乗せて1時間おきにエサを与えて同行させ、今年7月にも四国へ連れていきました。
今となっては懐かしい思い出となってしまいましたが、生きようとする生命力の強さに驚かされ、子供の面倒も見たことのない私に父親役を体験させてくれました。








私自身は昨年5月3日に庭先で瀕死のヒナ、ピー(写真右)ちゃんを保護し、ネット情報を頼りに飼育を続けてきましたが、やはり一番頼りになるのがスズメを飼育した経験者と、現在飼育中の人々の情報で、スズメを飼育する本は市販されていないため、貴重な資料となっています。






「まさか…」
「あっ、どこからか鳴き声が聞こえてくる」
水浴びは大好きですが、さすがに気温が下がっており、真夏のようには乾きませんから、あわてて60ワットの裸電球を取り付けたスタンドを鳥カゴの上にセットすると、温かいためすぐに近寄って羽を乾かしていました。
目が開く前から育てたヒナで、完全なる手乗り状態ですが、鳥を手乗りにするときは必ず1羽で飼育しないと人間に馴れないらしく、複数で飼育すると鳥が仲間になってしまうと娘が添付してきました。















昨年5月より私の家族となっているピーちゃんの巣は右のような形の巣ですが、2月にはこの巣の中に大量のティシュペーパーを持ち込んで、鳥カゴを真っ白にしてしまいました。
鳥の相手をしていると来客があり、自宅で採れた(?)柑橘類をお土産にいただきましたが、来客が高知県足摺岬のある土佐清水周辺の出身者であるため、先週の三連休に訪れていた四国の話題としてしまい、ポンカンの仲間と思われる柑橘類の名前も聞いたものの忘れてしまいました。多分、高知県由来の柑橘類と思われます。

台風11号は現在四国の中央を通過中のようですが、高知県や香川県から降雨による被害と警報が発信されており、台風通過後とは言え、四国を訪れる予定だけに心配な一夜となりそうです。

さて、昨日の一言にも記しましたが、保護された7月3日は私の父親の命日にあたり、家内は奇遇だと奇縁を感じたようですが、それ以上に驚いたことは、『ピヨちゃん』用に岡崎の○○さんから渡されたエサ『スリエゴールド』と『ミルワーム』を入れた紙袋でした。









